2019年8月24日 (土)

二期会サマーコンサート~オペラに魅せられて 2日目第二部

後日記載します。

2019年8月23日 (金)

二期会サマーコンサート~オペラに魅せられて 初日第一部

後日記載します。

2019年8月15日 (木)

8月15日に寄せて~三善晃「レクイエム」

後日記載します。

2019年8月12日 (月)

やっとかめ室内管弦楽団 第6回演奏会

後日記載します。

2019年7月27日 (土)

コール・ミレニアムによるロ短調ミサ~優秀

混声合唱団コール・ミレニアムの第17回定期演奏会を27日午後、杉並公会堂で聴いた。

曲はバッハの偉大な作品ミサ曲ロ短調(BWV232)。指揮は小泉ひろしさん。管弦楽はミレニアムソロイスツ。

 

ソリストは澤江衣里さん(Sop)、菅又美玲さん(Mezzo)、上杉清仁さん(countertenor)、金山京介さん(Ten)、中村隆太さん(Br)。

 

「マタイ受難曲」とともにバッハの最も重要な曲だが、ミサと言っても、木管のソロや、合唱でも愉悦感に溢れた曲想もあるなど、ある種エンタ性もあると言える実に魅力的で、長大にもかかわらず親しみやすい曲であることをあらためて実感させてくれた素晴らしい演奏だった。

 

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2001年にポーランド国立放送交響楽団とモーツァルトの「レクイエム」で共演したメンバーを中心に2002年に結成されたという、この合唱団は初めて聴いたが、とても優秀なので驚いた。

後述するが、日本のアマチュア合唱団の弱点はテノールパートに原因の多くがあると私は感じているのだが、そのテナーパートが極めて優秀だった。ちょっと他に思い当たらないほど美しいトーンと見事なアンサンブル。

声楽をしっかり学ばれた人が多いのかもしれない。

なお、人数はソプラノが41名、アルトが32名、テノールが14名、バスが21名。

女声陣の後ろに男声陣が横2列というスタイルでの合唱で、こういう形態で歌うと、女性陣に負けてしまい、男声陣の声が前に出て来にくいこと多いのだが、この今回の合唱では、そのようなことはまったく無かった。

 

管弦楽は臨時編成のものだが、東京芸大と桐朋学園大学出身者を中心としたプロによる室内オケなので、とても優秀。

 

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冒頭はとてもゆったりとしたテンポで開始。

合唱の響が美しい。杉並公会堂がまるで教会伽藍の中で演奏しているような響きがした。

テノールパートのトーンとコントロールが素晴らしい。

小泉さんの指揮は、決して鋭角に振らず、終始、両腕で比較的大きな身振りで、体とともに滑らかに揺れ、全体のニュアンスを伝えていく指揮。

真にプロフェッショナルな指揮で素晴らしい。

完全に4つと判るように振ったのは最後の第27曲「Dona nobis pacem」くらいだった。

他の3拍子の曲でも柔らかな円を描くような3拍子。

 

2曲の「Christe eleison」での澤江さんと菅又さんのデュオがステキ。

特に澤江さんの高音域での歌声は、涼しい空調の風にも増して、その空気の中を氷滴のような清涼感をもって真っ直ぐに進み、会場に自然体で広がる声。なんという清らかさだろう。

この曲を既に数回歌っているだけに余裕十分にして初々しさを常に堅持した声。

柔らかく温かいのに、芯のある瑞々しい声が素敵だ。

 

6曲「Laudamus te」でのソロヴァイオンは端正な演奏で立派。

この曲でのソロ歌唱はとても難しいく書かれていると思うが、菅又さんは丁寧に歌い、とても良かった。

 

8曲でのフルートソロが素敵。澤江さんと金山さんによるデュオも終始ピュアなトーンによる掛け合いが続く魅力的なデュオだった。

 

10曲でのオーボエもとても良かった。今回はアルトではなく、カウンターテナーの上杉さんによる歌唱で、第二部の第26曲「Agnus Dei」とともに、とても新鮮で印象的だった。こういう起用、アプローチもとても興味深い。

 

11曲「Quoniam tu solus sanctus」では女性ホルン奏者の演奏が良く、ファゴットの2人も女性であることから、3人の女性による管アンサンブルは聴き物だった。バリトンソロの中村さんの声は、他の曲も含めて、声量において私はやや物足りなく感じた。

 

