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2018年1月18日 (木)

S

2018年1月14日 (日)

幸田浩子さんのCD「優歌」(ゆうか)~そばにいるうた、よりそううた~空気と心を清め、胸を熱くしてくれる新譜

美しい日本語が空気を清める。聴き手を優しく熱く包み込む。
その意味においても、歌をジャンル分けすること自体、
そもそもおかしい。
あるいはまた、嬉しいときに聴くだけが歌ではない。
むしろ失恋や深い悲しみや孤独の絶望の中にあるときにこそ、
歌は人を勇気づける。歌は人生において重要な意味を持つ。

このことを鑑みても、歌手をジャンル分けすること自体も、
それほど意味があることとは想えない。

人によって励まされた泣きぬれた熱くなった歌や歌手は
様々なのは当然だ。ある人は歌謡曲であり、
ある人はオペラのアリアであり、ある人はシャンソン等々。

勇気づけられ感動したのはマリア・カラスの人もいれば
エディット・ピアフ、中島みゆき、安室奈美恵、椎名林檎、
藤圭子、ダイアナ・ロス等々いろいろだろう。

優れた歌はジャンルを隔てないし、ジャンルに優劣は無い。
優れた歌手もまたジャンルに留まらないし、
優劣を論じることに意味は無い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

幸田浩子さんが今回J-POPを録音してリリースされたことも、
その意味では全く驚くことではない。

このアルバムは何より選曲が良い。
古くは1976年の「翳りゆく部屋」(荒井由美)から、
2014年作の「明日への手紙」(手嶌葵)まで、
時代範囲も広い。

幸田さんの寄稿によると、中島みゆきさんの「糸」を知った
ことがきっかけだったいう。
そのとき感じた想いを、多くの人と共有したい、
だから届けたい、として録音された。

きっかけが「糸」だったのは示唆的かもしれない。
AKBや三代目J Soul Brothersを好む若い人も「糸」には
魅せられるという。
名だたるオペラ歌手の幸田さんも「糸」に魅せられた。
この象徴的事象においても、歌や歌手のジャンル分け自体、
それほどの意味は持たないことを雄弁に物語っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幸田さんの声は細く軽やかだが、聴き手を置き去りにして
そそくさと過ぎ去ることは決してない。それどころか、
その繊細な声の筋の1本1本が、聴き手の胸の細胞に
入り込み、心をグサッとわし掴みして離さない。
そういう強さのある声だが、むろん強圧的なものではなく、
自然にストレートに入り込んで聴き手の心を清め、
そして熱くする、そういう歌声だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1曲ごとの感想を以下のとおり整理してみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1「ハナミズキ」(一青窈)~編曲=内門卓也
美しい日本語の歌声が第1曲から広がり、胸に染み入り、
心が洗われ、感涙を禁じ得ない。
室内楽アンサンブルが素敵だ。終わり近く、
少しだけオペラティックな、クラシックな歌唱を入れるが、
最後は原曲を生かしてシンプルに終わるのも、
誠実さが感じられて良い。
・・・・・・・

2「LOVE LOVE LOVE」(DREAMS COME TRUE)
    ~編曲=Momo
大森康司さんのギターのみの伴奏というMomoさんの
編曲がシンプルで良い。
終わり近く「LOVE LOVE 愛を呼ぼう」では、二重録りと
オペラティックなオブリガートを交えて盛り上げてから、
最後は落ち着いたかたちで終える。
・・・・・・・

3「奇跡~大きな愛のように~」(さだまさし)~編曲=藤満健
この曲を選曲されたのは幸田さんの見識だ。
大きな広がりのある曲想に、幸田さんの清らかに広がる歌声が
よく合う。
まるで幸田さんのために作曲されたかのようにさえ感じる。
「あなたを守ってあげたい」の「を」の響きが感動的なまでに
美しい。この曲も室内楽的アンサンブルが良い。
低音のシンプルなリズムや移行も巧く効いている。
・・・・・・・・

4「for you…」(高橋真梨子)~編曲=藤満健
この曲の録音も嬉しい。清らか声が曲の奥にある感謝と
せつない悲しみと希望と愛がにじみ出る。
ロマンティックなピアノソロのみによる伴奏も良い。
最後のセンテンスでの「きっと」での幸田さんのロングトーンは
オペラ歌手ならではだ。これを目の前で聴かされたら、
全員スタンディングオベーションかもしれない。
シンプルなピアノ伴奏が良いが、
最後の主音のピッチが高いのが気になる。
・・・・・・・・

5「いい日旅立ち」(山口百恵)~編曲=藤満健
凍てる冬の雪景色の中に幸田さんの歌声が凛と響く。
「日本の」の「の」の高音が美しい。
ピアノ伴奏も熱くもあり、また控えでもあり、とても素晴らしい。
・・・・・・・・・

6「糸」(中島みゆき)~編曲=藤満健
最初に書いたとおり、この曲を知ったことが、
このアルバムに至るきっかけだったという。
最後のセンテンスで、オペラティックで美しい編曲が入る。
ここは他の誰でもない幸田さんならではの良さ、
素晴らしさが発揮されるところだ。
この曲でもピアノソロのみよる誠実な和音進行が
シンプルで素敵だ。
ただこの曲も最後の音がやや高い気がする。
「for you…」程ではないが。録音上の問題かもしれない。
・・・・・・・・・・

7「たしかなこと」(小田和正)~編曲=Momo
この選曲は良い意味で意外。これを聴いて、
小田さんの恒例の「クリスマスの約束」に出て、
小田さんと共演して欲しい、そう強く想った。
アレンジはジャズ風。この曲でも終わり近くに
オペラティックな高音によるオブリガートが入り、美しい。
・・・・・・・・・・・

8「グリーン・ティー・ファーム」(矢野顕子)~編曲=内門卓也
このアルバムの中で私が唯一知らなかった曲。
この選曲も幸田さんの見識の高さを感じる。
「ありがとう」という、一見、使われ過ぎとも捉えかねない言葉
が、この曲の中で素朴に歌われることで、
この単語がいかにたいせつな言葉かということを再発見する。
チェロのソロが美しい。ピアノソロも控えめに愛を添える。
抒情的という点では「明日への手紙」につながる。
素晴らしい選曲に感謝。
・・・・・・・・・・・

9「もしもピアノが弾けたら」(西田敏行)~編曲=内門卓也
本当に良い曲。阿久悠さんの歌詞はそれほど好きでない
ものあるが、この歌詞は彼の作品の中では一番好きだ。
・・・・・・・・・・

10「明日への手紙」(手嶌葵)~編曲=Momo
この曲も選曲が嬉しい。幸田さんの新しいJ-POPへの
細心の留意(アンテナ)の幅広さを感じる。
Momoさんによる編曲と演奏のピアノソロのアレンジ、
和音が独特で、やや工夫し過ぎと感じなくもないのだが
 (素朴な主旋律とやや乖離感を覚えなくもない。
  寄り添い度が薄いかもしれない)、
それでも洒脱ではある。
最後の「進むの」をア・カペラで終えたのは素敵。
・・・・・・・・・・・

