2017年5月27日 (土)

小林厚子さん 鳥木弥生さん 水野直子さん VANITAS~Venezia~近江楽堂

2017年5月17日 (水)

葉加瀬太郎氏のワーグナー嫌いについて

2017年5月13日 (土)

のどじまんザワールド

渡邉公威さん

2017年4月24日 (月)

2017年4月23日 (日)

みなとみらい21交響楽団~マーラー交響曲第7番

23日はミューザ川崎で、みなとみらい21交響楽団の
第12回定期演奏会を聴いた。
曲はラヴェルの「道化師の朝の歌」と
マーラーの交響曲第7番(俗称「夜の歌」)。
以下オケを「MM21響」と略して記載する。

まずオケの紹介。
このオケは、今回も指揮をした児玉章裕氏が
「なかなか普段は取り上げに難い大曲、難曲をやろう」
というコンセプトを基に立ち上げ立ちあげたオケで、
2012年3月にマーラーの交響曲第9番を第1回の演奏会で
演奏し、その後、マーラーの6番、1番と続けた。

私が初めてこのオケを聴いたのはその次の第4回演奏会で、
「春の祭典」等のプログラムだった。
とても感心し、興味を持った。

とはいえ、昨今、プロオケはむろん、アマオケでも
「春の祭典」を取り上げるオケは次第に増えて来ているので、
それ自体は決して驚くことではないのだが、私が驚いたのは、
早大出身の児玉氏はプロの指揮者ではなく、本人いわく
「日曜(大工)指揮者」ということがまずある。

確かに棒の振り方はぶっきらぼうでギコチなく、
お世辞にも巧いとは言えないのだが、
大曲難曲を挑むためにオケを結成し、彼を慕って
これだけの人が集まり、熱演をやってのける、
そうした全体に対して驚いた次第だった。

もっともそれは児玉氏だけの尽力ではなく、このオケの代表で、
FAF管弦楽団の運営委員長をやっている岸川秀文氏の
尽力もあるのだろう。

先述のとおり、また今、岸川氏の点で触れたが、このオケは
特殊なオケで、参加者の多くは普段は別の団に所属して
それぞれ活動している。
そして今回は「何何の曲をやります」と、
「まず曲が先ありきのオケ」で、都度、出演希望者が集う
スタイルを採る。
「各人が所属するオケ単独では取り上げ難い大曲をやろう」
というコンセプトとで都度集う点が、このオケの最大の特色。

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このことから、実は私自身もこれまでMM21響に
過去4回出演させていただいている。
私がこれまでセカンドヴァイオリンで参加させていただいた
演奏会は、
 マーラー交響曲第3番(第5回定演2014年3月
 ミューザ川崎)、R・シュトラウス「アルプス交響曲」ほか
     (第6回定演2014年9月、横浜みなとみらい)
 マーラー交響曲第5番(第7回特別演奏会2014年11月、
     渋谷文化総合さくら)
 ラヴェル「ダフニスとクロエ」全曲ほか
    (第9回2015年9月、横浜みなとみらい)の4回。

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さて、前置きが長くなった。1曲目のラヴェルは木管も弦も美しく、
安定感ある立派な演奏だった。

 そしてマーラーの7番。

まずは曲自体について。
この曲はマーラーの交響曲の中でもとりわけ複雑な曲で、
統一性という点では多大な疑問を抱く人も多い、
いわば変わった曲、特異な曲と言える。

特に第1楽章は、少なくとも前半はマーラーにしては
何を言いたいのか解り難い曲で、
どこへ聴衆を連れて行きたいのか、聴衆にしたら
どこへ連れて行かれるのか戸惑う曲想が続く。
中間部以降で、多少穏やかな牧歌的な雰囲気も登場するが、
オケが咆哮する割には決して心晴れないというような曲想で
終始する。

第2楽章は第4楽章とともに「夜の歌」と呼ばれる曲で、
冒頭のホルン群を始め、ユニークな展開を見せる。

第3楽章のスケルツォは、表面的には薄暗いグロテスクな感の
ある曲想かもしれないが、私は彼の他の交響曲のスケルツォ楽章
の中では一番良く書けているスケルツォに想える。
ムダの少ない、効率的にしてユニークなスケルツォだと思う。