16曲の「Et incarnatus est」と第26曲の「Agnus Dei」は、ヴァイオリンソロも含めて本当に良い曲だな、と思う。なお、「Agnus Dei」は全27曲中、唯一のフラット記号(ト短調)による曲、歌である点は極めて興味深い。

 

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合唱は前述のとおり、全体としてとても優秀で、素晴らしい合唱を聴かせてくれた。

敢えて残念だった部分を挙げるなら、第18曲「Et resurrexit」の後半74小節目からのバスパートのソロは、リズム的にも音的にも極めて難しい部分なので、さすがに不安定感はあったのと、第22曲「Sanctus」の後半8分の3拍子になってテナーパートが「Plenisunt coeli etterra~」と歌い出す部分では、テナーパートが遅れがちになってはいた。

他は申し分ない出来だった。

 

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前述のとおり、この曲はミサ曲であっても、木管ソロのヴィルトーゾ的な旋律の連続や、合唱においても第二部開始の第13曲「Credo in unum Deum」と第14曲「Patrem omnipotentem」や、第22曲「Sanctus」など、曲想的にエンタ性と言ってよいほどの愉悦性がある点が面白い。

 

その点でも、物語性が重要でシリアスな内容の「マタイ受難曲」とは全く違う魅力に満ち溢れた名曲であることを実感する。

 

「マタイ受難曲」とこのロ短調ミサだけでも音楽史に残る偉大な作品なのに、他にもヴァイオリン曲、チェロの曲、オルガンやチェンバロ(クラヴサン)の曲、多数のカンタータ等々、たくさんの素晴らしい作品を書いたバッハの凄さにあらためて思いを馳せてくれる、素晴らしい演奏会だった。

 

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最後に出演者紹介を中心としたプログラム本体とは別に挟まれた歌詞対訳付きの曲解説が、1曲ごとナンバー全てに記載されていて、とても充実した力作であることを記しておきたい。

田部京子さん~浜離宮朝日ホール~ひたすら誠実に積み上げる音から生じる詩とドラマ

名古屋の宗次ホールで聴いた同じプログラムによる田部京子さんの演奏を26日夜、浜離宮朝日ホールで聴いた。

ホールの大きさも響きも異なるゆえの面白さも感じたが、それ以上に感じたのは、田部さん本来の特質でもある、1つの音へ込めた思いの誠実なアプローチから生まれる詩的で思索的な音楽の美しさだった。

 

ダイナミックな音に包まれた310席の宗次ホールと違い、552人収容の浜離宮朝日ホールで聴く田部さんは、聴衆も、あるいはもしかしたら田部さん自身も、もう少し客観的に曲に向き合い、俯瞰の度合いを広げた演奏、と言えるのかもしれない。

個々の感想の前に、全体からの例として1つ挙げるなら、宗次ホールでは高音と低音のそれぞれにおいて、非常に豊富な音量が印象的であったに対して、浜離宮では、中音域を中心とした弱音の美感が際立っていたと感じた。

 

1曲目のベートーヴェンの「悲愴」は、宗次ホールで感じた印象とほぼ同じでの充実した内容。

 

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2曲目のシューベルトの第13番イ長調のソナタ。

宗次での第1楽章には開放感を感じさせる伸び伸びとした演奏だった印象があるのに対して、この日はもう少し控え目で、丁寧さと細やかさを感じた。

こうしたスタンスがとりわけ利点となったのが第2楽章で、非常に詩的で繊細な演奏。哀しさ寂しさと、嬉しさが交差する情感の行き来と佇まいが美しい。

今回のシューベルトではこの第2楽章が私には最も印象的で、感動した演奏だった。

3楽章も見事で、展開部と言ってよい中間部からエンディングにかけて、特に右手と左手で何度も音階を上下行き来する流麗なピアニズムも圧巻だった。

そう、この第3楽章も熱いパッションほとばしる稀なほどに優れた演奏だった。

 

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休憩後のシューマンの幻想曲ハ長調。

1楽章冒頭を宗次では悠然泰然と開始したのに対し、この日は決然と果敢に開始した印象。シューベルトとは逆の心象を覚えた。

雄大でリズミックな第2楽章は、技術的にも、中間部の曲想の変化を含む、場面ごとのニュアンス表現においても、とても難しい楽章だが、田部さんはこの楽章を1つの独立した曲として見事に弾き終えた。

