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2016年2月 5日 (金)

福士加代子さんの見事なタイムでも当確としない日本陸連は曖昧な規準を改めるべき

福士さんに名古屋を走らせるなんでおかしい
 日本陸連は曖昧基準を改めよ

大阪国際女子マラソンで日本歴代7位のタイムでブッチギリの
独走優勝した福士加代子さんだが、日本陸連が「当確」を
出さないため、3月の名古屋ウィメンズマラソンも走ろうかと
焦っている、という。

現在1人が決まっていて、「あと2枠」なのだが、
名古屋で万一、2時間22分30分より速く2人以上がゴール
した場合、福士さんが選ばれるとは限らなくなるためだ。

理屈以前に前提(基準)がおかしなものなので、以下整理し、
批判だけでなく自分の案も書く。


「22分30秒切り」は、07年東京の野口みずき選手の
2時間21分37秒以来9年ぶりで、誰も20分台前半で走れない
「女子マラソン冬の時代」が続いて来た中での「快挙」が
先日の福士さんのタイムだ。

リオ五輪マラソン代表選手選考要項では、選考基準は
(1)「内定条件」と(2)「選考条件」に分かれ、

(1)は昨年の世界陸上(北京大会)8位以内入賞者で、
  日本選手最上位者1人~ということで~これにより
  7位の伊藤舞選手が唯一既に「内定」を得ている。

(1)の基準は解り易くはある。しかし、問題は有る。
伊藤選手にケチをつけるわけではないが、いくらランクが上の
レースである世界選手権とはいえ7位、
それもタイムはなんと、2時間29分48秒、という「平凡な記録」
にすぎない。
にもかかわらず伊藤選手に「内定」を出し、
2時間22分17秒という近年日本で誰も出していない抜群の
記録を出した福士選手に「名古屋を待たずに当確は出せない」
というのは、~理屈ではごもっともでしょうが~
心情的には全く納得できない。


(2)の「選考条件」は、
①昨年11月のさいたま国際、②今年1月=先日の大阪国際、
③そして3月の名古屋ウィメンズの、
 「3レースにおいて日本人3位以内から、陸連設定記録を
  満たした者(最大1人)、選考3レースの記録、順位、
  レース展開、タイム差、気象条件等を総合的に勘案し、
  五輪で活躍が期待されると評価された者の優先順位で
  決める」

という、なんとも曖昧で抽象的で不透明な内容で、
それでもその決まりゆえ陸連は名古屋の選考レースが
残っている以上、福士に「代表当確」は出せないのだという。


敢えて言う。ここ何年も20分台前半を誰も出せなかったのに、
急に名古屋で福士さんを上回るタイム、それも2人以上出す
なんてマズ無い。やれるものならどうぞ、という感じだ。

もっとも、詳しい人によると、
「名古屋を走る木崎良子選手(30)、前田彩里選手(24)、
 田中智美選手(28)の頭には、福士のタイムがある。
 それに近いか、もしくは上回るタイムを出さないと
 五輪キップは無理、と判っている。
 ペースメーカーが5キロを16分30~40秒台のペースで
 30キロまで走り、それについていけば、
 ペースメーカーがいなくなってからもスピードは
 ガクッと落ちないのではないか。
 可能性は低いとはいえ、福士と同等かそれ以上のタイムが
 出る可能性は完全には否定はできない」と。


これまでも何度も五輪代表選びで物議を醸し、そのたびに
 「代表選考は一発勝負にするべきだ」と言われてきたが、
今も実現されていない。


私の案としては、選考レースを、
①前年の世界選手権と②五輪開催年の大阪(または名古屋
  のどちらか)の「2つのレースに絞る」。
  この場合、世界選手権を特別視ぜす、日本人1位だけでなく、
  タイムも他のレース同様、2時間22分30分以内、とすべき。

こうでもしない限り、どう考えても不公平な選考基準だと思う。

とにかく、福士さんにまたも名古屋で挑戦させるなど、
狂気の沙汰だ。
仮に1位で好タイムだったとしても、
 ~既に多くの関係者が言及し、私のような素人でさえ
   危惧するように~体へのダメージが増し、
肝心のリオ五輪では力を出し切れない事態になりかねない。
福士さんに名古屋を走らす案に断固反対する。

