2019年3月24日 (日)

横浜シティ合唱団のマタイ受難曲~動的パッショナブルな力演

横浜シティ合唱団のマタイ受難曲~動的パッショナブルな力演
8日にフロイデ・コーア・ヨコハマによるマタイ受難曲を聴いてまだ16日しか経っていない24日午後、8日と同じ横浜みなとみらいホールで、今度は横浜シティ合唱団によるマタイを聴いた。
同じ横浜市内を拠点とする合唱団によるマタイ受難曲でも、随分と質感が違う演奏で興味深かった。
フロイデ・コーア・ヨコハマのマタイが、精緻で美しいアンサンブルと誠実さによる集中した演奏、教会で歌う人々や、教会の絵画をイメージする内面志向の演奏という、いわば「静的」イメージを感じたのに対して、この日の横浜シティ合唱団のマタイは、やや荒削りではあるが、団員一人ひとりの意思と積極果敢な姿勢を重んじた、屋内というよりは街中の、市民たちの歌声としての、外に向かう「動的」でパッショナブルな演奏、というイメージを抱いたのだった。
フロイデ・コーア・ヨコハマでは静かに感動したのに対して、今日の横浜シティ合唱団は、わくわく感さえ感じる演奏だった、と言えるかもしれない。
もっとも、こうした比較論はたいして意味は無い。それぞれに良さがあった、ということに尽きる。
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ソリスト
なんと言っても、合唱団の音楽監督・常任指揮者である青木洋也さんが、カウンターテナーとしてアルトソロパート全てを歌う、という八面六臂的大活躍が圧倒的だった。弾き振りならぬ、歌い振り。フロイデ・コーア・ヨコハマのときの彌勒忠史さんに負けない魅力的な歌声で素晴らしかった。
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エヴァンゲリストは中嶋克彦さん。フロイデ・コーア・ヨコハマのときは部分的なテナー歌手としての出演だが、この日は主役で、声量は控え目ながらも明瞭で素敵な声の福音史家だった。
イエスはフロイデ・コーア・ヨコハマに続き与那城敬さんで、変わらぬ格調の高さで聴衆を魅了した。
ソプラノの清水梢さん、バス、ピラト役の白岩洵さん、テノールの寺島弘城さんの3人は、横浜シティ合唱団のヴォイストレーナーでもある。
白岩さんの安定感ある堂々とした歌唱が見事。
清水さんは、特に第49曲の「愛の御心から主は死のうとしています」が絶品だった。
ゆりがおか児童合唱団の指導者でもある藤井大輔さんも第1コーラスを含めてソロパートを受け持った。とても素敵なバリトン。
他、部分的には合唱団からも男性4人と女性2名が独立して演奏に加わった。
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オーケストラ
青木さん、清水さん、中嶋さんなど、バッハ・コレギウム・ジャパンに関係した出演者が多いこともあり、オケもバッハ・コレギウム・ジャパン等で活躍する古楽演奏家による特別編成のオケだが、とても素晴らしい演奏だった。Ⅰ群Ⅱ群のヴァイオリンソロ、Ⅰ群のフルートソロが素敵だったし、第57曲でのヴィオラ・ダ・ガンバソロの小池香織さんの演奏が素晴らしかった。
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児童合唱団
もう少し声量が欲しい気もしたが、白い服でのステージ姿は可愛らしく、入場時は第1オケと第2オケのそれぞれに立ったが、第一部第1曲開始の際は、指揮者の背中側を取り囲むようにして歌い、退場後、第一部の終曲前に入場し、今度は入場時の場所で歌う、という工夫がなされた。
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なお、プログラムには吉谷地勝久さんという団員が寄稿した詳細な解説が掲載されていて、内容が充実して解り易く、とても素晴らしいと思った。
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最後になったが、横浜シティ合唱団は「プロのオーケストラ、プロのソリストとともに宗教曲を歌おう」として1992年9月に結成されており、今回の出演者数は102名。ソプラノ42名、アルト34名、テノール9名、バス17名だが、マタイは第1と第2に分かれるので、その順で第1が24名、18名、5名、8名。第2が18名、16名、4名、9名。ここでも男声、とりわけテナーが少ない。今、国内の多くの合唱団に見られる傾向がこの団にも顕著に存在している。
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 出演者
指揮&カウンターテナー 青木洋也
管弦楽 横浜シティ・アンサンブル(コンサートマスター 原田 陽)
エヴァンゲリスト(福音史家) 中嶋克彦
イエス    与那城 敬
ソプラノ   清水 梢
バス、ピラト 白岩 洵
ユダ、大祭司カイアファ 藤井大輔
証人1 青木洋也
テノール、証人2 寺島弘城
ソプラノ・イン・リピエノ ゆりがおか児童合唱団(指導=藤井大輔)

