2021年9月19日 (日)

高野百合絵さんデュオ・リサイタル

後日記載します。

2021年9月16日 (木)

いま、歌いたい歌~王子ホール~伊藤達人さんの歌声が凄い

後日記載します。

2021年9月11日 (土)

オペラ 清教徒

後日記載します。

2021年8月29日 (日)

二期会 ルル

後日記載します。

2021年7月24日 (土)

田部京子さん~ピアノ・リサイタル

後日記載します。

2021年7月18日 (日)

ファルスタッフ

後日記載します。

2021年7月16日 (金)

メリー・ウィドウ

後日記載します。

2021年7月15日 (木)

日下紗矢子さん~シューマンのみのリサイタル

後日記載します。

2021年6月30日 (水)

コール・ミレニアムによる「メサイア」

2002年に結成された混声合唱団 コール・ミレニアムの第18回定期演奏会を6月29日夜、東京芸術劇場で拝聴した。今年に入って、いや、昨年の4月以降、アマチュアの合唱団の演奏を聴くのは、今月6日の和光市民合唱団に次いで二度目。ようやく、合唱団も長く暗い冬の時代、控え目に言っても、暗中模索の時代の終わりの始まりを迎えている感があり、深い感慨を覚えるし、喜びに堪えない。
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6日にも強く感じたことだが、「歌がある毎日こそ正常な日常」なのだ。
係る状況になる前、ともすれば、音楽ライヴは、ある種、特別な「非日常体験」と感じられたし、「それも真実」ではあるが、係る状況下で強く感じることは、歌手がステージで歌い、合唱がステージで歌うこと、それこそが、実は「真の日常」なのだ、ということ。このことを、この夜も強く感じた。
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この日の演奏曲は、ヘンデルの「メサイア」。ホールの指針に基づき、2時間限定とのことで、後半の数曲がカットされたのは、やむを得ないにしても、指揮者の井﨑正浩さんがプログラムに寄稿されているように、演奏者においてこそ、残念だったに違いない。なお、カットされた曲は、第29曲から36曲までと、第38、39曲、第49曲から52曲まで。
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指揮の井﨑正浩さんは、ハンガリーを拠点にされているとのこと。オケは、この合唱団が2019年にバッハのミサ曲ロ短調を演奏した際のメンバーを中心とした小編成のプロオケであるミレニアム・ソロイスツ室内合奏団。
ソリストは、ソプラノが澤江衣里さん、アルトが高橋ちはるさん、テノールが鏡 貴之さん、バスが加耒 徹さん。4人は普段、ソロ活動だけでなく、バッハ・コレギウム・ジャパンのメンバーとしても活躍されている、という共通点がある。皆さん素晴らしかったが、詳細は後述する。
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マスクに関しては、指揮者と4人のソリストとオケの管楽器を除いて、全員マスク着用での演奏。合唱団が使用したマスクは、東京混声合唱団が使っているものに似て、広く顎下まである布地(と思われる)のもの。通常のマスクよりは歌い易いだろうし、実際、客席で聴いていて、声量的に、とりたてて支障は感じなく、立派に歌われた。それでも、練習の回数や方法において、当然ながら満足いかない状況下で苦心されたのだろうことは想像が付いた。
すなわち、マスクによる本番におけるハンディということよりも、後半の曲で、統一感、アンサンブルにおいて、やや不均衡を感じる場面があった。前半は有名な曲が多いこともあり、良い意味で、歌い慣れしている感があったが、後半は「練習が足りていないのだろうな」と想像できる部分が散見された。