2009年12月17日 (木)

人それぞれでよい~トム・ウェイツの声と歌に寄せて

新聞は、意見の投書欄だけでなく、テレビ番組の感想も受付けて
いる新聞もある。もちろんスペース的には前者ほどではないが、
東京新聞はそこそこのスペースを使って、数人の複数の番組に
ついての投書を掲載している。
朝日新聞もスペース的には東京新聞ほどではないが、少し掲載
している。

朝日新聞だったと思うが、TVドラマ「不毛地帯」のエンディング
で流れる、トム・ウェイツの歌う、ジャズ風の、いぶし銀のような
声による歌について、先日2人の感想を読んだ。
いずれも女性で、まず40代後半のかただったと思うが、
「ドラマとそぐわないと思う」、と否定的な感想を寄せ、その数日後
には、60代の女性だったと思うが、その意見(感想)に対して
(その他者の感想を踏まえたうえで)
「雪が降りしきる映像のなか流れるトム・ウェイツの歌は
 とても良い」、という反論としての感想が寄せられていた。

私も後者に賛同する。とても良い。なるほど、ドラマの設定や
雰囲気とは全く別種の感じのする歌だが、だからこそ、
ドラマの「ドロドロさを浄化してくれるかのような声と歌」に、
かえって好感が持てる。
でも、ものごと(対象)に対する感想や意見は、人それぞれでよい。

2008年3月30日 (日)

面白かった「将棋ライバル物語」

大崎善生(よしお)さんが、日本経済新聞夕刊に3回に渡って
書かれた、「将棋ライバル物語」は大変興味深く、わくわくした
気持ちで毎回読んだ。

第1回(上)は、3月6日付で、「大山康晴VS升田幸三」、
第2回(中)は、3月13日付、 「中原 誠 VS米長邦雄」、
最終回(下)は、3月27日付、「羽生喜治VS谷川浩司」。

将棋ファンにとっては、いずれもスゴイ名前とVS関係だ。
もっとも、私が将棋にハマリ、夏休み中、近所の荒川先輩、
(犬が嫌いという理由だけで)「Qちゃん」(オバQよりの命名)
のお宅に遊びに行って「指して」したのは、小学校の5年か
6年のときで、ルール(手順)を覚えたのは、4年生くらいだった
から、自分の中での「ブーム」はせいぜい3年前後だし、
中学生以降は、ほとんど指したことがないが、今でもやろうと
思えば、「居飛車」や、「櫓囲い」、得意だった「四間飛車」での
「指し」は、ある程度できると思う。

あのころから、二上氏や加藤一二三(ひふみ)氏といった達人
たちによる本、「将棋は歩で勝つ」とか、「必勝の振り飛車」
とか、タイトルは正確ではないと思うが、とにかく、そういう
「うけ」を伴うタイトルの本はったくさん出版されていた。
もっとも、「習うより慣れろ」というか、本で研究もよいが、
なんといっても、友人らと「場を踏む、指す回を重ねる」ことが
上達の道に違いない、と、アマチュア少年でもそれは理解
できた。
小学校でも、一時期、休み時間などに友人と指していたことも
あった。

そういえば、Qちゃん=1年上級の荒川先輩(もちろん、下の
フルネームも漢字ともども覚えているが、ここでは控える)は、
いつも穏やかでニコニコしていて、言葉使いは結構、
「べらんめえ調」なのだが、本当に「優しいお兄さん」だった。
先述のように、歩いて数分のお宅に「きゅーうーちゃん」と
玄関先で呼ぶと(日本古来型のガラスの引き戸で、ノック式では
なかったから、そういう「呼び方」になったと思うが)、
Qちゃんは、ガラッとガラス戸を開け、
「(また)おまえか、まあ、あがれよ・・・」という感じで入室させて
いただき、毎日の如くだから、
「相手がどう将棋を指してくるか、などは、お互い百も承知」
なのに、何回も、何度も「相手をしていただいた」ものだった。