これは宗次でもそうだったので、こうした細やかなリズムと細やかな曲想変化が絶え間なく展開する曲に、田部さんの力量が明瞭に表れる。

優れたピアニストにして初めて完遂できる演奏。

 

この日の白眉は第3楽章だった。

何かを表してやろう、などと田部さんは全く思わない。

11つの音を丹念に真摯に積み上げていくことで、そのひた向きな誠実さから生まれてくる音楽を信じること。

シューマンの書いた音符と音楽をひたすら信じ、愛して演奏することで、それが結晶となって創り出され、表れ出でる音楽。その祈りにも似た演奏と音楽に深い感銘を受けた。

演奏後、何秒続いたかわからない長い長い聴衆の沈黙は、会場全体が深い感動を共有していることを実感した瞬間でもあった。

 

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アンコールは宗次ホールと同じく、グリークのノクターンとシューマンのトロイメライ。

演奏後のサイン会でも、一人ひとりに、にこやかに対応する田部さんに、あらためて計り知れない力量を感じた演奏会だった。

2019年7月21日 (日)

ロシア国立交響楽団演奏会~愛知県芸術劇場コンサートホール

前日の田部京子さんのリサイタル後、そのまま名古屋に滞在し、翌21日、来日中のロシア国立交響楽団演を愛知県芸術劇場コンサートホールで聴いた。

曲は、ショスタコーヴィッチの交響曲第5番「革命」と、

チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の2曲。

 

まずはホールについて。愛知県芸術劇場での、オペラなどで使われる「大ホール」は、20127月に、井上道義さん指揮で、マーラーの「千人」を聴きに来たが、コンサートホールは初めて。

なんと美しく格調高いホールだろう。素晴らしい。トイレも東京のどのホールよりも美しく広い。東京、負けてまっせ。トイレこそ文化レベルの象徴、バロメーターなのに。

 

オケはプログラムによると、1957年に設立された全ソヴィエト放送オペラ交響楽団を前身とし、その後2回団名を変えたが、ロジェストヴェンスキー時代のソヴィエト国立文化省交響楽団が比較的知られている。

指揮は1949年生まれのヴァレリー・ポリャンスキーさん。オケ同様、初めて聴いたが、堂々とした貫禄の指揮で、後述のとおり、威力よりも柔らかで美しいニュアンスを求め、またテンポの変化の徹底などメリハリの良さもしっかりと提示するなど、とても良い指揮者だと思った。

1975年に自らロシア国立室内合唱団を設立するなど、最初は合唱指揮で名声を得た人とのこと。

 

なお、ポリャンスキーさんは指揮台を使わず、弦団員と同じく、ステージ直に足を置いて指揮していたのも印象的だったが、これも合唱指揮者での見識からと想像できる。

 

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楽員が入場してくる際、客席から拍手が起きることは、アマオケも含めて珍しくはないが、この日は、まるで終演直後のような大きな拍手が起きたのは、良いことだった。チューニングからして凄い音量。期待が膨らむ。

 

コンマスは微笑みながら真っ先に入場したのも好感が持てる。しかも流行りのコンマスだけ黒イス、などということはせず、他団員と同じイスで、この点も好感が持てる(※この点は最後に余談として後述する)。チェロは全員黒イスだが、これは合理性から賛成。

 

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1.ショスタコーヴィッチ「革命」

 

私は基本的に「本場モノ」は信じない。チャイコフスキーはムラビンスキーの贅肉をそり落とした演奏よりも、カラヤンのたっぷりと豊麗なロマンティックな演奏が好きだし、ボスコフスキー指揮のウィンナワルツはテンポが速すぎて全然評価できない、等々のためだ。当然、ロシアのオケだからといって、ロシアモノを良い演奏するかどうかは別問題。でも、このショスタコーヴィッチは名演と言ってよい内容だった。

 

全楽章通じて言えるのは、ディティールで粘ったり、大きなデフォルメを入れたりはせず。部分的にスッキリ、シンプルに流す面と、テンポの加速を半端なく徹底するなどのメリハリの良さを特色とする演奏だった。短調コード進行の場面では、暗い音色を巧みに表出した点も優れた特徴、特色。

 