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マスクのハンディが皆無というわけではむろん無く、例えば第24曲の冒頭、「Surely」は良く強調はされていたが、それでも、子音が解放的なまでに高らかに発せられていたかというと、そこまでの完成度は感じなかった。こういう状況でなければ、全員、一人ひとりが、「遠慮なく」存分に「シュ」の音を発せられたはずなのだ。
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それでも~プログラム記載によると~ソプラノ32名、アルト29名、テノール9名、バス17名の合唱は、終始、歌う喜びと感慨を聴衆にも感じさせるに十分な、素敵な合唱を聴かせてくれた。
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井﨑さんの解釈で印象的だったのは、有名な「ハレルヤ」。
決然と開始するのではなく、オケが弱音で開始し、コーラスも、しばらくはソフトな弱音で歌われていた。後半近くから音量を上げたが、場面によっては、音量、強弱、テンポを微妙に変化させるなど、とても斬新でユニークな演奏だった。
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なお、この「ハレルヤ」とラストのアーメンコーラスは、4人のソリストも一緒に歌われたのが良かった。もちろん、その2曲では合唱が主役であることを4人は考慮され、自分たちの声が突出しないように、ごく控え目に歌われていた。
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ソリストでは、贔屓目無しに、加耒 徹さんと澤江衣里さんが、とりわけ素晴らしかった。2人とも、私は毎年、年に1回以上は、必ず聴かせていただいているので、お2人の「進化」を、喜びを持って体感させていただいている。
加耒さんが歌われたソロのナンバーは、いずれも充実のトーンで、声量も素晴らしく、歌詞での強調すべきポイントや、多彩なニュアンスを含めて、素晴らしい歌唱だった。
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澤江さんは、毎年、違ったトーンを聴かせてくれて、その幅の広さに感服する。正確に言うと、毎年と言うより、たぶん、曲によって都度、トーンやニュアンスを絶妙に変えていらっしゃるのだ。
清らかな「ピュア」な歌声で、数年前に拝聴したフォーレの「レクイエム」では、温かさの中の清冽で、神々しいまでに透き通った歌声に心底、驚嘆したが、この日は、同じ「ピュア」でも、バロックの歌唱に徹したアプローチによる軽やかで柔軟な歌唱で、アリアにおいても、レスタティーヴォをそのまま生かして継続する中での歌唱に感じた。すなわち、軽やかな歌の中にも「語り」が常にあるのだ。
毎年、いや、毎回、共通点と同時に違った要素を、多様で多彩なキャラクターを感じさせてくれる澤江さんをデビュー間もないころから~いや、デビュー前から~存じている私としては、澤ちゃんの「進化」を感じることが とても嬉しく、これからも、きっと長く、私達を楽しませてくれるに違いないことを、この日、あらためて確信した。
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テナーの鏡 貴之さんは明るいトーンが印象的で、力みの無い、自然体な歌唱が良かった。
アルトの高橋ちはるさんは端正な歌唱で、歌詞やフレージングが誠実に、丁寧なものとして歌われた。
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演奏終了後は、1階客席で、スタンディングオベーションする人も多く、聴衆が満足したことが明白だった。
前述のとおり、2時間限定ゆえ、ソリストと指揮者の舞台礼は、一度ソデに引き上げてから出て来た1回のみで、早々にして、爽やかな雰囲気で、素敵なコンサートが終わったのだった。