だから、彼が中学1年の後半、こちらが小学校をもうじき卒業と
いう時期だったと思うが、ほかの友人と広場でキャッチボールを
しているときに、Qちゃんが通りかかり、
「明日、新座市に引越すことになった。じゃあな、あばよ・・・」と
あのいつもの、「なよ」とした柔らかな口調で言ってから、歩いて
行く後姿を、私はじっと見つめていたのを思い出す。
「もう、本当にQちゃんと会えなくなるのかなあ・・・」と漠然と思い
ながら。

あれから、30数年。いや、40年近い歳月が経つが、あの日以来
Qちゃんとは一度もお会いしていない。
「お元気ですか? 荒川先輩・・・」

2007年11月 8日 (木)

パリ管弦楽団来日公演

来日中のパリ管弦楽団 Orchstre de Paris を聴いた。
生で聴いてみたかったオケの1つだ。サントリーホール。
指揮はクリストフ・エッシェンバッハ。もうここ10年くらいは、
ピアニストというより、完全に指揮者として有名になっている。

1曲目は、諏訪内晶子さんによる、チャイコフスキーの協奏曲。
彼女の「おはこ」であり、彼女のトーンは想像どおり、パリ管の
トーンによく合う。どこまでもノーブルで、エレガントな諏訪内の演奏。
結婚、出産後は、一部のマスコミでは、完成度が落ちたのでは、
との評もあったらしいが、どうしてどうして、余裕と風格さえ感じる
演奏だ。彼女はドイツ系のオケより、フランス系のオケとの相性が
良い気がする。フランス暮らしが長いからというより、エレガンスな
トーンによる印象からのためだろう。
エッシェンバッハもドラマ性よりも、ふくよかでノーブルで繊細な美観
に重点を置いたサポート。出だしの弦のシルクのような味わい。
第2楽章から第3楽章に移る、あの「つなぎ」を、とても丁寧に描いて
いたのはとても印象的。
したがって、この曲のドラマ性とか、チャイコフスキー独特の陰鬱さ
とかは求めようもないが、これだけ美しいチャイコフスキーを聴かせて
くれるコンビには文句の言いようも必要も無い。
ソロの高音のトリルとか部分的にはやや弱さも感じたが。
でも、諏訪内さんをライブで聴いたのはこれで7回目くらいのはずだが
今回が一番印象的だった。

大きく長い拍手に応えて、諏訪内さんは、バッハの無伴奏ソナタ
第2番より「アンダンテ」を弾いた。単純で美しい旋律だが、絶えず
「通奏低音」すなわちダブル(重音)のパッセージの多い、楽器に
詳しい人なら、「単純にして難しそう」と解る曲。
素敵な選曲のアンコールだった。

休憩を挟んで、まず、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。
この曲は、実は今、所属するアマチュアオケで「格闘」している曲
なので、どのくらい難しいかはイヤというほど知っているつもりだ。
しかし・・・・何という素晴らしさ!!
私は「本場もの」というのは本来あまり信用していない。
ロシア人によるチャイコフスキーより、カラヤンとベルリンフィルの
チャイコフスキーの演奏に数倍魅力を感じてきたし、
ウィンナ・ワルツもボスコフスキーの弾き振り演奏は、どうも
「軽すぎて」好きになれなかった。
だが・・・・、だが、ラヴェルとかドビュッシーはやはりフランスの
オケに限る、という感を、今回このオケを聴いて強く抱いた。
オケの「オハコ」だから、エッシェンバッハもオケの演奏に任せ
ながら、要所要所のみ押さえている、という感じだし、それで正解
なのだろう。
もちろん、彼の主張はあり、終結近くは、相当「鋭角的」な演奏で
牽引していた。音楽監督の面目躍如というところ。
この曲は本当はアマチュアはやらないほうがいいと思う。
プロにしても、日本のオケでは多分ほとんど「意味が無い」感じに
なりがちだと想像に難くない、そういう難曲だ。
「ダフニスとクロエ」ももちろん難曲だが、日本人の繊細さとか
童話への愛着性とか思うと、まだダフニスや「マ・メール・ロア」の
ほうが、日本人に向いていると思う。
とにかく、これぞフランス人によるラヴェル、「ラ・ヴァルス」の演奏!
という内容だった。
本来の意味での「自分たちの曲」という思いによる自信と風格と
余裕。素晴らしかった。
これぞ「大人のセクシーさ&エレガンス&気品」。

