2018年11月27日 (火)

中谷美紀さんがウィーン・フィルのヴィオラ奏者と結婚

おめでたいニュースなのでアップ。
ライナー・キュッヘルさんはじめ、ウィーン・フィルの奏者が
日本人女性と結婚するケースは過去何組かあったが、
さすがに女優さんは初めてだろう。

中谷美紀さん(42歳)が、ウィーン国立歌劇場管弦楽団と
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団でヴィオラ奏者を
務めるドイツ出身のティロ・フェヒナー氏(50歳)と結婚。

出会いは2016年10月の、
小澤征爾さんとズービン・メータさんが指揮を務めた
サントリーホールの30周年記念ガラ・コンサートのため、
フェヒナー氏がウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の一員
として来日。その際、知人を通じて知り合ったとのこと。

中谷さんは語学が堪能でクラシック好き。
英語でコミュニケーションを図り、意気投合。
ほどなくして交際に発展したとのこと。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181127-00010000-spht-ent

達筆、と話題
https://www.nikkansports.com/entertainment/photonews/photonews_nsInc_201811270000240-1.html?utm_source=headlines.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=20181127-00404147-nksports-ent

人柄にひかれました~女優は続けると明言
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181127-00404147-nksports-ent

 中谷さん追加情報
 ヴィオラの紹介と人柄を絡めたコメントが微笑ましい
「(彼は)ヴァイオリンより少しだけ大きく、チェロよりは
 ずいぶんと小ぶりなヴィオラという楽器を奏でています」

「自らの楽しみや利益よりも、人の幸せを優先する
 彼の人柄に惹かれました。
 ヴァイオリンをはじめとする様々な楽器の音に真摯に
 耳を傾け、自らの音を主張するのではなく、
 調和を大切にして来たヴィオラ奏者だからこそ、
 私のような自由を愛する人間をも手なずけることが
 できるのでしょう」
http://www.msn.com/ja-jp/entertainment/celebrity/%e4%b8%ad%e8%b0%b7%e7%be%8e%e7%b4%80%e3%80%81%e5%9b%bd%e9%9a%9b%e7%b5%90%e5%a9%9a%ef%bc%81%e3%83%89%e3%82%a4%e3%83%84%e5%87%ba%e8%ba%ab%e3%81%ae%e3%83%b4%e3%82%a3%e3%82%aa%e3%83%a9%e5%a5%8f%e8%80%85%e3%81%a8/ar-BBQ8vSU?ocid=NAMDHP#page=2

2018年11月21日 (水)

ゴーン逮捕 内部通報以前のガバナンスの問題

取締役報酬額の有価証券報告書虚偽記載という
子供だましの手法に驚く。
バレないわけないでしょ。
今まで外部に出なかったことこそ問題。

西川広人(さいかわ ひろと)社長は憤っていたが、
社長を含む取締役会メンバーが(その中の誰も)
知らなかったはずはない。

少なくとも財務担当役員は100%知っていたはずだし、
内部通報も恐らくその周辺、あるいは内部監査や総務を含む
幹部クラスからのものだろうし、もしかしたら、
社長を含む役員の誰かが、部長級の幹部社員に通報を
促したのかもしれない。
独裁体制で自分らが直接動けなかったとしても、
調査開始の口実になるので。

言われているように「司法取引」すなわち、
事情を知っていた役員や部長級幹部に対して、
地検特捜部が、
「君らと法人の違法性は問わない、あるいは、
 刑事責任は問わないから、ちゃんと正直に全部言いなさい」
としたのはあり得ると思う。
いずれにしても、本来企業にあるべき、とりわけ上場会社に
無くてはならないガバナンスがまるで無かった、と言える。
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日産は監査役会設置会社なので、
監査役(会)は何をしていたのか?

同社の会計監査人である監査法人である
新日本有限責任監査法人は何をしていたのか?

役員報酬をチェックできない監査法人は
監査法人とは言えない。
「公認会計士が1人もいなかったんですね」
と皮肉を言われても反論できない。

しかも、添付した2018年3月期の有価証券報告書45ページ
を見ると、公認会計士33名を含む78名の体制で
日産グループの監査をしていたことが判る。
何をしていたのか?