11「瞳がほほえむから」(今井美樹)~編曲=藤満健
懐かし曲。この曲でもピアノの素朴な伴奏を縫って
奏される独奏チェロのオブリガートが素敵だ。
・・・・・・・・・・・

12「翳りゆく部屋」(荒井由美)~編曲=藤満健
この曲の選曲も見識だと思う。ユーミンについて私は
特別詳しくはないが、それでもこの初期の曲が
特別重要な位置にあるわけではないだろうと想像する。
しかし、幸田さんはこの曲を選んだ。
初心の気持ちで聴くと、その理由が解る気がする。
発声がクラシック歌唱であることで、
曲の清楚感が増すのが面白いし素敵なのだ。
最終のセンテンスでの「愛を遠ざけたの」の「の」の
ロングトーンの響きが素晴らしい。
・・・・・・・・・・・・

13「未来へ」(Kiroro)~編曲=内門卓也
アルバムを「ハナミズキ」で開始し、「未来へ」で閉じたのは
正解だと思う。中年の私にとってこの曲は特別重要な
位置にあるわけでないが、特に若い人向けの
メッセージソングとして、美しいソプラノで歌われた意義は
大きい。ピアノソロの編曲もシンプルで素敵だ。
・・・・・・・・・・・

終わりに
このCDのタイトルは「優歌」(ゆうか)。
優れた歌は、それ自体優れているが、
歌い手によって更にこれまでと違った色彩が加えられ、
引き立ち、今新しく生まれた歌となって聴き手を
優しく熱く包む。
録音とリリースは昨年だが、
私にとって新年最初のCD観賞がこのアルバムだった
ことは、このうえない幸せだ。
http://columbia.jp/koudahiroko/newrelease.html
http://columbia.jp/artist-info/koudahiroko/discography/COCQ-85388.html

2018年1月13日 (土)

マーラー「千人」の合唱団員を募集中です   東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立10年記念演奏会

下記の日時で行われる東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立10年記念演奏会での「千人」の合唱団募集中です。
第1コーラスの主な練習は火曜日の19時~21:15、第2コーラスが土曜の14:30~16:45なので、曜日的な都合で選択可です。練習回数は第1と第2それぞれ2月は2回ですが、3月以降は月4回。場所は「なかのZERO」等都内を予定。
参加費は月額3,000円(一括支払の場合は21,000円)。
使用楽譜はkalmas。チケットノルマは無し。
合唱指導者は谷本喜基さん、吉田宏さん他。

若手指揮者の坂入さん(慶応出身)が「合唱団も既存団体に頼らず、ゼロから作り上げたい」として、第1か第2のどちらか(あるいは両団)が既存の合唱団という通例パターンをとらない、文字どおり全員最初からいっしょに「千人」を創り上げていきましょう、という主旨の公演でもあります。

よって、「千人」は初めてという人はむろん、合唱自体初めても拒んでいません。
後者はちょっと大変かもしれませんが、「マーラー愛」があれば乗り切れるでしょう。
なかなか無い機会ですから挑戦されてはいかがでしょうか。
もちろん、どこぞの合唱団のような年齢制限等のアホな制約も一切無しです。

目標人数300人で、現状エントリー数は未だ半数ほどのようですから、迷う場合、しばしじっくり検討してみてください。

第1回練習が、13日午後、東京芸術劇場5階のリハ室で開始された。
今後は第1と第2は曜日的に分かれて練習が行われていくが、今回は決起大会(と言ってもオリエンテーリング位だが)も兼ねて、いっしょの全体リハだった。

私が「千人」を歌うのは、故・山田一雄さん指揮、
新交響楽団での1986年以来、32年ぶり。
あのときは第1コーラスが武蔵野合唱団、第2が公募
だったので第2で歌ったが、今回は練習日の関係で
第1で歌わせていただくことにした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日時:9月16日(日)18:30

会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:坂入健司郎

独唱:森谷真理、中江早希、中山美紀、谷地畝晶子、中島郁子、
    宮里直樹、今井俊輔、清水那由太

児童合唱:NHK東京児童合唱団

興味のある人、やってみようかと思う人はフェイスブックの私のメッセからでも結構ですし、下記のメルアドに連絡していただくことで大丈夫です。

メール先:東京シンフォニッククワイア=tsc@music.so-net.jp

東京ユヴェントス・フィルハーモニーのHP
http://tokyojuventus.com/

マーラー「千人」の合唱団員を募集中です~東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立10年記念演奏会

下記の日時で行われる東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立10年記念演奏会での「千人」の合唱団募集中です。
第1コーラスの主な練習は火曜日の19時~21:15、第2コーラスが土曜の14:30~16:45なので、曜日的な都合で選択可です。練習回数は第1と第2それぞれ2月は2回ですが、3月以降は月4回。場所は「なかのZERO」等都内を予定。
参加費は月額3,000円(一括支払の場合は21,000円)。
使用楽譜はkalmas。チケットノルマは無し。
合唱指導者は谷本喜基さん、吉田宏さん他。

若手指揮者の坂入さん(慶応出身)が「合唱団も既存団体に頼らず、ゼロから作り上げたい」として、第1か第2のどちらか(あるいは両団)が既存の合唱団という通例パターンをとらない、文字どおり全員最初からいっしょに「千人」を創り上げていきましょう、という主旨の公演でもあります。

よって、「千人」は初めてという人はむろん、合唱自体初めても拒んでいません。
後者はちょっと大変かもしれませんが、「マーラー愛」があれば乗り切れるでしょう。
なかなか無い機会ですから挑戦されてはいかがでしょうか。
もちろん、どこぞの合唱団のような年齢制限等のアホな制約も一切無しです。

目標人数300人で、現状エントリー数は未だ半数ほどのようですから、迷う場合、しばしじっくり検討してみてください。

第1回練習が、13日午後、東京芸術劇場5階のリハ室で開始された。
今後は第1と第2は曜日的に分かれて練習が行われていくが、今回は決起大会(と言ってもオリエンテーリング位だが)も兼ねて、いっしょの全体リハだった。

私が「千人」を歌うのは、故・山田一雄さん指揮、
新交響楽団での1986年以来、32年ぶり。
あのときは第1コーラスが武蔵野合唱団、第2が公募
だったので第2で歌ったが、今回は練習日の関係で
第1で歌わせていただくことにした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日時:9月16日(日)18:30

会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:坂入健司郎

独唱:森谷真理、中江早希、中山美紀、谷地畝晶子、中島郁子、
   宮里直樹、今井俊輔、清水那由太

児童合唱:NHK東京児童合唱団

興味のある人、やってみようかと思う人はフェイスブックの私のメッセからでも結構ですし、下記のメルアドに連絡していただくことで大丈夫です。

メール先:東京シンフォニッククワイア=tsc@music.so-net.jp

東京ユヴェントス・フィルハーモニーのHP
http://tokyojuventus.com/

2018年1月 7日 (日)

オルケストル・デ・ベル第1回演奏会~初回の演奏会で第九をやる めでたさと大変さ

Orchestre des bellesというフランス語表記のオーケストラ
の第1回演奏会を6日夜、ミューザ川崎で聴いた。
指揮は今年30歳になる水戸博之氏。

客席からステージを見た印象では若い人が多い。
平均年齢はきっと低いだろう。多くが20代かもしれない。
まずは第1回演奏会おめでとうございます。曲は

1.ベートーヴェン「レオノーレ」序曲第3番
2.ベートーヴェン 交響曲第9番

鷲尾麻衣(sop)、鳥木弥生(mezzo)、城宏憲(ten)、加藤大聖(br)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