第4楽章は愛らしい室内楽的な曲想で、それを象徴するかのように
ギターとマンダリンが加わる。

第5楽章の冒頭はティンパニが賑やかなソロを叩く。
私はこのあっけらかんとした楽天的な楽章がとても好きだが、
アルマ・マーラーはこの冒頭を下品と思っていたらしい。
それはともかく、エンディングも含めて、マーラーにしては
痛快なまでの爽快感ある面白い曲だ。

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この曲が変わっていることの象徴として、
各楽章のバラバラ感がある。
もっとも、少なくとも5番以降は各楽章間での統一感は
ほぼ無いと言えるほど個性的な構造を持った交響曲が続くが、
この曲も第1楽章はホ短調の部分が多いにしても
 エンディングはホ長調。
第2楽章はハ長調ぽさも見せるハ短調。
第3楽章は二短調。第4楽章はへ長調。第5楽章はハ長調。

ちょうどこの演奏会の前日、フェイスブックの
「クラシックを聴こう!」サイトで、ある人が
「音楽は好きだけど詳しくなく、交響曲ではよく何長調とか
 書かれるが、ラデツキー行進曲とかは書かれていないし」とし、
調性についての問いかけがあったので、

私は、「気にされなくてよいけど」として、
「ラデツキー行進曲はニ長調ですし、無調の現代作品は
 別として、全ての曲には調性があること。
 ではなぜハ長調だけでなはいか?という点は、
 作曲家が作曲する際、曲のイメージを様々なパレット
  (色合い、絵具)で表すために調性を選んでいる、と、
 その程度の知識で十分です」と説明した後、

追伸として、やや高度なかがこう書かせていただいたので、
それを書くと、

「マーラーに至っては交響曲第5番の第1楽章は嬰ハ短調
 といってシャープ4つの暗い曲想が主ですが、
 終楽章である第5楽章はニ長調(シャープ2つ)という半音上の
 まるで違う調性の楽章となっています。
 9番の交響曲も第1楽章はニ長調ですが終楽章は変ニ長調
 という半音下のフラットが5つの調性で終わるという、
 いずれも、古典派時代には考えられない(あり得ない)
 調性構造の交響曲となっています。
 ゆえに、マーラーの5番を嬰ハ短調と表記したり、
 9番をニ長調と表記することに、
 はたしてどれだけの意味があるのか?という状況に至ったのが
 後期ロマン派から近代音楽時代への流れだったと言えます」。

そして、この7番も、楽章間での近似性とか関係性、
統一感という観点からでは、ななかな把握し難い曲だと思う。

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 MM21響の演奏について
とても良かった。もともと金管がとても上手いオケだが、
今回は、1曲目も含めて、弦も木管も安定感のある、
温かなトーンに終始した立派な演奏だった。
私が参加していたころは正直、木管に「いまいち感」を
感じたし、チェロにもそれをやや感じていたが、
今回は特に木管は良かったし、
弦もファーストヴァイオリン中心の総体的な音が雄大で
まろやかで美しく、私がこれまで客席でMM21響を聴いた
演奏会の中では最も優れた演奏だったかもしれない。

難解な7番を、明るい温かなトーンで演奏し続けたのは、
優秀な奏者が集まっているのに、普段は和やかな雰囲気で
練習をしている、そうした空気感を象徴していた演奏でもあった。

とにかく、先述のとおり、いわば「都度臨時編成オケ」で、
これだけの完成度を達成する力量はたいしたものだと思う。
もっとも最近は、このオケだけに専念して拠点とする人も
増えているようで、そうした点も、オケのサウンドや
技術の継続性や向上という点に寄与しているのかもしれない。

また、考えてみれば、例えば、ファーストヴァイオリンの中には
他団ではコンマスをやっている人が少なくとも3名いる、など、
各団でもリーダークラスの人が各パートにいる点は大きい。

トランペットとホルンのパートリーダーはプロにも負けない
くらいのアマトップレベルの奏者だ。

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今回は奏者の衣装が自由となっていて、それでも黒系統が
多い中、特に女性の中にはまるでオペラ歌手のような
ドレスの人も散見された。
悪くはないが、それなら全員が黒をやめて
フルカラーにするとか、徹底したほうが良かったように想う。
黒もいれば、パーカスの女性はオレンジのTシャツ等、
統一感の点では疑問は感じた。

