金融商品取引法に基づく内部統制報告制度の初年度最初の
適用年度会社である2009年3月期の上場会社による結果が
公表された。
決算期変更等により昨年11月と今年3月に報告(公表)した
会社2社は別として、この6月にEDINETで報告した会社数は
2672社。
内、いわゆる事業年度末(期末)日現在での「不合格」である
「有効ではない=重要な欠陥あり」とした会社数は56社だった
ほか、会社内で整備や運用あるいはそれに対する評価が完了
せず、外部監査人=会計監査人(多くは監査法人)が評価
しようもなく、「意見不表明」とした会社は9社。
後者も実質的な「不合格」だし、前者では、正直に
「少なくとも2009年3月期(2008年4月~09年3月間)
では、当社では○○○○という、正確な財務報告を作成する上
での障害と成り得る重要な欠陥が存在しました」、
と分析して公表したのに比べたら、後者はそれすらできない、
そこまで至らなかったのだ、という意味では実は前者よりも
「重症」なのだが、新聞等は前者のみに力点を置いて報道して
いたことにはやや疑問を感じた。
これは、実際に携わった「現場」=企業内以外の人、
投資家、マスコミ等には、この制度自体の理解度が未だ未だ浸透
していないのだろう、予想できる。
それはともかく、「重要な欠陥」の報告(公表)社数は、
「以外に少なかった」、と思っている関係者が多いのではないか?
と想像する。これは先述のことと関係するが、
実は当事者である各企業や最終評価者である会計監査人
(監査法人等)においても、正直なところ、
「金融庁はどこまで厳格さを求めているのだろう?」
という思惑があり、監査法人等においても、
その厳しさの「サジ加減」がまちまちであった、という状況に
あったと推察できる。
また、投資家においても、よほど法律や、普段から関連記事に
注目していない限り、「内部統制、何それ?」という状況も、
少なくとも現在においては強く存在しているはずだ。
なので、以下に記載する該当企業の株価も、
公表後にほとんど影響が出ていない。
もっとも、今後は別である。
これから、数か月経ち、1年経ち、という中で、
直接関係したいなかった人々においても、今以上に注目される
ようになるのは必至と思われる。
それはともかくとして、報告(公表)内容を調べてみたので、
状況を記したい。
当初「ゲバ評」では、例えば東証マザーズや大証ヘラクレス、
名古屋セントレックス等の、いわゆる新興企業は、
「上場基準が甘いので内部組織的には未成熟と想われるので、
不合格が多く出るのではないか?」、
との声もあったが、報道ではそこまでの資料は無いので、
私が全て調べた結果、次の状況が判明した。
東証マザーズ市場上場企業は、なんと、
「重要な欠陥有り」はゼロ、という極めて優秀な、立派な結果
だった。もっとも、「意見不表明」が2社あったのは残念。
「欠陥ゼロ」については、規模的に比較的小さな会社が多いので、
統制整備、評価がし易かったのではないか、と想像できるが、
ともかく、何よりの結果だ。
大証ヘラクレスは「重要な欠陥有り」4社、「意見不表明」1社。
名古屋セントレックスは「重要な欠陥有り」3社、
「意見不表明」ゼロ。
西松建設などの不祥事を起こしたころは東証一部とはいえ当然
「欠陥あり」と出してきたので、東証や大証の一部、二部は
結構ある。
東証一部の「重要な欠陥有り」は17社
(ただし、内、大証一部との併行上場が3社と
ジャスダックとの併行が1社を含む)
「意見不表明」が1社(名古屋証券取引所一部との併行上場)
東証二部の「重要な欠陥有り」が3社、「意見不表明」1社。
大証一部の「「重要な欠陥有り」は先述の東証一部との
併行上場会社の3社。「意見不表明」ゼロ。
大証二部の「重要な欠陥有り」は6社、「意見不表明」ゼロ。
これらの中で、偶然かもしれないにしても目立つのは
ジャスダック市場上場会社だ。
「重要な欠陥有り」が22社(先述のとおり東証と併行上場1社を
含む)、
「意見不表明」が3社。
そのほか、福岡Q-Boardと札幌アンビシャスで
「重要な欠陥有り」がそれぞれ1社ずつ。
(「意見不表明」はゼロ)
なお、欠陥ありや不表明での理由で目立った点を見るべく、
全社、内部統制報告書で確認したが、とりわけ印象的だった
のが、
「間接部門、特に経理・財務部門で人員削減をしていたため、
スキル的に人材不足により整備・運用にミスが出た、
あるいは評価できる人を配置できなかった」、
とするものだ。
それ以外は当然ながら、直接的に決算作業におけるそれで、
勘定科目におけるミス、例えば減損損失や引当金計上での
計上ミスや繰延税金資産や法人税等調整額での重要な修正等、
連結財務諸表作成での計上ミスが多くを占めている。
金融庁自身が言うように、「欠陥」とあっても別に直に上場廃止
につながるわけではなく、しかも、該当の会社であっても
その多くは、3月末時点では不合格だったが、6月中までの
「内部統制報告書」提出日までにはそれを修復できている」
としている。
先述のように、幸か不幸か、いずれにしても投資家には
未だ深い知識や認識は未だ無いと思われ、よって、これは
「幸」だと思うが、不合格とされたところにも別に悪い風評が
立たないし、株価にも影響がほとんど出ていないようだ。
そもそも、主旨は「米国のエンロン社等のような虚偽報告、
粉飾決算等をしないように、会社内で統制をとれるように整備し
運用され、それがモニタリングされている体制にし、それを表明
しましょう」とのことなので、自社内での、ある種モラル的な、
またシステム的な問題とも言える。
ところで、今回、私が個人的に注目した会社は、東証一部の
大企業、精密機器、老舗大企業のO社(事件は公表されている
ので、社名を伏せる意味は無いが、判決が出ていないことも
あるので一応伏せる)。
同社で起きているのが1つの係争事件。
それは、同社社員のA氏が、
「会社のため、良かれと思い、内部通報制度を利用して、
その窓口に上司B氏の状況を告発したところ、あろうことか、
窓口担当部門は、B氏の側にたって、B氏にそれを伝え、
会社の人事としても、事実上の「報復」であるところの、
そして法的に禁じられているところの、告発者Aに対して
不遇な異動処置(いわゆる左遷)を行った」、
というもので、A氏はO社を告訴して、今、まだ係争中。
事実関係がA氏の主張のとおりだとすると、ヒドイ事件で、
以前他社にもあったが、比較的小規模な会社だったためか、
少し報道されただけだったが、O社は有名大企業。
それが、法で定められた、そして今回の内部統制においても、
「全社統制」における重要な設定要件の1つであるところの
「内部通報制度」そのものの信頼を失墜させた、
という意味で、決して1企業だけの問題ではなく、日本国内
全ての企業環境において、社会通念的にも極めて悪質な事態
なのだ。
これが本当のことなら、今回のO社の行為は、
「制度そのものに対する重大な裏切り行為」であって、
制度そのものの信頼を損ねた忌々(ゆゆ)しき事例と言える。
こんな例があったら、たまらない。
そして、想像はしていたが、O社が提出した「内部統制報告書」
の結論(自己評価)は「有効」。
監査法人も「内部統制監査報告書」で同様の評価としている。
しかし、もし今後、判決でA氏の主張が認められると仮定した
場合は、同社の「報告書は虚偽報告」となり、
それこそ重大な問題と化する。
そして、当然、「無限定適正意見」とした監査法人の責任も
追及されることになるのである。
一応、今回の状況記載はここまでとしておきたい。
最近、公私ともにある種の書面をそれぞれ脱稿できてホッとして
いる。
「公」も「私」もそれぞれ5月の下旬には初稿を終えていたが、
それぞれ複数の関係者、協力者の推敲や校正などを仰いで、
最近、いずれもようやく落ち着いたところだ。
「公」については、私は最終的にもっともらしい文体で調書等を
書き、それなりの効果はあったという多少の自負はあるものの、
現場の皆さんの普段の勤勉さがもたらした勝利であることは
言うまでもない。
私の仕事は、現場のみんなに現状の実態や知識、ノウハウ、等々
を教えていただき、それについて、いわば、
「多少のお化粧を施しつつ、キレイに文書化すること」だった。
2つの問題のうち、最初に出現した問題点は、現場のルーティンな
状況において適切な実践をしていることを知るにつれ、
「これなら大丈夫だ。8割は勝算が見えたな」と思ったが、
後に出現したもうい1つの件はいささか困り、当初は
「勝算は3割くらいか」とも思ったが、これも結果、
現場の皆さんのチーム力でクリアできた。
皆さん、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。
「私」については、対象の人物や作品に関する材料や思い等は
普段から多々あったにしても、ブログのように好き勝手書くわけ
にもいかない面もあり、特に史実に関しては数種の書籍等を
あらためて入念に調べた。
5月下旬には初稿ができ、製本印刷まではまだ時間があることも
あったが、その後、後輩のAさんによる丁寧な校正が行われた。
1万字を超える私の原稿を、Aさんは1行ずつどころか1字ごと、
一言一句「てにをは」を含めて、あるいは表現も極めて丁寧に
校正してくれて、最終稿に至るまで、結局、約3週間、
第6校にまで及んだ。
そしてその後、今度は全体のデザインを担当したSさんに委ね
られ、最終的に綺麗に立派に仕上げていただいた。
Aさん、Sさん、本当にどうもありがとう。
どんなことでも、1人ではできない、多くの人の協力があって、
1つの事が成し得るのだ、ということをあらためて痛感した2つの
事柄だった。
なお、「私」については近々、某所で1000人ほどの人に配布
される予定。
今から「楽しみです」と言ってくださっているかたもいるが、
期待に応えられればよいが、と思っている。
著作やテレビなどで、数年前に勝間和代さんという人を知った
ときは、「ああ、また、いつの時代にもいる女性株式評論家ね」
と気にもしなかったのだが、この人は「ちょっと違った」。
この人は、母子家庭の貧困の問題をはじめ、経済生活、
社会問題全体に関心をもち、積極的に提言や実践を重ねつつ
あることを、最近理解できてきた。
特に驚いたのは、作家仲間らとともに、印税の20%を
途上国に寄付する活動として、
「Chabo!(チャボ=チャリティ・ブック・プログラム)」
という組織を昨年5月に立ちあげ、このほど、そこで集まった
2100万円を元手に、アフリカ、スーダン南部で、
「現地小学校内に、井戸を3つとトイレを4つ設置」することに
なり、最近それを現地で見届けてきたとのこと。
勝間氏いわく、
「自分の本を読んでくれる1人1人の善意を生かす仕組みを
作りたかった。お上に文句を言う前に自分で動け、ですよ」
との言葉は素晴らしい。
久しぶりに注目に値する、尊敬に値する女性を見たような
気がする。
曽野綾子氏も最近、アフリカに行き、ルポを書いているが、
「究極の貧困、ここにあり」とだけ書いて、自分は印税を
いただいて、ハイおしまい、とするのも結構だが、やはり、
カツマーとファンから言われる勝間さんの生き様にこそ
感銘を受ける。
勝間さんは現実的に考える点も良い。
「完成した井戸の水は、少し鉄の味がした。
しかし、全ては水から始まる。この水を使って、
コンクリートの校舎が建ち、給食も出るようになった。
アフリカは日本にとって縁遠い世界ではない。
成長の余地があり、将来有望な市場になる」。
同時にまた、涙腺が柔らかくもある。
「アフリカの現実も論理的に考えるが、現地の子供達の
澄み切った目で「ありがとう」と言われると、
涙があふれた」。
そして、実践派。
「とりあえず、やってみることがモットー。机上より現場。
現場には全ての情報がある」
次はスリランカ支援のためのプロジェクトを進めているところ
という。
3人のお嬢さんの母親でもある40歳のこの女性の活躍には
今後ますます関心をもちたい。
宇都宮女子高校から立命館大学に進み、3年生だった
高野悦子さんが鉄道自殺した日から40年。
残された日記、その大学生のときのものが「二十歳の原点」と
題されて出版。私も高校生のころ一度読み、20年ほど前も
部分的に読み返したりした。
いくつか印象的な言葉や心象を覚えている。たとえば、
(今、手元に無いので正確な言葉でないことをおことわり
しておくが)
「ベートーヴェンの「悲愴」を聴きたい。ウィルヘルム・ケンプで」
とか、
「自分が自殺するとしたら、日記を全て焼却するか、あるいは
このまま残すか、どちらかだ」という、揺れる気持ちも書かれて
いた。彼女は絶えず「揺れて」いて、たぶん本来は
「もっともイデオロギー的思考からは無縁の人」と思えるのに、
時代が彼女を「逃げることから許そうとしていない」ような印象を
持ったのだった。
ある特定の男性に失望(失恋と言ってもよいだろう)したことも、
ボカした言葉でだが書かれていたはずだ。
知らなかったこと、最近新聞で知ったことがある。
約1か月前に東京で両親と会ったことは書かれていて、
「決別」して京都に戻るのだが、その後、母親が京都に
訪ねてきて、「好きなようにしなさい」と認める言葉を伝えに
来たという。そして、ホッとしたのか、
母子2人はショッピングをする。
娘が気に入った茶色のワンピースと同色の靴を買い与え、
母親は宇都宮に戻る。
6日後、両親は京都の霊安室に横たわる娘と対面。
悦子さんは茶色のワンピースと茶色の靴を履いていた、という。
もっと、最後まで母親に甘えればよかったのに、悦子さん。
菅谷利和さんが、当時逮捕に係わった関係者に対して、
「直接、謝罪して欲しい」との発言に対して、栃木県警の
石川正一郎本部長が応じた。
それも、事務的、形式的な言葉というのでなく、
個人の感情の入った、ヒューマンな気持ちの入った言葉で
謝罪したのは印象的だった。
今回の菅谷さんほどのケースではもちろんないにしても、
人を傷つけたり、つけられたり、ということは、ある程度の
年月を生きている人間には(濃淡こそあれ)、誰にもある、
と言ってよいだろう。
問題は心をこめて謝れるか?ということで、その後の
その当事者間の関係は違ったものになるはずだ。
謝罪にはたぶん、次の種類(?)がある。
①誠心誠意、心のこもった、出来得る限りのお詫び。
②表面的には「仲をとりつくろう」として好意的に振る舞うが、
結局は、その人は自分の感情にケリを付けたいだけで、
相手のことなど本心からは考えていないレベルのお詫び。
③表面的、事務的で、ただの「言葉のうわ滑り」レベルのもの。
①ができた人は、元の、あるいは、ぞれ以前の相手の感情を
完全には修復できないにしても、でもそうした「謝る気持ち」、
お詫びする気持ちが人間社会において大切であることは
誰もが同意されることと思う。
「おくりびと」がオスカーを受賞して間もなく、テレビ朝日の
朝の報道番組で、まだ現地にいる滝田洋二郎監督と本木雅弘さん
に中継インタビューを行っている中で、ゲストを含む複数の
番組コメンテーターの中の1人である(たぶん30代の)
テレ朝の男性アナウンサーが、
「私はミーハーなもので(受賞を聞いて)、さっそく昨日
(劇場に行き)観てきましたが・・・」としゃべりだした。
「ミーハーなもので」の言葉に私は気が滅入る感じがしたし、
現地のお2人も「シレーッ」とした心象を得たような感じが
見ていてした。
報道の側にいる人は、政治、経済についてはもちろん、
文化や芸術なども積極的に勉強して欲しいと思う。
その人は特に映画には強い関心は無いのかもしれないが、
前年暮れころには既に評判が高くなっていたことは、
ちょっと情報に気をつけていれば気づいたはずだし、少なくとも
米国アカデミーが、受賞候補作品にノミネートした段階で、
メディアにいる人間として、それも毎朝番組に出ている人間
としては、勉強しておくのは「当然中の当然」と言ってよい
ほどだ、と思う。
クラシック音楽の場合は、映画ほどのファンを集めては
いないかもしれないので、少し事情は違うかもしれず、
更に言うのは酷かもしれないが、そのテレ朝の男性アナは、
先般の辻井伸行さんについても、受賞の翌日か翌々日の
番組で、「さっそくCDを買って聴いてみましたが、・・・」と、
また同じような物言いをしていて、ちょっと、
また少し気が滅入ってしまったのだった。
辻井さんといえば、先般、受賞後、ある都市で開催された演奏会
に、受賞前は6割ほどしかチケットが売れていなかったところ、
受賞の知らせが伝わるや、即座に完売になった、という報道が
あった。
「微笑ましい」とも言えるけれど、いかにも日本的、日本人的な
感じがして、ちょっと複雑な気持ちを抱く。
もちろん、どんなキッカケでもいいから、何かを好きになる、
何かに関心が行くようになる、ということ自体は素敵なことだし、
かくいう私だって、そういうことはある、というか、最初は誰でも
そういうことがあり、何かの(多くは偶然の)キッカケで何かを
知り、そしてそれの繰り返しで更に多くを知り、深く知るように
なり、関心を持つようになり、好きになるわけだが、
辻井さんは「報道ステーション」でも数年前から何回か取り上げ、
フジTVでも、小倉智昭さんなどが紹介するなど、
関心をもっていれば、今更「慌てて」大騒ぎするのも妙な感じ
なのだ。
全盲ということを抜きにして、彼は数年前からして既に
たいへん注目すべきピアニストだったのだから。
もちろん、そういうことを、全ての日本人に求めること自体は
変な話だが、どうも日本人の「テレビを介したミーハー熱」には
ともするとウンザリさせられる。
少し遡ると、1985年の「ブーニン・ブーム」も、私にとっては
実に「気持の悪い」ものだった。
あの「大騒ぎ」は、あのコンクールが史上初、テレビが大きく
取り上げたことが影響して生じた現象であったことは
明らかだった。
マスコミは、「完璧な演奏。世紀の大天才」みたいに書いて
騒いでいたし、世論というか世の中も若い人を中心に大騒ぎ
していたが、申し訳ないが、あのコンクールでの上位入賞者は
「あのくらいのレベルの奏者は当たり前」であり、
1960年のポリーニ、1965年のアルゲリッチのほうが、
当時においてさえ、(その後の活躍からして「明白」と言って
よいと思うが)ブーニンよりも「よほどの天才」であったことは
ピアノに詳しい人なら同意してくれるだろう。
しかし、マスコミ、特に音楽に興味の報道関係者やミーハー
さんたちは、ポリーニやアルゲリッチ、あるいは
1975年のツィメルマン、あるいは、遡って1955年、
「政治的理由で2位にされた、ともっぱらのスキャンダルと
なった、実質的には優勝者」であったところのアシュケナージ
のことなんて、これっぽっちも知らなかったに違いない。
失礼ながら、「何事もすべて他人の評価でしか判断できない人達」
なんだろうな、ということを思ってしまう。
「なぜ、もっと、自分の目で「見つけ」、自分耳で聴き、感じようと
しないのだろうか?」
「なぜ、評判になったものばかりにしか関心が行かないの
だろうか?」と、実に不思議に思う。
「なぜ、人の評価、評判でしか判断しないのだろうか?
もっと自分で主体的に、好奇心を持って多くを吸収しようとし、
自分の感性に自信を持って自分で判断すればよいのに、
どうして人による評価、人による評判だけで判断しようとする
のだろうか?」。
もっと、常日頃から自分から積極的に好奇心を持って勉強して
欲しいと思う。
大手メーカーの調査畑に勤務する友人と話していて、
なんらかの調査を行うときの最も基本的なことは、
「人の噂や評判はいっさい除外する、信じない」という事で
意見が一致した。
いわゆる内部監査なり、何らかの調査においては、
まず自分の目と耳で確認して判断する。
当たり前のことなのだが、中にはそうでない性格の人も
いるかもしれない。
良い評判には比較的「ウソ」は少ないかもしれないが、
その逆の場合は要注意だ。
悪いウワサとか評判の99%は、①ウソ、②不正確なもの、
③悪意的、恣意的にその人を陥れようとするいわゆる「チクリ」
のどかれか、と「相場」は決まっている。
ゆえに、人からのウワサ(情報)を信用した時点で、
その人は調査する立場の人としては失格ということになる。
まずは、自分の目で、耳で調べたもののみを信じる。
もちろん、それとて100%正確で確実な判断とは限らないが、
少なくとも虚心坦懐、まずは、先入観や偏見を捨てて
臨むことが何事においても「評価者」としては大事なことだと
思う。
だいたい、人の意見ばかり聞いて判断している人は、
「よほど自信が無い人なんだなあ・・・」、と思われて
しまうだろう。
WHO(世界保健機構)が、今回の新型インフルエンザの
警戒レベルを、世界的大流行(パンデミック)のレベルとして、
フェーズを最高度の「6」とした。
注意していくことはもちろん大事だけれど、逆に心配なのは
「この程度で6?」と思ってしまう風潮のほうだ。
「パンデミック」などと言う言葉を聞くと、年初公開された
映画「感染列島」のように、かかったら必ず死に至る、と
いうようなウィルスを想像してしまう。
なので、世界各地でもちろん死者が出ているとはいえ、
以前書いたように、既存のインフルエンザ・ウィルスでも
毎年各地で死亡者は残念ながら出ていることを考えると、
どうも、今ひとつ今回の「騒ぎ」は多くの点で、ギャップや
違和感を感じざるを得ない。
「狼少年」の物語、童話を、最近でも子供達は教わって
いるのかどうかは知らないが、
「怖いものが来るよ、来るよ」、と言っていた割には、
「こんな程度?」と思ってしまうことのほうが、よほど危険に
思える。
いずれにしても、昨日=13日の讀賣新聞に社説で言うとおり、
「怯(おび)えず、侮(あなど)らず」、という姿勢が肝心なの
だろう。
秋葉原の事件から1年だが、あの忌まわし事件については
書きたくない。
そう思っていたら、8年前の大阪教育大学付属 池田小学校の、
あの忌まわしい事件も、この6月8日だった、と、報道で
あらためて知った。年は「9.11」と同じ年なので、2001年
とよく覚えているだが、月日は昨年の記憶があまりにも
生々しいためか、失礼ながら失念していた。
まさか、秋葉原の犯人が、そこまで意識して日を選んだわけでは
ないだろうが。
いやな記憶、ニュースだけでない。
現地日時では、7日になるのだけれど、アメリカから、
辻井伸行さんの、バン・クライバーン国際コンクール優勝の吉報。
一般マスコミは「盲目の」、と驚嘆するのは解らなくはないが、
クラシック音楽ファンの間では「そんなことは関係無い」と
思えるくらいに至っているほど、「とっくに有名な人」なので、
「あれっ? 今更、また、コンクール?」、と思ったくらいだ。
もちろん、世界の各地に、直接的なファンをたくさん持てる喜び
というものを得る、という意味では、どんどん海外で活躍して
欲しいと思うのは当然だが。
辻井さんの演奏は、CD、ライブDVDを持っているほか、
ちょうど1年ほど前に、ライブで、ベートーヴェンの「皇帝」を
拝聴している。
「皇帝」の完成度は、CDなどで聴くラフマニノフの第2協奏曲
ほどのレベルには未だ届いていない感じがした。
「ベートーヴェン先生は手ごわい」よね、辻井さん。
でも、ライブDVDでの「熱情」は見事だったし、今回も同曲を
含めて、予選から会場の聴衆を驚嘆させ、魅了したようだ。
驚いたのは、コンクールにための書かれた「できたての」現代曲
も見事に弾き、「その曲の演奏でも、一番評価された」という
ことだ。それは驚異だ。
とにかく、まだまだ若いし、これからが益々楽しみだ。
せめて、「6.8」は、このことも思い出したい。
「25歳の時分なら誰しも能力に恵まれている。
難しいのは50歳のときに、それを維持していることだ」
むムッ、奥深い言葉だ。
願わくば、単に「維持」ではなく、「超えて」いたいものだ。
さて、今の若い皆さん、自信とビジョンはお有りですか?
さすがに最近では引用する人もほとんどいないのだろうが、
私が子供の時代は、周辺に限らず、政治家とか、
PTA会長とか、そこそこ「オ偉い人」は、
よくこういう言葉を引用したものだ。いわく、
「健全なる精神は、健全なる身体に宿る」。
しかし、実はこの言葉は、そもそも、語源からして実際と
異なっている。
誤って使われていることは、当時においても、知っている人は
結構いた。
すなわち、そもそもこの語源は、古代ローマの詩人、
ユウェナリスによるもので、正確には、
「強健な身体に健全な魂はあるよう願うべきなのだ」、
という、要するに「~なら、いいのになあ・・・」、
「そういう人は少ないんだよなあ・・・」ということを
嘆いた言葉だったのだ。
もっと正確な訳では、
「心身ともに健康であることを祈るべき」、というのものが
一番有力な訳と言われている。
“orandum est, ut sit mens sana in corpora sao.”
いずれにしても、いっとき、スポーツ根性路線や、
スポーツマンが「人間的にも一番立派」であるかのような
「信仰」を煽るような風潮のもとで言われた内容は、
実は全くの認識違い、理解不足、「はき違い」だったわけだ。
だいいち、この誤訳、身体的にハンディのある人に対して
失礼であるだけでなく、完全に「軽蔑用語」、「差別用語」
にほかならず、排除、いや、弾圧にさえつながりかねない
言葉だ。
この誤訳が、さかんに言われていたころにおいても、先述の
とおり、正確には「違うよ」ということを知っていただけでなく、
「(その誤訳は)嫌いな言葉だ」、という人は、私を含めて、
結構多くいた。
それは、弱者軽視、蔑視をとおり越して、弱者排除の、
ナチスが思想の核に置いた「優性思想」につながりかねない
ことを見抜いていたからに他ならない。
教員養成機関の国立大学である、京都教育大学生による
女子学生への集団暴行…いや強姦とはっきりマスコミも
言うべし…集団強姦事件。
なんでも犯人たちはそれぞれ各種のスポーツ競技において
全国レベルの優秀な選手とのこと。まあ、先述のとおり、
そんなことと「下半身事情は関係無い」ことは言うまでもない
ことだ。
しかも、大学側は「教育的配慮」という美麗字句をもって、
卑劣にもこれを隠ぺいした。
全国の全ての女性は、怒るべし。
「教育的配慮」って、男性へのそれだけで、
「女性に配慮する必要は無い」と言っているに等しいのだから。
あらゆる意味で衝撃的な事象だ。
菅谷利和さんに対する冤罪事件。問題点を検証したい。
まず、
①ろくな証拠も無いままの、強引な思い込み逮捕、強制逮捕。
②脅しと暴力による自白の強要。
こうしたことは昔から言われていて、それこそ私が子供のころ
から、既にテレビドラマ等々でも描かれていた。
久しく当局も「おとなしく」なっていたかと思いきや、
相変わらずの状況が存在していたことが白日の下に
知らしめられた。そして、
③精度の低い時代のDNA鑑定への「信仰」。
当時のDNA鑑定は、まだ「黎明期」すなわち、
ようやくDNA鑑定という手法がいわば「よちよち歩き」
しだしただけの時期であり、技術的水準が低い時代、
精度が低い時代、1000人中1人~2人程度の認識
レベルにすぎない時代であったにもかかわらず、
それを「絶対的」なものとして都合よく考え、
逮捕を「絶対的なもの」としたしまったこと。
DNA検査は年々進化、進歩し、なんと今では、
4兆7000億人に1人の違い、アイデンティティの
存在確認が判明できるまでのレベルに達していると
いう。
④そして、裁判制度あるいは裁判官の問題。
7日の「サンデープロジェクト」では、1、2審での
有罪、特に1審の時点での(当時の)DNA鑑定結果
がずっと尾を引きずり、DNA鑑定技術がどんどん進歩
し、それに合わせて、再三、菅家さんと佐藤弁護士が
再鑑定を求めていったにもかかえわらず、それに
応じてこなかった(特に6年間無視して放っておいた
宇都宮地裁などの)責任を問うていた。
最高裁も制度上、1、2審での事実確定を基本的に
認定していることを前提とした審議方法の問題も
当然問われていた。
⑤取り調べの「可視化」は必要。
②を排除するためにもためらう理由は全く無い。
⑥そして私もこのブログで何度も書いているが、
「時効制度を廃止すること」。
「時効」などとは、「意味が解らない」。
遺族の気持ちが、「時とともに、「まあ、いいか」と
変わる」なんてことは「有り得ない」。
司法関係者がそういう「想像力を持ちわせていない」
ということは、「とんでもなく頭が悪いヤツら」か、
「人間的な感情とは無縁の薄情なヤツら」のどちらか、
ということだろう。
菅家さんの、
「当時の警察官、検察は許せない。間違ったでは済まない。
謝って欲しい。人生を返して欲しい」、
という言葉はあまりにも重い。
バレンタインデーなるものは、チョコレート好きからしたら
「奇妙で不純な邪道行為実効日」以外の何物でもない。
チョコレート好きは、そんな意味不明の日にかかわらず、
まず間違いなく365日、手元にチョコレートを置いてある
ものなのだ。
最近、といっても、これも1つ前のブログでのプリンの話題と
同様、1年ほど前に発見したものなのだが、
不二屋さんから発売された、
「LOOK ROYAL MODE ルックロイヤルモード」
の、ミックスシトラス、とろとろフルーツソース、と
題したチョコレートが大変美味しい。
季節限定というのではないはずだが、最近店頭で見かけ
なくなったのは残念だ。
不二家さんも、これだけのチョコを作る技術があるのだから、
以前起こしたような、古い材料を使う、といった事件は
二度と起こして欲しくない。
まっとうに良い商品を出していけばよい、のだから。
もう1年ほど前から気に入っているデザートの1つに、
加賀田京子シェフによるプリンがある(販売;協同乳業)。
味(種類)も、マロンクリーム、クレームカラメル、
キュウイ、マンゴー、を含めて多くある。
ありきたりで、そうそう味の変わらぬ市販プリンが多い中に
あって、安価で、コンセプトもシンプルであるのに、
とても美味しい。
いささか刺激的なタイトルにわざとしたのは、当人がまるで
反省をしていないような態度に憤りを感じるからだ。
昔の武士は、という古いレトリックを使い過ぎのようで申し訳
ないが、やはり、それこそ「矜持」としてかつてこの国の多くの
人には、「死んでお詫びをする」くらいの、そうした覚悟や責任を
もって何かに赴く、という気概が少なからずあった。
入門してまだ2か月ほどの青年、いや、少年を、
「人様からお預かりした少年」を、「指導」と称し、あるいは
「しごき」とカッコつけ、「ビール瓶で殴る」とは何事か?
「死んでお詫びをする、すくなくともそのくらいの大変な
ことをしでかしたのだ」という認識が全く無いことに呆れる。
「責任をとって自死するくらいの覚悟が無くて、人をシゴクな」
ということだ。
「気持ち悪いほどの傲慢さ」。
30日の日本経済新聞の朝刊コラム(春秋)でもとりあげて
いるほか、同日の東京新聞朝刊では、やはり毎日の
コラム欄で、「17歳の少年をビール瓶で殴ることが指導か?」
と追及しているだけでなく、社説でもとりあげ、
「親方の絶対的な権力」と、シゴキとか指導という名の
「暴力の土壌」、また、国技としての問題から、昨今の
大麻事件も含め、日本相撲協会の責任にも言及している。
当然にして適切な指摘だ。
ZARDの坂井泉水さんの訃報から満2年、三回忌。
ファンは忘れずにいくつかの地で献花、という記事があったが、
やはり事故のあった慶応病院内敷地は控えるべきだろう。
泉水さんだって、「一般の入院患者や病院関係者には
迷惑をかけないでね」と言うに決まっている。
ファンなら皆知っているが、今だにしっかり
オフィシャルホームページが継続開設されている。
これからもできるだけ継続して欲しい。
彼女のことを、もし一言で言うとするなら、
私にとっては、「かわいい人」と言いたいように思う。
ただし、当然、「かわいい」というのは、表面的な、うわつらな
意味では無い。外見的なことだけを言っているのでもない。
全て、その人柄に関する印象をを含めた、あらゆる意味に
おいての「かわいらしさ」なのだ、と言いたい。
4月24日付ブログで、痴漢冤罪が続くから、男性専用車両を
設けるか、あるいはいっそ、電車の車両は男女を完全に分けたら
どうか?時間帯を絞ってでもいいから、という主旨のことを
書きました。
本日、30日付の東京新聞朝刊「発言」の欄に、同内容の文を
掲載していただいておりますので、一応ご報告させていただき
ます。
以前も、2月14日のブログで、1月20日の同新聞に、
「柔軟で多様な働き方といういい分は詭弁」という主旨の文を
掲載していただいた旨を報告しましたので、同新聞としては
2回目の掲載となります。
二重投稿はもちろん禁じ手ですが、ブログも微妙だから、
24日の時点では書かず、本来は完全に「無視」されたのを確認
して、ブログアップを行うべきだとは思いますが、ご勘弁いただく
感じ、というところでしょうか。
それに、今回も東京新聞さんは、前回同様、
「何日に載せるから」の事前連絡は無し、でしたし。
過去に、朝日新聞「声」欄には3回、東京新聞「発言」欄に1回、
掲載していただいていたので、実は今回は少し「ヤマッ気」を
出しまして、
「日本経済新聞と毎日新聞は投書欄が無いから、
(注記で訂正します)
あと「制覇」していないのは、讀賣新聞だけだ」、
と思い、まずは讀賣に投稿。3日待って無反応でしたので、
通勤ラッシュがとりわけ深刻な東京を鑑み、再びダメもとで
東京新聞に投稿したしだいでした。
そういう意味では、当然、同時の二重投稿はこれまでも1度も
やっていません。
東京新聞あて投稿とほぼ同じころ、先述のとおり、4月24日に
今回の内容とほぼ同文をアップさせていただいた、という次第
です。
では、あらためて一応、掲載された文面の全文をアップさせて
いただきます。今回も原文よりややカットと効率的な表現に
代わった部分がありますが、異論は有りません。
「男性用車両を検討しては」
痴漢冤罪が後を絶たない。先日も、大学教授が電車の中で
女子高生に痴漢と間違われて逮捕された事件で、最高裁で
一、二審を覆しての無罪判決が出された。
訴えた女性に悪意が無く、相手を誤認してしまうとしたら、
被害者の女性だけだなく、間違えられた男性も大きな迷惑
であり、互いに不快な思いをする。
それだけでなく、誤認逮捕された男性はその瞬間から
社会的地位、身分すらはく奪される危機さえ生じる。
なんとも理不尽だ。
警察の初動捜査にもっと人権を尊重した対応を求めたいが、
ここは1つ発想を変えみたい。女性専用車両の増加をさらに
進めて、男性専用車両も同様に設けるのはどうか。
すべての車両を完全に男性用と女性用に分けるという方法も
ある。朝夕のラッシュ時に限定するなどの工夫も含めて検討
してほしい。
掲載文は以上です。
妙案でしょ?(笑)・・・笑いゴトではありませんが。
乗車は面倒になりますが、誤認逮捕されるよりはいいでしょう?