オケのトーンが柔らかく、金管の迫力は凄いのに、決して鋭くならない。第1ホルン奏者の音色は控え目ながらシルクのように美しく、フランスの奏者のような印象。トランペット群も同じく、「音量は出そうと思えばいくらでも出るが、音色で勝負します」という感じで、金管全体がとてもエレガントとさえ言えるものだった。ポリャンスキーは普通4つで振る部分も2つで振ったりと、悠然泰然としたベテランのバトンさばきで、とても良かった。

 

有名なのは第4楽章だが、この曲の白眉は第3楽章のアダージョだ。なんという悲しくせつなく美しい曲だろう。演奏もしっとり、じっくり歌わせ、迫力ある部分と、弱音の徹底による対称など、場面を丁寧に描きながらも、全体が哀愁感に満ちた素晴らしい内容だった。

 

間を置かず、アタッカで第4楽章に入る。ここでもテンポの変化、メリハリが見事。聴き終えて「本当に良い演奏だった。この曲のライブ名演を聴かせていただいた」と感じた。聴衆の拍手と歓声も凄く、なんと前半1曲目なのに、カーテンコールが3度も続いた。

 

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2.チャイコフスキー「悲愴」

 

1曲目とティンパニ奏者が男性から女性に替わったのはともかく、気づいた限り、フルートとクラリネットの1番奏者も、1曲目の奏者と違った。プロオケで珍しいことだと思う。

 

「悲愴」も前述の「革命」と同じ特徴。金管の迫力は凄いが、決して威圧的にならず、音量が音楽的に美しいバランスを常に保つ。

 

テンポのメリハリ、緩急自在さも同じ。第1楽章の、まだ序奏の中と言ってよい部分の、Andanteニ長調で第1ヴァイオリンとチェロで歌われる有名な旋律も、通常、ゆったりと綿々と歌う演奏が多いが、ポリャンスキーさんはスッキリあっさり速めのテンポで演奏させた。

 

1楽章で私が一番「我が意を得たり」と感じて気に入ったのは、練習記号QからRまでの場面で、多くの指揮者はそれまでの流れでインテンポで演奏するが、ポリャンスキーさんがテンポ速度をどっしりと落とし、トロンボーンの「嘆きのコラール」とも言える絶叫オブリガートをたっぷりと歌わせたところ。大賛成の「解釈」だ。かと思うと、Andante mossoのピッツィカートは速めのテンポ、という具合に、緩急自在な演奏。

 

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5拍子の第2楽章では、中間部のロ短調の部分での、ティンパニ、コントラバス、ファゴットによるオルゲルプンクトで、特にティンパニを常に大きめの音量で叩かせ、一種異様な、怖いくらいの緊迫感を創り出していて印象的だった。

 

3楽章はオーソドックスなテンポで、vivaceの楽章であっても慌てず騒がず、じっくりと進める。カチカチ、キャピキャピせず、アンサンブルとしてのバランスの良さと音色で勝負していた。例えば、弦による2分音符が2小節間続く部分でも、弦の質感はあくまでもエレガントで、柔らかいトーンで奏する。これは金管でも同じだった。

 

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3楽章から間を置かず、アタッカで第4楽章に入ったのは「革命」と同じだが、「革命」はアダージョからアレグロに転じるのに対し、「悲愴」は逆にアレグロからアダージョだから、奏者も気分を瞬時に変えねばならない。それでも、とても美しいAdagio lamentosoの開始だった。この終楽章でも、練習記号H7小節目からKに至るstringendo moltoの徹底が凄まじく、「半端ない徹底したアチェランド」で見事だった。「これこそ生きた音楽だ」と感心、賛同、感動した。

 

このようにテンポの緩急を含めたメリハリの徹底と、威圧的でなく、エレガントなトーンとバランス良い音量の配分に徹した見事な演奏だった。

 

敢えて、失礼な例えをするなら、ドイツ的かフランス的かと言えば、明らかにフランス的なオケの要素を感じさせるオケ。もちろんアメリカ的などではない。

 

それと、強いて疑問点というか、不思議だったのは、チェロ群の音色が、楽器のせいなのか、くすみがちで、音量的には物足りなかった点だ。

 

なお、アンコールとして、チャイコフスキーの「四季」より「秋の歌」が演奏された。チェロ独奏をメインとした繊細で美しい小品。2つの大曲の後、静かに終わる小品で終えたのは「粋」で良かった。

 

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(※)余談です

 