今後、当然、検察により監査法人の責任も追及されるだろう。
「グルだった(本当は知っていた)のではないですか?」と。
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もし、監査法人が本当に気づかなかったとして、
考えられるのは、逮捕された2人と、財務担当役員ら
ごく少数の人間だけで、社内に知られないような形で
報酬を支払い、得ていた、
財務部門は虚偽記載の資料を監査法人に提出していた
 (これはたぶん事実だろう)
というとになるが、その場合は日産自体に損害を与えた
ことになり、本来もっと得られたはずの配当の観点からは
株主に対する重大な法令違反をしていたことになる。

株主代表訴訟は当然起きるだろう。

金融商品取引法違反以外にも、業務上横領や特別背任
といった容疑に加え、当然、脱税ということも出てくる
だろう。
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添付した有価証券報告書表紙と目次を除いた1ページに
経理部連結会計グループとあるが、このグループ長が
さすがに怖くなって「クーデター」に動いたのかもしれない。

同報告書の44ページ記載のゴーン氏の年間報酬
7億35百万円は虚偽記載。しかも、それに対しても、
今年6月の株主総会でもゴーン会長の報酬案に43%が反対
していたという。

ちなみに西川社長も4億99百万を得ている。
昔の日本の企業常識ではあり得ない額だ。
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有価証券報告書に先立つ株主総会の招集通知も
当然虚偽記載していたことになる。
添付書した今年6月の総会招集通知この16ページに
記載の取締役15名の年報酬15億6600万円というのも
虚偽で、ゴーン氏1人だけでも、それ以上に
受け取っていたことになる。

結果論として21ページに記載の
監査法人による監査報告書と、
22ページに記載の監査役会の監査報告書も
適正なものではないことになる。完全な違法行為だ。
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ゴーン氏の業績を讃える人も少なくないが、
2万人を削減してのことで、それだけの犠牲に立っている
ことを忘れてはダメだ。
それが無くでV字回復させたなら別だが。

「ゴーン神話」と言っても、
「彼が来てから国内販売網はズタズタにされ、
 売れそうな車種以外は切り捨てるなど、
 目先の数字だけを追い、コストカットと、
 ルノーや三菱自動車との3社連合によるシナジー効果で
 数字の見ばえを良くしてきただけだ」
という人もいる。
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今後、日産もルノーも三菱自動車もどうなっていくかは
誰にも判らないだろう。
ただ、遅きに失したにしても、この「クーデター」により
ウミを出し切ることで、
ガバナンス体制が健全で堅固なものになれば、
同社グループにとって好ましいことだし、そうしよう、
としての内部通報、社内調査、地検特捜部への情報提供
だったのだろう。
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有価証券報告書
https://www.nissan-global.com/JP/DOCUMENT/PDF/FR/2017/fr2017.pdf

株主総会招集通知
https://www.nissan-global.com/JP/DOCUMENT/PDF/SHAREHOLDER/2017/shousyu2017.pdf

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追記
日産による、ルノーへの逆襲、ということかも
ゴーン氏のルノーCEOの任期は2018年までだったが、
今年2月、フランス政府はゴーン氏に3つの条件を提示し、
CEOの任期を2022年まで延長することを認めた。
3つの条件とは以下。
(1)ルノーと日産の関係を不可逆的なものにする
(2)ゴーン氏の後継者を育てる
(3)ルノーの中期計画を達成する

そして、実はこの3条件に加え、2022年までに
ルノーと日産の統合を進めるという密約もあった、
とされる。

任期延長の話が出る前までは、ゴーンはむしろ
それに反対し、日産の自主性を重んじるコメントを
していたが、CEOの任期延長を勝ち取るために
フランス政府に譲歩したのではないか、と、
西川社長らが疑心暗鬼に陥った、との説が説得力を
持ち始めている。

そうだとすると、やはりこれは、
日産がルノーの子会社になることを阻止したい経営陣による
ゴーン排除の「クーデター」ということになる。

フランスは「陰謀だ」と騒いでいるようだが、
 陰謀、大いに結構だ。

ちひろの絵本と憲法のこころ~東京芸大教室

東京藝術大学の新旧の奏楽堂は、それぞれでコンサートを
聴いているが、19日夜、タイトルに置いたイベントが
大学の教室を使って行われた。教室内に入ったのは初めて。

絵本作家の いわさきちひろ さん(1918~1974)のことも
今回初めて知った。

ご子息である松本猛さん(1951年生。美術・絵本評論家、
作家、横浜美術大学客員教授、ちひろ美術館常任顧問)
による話と映像で知った ちひろさんの作品も生涯も
とても興味深く、強く関心を持った。