「モラルがどう」、とか言っても、たぶん、モラルが無い人は無い
でしょうから、仕組み、システム、方法論のところから、
バッサリ断てばいいではないか、ということ。
それから、万一、あなたが間違われて、
「話を聞くから、事務室に来て」と駅員に言われても、
絶対に行ってはダメです。従わずに、あらゆる理由や方法を
考えて拒否してください。「話せば解ってくれるだろう」と、
ノコノコ付いて行った時点で、「私人逮捕」といって、
既にその時点で「あなたは逮捕されている」のです。
「事務室に連れていく理由」は1つしかありません。
警察官が来るのを待って、引き渡すためです。
話を聞く気など、駅員にも、やって来た警察官にも
最初からサラサラありません。
そして、逮捕されたら最後、何日もの間、家にも会社にも
いっさい連絡することを許されない、という信じられない状況に
追いやられるのです。
「まるで、どこかの国によるラチ事件と同じように」、です。
ですので、先述の「あらゆる理由や方法」のところですが、
少なくとも、家、会社に「今、こういう状況だ」と連絡し、
友人に弁護士がいる場合は、その場で連絡してください。
直接知人にいない場合は、会社に電話して、弁護士の
手配を依頼してください。
このように、いざ、直面すると動揺すると思いますので、事前に
勉強、と言っても、難しい本は読まなくていいですから、
特に男性で、映画「それでもボクはやっていない」を観ていない
人がいたら、このゴールデンウィーク期間に、レンタル店に
行って、必ず借りて観てください。
(注) 毎日新聞朝刊には「みんなの広場」という投書欄が
ありました。失礼しました。今後なるべく毎日も拝読
するようにして、機会があれば投稿してみます。
以前も書いたけれど、年2回実施される「叙勲、褒章」の制度
にはうんざりする。
100年に1度の危機、なんて、日本政府は全く思っていない
ことの証にもなる、とさえ、この時期ではそう思ってしまう。
制度として長く続いたものを廃止する労力は確かに大変な
ものだろうけれど、いったいいつになったら、日本はこういう
「ムダ使い」を止めるのだろうか?
若い皆さん、皆さんが将来立派な業績を残されて、こうした
話が政府から来たら、ぜひ、「蹴っ飛ばして」ください。
「そんなものいらねーよ」、と言えるくらいの自負と気概をもって
対応してくださいね。
そして、こんな「悪しき伝統」など、皆さんの力で溶解させて
ください。そういうことが、新しい時代の1つの証にもなる
のですから。
痴漢冤罪が後を絶たない。
先日も、大学教授が通勤中の電車の中で女子高生に痴漢と
間違われて逮捕された事件で、最高裁で一、二審を覆しての
無罪判決がおりた。
この種の件は、これまでも警察や裁判官が「はじめに有罪ありき」
で進めていやしないか? とする問題点が指摘されて来ている。
映画「それでもボクはやっていない」に詳細に描かれていた。
ちなみに、今更だが、この映画、絶対に「男性は必見」である。
訴えた女性に悪意が無く、相手を誤認してしまうとしたら、
被害者の女性だけでなく、間違えられた男性も大変な迷惑で、
互いに不快な思いをするだけでなく、誤認逮捕された男性は
その瞬間から勾留、外部との連絡も閉ざされ、社会的地位、
身分すら剥奪される危険さえ生じてしまう。
なんとも理不尽なことだ。
警察の初動対応に対して、もっと人権を尊重した厳重な対応を
求めたいが、一つ発想を変えて、提案だが、鉄道によっては増加
して来ている「女性専用車両」だが、これを更に進めて、
「男性専用車両」も同様に設けるか、あるいはいっそ、
「全ての車両を完全に男性用と女性用に分けたら」どうか?
終日でなくとも、例えば、月~金の朝の7時から10時と、
18時から21時などに限定するなどの工夫も含めて検討するに
値するのではないだろうか?
そうすれば、(少なくとも男女間においては)このような
互いに嫌な思いをすることも完全に無くなると思うが、
いかがだろうか?
21日夜放送のNHK「プロフェッショナル」は、紛争地帯など
での武装解除や、その兵士達の社会復帰をヘルプする、
NGO日本紛争予防センター事務局長の瀬谷ルミ子さん。
事務局長といっても、デスクワーカーではない。
アフリカ等の危険な各地を駆け回り、武器を持つ男達の中に
入っていき、「隊長はどこ?」というようなことから平和解除の
ための交渉、協議をほとんど1人で実践していく。
こんな人がいるんだ、と、今更にして強い衝撃を受けた。
番組の最後で、いつもゲストに司会者が聞く、
「プロフェッショナルとは?」に対して、瀬谷さんは、
「やらない言い訳をしない人」と言った。
「できない言い訳」ではなく、「やらない言い訳」。
以前も何度か書いたが、評論的に、
「アフリカでは、解決困難な貧困の地域や人々がいる」
と言って、何でも知っているようなことを言って済ませてしまう
ような論調は、いかに「ヒトゴト」的であり、
「やらない言い訳に過ぎない」か、ということを、あらためて
感じた。
直子さん、あなたが30歳の若さで逝って、この日でもう
20年が経ちましたね。
この20年、私は何をしてきたのか?と自身に問えば、
なんだが、たいしたことをしてこなかったのではないか?との
自責の念にかられ、あなたに対して恥ずかしい気持ちで
一杯になります。
あなたは、そちらで、この国の、世界の何を見てこられた
のでしょうか? きっと様々な状況、
おぞましい人々の醜い争いや諍(いさか)いに、
胸を痛めてきたのではないでしょうか?
あの日、私には事情があって数日後のあなたの葬儀に行くことが
できませんでしたが、秋には、あなたが眠る岡山県に行き、
墓石にあなたの名が刻まれているのを見ても、まったく
なんのことやら実感が沸かないでいたものです。
これはただの夢にすぎない、そう思いましたし、
今でもそう思っています。
思えば、学生時代、あなたに憧れた男性が多くいたことを
私はもちろん知っています。
オーケストラだけでなく、合唱団の中にも、
あなたの「ファン」はたくさんいました。
いやそれどころか、他大学から賛助出演で来た男性合唱団員が
「第9」での共演の際、あなたに夢中になったことさえあったの
でした。
あなたが亡くなったことをいつか伝えなくては、と思いながら、
その後、彼とは全くお会いすることがなく、伝えそびれたまま
歳月が経ってしまいました。
あなたと直接、お話しをしたのは、亡くなる4年ほど前でしたで
しょうか? ごく事務的なことで電話をし、終わったので、
またね、という感じで私はそそくさと切ろうとしたのですが、
驚いたことに、不思議なことに、あなたは、あなたの兄が
私の住む地に居ることなどなど、次々と話を続けてくれたの
でした。まるで、「もう、○○君と話すのはこれで最後だから」
と、今にして思えば、そんな様子でさえありました。
その後、あなたが結婚されたので、落ちつかれてよかったな、
と心底思いましたが、あなたは結局、「お1人で」旅立たれる
ことになることなど、想像だにしませんでした。
あなたがご病気に、という話を間接的に知ってはいましたが、
「その人」が当然いることだと思って遠慮したことを後悔して
います。
今のようなインターネット時代なら、もっと仔細な情報が
行き交って、迷うことなくお見舞いにいったでしょうけれど、
何を言っても言い訳にすぎません。
そう、インターネットはそちらにもあるんですか?
って、何それ?だよね。
あなたの闘病時期、病室には、I先輩や何人かが、
よくしてくれていたことを後日知りました。
I先輩は本当にいい人ですね。
今もトロンボーンは吹いているようですが、ここ数年は
なんとOB合唱団でも歌ってるんですよ、驚いたでしょう?
あのI先輩がっ?、って、似合わないよね(笑)。
でも、素晴らしいことです。そちらからも、今度は
合唱団の中のI先輩を見てみてくださいね。
さて、七回忌にご親族様にあたらめてご挨拶させていただき
ましたが、あれからも、既に14年が経ちます。
本当に早いものです。
先の、岡山に行く前に、ご両親様から見せていただいた、
あなたの弾いていたヴィオラは、なんだか1人ぼっちで
寂しそうでした。
でも、きっと、そちらでは音楽をたくさん聴いていることでしょう。
長くなったので、このへんで。
またおたよりします。
私たちのチョコへ
日本経済新聞 朝刊に、東証一部のU社(社名は公表されて
いるから、ここで伏せても意味は無いが、一応伏せる)の
不祥事が出ていた。
「自発的に無給で土日に出勤の要請」があったとのことで、
(当然ならが)社員による労働基準監督署への「告発」が
あったことから発覚。会社からは、
「強制ではなかったが、不適切だった。賃金はさかのぼって
支払う」、とのコメントがなされた。
事情は判らないが、こういうことを「強要」すれば、社員の
不満が「外部」に伝わることくらい、簡単に予想できるはず
なのだが、そこまで考えなかったのだろうか?
それと、内部で、「それはマズイですよ」と、止める=進言する
人は1人もいなかったのだろうか?
あるいは、いたけれどムダだった、ということなのだろうか?
そういう人が1人でも「いた」のと、「皆無だった」とでは、
その後の同社の命運も随分変わっていくと想像できる。
こんなことが無ければ、休日出勤手当という「余計な出費」も
発生しなかったし、新聞に公表されて世間体(イメージ)が失墜
することも無かったわけで、明らかに判断ミスだが、たぶん
「指示した人」は責任をとらないだろうな、と想像する。
最近のこの国の「一般的な状況(傾向)」からすると。
この4月から、日本経済新聞と朝日新聞のテレビ欄での
各局の番組表で、地上デジタル対応とかで、そのデジタル
での新ダイヤル番号で左から順番に書いてるため、
随分見難くなった。
いままでの、1、3、4、までは同じなのだが、以下、
地デジダイヤル=5=テレ朝=現=10、
6=TBSは現在と変わらず、
地デジダイヤル=7=テレビ東京=現=12、
8=フジTVも現在と変わらず
とまあ、実に見難い。
まだ地デジ放送まで2年もあるのに、どうしたことか?
ちなみに、讀賣新聞と東京新聞ははこれまでどおりで、
そんな対応はしていない。
毎日新聞は未確認。毎日、って、どうも馴染みが無い。
内容的な面は判らないが、紙面がどうも昔から古臭く、
現在に至ってもリニューアルされていないのが不思議。
予算の関係だろうが、それで競争を勝ち抜ける訳が無い。
それにしても、そもそも、地デジ、なんて知らない?
誰が勝手に移行を決めたのか?
たぶん、地方のお年寄りのかたとか、今現在、
「何のことかすら知らない」方々も多くいらっしゃるのではないか?
日本人のコンセンサス取りのヘタさ加減は昔から有名だが、
これは典型事例の1つ。
アメリカでも不況の影響もあり、予定より移行年次が遅れて
いるが、日本も、2011年に完全移行できるとはとても
思えないし、そんな必要あるのか?
テレビ局の都合だけではないのか?という疑問に、
ちゃんと答えていく義務が放送局、所轄役所に当然在ると思う。
別件。見易くなったのは、朝日の「声」の欄。
以前は、何かこう、行変え段数が入り組んでいて、例えば、
AさんならAさんだけの記事を切りぬこう、とする場合、
非常にやり難かったが、最近のは、キチンと上下と左右が
真っ直ぐな直線仕切られていて、読み易い。
1.「よしかわク~ン!!」、という、あの甲高い、それでいて
既にどこか大人っぽい声でもあったモリケンさんの声。
「おれは男だ!」は、中学生だった私もとても楽しんで見ていた
番組だった。主題歌の「さらば涙と言おう」も良い曲だった。
森田健作氏の千葉県知事が決定した。
確か、記憶違いでなければ、彼のお兄さんが若くして病気で
他界したことから、医療や政治に早くから関心を寄せていて、
後年、政治家になったはずだ。(参議院、衆議院)
千葉県知事選には前回、僅差で敗れたが、
「直後から、次回にも必ず出る」と、必勝を期して、
地道に活動されて来たようだ。
他の候補者の中では、白石真澄氏は私とほぼ同世代の人で、
彼女が、ニッセイ基礎研究所の時代から日経新聞等で見る
ようになったし、その後、彼女が大学の先生に転じてからは
(美人であることもあってか)テレビでもよく見かけるが、
知名度、という点では、森田健作氏は37年くらい前から
有名人なので、その点で言えば、他の誰にも比べようも無い
ほど、知名度の高い人だ。
自民党と関係が深いようだが、彼ほど「政党=集団的思考」
が「似あわない」人は珍しい。
本質的に彼のような「純粋さ」、「熱さ」は、集団のドロドロと
した陰湿な綱引きや陰謀、足の引っ張り合い等々とは
全く相いれない人だ。
彼は本質的に「党」という体質とは異質な人だと思う。
そしてそれは重要なことだ。
もちろん、そうした組織の重要性も理解しているだろうし、
その点は巧くやってきたのだろう。それも重要な事だ。
私よりもずっと年長だが、「おれは男だ!」の思い出とともに
あの時代の懐かしさが蘇ることもあってか、森田健作氏には
強い好感を持つ。彼を見るとなぜかホッとする。
こういう「まっすぐな人」それも「変わらない良さ」がある人が
いることだけでも、不思議な安心感、信頼感を持つ。
ちなみに、冒頭の吉川操役だった早瀬久美さんとは今も
仲が良く、とても素敵な関係だと思う。
今回、このブログを書くため、調べたら、早瀬久美さんも
ブログを書いていて、早早、お祝いの写真が出ていて
面白かった。
2.OEK、オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏会の様子が
放送された。ベートーヴェンの第7交響曲全曲のほか、
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第1楽章のみ。
他の楽章も放送して欲しかった。
ピアノを弾いた、アリス=紗良・オットはまだ20歳くらいの
若い奏者だが、ここ数年、活躍が目立ち、私もライブ演奏を
聴いたことがある。
放送での「皇帝」は結構個性的で面白かった。
第2主題は非常に感情豊かに弾いていたし、ペダルを使う
ところと使わないところの差を浮き彫りにしていたりもした。
そうそう、冒頭のカデンツァだが、3つのカデンツァの最後は
譜面だと、Pと、弱音で3つの和音を奏して、オーケストラの
力強い第1主題にバトンを送るのだが、彼女はその部分を
F=フォルテのまま奏し、オケにつないでいた。
こういうやりかたを他にやっているのは、
アルトュール・ルービンシュタインくらいだし、
ルービン以外も誰かやれば「面白いのに」と思っていたところ、
意外な人がやったので驚いた。
3.2と同時間帯NHK総合では、NHKスペシャル。
「沸騰都市のそれから」と題し、ドバイ、ロンドン、
イスタンブール、ダッカの、それぞれの様子を伝えていた。
特に、ドバイでは中東富豪の「狼狽(ろうばい)」や
ロンドンでは、ここ数年ロシアから成り金富豪が来ていて、
貸切パーティやら、ド派手に富を謳歌していたところ、
ここにきて、一気に「元気がなくなった」様子などが
映されていた。まあ、想像どおり、というところだが。
4.「行列のできる法律相談所」では、司会者、パネラー、
ゲストらが絵を描き、スタジオに来た一般客が
オークションで購入。そのお金でカンボジアに学校を
造ることが以前から為されていて、この日も、現地での
実際の成果を伝えていた。
勉強や、掃除の習慣が無かった土地で、子供達が掃除を
する姿や、日本のスタッフが作った校庭の「遊具」を
初めて見て、楽しそうに遊ぶ姿も印象的だった。
フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん
フランシーヌの場合は あまりにもさびい
三月三十日の日曜日
パリの朝に燃えた いのちひとつ
フランシーヌ
40年前、1969年のこの日、フランシーヌ・ルコントは
ベトナム戦争およびフランスが直接かかわっていた
ナイジェリア戦争とそれがもたらしたビアフラ飢餓に抗議して、
パリの路上で焼身自殺した。30歳だった。
死後、彼女に精神病による入院歴があったことなども
ささやかれたが、今は彼女のその心の底を語る人もいない。
彼女の死は、同時代の反戦気運を中心とした熱い時代を反映
して、すぐに他国からメッセージが創られた。
いまいずみあきら作詞、郷伍郎作曲による作品が完成し、
3月30日には、千葉県の三里塚でデモに参加していたという
新谷のり子(しんたにのりこ;本名=新谷則子=あらやのりこ)
が、それからほどなくして日本で歌い、ヒットした。
短い曲だし、単純な短調旋律にすぎないこの歌は、当時を
生きた人なら、今も口ずさめるだろう。
彼女の悲しみ、時代の悲しみが、単純なメロディーとともに
今も静かに、誰かの、そしてそれはたぶん多くの、幾つかの
国の人々の心の中にそっと佇(たたず)んでいるようにも思える。
40年前のこの日、東大の「安田講堂は落城」した。
小学生であった私は、当時ほとんど関心が無かったが、
優秀なクラスメートが話題にしているのを聞き、むしろそういう
彼自身に対して「すごいな」と尊敬の念を覚えたのを記憶して
いる程度だ。
数日前、日本テレビではこの東大闘争をTVドラマ化して
いたし、NHKアーカイブズでも、
「安田講堂落城 あの日から40年 東大紛争・学生たちの
その後」と題して特集を組んでいた。
中でも、助手として参加したがゆえに、その後、東大の
研究室に残ったが「昇格」することなく、助手のまま通した
(通された)人や、日大闘争の中心人物だった秋田明大さんの
現在などがととても印象的だった。
前者では、「国立大学の非情さ」ということをあらためて感じる。
いくら助手という立場で参加した人への「報復」であっても、
生涯昇進を認めなかったなんて、今の時代だったら、逆に
大問題になるのではないか?薄気味悪いくらいだ。
もっとも、水俣病告発の関係でやはり東大での出世が生涯
見送られた故・宇井純氏の例もあるように、やはり国立大学に
おける「閉鎖性」というものは実に根深いものだと推測される。
山本義隆氏については、以前このブログで、渡辺眸さんによる
「東大全共闘 1968-1969」の出版にからめて書いたので
ここではよそう。
時代は大きく変わり、その後、「しらけ」世代から、新人類だの、
「オウム」だの、酒鬼薔薇だの、あの、ある種シンプルで熱い
時代からは想像もつかない、わけのわからない種族がこの国に
にも誕生してしまったし、ソ連、東欧の崩壊により、「西側」は
「資本主義の勝利」を謳歌したとおもったら、その「主義」とやら
自体がにわかに、しかし確実に危ういものであるころが露呈して
しまうなど、当時よりも、今の時代のほうがはるかに混迷して
いることを、当時の運動に参加した人々はどう考えているのか
興味深いところだ。
共産党に入党する若者が増えているという昨今、また、
映画等で、チェ・ゲバラが再度クローズアップされているなど、
まるであの時代の彼らの体制に対する怒り、憎悪というものが、
今になって新たな翼を得てそれを拡げようとしているように想え
なくもない。時代の様相は得てして「皮肉」を伴う。
明けましておめでとうございます。
いつもお読みいただいております皆様に厚く御礼も申しあげ
ますとともに、本年は皆様におかれまして更により良い年と
なることをお祈りいたします。
また、こんにちの日本の状況を深刻にとらえ、このブログに
無関係の多くの我が国同胞の皆様の、1人でも多くの人が
より良い生活をおくられる年となることを願ってやみません。
本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
追伸;「僭越ですが」
僭越ですが、天皇陛下の新年にあたっての感想の一部を
書かせていただきます。天皇誕生日のときのコメントとかぶる
と思いますが、それだけに陛下の強い思いを感じます。
「多くの人々が困難な状況におかれていることに心が痛み
ます。国民の英知を結集し、人々のきずなを大切にして
お互いに助け合うことによって、この困難を乗り越える
ことを願っています」
長谷川慶太郎さんの相変わらずの低レベルでトンチンカンな
本とか、「WILL」や「諸君!」らの、一方向に偏向した雑誌
など、今時買う人がいるのか?といつも不思議に思う。
後者はなんだかんだ言っても廃刊にならず、相当年数、
継続出版されているのだから、まあ、いる、ということなの
だろう。
後者は敢えて言えば、国粋主義、反共主義、という色合いで
統一された論調と言えるが、「反共などという相手」、
少なくとも、本来の意味でいうマルクス主義(者)などは、
実質上もうほとんど国内外に存在しなのではないか?と
思えるのだが。
こうした雑誌だけが主張すればするほど、独善的な者達の
言い分という特徴が浮き出てきて、単に気持ちが悪いだけの
話、というところで終わり、論争にすらなり得ないと思う。
先週の、「ガイアの夜明け」では、老後をテーマに、様々な
活動などが伝えられていたが、その中で興味深かったのは、
独身を貫くことを決断した女性による「SSSネットワーク」
についての紹介だった。
現在、入会者は約700人。入会金1万円、年会費1万円。
入会者は、独身が5割、夫との死別や離婚者が3割、
あとの2割は既婚者だが、友達が欲しい等の理由で入会
されている、という。
また、25万円の登録料を払うと、会で設置した共同の墓に
入れる、ということで、実際、既に数名、埋葬されている、
とのことだった。
今後、生涯1人で生活していこう、と決断したのは、
別にそうしたいわけでもなかったが、やむを得ず、という人や
独身主義、離婚、あるいは異性が嫌い、等々、理由や事情は
当然ながら個々様々なのは男性も女性も同じだと推察できる。
ただ、多分共通して一番困ることは「自分を葬ってもらえるか」
という1点ではないか、と思われる。
1人で生きていくこと自体はいわばカッテだが、死んだときは
なるべく人に迷惑をかけたくない、という気持ちはよく解る。
男性版のこうした、ある種、共同生活体、協力ネットワークと
いうものも当然あっていいし、既にあるかもしれない。
そんなことを考える歳になった、というところか。
全くの偶然だが、午後3時の少し手前、近くの大通りに
人だかりができていたので、近寄ると、数台の護衛の単車
に続いて、黒塗の車が数台通った。
その2台目か3台目の後部座席に皇后陛下美智子様が
乗車されていて、窓を開けて沿道の人々に手を振っていた。
皇居や目白ならともかく、自分の家の近くで拝見したので、
さすがにビックリした。
天皇陛下もご同乗されていたかは判らなかったが、
自分がいる側がちょうど皇后陛下の側であったので、
ちょうど美智子様が手をお振りになっていらっしゃるお姿を
拝見できたわけだが、そうした、通りすがりの人々にも
お気を使われて、窓を開けて手を振る姿に、あらためて、
皇后陛下の、真面目で誠実でお優しい気遣いに尊敬の念を
覚えたしだい。
夜の練習で殿下にお会いしたので、このことをお伝えすると、
「ああ、そうでしたか」と微笑まれていた。
雅子妃殿下も早くご快復され、将来は美智子様のような
立派な皇后陛下になられることを祈りたい。
ジョン・健・ヌッツォ氏の覚せい剤取締法違反(現行犯逮捕)
には驚いた。数多いテナー歌手の中でも美声で逞しく、
正確なコントロール歌唱は、(陳腐な比較は意味は無いが)
秋川雅史氏よりも数段格上の歌手であり、今後も期待して
だけに残念だ。
よく反省して、なんとか復帰して欲しい。
J-POP界でも、1999年に、槇原敬之氏がやはり同じ
容疑で逮捕されたが、ほどなく(徐々に)復帰して、今は
何も無かったかのように活躍しているし、反省したのだから
それでよいと思う、そうした例もあるので、何とか立ち直って
欲しいものだ。
それにしても、大学生の大麻汚染といい、労働者の多くは
この困難な時期に、それぞれの立場で乗り切ろうと必死に
なっているのに、一部の「自由人」達は何「呑気なこと」を
しているのだろう、と不思議に思う。
ところで、クラシック演奏家に相応しくない情報として、
もう1つ、とても驚いたことがある。
週刊文春によると、諏訪内晶子さんが、旦那さんから
家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス。以下「DV」)を
受けていた、というのだ。
諏訪内さんが結婚した男性が、慶応医学部卒の神経科の
医師で、諏訪内さんがケガをした際の治療を通じて知り
合った「名医」というウサワと同時に、女のウワサの多い、
女にだらしがない男、しょうもない、あるいは、うさん臭い
男というウワサも聞いていたが、どうやら
「想像以上のドン・ファン」らしい。
いや、女っけが多い、というだけならともかく(?)、
「暴力をふるう」などとは「有り得ない」ことだ。
しかも、その暴力をふるった対象が、クラシック・ファンで
その名を知らない人はいない天下の名ヴァイオリニスト、
若いころから美貌と完璧なテクニックで魅了してきた、
日本で最も有名な演奏家に対して、である。
諏訪内さんと知り合ったその医師は、当時、妻子がありながら
「他の女性」と交際していて、その女性には亭主がいて、
その亭主は不倫をしている夫人を提訴し、係争中、という
「ドロドロ状態」にいた、という。
そういう三角関係、不倫関係の中にあって、更にその医師は
諏訪内さんと知り合ったのをよいことに、「口説いた」という。
大した「タマ」だ。
世間知らずのお嬢さんである諏訪内さんは「コロッ」と
フォール・イン・ラブしてしまい、家族の猛反対を聞かずに
結婚。
結婚したとたんに、医師である亭主は豪邸に住まわせる
と同時に、DV行為を開始。
入籍から4日後に、諏訪内さんは四谷警察署に保護されて
いる、というから、ただただ唖然とし、驚愕し、怒りを覚える。
また、医師=亭主は(有)Mブレインズなる会社を設立して、
彼女に無断で彼女のマネジメントをしようとしてケンカ、だの
ヒドイ話ばかりが出てきている。
諏訪内さんは離婚を決意したが、直後に妊娠が確認された
こともあり、パリで男の子を出産。
今日まで一応、法的には現状のまま、ということのようだ。
医師=亭主は暴力だけじゃなく、ちゃんと自分の欲望を
満たすことだけは忘れていなかった、というわけだ。
「全国の諏訪内ファンよ、絶対にその男を許すな」などと
私が言う必要もないくらい、彼女のファンは多いし、中には
「熱狂的なファン」もいるだろう。
私ですら怒り心頭なのだから、「熱狂的ファン」はどう思って
いるのだろうか?と、想像するだけでも、ちょっとこれは
「怖いくらい」だ。
亭主=医師よ、悪いことは言わない、「自首」しなさい。
われらの「最大のアイドル」に、侮蔑と暴力と屈辱を与えた
者は、それなりの罰を受けなければならない。
絶対に許されないし、我々は許さない。
「諏訪内晶子さんを殴るだの、首を絞めて失神させる」だの、
これはもう完全に犯罪である。
警察はその亭主=医師を逮捕すべきだ。
でないと、「ファンの暴走が怖い」、と想像される。
これは大袈裟でも冗談でもない。だから、それを防ぐ意味も
含めて、警察による、その男の早期逮捕を強く求める。
最後に、もしこの文春の記事がデタラメと言うのなら、
医師は堂々と文藝春秋社を訴えるべきである。
本当に潔白なら、の話しだが。
明仁陛下の不整脈の報道と、あらためて、ご公務の多さを
知り、とても心配になったのは私だけでなないだろう。
天皇皇后両陛下の誠実なお人柄を察するなら、国家や行政
関係の「行事」だけでなく、民間からの「ご臨席願い」が来たら
「受けてしまわれるに違いない」から、それをセーブして、
数を制限するのが役所=宮内庁の仕事だと想うのだが、
どうなのだろう?
毎年、天皇皇后両陛下の公務は減るどころか増加していると
いうし、先般は、「12日間、休暇無しの連続公務の期間」が
あったという。
自らの状況で想像すれば容易に判ることで、たとえば身近に
75歳前後の両親や祖父母がいて、その人が、
「12日間休日無しで仕事」とか、「歳をとるごとに行事出席が
減るどころか、年々増加している」という状況にあるとしたら、
「どこの家庭でも、負担を減らそうとする」、「なるべく多く、
休んでいただくように配慮する」のが常識だろう。
宮内庁は陛下に万一のことがったらどう責任をとる言うのか?
最近の宮内庁長官は、他省庁からの「出向者」が続いている
という。彼らは最終的には「本省に戻る」から、一時的に
「そつなく」、「前例に従って」行事を推進することにしか注意を
払わないのではないか?
要するに、「命がけで、天皇皇后両陛下に仕える、という気が
そもそも無いのではないか?」と勘繰りたくなってしまう。
昨今の当該役所周辺の動向にはいろいろな危惧や心配を
感じる。
明治天皇の侍従の1人に、遠い親戚がいたというご縁に繋がる
その「端くれ」としての、おせっかいかもしれないが。
いずれにしても当該役所、役人には、皇族に対して、もっと
「人間的で、常識的な配慮」を強く求めたい。
テレビ朝日の赤江珠緒アナウンサー(最近はキャスターと
言うらしい)が、番組の中で自分が結婚したことを公表した、
と聞いて驚いた。女子アナという芸能人化戦略を採っている
フジテレビなら解るが、テレ朝までもか、と今更ながらに
唖然とし、「女性アナウンサーの公私混同、ここに極まれり」
という感がする。
いつから、女性キャスターは自身のプライベートなことを
公共の電波で伝えるほど「偉く」なったのか?
また、それを許す周りの男性スタッフの「軟弱さ」はいったい
どうしたことだろう?