創立後の初回の演奏会は親しみやすい曲から開始し、
何年も経ってから第九に挑むというアマオケが多いと
想像するが、みなとみらい21交響楽団のように「曲ありき」で
普段は他の楽団で活動する奏者が集うかたちで結成され、
第1回演奏会にマーラーの交響曲第9番をやったオケもある。
ケースとしては少ないほうだろうが、
この「美女と野獣」のヒロイン名を冠したベルオケも
どちらかと言えば後者だろう。

「公募ではなく、団員の声掛け(口こみ)で集まった」というから
ほとんどの人は(他に所属しているかどうかは別として)
オケ経験者だろうし、第九も経験している人も少なからず
いたかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・
それでも初回演奏会を大曲で挑むことには一長一短ある
かもしれない、そういうことを感じた演奏会だった。

オケの配置は通常配置。
2曲とも速めの、というかオーソドックスとも言えるテンポ。

序曲は丁寧な演奏だが、ディティールにもう少し余裕と工夫が
欲しい。

15分の休憩後の第九。合唱団は第1楽章から着席。
ブライトコプフ版での演奏で、第1楽章は普通のテンポで
進むが、とても平凡で退屈。
唯一個性というか工夫が見れたのは、コーダの入口の
513小節に入る直前に大きな間を置いたこと。
山田和樹さんほど大きくはないが、それでも2秒近く空けた
かもしれない。この部分は気に入った。

第2楽章も速めで特に特徴が無い。
トリオも速くて私が嫌いなテンポ。
エンディングに向かうコーダで、プレストに入る直前の
ティンパニのクレッシェンドが弱過ぎてほとんど全て「P」に
聴こえた。

第3楽章こそゆったりと演奏して欲しいが、
昨今は速いテンポが主流。今回もそう。気に入らない。
冒頭の第2ファゴットの音程は良かったが、
第1奏者の音程が悪いのは良くない。

第4楽章。低弦で歓喜のテーマが歌われ出すところは
急いで入らず、間を置いたのは良かった。
弦の難所である練習記号「K」=431小節から進み、
ほどなくの443小節から448小節までだったと思うが、
いったん弱音に落とした後、449のウラ拍から「F」に戻す
という工夫をしていた。

・・・・・・・・・・・・・・
この日のために結成されたオルケストル・デ・ベル合唱団は
ソプラノとテノールが良い響きをしていたが、それは人数的
にも多かった点もあるだろう。
ソプラノが54名、アルトが38名。
多くの混声合唱団ではテナーが少なくバスが多いというところ
が多いが、今回集った男声は、テノールが32名、バスが28名。

テナーが少ない合唱団からしたら羨ましい人数比だろう。
その分テナーは伸びやかな声だったが、しかし例えば、
合唱開始間もなくの257小節から264小節間での、
テナーが旋律の途中でオクターブで上下して進む部分など、
あそこまで際立って目立つのはどうだろう?と少し疑問を抱く。

もっとも、
「だって、ベートーヴェンはそう書いているじゃないですか」
と言われれば、そのとおりなのだが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ソリストの入場は第1楽章からでも第3楽章からでもなく、
なんと第4楽章の歓喜のテーマが全奏で演奏される
練習記号「B」=164小節に入ってからだった。

バリトンの加藤大聖さんだけ4人の中では初めて聴いたが、
緊張されていたのか、声に不要なヴィブラートがかかり、
あまり堂々としていたとは言い難かったのが残念だった。
「nict diese Töne」の「Töne」は最近流行りの「G→F」では
なく、「F→F」なので良かった。他の3人のソリストは好調。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
冒頭に書いたが、第1回演奏会を第九でスタートするのは
素晴らしいと同時に、その分、今後の演奏会において
「ハードルを上げたかたちでスタートした」とも言える。
その意味では、おめでたいと同時に「善し悪し」かもしれない。
今後は今回の質を落とさない演奏活動を余儀なくされる。

今回は、オケも合唱団も個々においてはそれなりに
「弾ける人、吹ける人、歌える人」が集まった演奏会だった
と言えるから、一定のレベルは保たれた演奏会だったが、
特にオケは今後、より団としての本当の意味での練熟度、
にわかの寄せ集まりというのとは違う1つのチームとしての
アンサンブルに磨きをかけていく時期に入っていくだろうし、
その中から個性なり特色なりが出てくるだろうから、
今後の活動こそ重要なのだ、ということは当事者たちが
一番解っている(はず)だろう。
とにかく、第1回演奏会、無事終了、お疲れ様した。

2018年1月 3日 (水)

クラシックコンサートを初めて聴きに行く皆様 気楽な服装でどうぞ~朝岡聡氏の「スーツで」発言を批判し否定します

朝岡聡氏の敷居を高くする発言は誤解を招くので早々に否定しておきます。
新年早々批判的なことは書きたくないが、大みそかに放送された「らららクラシック再放送編」で、クラシックコンサートを聴きに行く際の服装に関して、朝岡聡氏が述べた内容は大変マズイ内容だったので、これを早々に否定して誤解を正さないといけないと思ったので書かせていただきます。
番組が投じた「クラシックコンサートにはどんな服装で行けばよいですか?」に対して朝岡氏はこう述べました。
「スーツがいいでしょう。非日常的な空間時間を楽しむということからも」。

とても驚いたし、「こんなことを影響力が大きいテレビで言ったらダメだ」と思った。
クラシックファンの多くは「何バカなことを言ってるのか?」と思うだろうし、「クラシックに少し関心を持ち始めていて、これから少し聴いてみようかな、と思っている人々」で、あの番組を見た人は、
 「え?、そうなんですか?キチンとした服装でないと、クラシックのコンサートに行ってはいけないのですか?」という要らぬ誤解を与えてしまうという点において、朝岡氏の発言(意見)はサイテー最悪なコメントだ。

私が平日の夜のコンサートでスーツを着ているのは「会社帰りという日常の服装」というだけのことで、サラリーマンの多くにとってスーツは非日常でもなんでもない。ゆえに、私だけでなく多くの会社勤め人は土日祝日等においては「スーツなんか着てコンサートには行かない」にちがいない。

もし、クラシックに興味を持ちだして日が浅いかたで「これからコンサートにも行ってみようかな」と思っている皆さんがいて、なおかつ、あの番組をご覧になったかたにお伝えします。

  「どうか服装など気にしないでください。特別なコンサート(注)でないかぎり自由な気楽な格好でOKです。アキラ100%スタイルだと逮捕されるかもしれませんが、常識的な範囲での「普通の格好」で十分です。稀にオペラなどで「スノブ(エセ貴族的)な大人」が若い人の軽装を気にすることもあるらしいですが、そういう人は例外で逆に軽蔑されます。どうぞ服装など気にしないでぜひコンサートという生演奏を体験してください。大事なことは、ライブ演奏をあなたの耳で聴き、目で見て、演奏者の真剣な(それまで積み上げてきた事+αが出るであろう)パフォーマンスを楽しみ体験することなのですから。既にクラシックコンサートに慣れた人で、自分のファッションにも配慮してコンサートに行く人はいるでしょうし、それは自由ですが、初めて行くときは、「普通の格好」でどうぞ。ほとんどの来場者は他人様の服装など気にしませんので」