最後の曲は、ストラビンスキーの「火の鳥」 (1919年版)。
この曲においても、エッシェンバッハは終始、余裕のあるテンポで
優雅で叙情的な面にシフトを置いていたし、このオケの特性に合う
アプローチで、とても魅了された内容だった。
それぞれの木管やホルンの、あるいはチェロのソロの何という
ノーブルな音色だろう! これこそ、フランスの極上の音だ。
それと、終曲に入っていくところでの長い弦のキザミを、これほど
ゆったりと非常に丁寧に緻密にやったのは初めて聴いたくらい、
とても印象的。ブーレーズでさえ、ここまではやらないのでは?
というくらい。お見事。
この曲も、1987年だったか、岩城宏之さんとやったことがあった
けれど、曲の完成度を求めるという点では、もしかしたら
「ペトルーシュカ」より、いや、「春の祭典」より難しいかもしれない。
この日のパリ管ほど美しい「火の鳥」はほとんど記憶に無い。

このオケ、あるいは多分、フランスのオケの良いところは、
例えば、mf から pp に「サッ」と移るとき、まるで「風がファッ」と
よぎるかのように柔らかくしかもトーンをもって奏するところだ。
ああいう音は、日本のプロオケはもちろん、他の外国のオケでも
そうそう無いニュアンスではないだろうか?まあ、ウィーン・フィル
なら、そうしたところは有るが。

万雷の拍手に応えて、アンコールはなんと「ボレロ」!
「パリ管のボレロ!!」。5日のNHKホール(NHK音楽祭)の
演目には入っているが、私は諏訪内さんとの共演が聴きたかった
ので、この日を選んだ。もちろん、7日のラン・ランとの共演も
聴きたかったが。
で、まさか、とは思ったが、「法外の喜び」。
これぞ「フランスの管楽器」という競演。
絶妙なニュアンスという「ご馳走」の連続。
エッシェンバッハは、出だしからほとんど手を動かさない。大きく
動かしたのは、終結部近く、あの、それまでのハ長調からホ長調
に変わったところからエンドまでの1分間くらいのみだった。
それまでの14分くらいは、ご存知の様に、個々の音量だけでなく、
オケ全体の音量をひとくぎりずつ漸増して、すなわち、
音量のステージを少しずつ上げていかなくてはならず、いくら、
ラヴェルがそういうオーケストレーションで書いているとはいえ、
やはり簡単なことではない。
だが、これを、オケがオケの力だけで、コントロールしていった、
その見事さ!
プロだなあ、当たり前だけど。
コンマスのボーイングも全ての曲において本当に素晴らしかった。
これまた、当たり前だけど。

それと、カーテンコールもそろそろ終り近く、管を中心に、後方の
団員たちが後ろを振り返り、サントリーホールのオルガン側の聴衆
にも丁寧に応えていたのはとても良い感じだった。
外来のオケで、いや日本のオケだって、これはあまり見かけない
シーンだ。さすが、エレガントな人たちだ。

エッシェンバッハの指揮は、実は1974年ころだったか、聴いている。
ピアニストとしてはもちろん既に有名だったが、指揮者としてはまだ
「駆け出し」のころで、髪もフサフサしていたころだ。都響だったか、
日本のオケと、ベートーヴェンの「エロイカ」と「運命」を演奏した。
ホルンが何度かトチっていて、エッシェンバッハが可哀相だ、と
思ったことは覚えている。新宿厚生年金会館だったと記憶している。
あれから、33年。今や、パリ管とフィラデルフィア管の常任指揮者で
あり、ウィーンフィルにも招かれているようだし、大変な活躍だ。
彼は幼少時、不遇な境遇にあったこともあり、日本では
「ねむの木学園」などをよく訪れるなど、福祉、というか、恵まれない
子供たちにも絶えず気を配ってきた優しい人柄。