イベントの前半と後半にそれぞれ行われた
大塚航二朗さんによる朗読と、岡田愛さんによる歌が、
今回の内容に相応しい選詩、選曲だったし、
岡田さんによる日本歌曲の歌唱は、以前にも増して、
しっとりとした憂いと深い情感を湛(たた)えたもので、
心に深く染み入る、素敵な歌唱だった。

実に良い企画だった。

 プログラム

 第1部

1.ロシア民謡「赤いサラファン」
    歌=岡田愛、ピアノ=善養寺彩代

2.宮澤賢治 作「おきなぐさ」より 朗読=大塚航二朗

3.宮澤賢治 作詩・作曲「星めぐりの歌」
    歌=岡田愛、ピアノ=善養寺彩代

4.お話「ちひろの生い立ちと思想形成」話=松本猛


 第2部

5.「わたしがちいさかったときに」(長田新「原爆の子」より)
          朗読=大塚航二朗

6.バッハ「マニフィカト」BWV243より「Quia respexit」
          歌=岡田愛、ピアノ=善養寺彩代

7.いわさき ちひろ「戦火のなかの子どもたち」より
          朗読=大塚航二朗

8.團 伊玖麿「子守歌」(作詩=野上彰)
           歌=岡田愛、ピアノ=善養寺彩代

9.お話「ちひろの絵と平和への思い」話=松本猛

10.日本国憲法 前文 朗読=大塚航二朗

11.武満徹 作詞・作曲「小さな空」
          歌=岡田愛、ピアノ=善養寺彩代

2018年11月 8日 (木)

岩崎恭子さんの離婚報道~他人である社会に謝る必要はない

夫とは別居状態だったこと、(報道された)
「男性と恋愛関係にあったことは概ね相違ありません」と
 認めただけでなく、
「離婚協議中であったとはいえ、一人の見識のある大人として、
 一児の母として、大変軽率で恥ずべき行動を取ってしまったこと、
 またお相手のご家族にも多大なるご迷惑をおかけしたこと、
 そして何より、日頃より応援してくださっているファンの皆さまや
 スポンサーの皆さまなど、多くの皆様の信頼を裏切ってしまった
 ことを心よりお詫び申し上げます」
としてブログで謝罪したというが、

 「軽率」とか「謝罪」って何だろう?と思う。

夫とうまくいってない時期に、他の男性に恋愛感情が生じる
ことが罪なのか?恥ずかしいことなのか?と。

恭子さんの浮気?が先にあっての別居、離婚なのかという
「順番がどうなのか」は知らないが、結局、
最初のダンナとうまくいかなかったことは事実で、
「2番目」と出会うことが罪なら、
この世から小説も芝居もオペラも、いや、新しい人生そのものも
含めて何も生まないだろうし、

少なくとも恋愛や結婚に関する「一度目の失敗」を
他人に~公表というかたちで関係ない人々に~対して
謝罪する必要はないだろう。
それを求める社会だとしたら、それこそおかしい。

むしろ私は、アイドル的なまでの元スーパースイマーにして
40歳の人妻の心を射止めたその50代男性に興味がある。
さぞかし素敵な男性なのだろうと。

2018年10月26日 (金)

安易で陳腐な自己責任論を排す

案の定、安田純平さんに対して「自己責任だろ」という声が
出ているそうだ。陳腐過ぎて反論する気もしないが、
一応少し書こう。

最初に係る反応が生じたのは2004年、イラクで、
ボランティアの女性やフリーカメラマなど、3人の日本人が
拘束された後に開放された事件だ。

ネット連中だけならともかく、あろうことか、その急先鋒の
一人に、当時、日本テレビアナでキャスターの辛坊治郎がいた。
彼による3人への「自己責任」に基づく批判は、
「誘拐された邦人を政府が税金を使って救助する必要はない」等
容赦なかった。

ところが、その辛坊氏は、2013年6月、全盲のヨットマンだった
岩本光弘をサポートする形で、ヨットで福島県いわき市から
米国カリフォルニア州サンディエゴでゴールをする予定で
出港したが、同月21日、クジラと思われる生物と衝突して、
ヨットが浸水。約10時間近く救難艇で漂流したのち、
海上自衛隊の救難飛行艇で救助される、という事故が起きた。
このとき、4000万円の税金が使われたと言われている。