とかく「クラシックは敷居が高くて」と言われてしまうが(そんなことは全くないのに)、朝岡氏の発言を聞いて「ああ、こういう人がいるから、誤解されてしまうんだな」と思った。
今後ますます高齢化と少子化が進む日本社会で、若いファンをどんどん増やしていかないと演奏家(の活動と生活)に影響するだけでなく、音楽文化全体の危機となってしまうというのに、朝岡氏の発言はあるべき姿(方向性)に逆行するものだ。

朝岡氏にはこう言いたい。
 「あなた以上のクラシックの「ツウ」は世の中にはゴマンといます。中途半端な知識で知ったかぶって偉そうなこと、誤解を招くような発言をテレビ(という大きな発信力、影響力のある媒体)で軽々に述べることは二度としないでください。クラシックファンとして非常に迷惑です」、と。

(注)大規模な追悼(チャリティ)演奏会等、特別なイベントでは稀に礼装着用、あるいはスーツ等が義務付けられる場合があるが、数年に1回程度等ごく稀にしかない。
私はここ45年間で一度もそういうコンサートには行ったことはない。

NHKニューイヤーオペラコンサート2018   ~特定の歌手を偏重し過ぎ~あり得ない程の不公平感に憤りを覚える

今回のスタイルでもし来年もやるのなら、今回出演された歌手は全員外して総入れ替えでお願いしたい。
いや、出演者がダメだったわけでは全くなく、それどころか砂川涼子さんファン、ブレイクする前からよく知っている嘉目真木子さん(注)のファンとしては法外の喜びだが、「モーツァルト・ファンタジー」と題された第1部を見ていて、その私でも「いや、これはやはり良くないな」と正直強く思った。

1人が何曲も歌う設定。第1部出演の5人中3人は3曲以上歌ったから、単純に1人1曲なら10人以上出演できたわけだ。
「いや、それだと統一感がなくなる」という意見もあるかもしれないが、モーツァルトの複数のオペラのアリアを繋ぎ合せただけの内容自体、バラエティに富むというより、それこそ構成的に統一感が感じられなかった。
「何だ、この展開は?」という感じ。10人以上とせず5人が複数曲を歌うかたちにしたのは予算の関係ではないのだろうけど、やはり公平感的にバランスを欠いていたと言わざるを得ない。
黒田博さんに至ってはなんと5曲も歌った。こんなケースは前代未聞に違いない。あり得ないことだ。

こうしたことは、歌手の皆さんの世界で(業界的に)も、あまりよく思われないのではないだろうか?などと、オペラファンとしては余計なお世話は承知で、特に3曲以上歌われた当事者の歌手のことが心配になるほどだ。

何年か前、初出場の人を中心に、「チョイ役」として少ししか歌わせない回が続いたので、会場でのアンケートや後日ブログで、「出演者をベテランと初出演とかで差別せず、全員1人1人をもっとたっぷり歌わせて欲しい」と書いたことがあるが、1人に何曲も歌って欲しいとは書いていない。それは番組的に不公平と言えるからだ。

今回会場で聴いたかたも含めて数名のかたのフェイスブックのタイムラインでの投稿を拝読しても~そこに投じられるそのかたの友人の投稿を含めて~特に「モーツァルトの複数のオペラアリアの繋ぎ合せ」に対する疑問の声が多い。「意味が解らない」等々。ファンタジーでもなんでもなく、「ただの強引な繋ぎ合せ」としか感じられなかったオペラファンは多いようだ。
私はそれに加えて、「特定の出演者だけがたくさん歌うのはおかしい」を特に加えたい。

以前も書いたが、私はこのコンサートは毎回、全員初出場者だけにしてもいいと思っている。たくさんの優秀な歌手を知らしめる義務(というのが言い過ぎでも少なくともそれだけの組織的力)がNHKにはあるはずだ。

いみじくも、12月の「紅白オペラ対抗」で、三枝成彰さんが「NHKのキャスティング担当者は(歌手の)好き嫌いがある」と述べた暴走?は、あながち笑えない事かもしれない。

(注)学習院OB管弦楽団による2008年定演で、「ラ・ボエーム」を演奏会形式で全幕演奏した際、ミミを歌っていただいたのが嘉目真木子さん。

・・・・・・・・・・・・
第2部
「猫の二重唱」は面白いというより、エロティックな感じがして愉快だった。
幸田さんの声は細めで軽やかなのだが、伸びやかで会場によく響くという点で、やはり一頭地抜けた力量がある。
村上さんの「踊り」が素晴らしく、今まで彼の歌を聴いた中で一番気に入った。

第3部
大好きな幸田さんだが、第1部に関して書いた流れで公平に言うと、第3部では冒頭ではなく、もう少し後に登場する構成にして欲しかった。

第1部の林美智子さん、櫻田亮さん、第3部での福井敬さんらの名前は毎年(のように)見る名前。NHKのキャスイティング担当者は、特にメゾとテナーの(他の)人をあまり知らないようだ。

・・・・・・・・・・・・・
指揮  沼尻竜典
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団
合唱  新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部、
     びわ湖ホール声楽アンサンブル

歌手
ソプラノ…幸田浩子、砂川涼子、小林沙羅、嘉目真木子、中村恵理
大村博美、市原愛、盛田麻央、守谷由香
メゾソプラノ…清水華澄、林美智子、小泉詠子
テノール…福井敬、村上敏明、笛他博昭、藤田卓也、櫻田亮
カウンターテナー…藤木大地
バリトン…黒田博、上江隼人
バス…妻屋秀和
ピアノ…山田武彦
司会…高橋美鈴、井上芳雄

曲目

オープニング
ワーグナー「タンホイザー」より大行進曲「歌の殿堂をたたえよう」

第1部 モーツァルト7大オペラの音楽による
      「モーツァルト・ファンタジー」

1.「魔笛」から「私は鳥刺し」 黒田博

2.「フィガロの結婚」から「愛の神よ、照覧あれ」 砂川涼子

3.「フィガロの結婚」から「自分で自分がわからない」林美智子

4.「後宮からの誘拐」から「お前とここで会わねばならぬ」
               櫻田亮

5.「皇帝ティートの慈悲」から「ああ、最初の愛に免じて」
               嘉目真木子、林美智子

6.「ドン・ジョヴァンニ」から「みんなで楽しくお酒を飲んで」
               黒田博

7.「フィガロの結婚」から「若い娘たちよ、花をまけ」
               びわ湖ホール声楽アンサンブル

8.「ドン・ジョヴァンニ」から「お手をどうぞ」
               嘉目真木子、黒田博

9.「イドメネオ」から嵐の合唱「なんという恐ろしさ」
     新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部