パリ管も創立40周年。年配の人には、旧・パリ音楽院管弦楽団の
音色を好む人も多いようだし、新・パリ管もミュンシュ亡き後、
カラヤン、ショルティと、マエストロが振ったとはいえ、バレンボイム
のころは、何となく「いまいち」という録音が多かった。
(あくまでも録音に限っての印象だが)

でも、前回の、プラッソンとの来日公演はとても評判が良かったよう
だし、エッシェンバッハとの相性も良さそうだし、これからも、
どんどん聴いていきたいオケだ。

なお、今日ではなく5日の演奏はNHK音楽祭だから、
いつかNHKで放送があると思う。全部ではないにしても。

2006年10月29日 (日)

パリからの友 音楽と友人

パリ勤務が長い大学時代の友人が5年半ぶりに一時帰国した。
その前にパリのこと。私にとってのパリは24年前に1度行っただけということにあらためて愕然とするが、少なくとも当時のパリはそれほどキレイな印象派もちにくい感じがした。それでも、当然ながら石造りの建物も街並みは印象深く、ことに凱旋門の上からパリ市を見下ろした眺望には本当に感動した。街そのもに感動する、ということはめったに体験しないかもしれない。
東京は近代化が進んでいるとはいえ、歴史を感じさせる建物や風情という点では残念ながら到底パリには勝てない。東京は所詮「ガサツ」である。

さて、そのY君。彼は大学のオケではホルンを吹き、1年年長のヴァイオリンに名手と結婚。その長女は2002年11月に催されたロン・ティボー国際コンクールのヴァイオリン部門で16歳にして優勝しており、我々の誇りでもある。
池袋でY君を囲んで10数名で酒席。その後、同じ池袋だが場所を移して7名ほどで深夜まで談笑したのだが、話題の中で、「(この集まりを見ると)音楽部(管弦楽団と合唱団から構成される)の部員同士で結婚した人が多いな」という話になった。確かにその場のホルン吹きの4人は、Y君は前述のとおりで、M君は合唱のIさんと、T君も合唱のFさんと、W君はチェロのCさんと、トランペットのS君はフルートのOさんと、というわけで、独身の私は別として皆そうだった。

オーケストラにしても合唱にしても、学生時代だけでなく、卒業してからも仕事をもちながらずっと活動している人を見ると、第一には本人の音楽に対する情熱、愛が強く深い人、ということがあるのは当然だが、ご夫婦少なくとも音楽に理解のある伴侶を持っている人が多い、ということは言えるかもしれない。あるいは私のように残念ながら不幸にして(そう、間違いなく不幸!)気ままな独身生活を送っているから、ということも言えるのか。
私も彼らのような伴侶がいたら、全く違った人生を送っているに違い無い。いや、音楽にかかわっている点は同じだろうけど。学生のときは2年上級の合唱団の先輩で憧れていた人はいたけど片思いで終わった。自分の人生はある意味ではそこで終わっていると思えなくはない。

妙なことを言うと、やや大袈裟だが、独身でここまでくると、いつも死を見据えて生活しているという感覚でいるような気がする。生きられるところまで生きるだけだ、と。
そうした中で、音楽とそして何よりも多くの友人たちは、かけがえのないものだ。友人たちに本当に感謝している。
音楽と友人のいない生活、人生など私にとっては死に等しい。

池袋の会は、日付が変わったころに雨が変わり、終電も無くなっていたので、駅前のタクシー乗り場でしばし順番を待つことになった。雨の中の深夜のタクシー待ちという状況の時間と空間は不思議なものだ。Y君、M君と美人の奥さんのK子さん、T君、S君とのこうしたスチュエーションは二度と無いだろうと思うと不思議な気持ちだった。

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