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 チケットについて
最近のアマオケの演奏会では、ちらし(フライヤー)や
ホームページから印字したものを持参すると無料で聴ける
システムを採るオケが増えてきたし、良いことだと思うし、
MM21響もそれを実施しているが、
私は以前お世話になったオケでもあり、今後もおそらく
出させていただくこともあるだろうから、
前売りが1,000円と安価であることに拘わらず、
ここ数回は事前に購入して聴かせていただいている。

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 コンマスの入場について
なお、コンマスのイスは黒イスだったが、
入場は他の団員といっしょで、
後から独立して入場して指揮者に先立つ拍手を一人で
受けるなどというバカげたことはしない。
MM21響はそういう気取ったオケでは全くない。
http://www.mm21so.com/

2017年4月22日 (土)

砂川涼子さん ソプラノ・リサイタル

これまで幾つかのオペラで素晴らしい歌声を聴いてきた
砂川涼子さんのソロ・リサイタルを22日、
銀座ヤマハホールにて初めて拝聴した。
リサイタルの副題は~愛歌(カンツィーネ・ダモーレ)~。
ピアノは江澤隆行さん。
なお、プログラム最後の「蝶々夫人」では、
メゾソプラノの金子美香さんがスズキ役で賛助出演された。

プログラムは以下のとおりだが、前半は個性的な選曲、
後半は曲数こそ少ないが、ピアノによる序奏は短くなく、
字幕とともに歌劇をハイライト的に紹介するものとして
相当長く演奏されてから、砂川さんが登場して歌い出す、という
いわばミニオペラ的な演出が施されるなど、企画設定の点でも
すこぶるプロフェッショナルなコンサートだった。

 砂川さんの歌声について

高貴なほどの気品。曖昧さが微塵も無い音程を支える見事な
コントロールは常に自然な息遣いと共に在る。
情感豊かな、せつないまでのエスプレッシーヴォを湛えた歌声。

それは前半第1曲のような愛らしい作品でも、前半最後の
「コジ」からの迫力ある高音域の難しいアリアでも
常に感じさせてくれる。
声自体はデリケートな声質なのに強く豊かに響きわたる声量。

中音域での柔らかいトーンにおいても、高音域での輝かしい
フォルテッシモにおいても常に気品があるのは
この人の絶対的な強みだと思う。

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「コジ」からのアリアも冴えわたる技巧が見事だったが、特に
休憩後の後半が圧巻で、凛としたデズデモナを聴かせてくれたかと
思うと、トスカでは一転してむしろ激情の歌として
「歌に生き、愛に生き」を歌った。
このアリアは冒頭から、あるいは終始一貫して繊細さを基調に
歌うアプローチもあると想うが、砂川さんはそうではなく、
女性の強い思い、強い愛情を吐露する歌として歌われた。

このアリアはこれまで、録音とライブで国籍を問わず
20人以上の歌唱を私は聴いてきたが、ここまで激しい感情で
歌われたのは初めて聴いた想うほどでとても印象的であり、
感銘深いものだった。

スズキ役の金子美香さんとの「蝶々」からの歌は、
アンコール2曲目も含めて蝶々さんの置かれた悲しく切ない心情
を繊細に表わし、いみじくもトスカとは正反対のキャラクターの
表現としても素晴らしい歌唱だった。
アンコールでのミミのアリアも絶品。

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先述のとおり、ミニオペラとしてピアノに長い演奏を与え、
メゾソプラノをゲストに迎えてのステージという点においても、
単に砂川さんが歌が上手いとか、そういうことでは済まされない
「これぞプロフェッショナルなコンサート」という時間空間体感を
させていただいたと言える。

若くして、日伊声楽コンソルソと日本音楽コンクールの
いずれでも1位となった才能は、その後も留まる事無く
深化と進化をし続けているのだろうと拝察する。

砂川涼子さんは間違いなく第一級の歌手だと思う。
忘れ難いまでの強い感銘を受けたコンサートだった。

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 サイン会
砂川さん自身はソロCDは出されていないが、
藤原歌劇団のCDがロビーで販売されており、終演後
サイン会もあるとのことだったので、1枚購入。
一見、近寄り難いまでの気品のある人だが、
アンコールを告げる声は可愛らしく優しかったし、
サイン会のときも誰とも笑顔で、写真対応も含めて
気さくに応じていた。
近寄り難い人ではないことを知ったのも収穫。

