2018年8月17日 (金)

エクセル文化と閉口する字の小ささ~CD解説文等

俳優の渡辺謙さんと菊川怜さんが出演している「ハズキルーペ」のCMで、渡辺さんが叫ぶ「世の中の文字は小さすぎて、読めないっ!」に大いに共感する。
中年となり老眼が進みだすと尚更だ。

印刷技術に関しては若い人は知らないであろうガリ版印刷からコピーに進化し、記述そのものは、手書き以外での機械化としてはタイプ打ちに始まり、1980年代前半にワードプロセッサーが登場して便利になり、更にパソコンの普及でワードが広がった。

字の小ささが多用されるようになったのは、ワードとともに普及したエクセルの高度化だろう。
フォントの自在さはワードを凌ぎ、複雑な表等の作成と相まってエンジニアだけでなく、一般企業の資料作成等における文書も今ではエクセルが主流とも言える。

インターネットとともにエクセル文化が拡大普及し始めた1990年代後半から2000年前後は、若い人がエクセルを得意することで、ともすれば、おじさん衆をバカにする(下に見る)かのような風潮すら生じた時期もあった。今では50代でも私のように60代でもエクセルなんぞ「普通に使えます」のだが。

それにしても、LPレコードからCDに移って全体が小さくなり、加えて文字表記(フォントの自在化等)の進化とともに、CDの解説文もまた当然小さい文字で書かれている。

特にポップス系のCDだと、ページ自体に色彩が施され、しかも例えば茶系統のページに茶系統の文字、銀系統のページに銀系統など、同系統の文字で書かれていようものなら、まずほとんど読めない。
解説だけならともかく、歌詞が読み難いことも多くて本当に呆れるほどに閉口する。ついでにいうと、終わり近くのページに記載されるプロデューサーの名前などが日本人でも漢字ではなく、アルファベット表記が増えてきて、「生意気に」と嫌悪感すら覚えることがある。

会社の資料も、得意気に小さな字で細かく資料を作る人がここ10年くらいで当たり前のように増加した。技術の上達は結構だが、読み難かったら、資料としてそもそも不便なのだ。
読めない資料や、CD解説文、歌詞などは「意味がない」に等しい。

2018年8月16日 (木)

カッコイイ尾畠春夫さん

山口県で行方不明になっていた藤本理稀(よしき)ちゃんを探し当てたのは、親族でも警察でもなく、大分県から来た78歳のボランティア尾畠春夫さん。「今朝起きて、見つかる気がしたから来た。子供は上へ登りたがるから、上だと思った」と語り、捜索隊が活動する前の午前6時に沢へ入って行き、30分ほどで発見。警察や消防にそういう発想は無かったのだろうか? 理稀ちゃんの祖父ら親族から「家に上がって、風呂でも入って」を「いえ、結構です」と断った。

尾畠さんは語る。「俺は学歴はないけど、65歳まで魚屋をやり、65歳でピタリと辞めて、残りの人生を社会にお返しする、と決めだ」と。そして全国各地で車中泊しながら、ボランティア活動。2004年の新潟県中越地震でもボランティア活動に参加。「3.11」では南三陸町で被災者の思い出の品やアルバム写真などを、がれきの中から探す活動である「思い出探し隊」の隊長として活動。
2015年の東日本豪雨、2016年の熊本地震にも趣き車中泊をして作業に参加。その他、その後ボランティアで由布岳の登山道を整備するために月に7-8回ほど40キロもの材料を担いで整備、案内板の設置を行っている。

尾畠さんの実際の活動は実は65歳からではなく、「平成24年度ごみゼロおおいた作戦功労者表彰受賞者」で表彰されていて、そこには活動年数23年との記載があるから、清掃活動は49歳から行っていることになる。しかも必要資材は自費で用意している。

気持ちの優しさと志の高さだけでなく、それに耐えうるためか、ボランティア活動のない日は今でも朝、8キロのジョギングをするというし、40歳の時に登山を開始。58歳で北アルプスの55山を単独制覇。2006年4月1日に鹿児島県から北海道まで日本列島を徒歩で横断する旅に出て3ヶ月かけ2006年7月1日に約3000キロを歩き制覇、というから、ボランティアに限らず、アクティビティな点でもプロだ。
こんなカッコイイ78歳もいるんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それにしても、山口県の2歳児、無事発見は良かったけれど、2歳児が「家に帰りたい(戻りたい)」と言い、一人で帰らせたお祖父ちゃんはマズかった。生還したからいいようなもの、祖父として大失態。2歳児を一人で歩かせるかなあ。
https://www.asahi.com/articles/ASL8J324PL8JTIPE002.html
https://sarattosokuhou.com/news/obata-haruo/