ちょうど、前日、日経新聞夕刊の、まあどうということもない
コラムではあるが、系列であるテレビ東京の大橋未歩さんと
いう女性アナウンサーが、「TVな日常」というタイトルで次の
ような主旨の文章を書いている。
「テレビ東京は今、アナウンサーの採用試験真っ只中だ。
私が受験したころは、
「アナウンサーになりたいの?タレントになりたいの?」
「テレビに出たいだけじゃないの?」と、面接で聞かれ
たし、集団面接でのディベートのテーマは
「女性アナウンサーのタレント化」だった。
(中略)
自分をタレントと勘違いしたアナウンサーは自然と淘汰
されていくことに気付いた。そういう私も2年ほど前、
自分の名前が週刊誌に頻繁に載る時期があり、
気にしまい、と思いながら気になり、更に、掲載される
ことを期待している自分に気付いた。
だらだら流されそうで、そんな自分がたまらなく嫌だった。
このままではダメになると思い、「書く」ということを
意識的に行いだした。この(新聞の)連載も、
その延長線上にある。(後略)」
書いている内容はとりたてて褒められるようなことではない
にしても、そうした「危険」に気付き、謙虚に自戒している
「心の姿勢」には好感が持てる。
私は恥ずかしながら、テレビで最近知ったのだが、2003年
10月に、福島県の須賀川市立第一中学校の柔道部での
練習時、当時2年生の男子部員が、1年生の女子部員に
対して、「けいこ」ならぬ暴行を加え、その女生徒は一命は
取り留めたものの、今日に至る5年間、意識不明の状態が
続いている、という。
しかも、あろうことか、校長以下先生=学校側は、
彼女は「頭に持病があったのでは」とか、目撃していた
生徒には、「何も問題なことはなかったよな」、
「何も見ていないよな」、と脅して、事実上の「口封じ」を
行っていた、ということが発覚して問題になっている。
2006年8月、被害者のご両親は、教育委員会、学校、
加害者の親を相手取り、2億円の損害賠償(民事)訴訟を
起こした。
「お金のためではなく、何があったかを知りたいだけ」
というのは当然の心情だろう。
珍しいことに、いわゆる「スレ住人」の間にも今、支援運動が
起きつつあるというし、マスコミでは特にテレビ朝日が
追いかけている。
マスコミもぜひ、徹底的に取材の継続追及をしていって
欲しい。
実名で申し訳ないが、歌手の千昌夫さんは、バブル期、
歌手を「休業」して、「不動産王」として巨万の富を手に
入れたが、バブル崩壊で一転、逆に3,000億円とも
言われる負債を背負うこととなった。
シェパード夫人とは離婚。持ち家も手放した。
明から暗へ。
今日の小室哲哉氏の逮捕を聞いて、すぐに千さんを連想した。
もっとも千さんは自己破産もしていなければ、もちろん、
「事件」など起していないから逮捕などされていない。
だから、単純に千さんと比べたら、千さんは怒るだろう。
それはお詫びするが、「暗転」というイメージとして、
どうしても連想してしまったのだ。
しかも、千さんの場合は、またもや別の「金髪」と結婚して、
シェパードさんとの間にはできなかったお子さんをもうけて
いるのだから、まあ、大したモノではある。
90年代後半、レコード大賞や、オリコンランク独占等々、
ヒット曲を連発させ、年によっては年収20億円以上とも
言われたこともあり、資産100億円、米国に広大な家と
フェラーリをはじめとした高級外車を数台所有、という
誰もが羨む状況を勝ち得た小室氏は、
事業の失敗、特に香港に設立した会社が株式上場を
成したまではよかったが、相場の下落で一転、
巨大な負債を抱えた。
また、2番目の奥さんとの間に子供が生まれた直後に、
今の奥さんと結婚、などというふざけた生き様が、
「たたられた」のだろう。
その2番目の奥さんと別れる際、7億と言われる額を
平然と提示し、毎月200万円の養育費を支払い始めた
というが、最近では、その送金もできなくなり、
居住するマンションの月280万円の賃料もここ数か月
「滞納」するまでに至っていたという。
いささか不謹慎な昔からの言葉を例に引くと、
「いつまでも、あると思うな親とカネ」、というところか。
特に、不動産や株式市場、商品先物市場での失敗
というのは、彼や千さんに限らず、一気に状況が暗転して、
たちまち巨額の借財を抱えるのが「相場」、それこそが
「This is 相場」なのだ。
彼の音楽はリズミックで、如何にも「今ふう」で、
底が浅いし、特別好きではないが、しかし、
渡辺美里さんという抜群の歌手を得た幸運もあり、
「My Revolution」は良い曲だと思うし、
安室ちゃんの 「CAN YOU CELEBRATE?」や
愛人にしていた華原朋美の「I'm proud」もなかなか
シャレた曲であることは認めよう。
財力に溺れたこと、人間関係、特に「女」をヒドク
扱ったこと、変動相場というトウシロが手を出しては
いけない部分に手を出したこと、等々、
要するに「奢り」が彼を奈落に落としめたと言えるのだろう。
今日の朝日新聞「声」の欄の、22歳の女子大生による投書
を興味深く読んだ。
彼女によると、自分はやっと就職も決まり一段落したが、
周りの友人らの中には、就職せず、卒業後は旅行や料理学校
などに行き、ゆっくりしたい、という人もいて、その親も無理に
働かなくともよい、としている人もいるが、裕福な家庭なのだ
ろうけれども、高い学費を出してもらって大学に来て何だった
のだろうか、自分は微力でも社会の役に立ちたいと思う、
という主旨の内容だった。
彼女の自身に対する考えは立派というか普通かもしれないが、
しかし、周辺の恵まれた女性がそういう生き方を選ぶのも、
裕福な家庭ならばそれも別に攻め立てるものでもないなあ、
とも思う。
ヘタに社会に出て、それこそ意地の悪い同僚や上司から
パワハラ、セクハラ等により心身を衰弱させるよりはマシかも
しれないのだから。
もっとも、世の中にはそういう、「自分の意思だけではどうにも
ならないことが在る」ことや、「世間の厳しさを学ばないで生きて
どうするの?」という批判が成り立つこともまた真理ではある。
それに、そうした女性らは、結局「男頼み」で生きていくことが
必然化され、同様に裕福な「おぼっちゃま」と結婚して、
その男の持ってくるお金の下で気ままに生活していくのは
羨ましくもあるが、他方では、
「あなたがこの世に生れてきたアイデンティティは何?」
と問われ得ることもまた真理であろう。
実は今述べたことよりも、投書者が紹介していた、その周辺の
友人達が口にしたいるセリフが面白くて、これを書いてみている
次第なのだ。それはこう。
「男の子なら働かないとニートと言われるけれど、
(私達)女の子は「家事手伝い」で通るからいいのよ」
というもの。
なるほど、言い得て妙だ。
確かに昔から女性に職業を聴いた際の答えとして、
「家事手伝いです」というのはあった。
良家の子女なら、たぶん、ずっと昔からあった「回答」だろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここから、話を逸らす、というか敷衍して別のことを書いて
みよう。
大学のOBやOGが集う活動の中で、女性の合唱団を
1つ知っている。そこは練習日が木曜日だったか、とにかく
平日の午前中、というもので、必然的に「普通のOL」を
選んだ卒業生で、合唱活動をしたい女性は、そこには
入りたくとも入れない、という状態で何十年も来ている。
要するに、先述のような恵まれたご家庭の女性の集まりだから
「セレブサロン」としての合唱、という性質を持っている。
女性が社会進出をし始めて、40年前後が経過しつつあるが、
若い人(後輩たち)を入れて来なかった、後継者達を育てて
来なかった、という経緯があるから、その団体の平均年齢は
60数歳、いや、ほとんど70歳前後となっているので、
敢えて失礼を承知で書くと、「自然消滅は時間の問題」と
なっている。
もう20年ほど前、故・岩城宏之さんから、我がOBオケは
ひどく叱られたことがあった。
ある団員が練習に遅刻してきて(申し訳なさそうにして静かに
着席したのなら、お叱りに至らなかったかもしれないが、
そうではなく)、平然と何の悪びれた様子もなく持ち場の席に
着席したのを見て、岩城さんは烈火のごとく怒った。
「君は降りなさい(本番に出なくてよい)。
いいかい、「自分達はアマチュアだから」という意識で、
「甘え」ちゃダメだ。音楽をこれからも続けていく、という
のなら、「アマチュアこそ、命を賭けて取り組め」、と
言いたい」
あの頃は、私は岩城先生のその言葉を十分には理解できな
かったと思うが、今はよく解る。
先ほどの、「セレブサロン」を揶揄することになるが、
他に職業を持っていて、色々な意味で、
「何とかギリギリの状況だけれども、それでも音楽をやりたい」
という人達は、「ギリギリ」だからこそ、真剣に、真面目に
取り組まなければ、良い音楽など絶対に生み出し得ない、
ということだ。
アマチュアで音楽を続けていきたいのなら、それこそ、
「中途半端な気持ちで音楽に向き合うな」と、岩城先生は
おっしゃりたかったのだと思う。
もちろん、「気ままなサロンの集まりによる音楽を楽しむ会」
があっても、それはそれで良いと思う。
しかし、我が団のようにキチンと後輩を受け入れて、友好と
親睦をメインとしながらも、お客様を招いて定期演奏会を開催
する以上、でき得る範囲での個々の技術の向上と、
組織としてのマナーを守ることは当然にして最大最高の目的
でもあるはずだ。
それを忘れた団員を、岩城さんは許さなかった。
一定の、一部の人達の閉鎖的な、あるいはサロン的な
趣味の楽しみかたも1つの「在りかた」だとは思う。
しかし、そうではなく、親睦とマナーを基本に技術的な追及も
忘れずに、少なくとも、来場してくださった聴衆の皆様に
対して、失礼の無い、最大限でき得る限りでの演奏を目指す
団体においては、そのために(ある種)求められる「厳しさ」
というものはやはり必要なのである。
働かなくてサークル活動を行える人達が生み出す音楽と、
働いているが故、ギリギリの状態であるが故に、それでも
音楽活動を継続していきたい、とする人たち=我が団、とでは
自ずと、生じてくる音楽もまた「違ったもの」であるはずである。
2~3日前の新聞のある文章の中で、フリードリッヒ・シラー
の「時の歩み」の一節が紹介されていた。
印象深いので、記録しておきたい。
「 未来はためらいつつ近づき、
現在は矢のように速く飛び去り、
過去は永久に静かに立っている 」
私が小学生のころは、(ということは、もっと以前より)
「バカは死ななきゃ治らない」という言葉があった。
今はやたら過剰に「差別用語」、「差別的表現」がNGの
時代だから、やたら使用できないのだろうけれど、この言葉、
もっと進めて、「バカは死んでも治らない」という言葉も含めて
昨今の「振り込め詐欺」の(あんなもの減少するかと思い
きや)相変わらず増加しているとの報道に接すると、
大変失礼で申し訳ないのことは百も承知のうえで、
「騙された側=親御さん」に対して、正直言って、先述の
言葉を思ってしまうしだいだ。
今年1月から9月までの期間、全国における被害が件数で
16,997件。その被害総額が約235億5,900万円で、
このままの「ペース」で行くと、通年で過去最高だった
2004年の283億7,800万円を上回りそう、とのことだ。
これほど騒がれていて、警察だけでなく、金融機関でも
「詐欺からお客を守ろう」と取り組んでいるにもかかわらず、
この9月だけでも、1,696件、21億6,300万円の被害、
というから驚く。というか、「呆れてものが言えない」。
いわゆる「オレオレ詐欺」の場合、不思議なのは、
親は子供の声が判別できないのだろうか?、という点。
声が似ていても、また、別居していても普段から良好な
コミュニケーションがある親子なら、「オレオレ」みたいな
言い回しをする息子か否かくらい判別できるだろうに、
と素朴に思ってしまう。
なぜ、いったん、冷静に「立ち止まって」自分から
あらためて子供=本人に連絡をして確認しないのか、
全く不可解千万である。
しかも、皮肉なことに、この「携帯電話全盛の時代に」
である。
日本は、どうかしてやいないか?幼児化してやいないか?
子供を甘やかせてきた親に、今、その代償としての「罰」が
向かっているようにも思える。
野口英世は生後1歳半のとき、囲炉裏(いろり)に落ち、
左手に重症を負った。切断は免れたが、大変不自由な片手
となった。
小学校では、その手のことで、同級生から「いじめ」を受けて
いた。
ある日、先生が生徒達に作文を読ませた。
英世は、幼少時に負った火傷のこと、そのために随分
不自由な思いをしているということを、「淡々と」語り始めた。
すると、教室のあちこちから、シクシクと泣く声が聞こえて
来た。やがて、その泣き声は教室中に広まった。
その日そのときを境に、クラスメート達が英世をイジメること
は無くなった。それどころか、彼らは進んで英世と友達に
なっていった。
英世は、そのクラスメート達を、終生 大事に思っていたと
いう。
実際、その後、15歳のときには、同級生らの基金により
左手を手術することができた。
医術と友情に感動した英世は、医師の道に進む決断をした
のだった。
教室で、生徒達が、「泣く前と泣いた後」では、どう感情が
動いたのだろう? 何が「違っている」のだろう?
この感情の「機微」、「分岐点」を、どう説明すればよいの
だろうか?
人間は本来的には「良心」と「意地悪さ」の両面を持っていて
それが何かのキッカケしだいで、どちらにもブレ得るのだ、
ということは言えるだろう。
このエピソードが伝える感情の変化の本質は、何も子供達
だけの間での話では無いことは言うまでもない。
昨年暮れ、会社の忘年会での余興で、いっしょにヴァイオリン
を弾いたW君が、最近、社内恋愛で結婚された。
記念色紙に私は、祝辞に続き、次のようなことを書いた。
「奥さんに1つお願いがあります。趣味であっても音楽活動
をしていく場合、パートナーの理解と応援が無いと、結構
大変だと思いますので、ご主人が今後もヴァイオリンを
オーケストラで演奏していくことを、ぜひ応援してあげて
ください」、と。
こういうことを書いたのは伏線があったことに自分で
気づいた。
先日の連休は、毎年恒例の年1回のオーケストラの合宿
だったのだが、今回、ヴァイオリンのパートでは新しく入団
されたかたや、復帰されたかたなど、新鮮な顔ぶれが
多く揃った、という嬉しいことがあり、ファーストとセカンドの
それぞれのパートリーダーに私から事前に、
「初日の夜は ぜひヴァイオリンパートで懇親会をしましょう」
と提案して賛同を得、開催したのだった。
その際、当然、いろいろな話が出たが、散会間際に団長が
「ところで、みなさんのところは判らないが、音楽活動を
されていることで、伴侶やお子様など、ご家族との間で
問題が生じる、ということは無いのだろうか?」と、
話題を差し向けられた。
まず、一般論、というか、当団だけではないだろうが、
アマチュアの活動では、当然、それぞれの時期、時代に
おいて、パートによっても人数の多い、少ない、という「波」
は当然ある。これまで、当団も、ある時期は○○パートが
急に少なくなった、とか、逆に今回の当団のヴァイオリンの
ように○○パートの人数が増えた、ということもある。
女性の場合は特に結婚や出産があれば(特に後者は)
なかなか活動継続が困難になることはあるだろうし、
男性も転勤や諸処の事情でそういうことはあり得る。
現に今回、当団では逆に、木管楽器の2つのパートが
寿ラッシュで不安材料が出ている。
もちろん、当事者のかたにとってはお目出度いことだし、
趣味としての活動なので、当然ながら、団としては
やむを得ないことであることは言うまでもない。
女性で、4歳のお子さんがいらっしゃるにもかかわらず、
出産の前後を除いて継続されているかたや、なんと
何年も前から徳島県から通って継続されているかた、
今回も新たに長野市在住のかたが入団、という、
いずれも女性の団員がいらっしゃるが、それは本当に
例外的にスゴイことであり、なかなか全員が全員、
そうできることではないことは言うまでもない。
私も1年ほど名古屋から継続参加していたことがあるが、
それでも(金銭的なことも含めて)決して楽ではなかった
が、私の状況など、今述べた3人の女性団員のご苦労
からみたら、どうということもないことだった。
さて、その、団長の問いかけに対して、いくつか意見や情報
が出たが、私も1例知っていたので話した。
「ある金管の女性が、ここ3年ほど出て来なくなったのは
ご主人から、「これ以上活動を続けるなら、離婚だ」と
言われたのが原因、理由と聞いています」
団長;「ああ、そういうこともあるんじゃないかと思って、
尋ねたんです。男性にしても女性にしても、必ずしも
(伴侶が)音楽が好きな人と結婚するとは限らないでしょう
からね」
また、その人の例とは違う人、として他の団員より、
「実際、そういうことで離婚して、音楽をとった人も過去に
いたみたいですよ」
(ええ!・・・と、やや皆驚く)
すると、女性の大先輩より、
「でも、そういうことで離婚するカップルって、結局、
そういうことが無くても、いつかは別れたのよ」
との発言。
これは、どこまで笑ってよいか判らない要素があるものの
その場では結構「受けた」のは事実だ。なるほど、
仮にクラッシック音楽に興味の無いパートナーでも、
「あなたが好きなことをやっている、そういう姿も好きだし、
応援する、そうするのが当然」という考えも理は有ると
思うし、活動をしたい人からしたら、相手にそう思って
もらいたい、というのが本音であることは多分確かなこと
だろう。
でも、やはりこれも「絶対的な真理とは言い難い」という
こともまた事実だとは思う。
ご夫婦、男女のことは、所詮、第三者には完全には理解
できない部分があると思うからだ。
「理想」としては、先述のような「理解、応援」が欲しい、
そうあって欲しい、と当事者、あるいは周辺である他者と
しての団員はそう思うのだが、その考えを万人に押し付け
られるはずもないし、僭越なことではあるだろう。
しかし、例えば、定年後、ご主人が何の趣味も無く、
家でずーっと、ボーッとされているよりは、奥様にとって
趣味に打ち込んでいるご主人のほうが、いといろな意味に
おいて、「良い状況」なのではないか?、という想像は
できるとは思うのだが。
ところで、一番良くあるパターンは、楽器にしても合唱に
しても、女性の場合、子育てが一応ひと段落が着いた
ので、復帰されてくる例。
身近でも、オーケストラ、合唱、いずれも何人も知っている。
特に合唱団では、ここ数年、私の周辺の代(同期、先輩、
後輩)で急増したのは、やはり無条件に嬉しく思う。
この復帰のパターンが一番「自然な」カタチなのかもしれない
が、合唱団の同期の女性で、出産の前後を除いて、居住地
だった仙台と金沢のいずれにおいても、ずっと合唱をされて
いる友人がいるのも、また事実ではある。
子供が生まれてまもないころも、「おんぶして」練習場に
通った時期もあった、というからスゴイ。
「最終的には、そのかたの音楽への「思い」、「姿勢」と
言うこともできる」が、そうした強い思いがあっても、
それを理解して協力しない伴侶、環境にある場合は
難しいのだろう。
タイマー録画から、もう1つ。TBSの「世界ウルルン滞在記」
が終了するということで、これまでの内容を振り返り、
「さよなら大感謝スペシャル 13年半を振り返る」という副題
で放送された。
同番組は必ずしも熱心に見ていたわけではなく、むしろ
見ていない回数のほうが多い。この点は、テレビ東京の
「田舎に泊まろう!」とは、私の場合、事情は少し異なる。
後者は、これまでの放送は8割がた見ていると思うので。
それにしても、いずれの番組も、国内と海外の違いは
あるとはいえ、しかも、こう言ってはなんだが、ウルルンは
「秘境に近い」と言ったら失礼かもしれないが、通常、
海外旅行者が行くような地域とは異なる地域の人々の
中に入っていった番組だったが、いずれにしても、
「人間の出会い、というものは、たとえ短い期間の出会い
であっても、それが忘れ難く、深く心に刻まれ、
友愛が芽生えることはあり得るのだ」、
ということを改めて教えてくれるものだった。
それは、国籍、民族、男女、年齢、生活環境等、
全ての境遇を超越して、あり得ることなのだ。
もちろん、人間だから、逆もあるだろう。
もう二度と話したくない人、会いたくもない人、という
「不幸な出会い」も、だぶん、多かれ少なかれ、ほとんどの
人に、その数の多い少ない、度合の濃淡の違いこそあれ、
あるのかもしれない。
でも、今回はそれについては触れることはやめよう。
「幸福な出会い」について書くことこそ、心が安らぐからだ。
ある老女が、異国からの若い旅人である彼女を抱きしめ、
涙を浮かべて言った。
「こんな寂しさだけが残るのなら、あなたと会わなければ
よかった・・・・・」、と。
ある老人が、ポツリと旅人である青年に気付かれずに
言った。
「人生では、どうして 大切な人がいなくなるのものだ?」
と。
その言葉のひとつひとつに共感しながら、それでも私達は
たぶんこう言うしかない。
「それでも、あなたに会えて、本当に良かった」、と。
出会いは、本来、それ自体が「1つの奇跡」なのだ。
小田和正さんの「言葉にできない」を引用させていただくと
「ひとりでは 生きてゆけなくて また 誰かを愛している
こころ 哀しくて 言葉にできない
(中略)
あなたに 会えて 本当に良かった
嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない 」
確かに、「知らないで」いること、いたことの中においては、
別れに際しての寂しさは生じないが、また、ともに時間を
ある一定の空間において、たとえ一定の時間であっても
いっしょに居られたという喜びもまた得られなかっただろう。
もう20年くらい前だと思うが、「おしゃべりクラシック」だった
か、NHKの何かの番組で、永六輔作詞・中村八大作曲、
「六八コンビ」による「生きるものの歌」を聞いたとき、
穏やかな旋律と、その詩が非常に印象に残ったので、
引用させていただきたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「生きるものの歌」
あなたがこの世に生まれ あなたがこの世を去る
私がこの世に生まれ 私がこの世を去る
その時 涙があるか その時 愛があるか
そこに幸せな別れが あるだろうか あるだろうか
(台詞;もし世界が平和に満ちていたとしても
悲しみは襲ってくる 殺されなくても命は終わり
誰もがいつか別れていく
世界がどんなに平和でも 悲しい夜は来る
誰もが耐えて生きている
思い出と歌があなたを支えてゆくだろう)
私がこの世に生まれ 私がこの世を去る
あなたがこの世に生まれ あなたがこの世を去る
その時 明日がある その時 未来がある
そこに生きるものの歌がある 歌がある
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この歌、歌詞を知ってから、いつしか私のなかで、
「幸せな別れ」という言葉が重要なキーワードとなっている
ような気がする。
私たちは、最終的には畢竟、「幸せな別れ」を望んで
生きているのではないか?
という思いがどこかにある。
人間関係における全ての価値判断の中心に、この言葉が
常に私の中にあるように思える。
誰もが「不幸な別れ」を希望しないだろう。
「幸せな別れ」のもつ意味合いの深さにときどき、とても
深く思いを馳せることがある。
私は 夢の中で 長い長い贈る言葉を書いた
それは 色紙をはみ出して
いつ果てるともない言葉を捜し 言葉を綴った
あなたの居た姿を見ることは いつものありふれた
しかしまた特別な楽しみのひとときだった
あなたをそこに見るとほっとし いないと少しだけ寂しかった
あるとき フッと気づいた 君がいない と
I miss you terribly these days
出会わなければ 特別な感情は生まれないように
見ることさえかなわなくなれば 寂しさも哀しさえも
それを伝える言葉も 見つからない
ああ 憧れのひと
この瞬間(とき)が いつか遠くのステージに現れる姿に
変わらぬ思いと ときが重なりますよう
あなたに そっと 祝福の心を贈ります
先日、思いがけず、久しぶりにお役人と話す機会があった。
もちろん、仕事がらみだが、直接的なことではなく、営業で
いつも懇意にしている会社が、今後予定されている規制に
関して「さぐり」を入れる必要が生じたことから、私が勤務
する会社の社員がお役所とアポをとってセッティングし、
内容的に法的な話になるということで、法務関連業務に
従事している私も同席することとなった。
役所は厚生労働省。
もっとも、そういう訳だから、年金の苦情、とかいうこと
ではない。
中央のお役所は、証券会社にいたとき、旧・大蔵省
(現・財務省)の証券局業務課に何度か書類を提出に
行ったことがあるので、それ以来の「お役所折衝」だった
かもしれない。
5年ほど前の、労働基準監督署との折衝を別とすれば。
応対をしてくれた厚労省の人は、たぶん、30代だろうが、
とても丁寧に、普通の民間人の視点で物事を考え理解し、
もちろん同時に、役所側として法的な面からの是非等に
ついて、極めて誠実に対応してくれた。
ああいうお役人ばかりなら、経費無駄使いだの、
悪質接待、贈収賄等といった問題は生じないだろうに。
もっとも、地位が上がっていくと、組織的、慣例的等で、
個人の良心との葛藤、抗し難い場面に役人も遭遇して
いく、ということなのかもしれないが。
ところで、こちら側の(懇意の他社の)社長さんは、
まだ20代とのことだが、体格はお相撲さんのように立派な
だけでなく、さすがに若くして起業するだけのことのあり、
(当然とはいえ)仕事への真面目な取り組み、熱意、
隙の無い確認、我々にはざっくばらんで豪快な面もある
と同時に、そういう役所での対役人折衝の際には、
キチンと常識的に丁寧で立派に質問を投げていく様を見て、
(繰り返しになるが)あらためて
「若くして起業する人は、「違う」なあ」と感心したのだった。
我々への気遣いも立派で、当初、こちらで同社から厚労省
へはタクシーで「接待」するつもりでいたが、逆に同社で
相当高級っぽい社用車を手配していただいて役所に向か
い、折衝後も、わが社へそのまま送っていただいたしだい
だった。
有る程度の年齢の社長ならともかく、若い時期はとかく
自分中心に考えがちになりかねないのに、そうした
「大人の配慮」がサッとできる柔軟性にも感心した。
見るからに歳上の私が急遽同行したことにご配慮いた
だいたのかもしれないが。
いずれにしても、彼に比べれば、
私が20代(のサラリーマン時代)のときなんて、
私は「ひよこ、ガキ」にすぎなかったな、と思う。
もう日にちが経ってしまったが、アフガニスタンでの、
NGO「ペシャワール会」の伊藤和也さんの痛ましい事件が
起きたとき、私は、迂闊にもそんなに立派な人がいるなんて
知らず、また「旅行者」が巻き込まれたのかと思ったが、
とんでもないことだった。
農業を愛し、それを風土的、政治的に恵まれない状況に
あるアフガニスタンで5年も村民とともに土地を耕していた
人がいたこと自体、知らなかったことは恥ずかしいし、
また、日本人として誇りに思うようなことでもある。
実際、現地の人からも愛されていた伊藤和也さんが
行方不明になったときから、700人前後の現地の人々が
捜索にあたったという。
犯人たちは、「金のための誘拐」目的のようだが、仮に
なんらかの政治的背景があろうと、ああいう行為、犯人を
現地の人達も許すわけはないだろう。
天皇皇后両陛下はすぐさま弔意を表し、美智子皇后陛下
は、夜に予定していたコンサート臨席を取りやめた。
今上天皇=明仁陛下と美智子皇后陛下の、
日本人1人1人への「思い」というものに、我々は度々
尊敬の念を覚えるが、今回の不幸な痛ましい事件に
おいても、伊藤和也さんが現地人から愛された人であった
ことともに、せめてもの気持ちが静まる哀悼の意を、
天皇皇后両陛下が「政府よりもヒューマンなかたちで」
表した姿勢に深い感銘を覚える。
音楽雑誌、「レコード芸術」を最初に購入したのはいつごろ
だったか? 中学生くらいだろうから、既に30数年前からの
読者ということになりが、もちろん、毎月買っているわけではない。
せいぜい、年に6回前後、というところだが、「立ち見」だけの
ときも、いくつかの「要所」は見てきている。
その中で、もう10年以上前から始まったコーナーで、
「リーダース・チョイス」という、読者による名盤推薦コーナーが
ある。
例えば、雑誌会社側が、○月はベートーヴェンの第5交響曲、と
して、それにハガキ(短い文)で1人=1枚、推薦理由=感想を
書いて応募するのだ。
私も10年ほど前だったか、チャイコフスキーの第5交響曲、のとき
投函して、掲載していただいたことがある。
私のことはともかく、やはりここ10年くらい、ずっと継続的に、
そう、年に5回前後は掲載される、いわば「常連」の人で、
奈良市にお住まいの、山田一夫さん、というかたがいる。
今年76歳。
わりとオーソドックスな、正統派的な推薦盤を挙げられるが、
たまに結構ユニークなというか、意外な盤も推薦されていて、
とても興味深い。
山田さんのお名前を「レコ芸」で見かけると、
「ああ、まだお元気だ」、と、直接は存じあげない人にもかかわらず
なぜかホッとし、嬉しくなる。
実家では、よく両親、特に母親と昔から世間話しの中で、
振り込め詐欺や、いわゆる「ネズミこう」などのダマシの類などに
コロリとひっかかる人のことを(申し訳ないながら)、
「なんでかねえ」、と折あることに笑いながら話したりしている。
もちろん、辛辣に言うと、「バッかじゃない?」という意味を込めて、
である。
そんな我が実家にも、数年前、「詐欺家さん」から電話が架かった
という。架けてきた人物をXとしよう。
X;「もしもし、お宅の○○さん(下の名を調べたらしい)ですが、
今朝○○線の電車で痴漢をしたという容疑がかけられ、
警察に拘留されています。」
母;(瞬間、「ピーン」と来たそうだが、演技で話に「乗って
みよう」と企んだそうだ。なので、わざと、驚いて)
「あらまあ、本当なの?」
X;「ええ。それで、至急、保釈金を払い込んで、身柄を楽にして
あげてください」
母;「で、どちらに?」
X;「はい、○○銀行・・・・・・・・・・です」
母:「ふーん、・・・・あのねえ、うちの子、今、その線(電車)
使ってないのよねえ・・・・(笑)」
X;「えっ?・・・・・、あ、判ります?」
母;「ええ。振り込め詐欺さんでしょ?」
X:「えへへっ・・・・(ガシャ、と電話が切れた)」
これを聞いて、家族皆で「大笑い」。大爆笑。
「あんなのに、騙される人が世の中にいるのよねえ・・・」と、母。
「信じられないねえ。年間、全国だと、億単位だそうだよ、
振り込め詐欺で騙された人の総金額は。ネズミ講や、
エセ健康品とか、エセ宗教のお布施(献上金)に出資とか、
昔から「アホちゃう?」というものが後を絶たず、
騙される人がいるんだからねえ」、と、私。
外部のセミナーに行くと(当然、多くの様々な会社の人が来て
いるわけだが)、男性のほとんど全てが「ノーネクタイ」状態で、
「クールビズ」がほとんどの企業に完全に浸透しているのだな、
ということが判る。
主婦のかたには、なかなかご理解いただけないかもしれないが、
ご主人が夏の暑い日に、ビシッ、とスーツだけでなく、ネクタイ締めて
外を歩く、というのは結構シンドイものなのです。
体力的には正に、「自分の首を絞める行為」、という感じ。
ここ数年の政府、与党の政策はろくなものが無いが、まあ、
政策ではないにしても、また、温暖化防止ということにはどれほど
の効果があるかは別として、サラリーマンとしてはノーネクタイ化、
クールビズ、というものは確かに結構助かるののである。
29日の東京は、21時前後に1時間ほど、落雷を伴う激しい雨が
振り、田端駅付近への落雷の影響で、山の手線の内・外周り
いずれの全線および京浜東北線がストップ。
復旧は22時を過ぎたので、その間、多くの人が、埼京線や
丸の内線に乗り換えて帰宅したろうし、その線が相当な混雑
を生じたのだった。
前日、28日は、金沢市内の一部での集中豪雨による土砂を
伴う河川の氾濫や、特に、神戸市の都賀川の急激な増水は
驚くべきもので、普段、「深さ」が5cmというような「せせらぎ」
が、わずか、10分ほどの間に、134cm(1m34cm)の水位と
して一気に流れ去り、4人が亡くなられたのが本当に
お気の毒だ。そのうち3人はまだ小学生と保育園児。
なんとも言葉もない。
しかも、それから、また1~2時間もすれば、元もままのような
「普通の流れ」に戻るのだから、よけいたまらない。
先述の東京の場合も、22時にはすっかり雨はあがって、
ごく「普通の夜空」に戻っていた。
私が社会人1年生から長くいた会社は、2000年、同業他社と
合併して、今では「全く違う会社」になっている。
2002年ころも、大きなリストラがあって、私がいた旧・T社側
の人たちの多くが厳しい状況に追われたことは聞いて知って
いた。まあ、1997年の金融恐慌(あきらかに旧・大蔵省の
ミス・リードがあった。特に当時の長野厖士(あつし)
証券局長は「戦犯」ものだと思う)のころや、ITバブル崩壊後
(2002年前後)の不況時は、多くの業界、多くの人が苦労
されたと想像する。
最近はいくらか落ち着いてきたと思っていたが、先述のT社
(現TT社)からの友人、というか、先輩が、上司からの
いわゆる「パワハラ(パワー・ハラスメント)」、要するに
「攻撃者である人間(上司等)が、その優位な立場を利用した
イジメ」によって、退職を余儀なくされた、と聞いて大変驚き、
「まだ、そんなことがあるのか(やってるのか)」と、
憤りを感じるとともに、とても悲しくなった。
同列に論じて良いか否かは別として、最近の凶悪犯、例えば
「誰でもよかった殺人」犯人にしても、パワハラ仕掛け人にしても、
その者が何らかの「優位者あるいは一般生活者へのリベンジ」
もしくは「優位に立ちたい、その地位を守りたい」とすることからの
他者への攻撃、と、とらえた場合、私はしばしば思い出す言葉が
ある。
言葉というか、ドラマのセリフなのだが、昭和46年(1971年)の
NHK大河ドラマ「春の坂道」で、主役を演じた
萬屋錦之介(当時は中村錦之助)演じる柳生但馬守宗矩が、
生涯ただ一度だけ人を切ったとされる場面、
慶長20年(1615年)の大坂の夏の陣の際、将軍秀忠の元に
迫った豊臣側の武士を前に、将軍が、「そなた1人で大丈夫か?」
と問うたとき、萬屋さんは、あの独特のアクの強い言い回しで
こう言ったのだった。
「殿、人を切るということはそれだけおのれが追い詰められたと
いうこと。「恥」にこそなれ、決して自慢するようなことでは
ございませぬ。そのこと「し・か・と」お心にお留めいただきますよう」
(将軍、うなずく)
「・・・・柳生但馬守宗矩 ・・・お相手申す・・・・」
として、バッタバッタ切り捨てる、というシーンだった。
この言葉ニについてのコメントは、特にしないことにしよう。
それぞれでお考えください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお、その先輩は、私の数倍、温厚で、社歴的にも比較的
恵まれたコースを辿ってきた人だが、よほどのことだったようで、
最終出社日に、社内メールで、人事部長、前人事部長、
親しい何人かの友人を含む、少なくない人宛に、「実名入り」で
「誰々から、・・・のようなイジメを受けて、こうしたやむなき事態に
至りました」と発信したそうである。
相当なことだったのだろう。
そういえば、もう1人、彼も比較的恵まれたコースを歩み、
私より少し歳下(後輩)だけれど、大変優秀で、私より早く課長
=投資信託部の課長、になった友人がいる。
性格もやはり私より数倍温厚で、クラシック音楽が好きな共通点
があったので、年に数回、池袋のホテルメトロポリタンホテル2Fの
「オリエントエクスプレス」というカクテルバーで語り合ったりしていた
のだが、2000年の合併以降、苦労したようで、
2002年の秋ころ、既に他社に移っていた私の自宅に電話を
かけてきて、彼はこう言った。
「実は、半年前に、所沢支店の営業に異動になったのだけれど、
やはり、なかなか営業は大変なので、○○○という会社に
転職することになった」
とのことだった。
合併が無ければ、投資信託課長から最初の異動先が支店の
1営業マン、というのは、まず「絶対に有り得ない異動」である。
「合併相手会社の人事権のほうが相当強いのだな」、
ということは、そのときに知ったのだった。
26日(土)、初めて生で「キックボクシング」を見た。
というと、私を知る人は驚くだろうし、私自身も意外な体験
だった。
会社の若い営業リーダー(マネージャー職。若いといっても
たしか30歳代と思う)が、
「友人でかねてより応援しているキックボクシング選手がいる」
とのこと。
そのリーダーは、私のようなオジサンからみても、性格温厚
にして、誠実で、実に人柄の魅力的な男性なので、年齢差を
超えて十分尊敬に値する青年だと以前から感じていた人だ。
そして今回の、その「応援しているので、皆さんもぜひ試合に
来場、観戦して欲しい」とする趣旨のメッセージが、
実に彼らしい誠実さに溢れたものだったので、
普通のボクシングほどには興味の無かった「キック」の
チケットを買わしていただいたのだった。
彼の応援する山内選手はランクが相当上で、その日の
最終戦での登場で、しかも相手は見るからに強そうな
本場タイの選手だった。
結論からいうと、当初やや押されていたが、最終ラウンドの
それもあと30秒くらししか残していない土壇場で、事実上の
KOに近い(判定)勝ちを収める、という見ごたえのあるもの
だった。
彼のような誠実な人に応援される山内選手という人も、
おそらく誠実なアスリートに違いない。類は友を呼ぶのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
また、今回、興味深かったことは、私のような素人にも、
それぞれのマッチングでの選手の「レベル」が、
「はっきりと判る」ということだ。
入場してから、結局全部で7試合くらい見たのだが、
登場してくる2人(組)について、徐々に後に進むに従って
明らかにレベルアップした2人が登場してくるのだ。
面白いものである。
そういえば、音大でピアノをやっていた人が、例えば
日本音楽コンクールのピアノ部門の予選を聴きに行くと、
ファイナルに残る(仮に50人中10人として)その10人は
誰なのか、全員の演奏を聴けばだいたい予想がつく、
と言っていたのを聞いたことがあるが、それに似たこと
なのかもしれない。
実力は隠しようもなく、「判る(解る)」ものなのだろう。
そうそう、オーケストラでも、プロはもちろん、私達のような
アマチュア活動をしている人間でも、例えば、
初めて迎える指揮者とは、初リハーサルを始めて、
せいぜい10分もあれば、その指揮者の「レベル」という
ものは判るものなのだ。これは別に私だけでなく、
たぶん、ほとんどの団員はそうだと思う。
技術や人柄、それのマッチングによるキャラクター等は
案外誰でも簡単に見分けられる、ということなのだろう。
もちろん、それは、
「見る側にもそれなにの見識があることを前提とする」かも
しれないが。
誠実なるもの。誠実で優しく、ある面でのプロ(的)スキル
等が備わった人は、男女を問わず魅力的だ。
もちろんこれは、例えば金持ち云々の以前の話、次元の
異なる話だ。
今、私が書いてきたことは、結局、
人が人に「最終的に魅せられる」ところはどういう点なのか、
ということかもしれない。
芥川龍之介が大量の睡眠薬を飲んで自殺してから81年。
昭和初期の先鋭な知性と文才に恵まれた才人は、
「漠然たる不安」の中、自ら死を選んだ。
最近、ご遺族から、大量の新資料が駒場の日本近代文学館に
寄贈されたと話題になっている。
ご家族等に宛てられた自筆の遺書は、本人の希望で焼却された
と考えれてきたというが、密かにご遺族が保存されていたようだ。
私が遺族でも、「ごめんね父さん」と思いながら、やはりそうした
に違いない。
当時、2歳~7歳の3人の息子宛てには、
「人生は死に至る戦いなることを忘れるべからず」、と書き残して
いる。長男、比呂志さんは俳優、最も有名だった三男の
也寸志さんは作曲家(生前は、テレビでもお馴染みだった)、
次男の多加志さんは太平洋戦争中に戦死されている。
慧眼をもってする龍之介さんは、理不尽で過酷な近代戦争の
中で次男が戦死されることや、こんにちの日本、特に昨今の
ような、親殺し、子殺し、幼児殺し、「誰でもよかった殺し」等の
おぞましい事件が出現する社会にこの国がなるということは
想像できただろうか?