年配の知人が、「いったいいつから、指揮者が登場する前に、コンマスが一人で登場し、そのために指揮者と併せて計2回も拍手しなきゃ、いけなくなったんだ」と怒って言いましたが、この点については、その人に同感です。コンマスは言うまでもなく重要ですが、しかし、「偉そうに」単独で入場するなんて傲慢な感じがして嫌いです。

 

また、20年くらい前からだか、コンマスが一人、黒イス(アップライトピアノ用のイス)に座り、他の弦奏者と「違い」を強調するオケが増えました。今では、アマオケの多くもこれを真似ている現状です。

 

ちなみに、私が活動するオケでは、いずれもそんなことはしていません。黒イスに関しては、20年近く前、当時の女性コンミスがやろうとしましたが、岩城宏之さんが「偉そうだから、やめなさい」と注意して今に至ります。岩城さんの注意を聞いたとき、内心「そうだ」と快哉を叫びました。また、ウチのオケは民主制が徹底しているので、もし、コンマスが「団員が入場した後に、単独で入場」などしようものなら、全員から批判が起きること間違いなしです。

 

ウィーン・フィルかベルリン・フィル、シカゴ響など、一流のオケこそ「コンマスの黒イスなど用いない。後から単独入場などもしない」が徹底しています。

一流でない海外か日本のオケがやりはじめ、今ではアマオケまで、「コンマスの黒イス使用と、単独入場、という偉そうな行為」がまかり通っている現状を私は憂います。

なお、チェロパートが全員黒イス、というのも普及してきましたが、これは楽器の特性上、合理的なので、賛成です。

 

 

田部京子さんピアノ・リサイタル~宗次ホール

今月26日の浜離宮朝日ホールでのリサイタルに先立つ、20日夜、名古屋の宗次ホールで田部さんのリサイタを拝聴した。宗次ホール自体初めてだったので、ホール自体の興味も当然あっての拝聴。なお、ファンクラブの事務局員としてではなく、あくまでもプライヴェートな行動なので、事前に田部さんに宗次に行くことはお伝えしていなかった。

 

310席(1232席、278席)という、こじんまりとしたサロン風のホールで、響き過ぎるくらいよく響く。田部さんは芯の強い、音量も相当あるピアニストなので、STEINWAY&SONSの周辺を中心とした音の渦は、ホール中に響き渡り、駆け巡る、といった感のあるホール。

 

選曲が素晴らしく、ベートーヴェンのソナタ第8番「悲愴」に始まり、シューベルトの美し過ぎるソナタ第13番イ長調、そして休憩後は待望のシューマンの幻想曲ハ長調、という充実したもの。

 

1.ベートーヴェンの「悲愴」

 

1楽章の冒頭の和音から強烈。入念で思索的な運びからアレグロに転じての果敢な展開。主題が戻ってくる経過フーレズでも田部さんは入念に意味を持たせて繋いで行く、こういうところが一流奏者ならではかもしれない。

 

2楽章は、ゆったりした曲や楽章での田部さんの特徴でもある独特のアゴーギクがこの楽章でも多用される。ゆえに、素朴な歌を求める人には少し抵抗があるかもそれないが、これこそ田部さんの感情移入からの率直な「歌」であり、決して表面的で恣意的な表現ではないのだ。

 

3楽章がとりわけ素晴らしかった。モーツァルト的な流麗な流れに、シューマン的なデモーニッシュさが加わった、とでも言えるような迫力と迫真に満ちた進行、展開、推進。この曲は録音、ライブ、外人、日本人を問わず、たぶん30人以上の演奏を聴いていると思うが、これほど感動的な第3楽章はちょっと思い当たらない。これまで聴いた最高の第3楽章と言いたい。

 

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2.シューベルトのソナタ第13

 

冒頭からなんというロマンティックな曲想の曲だろう。田部さんはシューベルトの歌を歌いながら、シューベルトと対話しているかのような、終始穏やかで温かなフレージングとアプローチを続ける。客観的でもあり、主観的でもある、そのバランスが絶妙と感じる。無垢な曲想をそのまま表出すると同時に、自らの構成力と入念な譜読みでシューベルトに問いかけ、対話する演奏。美しい2つの楽章の後の、軽快な第3楽章での切り替えも見事。やはり田部さんにとって、シューベルトは特別な存在なのだろう。

 

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3.シューマンの幻想曲ハ長調

 