2019年3月23日 (土)

澤江衣里さん&渚 智佳さん ジョイント・リサイタル Vol.4

「春の声」と題された澤江衣里さんと渚智佳さんによる
4回目のジョイント・リサイタルを22日夜、
紀尾井町サロンホールで聴いた。

私は温かで爽やかな澤江さんの歌声が大好きだ。
シルクのような気品ある艶は、余分な飾りや淀みもなく、
むろん濁りも全く無く、とても美しい。

この日は「春」に題材を求め集めながらも、
曲想は変化に富み、歌唱もそれぞれに相応しい対応
 ~技術や色彩等のニュアンス~を提示され、
活躍著しい澤江さんの充実度を示していた。

演奏曲は以下のとおりだが、冒頭に、誰もが知る
 ~たぶん多くが中学生時代に二部合唱として
 歌ったこともあるだろう~
瀧廉太郎「花」をもってきたことは、
彼女の自信の表れだろう。

クイルター研究で東京芸大の博士号を得、英国音楽に
詳しく、R・シュトラウスを中心にドイツ語歌唱も得意
とされているが、その2つの言語に劣らす美しいのが
日本語の詩の発音と歌唱だ。
明瞭でよく考え抜かれた、丁寧な日本語の詩、歌詞を
常に心がけた端正な歌声が清らかで美しい。

日本歌曲3曲の後、前半ではとりわけR・シュトラウスの
「薔薇の花環」が情感豊かでスケールの大きな歌唱で魅了
された。

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後半では、比較的大きな曲が続いたが、とりわけ
ベッリーニが美しかったのと、
ヘンデルの2曲では、2006年から声楽メンバーとして活動
されているバッハ・コレギウム・ジャパン(BCG)で
鍛え抜かれているバロック的な技巧を如何なく披露され、
とりわけ、長大な2曲目の
「このように、ただ一日のうちに~この胸の息のあるかぎり」
では、速いパッセージと抒情を湛えた部分での「しっとり感」の
対比が見事だった。

プログラム最後の~今回のリサイタルの副題と同じ~
「春の声」ではコロラトゥーラ技巧の確かさと、
それでも気品とスケールの大きさを保つ力量を示され、
大きな拍手と歓声のうちに終えた。

私にとって澤江さんの「サワ」は「爽やか」のサワでもあり、
「サワ、さわ、澤ちゃん」の歌声は、
いつも私を清め、温かくしてくれるのだ。

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ピアノの渚さんは、ややソロイスティックな演奏ながら、
澤江さんの演奏を支え、ソロ曲では、「無言歌集」が見事
だったし、アンコールの「憾み」も
たたみこむ様な率直な感情移入により、
瀧廉太郎の無念の思いを表出されていた。
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 演奏曲(カッコ内は作詞者)
1.瀧 廉太郎 花 (武島羽衣)
2.瀧 廉太郎 荒城の月 (土井晩翠)
3.別宮貞雄  さくら横ちょう (加藤周一)
4.シューベルト 春の信仰 Op.20-2 D.686(ウーラント)
5.R・シュトラウス 薔薇の花環 Op.36-1(クロプシュトック)
6.ヴォルフ 春だ! (メーリケ)
7.ピアノソロ~メンデルスゾーン「無言歌集」より
 (1)甘い思い出 Op.19-1
 (2)狩人の歌  Op.19-3
 (3)ヴェニスのゴンドラの歌 Op.30-6
 (4)デュエット Op.38-6
 (5)春の歌 Op.62-6
 (6)つむぎ歌 Op.67-4
(休憩)
8.サルヴァトーレ・リーザ 近くにいると(詩も同じ作者)
9.ベッリーニ もしも私にできないなら (不明)
10.ヘンデル「グローリア」より
     いと高きところに神の栄光あれ
11.ヘンデル オペラ「エジプトのジュリアス・シーザー」より
    クレオパトラのレスタティーヴォとアリア
 「このように、ただ一日のうちに~この胸の息のあるかぎり」
12.J・シュトラウス2世 ワルツ「春の声」 Op.410
アンコール
1.ピアノソロ 瀧 廉太郎 憾み
2.メンデルスゾーン 歌の翼に

2019年3月 8日 (金)

マタイ受難曲~フロイデ・コーア・ヨコハマ

8日夜、フロイデ・コーア・ヨコハマの第14回演奏会である
バッハのマタイ受難曲を横浜みなとみらい大ホールで聴いた。
もっとも、勤務後に向かったので、休憩後の後半のみの拝聴
だったが、堪能させていただいた。
誠実な合唱と指揮によるマタイの演奏だった。