いや、彼なら多分、ある程度のことは想像できていたのかもしれ
ない。
それにしても、芥川や夏目漱石、森鴎外、あるいは思想云々は
別として優れた知性と論客であった三島由紀夫などが、
今の時代に生きていたら、どういう発言をしたのか、本当に
関心が行くし、残念でならない。
最近は、「政治の時代」でなくなったのか、作家達も割りと
「大人しい」気がする。石原慎太郎氏はおとなしくはないが、
たいしたこと言ってないし、大江健三郎さんもなぜか社会に
対する直接的なメーッセージは、とんと少なくなったように思う。
最近では、村上龍さんは政治的な問題だけでなく、経済、
スポーツ等諸所の問題をとりあげたり、経済については
「カンブリア宮殿」というテレビ番組等、マスメディアでも活躍
しているほか、とか、後日(近々)書いてみようと思っている、
雨宮処凛(あまみや かりん)さんが、労務状況、特に若者等が
置かれた「生きずらい」状況、格差、貧困等に積極的に発言
しているし、著作数も最近特に多い。
硬派の佐高 信さんとの共著や、石原慎太郎へのインタビュー、
田原総一朗さん司会の「朝まで生テレビ」等への出演などに
より、テレビや集会等での積極的な発言をしている。
話を芥川龍之介に戻そう。
彼の作品の中で好きなものに、「トロッコ」がある。
誰でも子供のころに読んだことはあるだろうから、詳細は
書かないが、数ヶ月前、NHK教育TVで、この作品のことを
解説している番組を偶然見た。
この物語、すなわち、少年期にある純粋な心から、大人達
とのやりとりを単純に好意的に受け止めて、着いて行った
ところ、彼ら職人はその地で泊まることを聞かされ、
1人で今来た相当遠い道のりを戻らなければいけない
ことを知り、泣きながらましっしぐらに帰宅する、というもの
だけれど、そのテレビでの解説は、なぜかそこで終わって
しまっていた。
少し、驚いた。確かにメインのストーリーは、そうした、少年の
にわかの状況の変化に狼狽する純真で幼い心理にあること
は、そうなのだが、龍之介という人は、テーマ、あるいは
重要な要因をトリック的に隠す人ではあまりなく、結構直裁的
に書く人で、この作品でも最後にこういう部分があるのだ。
すなわち、少年が成人し、妻帯者となって東京の雑誌社で
働いている、その彼が、
「彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼の
ことを思い出す事がある。全然何の理由もないのに?・・・
塵労(じんろう)に疲れた彼の前には今でもやはりその時の
ように、薄暗い藪や坂のある路が、細々と一すじ断続して
いる」
と、締めくくっているのである。
この部分に触れないで、この作品を解説したことにはならない
と思う。
正に、龍之介が死に至った要因である、「漠たる不安」
について書かれているのだから。
因みに、三男の也寸志さんは、生前、テレビかラジオで、
「父は、ストラビンスキーの「火の鳥」のSPレコードとか、
ワーグナーの「タンホイザー序曲」のミニスコアを持って
いたんですよ。まあ、スコアについては、さすがによく理解は
できなかったのではないか、と思いますけれど」、と
語っていたのを覚えている。
いずれにしても、日本史上、最も先鋭な知性の1人であった
龍之介さんが自死されたことは当時としても
「知性上の甚大な損失」であったに違いない。
その1
イタリア、フィレンツェの大聖堂などの壁への「落書き」の話題が
あった。
ああいう、公共の、それも歴史的な建造物に、「記念」だか何だか
知らないが、「落書きするヤツの気がしれない」。全く理解できない。
フィレンツェは一度だけ行ったことがあり、同じ時期、別の学生ツァー
で着ていた合唱団の後輩に偶然バッタリ会って、仰天したり、
巨大なビフテキが安価なのに驚いたり、もちろん、ポンテ・ベッキオ橋
や、ド-モ(の付近等)でゆったり過ごしたり、懐かしい思い出が
ある。
あのころ、私を含めた若い衆の間では、特に、落書きなどという、
「子供じみた記念ごっこ」的なことをしたがる風潮など全く無かった
ように思う。
最近の日本人の「堕落の一環」か?
もっとも、これに対して、同市に、「同じ日本人として恥ずかしい」
と、謝罪するメール等が多く届いたという。
これについて、同市の関係者は、
「日本人によるものは、実は他の欧州人等によるものより、
ずっと少ないのです。同胞の非を謝罪する人の多いことに
むしろ、そういう日本の皆さんに敬服する」、と
コメントされたという。
ちょっと救われた感じ。ちょっとだけ、いい話。
その2.
先日の、岩手・宮城内陸地震。それが起きる前、
宮城県栗原市は、「同じ名前」ということで、女子ナレーボールの
「栗原恵さんを応援しよう」ということで、所属するパイオニアチーム
に、「野菜を贈りたい」旨、連絡したという。
そして、その翌日に地震が起きたため、当然いったんストップ。
その数日後、今度は、栗原恵さんから、市民へのお見舞い、
激励メッセージ(大きな模造紙書き)が市に届いたという。
ちょっといい話。
たいした容態でも状況でもないのに、「まるでタクシーを呼ぶかの
ように」救急車の出動要請電話をする人が増大していることが
問題になって久しい。
単なる「ヨッパライ」、「ちょっとした切り傷」、中には、
「女房とケンカして、ころんで足を擦りむいたんだ」などという
アホ話、マンガにような話が実際、多発しているらしい。
とにかく、甘えったれた、「ガキのような大人」が、ここ数年、
日本に増加している気がする。
公共道徳、という点では、日本はシンガポールの遥か下に
まで「転落、堕落」していると思う。
あの国の状況をテレビで詳しく見たことがあるが、日本人は
完全に道徳的に「下位者」に成り下がっていることを知るべし。
「いいかげん、「バカ」は卒業してください」
先月、イブ・サンローラン氏の訃報に接した際、別に氏に特に
「文句」や「いっちゃもん」を付ける気は全く無いものの、特に
多くの女性が、国籍を問わず、「ブランド」に惹かれる理由を
少しだけ考えた。
女性ではないから、ということはあるにしても、ここ数年、
日本への進出の目覚しい、というか、うざったいというか、
ヴィトンとか、シャネルとか、銀座だけでなく、池袋やどこやら
やたら目に付く。
不況といわれ始めた1990年代後半から、巨大で豪華な
高層マンション群や、立派なオフィスビルの、それも駅直通等
の一等地に次々と建設されることと相まって、「ブランド」店の
増加には、「どこが不況?」という、ある種の違和感を感じる。
そういえば、私が1980年代から90年代半ばまで勤務して
いた丸の内なんて、いわゆる「三菱村」の、まあ、歴史的風格
はあるものの、殺伐とした、「ただのオフィス街」だったのに、
都庁が移転した跡地には、「ラ・フォル・ジュルネ」でお馴染み
の東京国際フォーラムはできるは、三菱系のビルの1階は
それこそ、ヴィトンだの、高級ブランド店やブティックがならぶ
など、「昔では想像もつかなかった状況」を呈している。
コンビニさえ無かった地区。今は丸ビル(自体もご存知の
とおり、新丸ビルとともに完全改装で、昔の面影は皆無)の
ウラにしっかり、コンビニもある。
話が飛んだが、例の「船場吉兆」の件で一番感じたのは、
以前も書いたが、使いまわし云々以上に、まず
(1)同族経営の脆(もろ)さ、すなわち、内部告発の意図を
読んで、労務状況を変えようとしなかった「驕(おご)り」
と、組織体の無さという脆弱さ、だったし、
(2)名門だか、高級だか知らないが、「所詮」料理屋さん
でしょ?、ということだ。
誤解のないように。料理屋さん自体、立派な仕事だと思うが、
どうして、「一流」とか「老舗」とかいう認識が生じ、
それに、経営者側が「うぬぼれるのか」が不思議なのだ。
もちろん、学校にしても、楽団にしても、「一流」、「名門」が
出来て来る過程とか必然性等々は理解できる。
しかし、どんな団体、組織体、お店であれ、それを認めるは
「お客様」であって、当事者ではない。
当事者も良い意味でのプライドは持っても自然だし、それが
プラス作用にも繋がるから肯定されてよいが、少なくとも
当事者側が「驕り」、すなわち、お客様、消費者、鑑賞者
等々を、「ないがしろにした瞬間から、ブランドとは名ばかりの
ただの幻想体」であることが立証されてしまうのだ。
お客様も、実は「幻想」、「虚構」であることは、とうに知って
いる。それでもなお、それに夢中になるのが「ブランド」
なのだろう。
私は興味は無いが、それ自体、そうした心理自体を、特に
否定したり、軽蔑する気は無い。
「虚構」を一生懸命創作している人達にも失礼だ。
そのくらいの道理はわきまえているつもりだ。
今朝はやや遅い時間に起床(まあ、土曜はいつもそうだが)。
何気なくテレビを付けると、「岩手・宮城内陸地震」
(気象庁命名)が大きくどの局でも報じられていて、驚く。
そんな日、夕どきの目白での練習の前に、渋谷に行く用が
あったので、本日開通の「副都心線」にさっそく乗ってみた。
下車した駅は渋谷だけなので、他は未だ知らないが、渋谷駅
に関しては、地下4階だか、とにかく巨大な空間が、地底
奥深く開かれているようなので、慣れるまでは地上に出る
までに時間がかかってしまう感じだ。
そういえば、安藤忠雄さんによる構造設計とかで、空気が濁ら
ないよう(二酸化炭素が溜まらないよう)、「エコ設計」されて
いるということはテレビで見たことがあった。
池袋(商店街、商売人)は、「素通り」に警戒しているようだし、
JR東(山の手線)や東武鉄道(東上線)は、想定される
「減益額」をはじいているようだが、そんなに影響があるか
どうかは、まだ判らないと思う。
刃渡り15cm以上なら保持原則禁止だが、未満なら条例にも
よるが、特に身分証も提示せずに買えるという。
あの「ダガーナイフ」という名の凶器を、武器を、だ。
現行の銃刀法では刃渡りの長さでナイフの危険度を判断し、
刃渡り6センチを超える刃物は正当な理由なく持ち運び
できないが、所持自体は禁じられていない。
「刀剣類」として所持自体を原則禁止し、必要な場合には
各都道府県公安委員会の許可を受けるよう義務付けて
いるのは、刃渡り15センチ以上の刀や剣など5種類と
飛び出しナイフの一部だけだという。
とにかく、包丁はともかく、あきらかに「殺害用」としか考えられ
ないという「刀剣類」は、基本的に販売自体に大きな制約を
かけるべきだ。
例えば、写真付の身分証明証と戸籍抄本、住民票の「提出」
を義務付ける、とか。
あんな「武器」が、「平気で」「平然と」買える、という状況が、
今回の事件発生に大きく「寄与」してしまったことは間違いの
ない事実だから。
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普段のブログ言動から、私の考えはお解りいただいているように、
「凶悪犯は早期に死刑執行を」との、敢えてそういうスタンスを、
私はとる人間。
過失致死ならまだしも、計画的で卑劣な確信犯である殺人者
には裁判すらムダだと思っている。
「心の闇?」・・・・・・・・・・興味ない。人間には誰しも在る。
「殺意は無かった」・・・・・ウソや言い訳は言うな。
「社会がおかしい」・・・・・確かにおかしい。でも、それでも多くの
人は必死に生きている。
あんただけが「不幸」なのではない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ただ、今回は、正直に書くと、今後も折々、書くかもしれないが、
あの犯人が、ネットで、「ヘルプ」、すくなくとも、赤裸々な感情を
出していることに、やはり興味は持たざるを得ない。
ネット書き込みには、批判は当然として、それに留まらない、
様々な意見や「議論」が生じているらしい。
わたしは、そういう系統のネットには全く関心が無いので、
見ないが。
あの憎き犯人も、何かの要因・・・ヤツいわく「彼女」が一番
大きいのだろうが、せめて友人・・・が、ヤツを引き止めて
いたら、7人もの犠牲者が出ずに、亡くならずにすんだのに、
と思うと、そういう意味ではとても残念だ。
もちろん彼は死刑でよい。「更生」なんてことも、
これだけの重大事件をしでかした以上、検討不要。
ただ、ヤツは何かの「キッカケ」さえあれば、あんなことは
「やらなかったかもしれないのになあ・・・」と思う点で、最近の
凶悪犯と少し違う感想(=私にしては「甘い感想」かも
しれないが、そういう思い)を抱いてしまうのは、
正直なところだ。
言葉も無い。先日書いた、「公開銃殺刑」に値するヤツが
またしても出現。
秋葉原は、都内(周辺)に住む人なら行ったことはあるだろう。
関東圏以外からも、いや、外人観光客も多く来る街だから、
「誰もが巻き込まれる可能性はあった事件」だ。
電気街で有名だが、ここ数年のような「もえ」系というのは
以前は想像もできなかった現象で、そんなハデなイメージの
未だ無い、15年ほど前は、私はよく石丸電気のCDショップに
行っていた。あのころは1号から数号店まである店舗の、
2~3店舗にクラシックをはじめ豊富な量のCDがあったので。
一時期、量が少なくなったこともあり、しばらく行かない時期も
あったが、最近はまた盛り返しているようだし、2月23日の
ブログに書いたが、その日に秋葉原で、
ソプラノの幸田浩子さんCD発売記念サイン会があったので、
約4ヶ月前には、私もあの交差点を歩いたのだ。
1995年3月、オウムによる地下鉄サリン事件のとき、
私は丸ノ内線で丸の内のオフィスに通勤していた。
金融系なので、朝は非常に早い出勤をしていたから、
事件が起きたときは既にオフィス内にいた。
だが、丸ノ内線でも死者が出たし、もう少し遅い始業時間の
会社だったら、あのときも、私は巻き込まれていた可能性は、
可能性としてはあった。
今回だって、誰でもあった。
犯人よ、世の中が嫌になったなら、自分で死ね。
自殺する勇気も無いヤツが人を殺すな。ばーか。
先日、内部統制に関する無料のセミナーに出席した。
ここ数ヶ月で、2社が主催するものにも行き、それぞれ得る
ところはもちろんあったが、今回出席した、外資系コンサル、
ペリージョンソン コンサルティング社主催によるものは特に
多々得るものがあった。
一番「衝撃的」だったのは、もっともシンプルな点における
次のような主旨のコメントだった。
(ただし、以下、私がだいぶ言葉を補足、追加しています)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「われわれは、現状、実務的にはどうしても「金融商品取引法」
と、いわゆる「実施基準」による統制項目に従って、
「リスクコントロールマトリックス」や業務記述書などに関心と
実務が向かっていて、それは当然ではあるが、その関係で
既にとっくに決議されているところの、
会社法(第348条3項4号、第362条4項6号)と
同施行規則(第100条)に定められた、
「内部統制システム(構築)の基本方針」については、
「まあ、方針でしょ、精神、企業理念も含めた基本的な「柱」、
整備するうえでのバックボーン、的に、
「決議しておけばいいんでしょ」と、「軽く」考えがちだが、
それはとんでもない誤解です。
あれは、いわば「誓約書」に取締役と監査役が判(印)を
「押させられた」ようなもの。
仮に後日、決議内容どおりに内部統制ができていなく、
それが株主、投資家に知られて株価が下落し、もし、
株主代表訴訟が起こされたとします。
そのとき、あの決議が「根拠」となって、間違いなく会社は
負けます。
だから、わざわざ「取締役会決議」としろ、とされ、
「開示しなさい」、とまで義務付けられたのです・・・・」。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なるほど・・・・・・・。確かにそうだ。
頭の良い高級官僚(役人)の考えそうなことだ。
こう言っては失礼だが、「前線の事務側」にいる私でさえ、
迂闊にもそこまで考えなかったのだから、
今、日本には約4,000の上場会社があり、平均5人の取締役が
いるとして、計=20,000人。
このうち、このことに気付いている取締役は、せいぜい
1,000分の1の、20人、って、ところではないだろうか?
でも、それは無理からぬことだ。
実に「巧妙」だし、だいたい、まだ多くの役員は、監査役も
含めて、(重要だ、ということは何となく理解していても)
内部統制の「深刻な重大さ」には、全然気づいていないだろう
から。
そのうち、「否が応でも」気づくことになりますが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これに関連し、
「商法時代には、いかに役員が株主提起の訴訟から「守れて」
いたか」、そして、
「会社法移行後、特にここ1年前後の判決で明白なように、
いかに「もはや守られなくなった」か」、
について、後日、別途書いてみたい。
2年前にガンのため56歳で早逝した、ロシア語通訳者でユニーク
な著作をしていた、米原万里さんが、こう書いている。
「アメリカ人の言うグローバリゼーションは、自分たちの基準を
押しつけることであり、日本人の思うグローバリゼーションは、
世界の基準に自分を合わせることだ」
ここには、多くの言い当てた真理が内包されていると思う。
それにしても、米原さんといい、哲学者の故・池田晶子さんと
いい、優秀で、真摯で、温かく誠実で、しかもユーモアに富んだ
考察者、物書き者が早逝し、そういう魅力的な著者、特に女性が
少なくなっているのは残念なことだ。
世の中=日本において、女性に反発を買うことを承知で書くと、
女性の優秀な著作者のなんと少ないことだろう。
作家もそう。ここ10年くらいで世に出てきている女流作家で、
「まとも」で、真に後世に残る作家はほとんどいないと思う。
芥川賞を獲ろうが、直木賞を獲ろうが、それこそ、
「そんなの関係ねえ」だ。
よく、新聞広告や雑誌対談等で、その人が特に女性のとき、
「肩書き」に「エッセイスト」とする人が、ここ20年ほどの間、よく
見かけてきたが、いつも不思議だった。
「この人、何を書いていたってけ?」と。
安藤和津、とか。
私は肩書とか、もちろん学歴とかでは人を全く判断しない人間
なので、とにかく、何を書いているか、発言しているか、
世に送り出しているか、ということにしか、興味は無い。
(特にマスメディアに登場する人には)
女優でも、ろくな出演作品歴もないのに、ときどきそういう
肩書きを出す人がいる。高田万由子とか。「女優」などとは
「おこがましい」だけでなく、加えて「東大卒」なんか(だけ)を
「売り物」にしているからアチが悪い。
タレント、女優などに「東大卒は関係無い」のに。
同じ「東大卒」でも、菊川怜さんは「よくやっている」と思う。
演技も依然は、「微妙にヘタ」だったが、最近は巧くなってきて
いて、彼女はもう、「東大卒」なんて「関係無く」、ちゃんと
良い仕事を真面目にやっていると思う。
ケビン・シトニック、という「面白い人」が来日している。
「元・ハッカー」。FBIのコンピュータ内にもあっさり進入して話題に
なり、当然、その後逮捕された、という「経歴」の持ち主。
根っからの「ワル」ではなくて、そういうセンス、いわば「趣味の
レベル」があまりにもハイレベルな域を獲得してしまったため、
ある種の「偶然」、「いたずら」による行為だったようで、
今はなんと、そうしたノウハウを活かし、セキュリティのプロ
として、また、当のFBIの協力者として、講演等で活躍している
ようだ。
彼を紹介したTBSの番組では、AさんからBさんに送信した
はずのメールが、彼の操作で、彼が見れている、という状況を
示して解説していた。
こうした行為は、「不正アクセス禁止法」違反により、
1年以下の懲役または50万円以下の罰金、という、
「れっきとした犯罪」だ。
このことを記憶していただいたうえで、次の問題提起をして
みたい。別に「実話」ということではない(と思うが・・・)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、多分、今、多くの企業では、
「外部への無断の「添付メール」は禁止」とか、許可が無いと
ダメ」とか、一定の拘束をかけているのが、むしろ今では
当たり前のように、どこでもなされているかもしれないし、
ある意味では当然の行為(=産業スパイの排除、機密漏洩の
防止)だと思う。
だが、ちょっと「ひねって」、次のような場合を考えてみよう。
「添付」ではなく、普通のメールに関して、会社とか、何かの
組織で、例えば、Bさんという人が「内部通報制度」を利用する
なりして(正当な意図をもって)
「Aさんの様子が怪しいから、彼の外部宛てはもちろん、
社内へのメールも、宛先や内容を把握しておきたいから、
ストップではなく、自分に(Bさんに)それを転送、あるいは
何らかの方法で知らせてくれ」、
という「公の、けれど秘密裏の」要請を、もし、Bさんが、
内部通報制度の受付先担当者や役員等の偉い人等に
「了解を得て」、Cさんという技術者に、そうした要請した場合は
多分、そういうことは技術的に可能だろうから、
先述の権限者の(公の)了解を得ていたら、それなりに
プライバシー侵害とかの責を問われることはないとは思う。
しかし、これがもし、そうした、「正当な理由」や
「公の手続き」等がなく、極端に言えば、BさんがAさんを
「嫌いで」とか、「個人的な感情で、信用できないから」という
「自己都合根拠理由」から、あるいは、「何かを掴んでやろう」
とか、「貶める材料を得よう」、などという、ちょっと「よこシマな」、
そしてそれは明らかに「僭越で」、「傲慢で」、
「権力のハキ違い」等々の要因から、先述の要請を
「個人的に」」Cさんという技術者に依頼した場合はどうだろう?
これは限りなく「犯罪」に近い行為、と言えそうで、しかも、
Aさんはスパイでも何でもなく、そして何ら不正事実が無い
にも拘わらず、という状況において、そして、Aさんが、
そういうBさんの行為を知ってしまった場合は、
「AさんはBさんを告発する権利を当然有している」、と言える
だろう。
だから、この場合のBさんの行為は、明らかに
「限りなく犯罪に近い行為」であり、少なくとも相当な悪意の
レベルでの越権行為、ということは言えると思う。
だから(したがって)、こうした「個人的感情による越権行為」
に対しては、組織内の内部監査部門の人には当然、
「調査する権利があり」、あるいは、
「調査しなければならない義務がある」とも言えるだろう。
また、調査者は、法令遵守の精神のもと、
そうした過ちを周辺関係者(社員等)にさせないように、
普段からキチンとした「指導」をしておくことも必要なこと
だろうと言える。
どんな状況下や、立場、組織状況でも、許される行為と
そうでない行為は当然ある。
ちなみに、技術者Cさんが、Bさんを守るために「ログ」
(=作業上の操作履歴)を廃棄することは有りうるだろうが、
有能な調査人なら、様々な方法で、それを「追求」することは
ある程度は可能である。
そして、もし、Cさんも「そこまでしてしまったとしたら」、
その場合は、Cさんも「共犯」もしくは「「幇助」の罪、
責を負うことになる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
たまには、こういう、「スリリングな」話題もいいだろう。
ちなみに、日本にも、昭和30年代~40年代くらいは、
いわゆる「産業スパイ」は、どの業界にも、当たり前の様に
いたらしいが、昨今はどうなのだろう?
逆に、セキュリティ技術の進歩で「減少」しているのかも
しれない、という想像はできる。
四川省に同国内からボランティアが集まりだしている。
今回の地震は、単に巨大な自然災害の面だけに留まらず、
学校などの耐震性を無視した粗末な建築状況による多くの
死者が生じたこと、およびこれに対する、当然ながら猛然たる
父母等の親族からの「当局」に対する「突き上げ」は厳しいもの
になっている。
日本以上の大きな都市部と農村部との経済格差、近代化格差
の中、それでも、同国の都市部の方々による、経済的あるいは
人的支援が、「自主的に」生じていることは、じきに米国を抜いて
インターネット人口世界第1位になろうとしているこの国の状況に
呼応して、そうした動きが生じたことは、不幸中の「一縷の希望」
、「ひとすじの希望」として、そこから今後多くの状況が生じてくる
であろうことを想像するとき、実に象徴的で大きな分岐点となって
くると想われる。
もしや、「中国共産党、一党独裁政治の終わりの始まり」と
なるかもしれないほどの、大きな民意の揺れ、出現と言えるかも
しれない。
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各国に生じた、チベット問題に関する、聖火リレー妨害運動も、
その活動家や、「フリー・チベット」を叫んでいた人達も、
さすがに、今回の大地震に対しては、理解と同情と支援させ行う
人だっているだろうし、そうでなければ「ウソ」だ。
間違っても、
「人権問題を解消しない国家に不幸が生じても、それみたことか、
とか、政府さんよ、頑張れよ」などという、「客観的な無視」を
とるとしたら、間違いだし、そもそも、もし、そういう人達がいて、
そういう人達が、「フリー・チベット」と叫んでいるとしたら、
それこそ完全に「まやかし」に違いない。
「それ(チベット問題)はそれ、これはこれ」、である。
そういう良識の無い人間は、私は根本的にそういう人(々)の
「人格を疑う」。
「ゴーマニズム」の小林よしのり氏の考えの多くに、私は
否定的な人間であるが、米国によるイラク攻撃、侵攻に
関しては、彼は米国を徹底的に批判していて、しかも、
自衛隊の派遣にも否定的だったのは、普段の氏の言動
からはちょっと意外だったし、あの点に関しては、私はほぼ
氏と意見は同じで、やや、彼を「信用しかけて」いたところ
だった。
しかし、あるとき、彼自身のどこかでの言動だったか、
間接的な情報だったかは忘れたが、
「小林氏は、「9.11」の際、ビルに旅客機が突っ込んだ瞬間の
映像を見て、「バンザイを叫んだ」ということを聞いたことが
ある」。
これが事実無根で偽りの情報なら、訂正してお詫びしなければ
ならないが、もし、本当だとしたなら、
「私は彼の人格そのものを信じることはできなくなり、
どんなに他の事で立派な発言をしようと、基本的、根本的な
ところで、全く信用していない」、と言わざるを得なくなる。
確かに、「アメリカ帝国主義」は、世界中に戦争や紛争の種を
撒き、直接的はむろん、間接的にも、1946年以降においても
世界中の市民の死にどれほど関与したか計り知れないほどの
「罪」を持っている。それは間違い無い。
しかし、それはそれ。「9.11」での犠牲者は、アメリカ人だけ
でなく、数カ国の国の「一般市民」であり、その「殺害された状況」
に関して、「普段のアメリカの「行い」が悪いからさ」、と
言ったところで、何の解決もせず、ただの「ガキのボヤキ」、
ガキがよく、「イェーイ、イェーイ、ざまあみろ」と、遊びの言動を
とるのと同レベルである。
「殺された人々への想像力」の根本的な欠如。
そうした「想像力」があれば、そのような、バンザイ云々という
言動は有り得ない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最初の段説で述べたことは正にこのことだ。
それはそれ、これはこれ。
「是々非々という論理的思考」は、いかなるときにおいても
ほとんど例外無く、「重要にして基本的なスタンス」であり、
我々人間は皆そうあるべきだ、と思う。
5月16日の、日経新聞夕刊のコラム「あすへの話題」に、
防衛大学校の五百旗頭(いおきべ)校長が、ある提言を
書かれている。
今回の、四川省大震災について、自身、神戸の大学で教員を
されていて、阪神大震災を経験し、ゼミの教え子も死亡した
ことに触れた後、
「自然災害の多いアジアは防災協定を結び、互いに悲惨な
ときを支え合う共同体を、日本が中心になって創るべきでは
ないか」
と提言されている。
今後、大いに検討されるべき内容だと思う。
「KY」という言葉が流行っているらしい。「空気を読む」という、
意味をアルファベットの頭文字に置き換えて略した、今時の
そして日本語ならではの、そしていかにも「低レベルな造語」だ。
でも、「ちょっと、敢えて偉そうな事を言わせていただく」と、
若者こそ「空気を読むな」と言いたいのだ。
こうも、付け加えよう。「将来、私のような「小じんまりとした
大人」になど、なりたくなければ」、と。
ただし、誤解しないで欲しい。
実はちょっと「深い、ハイレベルな意味で」私はそう言いたい。
「空気」を「読めない程度の感性」ではむしろ「ダメ」。
読めていて、「それでもそれに「流されないこと」が大事」。
「若者こそ、KY風潮なんかに惑わされるな」と言いたい。
{「空気」なんか先刻より、「とっくに承知」。でもそれには
流されませんよ}という気合こそが若者には大事だと思う。
若者こそ、「KYなんか関係ねえ」、と豪語するくらいで
丁度良い。
青春とは、そういう時期だ。間違ったって良いではないか。
どうですか?「青春な諸君」?