たくさんのCDをリリースしてきた田部さんだが、なぜか、録音されていない曲。それゆえコンサートでの実演は貴重だ。過去の録音の印象などの情報が無い分、聴く側もまっさらのまま聴ける。

 

1楽章。冒頭のGの音をテヌートしての華麗な開始。しかし、基本的にはむしろ内省的で、繊細にして内省的な演奏と言えるように思える。同時に曲想が変わり、雄弁に語るところでの追い込みと迫力が素晴らしい。

 

私が大好きなEs durの第2楽章。冒頭の広い和音からして充実した音量と格調の高さ。リズミックで、独特のフレージングが多用される、いかにもシューマンらしい楽章は、きっと田部さんも好きなんだろうな、と感じさせてくれる快活にして果敢な演奏だった。それにしても、第1楽章と第3楽章がハ長調を基調としているのに、この楽章が変ホ長調を採っていること自体ユニークだと、あらためて感じる。

 

3楽章の穏やかで思索的な曲想と展開は、ベートーヴェンの第32番の第2楽章を連想したりもする。あるいは、リストのソナタを予見している、とも言えないこともないかもしれない。この楽章での田部さんは、前2つの楽章の流れにあって、それとはまた違う独立した曲想であり、同時に全体を締めくくる楽章でもある、そういうことを演奏の場面の変化等、構成的にも提示されていたと思う。充実の演奏だった。

 

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アンコールは2つ。

 

グリークのノクターン。なんという美しい演奏だろう。この曲を、こんなに神秘的にしてロマンティックに演奏する奏者はそれほど多くないように思う。どこかエロティックな~もちろん気品もある~演奏でもあった。

 

2曲目はシューマンの「トロイメライ」。この曲を田部さんがどう弾くかはよく知っている。イメージどおりに弾かれたが、それは決してマンネリではなく、あたかも、今ここで生まれた曲であるかのように弾かれた。美しかった。

 

26日の浜離宮では田部さんはどう弾くのか、ホールの響きも含めてどう違った演奏となるのかが、楽しみだ。

2019年7月13日 (土)

神奈川フィルとBCJによるハイドン「天地創造」

神奈川フィルハーモニー管弦楽団とバッハ・コレギウム・ジャパン(以下、BCJ)という素敵な組み合わせによるハイドンの「天地創造」を13日午後、横浜みなとみらいホールで

聴いた。指揮は鈴木優人さん。

 

これは神奈川フィルの定期演奏会みなとみらいシリーズ第350回の演奏会。コンマスは﨑谷直人さん。ソリストは

ソプラノ 澤江衣里さん(天使ガブリエル、エヴァ)

テノール 櫻田 亮さん(天使ウルリル)

バリトン ドミヌク・ヴェルナーさん(天使ラファエル、アダム)

 

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鈴木氏は、神奈川フィルに古楽器的なシャープなフレージングとアーティキュレーション、音色等を求めながらも、出てきたサウンドはかえって斬新で新鮮な、モダンとさえ言えるサウンドだったのが面白く、すこぶる素敵だった。

これは指揮者とオケの力量が素晴らしいということだけではなく、正にハイドンの作曲技術がいかに素晴らしいかを証明していると言えるだろう。

 

合唱について

 

それにしても、あらためてBCJの合唱の素晴らしさに驚く。

ソプラノ7人、アルト7人(内カウンターテナー1人)、テノール6人、バリトン6人の計わずか26人による合唱なのに、大ホール一杯に歌声が響き渡る。神奈川フィルが通常よりメンバーを減らしているとはいえ、トロンボーン3人を要する音楽だ。それでも、オケが特別音量を減じていない部分でも、何でもないが如く26人の統一された歌声がオケを超えて客席に届く。アマチュア合唱団では考えられないこと、有り得ないことだ。

 

BCJはご存知のとおり、普段、ソロでも活躍している歌手がメンバーとして名を連ねている。今回ソロを務め後述する澤江衣里さんもBCJのメンバーとして「マタイ受難曲」等を歌われているし、今回出演の中では、ソプラノでは、合唱団 鯨の「エリヤ」で素晴らしいソロを聴かせてくれた清水梢さん、鈴木秀美&オーケストラ・リベラ・クラシカのソロ常連でもある今回BCJ初参加の中江早希さん、アルトの輿石まりあさん、田村由貴絵さん、カウンターテナーの青木洋也さん、テノールの中嶋克彦さん、等々、また、今回は出演されていないが、バリトンの加耒徹さんもメンバーだし、確か、テノールの鈴木准さんも公演によっては参加されていると記憶している、など、いわば「オールスターソリストメンバー」なのだ。