指揮の横島勝人さんは各ナンバーを丁寧に誠実に進めた。
曲への探求心と誠意をリスペクトを感じさせる誠実な指揮、
とでも言おうか。

古楽オーケストラLa Musica Collanaが抜群に巧かった。
私は古楽器やピリオド奏法には特別強い関心はなく、
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンはもちろん、
バッハやヘンデル、ヴィヴァルディも現代楽器で良いと
思っている。
そして実際、これまで古楽器オケの演奏で心底感心し、
感動した演奏というのはほとんど無い。
けれど、この日の、このオケは音色といい、
アーティキュレーション等々といい、本当に素晴らしかった。

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小屋敷真さん指導による合唱団フロイデ・コーア・ヨコハマは、
「しっかりとこの曲を歌い込んできた」という自信を
全員に感じる歌声。
といっても、決してそれを主張するのではなく、
むしろ徹底した誠実さと曲に対する一人ひとりの畏敬の念、
リスペクトを感じさせる演奏である点がとても素晴らしく、
強く印象付けられる、そういう演奏だった。
 とても気に入った。
こういう「謙虚さを感じさせてくれる、驕りの無い合唱団」は
好きだ。

今回の出演人数はプログラムによると、
ソプラノ=42名、アルト=44名、テノール=12名、
バス=17名、と、ご多分に漏れず、男声が少ないが、
声の全体のバランスは良かった。良い響だった。
「sch」「z」などの子音も客席によく届いていた。

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 ソリストについて
この曲の主役と言ってよいエヴァンゲリストを務めた
望月哲也さんの声は、私にはこの役にしては、
いささか軽い声に思えるが、その若々しさを聴き易いと
気に入る人も多いかもしれない。
ユニークなエヴァンゲリスト。
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イエス役の与那城敬さんはいつもながら本当に格調高く、
例えばNo.61の短い一節においてさえ、
気品と説得力が素晴らしいのだ。
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そして、この日は、イエス以外のバリトンソロ部分を全て
受け持ったことから、分量的には与那城さん以上に
歌う場面のあった原田圭さんの安定感ある堂々とした歌唱こそ
白眉と言えたかもしれない。
歌われたどのナンバーも素晴らしい歌唱だった。
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アルトパ-トは、小川明子さんとカウンターテナーの
彌勒忠史さんが分けたが、
分量的に多かった小山さんのこれまたいつもながらの
端正で魅力的な歌唱が、原田さんとともに、
この日のもう一人の主役と言えたかもそれない。
小山さんの歌声にはいつも誠実さを感じさせてくれる。
この日もとても素敵だった。
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分量的には出番は少なかったものの、
カウンターテナーの彌勒忠史さんの魅力はこの日も全開で、
昨年のヤマハホールで聴いた感動を私の心の中で再現して
いただいた感がある。
例えばNo.60。何という魅力的な歌声だろう。
ここでのオーボエ・ダ・モーレとオーボエ・ダ・カッチャの
二重奏によるオブリガートも音色が魅力邸だった。
彌勒さんにおいては、もはやアルトとかテナーとか
カウンターテナーという分類さえ意味のないほどの、
「彌勒忠史さんの声」という1つの確固たる独立した声
とも言うべき貴重な歌声だと思う。
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ソプラノの澤江衣里さんは、曲想を意識されてか、
いつも以上に無垢な声を会場に届けてくれていた。
この清らかさは素敵だ。
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テノールの中嶋克彦さんも出番は少ないながら、
伸びやかで屈託のない声を聴かせてくれた。
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横島コンダクターによる全体の統率は、
場面場面を丁寧に誠実に描いて伝えることで、
この作品が音楽市場いかに奇跡的な遺産であるかを、
あらためて実感させてくれる誠実な演奏だったと言える。
特別劇的にするわけではないのに、
丁寧に淡々と進行させていくことで、
一層作品の奥行を感じさせてくれる、
とても良いマタイの演奏会だった。
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 出演者
指揮=横島勝人
管弦楽=La Musica Collana
エヴァンゲリスト=望月哲也
イエス=与那城敬
ソプラノ=澤江衣里
カウンターテナー=彌勒忠史
アルト=小川明子
テノール=中嶋克彦
バス=原田 圭

2019年2月24日 (日)

世田谷フィル&コーラス~ヴェルディ レクイエム

2019年2月23日 (土)

林美智子さん&田部京子さん デュオ・リサイタル

2019年1月26日 (土)