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 演目

1.ドナウディ
 (1)私の愛の日々
 (2)心に感じる

2.ロッシーニ「ヴェネツィアの競艇」
 (1)競艇前のアンゾレータ
 (2)競艇中のアンゾレータ
 (3)競艇後のアンゾレータ

3.モーツァルト歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より
   “岩のように”

 (休憩)

4.ヴェルディ歌劇「オテロ」より
 (1)柳の歌
 (2)アヴェ・マリア

5.プッチーニ歌劇「トスカ」より“歌に生き、愛に生き”

6.プッチーニ歌劇「蝶々夫人」より“私のかわいい坊や”
   スズキ=金子美香さん

アンコール
1.「ラ・ボエーム」より“私の名はミミ”
2.「蝶々夫人」より花の二重唱(with金子美香さん)

https://www.yamahaginza.com/img/performance/2516/20170422.pdf

2017年4月12日 (水)

青木エマさん 独演コンサート

青木エマさんはこれまでオペラで聴かせていただく機会はあり、
特に昨年の「フィガロの結婚」でのケルビーノ役は素晴らしく、
そのことはブログで書いた。 下記URL参照

12日、日本声楽家協会が日暮里サニーホールにおいて
シリーズで主催する独演コンサートの第109回の出演者
として登場。
単独では初めて聴かせていただくので、ずっと楽しみにしていた。
ピアノは髙田恵子さん。

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開演に少し遅れてしまったので、係員の指示で3曲目までは
客席とロビーの中間の中扉の空間で聴いていたが、
そこにも凄い声量で届いてくるのにまず驚いた。
それが最初の印象。

聴く人に直截的に届く魅力的な声。
声に微妙な波動がありコロコロと流れるが、決して軽くなく、
「声自体に重力が在る」感じがして、その重力が声を前に
強く押し出すことで、聴衆の心に情感豊かな歌が
半端なく飛び込んでくる、そういう歌声と感じた。

なので、情感豊かな役やアリアで良さが一層発揮されるのでは?
と想像し、「トスカ」は似合うだろうなと想ったが、
あらためてプロフィールを見ると既に歌われている。
 「やはりな」と。

前半で少し気になったのは、歌い出し開始で、
音程が悪いというより、「スパッと出る感」がやや弱い
と感じたことだが、緊張もあったのかもしれない。
後半は得意な曲ということもあり、それは皆無だったので。

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その後半では、
「これまでフィガロは6回歌わせていただいたが、
 いずれもケルビーノだったので、一応(メソではなく)
 ソプラノとしているので」として、
「フィガロ」からは伯爵夫人とスザンナの曲も披露。
ソロリサイタルならでは。

得意のケルビーノはやはり素晴らしいし、
プッチーニもアンコールを含めた3曲はいずれも素晴らしく、
やはりエマさんは感情を直接的に表現する曲が
よく似合うと想った。

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アンコールの「夢で逢えたら」は素敵な選曲で楽しかったし、
エマさんに似合う曲と想えたので、これからも
アンコールピースとしてレパートリーに加えて欲しい。
「私のお父さん」も感情の込め方がとても良かった。

背が高く、スタイルの良い美人。スター性をとても感じる。
これからが益々楽しみな歌手をまた1人知り、
嬉しいひとときだった。

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演目は以下のとおり

1.からたちの花 (北原白秋作詩 山田耕筰作曲)

2.夢のあとに フォーレ作曲

3.夢やぶれて ~C.M.シェーンベルク作曲
   ミュージカル「レ・ミゼラブル」より

4.「私は客を招くのが好き」~J・シュトラウス2世作曲
   オペレッタ「こうもり」より

5.森の木陰で(オンブラ・マイ・フ)~ヘンデル作曲
    「歌劇セルセ」より

6.アヴェ・マリア ~マスカーニ作曲
   歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲より

7.あの目に騎士は~ドニゼッティ作曲
   歌劇「ドン・パスクワーレ」より

 (休憩)

8.モーツァルト 歌劇「フィガロの結婚」より
 (1)序曲~ピアノ独奏(カット版)
 (2)愛の神よ、照覧あれ(伯爵夫人)
 (3)自分で自分がわからない(ケルビーノ)
 (4)恋とはどんなものかしら(ケルビーノ)
 (5)とうとう嬉しい時が来た~恋人よここに(スザンナ)