 

独立したプロ合唱団である東京混声合唱団は本当に素晴らしいが、ソリスト級を集めたBCJには抜きん出た力量がある。

素晴らしい少数精鋭のプロ合唱団。

 

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ソリストについて

 

今月7日にヤマハホールでリサイタルを終えたばかりの澤江さん。私はオケ定演と重なり拝聴できなかったのだが、その澤江衣里さんのオラトリオ歌唱の上手さはよく存じている。R・シュトラウスの歌曲や、東京芸大博士号を取得したクィルターの歌曲の上手さは素晴らしいが、BCJで鍛えられた、バッハを中心とした古典曲の端正にして気品と温かさと、良い意味でのクセの無い、伸びやかな歌唱は、聴く者の心を清めてくれる、そういう歌声を聴かせてくれる。この日も正にそうだった。

 

天地創造第2日エンド近くの2点ハから3点ハへの上行音階や、第3日でのGから1オクターブ+3度上のBの音への上行音階など、技術的な冴えもあったし、第2部第5日開始早々のアリア「鷹は力強い翼で」は特に充実した歌唱だった。また、第3部「アダムとエヴァの神への賛歌」でのアダムとのデュオもステキだった。彼女の素朴さと清らかさと気品と温かさの同居した歌声は素晴らしい。

 

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テナーの櫻田亮さんは、マタイのエヴァンゲリスタでの歌唱は、私にはやや物足りなさを感じさせたが、この「天地創造」での屈託のない、これまた良い意味でクセの無い、ピュアなトーンは終始安定していて素晴らしかった。これまで私が聴かせていただいた櫻田さんの歌唱の中で最高の内容だったと思う。

 

ドミニク・ヴェルナーさんは初めて聴いたが、重たくない、端正なバリトンの声で、この曲でのバリトンに重厚感や威厳を求める人にはやや物足りなかったかもしれないが、誠実さと温かさに満ちた、穏やかな優しさを感じさせる歌唱はとても印象的で好感が持てた。他の曲でもいろいろ聴いてみたいと思った。

 

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終曲、エピローグでの合唱とソリス全員による曲では、それまで指揮者の左右で歌っていたソリスト3人が合唱団の最前列に行き、合唱団中央最後列にいて、アルトパート歌われたカウンターテナーの青木洋也さんが3人に加わり、その4人と合唱という形でエンディング。

 

長く大きな拍手と、複数の「ブラヴィー」が飛ぶなど、客席は大きな喜びに包まれた演奏会だった。

 

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最後に個人的なことを書かせていただくなら、昨年12月の学習院OB管弦楽団の定演でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いていただいた神奈川フィルコンマスの﨑谷直人先生、嘉目真木子さん同様、メジャーになる前から存じあげている澤江衣里さん~澤江さんと嘉目さんは親しい間柄だ~、合唱団 鯨の「エリヤ」でお世話になった清水梢さんと藤崎美苗さん、最近面識を得た中江早希さん、と、ご縁のあるプロ音楽家が5人も同じステージで演奏される、そういうコンサートを聴かせていただく喜びは言葉に表せないほど大きい。

ご縁に深く感謝します。

 

https://www.kanaphil.or.jp/concert/584/

 

 

2019年6月26日 (水)

嘉目真木子さん独演コンサート~ホリガーも歌われた

NPO法人の日本声楽家協会が毎年毎月1回、歌手の独演コンサートを開催しているが、その第137回である6月は、初登場のソプラノ 嘉目真木子さん。

26日夜、毎回の会場である日暮里サニーホールのコンサートサロンで聴いた。

 

今や大活躍中の嘉目さんだが、これほどメジャーになる前からご縁があったのは嬉しい限り。

11年前の2008年、学習院OB管弦楽団が、今村能氏指揮で、無謀にもプッチーニの「ラ・ボエーム」を演奏会形式で全曲演奏した際、ミミを歌ってくださったのが嘉目さんだった。

以来、彼女の東京二期会オペラデビュー公演の「魔笛」(パミーナ、2010年)、「フィガロの結婚」(スザンナ、2011年)、「ドン・ジョヴァンニ」(ツェルリーナ、2011年)をはじめ、リサイタルを含めて多く聴かせていただいてきた。