ドン・ジョヴァンニ

2019年1月19日 (土)

バッティストーニ指揮「千人」歌いました

2019年1月12日 (土)

F

2019年1月 5日 (土)

JR東日本交響楽団、バッハはうすでの新年会~充実した1日

5日は、最近フェイスブックで知り合った大学の後輩Yさんの
お誘いで、JR東日本交響楽団の演奏を初めて聴いた。
すみだトリフォニーホール13時30分開演。
常任指揮者 小泉智彦氏の指揮。

1曲目の「禿山の一夜」はブラスが上手く、アンサンブルとして
とても素晴らしい演奏。

ベートーヴェンの交響曲第8番は、第1楽章と3楽章の
テンポ設定が速めなので、ちょっと弦がシンドそうだった。
終楽章がとても難しいのは言うまでもない。

各楽章とも、強調すべきポイントが曖昧な感じが終始した。
やはりベートーヴェンは難しい。一筋縄ではいかない。

休憩後のショスタコーヴィッチの5番は全体的に落ち着いた
テンポで安定感ある演奏だが、第1楽章や3楽章に
もう少し哀愁感が欲しい。
ディティールの「あっさりし過ぎ感」を多々感じた。
そして管に1曲目のような完成度があれば更に良かった
のだが。

ちなみに ベト8だの、ショス5、タコ5だのという言い方は
私は大嫌いなので使わない。

その後、Yさんの友人3人の計5人で、近くの居酒屋で
18時30分位まで楽しい音楽談義の語らい。
Yさんを含めた2人は作曲をするので、現代作品を
いかに人々にプレゼンしていくか~自身の工夫や、
演奏してくれる人、演奏家の人脈確保の重要性等~
という事を含めて、演奏現場の状況などが主な話題となった。

その後、私は椎名町のバッハはうすで行われている新年会に
行き、プロ奏者とアマ奏者の合同演奏や、
アマ奏者、プロ奏者それぞれのアンサンブルを22時まで
楽しんだ。

そこでは、大学合唱団の1年後輩の女性で、
子育てが落ち着いた40歳からヴァイオリンを習い始め、
幾つかのアンサンブルを経験した後、今はバッハはうす主宰の
椎名町ストリングアンサンブルで活動しているKさんに
2年ぶり位に会い、語らい、いっしょに演奏を聴いた。

錦糸町での新たな友人との語らい、
椎名町でのプロ、アマそれぞれの室内楽の演奏を拝聴等、
充実の1日だった。

2018年12月27日 (木)

大推薦の映画「私は、マリア・カラス」~感動に浸る記録映像

劇場だけでなく、プライヴェートな映像や写真等がふんだんに
紹介されるドキュメンタリーの総括的映画。劇中、映像を伴い、
あるいは声だけを含み聴くことができる数々のアリアに、
ただただ、ため息をつき驚嘆しながら、こう思った。

「カラスはアリアを歌っているというより、アリアを演じている
 のだ。彼女はアリアを上手く歌おうなどとは思っていない。
 その歌が描く曲想、内面、世界を掴み、表現して聴衆に
 届けること。それには「こういう声、こういう表現が必要」
 として歌っている。
 その意味では、彼女の声や旋律でさえ、そのための
 材料と手段に過ぎないのだ。
 歌手というより、なんという偉大な表現者だろうか」と。

実際、彼女自身こう言っている。
「演技力の無いオペラ歌手は問題外ね」。

没後41年も経っているのに、いまだに日本を含む世界中の
多くのファンから愛され尊敬されている歌手マリア・カラス。

雑誌「ハンナ」でも時折掲載される日本人歌手が好きな歌手、
あるいは尊敬する歌手の中でもカラスの名を挙げる人は多い。
その点では、フルトヴェングラーやカザルス等々と同じく、
演奏家史上においても絶対に外すことのできない、
稀な音楽家の一人と言えるだろう。

後述するように、彼女に対する罵倒や攻撃といった
マイナス的ニュースも含めて、オペラ歌手として、
世界に話題をまいた点においても、例外的な「大スター」
だった。

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映画は、1970年のアメリカのTVインタビュー(白黒映像)と
カラスのフランス語でのインタビュー等の録音、そして、
自叙伝の他、これまで封印されてきた多くの手紙や手記を、
ファニー・アルダンという女性がフランス語で読むかたち、
などの構成で進行する。

有名になるにつれ、毀誉褒貶のギャップが彼女を困惑させ
悩ませる。
「私は叩かれ続けてきた。でも冷静さと忍耐力を保った。
 それでも非難されば傷つくわ。
 失敗しやしないかと不安になる」等々、
大スターの正直な赤裸々な気持ちが語られる。