10.「魔笛」から「恋を知るほどの殿方は」
               砂川涼子、黒田博
11.「コシ・ファン・トゥッテ」から「恋のいぶきは」 櫻田亮

12.「魔笛」から「やがて朝を告げる太陽が」
     砂川涼子、3人の天使…盛田麻央、守谷由香、小泉詠子

13.「魔笛」から「パ・パ・パ」 嘉目真木子、黒田博

14.「イドメネオ」から婚礼の合唱「愛の神よ、婚姻の神よ」
     新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部

・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2部 ロッシーニ没後150年
1.猫の二重唱(伝ロッシーニ) 小林沙羅、市原愛、山田武彦

2.「フィレンツェの花売り娘」 幸田浩子、山田武彦

3.「踊り」    村上敏明、山田武彦

4.「タンクレ-ディ」から「君がこの心を燃え立たせ」藤木大地
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第3部
1.ヴェルディ「椿姫」から乾杯の歌「さあ、飲み明かそう」
   幸田浩子、藤田卓也、びわ湖ホール声楽アンサンブル
   新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部

2.ヴェルディ「椿姫」から「さようなら、過ぎ去った日よ」
            中村恵理

3.ヴェルディ「ドン・カルロ」からヴェールの歌
   清水華澄、市原愛、びわ湖ホール声楽アンサンブル
   新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部

4.ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」から
   「ああ、あなたこそ私の恋人」、「見よ、恐ろしい火よ」
   笛田博昭、びわ湖ホール声楽アンサンブル
   新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部

5.プッチーニ「ラ・ボエーム」から「もう帰らないミミ」
        村上敏明、上江隼人

6.プッチーニ「トスカ」から「歌に生き、愛に生き」 大村博美

7.ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタジンガー」から
   「朝はバラ色に輝き」「親方たちをさげすんではならぬ」
  福井敬、妻屋秀和、小林沙羅、びわ湖ホール声楽アンサンブル
  新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部

エンディング
 J・シュトラウス「こうもり」から「ぶどう酒の燃える流れに」
   全員
https://www.nhk-p.co.jp/event/detail.php?id=803

2017年12月27日 (水)

山田和樹+仙台フィル×読響(合同)演奏の第九~最高レベルの合唱

山田和樹+仙台フィル×読響(合同)演奏の第九~最高レベルの合唱
~小中高校生のための第九チャリティ・コンサート~
~澤江衣里(Sop)、鳥木弥生(Mezzo)、藤田卓也(Ten)、小森輝彦(Bar)~
~東京混声合唱団+武蔵野音楽大学合唱団~
この時期、特に第九を聴きたいと思うわけではないが、親しくしていただいている澤江衣里さんと鳥木弥生さん、また、最近特に注目している歌手の一人である原田卓也さんがソリストに名を連ね、少年少女(親子等)を主な聴衆として、「3.11」被災者支援を目的としたコンサートとあっては聴かないわけにはいかない。とはいえ、会場の東京オペラシティで、一般の大人単体として設けられた席は3階のみだったので早々にソウルドアウトされ諦めていたところ、先週、偶然にキャンセル席を確保できたので、ギリギリ拝聴できた次第。
 これはソニー音楽財団による企画で、収益の一部と会場募金が「公益財団法人 音楽の力による復興センター・東北」に寄付されるという。オケも「復興支援のためのスペシャル合同オーケストラ」と銘打ち、仙台フィルハーモニー管弦楽団と読売日本交響楽団の合同での演奏。

 山田和樹さん指揮の第九は2015年12月に狛江エコルマホールで聴いている。オケは和樹さん自ら設立した横浜シンフォニエッタだった。
よって、いわゆる解釈=山田氏のこの曲における個性は、そのときとほぼ同じだったと言えるので、以下は、あのときブログに書いたこととほぼ重なる(下記添付のULRご参考)が、全体として溌剌快活な演奏だし、工夫もされ、何より後述のとおり合唱が抜群に素晴らしく、終演後は一部の人のスタンディングも含めて盛大な拍手と歓声が沸いたのだから、今回も1つ1つ特徴を記しておきたい。なお、非常に優秀だった合唱については最後に書く。

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和樹さんは、私が嫌いなベーレンライター版など用いず、ブライトコプフ版を使用。私が嫌いな流行りの対抗配置などもせず、通常配置(チェロが内側に入るカラヤン時代のベルリン・フィル形態)での演奏。いわば表面的な流行りなど追わず、伝統あるいはオーソドックスを下地として、自分なりの新しさや個性を打ち出すスタイルを取る。

 第1楽章
テンポは速からず遅からず。木管などが収まるフレーズでリタルダンド(以下「リット」)をはっきり取り、柔らかに奏させるが、全体としては部分デフォルメにより重たくなることは避け、快活に運んだ。ただし、これは先日の過去の演奏(ブログに記載)のとおり、コーダ最初の513小節に入る直前に大きな間を置く。フルトヴェングラーさえここまでは溜めない。512小節と513小節の間にゲネラルパウゼと言ってもよいほどの「大きな沈黙」を置いた後にコーダに入っていく。この解釈を私は支持する。ここを「何もしないで直ぐに通過していく普通の演奏」の何と多いことか。
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 第2楽章
オーソドックスなテンポ。トリオはやや速め。ホ短調に転じ、大きく3つに振る部分(Ritmo di tre battute)に入り、ヘ長調コードに転じてティンパニが4つフォルテで叩き、休みをもう1小節増してディミヌエンドとして(実際はメゾピアノ位で)叩く5つめの打音はフォルテのまま奏した(以前もそう)。この部分はあまり賛成しない。旧来の(スコアどおりの)奏法でよいと思う。
この楽章のエンディグの特に最後の2小節をメゾフォルテ位の柔らかな響きで収めた(以前に同じ)。
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 第3楽章
昨今速いテンポが流行る中、冒頭の2小節間はとてもたっぷり、ゆったりと開始。もっとも第1主題が出る3小節目からは遅からず速からずに戻した。12小節4拍目(13小節アウフタクト)からはハッとするほどの最弱音(PPP位)で奏するのだが、それ自体は素敵だし支持するが、やや唐突感もあり「アザとさ」も感じてしまうので、ならば、その少しその「予感、予兆としての何らかの仕掛け」を設けておいてからのほうがよいと想える。
 以降、8分の12に入ってからも速めに流れていくのだが、トランペットとホルンによる警告的ファンファーレの後、練習記号「B」である133小節目から135小小節における、セカンド・ヴァイオリンで「タタ・ター」と何度も奏されるリズムを(楽譜どおりの)「PP」ではなく、ほとんどフォルテと言ってよい音で奏させたことは100%支持賛成する。私が指揮者でもそうする。フルトヴェングラーの演奏(記憶)によるインパクト(影響)が強いのかもしれないが。
 147小節で、ファースト・ヴァイオリンがフォルテからディミヌエンドで分散和音を上り、148小節で降りてくるその3拍目~4拍目はスコアでは「P」(のまま)とあるが、特に4拍目からテヌートクレッシェンドをたっぷりとかけて149小節から150小節への盛り上がりへの序奏として奏させたことも100&賛成。私が指揮者でもそうする。そうすると149小節のクレッシェンドの意味が増すからだ。
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 第4楽章
第3楽章からアタッカでの入りに賛成(むろん短い間は置いたが)。低弦のレスタティーヴォでは、特に各フレーズの最後~第2楽章のテーマが出る直前や、同じく第3楽章のテーマが出る直前等~の2小節間(or3小節間)では、大きなリットをして丁寧に収めたのは印象的。
歓喜のテーマが低弦で開始される92小節に入る直前も大きな間を置いた。フルトヴェングラーと同じくらいの長さの間。賛成、支持する。
 合唱が起立したのは、一般的なやりかたである、バリトン・ソロの出る直前の208小節のPresto時ではなく、練習記号「B」(164小節)からの歓喜のテーマの全奏の途中からだったのは珍しいやりかた。
 バリトン・ソロの「nicht diese Töne」の「Töne」をG→Fと歌わせたことは反対。F→Fがよい。このことはかつてもブログやフェイスブックで何度も書いたので、ここでは詳細な根拠は省略する。
 テナーのソロ(alla Marcia)の前、合唱全員での「vor Gott」のフェルマータ(330小節)では、ティンパニはディミヌエンドさせず、「FF」のまま叩かせた。ここは昔から議論のある部分で、かつて日本人指揮者でフォルテのままを強く主張したのは故・岩城宏之さんだった。この部分はいずれのやりかたも良さがある。スコアどおり、合唱はフォルテのままでティンパニがディミヌエンドすると空間が大きく広がる感がして素敵だし、ティンパニもフォルテのままでも、それそれで迫力が持続されて壮大だ。ここは「どちらかでなければダメとはしない」としておきたい。
 弦の難所である「K」431小節からのフーガでは、480小節前後だったか、一瞬、弱音に落とすなどの工夫があったが、あれはどうだろう?特に支持もせず不支持もせず、というところ。
 525小節から540小節にかけてのホルンのAの音での伸ばしリズムは、昔の聴きなれたリズムでない書き方をブライトコプフすらし出した。ベーレンライターにすり寄る(媚を売る)かのような堕落的書き換えだと思う。支持しないどころか批判したい。かつての旧ブライトコプフ版でのリズムこそ正しいと信じる。