第一生命が昔から募集して継続している「事業?」の
「サラリーマン川柳」を、毎年ニヤニヤして楽しませて
いただいている人は多いに違いない。
7年ほど、前だったかの、
「ドットコム どこが混むの?と 聞く上司」
というのは、今も鮮明に覚えているくらい、笑った。
今年の上位入選作のいくつかは、
「空気よめ!! それより部下の 気持ち読め!!」」
「今帰る 妻から返信 まだいいよ」
「減っていく ボーナス・年金 髪・愛情」
しかし、7位のこれがいいな。
「国民の 年金「損」なの 関係ねえ」・・・すごい皮肉。
内部統制システムにおいて、「本家」アメリカのそれと、この4月
から始まった日本における「決定的な違い」は何か?
1つだけあげるとしたら、「ダイレクト・レポーティグ制の有無」、
という、この1点に尽きる。
すなわち、米国では、監査法人が「直接」、企業の内部j統制
システム、すなわちコンプライアンスに準拠した財務報告の
正確性、正当性を確保するための、企業としての組織設計に
ついて、その「構築」を手がけ、運営を指導し、監査も実行する
という体制を採用している。要するに、全て監査法人が
会社の内部に入って構築しているわけだ。
これを「ダイレクト・レポーティング制」という。
これに対して、この、2008年4月より日本の上場企業に求め
られるべくスタートした制度は、(08年3月までは実質色々と
アドバイスを「期間有料それも高額」を支払って得た企業は多い
と想像できるにしても)、とにかく、この新年度からは、
「構築、整備して適切に運用」させるべく作業しているのは
各会社自身」、であり、そしてそれが、
「適切に整備・運用されていることを、まず第一義的に調査し、
不都合部分=改善必要部分を指摘して改善させ、
まず最初にその企業に合格点を出すのは、それぞれの
その会社内の内部監査室=内部監査人である」、のだ。
要するに、社内の財務、経営企画、総務、IT部門、等々が連携、
協力して、「構築・整備体制を作り」、それを内部監査チームが
「全てを理解し、把握し、確認」した後、
「監査法人になり替わって」徹底的に「ダメ出し」をして改善させ、
OKあるいはOKではありません、の判断をする。
そしてもちろん、監査役(会)が確認し、最終的には、それを
代表取締役社長が「OK」を確認し、保証する書類である
「内部統制報告書」に署名をする、というかたちをとる。
そして、この「内部統制報告書」に基づき、最終監査人である
外部監査人、すなわち監査法人が最終的にこの報告書に
ウソ偽りは確かに無い=内部統制は全て有効である、あるいは
一部有効(一部不備)、もしくは「全然ダメ」を確認して、
その旨の「内部統制監査報告書」を作成し、金融庁に提出する
という流れになる。
したがって、極論すれば、監査法人の内部統制に関する
「仕事」というものは、その「会社自身が行った」ものを、
「ああ、大丈夫ですね」と「最終的に」確認する「だけ」、のこと
なのだ。
もちろん、「だけ」といっても、それは結構大変なことで、
これまでの通常の会計監査以外にある程度、時間=工数を
かけざるを得ないことはもちろん確かだ。
したがって、従来の各企業に対する監査法人の報酬請求が
「多少、あるいはある程度なら」増額されてもやむを得ない面は
確かにある。
しかし、聞くところによりと、いわゆる大手の監査法人、
T社、S社、A社などは、「いっせいに、ここぞとばかりに」
それぞれが請け負っている各上場会社に、今年の監査報酬
増額の見積書を提示してきているようだ。
それも、昨年度を100とすると、(請負先の会社の「状態」にも
よるにしても、平均して)、T社とS社は130~140前後、
A社は何故か最も強気で、170~200くらいのレンジで
増額提示してきているようだ。
だから、今、企業各社は、そうした監査法人との間で、
「激烈な賃金交渉」をしているはずである。
どこの監査法人も「強気」なのは、監査法人(公認会計士)の
数自体(絶対数)が全国的に不足しているから、
「そう簡単に替えられない」という思惑からだ。
だが、「そいつは甘いぜ」。
現に、「じゃ、おたくとは来年からは取引をやめて、他の
監査法人に替えます」、
と既に「変更=交代」を決定した会社を、私は、直接&間接、
数社知っているし、先日=4月23日の日経新聞に、相当大きな
スペースを割いて、「企業、報酬増額を警戒」というタイトルで
記事が出ていたし、その中でも、「高額見積もり要求」に反発
して、監査法人を変更した会社が実名で出ていた。
先述の「ダイレクト・レポーティング制」を採ったアメリカでは、
当然ならが監査法人による報酬増額度合いが「もの凄いこと」
になったようで(前年度額の2~3倍以上)、企業における
そうした「混乱」を避けることもあっての「ダイレクト・レポーティング
制 不採用」を日本の金融庁は決定したはずである。
負けるな、日本企業の交渉人の皆さん。
料亭「吉兆」をかばう気はサラサラ無い。
あの状況を見て、企業人としてまず思うことは、あのこと自体
より「以前」のことだ。
どういうことかと言うと、今回の「発覚」は、恐らくご多分に
漏れず、100%「リーク」、すなわち内部告発による発覚に
違いないだろうと思われる。
ということは、吉兆さんの従業員の中で、給与か、残業等の
就業時間に関してか、あるいは、今回のように、正義感から
しても、コンプライアンス(法令遵守)の世論からしても許せない
とする感情からか、いずれにしても、相当大きな「不満」が
内在していた、と容易に推察できる。
そのことに対して、おそらく経営者側に「読みの甘さ」があった
と想像できる。
さて、それはさておき、問題の「使い回し」。
まず、
「時間や日数が経っている食材で、食品衛生上、明らかに問題
(腐敗等が考えられる状況)な場合は論外で、
弁解の余地は無い」
今の点については当然のこととして、
「では、仮に(証明自体が難しいことは一応「置く」として)、
衛生上は問題の無い状況で、なおかつ、前のお客が全く
ハシを付けなかった場合でも、そのまま捨てて、焼き魚に
しても煮魚にしても、全く同じメニューであっても、新しく
作り直すべき」
とすることは、本当にそうあるべきなのかどうか?、と
敢えて疑問を呈してみたい。
これに対しては、おそらく、「そう、そうするべきだ」、と言う意見が
多いことは想像できる。その人達はこう言うだろう。
「次に出す客が「知らない」からといって、たとえ手付かずの
ものでも、それを後の客に出すとは、プロ職人として、また、
マナー的観点からしても失格だ。第一、「老舗」という信頼の
看板をしょった店、また、高い値段をとる「高級料亭」だろう。
あってはならないことだ」
確かにこれは否定しがたい説得力はあると思う。
それでも、敢えてもう少し、私は疑問をぶつけさせていただくとする。
(「高級」の意味とか、そもそも、「料亭」なるものの存在意義には
全く縁の無い人間である私には理解し難いが、
それは「さて置いて」も)
「全く手を付けなかった商品、食材を「捨てる」というのは、
「食物に対する冒瀆」ではないか?
いつから、日本人はそれほどまでに、いわば「飽食の奢り」
あるいは「驕り」を持つほどのエライ人種に変わったのか?」と。
これに対しても、たぶん、こう反論されるだろう。
「確かに「もったいない」の精神が海外で褒められることと
矛盾しているし、実際、捨てるのは、一般論としても、
また、特に料理人からしても、「もったいない」と思う。
しかし、だったら、それは後の客に出さず、
自分たちの「まかない」として、自分達で食べればよいのだ。
はは~ん?吉兆の経営者は「従業員に食べさせるのは
「もったいない」として、「そのくらいなら捨てる」としたから、
「頭にきた」従業員達が内部告発したのかいな?
まあ、それはともかく、そういうことだ。
いずれにしても、「後の客」に出すことは、その客に対して
失礼だし、「詐欺」とさえ、言えるではないか」、と。
う~む、これは手ごわい。
今の論点はとても正当ではある。
でも、さらに粘るか・・・・・・・・・
「お客様は本当に神様か? お金を出してくれる人で、重宝
すべきではあるが、神様なんかじゃない。
カネ持ちのミエで「高級」店に来ているのだから、品質に
問題なければ、再度出したらいい。
再度言うが、いとも簡単に捨てる行為は食物に対する冒瀆
以外の何物でもないのだ。
逆に、「これは使い回しだ」と見抜くくらいの客なら「本物」で、
そういう常連には失礼はできない。そのくらいの「敢えて
人を見ての」割り切りサービスは、ある程度、OKだ」
「いや、結局、それを「常態化」させてしまうと、調理人や
従業員の、「精神」が腐敗していくのではないか?
だから、単に「食材そのもの扱い自体に問題が留まらない」
ことになり、それが老舗店としての気品させ後退、退廃させて
いってしまうのだ。だから、「店という組織」としても、そういう
行為は許さないほうが良いのだ・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遅い時間に帰宅する折、洋菓子屋さんに多くの生ケーキやら、
スーパーの食品売り場に多くのお弁当や総菜等が残っている
のを見るにつけ、心が痛まない日本人が増えているのでは
ないか?
バブルのころは(いや、今でも景気の良い業界や会社では)
例えば、新社長就任披露パーティーとか、ビルオープン記念
パーティとかでは多くの料理が出されるが、帰宅時、まだ
テーブルに多くの料理が残っている場合は、「もったいない」
と思わない人は、本当に今後「もし、食糧難時代」が来た場合、
さぞかし、「パニクル」に違いない。
日本人は本来、食(材、糧)に、もっと謙虚であったはず
なのに、と、思うのだが・・・・。
あなたは、どう考えますか?
マスコミが騒ぐからどう、というのではなく、また、船場吉兆の
「おばば」が愚かしく見えるからどう、ということとは別に考えて
みたときに・・・・・。
呆れた教師がまた世間の非難を受けている。
先日の、本村さんご一家をめぐる事件、判決に関して、
青山学院大学の准教授である瀬尾佳美という人が、
「差し戻した最高裁の判事の妻は、おそらく専業主婦で、
テレビばっかり見ていたため「洗脳」されて、
夫の仕事にも影響したのだろう」
「元少年が殺されれば、報復が果たせた遺族はサッパリ幸せな
思いに浸るに違いない。 自分の血を吸った蚊を、
「パチン」と叩き殺したときのようにね」
「永山事件の死者は4人。対してこの事件は、1.5人。
(子供を1人ではなく、0.5として言及した意味)」
ということを、ネットに書いているらしく、大騒ぎになっている
という。
呆れる・・・・・。
当然のことならが、同大学には電話やメールでの非難、抗議が
殺到しているとのことで、学長がホームページで謝罪している。
まあ、さぞや「人道主義的な死刑廃止論者」なのかもしれないが、
ここまで、中学生以下の知能程度の言葉の羅列を見せつけ
られると、日本の大学のレベルは、国際レベルにおいては
ずーっと下位なのが うなずける、というものだ。
(何位だっけ? とにかく下の下。
東大ですら、確かベスト10にも入っていないはず。
まあ、どういう評価基準かは知らないし、
私はいかなる「ランキング」自体にも興味が無い人間だが)
地道な、あるいは天才肌で40歳前後で教授になる立派な人も
もちろん国内にもたくさんいるが、しかし、ここ数年、
「こんな人が大学教授(or准教授)ねえ・・・」という人も散見
される。
しかし、これは全くそれとは別次元での驚きの低次元的話だ。
学生達はこの教師から、いったい「何を教わる」というのだろう?
「この程度の知能レベルの大学教員、
恥知らずのオッツサンは、
サッサと教壇から去れ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これとは別に、判決に関して、朝日新聞「声」の欄に、
内容的に相当(?)=「クウェスチョン」の投稿が数件続いた。
無視しようかと思ったが、これに関連するし、掲載する
朝日も朝日で、呆れるので、ちょっと書き足したい。
(1).4月25日の47歳の女性のかたの場合はまだごく普通。
「死刑判決より反省が欲しい」という見出しで、
その人いわく、自分も本村さん同様、当初より、
「死刑以外はあり得ないと思っていた」が、むしろ本村さん
が、長い葛藤の中で、犯人の謝罪こそ強く望むように
なっていったことを考えると、犯人に反省の気さえあれば
死刑が回避されたかもしれないので、その点では残念、
というもの。
まあ、これはそうだ。だから、差し戻し控訴審時から
「急に弁護人として名乗りをあげた安田何がし計21名の
大弁護団の完全なミスリード」なんだ。
(2).4月27日の45歳のプランナー職の男性は、ちょっと独善が
過ぎていた。次の主旨。
「自分は少年時、交通事故で母を「殺され」、その後、再婚
した父から15年間「虐待」を受けた。元少年と境遇が似て
いるが、判決はそういう境遇でも死刑回避の配慮には
及ばないとしていて、被虐待児への理解が無い」
としていて、自分と元少年の「可愛そうな」境遇による配慮の
ことにだけに言及した投書。
だが、待ってもらいたい。「虐待を受けたり」、
「不幸な生い立ち」の人はなにも、この投稿者と元少年の
2人だけではない。
どのくらいかは想像もつかずに言うのは気が引けるにしても、
日本だけでも、この10数年間においてさえ、数百から千単位
でいらっしゃるのではないか?
で、そういう方たちが全て犯罪者、殺人者になっているわけ
もあろうはずもなく、それどころか、逆境をバネに立派に成長
された人だって少なくないと想像する。
この投稿者に欠けている視点は、あまりにも自分の境遇と
同化(同一視)し過ぎ、本村家に起こった、それこそ理不尽で
「究極の虐待」ともいうべき、女性への殺人および絞殺後の
強姦、加えて、幼児殺害、という「おぞましい事実」への
「想像力」が完全に抜け落ちている点だ。
(3)4月28日の29歳の男性公務員のかたの投書は、
①「この判決を歓迎する社会に違和感を感じる」として、
②「少なくない専門家が、元少年の精神的未熟さや更生の
可能性に触れ、死刑としないことが是とする見解を示して
いる」とし、また、
③「感情的で扇動的なテレビ報道の影響があったから、
当然とする世論があるのではないか」という主旨を述べて
いる。また、
④「死刑制度自体はあってよいが、被害者が可愛そうで
犯人がムカツクということで死刑にしてはならず、
その罪自体をもって判断すべき」としている。
私の反論。
①については、③と④にからむが、別に世論がどうあっても
私は関係無いと考える。逆に仮に80%の人がこの判決を
批判したとしても、私は正しいと考える。
投稿者自身が実は「影響されている」ことに気づいていない。
自身の考えをもっと掘り下げるべき。
②の根拠は何か? 今回は(あるいは、更生という点を巡って
こういう事件は)、世論や法的等、様々な面からおそらく
「意見」は2分されていたであろうことは想像がつくが、
「専門家」が「どういう人達を意味するかが不明」だし、
「更生」の点も、今述べたとり、いつも世論や判決は2分する
もので、「今回に限られた感情的なもの」なのではない。
③については、確かに、テレビでは、本村さんを出演させて
意見を述べさせる番組やニュース報道、新聞や雑誌による、
元少年の言動(拘置所から友人に充てた手紙の内容等)
が紹介されるなど、「普通とは」やや違う状況はあったかも
しれない。
だが、これは、「加害者に甘く、被害者を軽んじている法令を
含む諸状況に対する、本村さんのそれこそ命懸けの戦い」に
マスコミが応援したということは言えるにしても、
それが「悪い」とか「著しく公平を欠いた」とは、どうも私には
考えにくい。
④は、ちょっと幼稚、稚拙な見解過ぎる。
「犯罪自体がむごたらしく残忍で、しかも反省が無く、
性欲はあたり前とか、数年もしたら刑務所から出られる
から、また「遊ぶ」ぞ、みたいなことを平然と述べていた
その「更生の可能性の限りなくゼロに近い状況」を
踏まえての判決」、ということを理解していない。
(2)と(3)のかたには、もう少し、「被害者の立場への想像力」
を持ち、「それこそ、あなたがたこそ感情的でない、しっかりした
自分の意見を、掘り下げて、深く考察して欲しい」、と思う。
東大教授で、「朝まで生テレビ」での討論をはじめ、多くの番組
でのコメントや多くの執筆(著作)活動で活躍中の、お馴染みの
姜尚中教授について、NHK、27日深夜、というか28日午前0:25、
「私が子供だったころ」というタイトルで少年期を回想する番組を
やっていて、偶然、途中からだが見た。
1950年、熊本に、在日コリアン2世として生まれたことはもちろん
以前から知っていた。確か、「在日」という本も書かれていると思う。
永野鉄男を名乗っていたが、早大の学生時代、訪韓をきっかけに、
本来の名であった現在の名を名乗るようにしたことも、以前、
本か、テレビでのインタビューかで知っていた。
番組では、「中学生日記」のような、子役による、姜さんの
小学校時代の様子がミニドラマとして紹介されていた。
小学5年だったか、転校してきた少女に惹かれる姜さん。
その少女も、姜さんのことが好きになったのか、ある日、
「鉄男君、鉄男君の家に遊びに行ってもいい?」と聞かれ、
戸惑いながらも、「えっ?・・・ああ、いいけど」と返事をした
ものの、「いつならいい?」と具体的に聞かれると、自分が
「在日」であることが大きく頭をもたげてきて、曖昧な返事しか
できなかった。
結局、その少女は、鉄男少年の家に遊びに行くことはない
まま、ほどなく(6年生くらいのときだったか)また転校して
行ってしまった。
何も「告白」できずに終わった鉄男少年。
場面は、現在の姜先生に戻り、「在日」ということで、「こもり」
ぎみで、友人と遊ぶというより、本を読んでいた少年時代と
その故郷=熊本に複雑な思いを抱く姜さんは、
「その少女に会ってみたくなった」と思いを告白し、そのNHKの
番組担当者に「捜査」を依頼した。
NHKの担当者が、東大の先生のいる教室の廊下で待って
いると、姜さんが出てきたので、担当者は告げた。
「先生、見つかりました・・・、判ったのですが・・・・、
お亡くなりになっている可能性がありまして・・・」
「えっ?亡くなっている・・・?」
当時の新聞記事の切れ端のようなものを先生に見せるシーン。
その記事はその少女と同一人物だったようで、それによると、
19歳のときに交通事故で亡くなっていたのだった。
しばし、絶句したように、記事に見入る姜さん。
そして、姜さんは、戸惑いのあまり(また、どういう言葉を
言えばよいか困ったように)、一瞬、「照れ」と言ったら変だが、
当惑の「笑み」を浮かべた後、こう言った。
「19歳のときに・・・。僕が大学(早大)に入った年に・・・。
・・・本当に「憧れ(の人)」だけで終わっちゃったね・・・」
そして、姜さんは気を取り戻すようにして、そのNHKの人に
「ありがとう。(調べてくれて)ありがとうございました。
本当にありがとうございます」、と何度も礼を言い、
姜さんが教室の廊下を歩いて去っていくシーンで、
その番組は終わった。
映画「タイタニック」のラストシーンでは、「その後」結婚して、
幸福な人生を送り、晩年を迎え、老婆となったヒロインが、
「女は、海のように深い秘めた思いをいつまでも持っているもの
なのよ」と語り、ダイヤを生みに投げ捨て、就寝し、夢の中で
の回想シーンで終わるわけだが、何も、
「海のような深く秘めた思い」を持っているのは女性だけとは
限らない。男にだって、いや、男こそ、そういう「部分」は強い
ように思えるのは、私だけだろうか?
あの日の夜、帰宅した姜さんは、もしかしたら、1人密かに
そっと「涙した」かもしれない。
もちろん、奥さんやお子さんに気づかれないように。
今週の「週間新潮」に東国原知事のことが出ているらしい。
内容の真偽にはまったく興味が無い。
「また、始めたな・・」という感じ。
数年前の、辻本清美社民党議員に対するときのように。
この週刊誌の、「国粋派的エゲツなさ」は昔から有名。
記者個人が「お下劣」なのか?、社自体が「お下劣」なのか?
個人と組織。面白いテーゼではあり、この社、と言うのが
言い過ぎなら、この週刊誌のことを調べると、
日本の「風俗史」の数項目が紐解かれるやもしれない、
と、皮肉を言っておこう。
1. 全体の感想
2. アホ弁護士達のミスリード(死刑にさせたかったのでは?)
3. 被告人君へ
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1. 全体の感想
本村洋さんの妻子殺害事件に「待望の」死刑判決。
最高裁が、「無期では不十分」として差し戻したから、予想は
できたにしても、1~2審で「無期懲役」(注)だったので、
広島高裁での裁判官は理論固めに傾倒したろうけど、
本村さんも語っていたとおり、スキの無い、荒唐無稽な言い訳に
対しても逐一反駁していて、楢崎康英裁判長による見事な判決
だったと思う。
(注)米国の終身刑と違って、日本の無期懲役は「事実上無期
ではなく」、20年くらいで出所させてきた。だから問題なのだが、
このことはまた別途いつか書いてみる)
なお、弁護人側は即日上告したが、もともと最高裁が差し戻した
のだから、最高裁が棄却するのは時間の問題。それほど先では
ないだろう、刑の確定は。
事件直後は自殺も考えたという本村さんだが、逆に自分が
頑張らねば、と、1999年、山口地裁で、「遺影」持参入廷を
拒まれたのをきっかけに、2000年、「犯罪被害者の会」を結成、
同年、国会で「被害者保護法」が成立し、同年の広島高裁では
「遺影の入廷」が可能となった。
また、この9年間で、当初は認められなかったところの、
(1)遺族意見陳述が認められ、(2)遺族の優先傍聴権も認め
られるという、本来「当たり前だが、そうなっていなかった刑法
(&周辺の法令等)」・・・加害者の人権などという妙な論理が
強く、「肝心の」「被害者とその遺族、関係者の人権」が軽んじ
られてきたこの状況に、風穴を開けるまでに至ったのは、
本当に頭が下がる思いだし、
政治家にしてもマスコミにしても昨今、「軽い言葉」が行き交う
この世の中にあって、
本村さんのコメントは全てが真っ当で重みがあり、本来的には
憎しみの感情をベースにしているはずなのに、誰よりも冷静で、
極めて論理的な意見を述べてきていて、本当に感心する歳月
だった。
お疲れ様でした。
「死刑判決など出ない世の中、被害者も加害者も生じない
世の中にしていくことが重要」、とのコメントは最高のコメント。
「(永山判例のような、少年なら4人以上の殺害でないと
死刑適用をしにくい、という)「死刑(適用)のハードル」
などという考え自体が間違い。慣例にすぎない。
刑法は本来、1人の殺害でも死刑適用は可能。
要は、個別の事案ごとに審議し、判断していくべき」、も、
全くそのとおり。
「(この判決で)癒されるかは判らないが、死をもって償って
もらう、という点で、納得できた」も、そうだろうなと拝察する。
2. アホ弁護士達のミスリード
1、2審では、検察の指摘を概ね認めていた被告人が、
差し戻し公判に入り、今回の安田好弘とかいう、
「エセ人道主義的、大ウソ的人道主義」のヘボ弁護士ら、
21人という、よくもまあ、「アホ面下げてならんだり」と思う
ような弁護士達の「指導」で、一転して殺意を否認した被告人。
殺意はなく、母に甘えるような気持ちで抱きついた、だの、
殺害後の強姦を、「魔界転生による、生き返らせるための儀式」
と言い、幼な子を殺害して押入れに入れた行為には、
「ドラエモンが助けに来ると思った」・・・・だの、
今どき、「小学生でも、そんなアホな言い訳せんぜ」という口実
を「伝授」した弁護士軍団の大バカ戦略と、それを信じた被告人。
「たわけたこと言ってんじゃねーよ、このブタ野郎」
それにしても、いみじくも、本村さん自身も言っていたが、
「(被告人は)誠心誠意、反省して、謝罪し続けていたら、
あるいは死刑は回避できたかもしれない」のに、
これは完全に弁護士軍団の「ミスリード」だ。
本当に死刑回避に全力を尽くそうとしたら、まともな弁護士なら
まず、「いいかい、君は心底反省し、誠心誠意、謝罪の言動を
し続けなくてはダメだよ」、と指導するのが本当。
だから、私はやや穿(うが)って考えていて、
「この弁護士達は、実は死刑判決にもっていきたかったのでは
ないか? そうすることで、死刑論議を活発化したかっただけ
ではないか?」、と、実は思い始めている。
3. 被告人君へ
被告人君。もう遅いアドバイスになるが、
「世の中を、なめるんじゃねえっ」、てことだ。
それと、「大人を信用しなさんな」。
大人たち=弁護士達は、「君を守ることなんかに興味は無い」
のだ。
彼らは、「死刑が嫌い」なだけで、
「君個人のことには根本的に興味は無い」のだ。
残酷なことを敢えて言わしていただいた。
君が思うほど、「大人達はキレイなんかじゃない」。
上告が棄却されて刑が確定したら、その瞬間から、彼らは
君のことなど忘れてしまうだろう。
なぜなら、刑が確定した瞬間から、
「彼らにとって、君は「不要=役立たず」にすぎなくなった」
のだから。
だから、君が刑を執行されたときに、仮にそれが外に伝わって
彼らがコメントを求められたときは、
「誰?・・・ああ、そういう子もいたね・・」で、おしまいなのだ。
そういうことを、そういう考えに基づく行動を、
「平然とやれるのが大人なのだ」、ということを、
知るのは辛いかもしれないね。
だが、それが、この世に存在する 「アイロニー」 なんだ。
でも、そうしたことに気がつき、真に反省するには、
もう、君にはあまり時間が残されていないようだ・・・。
君が執行されるまで、どのくらいの月日があるかは判らないが、
君がその間、何を考えるか・・・。
それが、最終的なキミの価値を決めるのかもしれない。
その1で、概要を(まだ途中ですが)書いているが、このことが公に
なってからは、当然の如く、たくさんの関係本=参考書が書店の
店頭にならんだ。
ご参考までに下記、役立つ本を記したい。
会社法および金融商品取引法が公になってから半年後
ほど(前後)に出版された(おそらく30冊前後の)本の中で
私が推薦するものをA群とし、
(「その1」でこれから書く予定の)、
2007年2月に公表された、いわゆる「実施基準」の半年ほど後に
出版された(おそらく各論とその周辺関係本を含めれば50~100
種類ほどの)本の中から、私が気に入っている本をB群として
列記してみたい。
ただし、少なくとも3月決算会社の関係者で、A群の本を今ごろ
読んでいる人はまずいないだろう。
また、B群では、(1)全体の概要のほか、(2)では主として
モニタリングと評価すなわち監査関連、特にIT関連の本を中心
とした紹介になるが、逆に、「実施基準」公表後、すなわち
具体的な諸状況が判明してからの、ここ半年以内に出版された
関係書を1冊も読んでいない人は、「勉強が不足している
可能性はある」、ということは言えるかもしれない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その前にこれは余談だが、私はよほどの高価なものとか
事情がない限りは、「自腹」でいつも購入する。
本来は「共有」という観点からは会社費用(負担)がむしろ
好ましいと言えなくもないのだが、私の場合、どうしても
色マーカーや赤いペン等で線を引いたり、場合によっては
メモやコメントを書き込んだりすることもあり、あるいは休日に
持ち帰って読んだり、と、使いたいようにしていること、
それと何といっても、私の場合、CDと同じで凝り性というか、
同じような内容(例えば「IT監査」等)でも、気に入ると同系統
の数種の本を買ってしまう、という性格なので、
これではさすがに、会社負担では申し訳ないからだ。
(以下、料金は税別)
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{A群}
1.{全体の俯瞰、解説ものとして}
「図解 ひとめでわかる内部統制」 トーマツ監査法人
東洋経済新報社 1,800円
「日本版 SOX法 実践ガイド」 安田正敏 日経BP 1,600円
「図解 日本版SOX法 徹底解説」 松原恭司郎
日刊工業新聞社 B&Tブックス 1,800円
2.{会社法中心の内容として}
「会社法・施工規則が定める内部統制
取締役会、取締役、監査役のための実務対応」 後藤啓二
中央経済社 2,000円
「内部統制システムの決定にむけての実務」 菊地 伸
商事法務 1,500円
「新会社法対応 内部統制システムのしくみと実務対策」
牧野総合法律事務所 日本実業社 2,000円
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
{B群}
1.{全体の概要、評価、監査等に関するもの}
「J-SOX内部監査人 実務テキスト」 J-SOX研究会
2,800円
「完全図解 内部統制の評価と監査 実施基準」
石島隆 監修 同文舘 1,200円
「日本版 内部統制の実務」 馬目利昭、金子やよい共著
税務経理協会 2,000円
「実務で使える 内部統制の構築・評価 Q&A」 沢田昌之監修
小松博明、鈴木裕司 編著 中央経済社 3,600円
「内部統制評価 実践マニュアル」 橋本義憲著
税務研究会出版局 2,000円
「内部統制の要点 Q&A 構築・評価・監査の実務」
森田弥生 著 (社)金融財政事情研究会 2,200円
2.{IT,システムに係る監査に関するもの}
「ここから始めるIT監査」 (社)日本内部監査協会 編
同文舘出版 2,400円
「情報システム監査」 学陽書房 2,800円
「システム監査と内部統制の実務」 中央青山監査法人
税務経理協会 2,000円
3.{IT統制(構築)関係}
「これならできるIT統制」 日本実業出版社 2,200円
「最新 IT統制の基本と仕組みがよ~くわかる本」
打川和男著 秀和システム 1,800円
「日本版SOX法 担当者のためのヒアリング技術 100のポイント」
輿水隆行 著 リックテレコム 4,200円
以上ですが、他にも高額なので、立ち読みし、参考になる
部分だけ、1分くらい見つめて覚え、本を棚に戻してから、
メモ帳にメモる、などという「離れ業?」をしたものは下記の
とおり。さすがに、「見ながらのメモ」は、店員に見つかったら
相当「ヤバイ」ので。
「情報セキュリティ監査 公式ガイドブック」 (株)日科技連 編
日本セキュリティ協会 5,000円
「情報セキュリティ・個人情報保護のための内部監査実務」
(株)日科技連 編 日本セキュリティ協会 5,700円
「情報システム監査 実践マニュアル」 (株)工業調査会
「IT統制の監査実践マニュアル」
NPO日本システム監査人協会 編 4,200円
以上です。
この4月から、3月決算の上場会社がその最初の対象となる、
「内部統制」のシーズンがスタートした。
先の上海出張も、この関係での子会社における統制、今回は
いわゆるIT統制関係での、私においては監査(モニタリング、
評価者)の役割として出向いたものだったのだが、「関係ない人」
もたくさんいらっしゃると思うので、前段では簡単に概要の解説、
後段では、今、私が感じている、「もっとも根本的な事はこういう
事ではないか」という点について述べてみたい。
ことの発端は、2000年前後、アメリカで「エンロン事件」や
「ワールドコム事件」といった、大型の不正会計事件が相次いだ
ことから、2002年、ポール・サーベンス氏とマイケル・オクスリー氏
の共同提出による法案、
「上場企業会計改革および投資家保護法」が成立し、厳しい企業
組織・財務会計に関する構築と監査が実施されたことを受け、
日本でも、2006年5月の会社法施行、6月の(旧・証券取引法を
含んだ)新たな内容としての「金融商品取引法」が成立したことを
受けてのもの。
日本では、会社法(362条4、および同施行規則100条等)に
おいて、「業務の適正を確保するための体制」を作ること、として、
役員、社員を含む、組織としてのコンプライアンス体制の
基本的システムの構築、言っていみれば方法論の「骨組み」と
「精神」が規定され、また、「金融商品取引法」では、金融庁所轄