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最初のピンチは1958年ローマ歌劇場での「ノルマ」公演に際して
直前に気管支炎になり、第一幕を歌った段階で降板。
チケットは完売、大統領も臨席。会場は大ブーイングとなり、
翌日の新聞等マスメディアは「わがまま」「傲慢」等々、
一斉に攻撃に転じる。

生身の体、声帯が命の歌手という職業ゆえ、不調なら
やむを得ないはずなのに、有名ゆえ世間は許さない。
なんとも痛ましい。
それでも、後年、別の公演で「心身衰弱のため中止」
となったときは、拍手が起きる変化も生じるようになったが。

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メトロポリタン歌劇場では、「同じ歌手たちばかりでなく、
若手を起用して、新しい演目をやりたい」とカラスが提言
すると、「生意気だ」として支配人から契約解除される。
彼女いわく
「支配人からは、扱いにくい女、と言われたわ。
 扱いにくい歌手はたくさんいるのに」。

「生意気なのは支配人、お前だろ。誰のおかげで食べさせて
 もらってんだ」、と、今の時代のファンからしたら、
そう思うわけだが。
このとき、カラスの「反論」も当時の生インタビューのかたちで
紹介されるが、断然、彼女が「正論」を言っている、と
贔屓目無しに思えるシーン。
「契約解除されるべきは支配人、あなただ」、と
誰もが感じるシーンだ。

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それでも、それから7年後の1965年、メトでの公演に出演
した際は、徹夜での行列と大歓声という、大歓迎を受け、
カラスも過去の嫌な記憶から解放される。
このシーンは、歓迎、感激したあの場にいた聴衆らと
心を一つにできる素敵なシーン。

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夫バティスタ・メネギーニとの離婚問題の長期化と、
アリストテレス・オナシスとの出会い。
私はオナシスには興味ない。
カラスに申し訳ないが、オナシスにしたら金持ち道楽の中での
出会いだったろうし、意味不明なジャクリーン・ケネディとの結婚
により、カラスを失望させ、それでも最終的にはカラスの元に
戻った、という成り行きは、私には陳腐な物語。
カラスが彼を本気で愛したのは解ったが。

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1973年の復帰公演でのハンブルグ、ロンドン、ベルリン、
アムステルダム、そして1974年東京での、
それぞれの熱烈歓迎映像も印象的。
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とにかく、劇中で見、聴ける歌唱が素晴らしい。
曲目は以下のとおりだが、まず、カラー映像で、
何かのガラコンサートと思われる歌劇場で歌う「ノルマ」の
「清らかな女神よ」に魅了される。

そして特に素晴らしいのが、これもカラー演奏で残されている
「カルメン」の「「ハバネラ」と、 
「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」が絶品。
これ以上考えられないような声と技量と表情を含めた表現力に
ただただ感動する。

白黒映像だが、ベッリーニ「夢遊病者の娘」からのアリアも
素晴らしい。

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この映画は、オペラファンはもちろん、器楽は聴くけど、
オペラはあまり聴かないできた、という人にも
ぜひ観て欲しいし、クラシックやオペラに関心なくても、
ポップス等、音楽が好きな若い人にもぜひ観て欲しい
記録映画だ。

歌を「表面的に上手く歌える人が上手い人」と想像して
いる人には、「歌はそんなものではない。いわば、
命を削って表現するものが歌なのだ」ということを、
ジャンルに関係なしに、マリア・カラスという希代の大歌手が
教えてくれるからだ。

いずれにしても、1回観ただけでは、
とても全体を把握できないので、少なくとも、
もう一度観に行こうと思う。

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 劇中紹介される歌唱

1.プッチーニ「蝶々夫人より「なんて美しい空!」
2.ヴェルディ「シチリアの晩鐘」より「ありがとう、愛する友よ」
3.ベッリーニ「ノルマ」より「清らかな女神よ」
4.ヴェルディ「椿姫」より「さようなら、過ぎ去った日々よ」
5.ヴェルディ「マクベス」より「早く来て、明かりを」
6.ビゼー「カルメン」より「恋は野の鳥(ハバネラ)」
7.マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」より
  「ママも知るとおり」
8.プッチーニ「トスカより「歌に生き、恋に生き」
9.ベッリーニ「夢遊病者の娘」より
  「おお花よ、お前がこんなに早く萎んでしまうとは」
10.ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」より「母が死に」
11.プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」

https://gaga.ne.jp/maria-callas/
https://www.youtube.com/watch?v=iZ4Jjzs54SM

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