9.プッチーニ 歌劇「ラ・ボエーム」より「私が街を歩くと」

10.プッチーニ 歌劇「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」

アンコール
1.夢で逢えたら~作詞・作曲=大瀧詠一
2.私のお父さん~プッチーニ歌劇「ジャンニ・スキッキ」より

7月のフィガロについてはこちら
http://susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-7208.html

2017年4月 9日 (日)

なぜ感想を書くか~紹介することで、応援するということ

3月31日に澤江衣里さんのコンサートの感想を、フェイスブックの
自分のウォールと、
「クラシックを聴こう!」サイト(以下「クラキコ」)にアップさせて
いただいたところ、
 「クラキコ」では、ある人が、
「伊藤さんのこうした素敵な講評を読むと、
 澤江さんの生歌を聴いてみたくなります」
とコメントしてくださり、とても嬉しく思ったと同時に、
プロ評論家でもない私が偉そうにいろいろ書いてアップさせて
いただいているのは、結局その人のように、
そのアーティストに関心を持ってくれる人が増えたらいいな、
ということが底辺(基本)にあるのだ、と
あらためて自分で実感しました。

第一義的にはそのときの自分の感想を記録しておく、
ということがまずあるわけですが、
それをブログやフェイスブックなどにアップしている以上、
やはり多くの人に読んでいただき、少しでもその音楽家や
演奏団体に関心を持っていただけたら、という主旨、
目的というか感情は当然あります。

書く際に心がけている点は、
まず感動した点、良かった点や、その人の個性や特徴
などの感じた点に注力して書くことです。

お世辞を書いても意味は無いので、正直に率直に感じたままを
書くようにはしていますが、多少疑問に思う点でも、
もちろん言葉には配慮しますし、
基本は 「あくまでも私個人が感じたこと」という点を忘れないよう、
独善的決め付けは排するように心がけています。

聴き手により、そのときの演奏内容の感想が異なるのは当然で
自然なことですし、その意味では
 「絶対的客観的に正しいという論評は存在しない」
と思っているので。

もっとも、オペラの演出はヒドイものが多いので、
その場合は容赦はしませんが。

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プロ評論家ではないですが、プロ評論家が書く新聞欄や
音楽雑誌では当然、字数が限られているので、
詳細を伝えることに限界がある点を考えると、
自由に詳細を書けるフリーな立場にある者こそ、
その演奏や演奏者の多くを伝えることができるかもしれない
という密かな自負も持っています。

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読者数で、私のブログやFBウォールなど、
新聞には到底かなわないと思っていましたが、「クラキコ」の
登録者(参加者)は1万人を超えたそうで、
新聞といってもクラシックコンサートやオペラ評を読む人は
限られているでしょうから、それを考えると、
「クラキコ」に感想を投じた場合、
読んでくださる音楽ファンの数においては、
あながち新聞にもそれほど劣らないと言えるのでは、
と思うようになりました。

「クラキコ」ではアマチュアオーケストラ紹介シリーズを、
とき折り書かせていただいていますが、今後も、
このブログやフェイスブックのウォールと「クラキコ」では、
特に若いオペラ歌手や器楽奏者を積極的に紹介させて
いただこうと思っていますので、
これからも、どうぞ皆様よろしくお願いいたします。

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追記
フェイスブックの「クラキコ」への投稿に対して、
次のようなコメントをいただきました。ありがたいことです。

「あなたの文章は、いつも礼儀正しく素晴らしい内容で、
 感心して読ませてもらってます。
 悪く言ったりけなしたりするところがなく、すっきりします」


また、本文の読者人数に関して、クラキコの主催運営者が
「3千万部の新聞に書くのと同じくらい(効果)」と
レスポいただき、それに関しても、
上記コメントをいただいた同じかたが、

「だからこそ、自分の投稿には責任持たないとですよね。
 伊藤さんのような、素晴らしい投稿を心がけます。
 みんなが笑顔になれるのがいいですよね」
ともいただきました。 感謝します。

2017年4月 5日 (水)

年齢制限する合唱団に驚き~50歳未満と65歳以上の対照的な2団体~年齢を重ねることと演奏についての示唆的で対照的な2つの例

栗友会系の合唱団2つ~「響-Kyo」と「コーロ・カロス」が、
新規入団者に関しては年齢40歳代まで(50歳以上は断る)
とする方針を決めたと知り、とても驚いた。

むろん、各団固有の事情や理念はあって当然だし、
その2団体の場合は、いわゆる「合唱オペラ」という
「動き(ダンスを含む)を伴う演目」をしばしば行うという
事情(背景)があるから、とのことだが、
しかし昨今の50代はもちろん、60代以上でも若者に負けない
体力と音感と美声を持っている人は少なからずいる。
個人的に関心を持っていた2団体なので、
よけいに釈然としない気持ちが残る。

既団員の自分たちも、遠からず50代になることを
理解していないのだろうか?