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これについて、文春記者が辛坊氏に、
「4,000万円を自己負担する考えがあるか」と質問すると、
「払います、と言えば、助けてくれた自衛隊員が喜ぶと
 思いますか?命をかけて助けてもらって、
 それが金かよって思われないか」
などと、バカげた言い訳をし、一切、自分のした行動と結果
について「自己責任」とは言わなかった。

他人、それも紛争地域における活動をしていた人には
「自己責任だろ」と攻撃するのに、
自分の行動、それもヨット遭難、などという呑気な天下泰平の
遊びが招いた結果のことに税金が使われた事に対しては、
自己責任の「自」字も言わない。ジャーナリストとして失格だ。

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大前提だが、国、政府は国民を守る「義務」がある。
それはいかなる場所にいようと、いかなる職業でも同じだ。
そもそも「自己責任」と言うなら、それは
「成人には全員例外無く自己責任はある」。
なぜなら、各人、「その職業を選んだのは勝手」であり、
各人が「勝手に人生を生きている」のだから。

ゆえに当然、「成人の誰もに自己責任はある」のだから、
係る状況におかれた特定の人のみに対して
「自己責任を持ち出して批判すること自体おかしいし、
バカげている」と言わざるを得ない。

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青木理氏によると、アメリカではジャーナリストの紛争地
での安全性をどう守るかと真剣に議論をしており、
ケリー国務長官いわく、
「危険性をゼロにするのは非常に難しいが、
 一つだけ方法があって、それは沈黙することだ
  (危険な場所にいかないことだ)。
 しかしそれは、目と耳をふさぐことになり、
 ジャーナリズムの降伏、放棄を意味する」
という発言を紹介している。

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下記添付にアップされていた記事にあるが、
北海道大学名誉教授の吉崎祥司氏は、

「自己責任論は、「社会的責任」と「個人的責任」とを
 意図的に混同し、支配層にとっての不都合なこと
 すべてを個人の「自己責任」に解消することで、
 社会的・公共的責任を放棄し、あるいは
 隠蔽しようとするもの」
と明確に整理している。正論だと思う。

また、政治学者で音楽評論家でもある片山杜秀氏は、
「税金や徴兵など国民に犠牲を強いるかわりに
 後々までちゃんと面倒みるよ、というのが国民国家
 ですが、安倍政権の国家観はすでにそこからズレている。
 現政権が国防軍、日の丸、君が代といったナショナルな
 シンボルをやたらと強調するのは
 『もう国は国民の面倒はみない。それぞれ勝手に
   生きてくれ』
 という、政権の新自由主義的なスタンスと表裏の関係」
と指摘している。

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中東から遠いという印象の中で日本人の多くは
この島国で育った。要するに、
「多くの日本人にとって、日本が平和で、自分が平和な
 暮らしができればそれでいい」のであり、
中東の、いわんや、なんで戦争しているのか解らない
イスラム圏での取材や拘束など「余計なこと」なのだろう。

しかし、そうした日本人では、欧州旅行中にテロに
巻き込まれる可能性、すなわち、日本は日本だけで
平和を保ち、日本人だけが安全に暮らせる世の中ではない
ことに気づいていない。

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なるほど、危険地域に取材に行くことは
「勝手な個人行動」かもしれないが、少なくとも
「ヨットで遭難して税金で助けてもらうこと」とは
全く意味が異なることだけは確かだ。

「ヒトゴト」からの安易で軽薄で陳腐な自己責任という
 言葉を用いての「勝手で無責任な批判」は慎みたい。

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参考;日本人はなぜ自己責任論にはまるのか?
https://lite-ra.com/2015/02/post-843.html?fbclid=IwAR0GyjeL_8JZCXtEw2bzDzDhtbZNHoFP5s_LHcwDIBPvhen7UgRNg5Wbm9w

2018年8月31日 (金)

喫煙者に特権は無い

以下は数社で見てきたし、吸う側の人も、それを見ている人も
「そうだね」と「内心」でも共感してくれる人は多いと想像する。

タバコが好きな人は本当によく吸う。
1日に何本もという人は多いだろう。
私が社会人になった1980年代は、多くの会社でまだ
「仕事部屋の中でもOK」の時代だった。
その後、次第に喫煙者にとっては肩身が狭い思いをする状況
になっていったのは誰もが知るとおり。