の下、「財務報告に係る内部統制の有効性」という理念により、
財務報告がその有効性を担保、言ってみれば真実性を証明する
ためには、企業としていくつかのセグメント(フェーズ)をキチンと
構築していなければならないはずだ、との前提に立った内容で、
その構築と社内での評価、最終的には代表表取締役がそれが
有効であることの報告書を期末(来年2009年3月期末)において
作成し、それを外部監査人(=多くは監査法人)が、「OKです、
あるいは一部(ないし全部)不備があります」、という報告書を
作成して金融庁に提出する、という一連の流れをもつ体制運営が
スタートした。
所轄官庁は金融庁なので、最終的に外部監査する(通常は)
監査法人も、日ごろの決算監査と異なるという意味では緊張して
いるようだし、金融庁自体もスタンスが結構ブレてきていて、
数ヶ月前にはわざわざ、「11の誤解」なんてものを公表して、
仮に不備事項があって満点ということでなくとも、上場廃止に
なるわけではありませんよ、とか、3点セットといわれる書式
などの細かなことは触れなくなり、「全社統制」こそが肝心なの
ですよ、と、要点を絞り込んできている。
ひるがえって、ここからは私論になるのだが、結局は求められて
いるものは、「上場会社たりうる健全で偽りのない組織論」
なのだと思う。
昨今、新しい市場ができて、上場しやすいように、要するに若い
企業や経営者に夢を与え、米国的な意味での「成功」のチャンス
の機会の幅を公の意思として拡げてきたし、それはそれで良い
面も多々あったのだが、他方では、「組織が貧弱」のまま
だったり、外的には「できている=構築されている」とする組織が
実は経営者の恣意的な判断に委ねられていたり、人事評価制度
が在るようでいて、実は不透明だったり、労務面での人員の
待遇が労働基準監督署への届出と実態とは異なっていたり、と、
新興市場の、まだ創立10年前後の会社だと、どうしてもその点で
「老舗」の一部上場の大企業からは明らかに「見劣り」がする
企業が大変多いのが実態だろうし、ある程度やむを得ない面も
あるのだが (残業問題で訴えられて、訴求して数億円の支払い
が生じた会社は、ここ5年くらいで10社前後はあるが、それはその
典型。もっとも顕著な例)、そうした「ウソ」はそろそろ解消して、
キチンとした、粉飾や過労死を含む労務訴訟等の不正状況は
排しましょうよ、というのが、今回の「内部統制」の根幹に他なら
ない、と私は思っている。
だから、どのフェーズでも、(表面的なカタチとして)「整備できて
いますよ、実行(運用)もそのとおりなされていますよ、という
ことを付け焼刃的に証明しても、しょせん、「いつかボロが出る」
ということに必ずなると思う。
だから多分、ここ数年で「内部に深いキズを負った」大企業も
含めて、表面的な知識やスキルの持ち主でなく、本質から
物事を考える誠実な担当者なら、その視点からの整備体制を
心がけているはずだし、そうでなければ「ウソ」だ。
実際、大手企業のこれらを担当している3人の友人と居酒屋で
議論したときも、全く今の点に終始していて、皆同感していた。
「本物の組織整備と公平な評価体系、不正の発生しない内部
体制の構築の出来具合い」こそ、実は今後、5年前後くらい
には、「決定的な差」となって、市場から評価される、されないが
具現化するだろう。
2006年2月に書き始めてから、この文でちょうど、500タイトルと
なります。いつもお読みいただいている皆様には、心より感謝
申しあげます。
さて、臼木あいさんのHPブログを拝読していたら、10月の
スケジュールに、ハイドンの「騎士オルランド」というのがあり、
「これ、確か、森麻季さんのところで見たな。もしや代演?」
と思い、ザルツブルグのご本人に、
「麻季さんの懐妊、ブログで知り、驚きました」と送信したところ、
あいさんより下記いきさつの返信あり。
麻季さんがブログでの公表に先立ち、ご本人より、
「そういう事情なので、10月のオルランド、
あいちゃん、歌ってくれない?」、と、
本人より、直々に、代役の打診メールがあったとのこと。
これは言うまでもなく、「スゴイ」ことで、自分の代役を自身が
「指名」するというのは、
(言うまでもなく仲が良いとか、そんなレベルの話しではなく)
相当な信頼と、「実力を認めているから」こその話しで、
「さすが、あいさん」、と、感心したしだい。
もちろん、いくら当人の推薦=指名があって、受諾者=あいさん
が OKでも、公演主催者側、特に指揮者やプロデューサーらが、
「No」、と言えば、この話は成立しない。
そのへんも、あいさんのデモ・テープを聴いた指揮者等より、
「OK」が出ている、とのことだから、たいへんなものだ。
まあ、まだ20代半ば(やや後半)にして、2年連続、
「NHKニューイヤーオペラ」に出演されるくらいの実力があるわけ
だが、幸運、ということも、競争の激しいクラシック演奏家、
歌い手には重要なことだ。
出張から無事戻り、上海について書く前に、臼木あいさんや
森麻季さん等、いつもとき折り拝読しているブログを見出した
ところ、なんと、森麻季さんが、「ご報告」として、懐妊されたことを
書かれてていた。9月のおわりころ出産予定とのこと。
イタリア人作曲家とご結婚されていることは知っていたが、
今後のスケジューリングが多く予定されていたので、
少し驚いたが、とにかく慶事に祝意を表すのはファンとして当然。
今後は必然的にムリをされずに過ごされると思うし、
そうして欲しい。
そういえば、昨今、ザルツブルグ音楽祭等、特に欧州で人気の
ロシア人美人ソプラノ歌手、アンナ・ネトレプコさんも、最近、
懐妊を公表した。
ムムッ、2大美人歌手が同じ時期にママさんになるという新たな
人生に向われることになったのは、偶然とはいえ、
オペラ歌手界の慶ばしい話題だ。
13:50成田発でしたが、上海周辺の天候の関係で、
15:00とのこと。
ところが、さらに、16:30予定ということらしく、あまりにも退屈
なので、今、これは、成田の(全て搭乗手続き後の)、
搭乗ゲート周辺のデーパートっぽい、ロビーの一角の
ヤフーカフェ、というところで書いています。
周辺にはレストラン等のほか、なぜか、ティファニとか、
高級ブランドメーカーの店舗や、
さらに、現在の東京を象徴する、
AKIHABARA、なんていうコーナーもあります。
今日中に飛べるのか、と、同行の同僚社員も、みな、
不安というより、やや退屈ぎみです。
なので、ブログで少し書き止っている日のものを少し書いて
待つことにします。
皆様
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
7日~12日まで、上海に出張するので、その間、
ブログ更新をストップしますことを、お知らせ申しあげます。
テレビで、「ナンバー2」ということに焦点をあてた観点から、
何人かの人生を紹介していた。
中でも、子供のころに見た「同世代」にして既に子役スターの
美空ひばりさんに感銘を受け、「会いたい一心」から、
音楽事務所のオーディションを受け、歌手になられたという
島倉千代子さんのコーナーが魅力的だった。
スポーツ選手や芸術家等、誰かに憧れて、というキッカケを
持つ人は必然的に多い。
フィギュアスケートのミキティ=安藤美姫さんは長野での
荒川静香さんに憧れて、その思いで子供のころの、
父親の事故死というショックを乗り越えて来たし、
バレリーナの草刈民代さんは、札幌オリンピックでのやはり
フィギュアスケーターの、ジャネット・リンさんに憧れて、
(でも、スケートではなく「あれは舞だった」との思いもあり)
自分はバレリーナになろう、と思って、今日まで来た人だ。
こういう、偉大な「先達」は、偉大な後輩達を必然的に「造る」
役割を演じるものでもある。
直接の面識があっても無くても。
この「繋がり」は面白いし、これも「縁」、糸に繋がるもの、
と言えるのだろう。
最近、自分でもブログ内容がややマンネリかなあ・・・と思わなくも
ないので、近々2つの「シリーズ」を開始しようと思っている。
1つは、「クラシック・ピース集」(仮題)
Jポップスや海外ポップス、と、敢えてクラシック外のシリーズを
スタートさせているが、ここは「王道」ということで、
15分前後の曲、単独の管弦楽曲だったり、あるいは、交響曲の
中の、特に好きな単一楽章を論じてみようと思う。
もう1つは、クラシック音楽にあまり興味が無い人にも多少楽しんで
いただく、いや、議論を提示する如くのものを想定して、
「刺激的&タブーへの挑戦(仮題)」として、
結構、思い切ったことを書いてみようと思っている。
例えば、「宗教法人は税金を払え」とか。
ご期待に添えるかどうかは不明ですが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここからは別件というかテレビからの雑感等
1.「ソロモン流」は、荒川静香さん。
HPを開設していてブログを書いている、とのことなので、
先ほどさっそく覗いてみた。
余談だが、他に最近、音楽家以外でたまに見ているのは、
モデルの相沢紗世さんのもの。「どんど晴れ」で、
「元カノ」役だった人。
2.テレビからもう1つ。
「地球デープロジェクト」で、小西真奈美さんが北極をルポし、
北極グマが置かれた過酷な状況=それは、もちろん、
我々人間の行為による「地球温暖化」の問題に他ならない
もので、映画「アース」でも真っ先に出てきた場面と重なる
のだが、本当にどうにかしないといけない状況に間違いない
ものだ。
NHK総合放送で、「本田美奈子.最後のボイスレター」が放映され、
タイマー録画をしていたので、帰宅後に見た。
あの衝撃的な訃報から2年以上が経つし、彼女のことはこのブログ
にも何度も書いているので、多くは書くのはよそう。
(それと、彼女が亡くなるそれほど遠い前ではない時期に、
美奈子のあとに、「.」=ドットを置いたのはもちろん知って
いるし、今も一行目で正規なタイトルなので書いたが、私は実は
あまり気に入っていないので、以前の文でも「ドット」を書いて
(置いて)いないし、今後もそうしたい。これはゴメンナサイ
としか、天国の彼女に言うしかない)
病院での闘病生活は、亡くなってから、これまでも少しは伝え
られてきたが、今回のことは初めて知った。
直接的なキッカケは、彼女が尊敬していた(彼女からしてみたら
母親というより祖母の世代の人である)作詞家の岩谷時子さんが、
大ケガをされ、偶然、同じ病院の違う階の病室に入院されたこと
によるものだった。
どちらも、容易に見舞いあう状況になかったことから、
「先生」(・・・少し後には)「おかあさん」との呼びかけに始まる、
(日によっては辛いときもあったにもかかわらず)歌のプレゼントを
含むボイスレターを定期的に渡し、先生も、
「みなこちゃん、ありがとう」として、毎回それに応えるやりとりの
全記録だった。
その中でも、彼女が歌う歌の音程といい、ヴィヴラートのかかった
声といい、実に美しいもので、とても重病にある人の声とは思え
なかった。あらためて彼女の「実力」を知る思いがした。
7月終わりの仮退院後は、悪化などもあってほとんどボイスレター
のやりとり自体も適わなくなり、岩谷さんが美奈子さんの死を
知ったのはテレビニュースによってであったという。
ご高齢である岩谷さんのそのときの心情は察して余りある。
先生は今、退院をされて静かに暮らしていらっしゃるという。
以前も書いたが、美奈子さんの記念碑が昨年の夏、埼玉県
朝霞市駅前に完成している。私の実家と彼女の実家は
歩いて10分ほどの距離だが、訪問したことはもちろんない。
技術者が、あるレポートで、趣味における最近の自信作として、
「オープンソースを作ったことだ」という文を読んだ。
そう言われても、「文系」の私には何のことか解らない。
私にはせいぜい、あるいは、どうしても、ブルドック・ソースとか、
トマト・ソースとか、カレー・ソースという、食べ物に関する味付素材
しか思い浮かばない。
Wikipediaによると、
「オープンソースとは、ソフトウェアの著作者の権利を守りながら
ソースコードを公開することを可能にするライセンス(ソフトウェアの
使用許諾条件)を指し示す概念である」とあるが、
それ自体が理解不能である。
もっとも、これはどんなことでもそうだろう。
「ピッチカート」と言われても、クラシック音楽や弦楽器に興味が無い
人には、「弦を弓で弾くのではなく、指ではじく奏法」ということは
解らない(知らない)。
経済に「全く興味が無い人(?)」には、円相場が105円から103円に
なった状態を、「円高なの、円安なの?」と戸惑うだろうし、それ以前
に、それはどういうことか、ということは、「変動相場制」から説明して
あげなければ不親切、丁寧な指導とは言えないだろう。
そう言えば、社会人になって数年後、後輩の新人たち数名による
座談会の会話が当時在職していた会社の広報レポートに掲載された
ことがあり、そこで、ある男性新人社員が「専門用語」の多さに
面食らう、という主旨の発言をしていた。
一番面白く、印象的だったのは、彼いわく、
{「配当性向」、って言葉を初めて聞いたとき、思わず、「斉藤慶子」?
のことかと思った}、というもの。
もっとも、斉藤慶子さん自体、最近はテレビにはほとんど出ていない
ようだから、若い人は知らないだろうけれど、「女子大生タレント」の
「はしり」の1人で、今もよく見かける、川島なお美さんらとほぼ
同世代の人で、やはり今もよくテレビ等で見かける 宮崎美子さんは
斉藤さんの熊本大学の先輩にあたる。
と、まあ・・・、専門用語は難しいが、それだけ、その先(奥)には
自分(その人)にとっては未知の無限大の世界が広がっている、
ということでもあるのだろう。
それが楽しいと思えるかどうか、で、その人にとって「全てが変わる
かどうか」、世界観の変化とか未知との遭遇が面白いものとなり得る
かどうかが掛かっているのだろうけれど。
朝、通勤時に、卒業式に向かうのであろう羽織袴の女子学生を見る
ことが多くなった。
この時期は、楽しさとか明るさよりも、「別れ」の季節の印象が強い。
もちろん、新しい「出会い」の季節でもあるのだが、柏原芳恵の
「春なのに」ではないが、なんとなく物悲しいさと寂しさを感じる季節
だ。そう言えば、昔、今の皇太子殿下は柏原さんのファンで、
特に「春なのに、が好きです」、とおっしゃっていたのを思い出すし、
実際、後年、1980年代半ばくらいだったと思うが、彼女のコンサート
に来場されて、話題になったりもした。
学生時代の頃は、「花粉症」というものは(少なくとも話題には)
巷間言われてはいなかった。
1980年代の後半や90年代前半くらいまでは、「一部の人の病」と
いう世間の捉え方だったが、その「人口」が徐々に増え、
都議会など、国民の健康に関する政治問題としても扱われるように
なったり、天気予報で「花粉情報」をやるようになったのは、ほんの
ここ10年位だろう。
「症状」の状態に「体が移行していく」時期、というのは何となく
判る。しだいにダルさが出てきたり、カゼぎみのような感じを覚えたり
していき、体温がしだいに上昇して「沸点」に至る日、
「クシャミ連発」鼻水だらだら、というような「瞬間」が来ると、
それはもう、「ご到来」ということだ。
軽症の年もあるし、5年前後ほど前に比べると、ここ2年ほどは大事に
至っていないが、今年はどうだろうか・・・・。
はやく過ぎ去って欲しい季節だ。
素朴な疑問だが、「心神喪失状態」で、人が殺せるだろうか?
バラバラにするという行為は一見(想像では)猟奇的で確かに
狂気的ではあるが、「冷静だからこそ、切り刻んで捨てに行ける」
という解釈も成立するのではないか?
世田谷で起きた、「セレブごっこの仮面夫婦」だった女が、
「外資系金融マン」の暴力に堪えきれず殺害してバラバラにして、
新宿やらどこやらへ「分別」した事件。
弁護側だけでなく、検察側が依頼した精神鑑定で、被告人が
「犯行時、心神喪失状態にあった可能性が高い」という鑑定結果で
ほぼ一致したという。
1999年の、森田芳光監督の映画「39(刑法第39条)」を思い出す。
この心神喪失に関する条文を扱ったもので、被告人が、
「詐病」、すなわち、「心神喪失を装い」、無罪を勝ち得ることも
あり得るのではないか、といったことがテーマになっていたと記憶
する。
今回の事件に戻ると、被告人の女性は、事件から数日後、
夫婦の共通の友人が、「行方不明」の夫の状態を不審に思い、
妻である今回の被告人に電話をしたときのやりとりが録音されて
いて、以前、テレビでテープが流されていた。
その男性は、「血痕が床などに残っていれば、目に見えなくとも
警察が鑑定すればすぐ判るらしいよ。」と言うと、
女は、「ふ~ん、そうなんだ・・・・」、という、きわめて冷静な会話
の内容だった。
そして、その電話のやりとりの翌日だか、とにかく日をほとんど
置かず、女は業者をよんで、「床全面貼り替え」を実行したのだった。
そんな女が、「心神喪失状態だった」のだろうか?
少なくとも、「殺そう」という意志=殺意、そういう意志が働いたから
こそ、「実行」できる、という論理が成立し、そこに何ら疑念を挟む
余地は無いように思えるのだが、どうだろうか?
先日の幸田さんに関する文章、相当量追記したので、興味のある
かたは再読いただければ幸いです。
そのまま無断で引用(紹介)してはいけないのかもしれないが、
2月26日の朝日新聞の投書欄の中の一角、約3cm四方の枠の
中に書かれた寸評というよりは、ギャグ(遊び的な枠)として書かれ
ていた内容がとても面白かったので、紹介したい。
かたえくぼ
「ロス疑惑」
まだロスタイムだったか
-三浦元社長
(大和・へらずぐち)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こういうユーモア、好き。面白い。
この日の、NHK「プレミアム10」は、
「80歳の決着~元兵士たちの日米野球~」と題されたもので、
胸の熱くなる思いのする内容だった。
かつて「敵」として戦った日米の「元・兵士たち」がハワイに集まり、
3日間、野球などをして交流する機会をもった。
もちろん、その中で、「行く」決断をするまでに、「躊躇(ためらい)」
を感じた人も多かった。
真珠湾で死んだ友人を慮(おもんばか)って参加しなかった
アメリカ人のインタビューもあった。
I see,・・・・お互い様なのだ。参加した人も誰もがみな複雑な思いで
参加したはずだ。
「会う」と、「同じ人間」であることを認識し、ギコちないやりとりや
たわいのない話から始まり、感情がしだいに変化していく。
皆、互いに「忘れてはいない」。でも、「もう、許しあえる、そうしても
よいのかもしれない」、と思い、笑顔と談笑の輪が広がる。
帰国後、文通をし始めた人たちもいる。
人は、「どうしても許せない{事}」から、しだいに「許す」感情に辿り
着くことは、有り得る。
それは、「どうしても許せない{人}」とは少し違うニュアンスである
からこそ、より可能性が有るのかもしれない。
「戦争」という、いわば、彼らが「個人的に、自発的に行った行為では
なく、いわんや個人的に敵視して殺しあったわけではなかった」
ところの、時代と組織という理不尽な集団機能による殺戮合戦に
駆り出されたという点では、「互いに同じ犠牲者」でもあったわけだ。
死んだ家族、友人を思えば、生き残った自分としての「元・兵士」たち
の無言の苦悩はあまりにも重い。
しかし、そこから解放されなくてはいけないのかもしれない、と
思い始めた人達の姿。
ある元・日本兵が海に向かって静かに語った。
「こういう時代が来ることを知らずに死んでいった戦友達も、
(今回のこうした自分たちの和解の姿を) 許してくれるかもしれない」
と。
「戦争を知らない」私達の世代の1人1人の人生は、あの時代に
生きた人達、そしてもちろん世界中で理不尽に死んでいった、
あの時代の先人達の姿や人生と、「無関係であるはずはない」
のだ。
そんな思いをあらたにさせてくれる感慨深い番組だった。
ご縁あって、3年間ほどお付合い、いや、お世話になった。
面白い人だった。
あんなに「面白い」社長、というか男性、いや「人間」は国内にそうは
いないのではないか、と思えるほど魅力があった。
社員が(やむを得ないミスではなく)だらしがない行為や態度、
言葉使い、無礼で失礼な、非常識な言動をとったときは、
男女の区別なく、心底怒った。というか、男女の別なく「怒鳴った」。
それも容赦なく、ときには、ここでは書けない(他の会社だったら
訴えられかねない)言葉を使ってまで、それが女性だろうと関係無く
叱った。
そう、叱る、という、今では(家庭によっては死語かもしれない)
言葉が正しいかもしれない。
すなわち、個人的なエゴイスティックな感情で怒る人では全くなく、
全て、いつも「底辺」には「理」と「情」あった。
本当にその社員のことを思っての注意だったので、
(私は不幸にして怒られたことはほとんどなかったが、それは本当に
「不幸」にして、と思えるくらい)
その折々怒られている誰もが(怖くてではなく、社長が言っていること
が、あまりにも正論なので)、反論はできなかった。
どこまでも「個性的」であると同時に、どこまでも「常識人」。
非礼な態度は絶対に許さなかった。
「会社人間である前に、常識ある社会人であること」を求めた。
今時、社員とはいえ、(よそ様の)若者に「しつけ」を
(それも社長が、それも本気で)教える大人が、今の日本に
いったい何人いるだろうか?
素人で始めた飲食業。
でも、今、国内において、同社内の全店長より、はもちろん、
他社や個人店の全ての内で、中島武に勝てる料理人はいったい
何人いるだろうか?
最後に村上龍さんが感想を言っていた。
「一見、ワンマンでダーッといく人に見えるが、実はとてもシャイ」
「結局、中島さんは、良いサービスを提供して、それを人が喜ぶ
姿を見ることが好きなのではないか。そういう人なのではないか」と。
全くそのとおりです。
だから、基本的に「ヒイキ」はしない。
新入社員の意見でも、良い意見ならすぐ取り入れる。
ベテランだろうと、しょうもない意見を言えば「ばっかやろう」と一蹴
する。
1人の秘書とか、ブレインのことだけを信用して、他の人の意見を
聞かない、なんてことも、もちろん全く無い。
むしろ、そういうことへの警戒感(「裸の王様にはならないぞ」)は
本能的に強い人なのかもしれない。
そのブレインが状況判断ミスしたら終わり、ということを知っている
からだろう。
失礼ながら、別に外見はカッコイイわけではないのに、女性に
「モテル」。出版記念パーティをやったときは、取引先等の代表者
などに交じって、銀座の「キレイどころ」が数人来場して驚いた。
その場での私の関心は、その瞬間からその衆に向かい、あとの
来客対応はよく覚えていない。
再婚された女性は中国人だが、フランスでモデルをされていて、
ピエール・カルダンなどにも可愛がられた女性だったらしく、私も
一度お会いしたことがあるが、ちょっと欧州系、東欧系の美人で、
(失礼な表現ながら)中国人という感じはしなかった。
その奥様も別の会社形態で、飲食店を開店しており、以前、
「アド街ック天国」でも、愛川欽也氏のご愛顧の店として紹介された
こともあった。
そういえば、際コーポレーションの店には、何故か芸能人がよく
来店する。渋谷のアメリカン系の店にはキムタク、池尻大橋の
中華店には、タッキーも来たことがあるし、先述の「アド街」でも、
例えば、元バレー選手のの大林素子さんが目黒の中華店を、
(偶然)同じく元バレー選手の川合俊一氏が、別の場所の和風
居酒屋系料理店を、それぞれ「お気に入り」として紹介、推薦して
いた。
メニューも斬新ながら、店構えが変わっている(個性的な)店が多い
ということもあるのだろう。全国に約300店舗近くあるが、
テレビや雑誌等の取材も結構多い。
社長が対象であったり、どこかの店そのものが対象であったり。
それから、同社は未上場ながら、株主総会は大変真面目にやって
いる。私が入社する前からそうだった。
未上場とはいえ、上場は考えているので、出資しているベンチャー
キャピタル等の法人株主が10社ほどあり、毎年の株主総会には
5社前後は来社して、結構厳しい質問をしてくる。
もちろん、いいわゆる所詮、応援してくれているという「身内」株主
なので、「紛糾する」ということは無いが、それでも質問者は投資、
すなわち経営指標の読みのプロだから、質問はハイレベルであり、
失礼ながら、上場会社の株主総会で昨今みられる一般株主による
「普通の質問」などとは、「比べものにならないほどハイレベルな」
質問内容の場合もある。
(もちろん、上場会社での一般株主がどんどん質問する傾向は
好ましいことで、それ自体は私はとても評価しているが)
あるときなど、「これは質問されるとキツイが、まあ、出ないだろう」
などと想像していたら、一番最初に出されたので、
株主総会には絶対の自信を持っている私も、さすがに驚いた。
でも、「イヤだな」と思っていただけで、当然回答は準備していたので
「別に」慌てることはなかったが、内容が相当専門的な(法的な)もの
だったので、異例だが、そのときの株主への回答は議長(社長)から
でも、他の役員からでもなく、株主の了解を得て、
総務部門のチーフであった私から回答させていただき、
納得していただいたこともあった。
そのくらい真面目で、緊張感を持った株主総会をキチンとやって
いる。
実は、未上場でも、意図的に上場しない大会社(サントリー等)は、
当然、真面目に株主総会をやっているだろうが、失礼ながら、
未上場(非上場)会社で、特に中小、なかんずく、株式の上場を
考えていない会社では、「やっていない」会社が相当数あると想像
できるし、上場を目指している会社でも、「程度の低い」ものしか
行い得ていない会社も少なくないのだ。
そこへいくと、キワは(別に私が居ようと居まいと)キチンとやって
きている。
諸事情により、同社が当面、上場に年月がかることが判明してきた
ことに加え、商法改正=現・会社法への移行を控えていたので、
上場会社から数年離れていた私は、「上場会社に戻りたいな」と、
少し焦った。
そんなころ、別の上場会社から「お声がけ」をいただいたので、
「大好きなキワ」だったが、社長と、(社長以上に身近に接していた)
ナンバー2の S専務(現・顧問)に事情を話し、了承を得た。
詳細を書くと「いやらしく」なるので控えるが、特にS専務には
転職決意者に形式的に向けられがちな「リップサービス」ではなく、
本気で(いろいろな提示で)慰留を求められたことには、涙が出そう
になるくらい嬉しかった。
そういうこともあって、というわけではないのだが、実は、今でも
私は同社の個人株主。だから、ということを超えて、
今でも大好きな会社であり、「同社のファン」を公言して憚らない。
上場後の売却益なんて、特に期待などしていない。
(だいたい、外食企業の株価は「知れてる」し。)
同社がめでたく上場し、上場後の初の株主総会の際は、
現職場にお願いして1日休暇をとってでも、「無料で」同社の
株主総会の「応援に」行きたいと思っている。
夜10時からNHKで、「プレミアム10」の放送があり、今回の内容は
「震災13年・勇気をくれた心の歌」として、1995.1.17、6434人の
死者、3名の不明者、4万人を超える負傷者を出した神戸だけでなく、
中越地震、あるいは、スマトラ島沖での大地震と大津波による、
その地域の人々と、その後の状況を伝えながら、平原綾香さんの
曲などが多くの被災者を勇気付け励ましてきたことを伝えるもの
だった。
以前、彼女の「ジュピター」を、ホルストの「惑星」を(いくら著作権が
切れたとはいえ)「利用」して、結果としてゼニが入るような活動や
曲は支持できない、と批判したし、その考え自体は間違っては
いないと思っているが、しかし、結果として、彼女のその歌声が多く
の被災された皆さんを勇気付けたことは本当に素敵なことで、
率直に評価し、喜ばしく感じる。
1995年、シングルCDで「心の糸」が発売された。
これは5人の演歌歌手、坂本冬美さん、藤あや子さん、
伍大夏子さん、長山洋子さん、香西かおりさんが所属事務所を
超え、そして所属する当時の合計4つのレコード会社、ビクター、
東芝EMI、ポリドール、ソニー・ミュジック各社の共同企画として制作
された、「阪神・淡路 AID SONG」で、「心の糸」という1曲の中で、
歌うフレーズを1人1人が少しずつ分かち合いながら、そして、最後の
数小節は5人が声を揃えて歌ったチャリティ・レコーディングで、
その収益は、日本赤十字社を通して全額が被災者に寄付された。
当時、当然私も購入し、何度も聴いたが、曲自体も、また、この5人
が、事情が事情ではあるが、それだからこそ、顔を揃え、このように
歌ったという企画そのものとしても、純粋に曲としても、CDとしても、
そしてもちろん(繰り返しになるが)その意図としても、大変素晴らし
いものだった。
番組に話を戻すと、元・教員の臼井 真さんの作詞・作曲による
「しあわせを運べるように」という曲と、それを歌う、震災後に生まれ
た小学生達による合唱がやはり胸を打つものだった。
歌には人を勇気付ける力が確かにある。
歌は、最終的には技術ではなく、極論すれば「声」ですらないかも
しれない。
「魂」。「たましい」の無い歌や歌声というものは結局のところ、
表面的で皮相な「ひけらかし」で終わるだけなのかもしれない。
音楽は、最終的には 「祈り」であり、「愛」である、と、思う。
そこから発していない音楽は「本物」とは異なるものとなろうし、
人々の心を打ち、聞き継がれ、歌い継がれていくことはないのだ。
音楽は一面では極めて「個人的なもの」であるが、同時にそれは
驚くほど普遍的で、時代と空間を超えて、人々とつながり合え、
人々を結びつけもする。
番組は、こうしたことをさりげなく、しかし、しっかり伝えてくれる内容
だった。
私は今、5社ほどの株主になってはいるが、別に「儲け」を狙った
投資ではなく、株主総会出席権利、より具体的には招集通知等の
法的関係書類を見たい、という、基本的には「勉強」のため、と
いうのが本当のところ。(昔はいざ知らず)
だから、失礼ながら、その会社の期末(事業年度末)が近づくと
「株価が安い」会社を選んで購入する、というところだ。
ただし、もちろん、「安い」からとはいっても、一応、その会社の現状
で判り得る情報、例えば、少なくとも半期および一年前の業績と
1年間の株価の推移、は調べて、その他、何か話題性とか特色
とかがあればそれも加味し、比較検討して購入している。
当然のこと、基本中の基本だ。
その中の1社から、元旦に年賀状が届いたのには驚いた。
過去にちょっと記憶に無い。
「お得意先」「お取引先」というなら、いただくだけでなく、こちらから
も書く、という人は多いだろうけれど、株主、となると大変だ。
その、S社はインターネット系の会社で、社長はまだ30歳代で、
業容というより、その社長の出版本とか、芸能人との結婚&離婚
とかも含めて、有名な人。
それはともかく、購入したのは、その時期の年度末の書類を見て
おきたかったのと、いわゆる「罫線」で見ると、業績は結構良い
のに、株価が少しずつ継続して下がってきていて、それが数ヶ月
続いている。
「この業績にしては、下がり過ぎだな。この辺が「底」で、多分、
もうじき反転する(上がり始める)だろうな」、と予想したことも
事実だった。
そして、実際、購入後、株主権利取得後も2ヶ月くらい持ち続けて
いたが、5万円近くの利益が出ていたので、売却させていただいた。
だから、今は厳密には株主ではない。ゴメンナサイ、S社さん。
また、期末が近づいたころ、「安ければ」買います。
「そんなことが判っていれば、1株でなく、もっと買っておけば、
5万円×株数分、儲かるじゃないか」と言われればそうだが、
先述のとおり、あくまでも「勉強」のためなので、ムリはしない。
年賀状に話を戻す。
S社は、2007年9月末時点で、約4万5千人の株主がいる。
50円で掛けて、約230万円。儲かっている会社だから、それほど
の「痛い」金額ではないだろう。
しかし、当然、法定書類などではないから、証券代行機関(注)は
使えない。(注)・・・上場会社が株式事務を委託する会社。
信託銀行が多い。