2018年7月31日 (火)

退屈だったNHKスペシャル~アインシュタインの脳構造ルポ

2018年7月21日 (土)

災害時の演奏会という問題~広島での第九

以下は批判というより疑問的感想なので、軽く受け止めてください。

知り合いの歌手がフェイスブックにアップされていたので知った
のだが、西日本の豪雨被害が続く中、7月12日に
広上淳一指揮、広島交響楽団により「夏の第九」と題された
演奏会が広島市内で開催された。

この時期に、と正直感じるものの、想像しない災害より
ずっと以前から企画されていた演奏会だし、
ソリスト等出演者には罪は無いし、合唱団もこの日のために
練習してきたわけだし、プログラムを見ると、
前半には国際的ホルン奏者バボラクさんを迎えているなど、
様々な要因から、なかなか簡単に中止にはできなかっただろう。

「3.11」と違って余震が続くとか、原発問題が生じたわけで
はないので、あのときとはもちろん単純に比較できないのは解る。

ただ、会場で募金活動が急きょ展開されてかどうかは、
誰もその点を報告していないので判らない。
あったのかもしれないが、無かったとしたら腑に落ちない。

そして特に、出演者の1人が、フェイスブックでで、
居酒屋での打ち上げ写真をアップされていたのを見たときは
さすがに強い違和感を覚えた。

広島市内では大きな混乱は無かったのだろうけれど、
同じ県内だけでも、当時でさえ既に数十人の死者が出ており、
多くの人が家屋に損害が生じて、避難生活を強いられ、
熱さと衣食住で苦しんでいた時期だ。今もそうだが。

様々な事情があったにせよ、あの時期で「歓喜の歌」は
どう響いたのだろう?
どういう気持ちで歌っていたのだろう?

もしやベートーヴェンは、
「僕はそんなに呑気な意味でフロイデ(歓喜)の曲を
 作ったんじゃないんだけどな」
とボヤいたかもしれない。

とはいえ、想像していなかった、いわば偶然の自然災害。
そしてずっと前から多くの人が関わるかたちで計画されていた
演奏会。
批判するのはたやすいが、これは考えてみれば、
私を含めて誰でも主催者側、あるいは出演者側になりうる問題
でもある。
ちょっと厄介な難しい問題ですね。
http://music-peace.jp/ticket02/index.html
http://hirokyo.or.jp/concert/list/8284.html

2018年7月14日 (土)

西日本の豪雨災害と東日本の呑気さ

2018年6月 8日 (金)

子供たちの未来は大人の責任

船戸結愛ちゃんの虐待死に私を含めて多くの人があの両親に憤っている。
これまでにも、どうして親からイジメられるのか理解できぬまま亡くなっていった幼子が国内だけでもたくさんいる。
それに対して私たち社会が関心が低いままいた。

本日より公開される映画「万引き家族」を2日に先行上映で観たが、あの作品の中にも、結愛ちゃんほどでないにしても親から虐待されている少女が登場する。
ネタバレで言えば、ラストシーンはその少女のシーンで終わる。彼女が見つめる先に希望があるのかどうかは全く判らない。
あの少女の未来を是枝監督は我々に突き付け問いかけて終わる。
明るい未来であって欲しいと誰もが思うが、それは誰にも判らない。

結愛ちゃんは香川県に住んでいたとき、2回も児童相談所に保護されたという。しかしその都度、父親は不起訴処分となっている。そして都内に転居後、虐待の度合いは増したようだ。
香川県から引き継いだ品川児童相談所が出向いたが、結愛ちゃんに会わせてもらえないまま、その中での死亡事件となってしまった。

児童相談所だけでは限界があるだろうから、司法を含めて、もっと強権的な対応で保護下に置くなどにより、社会は子供たちを守らねばならないだろう。
第二第三の結愛ちゃんを出さないために。

2018年4月26日 (木)

2つの認定~セクハラとパワハラ

2018年4月24日 (火)

映画

2018年4月19日 (木)

自信のなさが表れる言葉

自衛隊員の暴言

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