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 ソリストに関して
贔屓目抜きに、澤江さんの声が美しかった。むろんソプラノだから目立つ=よく聴こえるわけだが、凛として清々しい声は、ソロリサイタルでの温かな声とともに澤ちゃんの近年の特徴だと思うし、おれがこの第九という歌いにくい歌であろうソロパートでも、しっかりと出ていたと思う。
 なお、最後の四重唱が終わって最後の合唱部分に入ると、ほとんどの第九の演奏会では、4人のソリストは座って「聴いているだけ」の状態が一般的だが、和樹さんはそんな野暮なことはしない。4人のソリストも立ったまま855小節から最後まで合唱団といっしょに最後まで歌う、というかたちを採る。これこそ「正解」だ。
「お祭り」なんだから、エンディグ時、4人だけ座って歌わないで「ボーッ?」としているなんて、ベートーヴェンの理念的にも相応しくない。「ソリストも合唱団といっしょに歌って終わる、それが第九だ」と思う。

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 合唱について
この日、最大の収穫。まず配置だが、男女で左右に半分から分かれるのでもなく、真中に男声2パートを置いて女声パートではさむのでもなく(いずれでもないのは珍しい)、左右上限段に、ソプラノ、アルト、テナー、バスの各人がバラけて混ざりあっての合唱、という形態をとった。現代曲ではたまに見かけるが、第九では珍しい。狙いは解る。それにより、各特質の声がまちまちの角度から発せられることで独特の拡散的響きを生む、ということだろう。
ただしこれを「普通のレベルの合唱団」がやるとしたら、大きなリスクがあるだろうと想像できる。アンサンブルを欠いたまま雑然としただけで終わることが容易に想像できるからだ。しかし、今回はそうならなかった。
 さずが、東混。さすが音大コーラス。均一で厚みもある、技術だけでなく温かさもある合唱。全国各地の市民による第九の合唱や「5千人」「1万人」による第九も、それはそれで「良さ」はあり、演奏としても~特にベートーヴェンの理念的にも~「あり」だとは思うが、しかし、こうした少数精鋭による見事な申し分ない合唱を聴く喜びはまた格別なもの、かけがえのないものだ。
 プロアマのオケを含め、国内で12月だけでもたぶん数百単位で演奏されているだろう第九の中でも、間違いなく「最高水準、最高レベルの第九の合唱」に違いない。これだけの合唱を聴ける機会は少ない。「これ以上の第九の合唱は想像し難い」、間違いなくそう言える、見事としか言いようのないレベルの演奏だった。

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なお、ロビーには仙台フィルと思うが、「3.11」直後の4月10日、仙台での広場での弦と管によるアンサンブルや、4月14日、石巻の小学校(体育館)避難所における木管五重奏の演奏時の写真などが展示されていた。あのときの状況、それでもそうした演奏が被災者に対してなされたことのいずれも、我々は忘れてはならない。
http://yomikyo.or.jp/concert/2017/07/sony-music-foundation.php

2015年の山田和樹指揮第九演奏の感想ブログ
http://susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-d5dd.html

2017年12月26日 (火)

小田和正さん~恒例の「クリスマスの約束」

「言葉にできない」から開始。 素晴らしい。しかも、
序奏をヴァイオリンのソロ。小田さんの弾き歌いの中、
弦楽四重奏によるアンサンブルが彩る。

収録は11月16日(木)に、初めての会場となる
千葉ポートアリーナで行われたとのこと。

2001年の放送開始以来、17回目を迎える今年の
「クリスマスの約束」 は、古希(70歳)を迎えた小田さんを
盛大にお祝いしようと、会場に巨大なセットを組み、
4万通を超える延べ10万人の中から選ばれた3,000人の
観客がライブを楽しんだ。

今回、番組初登場となるシンガーソングライターの
熊木杏里さんは、「なぜ私はここに呼ばれたんでしょう?」。
問われた小田さんは、「とってもいい歌を書かれているから、
ぜひそれをみなさんに聞いていただきたいと思って」、
2006年当時、資生堂CM曲に使用された熊木の楽曲を聴き、
「どんな人が、どんな風に歌っているんだろう、と
 気になっていた。とっても印象に残っている曲。
 とってもかわいい歌です」と応え、紹介した。

恒例の委員会バンド(※)は、今年3月に逝去した
ムッシュかまやつを偲び、「あの時君は若かった」、
「我が良き友よ」、「どうにかなるさ」などをメドレー。

「Yes-No」は観客もコーラスで応じた。

JUJU、松たか子、和田唱氏らは、小田さんと共にカーペンターズ
の名曲を披露したほか、それぞれ思い入れのある楽曲を
小田さんと共に披露。
このほか和田氏は、小田さんと選んだという映画音楽メドレーを
観客とのコーラスと共に披露した。

画面にはときおり熱心に聴き入る~人によっては一緒に
口ずさむ人の顔がアップにされるし、
毎回、美人も多いことに気付く。

過去のものも見、聴きたいから、私に限らず多くの人が
DVD化を希望していながらも、小田さんではない別の関係者が
許可しないことから実現されていないという。
 (以下の「参考」のとおり)