201612月のNHKニューイヤーオペラコンサートに出演されたときは、「どうして私が選ばれたのか、よく解らない」と語るような謙虚さ、おおらかさも持つ。

 

なお、この日のピアノは、二期会研修所と日本声楽家協会のピアニストでもある高田恵子さんが務めた。

 

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「歌詞カードを用意していないので。歌う前に、詩を朗読させていただきます」として、1曲ごと、簡単な解説の後、日本語訳の詩を朗読してから歌われた。

 

「独演コンサート」ということから、実際、運営サイドからは事前に「好きに選曲してよい」とのことで、嘉目さんは結果的に、ほとんど全て穏やかな曲想を基調とした曲を選ばれた。

それは、抒情的な歌を得意とされる嘉目さんらしい、というか、必然的な結果だったと思う。

1部後の休憩後、第2部開始冒頭、「前半は穏やかで、知られていない曲が多かったので、休憩時間にお客様がいなかくなったらどうしよう、思いました」と会場を笑わせたり、アンコールの前に、「私の我がままコンサートにお付き合いくださり、ありがとうございます」と語ったが、理知的というよりは抒情的な歌唱、ソプラノでありながら強い声、ドラマティックな抑揚を自然に作る力のある歌手ゆということを思えば、意識せずとも自然とそういう曲想の選曲をされたと言えると思うし、結果、成功し、ヴァラエティに富んでいた点で、「我がままコンサート」は十分、聴衆を楽しませたと言える。

 

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そうした彼女の声質から、前半では、18歳でドビュッシーが創った「星降る夜」も、次の「ロマンス」にも「しっとり感」があったし、「明日」はとても美しい歌唱だったが、とりわけドイツ語で歌った「君を愛す」での、エンディングにもっていく情感豊かな高揚感の表出は素敵だった。

 

アルゼンチンの作曲家というグアスタヴィーノ 「薔薇と柳」は演歌のような感じで面白かった。とても良い曲。なお、「今年になって初めて知り、気に入った曲」というツェムリンスキーの曲は、素朴で良い曲だが、「初披露」ゆえ、慎重さが感じされたので、今後、継続して歌われていくだろう中で、もっと自在さが増すだろうことを予感させる歌唱だった。

 

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そして、この回は、後半がとりわけ聴き物だった。チェコ語で歌われたドヴォルザークも良かったが、私的にはハインツ・ホリガー作曲作品が面白かった。

 

オーボエ奏者として有名になり、その後、指揮や作曲等、マルチな活動で知られるホリガーだが、正直、嘉目さんが現代曲をこの日、歌われるとは夢にも思わなかった。ミレヴァという少女が5歳から10歳にかけて作った5つの詩に、ホリガーが作曲したこの作品は、ピアノ伴奏はいわゆる現代的で断片的な分散音を中心に展開する中、歌はむしろそれと対照的に、なだらかに淡々と進行するのだが、その対比が面白かった。

 

終わって一端、舞台袖(奥)に下がった後、ステージに再登場された際、嘉目さんは「大丈夫でしたか?」と聴衆に語りかけて笑わせたが、私は、この曲の歌唱を聴けただけでも会場に来た甲斐があった、と思ったほどだ。嘉目さんは「現代曲を歌ってみたいと思った時期があった」と語ったが、今後もぜひ現在作品をレパートリーに加えていただきたい。

 

バーバーの、タイトルとは少し違うイメージながら、とても抒情的な曲の後、クィルターのとても美しい曲で正規プログラムを終えた。

 

アンコールとして、高校生時代のピアノ伴奏の逸話に関した曲という有名な「グリーンスリーブス」により、このコンサートを終えたが、この曲でのピアノパートの編曲がとても美しかった。

 

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第1部

 

1.ドビュッシー 「星降る夜」

 

2.ドビュッシー 「ロマンス」

 

3.R・シュトラウス 「明日」

 

4.ツェムリンスキー 「受胎」

 

5.グリーグ 「君を愛す」

 

6.グアスタヴィーノ 「薔薇と柳」

 

第2部

 

7.ドヴォルザーク 「我が母の教え給いし歌」

 

8.ハインツ・ホリガー 「ミレヴァの5つの詩」

 

9.バーバー 「受難」

 

10. クィルター 「音楽、優しい声が死ぬとき」

 

アンコール 「グリーンスリーブス」

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