昨今はどの会社でも社内禁煙は当然で、それゆえ、
ビルの内だったり外だったりで喫煙場所が設けてあるのだが、
愛煙家の人は本当に「よく吸いに行く」。

1時間に1回くらいの頻度で喫煙所に行く人も少なくないのでは
ないか。それって「業務中」ですよね。

私を含めてタバコを吸わない人は、内心こう思っている
ことだろう。
「リラックスタイムを自由にたくさん設定できて良いですね」、と。

すると愛煙家は大抵こういう理屈を付けたがる。
「喫煙所もコミュニケーションの場なんだよ。場合によっては
 (密談も含めて)重要な情報交換の場なんだよ」、と。

なるほどそうですか。では、吸わない人にも
「特別な情報交換の場」や、「頻繁なリラックスタイム」が
あってもいいですよね?

吸わない人が1時間に1回の頻度で会社の内外をフラフラ
 「散歩」しようもんなら、たちどころに職務怠慢という
ウワサが立つに違いないし、場合によっては
上司等から注意を受けるだろう。

だが、吸わない人間から見ると、愛煙家の喫煙所への頻繁な
「お通い」は、それこそ怠慢に見える。

業務時間中のウトウト(睡魔による短い居眠り)は論外だが、
吸わない人からしたら、愛煙家の喫煙のための頻繁な「席外し」は
「そのへんをフラフラ遊び歩く事となんら変わらない」し、
更にキツク言うなら「居眠りと同じ」に思える。

公平性を期すなら、吸わない人も1時間ごとのコーヒータイムを
設けるべきだろう。しかし、現実にはそれは難しい事だろう。
ではなぜ、喫煙者は「優遇」されているのだろうか?
不公正、不平等すぎる。

2018年8月24日 (金)

九州男の器の小ささんついて

2018年8月17日 (金)

エクセル文化と閉口する字の小ささ~CD解説文等

俳優の渡辺謙さんと菊川怜さんが出演している「ハズキルーペ」のCMで、渡辺さんが叫ぶ「世の中の文字は小さすぎて、読めないっ!」に大いに共感する。
中年となり老眼が進みだすと尚更だ。

印刷技術に関しては若い人は知らないであろうガリ版印刷からコピーに進化し、記述そのものは、手書き以外での機械化としてはタイプ打ちに始まり、1980年代前半にワードプロセッサーが登場して便利になり、更にパソコンの普及でワードが広がった。

字の小ささが多用されるようになったのは、ワードとともに普及したエクセルの高度化だろう。
フォントの自在さはワードを凌ぎ、複雑な表等の作成と相まってエンジニアだけでなく、一般企業の資料作成等における文書も今ではエクセルが主流とも言える。

インターネットとともにエクセル文化が拡大普及し始めた1990年代後半から2000年前後は、若い人がエクセルを得意することで、ともすれば、おじさん衆をバカにする(下に見る)かのような風潮すら生じた時期もあった。今では50代でも私のように60代でもエクセルなんぞ「普通に使えます」のだが。

それにしても、LPレコードからCDに移って全体が小さくなり、加えて文字表記(フォントの自在化等)の進化とともに、CDの解説文もまた当然小さい文字で書かれている。

特にポップス系のCDだと、ページ自体に色彩が施され、しかも例えば茶系統のページに茶系統の文字、銀系統のページに銀系統など、同系統の文字で書かれていようものなら、まずほとんど読めない。
解説だけならともかく、歌詞が読み難いことも多くて本当に呆れるほどに閉口する。ついでにいうと、終わり近くのページに記載されるプロデューサーの名前などが日本人でも漢字ではなく、アルファベット表記が増えてきて、「生意気に」と嫌悪感すら覚えることがある。

会社の資料も、得意気に小さな字で細かく資料を作る人がここ10年くらいで当たり前のように増加した。技術の上達は結構だが、読み難かったら、資料としてそもそも不便なのだ。
読めない資料や、CD解説文、歌詞などは「意味がない」に等しい。

2018年8月16日 (木)

カッコイイ尾畠春夫さん

山口県で行方不明になっていた藤本理稀(よしき)ちゃんを探し当てたのは、親族でも警察でもなく、大分県から来た78歳のボランティア尾畠春夫さん。「今朝起きて、見つかる気がしたから来た。子供は上へ登りたがるから、上だと思った」と語り、捜索隊が活動する前の午前6時に沢へ入って行き、30分ほどで発見。警察や消防にそういう発想は無かったのだろうか? 理稀ちゃんの祖父ら親族から「家に上がって、風呂でも入って」を「いえ、結構です」と断った。