2021年6月13日 (日)

日生オペラ~「ラ・ボエーム」13日公演

日生オペラ~「ラ・ボエーム」13日公演

日生劇場主催のNISSAY OPERA 2021「ラ・ボエーム」、6月12日と13日のダブルキャスト公演のうち、13日の組の公演を同劇場で鑑賞した。

園田隆一郎さんの指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏。演出は伊香修吾氏。

バリトン歌手の宮本益光さんによる日本語訳詞での公演。

外国語オペラを日本語に置き換えての上演では、納得した公演がほとんど無い印象があるが、宮本版での訳詞は、ムリ(不自然さ)がほとんど無い感じで、違和感は少なく、とても印象的な公演だった。

学生のころから歌の勉強だけでなく、係る研究をし、東京芸大の博士課程修了論文「オペラの日本語訳詞、その方法論」により博士号を取得されただけのことはあるな、と感じ入った。

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演出に関しては後述するけれど、冒頭からマルチェッロ役の池内 響さんが素晴らしかった。今まで聴いたライヴと録音の中で、少なくとも日本人の中で一番良いと思った。声量が素晴らしいし、風格だけでなく、若々しさもある。

思うに、このオペラは、開始直後の第一声を発するマルチェッロの「デキ(印象)」で、オペラ全体のイメージに大きな影響を与える重要な役だと思う。もし、マルチェッロの声質が気に入らないで、ガッカリすると、この後の、ロドルフォとミミが相当良くない限り、「ガッカリ感」が継続されてしまう。そのくらい重要な役だ。

池内 響さんは初めて拝聴したが、「ドン・ジョヴァンニ」のタイトルロールを歌われているなど活躍されていて、「なるほど」と思った。この日の歌手の皆さんは、後述のとおり、皆さん素敵だったし、成功した公演だと思うが、もし、「一人だけ、あなたにとっての主役を選べ」と言われたら、私は「マルチェッロの池内 響さん」を選ぶ。今後も大いに期待したいバリトン歌手。

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ロドルフォ役に抜擢された岸浪愛学さんも初めて拝聴。伸びやかな良い声だし、声量も十分あったが、イメージ的には、声もキャラも真面目な感じで、「恋より学問」というイメージも受けたが、第4幕での「泣き」も含めて感情移入は自然体で、見事だった。声に「色気」が付いたなら、鬼に金棒かもしれない。

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ミミ役の迫田美帆さんは、良い意味で普通の感じ、というか、慎ましさを感じさせる歌声で、悲しみの表現も素敵だった。十分好感の持てる演技と歌唱だった。

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ムゼッタ役の冨平安希子さんは、第2幕でのコケティッシュな役柄も魅力的だったが、実は第4幕での、ミミを案じる優しさこそ、第2幕にも増して重要な役所であることをしっかりと示し、「優しいムゼッタ」を見事に演じ、歌われた。派手さやお転婆(ヤンキー)っぽさ以上に、優しさに重心を置いた、魅力的なムゼッタだった。

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ショナール役の近藤 圭も良い声。

コッリーネ役の山田大智さんは、第4幕での有名な「外套の歌」で、思いやり深い悲しみがよく出ていた。

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ベノア役の清水良一は、声を巧みに脚色して、性格テナーの面を出すなど、面白かった。この役で印象に残る人は少ない気がするが、清水さんのベノアはとても印象的だった。

アルチンドロ役の三浦克次も堂々とした体躯の良い声で、ムゼッタとの掛け合いも良かった。

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今回、あらためて思ったのは、第3幕の終わり近くで、ミミとロドルフォが、シリアスにしてロマンティックに歌っている中、マルチェッロとムゼッタが突如表れて「罵り合う」場面。「あそこ、好き」、だ。面白い。本来なら禁じ手の様にも思えるが、とにかく「あそこ、好き」。

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演出について

伊香修吾さんの演出は、第2幕で、冒頭での街の賑わいをそのままステージに置くのではなく、窓の外下として、あくまでも下界での事としたり、児童合唱を無くし(コロナ下での配慮ということは当然あっただろう)、大人の合唱も、舞台裏に終始させる工夫があったり、第3幕での展開と舞台の関係ではやや厳しい点もあったものの、総じて、劇場の広さ(というか、狭さ)を考慮した、効率良い工夫が施されるなど、斬新でユニークな場面も多々あった。

問題は第1幕で、ミミが訪問してくる前までの、青年4人によるやりとりの間中、ミミが「あの世から見ているような、見えない存在、幻影」として、彼らの様子を見聞きする設定は、意味も意義も感じなかった。必然的必要性は無いと思った。

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【キャスト】      6月12日(土)   6月13日(日)

ミミ           安藤 赴美子         迫田 美帆

ロドルフォ          宮里 直樹     岸浪 愛学

ムゼッタ             横前 奈緒     冨平 安希子

マルチェッロ       今井 俊輔             池内 響

ショナール          北川 辰彦             近藤 圭

コッリーネ         デニス・ビシュニャ 山田 大智

ベノア       清水 宏樹             清水 良一

アルチンドロ      小林 由樹             三浦 克次

パルピニョール     工藤 翔陽(両日)

https://www.nissaytheatre.or.jp/schedule/boheme2021/

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