したがって、社内の総務とか、社員が株主の宛名のシール貼りを
したと想像するが、
(1)会社として、そんな労力や費用を使うほどの意味は無い。
ムダなことである。
とも言えるし、それは事実だと思うが、
(2)でも、そうした「誠意」は認める。いちいちケチは付けません。
という心象を抱くことも事実だ。
話がいきなりガラリと変わるが、一時期、「元旦から営業」を宣伝
する物流、流通サービス会社や外食産業が増えたが、最近は、
むしろ、
「いや、流通だろうと、飲食店だろうと、3賀日とは言わないが、
元旦くらいは休もう」、とするところが増えて(戻って)いる。
良いことだと思う。多くは正月用の買出しは年末に終えていて、
元旦からデパートはもちろんスーパーにも特に行く用は無いと思う
わけで、そうした業態の会社であっても、「社員の良き労務状況」
を、そういう時期くらいは優先して考えてあげるべきだと思う。
むしろ、そのほうが、その企業に対して好感さえ持つ。
もっとも、私のように、独身1人暮らしだど、コンビニはもちろん、
松屋さんとか、元旦でも開店している店を見ると、今述べた点と
矛盾するが、「ホッ」とするのもまた正直なところだ。
だから、開店しているお店にも、「やっていてくれて、ありがとう」
とも思うのだ。
消費者は勝手だ、と、自分でもつくづく思うしだい。
「紅白」は結局たまにちらほら見ていた程度だが、鶴瓶さんの司会
が「予想外」に良かったのには驚いた。中居君は4回目というから
落ち着いてできただろうけれど、紅白初司会としては見事だったし、
本人も、放送中、「すごく楽しんでいます。全く緊張していません」
と言っていた。本当にそんな感じで、しかも、いつもの「おちゃらけ」
は勿論無く、単に歌手や曲を紹介するだけでなく、その背景という
か、周辺の情報もキチンと伝えていて見事だった。
内容は、(ZARDに触れる前に)歌手では、女性トリの石川さゆり
さんが素晴らしかった。ウラ(3チャン)でちょうど、ドレスデンの
「ばらの騎士」(もちろん部分)と重なり、そちらを録画していたが、
さゆりさんも録画しておきたいくらい見事だった。
この日の「津軽海峡冬景色」にしても、「天城越え」にしても、
この人の歌はとてもカラオケで歌えない。
(12月31日の話題に登場するK女子は「天城越え」が得意で
実際、素晴らしい)
ほかに、歌意外では、最後に声で登場した緒形拳さんによる
「プラネットアース」のMC体験からの、美しい地球を守るという
メッセージ、何人か登場したゲストの中では、仲間由紀恵さんに
よる、2人の歌手を紹介してときのMCが素敵だった。
仲間さんは、「ごくせん」はもう代表作といってよいし、今、最も充実
し、多くの仕事(舞台含めて)をされている女優だと思う。
そして、ZARD 坂井泉水さんの特集コーナー。
彼女のことを伝える局アナのMCでも、
「生前、紅白出場を望んでいたという、坂井泉水さん。彼女は今日、
初めて紅白に「登場」します」と伝えたし、
それを受けて、中居君が、大阪の会場とつなぐ旨の説明の最後で
「敢えて申しあげます。紅白「初出場」、ZARD 坂井泉水さんです」
との紹介はとても良かった。
そして、「揺れる想い」の歌と映像が流れた瞬間、不覚にも感涙。
これが、実際の生ライブだったら、とファンは皆思ったことだろう。
「グロリアス マインド」に続いて、生前の声が流れ、
「負けないで」が(短縮されてはいたが)いくつかの映像とともに
流されたのだった。
永久保存版の数分間だった。
彼女の曲、歌も、私にはカラオケでは歌えない。聞くのは好きだし、
一見(一聴)、特別歌唱力が極上、というわけではなさそうな感じが
しなくもないが、あの伸びやかな声はやはり魅力的だし、曲も、
リズムとか旋律が外見上は平凡そうでいて、実際にちゃんと
歌ってみようとすると、とても難しい。
だから、私は泉水さんの歌は口づさむが、カラオケでは、まず、
歌わない、というか、歌えない。
先述の、石川さゆりさんとはまた違った意味で難しさを感じる。
ところで、「紅白」で不満なのは、出演歌手が歌い終わった直後や
こうした特集が終わった直後に、どんなにそれが
「余韻を感じていたい状況」であっても、時間の都合上、司会者が
次の話題に行かざるを得ない点だ。本当に興ざめ。
12月31日に書いたことと少し矛盾するが、もっと、人数を絞って
(減らして)「聞かせる」歌手だけにすればいいのに、と思う。
新年 明けまして おめでとうございます。
本年も皆様にとりまして良き年となりますよう、お祈り申しあげます。
私のこのブログも、書き始めてもうじき満2年になります。
いつも独善的で勝手なことばかり書いておりますが、これからも、
とき折でも引き続き お読みいただければ幸いでございます。
本年も どうぞよろしくお願い申しあげます。
今年の「紅白」も、メンバーが「いまいち」。
秋川さんは昨年インパクトがあったが連続で「同じ曲」は
いかがかと思わなくもない。さださん、平井堅、もちろん
坂本冬美さん等、興味深く、楽しみな人は、「ごく数人」と
いうところ。
その、(予定だと)前半の赤のトリ、坂本冬美さんの「夜桜お七」
2007ヴァージョン後、休憩(ニュース)に入る前、今年突然逝去
された、ZARD 坂井泉水さんを記念したコンサートが大阪で開催
されているその会場とを結んで、坂井さんの歌と映像を流す
ようだ。
これが、私にとっては、今年の「紅白」の最大の関心事。
それにしても、「紅白」の「低迷」が言われて等しい。
以前も書いたが、どうせ「お祭り」なら、それこそ「少しは歌える」
沢尻エリカさんとか長澤まさみさんなんかを出演させる、とか、
新企画が欲しいところ。
対抗する民放もダラシガない、ったらない。
3チャンのクラシック・ハイライトは別として、「紅白」の「ウラ」で
民放で見たいものはゼロ。
私は格闘技は嫌いなので、昨年くらいまであったK1とかも含めて
ここ10~20年以上、ウラで見たい番組はほとんど無かったような
気がする。
テレビ局の社員の給与水準は高いらしいが、こと年末関係を見る
限り、「企画力ゼロの民放」ばかりだ、と断言してさえよい。
だらしがない。才能がある人がいるとはとても思えない。
ただし、年が変わる前後のテレビ東京の
「ジルベスターコンサート」は、毎年楽しみだけれど。
相当昔だと、「コント55号の紅白歌合戦をぶっとばせ」という
番組が印象的だった。ちょっとした「お色気系」もあって、という
こともあったにしても、ああいうパワーのある(お笑いも含めて)
芸人は、最近はほとんどいないように思える。
2人の女性=大学の後輩のことを書いてみたい。
お2人ともあるいは「読者」かもしれないので照れるが、
「自分のことかも」と思われても、気にしないでください。
もちろん「恋愛感情」などではない。お2人ともご結婚されている。
学生時代から「美しく」はあったし、そう思ってはいたけれど、
特別な感情を抱いて話したことは無かった。
1人は合唱団の後輩。下の名から、一応、Fさんとしよう。
正確に言うと、それほど久しぶりの再会というわけではない。
3年前の3期合同同窓会でもたしかお会いしている。
今年、それ以来の同窓会の3次会のカラオケ・ルーム内での、
フッとした表情が、何故かずっと印象に残っている。
学生のころから美人なのに、それほど交友関係が広いわけでも
なさそうで、印象としては寡黙な人だ。
その、カラオケ・ルーム内には20人くらいいたと思う。同期の
T君が画像前の空間で、相変わらず「アホ芸」というか、
折々、みんなを笑わせる奇声を出したりしているとき、
ふと、Fさんを見ると、そのT君を見てニコニコ笑っている。
「その横顔の美しかったこと」・・・。
失礼ながら、しばし、そっと見入ってしまった。
とても、4人のお子さんがいらっしゃるとは思えない、少女のような
表情だった。
その日は、駅近くで挨拶した程度。
ところが後日談がある。
Fさんと大の仲良しで(合唱内では唯一の同性の親友のようだ)、
学生のころから、「デーハー系」で、どう見ても外見からは合唱を
やるようには見えない(でも個性的な美人の)K女史と、
先般お伝えした、音コン声楽部門の本選会場(東京オペラシティ)
で会った際、数人で飲み屋に向かう途中の雑談で、K女史に、
「このあいだの同窓会、Fちゃん、数年ぶりに会ったけど、相変わ
らずキレイだったねえ・・・」と、つい言ってしまった。
K女史は、「自分も(こういう性格だから)友達は少ないけれど、
Fちゃんとは学生のころから、ずっと気が合って仲が良い。
本当に可愛いよね」と、しばし「Fちゃん談義」を「してしまった」。
それから、1ヶ月後くらいに、OB男声合唱団の演奏会が開催され
た「カザルス・ホール」で、K女史はFさんと来場されていた。
Fさんは私を見ると、一瞬、照れた笑顔をされたので、アレ?と
思ったが、案の定、私の「Fさん評」がK女史から当人に伝わった
のだった。
もちろん、別にそれはそれで、終演後、ロビーで、K女史だけで
なく、Fさんとも、「ごく普通に」雑談したのだった。
もう1人は、オーケーストラの後輩。下の名から一応、Yさんと
しよう。学年は確か、こちらが4年次の1年だったはずだし、
数回話したのは卒業後、OBオケとは別に一時期活動していた
アンサンブルMでの1~2年くらいの間のはずだし、そのときも
それほど会話をした記憶はない。でも、長い黒髪が印象的で、
静かで優しそうな感じの人だったので、当然覚えていた。
しかし、ずっとお会いしていなかったが、6月だったか、「復活」の
練習を見に来ている彼女に気がついた。
彼女は他のオケに入っていて、「復活」の当日と、そのオケの
本番ステージとが重なっていて、当日「復活」を聴きに来れない
こともあって来場されていた、とのことだった。
そのときは、帰りの(それも居酒屋の帰り際)タイミングの関係で、
少し挨拶をした程度だった。
でも、正直に言うなら、「何かとても懐かしい人(女性)に会えた」
という印象を強く覚えた。
それから数ヵ月後、彼女が活動されているオケの定演があること
を同オケのHPで知ったので、そのオケ自体の拝聴は20年ぶり
くらいであっつたが、聴かせていただいたし、これまで同オケが
取り上げてきた曲は、マーラーの8番「千人」を含む、
とても意欲的なプログラムの歴史があるようだったので、
ロビーで、同オケのCDを2種、買わせてもいただいた。
先日の折も、また、ステージでファゴットを吹く姿も、小柄ながら
長く美しい黒髪とともに、20数年の歳月は全く感じさせない、
慎ましいような清楚な印象派そのままであった。
その演奏会場に行く際、せっかくなので、小さな花束とメッセージ
を添えさせていただいたのだが、驚いたことに、翌日、その返礼
の自筆手紙がうちのポスト受けに入っていた。
なんと、お住まいが、歩いて10分も離れていないところにいらっ
しゃるようで、わざわざ持参いただいたのだった。
その「大胆な行動」は、「おとなしそう(控えめそう)な外見との
ギャップ」を感じて愉快だったし、もちろん嬉しいことであった。
思うに、人間をいろいろな要素で対照的に考えることは可能かも
しれない。
例えば、人間には「人を誉める人とけなす人」の2種が存在する、
とか、もっとしょうもない例だと、「タバコを吸う人と吸わない人」
がいる、等々。
その線で言うと、例えば、
「歳をとるに連れて友達が減る人と 増える(or減らない)人がいる」
ということがもしあるとするなら、私は幸い後者かもしれない、と
最近つくづく思う。
そして、それはもちろん、過去・現在を通じた学校や企業や様々な
関係から生じてくるものだし、そうした「良き人」たちがたくさん周辺
にいてくれるおかげであることは言うまでもない。
これからも、新しい出会いはもちろん、懐かしい再会も含めた、
いろいろな人達とかかわり、いっしょにいられる、あるいは何かを
成し得ていける時間や関係等を大切にしていきたいと思う。
例えばこういう女性はカッコイイ。
立ち食いソバ屋に何のためらいも無く、サッと長い黒髪をなびかせ
ながら1人で入ってくる人
(たまには、いそうだな)
その人は結構な美人なのに、自分では「そういうこと自体」に
本当に関心がなく、したがって、全然美人ぶらないし、ツンとも
していない人
(少ないが、ごく稀にはいるかもしれない)
お金が無いわけではないのに、ブランドものには全く関心も興味
も持たない人
(ここで、相当少なくなるかなあ・・・)
それでも、友達との会話でそういう話が出ても、それを否定せず、
ニコニコして静かに聞き入れる人
(そういう、清楚にして知的で優しい人なんているのか?)
先ほどのソバ屋に入るとき、片手に例えば、ドストエフスキーの
小説を持っていたらカッコイイかも
(まず、いないな)
それが、ロシア語の原書だったりしたら、なおカッコイイ
(だから、いないって)
(いや、まあ、東京外語大のロシア語学科とか、
北大や東大のようにロシア文学科とかあるような大学の
周辺には1人くらいはいるかもしれないが)
ここ数年、年賀状書き、が、いつも年末近くになってしまう。
今回も、この29日に一気に書いた。
夜、豊島区の本局である豊島郵便局に持ち込んだが、元旦には
着かないだろう。いつもやりとりをさせていただいている皆様、
すみません、昨年同様、そういう状況ですので、お許しください。
誰でもそうだと思うが、年賀状作成で、気を使う点がいくつかある。
まず、喪中の挨拶状をいただいているかたを忘れては大変なので、
ご不幸にしていただいた際は、保管場所を一定にして気をつけては
いるが、それでも、年賀状を書く段になると、他に「喪中」のかたは
いなかったよな、と一瞬不安になる。
次いでは、書く際の、お名前はもちろん、特に住所。
私が書かせていただいている枚数は、多い方に比べたら随分
少ないほうかもしれないが、裏のご挨拶文面は業者印刷でお願い
しているが、表の住所、ご氏名書きは私は自筆で行っているので、
結構疲れる。
もちろんこれは、どんな方法だろうと「お互い様」で、年初の挨拶
だけれども、同時に作成年の終わりの区切り(けじめ的)行事でも
あるわけだ。
投函して、やっと、年末の(仕事は別とすれば)、その年の最後の
「行事、けじめ」を終了した感がして、ホッとする。
皆さん、そうだと思う。
長崎のスポーツジムでの悲惨な事件に続き、東京・丸の内の派出
所で、32歳の巡査長が拳銃を使って自殺した、とのこと。
9月5日の朝日新聞に私の投書が掲載されたことをお伝えした際の
同日のこのブログにも後段で書いたが、信じ難いことに、警察官に
よる拳銃自殺が(それも比較的若い人に)多いことに、「なぜ?」と
いう素朴な疑問は誰でも感じるだろう。
前者では、どうやら女性への一方的な「思い」が根底に有りそう
だし、痛ましい事件なのに、これから書くことは「やや軽率」かも
しれないので、最初にお詫びしておきたい。
そもそも、「猟銃」という名の、「れっきとしたライフル銃」が、国内に
30万丁だか巷に平然と「配布」されている、ということ自体、
「異常なこと」ではないか?
「私は、銃砲刀剣類所持等取締法、という法律があることを小学生
のときに知った」、と書くと、
「おっ、またコイツの自慢話か・・・」と思われるが、そうではない。
小学生が法律書なんて(よほどの秀才でない限り)読むわけは
ない。
実は、その「長ったらしい法律名」を知ったのは、あのマンガ、
「天才バカボン」を読んだときだった。まだTV化はされていない時代
だったと思う。
でも、あの場面は印象的でよく覚えている。
設定は忘れたが、バカボンのパパが、水鉄砲か何かで、口で
「バーン」とかやっているときに、警官ではなかったと思うが、
ある男性が道を歩いてきて、こういうやりとりが始まった。
以下、その人を=A氏、バカボンのパパをBP、としよう。
A氏:「君、そんな危ないものを持っていると、銃砲刀剣類所持等
取締法違反で逮捕されるぞ」
BP :「おっ、難しいことを言う人が来たぞ。こっちも難しいことを
言おう。・・・・・ホワン、アチャコ、コチャコ・・・・・」
A氏:「・・・・・・やさしい言葉で話そう・・・」
BP :「(ホッ・・・)」
100%ではないが、90%くらいの正解率で、こうした台詞での
やりとりだったことは間違いない。
そのくらい印象的なやりとりだったし、法律名だった。
ちなみに、そのあとの、その回の話の展開は全く覚えていない。
また、埼玉県の実家のあるA市は、最近は無くなっているようだが、
20年くらい前までは、駅から徒歩5分くらいに、銃砲店があり、
ショー棚から、当然、ならべてあるライフル銃がたくさん見えた。
もちろん、子供心に、「買うには相当厳しい審査があるのだろうな」
ということは想像がついたし、人によっては、「カッコイイ」と「憧れ」
をもって見ていた人もいただろう。
でも、子供である私でも、見ているだけで、発砲シーンが想像でき、
十分「怖かった」ものだ。
「猟銃」だろうと何だろうと、それが出回っている以上、とてもじゃ
ないけど、「アメリカのみを銃社会として批判はできない」。
日本だって、ある意味では「平気で銃を買える社会」と言えなくは
ないのだ。
何かしらの法的等、改善、対策の必要はあると思う。
年金の確認については、問題が発覚してから、「確認に出向いても
時間がかかるし、対応が悪いし・・・」という話を聞くにつけ、
「なぜ、こちらから出向くのか?社会保険事務所から個々に状況を
伝えて来て然るべしだろう」と思っているので、行っていないし、
これからもそのスタンスのつもりではいる。
しかし、先日、NHKスペシャル「年金は取り戻せるか?」を見て、
舛添大臣じゃないけど、「ここまでヒドイのか」と暗澹たる思いがし、
これは妙な言い回しだが、「国民が「協力」して解決していかざるを
得ないかもしれないあ・・・」と、思った。
おそまつ、とどまつ、・・・・・・。
「犯人に告ぐ」という映画はまだ見ていない。上映期間は短そうだ
から、数ヵ月後DVDで見ることになりそうだ。
この映画のタイトル=言葉、から、文を起こしたのはそれほど
練った構想の下ではない。ただ、この文章の一番最後に、もう一度
この言葉に関係する内容を書いて、文を終わろうとは思っている。
1970年代前半は、今の若い人には想像や理解はできない
だろうが結構、日本の各地で、「日本人による」テロ=爆破事件
が多々、起きていた時代だった。
しかし、そうした左翼系による「暴力」(という形をとった学生運動)
は1972年の浅間山荘事件とそれに続く(というより、その以前に
起きていて、後日発覚、発見された)彼らの内ゲバ=集団リンチ
殺害事件によって、日本中に、「そうした「運動家」に対して、
決定的なシラケ、嫌悪感、憎悪、冷徹・怜悧な無関心等々」と
いったものが日本人の心情の底辺を完全に形づくり、
「運動」は「完全に終焉をむかえた」のだった。
それでも、その後しばらくは、まだ散発的に事件はあった。
1974年8月、東京・丸の内のオフィス街で起きた、
「三菱重工爆破事件」の際は、後年、大学で知り合った友人から
聞いた話だが、彼の父親は、当時、現場から300メートル
は離れていたであろう、当時の日本興業銀行本店内で会議中
であったが、それでも、
「明らかに異常な爆発音のようなものが聞こえて驚いた」との
ことだったから、その「威力」は想像して余りあるし、ここでは
詳細はとても書けないが、後年、ある新聞社が、昭和の事件史
の写真を中心としたシリーズ雑誌を出版し、その時期のものの
中には、当時の丸の内の、「凄惨な現場写真」も数点掲載されて
いた。
もちろん、新聞やテレビでは「そんな内容は出せない」状況の
もの、と言えば、ご想像がつくだろうか?
人間が、「爆弾で殺される」というのはこういうことになるのか、
と思ったし、戦時中における、「手榴弾による日本の「自決」と
いうものに対する想像」にも及んだものだった。
犠牲者には失礼だが、その丸の内の写真が「白黒」で、
カラーでないことが、見る側からすると、せめてもの「救い」で
さえあったほどだった。
後述(も少し)するが、逮捕された犯人(容疑者)の1人は、
後日、起訴された公判で、「殺意は無かった」などと、
「シャーシャーと」言っていたのだった。
さて、いつもながら、「前置き」が長すぎてしまった。
話はその事件よりも数年遡る。
1971年12月、中学2年生だった私は、当時、警視庁警務部長職
にあった、土田國保氏の家に小包爆弾が送付され、それを開封した
奥さんが即死、近くにいた4男もケガをされた、というニュースに
接した。
そのときは、「ひどいヤツ(犯人)がいるもんだ・・・」とは
思ったが、それ以上の関心は持ちようも無かった。
後年、その、土田さんのお宅に「遊びに行く」機会が来ようなどとは
夢にも思わない、想像だにしないことだったのは言うまでもない。
事件の際、ケガをされたご子息は以下、Kさんとさせていただこう。
年齢は実は私と同じだが、私は大学には遅れて入ったので、
今でも、Kさんは親しい「先輩」である。
つい、先日も、ある演奏会のレセプションでおしゃべりしたばかりだ。
あれは、大学に入学した年だったと思うので、1978年の
12月だったと思う(あるいは、翌1979年)。
なぜ、12月は覚えているかは後述する。
話が戻るが、大学に入学すると、現在の皇太子殿下をはじめ、
徳川家のかたとか、松平とか島津、とか、三島由紀夫さんの長女
とか、直接、間接、とにかく「スゴイ」家系の人々が周辺に何人も
いて驚き、何か自分は、とんでもなく「場違いな」ところに来て
(入学して)しまったかのようにも(数ヶ月は)思えたものだった。
その、「別世界」の人の中の1人に、「あの爆破事件」でケガを
されたKさんがいた。
お互いに音楽が好きで、Kさんは今も大手企業に勤めながら、
名門アマチュア・オーケストラの団長として活躍されている。
ご多忙にもかかわらず、私が所属するアマオケの演奏会時には、
「受付の統括」としてよく応援にいらっしゃってもくださる。
(皇族の来場があることがあるという特殊要因があるにしても)
頭の下がる思いだ。
その、1978か1979年の12月、合唱団同期のT君といっしょに、
Kさん宅に遊びに行くこととになった。もちろん、T君も「事件」の
ことは知っている。だから、多分、2人は「相当緊張して」
おじゃましたはずである。
もっとも、Kさんとは「事件」のことを話したことはほとんどない。
入学して知り合ってしばらくしてからか、あるいはその訪問に
際してか、とにかく、今日に至るまで1~2回くらいしかない。
それは、周辺にいる我々、友人、後輩、先輩間の
「暗黙の了解」だったようにも思える。
ただ、さすがにおじゃました際は、
「あのときは大変だったでしょうね・・・・」
「ああ。このあたりが壊れてね・・・大変だった」という話はさせて
いただいたが、「その程度で」終わったはずだ。
玄関には、前年に来日された、エリザベス女王、要するに、
イギリスの皇室や政府からの感謝の品々等も陳列されていた。
来日の折は、Kさんの父親、國保さんは「警視総監」すなわち、
少なくとも、都内における防衛上の国家レベルにおける
「最高責任者」だったためである。
訪問時に緊張した要因は、当然もう1つあったのは、
その、Kさんの父親、土田國保氏のこともあったわけだ。
以下、高位にあった故人に失礼だが、「國保さん」と書かせて
いただこう。
國保さんは、1978年1月に起きた警察官による女子大生殺害事件
の責任をとって、2月、「警視総監」を辞職。
ただ、人望があったこともあり、同年9月には、
防衛大学校の校長(防大は学長ではなく、学校なので校長)に
就任されていた。
その日は、Kさんいわく、「予算委員会があるので、帰宅は遅いか
どこかに泊まってくるから、ゆっくりしていきなよ」とのことで、
3人の兄もご不在だったから、午後から夜遅くまで、
主に音楽の話をしまくっていた。
(予算委員会、の関係で、12月、ということは覚えていた)
(因みに女性の話しも、したろうが、あまり記憶が無い)
「先日、NHKで放送された、ベーム指揮の「フィガロ」、さすがに
よかったですね」とか、「Kさん、フルトヴェングラーがデビューした
ときにとりあげた曲、知ってます?」、「いや」、
「ブルックナーの9番です。スゴイですよね」、「そりゃ、スゴイね」
「デビュー時に指揮する曲じゃないですよね、さすが、フルヴェン
です」・・・等々。
結局、その日は私もT君も、泊めていただくことになり、3人で
2階にあるKさんの部屋で寝た。
翌朝、私が一番早く目覚め、Kさん、T君はまだ寝ていたので、
起こすのも悪いと思い、とにかく、「顔くらい洗おうか」と、
1人でそっと階段を下りていった。
そのときのことは今も鮮明に覚えている。
なんと、階段の下には、あの、TV等で拝見していた、國保さん
が立っていたのだ。
普通なら(普通の人、家庭なら)、
「誰だ?」と、怒鳴られて当然のところだが、國保さんは静かに
こう、おっしゃった。
「いや、いらっしゃい・・・」
驚いたのは、もちろん私のほうだ。
「アッ、おっ、おじゃましてます!!!(最敬礼)」
何しろ、目の前にいるかたは、つい1年ほど前までは 東京警視庁
のトップ、今は(当時は)防衛大、校長のかただ。
しかも、柔道で(あるいは軍隊で?)鍛えられた体躯は
半端じゃなく、ガッシリとした巨体、ときている。
少なくとも、「不法侵入者」ではない。でも、その時点では、
「どうせまた、Kが友人を連れてきて泊めたのだろう」と、
國保さんはすぐ理解されたとはいえ、
「見ず知らずのアカの他人が、早朝、1人で階段を降りて来た」
という状況には違いなかった。
挨拶もそこそこに、2階に上がり、
「Kさん、お父さんが帰宅されていますよ!」と大声で伝えたのは
言うまでもない。
少なくとも、当時の私にとっては、私がやや年長とはいえ「同期」の
現在の皇太子殿下である「「浩宮徳仁親王殿下「よりも」偉い人」
には違いなかったのだ。
殿下は、(失礼と言えば失礼に違いないが)、同期のよしみ、
という我々の「あまえ」があり、例えば、今でも、演奏会の練習時、
会場のトイレでばったりお会いしても、
「あ、こんにちわ。今回の曲は大変ですね、3曲とも出演されるの
ですか?」などと平気で雑談をさせていただいているわけだが、
例えば、元・警視総監&現・防大校長にどこかでばったりお会い
したとして、「あ、こんにちわ。最近の国防や犯罪等、国内情勢は
ヤバイですね」、などと、「軽口」を叩くわけにはいかないのだ。
そういう、人生の先輩&警察や国防に係わるエリート官僚に
対する敬意は、「同期の殿下」に対するそれとは必然的に、
相対的状況的に、あるいは自然状況として、そういう「違い」、
認識の相違は在る(在った)わけだ。
さて、その日のそれからは、午前、コタツを囲んで、國保さん、
Kさん、T君と私の4人は、1時間か2時間か忘れたが、雑談を
した。もちろん、「事件」のことなど私から言うわけないし、
誰も口にしなかったのは、ごく自然なありかただった。
ただ、部屋に飾ってあった「戦艦 武蔵」の写真を見ながら、
「私はあれに乗っていました。私の人生はずっと「戦争」でした」
と、國保さんがボソッ、と言われたのが、とても印象に残っている。
その「戦争」の中には、第二次世界大戦だけでなく、
「あの自宅爆破テロ」のことが当然含まれていただろうし、
数ヶ月前に、ご自身が「警視総監在職中に起きた」警察官による
女子大生殺害事件、も、含まれていての発言だったに違いない
ことは、その場で、その瞬間、我々は理解した。
9月5日のブログにも書かせていただいた、同日の朝日新聞の
「声」の欄に掲載していただいた、立川署での事件の問題で、
警視庁の対応の「手ぬるさ」を書かせていただいたのは、
論理的な感想だけでなく、こうした、過去に警視総監を在職された
かたとの偶然とはいえ、「個人的なある種の思い、思い出」という
こともあったことは正直に告白しておこう。
あの、「土田邸爆破事件」から36年が経つ。
きっと、犯人(たち)はまだノウノウと生きているだろうし、
その中には案外、「良き夫、良きパパ」あるいは「良きオジジ」を
演じて、家族の中にいるのかもしれないし、
「なかなか面白い人生だった」などと、ほくそ笑んでいるのかも
しれない。
しかし、少なくとも、私という1個の人間の中の「感情」として、
「永遠に犯人を許さない」。
なるほど、私は直接には土田家には何の係わりも無い人間だ。
だが、私は「卑劣なヤツ、卑怯なヤツが一番嫌い」なのだ。
他の複数の爆破事件も含めて、やったヤツらは、
「堂々と(?)名乗れ」、そしてせめて「反省」せよ。
犯人に告ぐ。
君達が名乗り出て反省しない限り、私は生涯、見知らぬ、しかし
今も多分どこかで平然と生きているはずの君達に対して、ずっと
「処刑の弾丸を撃ち続ける」だろう。
最近、たまたま、というか、久しぶりにじっくり読んだ
「日経産業新聞」が面白かった。
もちろん、先述のとおり、社会人ほやほやのころから、会社で
目にはしていたが、「日経流通新聞(今は日経MJ」は当時から
面白かったし、数年前、外食業界の管理部門に少し携わって
いたころも、たまに読んでいたし、そのときも、おそらく今も
「流通(MJ)」は楽しいことは知っている。
ただ、以前は、日経本体のほうがまだ「産業」よりは読み易か
ったように思えるのは、「知識的に」当時の自分が「追いついて
いなかったから」なのかもしれないと、思った。
なぜ今回、「日経産業」のほうが「より面白い」と思った理由は
すぐ自分で理解できた。
「本体」の日経新聞は、経済専門紙とはいえ、完全に特化して
いるわけではない。政治面(は経済と直接関係あるから在って
当然としても、その)ほかに、社会一般、文化、スポーツも
テレビ欄も当然の如く在るので、経済に関する部分についても
「朝日」や「読売」よりも詳細(というか、多岐多面)に亘るとは
いっても、そうしても「マクロ」になり易い。
どうしても、「準・総合紙」という色合いになるわけだ。
そこへいくと、「日経産業新聞」は、個別の企業欄にしても、
個人的な記事(どこかの社長とか部長を取り扱う際)にしても
十分な紙面を確保できるわけで、それだけに内容が豊富で
「濃い」のである。だから、「面白い」と思ったのだと思う。
もっとも、「本体」のほかに、もし、「MJ]と「産業」の3紙を購読
するとなると、1ヶ月=1万円くらいになってしまうので、個人と
しては辛いところだ。
いっそ、日経「本体」は、総合化なんてやめて、すなわち、
スポーツだのなんのとは基本的にはやめるか、その部分の
分量を激減させて、現在の「日経産業新聞」に近いかたちに
「特化」したほうが良いのではないか?、などと、勝手に思う
しだいである。
大学卒業後は証券界に長くいたこともあって、日本経済新聞は
当然そのころから読んでいる。
当初は(それまでは)、朝日か読売しかご縁がなかったたので、
当然面食らったものだ。
何しろ、「昭和天皇崩御」とか、よほどの大事件でない限り、
「普通なら大事件」と言ったら変な言いまわしだし、内容によっては
失礼だが、とにかく、朝日、読売、毎日が一面トップに話題(記事)
の場合でも、日経は違う話題、なんてことは当たり前のように
あったし、今でも普通に「ある」。
(余談だが、たまに何かの折に読む「東京新聞」はとても充実した
記事が多かった)。
あのころの日経朝刊(その後相当長く続いたコーナーでもあった
が)、「やさしい経済学」というコーナーがあった。
ところが、そのコーナーこそが、ほかのどの記事よりも「難しい」
のであった。要するに、経済学部の学生が読むような、
シュンペーターがどう、とか、いろいろな学説的な経済問題がメイン
で書かれていて、新人証券マンの間では、
「ちっとも、「やさしく」ないね」と苦笑していたものだ。
さて、でも、ここでは日経の「通常の」話題では面白くもなんとも
ないので、少し違う面について書いてみよう。
「朝刊裏面」の「私の履歴書」は、1ヶ月ごとに各界の錚々たる
方々が半生をお書きになられていて、先般も、元・野村證券会長
の田淵節也さんの文を懐かしくも興味深く拝読した。
もっと「くだけた」話題にしよう。
ここ1年くらいは、土曜日の朝刊に、瀬戸内寂聴さんが、
「奇縁まんだら」と題して、文士との交流をずっと書き続けていらっ
しゃるのが、大変面白く、興味深い。
そう言えば、先述の「私の履歴書」だって、概して、政治家や
経済人よりも、いわゆる「文化人」のほうが数段面白いことが多い
のは何故だろう?