いずれにしても、こうした「排除の志向」を
私は好ましく思わない。

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その一方では、昨年、声楽家で指揮者の青木洋也氏が
 「65歳以上限定の合唱団」というマ逆の合唱団
 「プラチナ★シンガーズ」を立ち上げた。

これはこれで逆に驚いたが、これは単に「高齢者福祉的?」
というだけでなく、下記のHPにあるように
 「年齢を重ねなければできない音楽を創りましょう!」
という創設理念が素敵で、少なくとも
「50歳以上お断り」の方針よりも、はるかに共感する。

こうなったら、間をとって、
50歳から64歳までの合唱団を創設しようか、
などと想ったりする。
https://platinumsingers.jimdo.com/

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と、まあ、冷静に客観的に書きましたが、
「別にそれはそれで、いんじゃないですか」という
一般論的コメントも有り得るでしょうから、敢えて正直に
感情を吐露します。
一般論で反論過ごされたくない事情があるので。

知らない合唱団における「一般論としては」
 「いんじゃないですか」はそのとおりだと思いますが、
実は私はその事態に直面した直接の当事者なのです。

最初の2つの団の特に1つに、年内に入団したいと思っていて、
昨年の夏から数回、練習を見学に行っています。

あのころは皆さんはワキアイアイとして、しかも、
どんな現代曲でも歌いこなせる非常にレベルの高い団
なのですが、
練習が終わるとなぜか毎回、記念撮影をして散会する団で、
その際、見学で輪の外にいる私にも
 「伊藤さんも、どうぞごいっしょに」
と毎回声をかけてくれて、一緒に何度も写真に収まって
きた、そいういきさつがある団なのです。

そうした団が、急に「50歳以上を排除」する方針を
打ち出したので、非常に驚いたわけです。
そういう雰囲気が無い団でしたので。

そうした「変化」が、少なくとも
「好きになりかけていた団」というファン心理として、
とても気になる、なんか嫌な感じを覚えた次第でした。

ですので、「そういうのがあってよい」は
「一般論ではそのとおり」ですが、
可愛さ余って憎さ、じゃないですが、
なんとも非常に残念に思うわけです。

とはいえ、結局は、
 「まあ、しょうがないですね。ご勝手に。
 他を探します」
とするしかないのですが。

なお、その方針を私に伝えた窓口の人は、当然ながら
とても申しわけないです、と謝り、たぶん、その方針決定
に際しては、反対した人も少なからずいたんだろうな、
と推測しています。
少なくとも満場一致でそういうことを決める団ではない、と、
その点は、今でも信じています。

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 驚くべき追伸

このことをフェイスブックにアップしたところ、
2人から返信があり、

1人は自身でも合唱やその指揮をされ、クラシック全般にも
たいへん詳しい人が
 「栗山先生がそれを容認しているとは考えにくいですね」
とコメントを寄せてくださいました。

また、もう1人の私よりご年長の親切な人が、
栗山先生と面識があるとのことで、
なんとSNSでこのことを問い合わせてくれました。
それによると、栗山先生は、

 「どの団体かも含めてわからないが、
  失礼しましたとお伝えください」

と、その人に伝えたそうです。

驚きました。
栗友会は、その名のとおり、指揮者の栗山文昭さんを慕う
複数の団体から構成され、それぞれ優秀な団ですし、
栗友会としては毎年どこかしらのプロオーケストラとも共演
する組織ですが、その全体の指揮者、最高統括者たる
栗山先生が、こうした翼下の団の動きを
ご存知なかったようなのです。

もちろん、個々の合唱団に基本的な運営は任せている
のでしょうし、それは理解できますが、しかし、
敢えて企業で例えるなら、

 個々の会社の社長ら取締役会において独自に
  「50歳以上、お断り」を決めておいて、
 グループの会長には事前相談もなければ、
 事後報告もなされてない、ということです。

これはグループ企業統治としては、あり得ないこと、
控え目に言っても、好ましくないことだと言えると想います。

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