 愚かで残念なことだ。

(参考)
2001年から3年間の放送分につき、未公開映像を含めた
完全版DVD-BOXが2004年11月に発売予定と一旦発表
されたが、一部の楽曲に使用許可が下りなかったことから
中止となった。
その後もDVD化を希望する声は絶えないが、
ファンクラブ会員限定販売DVD『LIFE-SIZE KAZUMASA ODA』
にその年のダイジェスト版が収録されている。
 (番組が始まった2001年から[97])
なお、2004年放送の 『風のようにうたが流れていた』は
楽曲使用許可をクリアしているため、
4枚組DVD-BOXとして2005年5月25日に発売されている。

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 今回の演奏曲

1.言葉にできない
2.遥かなる影(Close to you)(カーペンターズ)
   by松たか子、JUJU、小田和正
3.ムッシュかまやつメドレー by委員会バンド
4.「Yes-No」 by委員会バンド
5.君の友だち(You've got a Friend)
  (キャロル・キング/ジェームス・テイラー)by委員会バンド
6.新しい私になって(熊木杏里)by熊木杏里、小田和正
7.映画・ミュージカル音楽メドレー by和田唱、小田和正
8.FEVER(TRICERATOPS)by和田唱、小田和正
9.あなたがくれたもの by JUJU
10.手紙にかえて(財津和夫) by小田和正
11.歌を捧げて by
12.ダニー・ボーイ(Danny Boy) by全員
13.the flag  by小田和正

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【出演者】  小田和正
<ゲスト>※50音順
熊木杏里、JUJU、スキマスイッチ(大橋卓弥、常田真太郎)
根本要(STARDUST REVUE)、松 たか子
水野良樹(いきものがかり)、 和田 唱(TRICERATOPS)
 <バンドメンバー>
木村万作(ドラム&パーカッション)、 栗尾直樹(キーボード)
稲葉政裕(ギター)、 有賀啓雄(ベース)
 <ストリングス>
金原千恵子(ファースト・バイオリン)
吉田翔平(セカンド・バイオリン)
徳高真奈美(ヴィオラ)
堀沢真己(チェロ)

※委員会バンド
「アーティスト同士がお互いを認め、愛し、尊敬する」という
共通の思いで、小田と共に番組を支え続ける仲間たち、
通称“小委員会”
小田さんが命名。メンバーは、小田さんの他
スキマスイッチ、根本要、水野良樹

2017年12月19日 (火)

小林沙羅さんが「B→C」に登場

B→Cに小林沙羅さん登場
新宿オペラシティ文化財団主題の「B→C」~バッハからコンテンポラリーへ~は文字通りバッハ(の時代)の作品から現代作品までを演目に入れたプログラムでリサイタルを行うという画期的で魅力的な企画コンサートだが、19日夜、その第197回にソプラノの小林沙羅さんが出演された。
私自身はこのところ沙羅さんが出演されるコンサートやオペラの日に都合が悪い日が続いたので、久々に拝聴したし、企画の趣旨からして必然的に誰の回でも意欲的で挑戦的なプログラムになり、それこそがこのシリーズの魅力でもあるのだが、普段から現代オペラや武満作品等、現代作品を多く取り上げてきている沙羅さんだけに、正に今回のコンサートも意欲的なチャレンジングな内容だった。

 まずは演目を列記し、その後で~全曲ではないが~個別の感想と全体の感想を書いてみたい。
 なお、ピアノは鈴木優人さんが務めたほか(ア・カペラ作品を除く全て)、賛助としてヴァイオリンの川久保賜紀さんが出演して前半後半各1曲ずつとアンコール曲で共演され、そのことも、このコンサートを魅力的な内容とした大きな要因となった。

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 曲目
1.藤倉大 「きいて」 詩=小林沙羅
  小林沙羅委嘱作品 世界初演
2.バッハ カンタータ第36番「喜びのうちに舞い上がれ」BWV36から
      「押し殺された、か細い声でも」
3.モーツァルト 「すみれ」 詩=ゲーテ
4.プフィッツナー
 (1)7つの歌op.2から「だから春の空はこれほど青いのか」
        詩=リヒャルト・レアンダー
 (2)5つの歌op.11から「母なるウェヌス」
        詩=リヒャルト・デーメル
5.山田耕作 「風に寄せてうたへる春のうた」詩=三木露風
6.シェーンベルク「8つの歌曲」op.6から「誘惑」
         詩=クルト・アラム
7.ライター 「私は歌」(2011年作品)詩=ガブリエレ・ブリアン
 (休憩)
8.中村裕美 「りんごへの固執」(2006年作品)詩=谷川俊太郎
9.シュテルツ&バッハ「御身がともにあるならば」BWV508
10.ベートーヴェン 「うずらの鳴き声」
11.ヨーゼフ・マルクス
 (1)マリアの歌 詩=ノヴァーリス
 (2)森の幸せ  詩=リヒャルト・デーメル
 (3)ノクターン 詩=オットー・エーリヒ・ハルトレーベン
12.池辺晋一郎 「歌」 詩=谷川俊太郎
13.藤倉 大 「ラブ エキサーブト」 詩=ハリー・ロス
14.藤倉 大 「夜明けのパッサカリア」詩=ハリー・ロス
    小林沙羅委嘱作品 世界初演
アンコール
1.バッハ カンタータ第120番「神よ、我らは静かにあなたを讃え」から
       「救いと祝福が」
2.小林沙羅 「えがおの花」

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 個別の感想~全曲ではないが以下感じたことを
今回の企画に際して、沙羅さんはイギリス在住の作曲家 藤倉大さん(1977年生)に2曲委嘱し、プログラムの最初と最後に置いて初演された。その最初の「きいて」は沙羅さんの詩によるものだが、主に冒頭の「聴いて」という言葉をメインとした「ア・カペラ」での歌は、3連音符のエチュードのような音階で囁きのように開始される曲で、歌というより、ややエキセントリックな独白の趣きがあり、次々と様々な発音発声~強弱、アクセント、音の高低、囁き、ひっかく様な声等々、喉の使い分け~を巧みに使った面白いモノだったが、技巧的および沙羅さんの技術のプレゼンとしては面白いものの、曲としては私は疑問で、何が不満だったかと言えば、沙羅さんがせっかく一定量の詩を提示しているのだから、それを「使いきる」作曲をして欲しかったと思う。
 なるほどプログラムには注意書きとして「原詩をすべて記載しているが、実際に使う歌詞は前半のみ」とあるし、いわば、提供された詩にインスピレーションを得て、結果、詩そのものの尊重より、詩が作曲者に与えたイメーイとしてユニークな曲としたのだが、やはり私には「詩全体を生かしていない」ことへの大きな疑問が残る曲だった。
 2曲目のバッハは川久保さんのヴァイオリンが入る演奏。川久保さんは後半のバッハも含めて、ノンヴィブラートでの繊細なオブリガート演奏に終始した。沙羅さんの声はバッハには明るすぎる感もあるが、それだけにユニークだし、トリルの発声が見事だった。
 ハンス・プフィッツナー(1869~1949)は初めてステージで歌われたとのこと。こうしたあまり取り上げられない曲の紹介は貴重だ。
 山田耕筰(1886~1965)の有名な歌は美しい歌唱だったが、全体的にフレーズが短い中で細かい表現の動きをするので、やや疑問に感じたことがあり、これは後述の全体の印象のところで書いてみたい。
 シェーンベルク(1874~1951)は語り的要素の面白い曲。ゲルハルト・シュトルッツェが歌ったらどうだっただろう?などと想像した。
 前半最後のヘルヴィック・ライター(1941~)の作品は、難しそうな曲だったが、沙羅さんの美質に合っている感があり、前半ではこの歌唱が私には一番ステキに感じられた曲だった。