尾畠さんは語る。「俺は学歴はないけど、65歳まで魚屋をやり、65歳でピタリと辞めて、残りの人生を社会にお返しする、と決めだ」と。そして全国各地で車中泊しながら、ボランティア活動。2004年の新潟県中越地震でもボランティア活動に参加。「3.11」では南三陸町で被災者の思い出の品やアルバム写真などを、がれきの中から探す活動である「思い出探し隊」の隊長として活動。
2015年の東日本豪雨、2016年の熊本地震にも趣き車中泊をして作業に参加。その他、その後ボランティアで由布岳の登山道を整備するために月に7-8回ほど40キロもの材料を担いで整備、案内板の設置を行っている。

尾畠さんの実際の活動は実は65歳からではなく、「平成24年度ごみゼロおおいた作戦功労者表彰受賞者」で表彰されていて、そこには活動年数23年との記載があるから、清掃活動は49歳から行っていることになる。しかも必要資材は自費で用意している。

気持ちの優しさと志の高さだけでなく、それに耐えうるためか、ボランティア活動のない日は今でも朝、8キロのジョギングをするというし、40歳の時に登山を開始。58歳で北アルプスの55山を単独制覇。2006年4月1日に鹿児島県から北海道まで日本列島を徒歩で横断する旅に出て3ヶ月かけ2006年7月1日に約3000キロを歩き制覇、というから、ボランティアに限らず、アクティビティな点でもプロだ。
こんなカッコイイ78歳もいるんだ。

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それにしても、山口県の2歳児、無事発見は良かったけれど、2歳児が「家に帰りたい(戻りたい)」と言い、一人で帰らせたお祖父ちゃんはマズかった。生還したからいいようなもの、祖父として大失態。2歳児を一人で歩かせるかなあ。
https://www.asahi.com/articles/ASL8J324PL8JTIPE002.html
https://sarattosokuhou.com/news/obata-haruo/

2018年7月31日 (火)

退屈だったNHKスペシャル~アインシュタインの脳構造ルポ

~興味の本質とは何か?
NHKスペシャルは素晴らしい内容が多いが、29日21時放送の
アインシュタインの脳に関するルポは近年稀にみるほど退屈
だった。
そもそも彼の脳が、研究のためとはいえ~遺族が同意した事
とはいえ~分解されて多くの研究者がその断片を保有している
こと自体、「人間の尊厳としてどうよ?」と思うし、
それを集約して彼の「脳の特異さ」もっと言うと「脳の偉大さ?」を
研究したところでどうだと言うのだろう。

「やはり不思議な稀有な脳構造だ」と言われても、
「まあ、あれだけの天才なんだから、そうなんでしょうね」で
終わる気がする。

私たちがベートーヴェンやモーツァルト、あるいはビートルズや
エディット・ピアフに関心を持ち、感動するのは彼らが成した
パフォーマンスに対してであって、
仮にここにベートーヴェンやモーツァルトの脳があり、
誰かが研究して「やはり凡人と違う」と結論付けたところで、
「ああそうですか。そうなんでしょうね」としか言い様がない。

夏目漱石を始め何人かの有名人の脳はそのままの形で
東大医学部にホルマリン漬けで保存されているはずだが、
どういう結論が出ていようといまいと、
私達が興味を持つのは彼の作品であって脳構造ではない。

写真で残るショパンやリストの手形には一瞬興味は持つが、
すぐ忘れ、関心はひたすら作品に向かう。
ラフマニノフやポリーニの手が大きい、大きかったことは
ピアニストに関心ある人なら皆知っているし、
ピアニストにとって手は小さいよりは大きいほうが
何かと有利、便利ということも知っているが、
結局のところは、興味は、そういうことを通り越して、
どういう演奏をしたのか?しているのか?ということに尽きる。

偉大な歌手の声帯に関心は皆無でないにしても、
それでも結局のところ、少なくともファンにとって関心が
有るのは声帯構造自体でなく、声の魅力や歌唱力等なのだ。

科学者と音楽家を同列で論じられるか否かは知らないが、
アインシュタインの功績こそ論じられ~実際に
世界中の多くの同業者や研究家が論じてきた~
これからも考察され語られることが重要なのであって、
彼の脳構造は単なる「あ、そうなんですね」の
関心の域を出ない。

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