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休憩を挟んでの最初の「りんごへの固執」~沙羅さんの東京芸大時代からの友人の作曲家、中村裕美さんの作曲~は、初めて聴く人には斬新だろうが(私もそうだった)、もう何度も聴いた私にとって、この作品はもはや「古典」で、ごく普通に楽しめた。もちろんこれは賛辞の意。なお、初演ではフルートのソロでオブリガートがなされたが、今回は川久保さんのヴァイオリンがそれを務めた。
 ヨーゼフ・マルクス(1882~1964)の3曲中、「森の幸せ」のみ今回初めて歌われたとのこと。この3曲は穏やかで叙情的(ノクターンは流麗でもあるが)で、後半の曲の中では私は沙羅さんの美質によく合っていると感じて、とても魅了された。ステキだった。
 今年3月に初演された池辺晋一郎さん(1943~)の曲も沙羅さんからの委嘱作品。わりとコミカルな要素も感じさせる曲。
 藤倉さんの「ラブ エキサーブト」はソプラノ歌手 ジェーン・マニングさんから彼女の70歳記念として彼女から委嘱された作品とのことで、ピアノの連打音や和音の中で、歌は散文詩的な語りを綴っていくような曲想。プログラムを読んで、孫の世代の日本人作曲を認め、愛するマニングさんの感性に感心した。
 最後の「夜明けのパッサカルア」はもう1つの委嘱作品の初演。ア・カペラによるこの作品も1曲目と語法が似ていたし、ハリー・ロスによる詩はなかなかロマンティックで素敵なのだが、一定量の詩の分量のほどに、それを生かし切れていない感じがした。いずれにしても、1曲目とともに、あと何度か聴いてみないと掘り下げた感想は言いにくい。とはいえ何度も聴きたいかと問われれば積極的に肯定し難いのだけれど。

・・・・・・・
 アンコールとして、まず川久保さんが再度登場して、3人でバッハを演奏。
そして最後は、同じく3人により、沙羅さん作詩作曲の「えがおの花」で締めくくった。この「えがおの花」はピアノパートが中村裕美による編曲で、今回はそれを元に鈴木優人さんが3人で演奏できるように少し編曲したとのこと。この編曲がステキで、この曲で初めて川久保さんはヴィブラートをたっぷりと使い、また部分的にはピッツィカート、重音(ダブル)、そして最後はハーモニクス(フラジオレット)を用いた美しい編曲だった。
これまで「えがおの花」を聴いた中で最も強く感動を覚えたのは、この素敵な編曲によるところが大きかったかもしれない。

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 全体的な感想として
上記のとおり、前半ではライターの「私は歌」、後半ではマルクスの3曲の歌唱が私には特に印象的で、それは良い意味で背伸びすることなく自然なまでにフレージングを歌いこむという美質がよく出ていたように感じたからなのだと思う。
そして最も心を揺さぶられたのは、もう何度も聴いてきたはずの「えがおの花」だった。
もちろん、委嘱作を含めた現代曲の見事なまでの歌い込みは、さすが現代作品を得意とする沙羅さんならではと感心したのも事実だ。
・・・・・・・・・・・・
 沙羅さんの美質と今後の展望あるいは期待等
以下は、やや抽象的な感想になることを承知で、期待を込めて思うところを述べてみたい。
藤倉大さんはプログラムに「優等生な感じの人にグロテスクな感じのある変な曲を歌ってもらったら面白い」~としての新作だったわけだが~の「優等生」(タイプ)を藤倉さんがどういう意味、感触で用いたのかは解らないが、私の沙羅さんの印象は以下のとおりだ。
小林沙羅さんの特質は、絶対的なまでの楽天性があり、(敢えて幼稚な言葉で言うなら)少女のような無垢でピュアな「信じて疑わない心」から発する天真爛漫なまでの明るさを常に有するトーンで歌われることにある、というように強く感じる。もう一度子供っぽい表現で言うなら「元気さ」こそ根底にある魅力かもしれない。
 具体的には長い歌でも、比較的短いセンテンスやフレージングの中で、クレッシェンドなどのダイナミズムが短い波動で揺れ動く。だから櫃線的に情感豊かな歌として響きわたるのだが、これが全て長所として生きるだけとは、もしかしたら言えないかもしれない。かかる豊かな「眩い歌声」は、トーンとして単色に近いという指摘もできるかもしれないからだ。
 とはいえ、この問題は微妙で難しい。ピアノのベネデッティ・ミケランジェリについて、誰かがモノートンと評したかと思えば、吉田秀和さんは「七色に輝く」と評したあの論争?を思い出す。だから深入りはしないし、そもそも係る難しいことを言えるほどの見識は私には無い。
 しかし、例えば山田耕筰の曲で「君がため」や「真昼となれば」の部分など、直截的に押し出すより、「溜め」のような落ち着きが欲しいと感じたりしたのは事実で、同方向へのベクトルの強さ(は素晴らしいが)だけでなく、長いフレーズなどでは「揺れ動かない=表情を敢えて抑えた」表現が加わると、更に素敵な、幅の広い、単一な(似た)表現方法でない、真の意味での振り幅の広い歌唱になるのではないか?などと勝手に想像しながら聴いていたのは事実だ。
 長いフレーズを長いクレッシェンド等で彩っていく、ちょっと一歩落ち着いた歩み。それが(良い悪いでなく)沙羅さんには少ないように感じることが多い。

・・・・・・・・・・・・・・
 今後これに関して、沙羅さんに関する想像としては2つ考えられる。すなわち、いや、今の晴れやかな表情で豊かに揺れ動く明るい歌声を維持して、このままで行ってよい、「元気な沙羅さん、それこそが沙羅さんだ」とする意見(感想)と、もう1つが、先述のような、もっと抑えた、落ち着いた(敢えて言えば暗い)トーンを加えて、どんどん変化する、違ったトーンの引出しをたくさん持つ沙羅さんを聴きたい、とする希望だ。
これは多分「どちらも真」が存在するかもしれないし、2者択一という問題でもないだろうし、いわんや、どちらかを目指す(べき)とするような事でもないだろう。今後、沙羅さんが益々「進化」していくとしたら(当然期待する)、必然的に後者も前者も獲得して継続されているだろうし、私が拙い言葉で述べた概念などはるかに超えた歌声、表現で魅了してくれることだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
 最後にこれは述べておかないといけない。
小林沙羅さんの最大の特徴は、「聴いている人を幸せにしてくれる歌声だ」ということだ。もちろん、ほとんどの歌手の皆さんはそうした美質を有しているが、沙羅さんの場合は、とりわけそれを強く感じさせてくれる。この美質こそ、今後も長く聴衆を喜ばせてくれるであろう特質に他ならない。

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