数ヶ月前の作曲家の遠藤実さんのものも大変面白く拝読した。
夕刊では、裏面の、「わたしの玉手箱」等、趣味を紹介する欄も
楽しいが、何面かにある、「人間発見」と題して、
1週間ごとに人が替わって、半生を綴られるコーナーも楽しい。
例えば、夏以降だったと思うが、女性下着の会社、
トリンプ・オインターナャショナルの吉越浩一郎(当時)社長が、
「残業しているヒマなはい」という独自の社風、持論を書かれて
いたし、40歳代後半以上の人には懐かしい、ポロボウラーの
中山律子さんも書いていた。
「りつこさん、りつこさん、 な、か、や、ま、りつこさん」と書いて、
あのCMソングを口づさめる人は先述のとおり、一定の世代以上
ということになるだろう。
先月は、今年、スティール・パートナーズという「ハゲタカ」から
企業を守った、ブルドックソースの池田章子社長が、
「腰かけから鉄の女へ」と題しての文章がとても印象深かった。
同氏は短大を出て、故郷に戻るか迷ったが、「腰かけ」程度で
同社に入社し、最初はほとんど、「お茶くみ」程度しかやらせて
もらえなかった。いつの間にか30歳を過ぎたころからようやく
企画等で「参画」でき始めたが、それでもなかなか自分の意見は
採用されなかったそうだ。
そういう人が (結婚はされていないようだが)、「社長」になる
のだから、人生は不思議だ。
恐らく、ご本人が一番そう思われているに違いない。
あと、最近、「カラマーゾフの兄弟」の新訳が話題の東京外国語
大学学長の亀山郁夫氏等々、多士多才の顔ぶれで、楽しい欄
である。
それと、日経らしからぬ、ということで、何年かに1度くらい話題に
なるのは、朝刊裏面の連載小説で、もちろん、「下天は夢か」等
の歴史ものも話題にはなるが、それよりも何よりも、やはり、
「エッチ(エロス)系」のものが、サラリーマン男性には一番
「密かな、でも皆必ず読んでいる小説」として話題になる。
もちろん、独身・既婚を問わない。既婚男性も早朝、まずそこから
読む、なんてことは、そういう小説の連載時期は「当たり前」の話。
最近では、「愛の流刑地」(通称;愛ルケ)だったことは記憶に
新しい。
男なんてそんなものです、世の奥様がた。
私はどちらかというと、(飛行機内で聞かれる)
「カフィーorティー?」で、「ティー、プリーズ」、と答えるほうだし、
冬場はココアが好きでよく飲む。
(冬場はチョコレートとともに、家の中では絶対にキラセない、
男のくせに)。
でも、もちろん、コーヒーもたまには飲みたくなる。というか、
少なくとも、週1~2回は何らかのかたち(缶ものを含めて)飲んで
いる。
最近、コンビニなどで、スティック状の「こな」を見かける。
2本いりで105円どか、手ごろで、種類も多いので楽しめる。
例えば、
AGFからは、キャラメル・マキアート、カフェ・モカ、ホワイト・ラテ、
カプチーノ・カロリーハーフ、カフェラテ・カロリーハーフ等。
片岡物産からは、VANHOVTEN ミルクココア、同カカオリッチの
カカオ2倍もの、チャイ(シナモン系)、キャラメルミルク、
ほうじ茶ラテ、ゆず茶ラテ、濃抹茶ラテ等。
Lipton からも、アップルティー(ティーバック3個入り)
などなど、なかなか楽しみなチョイスができる。
賞味期限問題がいろいろと賑わせている。
誰も知るように、賞味期限は、品質がダメになる期限ではない。
1時間どころか、たぶん1日前後過ぎても、「美味しさが薄れる」
ということはあっても、そういう目安であって、直接、人体にどうこう
ということは無い、ということは知識としては皆、知っている。
もっとも、そうは言っても、正直に私の行動を分析すると、
例えば、コンビニでおにぎり等を買うとき、特にそれが深夜の場合、
「明日の昼ころ食べよう」と思って買う場合には、
「翌日の午前2時」とか表示されているものは避け、陳列ケースの
奥にある、少なくとも「午前11時(以降)のもの」を選んで買う。
確かに私もそうしているから、気にしないわけではもちろんない。
それどころか、先日、どこかのアンケート調査で、
「前日までの期限のお弁当を、炒めなおす等の工夫をして食べる
か?」との問いに、50%以上の人が、食べる、と回答している
ことに驚いた。
そうすると、(私は食べないと思うから)私は結構気にするほう、と
いうことになる。
そういう前提を偽らないで述べておくほうがフェアのようだ。
しかし・・・・
しかし、同時に、以前、BSEの問題のことを何度かこのブログで
とりあげた。言い分の主旨は、
「日本人は敏感になりすぎ、騒ぎすぎ。私はこれからも平気で
牛肉を食べます」、というものだったし、その考えは今も同じ。
もっとも、歳のせいで、20~30歳代ほど肉類は食べなくなり、
魚&野菜系、あるいは、パン、パスタ系がメインとなっているので
実際は、牛肉だけでなく豚肉も最近はめっに食べない。
でもそれは、「怖いから食べない」、というのでは全く無い。
問題(論点)の1つは、まず、
悪意、すり替え論理、ウソ、消費者より自社という発想、などの
コンプライアンス(法令遵守)やモラリティに反している行為だった
かどうか、ということがある。
だから、ミート・ホープとか、最近話題の「吉兆」とかは、この点で
猛省しなければならない。
しかも、大抵そういうときのトップのコメントは「自分は知らなかった」
であり、部下や、ヒドイときは吉兆のように「アルバイターが独断で」
などと、バカなことを言って、(しのぎようもないのに)その場を
しのごう(逃げよう)とする「根性の卑しさ」、経営者以前に
「人間としての小ささ、愚かさ」が見えてしまうから悲しくなる。
こうした、実際に意図的に「だます」行為、いわんやそれが人の健康
や生命の安全性に関してくる内容だとすれば、問題は深刻で、
ビルやマンションの耐震偽造問題と同質の問題と言える。
最近も、清水建設と野村不動産販売、という大手によるものが発覚
して唖然としたが。
コンプライアンス(法令順守、モラリティの堅守と言ってもよい)
こそ重要で、「ウソ」は私も、個人間においても法人の問題と
しても大嫌いで、絶対に許せないのは言うまでもない。
あってはいけないことで、それは当然のことだ。
しかも、以前も書いたが、礼儀、モラリティ、というものは、実は
コンプライアンスとも直結していて、従って、正にそこに問題が生じた
場合、企業としても「死活問題」に発展することは十分あり得るのだ。
もう1つ、やや柔軟に考える面も実は隠されているようにも思える。
ここ1~2年、「日本人の「もったいない」という精神」が外人などには
評価されはじめている。
もっとも、「飽食の時代」になって久しく、パーティー等はもちろん、
コンビニやスーパーでも、日や店によっては、深夜でも、もうじき
「時間切れ」のお弁当類がたくさん残っていて、その店の人間で
なくとも複雑な思いになるのは私だけではないだろう。
両親から、戦時中の「食べ物の無さ」を聞いて育った私(以上)の
世代からしたら、ここ20~30年の食料事情の豊かさはありがたい
反面、そうした場面を見ると、
「もったいない精神を忘れている、あるいは知らない世代、いや、
世代論ではなく、そうした心を持っていない日本人だって多い、
増えているぞ」、と思う。
ところで、
かつての雪印ほか、トップが替わっても、残された従業員や、
その商品のファンという観点からも、企業が、「心入れ替えて」
問題ない状況に復元し得たなら、消費者も(当分、手は出し
にくいことはあるが)いつまでも引きづらないほうが本当は良い
のだろう。
「白い恋人」が15日から製造開始すというが、社長は引責辞任
したし、従業員は困るから、それ自体は良いことだ。
ただし、店に置ける(「置いていただける」)ようになっても、
お土産だと、「もらう=さしあげる人の気持ちを考えたら、当面
買えない」ということも真実であろうが。
でも、例えば、私は「赤福」という商品を知らなかったが、では、
同社の商品を食べてこれまで一度も食中毒が発生していない
ということについては、いろいろと考えてみる余地はあると思う。
誰かも新聞に投書していたが、衛生的に問題ないということを
大前提とできるなら、例えば、
「この商品は、賞味期限を1日過ぎたので値引きして販売します。
衛生的には全く問題ございません」と「正直に」伝え、
値引きして販売する、そういう商売のありかたは、あってもよい
のではないか、と思うのだが、どうだろうか。
「もったいない精神」の商売的実践、というところだ。
もちろん、ここで問題になるのは、
「本当に衛生上、問題無いのですね?」、「証明できるの?」、
「保証できるの?」というところだが。
ここをクリヤーできる商品、店舗、製造や流通会社は、今後、
この「賞味期限問題」にもうまく対応して利益を獲得できると
思う。
今朝は体調が悪くてまいった。今もイマイチだが、自分にあった薬を
入手できたので、一応セーフ(後述)。ブログに向かう気力回復。
もっとも、ここ数日の都会も痛々しい。
11月5日(月) 午後8:50分ころ、東武東上線 中板橋駅で68歳の
女性が飛び込み、死亡。東上線はもちろん、有楽町線もあおりで
混乱。月曜の帰宅時から疲れる。
11月6日(火) ニュースによると、池袋パルコ屋上より、25歳の
女性が飛び降り、死亡。通行中だった37歳の男性も巻き込まれて
意識不明の重態、という。助かるとよいが。
また、帰り、午後8時すぎ、JR新宿駅で客が線路に落ち、救助。
20分前後ではあるが、ダイヤが乱れた。
11月7日(水) 午後7時すぎ、JR浜松町駅で人身事故とのことで
8時以降も、JR山の手線各駅におけるダイヤに乱れが続いた。
先述の件、以前も「クスリはリスク」で書いたが、自分の症状を
なるべく正確に(恐れず)知ることとか、親しい医師を持つことは
やはり大事なようだし、どういう薬が合うか、ということも重要。
そこまで「辿り着く」までが大変なのだけれど。
今朝は、数年前お世話になった大学病院に行くと、ああした所は
科やその日の状況で、予約がないとダメ状態、とうのは、ままある
ことだ。
しかたがなく、急遽、その系統の薬を調合してくれる病院を見つけ
とりあえず、セーフ。
めったにないことだが、「諦めずに冷静に次の手を打つ」ことが大事
と、あらためて感じたしだい。
最近、本来高額なあるオペラ公演のチケットを、音楽事務所に勤務
する友人(合唱団の後輩)から、安価で入手することができた。
その受け取り、決済方法が興味深かった。
メールで申し込み番号が来て、あらかじめ同事務所に伝えてあった
私の電話番号との2つが、いわば暗証番号となるのだが、
指定された3種のコンビニの中から、近所のファミリー・マートに行き、
まず、設置されている機械から、どういう種類の決済か、すなわち
この場合は、チケット等の申し込みとったリンクを選択して順次必要
事項・・・先の2つの数字等を入力していく。
すると、申し込んだ内容が表示され、問題ないと、それがレシートの
ような細長い紙に印字されて、いわば、確認書となる。
次いで、それをレジに持参し、代金を払うと(受け取り証として名前
等を書く作業は有るが)、レジ奥にある別の機械から店員が
「チケットを印字し、あるいは印字されたチケットが出てきて」
渡される、というもの(方法)だった。
ちょっと、驚き。
私は学生のころ、コンビニでアルバイトをしたことがある。
大学3年の夏と4年の冬だから、1980年8月前後と、1981年の12月
ころだったと思う。合計で半年以上はやったから、だいたいの基本
作業は知っている。
あのころは、まだ同店ケースが出始めたころで、消費者の間では
「24時間営業なんて、採算がとれるのかねえ?」と、囁かれていた
時代だった。店長も店の仲間(アルバイター)も皆面白い人たちで
楽しかった。
「夜勤」もやった。慣れるまでは2人のときもあったが、慣れてからは
基本的には1人だけ。
埼玉県の某市で、交差点に面しているとはいっても、都会ほどの
人通りはないので、深夜はやはり怖かった。
おまわりさんもたまには回ってきてくれてはいたようだが、あまり
気づかなかった。
レジ下には当然、防犯ベルのほか、「角棒」を置いておいた。
深夜は、さすがに、AM3時~4時はほとんど客は皆無。
2時ころまでは少し来るし、5時前後になれば、早く出勤する人だけ
でなく、朝第1号の仕入れ業者が来るし、結構忙しいくなるのだ。
そういえば、深夜の「酔っ払いのおっさん」の相手も面白かったが、
最も印象的だったのが、午後、当時30歳代か40前後の、妖艶な
までの大変な美人が入ってきて、いきなりレジに来て、
「生理用品はありますか?」と聞かれたことだ。
「えっ?、あっ、はあ・・・あのあたりにあります・・・」
考えてみると、品物が品物だから、普通ならまず、自分で店内を
探すはずだが、なぜいきなりレジで尋ねたのだろう?
当時は結構私だって「可愛かった」から、「大人の女性」から
かわれた、ということだったのかもしれない。
20歳代ではなかったと思うが、モデル級の美人だっただけに、
あれはとても印象的な出来事だった。
あのころは、もちろん、今日のような派生的な、副次的、
付加価値的な機能など、ほとんど無かった時代だった。
数学はガキのころからカラきしダメだったが、1つだけ「自慢」できる
ことがある。3.1415・・・の円周率を今でも下30ケタまでそらんじて
言えることだ。
もっとも、「何万ケタ」を争う世界大会のようなものまであるそうだから
私のは、小さすぎる自慢、というところだが。
本題を進める前に余談だが、近頃の学校では、円周率を
3.14どまりどころか、3、と教えているそうだが、本当なのか?
呆れてしまう。
円周率は、・・・・いや、人生は、
「割り切れないことがあるという事実を知ることが重要」だというのに。
話を戻す。
中学1年の数学の授業のとき、先生の授業よろしく、私はテキストの
下の余白に書いてあった、あの数字の羅列に奇妙なほどの関心を
持った。5分、10分、いやもっとだったのかは判らないが、とにかく、
何とはなし、3.141592・・・と何度も読み進めた。
100ケタくらいが記載されていたのだろうけれど、おそらく無意識的に
「100はムリ。でも、ある程度は覚えられるかもしれないな」と思った
ようだ。
多分その日の内に、小数点以下30ケタを記憶し、30年以上経った
今でも、スンナリと言える。
私のような、頭のワルい男が、どうしてデキたか、と、自己分析して
みるのも面白いかもしれない。
もちろん、誰しも、小学校の高学年から中学生のころは、好奇心の
塊で、記憶力も優れる時期だ、ということはあるにしても。
そう、以前書いたが、あのころ覚えた、上杉謙信が戦場で詠んだ
漢詩を今でもそらんじれるし。
それはさておき、あの数字の羅列には「独特のリズム」があるのだ。
少なくとも、シモ30桁までは。
3.141592 ここまではそのまま覚えるしかない。何故なら、次からが
「面白い」から。なので、この部分は1415が「急に」来るよ
とでも覚えればよい。そして、
6535 ほら、5が2つ在る。
8979 今度は、9が2つ。
3238 同様に、3が2つ。
4626 同じく、6が2つ。
4338 3が2つ続いた。
3279 ここは特に無いが、ここで30ケタなのだから、ここも「締め」と
して、そのまま覚えればよいわけだ。
3.141592653589793238462643383279
さて、これをお読みになり、明日、朝、これを見ずに言えますか?
私は言えますよ・・・フフフッ。
もっとも、最近は、3ヶ月に1回くらい、意識的に記憶を「チェック」
している自分に気づいた。
「ボケ予防」を意識し始めているのかもしれない。
なんせ、40歳代に入ってからは、本当に、自分でも呆れるくらいに
物忘れがヒドくなったし、当然のことながら、10代はむろん、20代
のころを思い起こしても、「記憶(暗記)すること」自体に、今とても
衰えを感じて来ているからだ。
若い皆さんも、若さに任せて油断していても、そして、今
どんなに「老人を嘲笑」していても、「時間の問題」ですよ(笑)。
もっとも、私はまだ、文章を読むこと、いや、書くこと、特に
論理的に文章を書くことと、ちょっとキザだが「詩的に」書くこと
については、まだ、いささか自信はある。
3.14・・・も、死ぬ直前まで「言える」だろうな、という自信もある。
もっとも、死ぬ直前に3.14を思い出すのは淋しすぎる。
やはり、最愛の人の側で、その人のことを考えて死にたい。
で、誰?
1つは、10月20日に書いた、「偏り」についての2つの考察、に関連
している。池上氏の「朝日新聞が沢尻問題を書かなかったことへの
疑問」と、それを否定した投書に関して、再度、池上氏がそれに
ついてコメントしている。
「投書の内容に納得はしないが、自分の論評を真摯に受け止めて
反論してくれる人がいること、そしてそれを朝日新聞が投書欄で
取り上げてくれたこと、こういうこと自体はても好ましい」という主旨
のものだった。これは池上氏の言うとおりだな。
誰かの有名な言葉で、「あなたの意見には賛成しないが、あなたが
そういうことを言えるという自由、権利は、私は命にかえてでも守る」
ということ。そのとおり。
もう1つ。
最近、夕刊で、ピアノあるいはピアニストに関する連載が始まったが
この日は、ブーニンのことが書かれていた。
旧ソ連の監視下からの脱出については、以前、本で読んだ。
それはさておき、あの1985年の、NHKによるショパン・コンクールの
放送後の、「ブーニン・ブーム」は、私は当時から奇妙な感じを抱き、
与しなかった。ああした、「現象」は数年前の、フジコ・ヘミングさんに
ついても言えることで、不遇だったピアニストが世に出ること自体は
お目出度いことだが、「テレビの異常なまでの影響力」と、まるで
何かにとりつかれたかのような「ブーム」には違和感を覚える。
例えは悪いが、リクルート事件であの会社に捜査が入ったとき、
お祭り騒ぎのようにはしゃいでいた社員にも通じる、
「話題になる、あるいはそういう人物というだけで騒ぐ、ような軽薄
な心理、現象」にも思える。
ブーニン氏自身も、今回の記事(インタビュー)中、もてはやされた
あの頃の自分は「傲慢だった」と言い、もっと興味深いのは
「ショパン・コンクールのときの自分の演奏をあらためて聴いても
全然良いとは思えない。あれでよく1位になれたものだ」と語って
いる点だ。
私も、あのとき全然感心しなかった。確かに「巧い」が、
それだったら、先輩優勝者のポリーニ、アルゲリッチ、ツィメルマン
のほうが、よほど衝撃的だった。
ブーニン・ブームはテレビと、軽薄でミーハーな人々の存在なくして
起こりようもない現象だった。
以前、亀田親子は吐き気をもよおすくらい嫌い、と書いておきながら、
また書くのは、その後のテレビ等のメディアがあまりにも身勝手な
ことに閉口しているから。
あの親子は初めて気づいたはずだ。
「一番怖いのは対戦相手(ボクサー)じゃない。マスコミだった」と。
持ち上げるだけ持ち上げといて、ハシゴをはずしてからは容赦なく
叩く。確かに、言語道断、空前絶後のおバカな振る舞いだったわけ
だし、最初の謝罪会見も、反則指示を否定したことと、大毅氏本人が
無言だったことで、周囲の納得を得ることはできなかった。
ただ、本人は相当落ち込んで、反省はしているのだろうな、という
ことは伝わっては来た。若い人に二度とチャンスを与えないという訳
ではないようだし、猛省したのならチャンスを与えて然るべし。
それにしても、父親の教育方針はやはり否定されよう。
あの会見でも、「おまえ、黙ってないで謝らんかい!」と叱っていた
ら、随分印象は違っていただろうに。
「子に黙らせて自分が謝ることで子供を守った」と思ったとしたら、
全くの見当違いだ。あれでは、世間は、大毅氏のことを
「謝ることもできないのか。幼稚園児以下だな」と軽蔑してしまう。
子供が軽蔑されるようなことを、あの父親はやってしまったのだ。
また、反則指示を否定したこと自体も、実はそれは、
「悪いのは全部大毅ですよ」、と言っているのに等しいわけで、
全然、子供を守ることにはなっていないわけだ。
そのことを誰も教えてあげられないというのも、如何にこれまで周辺
から無縁に立ち振る舞ってきたかが判る。
苦労はされてきたようだが、人間は一人(一家庭)だけで生きては
いけないのだ、ということを思い知ったことだろう。
大毅氏は自分の言葉で謝ることを選択すべき。
それが「本当の勇気」であって、最近までのカッコつけて悪ぶって
いたことは、「ただの弱虫のタワゴト」。
今日は、兄の興毅氏が、反則指示も認め、謝罪したようで、
それはそれでよいが、弟を同席させたほうがやはり良かった。
もっとも、本人は内藤チャンプに直にキチンと謝罪に行ったとのこと
だし、そうであるなら、やはり昨今のマスコミはいささか騒ぎすぎ
の感は否めない。私ですら、そう思う。
それから、以前、父親は本の中で、
「親が子供を守ってどこが悪いんや。よその子供をドツイテでも守る」
という主旨のことを書いているとのこと。
この発言には、ここ数年の、「自分さえ、自分の家庭さえよければ
他者はどうなっても構わない」とするような風潮が典型的に、
象徴的に現れているように思う。
このことはまた後日、「モンスター親」とやらにからめて別途書いて
みたい。
追伸; 兄 興毅氏の会見を見た。内藤チャンプも褒めていたが、
反省は伝わる内容だった。
今までの「ワル」の雰囲気とは一転して、ごく普通の青年
の口調だった。あれが本来の興毅氏だったのではないか?
マスコミは彼(ら)をワルに仕立てて、ブームを仕組むこと
にばかり注力しやしなかったか?
ただ、記者の厳しい追及の、
「反則指示はあったんですか?世界タイトル戦だったん
ですよ」という質問、言及はそのとおり。
今回はさすがのマスコミも、世界王者戦でのアンフェアは
許さない、として厳しく転じたのだろう。
それは良く解る、というか当然だが。
先述で、「誰も(マナーを)教えないのか」という主旨を書い
たが、ジムの金平会長が今回はよく諌めた、というところか。
ある会議で、組織体の運営においても個々の「礼節」とか「謙虚さ」
というものが大事だ、という話になった。
人によっては、このような基本的な、言ってみれば個人的にして
「常識的な」モラーリティに関して、大人が、それも組織の運営に
関係した中で話題にのぼるとこ自体を、「今更何を?」と怪訝に、
あるいは「レベルがどう・・・」と言って冷笑・軽蔑・嘲笑するかも
しれない。
しかし、私はその発言の主旨に大いに賛同しただけでなく、この
「礼節」と「謙虚さ」こそ、(少し大袈裟に言えば)、戦後の日本、
特にここ10年くらいの間にこの国において、急激に失われて来つつ
あるものではないか、という思いを強く抱く。
また、実は結果としてではあるが、こうした姿勢こそ、結局、
組織体においても収益とか、何らかの有益なものが得られること
にもつながる(結びつく)のだ、ということを少し書いてみたい。
もし、ホリエモン=堀江氏が、
「粉飾してでも良い企業にみせかけよう」という発想をしない人
だったら、あるいは、せめて逮捕後、「間違えました。反省して
出直します」と謝罪したなら、彼の今後は随分違う展開をしたはず
だろうに、と、人ごとながら想像する。
彼のことは以前、さんざん書いたので深入りしないが、彼に
「礼節と謙虚さ」特に後者があったなら、とは(人ごとながら)思う。
これも以前書いたが、マネックス証券では、社長の考えで、
朝、社長が出勤してきても、社員が誰も「おはようございます」と
言わないといい、実際にそういう映像がテレビで流されていた。
「挨拶をしない組織」というならば、それは既に「組織」とは
いえないと思う。だったら、会社などという集団を構成する必要は
無く、個人営業、個人商店を営めばよいではないか?
新交響楽団という、アマチュア最高峰のオーケストラがある。
ここは、演奏終了後、指揮者の何度かのカーテン・コール後、
もうこれでおしまし、という際、コンサートマスターの合図で、
全団員がいっせいに会釈をする。
これが聴衆からしても実に心地よいのだ。しかも演奏は一流と
きている。
で、そういうマナーの行き届いた団体と演奏とが無関係か、と
いうと、私は決して無関係には思えないのだ。
企業であれ、音楽やスポーツ等のチームであれ、100人いたら
「100人とも仲が良い」ということは「あり得ない」。
むしろそれは当たり前のことだし、そんなことは実は
「どうでもよいこと」なのだ。重要なことは、
「そうした個々のことを超えたところの意思統一」が成されて
いる集団の活動、そうした集団が、ここの利害を超えて発展して
いく、ということこそが集団においては重要なことなのだと思う。
組織体で、企業であれ、趣味的な団体であれ、
ギスギスして挨拶もろくすっぽしなくなったような団体、というのは
総じてろくなパフォ-マンス(あるいは結果)は示し得ない。
先述の新響の「礼に始まり、礼に終わる」は、決して精神的な
ことだけに留まらず、実は内面のこと、アンサンブルだったり、
チームワークだったりに深く関わり、結局それは、
趣味的なサークルだったらデキの良さに、企業だったら業績の
良さ悪さに繋がりうるのだ、と思う。
1つ。
10月15日付、朝日新聞夕刊で、池上彰氏が、
「先日の沢尻エリカさんに関する報道に関して朝日新聞は全く
取り上げなかったが、内容はともかく、話題になっているという
ことくらい、気取らないで紹介してよいのではないか」、
という主旨のコラムを書いている。私はそれを読んだとき、
「それも一理だが、取り上げないことも一つの見識だと思うな」、
と感じたが、特に「別に」いいや、と、そのままにしておいたが、
18日朝刊「声」の欄に、練馬区の36歳の男性がこの池上氏の
寄稿内容に反論投書している。主旨としては私と同じで、
「読者の覗き見主義的な関心にこたえることが、新聞の役割とは
思わない。何を優先し、何を取り上げないか。その峻別の目を
欠いたら、そのジャーナリズムは死んだも同然ではないか。
テレビの集中豪雨的な報道で世間の関心が1点に集中する
のも健全と思えない」と書いている。
そのとおりだと思う。
それにしても、この国のマスコミ、特にテレビ局は、一定期間に同じ
材料を各社が伝え、それも早朝からご苦労さんなことである。
ちなみに、欧州では早朝からテレビ番組なんて放送していない。
なんと「健全」なことだろうか。この国は何かおかしい。
もう1つ。
ボクシングの亀田一家は、大嫌いで、見ると「吐き気をもよおす」ので
書く気はしない。
それはともかく、NHK的な「中立性(?)」も確かに「面白み」とか、
主体性、独自性という点で疑問がないわけではないが、
そうかといって、1つの組織が1つの側を「応援」すると、いろいろと
面倒な事が出てくるのも事実だ。
今回は、「TBSってバカ?」と言いたくなるほど、カメ家に肩入れして
世間の批判を買った。
ここ数年、バレーボールはフジとTBSが大会によって放送権を
分けているが、世界陸上はTBS,世界柔道はフジTB、世界水泳は
テレ朝、というように独占放送が目立つ。
しかも、各社、そういうときは、「どうかしちゃったのか?」と思うくらいの
「応援」なのだ。だから、そうしう期間のそのスポーツに関して、
放映権を有しなかった局がスポーツニュースなどでその試合を伝える
ときは、「サラッ」として、まるで「ひとごと」、「味も素っ気もない」という
感じなので驚く。
これはやはり、ちょっと「ヘン」だと思う。
かつて、TBSは、オウム幹部に坂本弁護士に関する資料映像を見せ、
それがきっかけで、オウムによる坂本弁護士一家殺害事件を
惹き起こした、という苦い経験を持っているはずだが、あのことを
どのくらい反省して、どのくらい「学習」したのだろうか?
これは極端な例(ミス)には違いないが、やはり、一定の側を組織が
応援あるいは協力することには相当のリスクを伴うということはある。
三越さんは読売巨人軍優勝記念セールだかをやってるようだが、
「三越は好きだがジャイアンツは嫌い」という人も少なくはないだろう。
応援とか贔屓、というのは、ちょっと厄介な側面を持っていることは
否定できないし、難しい問題のようだ。
最後に、「カメ嫌いだから書かない」に矛盾するが、あの試合に関し
て、黒鉄ヒロシ氏は、
「犯行現場にいるかのような嫌な気分を味わった。永久追放くらい
の処分でいいくらいだし、いずれにせよ、あの家のボクサーの
試合は今後いっさい見ない」と言い、
読売新聞は10月13日の朝刊「編集手帳」で、昔、三島由紀夫が
あるチャンピオンを取材した折、
「ボクシングにおけるほど、観衆の熱狂と選手の冷静が見事な
対照をなすものはない」と書いたことを引用して、
「当今のボクシングにおけるほど、観衆の冷笑と選手の狂態が
無残な対照をなすものはない」と書いている。
また、同じく読売新聞の10月16日夕刊「よみうり寸評」では、
「無礼、不作法、傲慢、傍若無人、恫喝、増長・・・こんな言葉の
数々が一家のこれまでの言動から浮かぶ。
増長を許した日本ボクシングコミッション、TV局にも批判が
集まった」
と記載している。
「お知らせ」です。
以前、タイトルだけ書いて、なかなか文を書かないでいた、
9月25日付の「バイロイトの第9 もう1つの音源を聴いての感想」を
書きましたので、フルトヴェングラーや、ベートーヴェンの第9の録音
に関心のあるかたは、遡らせてしまい申し訳ありませんが、同日付
文章をお読みいただければ幸いです。
私の結論的感想は、今回世に出たバイエルン放送が録音していた
ものが、70%前後の確立で、1951年バイロイト音楽祭の幕開けを
飾った、フルトヴェングラー指揮によるベートーヴェンの第9の本番
での演奏である、とするものです。
また、ではなぜ、100%と言い切れないのかについても推論して
みました。
なお、これに先立つ、レコード芸術に掲載された、この話題に関する
紹介文は、9月1日付で
「1951年バイロイト盤 2つの音源をめぐって」という題で書いており
ます。
今更なんですが、自分でホームページやブログを立ちあげている
人は本当にたくさんいらっしゃる。私を含む一般人もそうだし、
芸能人も多いようだし、サッカーの中田氏などスポーツ界にも増えて
きているようだ。文学者や音楽家もそう。
私の贔屓の臼木あいさんのブログは、演奏会のことに加え、
留学中のザルツブルグでの生活ぶりが興味深い。
森麻季さんの最近のブログも素晴らしく、世情の論評も立派だし、
もちろん演奏会の状況は興味深く、最近では金沢での「椿姫」の
出演者たちとの写真や、東京での「メサイア」公演時の写真を含む
いくつかの演奏会状況を伝えていただいているので、
足を運べなかったものは残念ではあるが、あのように伝えて
いただけるのは幸いである。
話は変わって、
以前も書いたが、「検索の凄さ」は、「頼んでいなにのに」、
その項目をクリックすると、私のブログの文章も検索されたりするのが
凄い。
それも、GoogleとYahooでは、たとえば1ページ目に出てくる
内容は当然違っている。
例えば、「臼木あい」で検索すると、Googleでは私のブログも
1ページ目の2つ目で出てくるがYahooでは1ページではない。
「マーラー第9交響曲」も、Googleでは1ページ内に出てくる。
「三善晃レクイエム」では、Googleに至っては第1ページの冒頭に
出てきてビックリする。「頼んでもいなにのに・・・」。
日ごろ、お読みいただいている皆様については、友人知人という
交友範囲ではだいたい存じあげているが、こうした「Google」や
「Yahoo」で、他の情報を検索した折、偶然にもお読みいただいて
いる方々がいらっしゃるというのは、やはり喜んでよいのだろうし、
もちろん、ブログを書くのは、必ずしも交友範囲の皆様だけに
読んでいただくために書いているわけではなく、基本的には
「自分の思考や感情の日記帳」のような認識、感覚で書いているし、
それは他の、HPやブログを立ちあげている方々とも基本的には
同じなのだろう。
面白い、というか、不思議な時代ではあるけれど。
昭和30年代の終わり頃はもちろん、40年代前半もまだまだ全体的
には「貧しい」状況に日本はあった。
それでも子供たちは、10円単位の小銭で駄菓子屋さんに行って、
店のオババに戯言をたたきながら、ラムネとか赤い液体に染まった
甘味な丸いカブを買って食べたりしたものだ。
最近、いい歳をして駄菓子をたまに買う。ローソンなどで売っている
「うまい棒」シリーズだ。
多種の味付けがあって、中にはギョッとするような「まずい」ものも
あるが、お気に入りは3つ。
コーンポタージュ味
たこやき味
めんたい味
でも、別にお薦めはしませんけれど。
9月29日、映画「クローズド・ノート」の初日舞台挨拶で、主演の
沢尻エリカさんのとった態度がここ数日、話題をさらった。
非常に不機嫌な表情と態度で、インタビューで発した言葉は、
「特に無いです」、「別に」、「今日はありがとうございました」の
三言だけ。確かにVTRで見ると、あるまじき態度で、驚いた。
和田アキ子さんは自分の番組で「会ったことないけど、
会ったらシバいておく」と言い、坂口憲二氏は「医龍パート2」の
記者会見で、「別に」とネタでパクって爆笑受けした。
沢尻さんの態度は確かに「論外」。
彼女が出る映画やテレビドラマはほとんど見ているが、
画像の中では、とても素直で才能のある良質な女優だと思う。
事情は解らないが残念なことだ。
しかし、伝えられるところだと、その日の同スタッフとの打ち上げ会
では、涙ながらに謝罪したというし、10月2日だったか、
公式ホームページでキチンと自分の言葉で謝罪している。
加えて、10月4日、テレビ朝日の朝の番組で、前日に収録したと
いう独占インタビューで、画面であらためて謝罪した場面が放送
された(タイマー録画で撮っておき、実際、私も見た)。
赤江珠緒アナが迎える中、(映画では普通の格好だが、
インタビュー等のマスコミ向けではいつも大胆な、というか、
妙ちくりんな格好をする彼女で、9.29もそうだったが)この日は、
黒のブレザーで、ピシリと「普通にカッコよく」登場した。
沢尻さんはこう謝罪した。
「あのような態度をとってしまった原因はあるが、それは重要では
なく、あのように、あの場に「私情をもちこんでしまった」という
事実が問題で、本当に申し訳ない。それも、ファンの目の前で、
そういう感情を出してしまったことは女優、表現者、表に出る者
と して、やってはいけないことだった。」
(どこへ行っても何度も同じ質問をされて疲弊していたか?との
問いに対して)
「仮にそれがあったとしても、プロとしてそれを出すようなことは、
あってはならないこと。やってはいけないことをしてしまった。
プロとして失格。人間として未熟だった。自分でも
(あのときの自分を)サイテーだと思う。
今後は演技で「お返し(謝罪)」していきたい。」
という主旨のことを非常に真摯な態度で語った。
「言い訳」をいっさい言わなかったのは立派であるとさえ思った。
終わり近くでは、目に涙をいっぱい溜め、言葉に窮していた。
赤江アナも「もらい泣き」しながら、
「大丈夫。これから女優として、人間として大きくなっていくんだと
思う。応援しているからね」、と励まし、沢尻さんもそれを見て、
ますます感極まったような涙顔、赤江アナに感謝すような表情で、
そのインタビューは終わった。
人間は当然誰でも間違える。まして、若いときは、なおさらだ。
誰でも過ちを犯す。問題はその後の態度であって、自分で真摯に
誠実にそのミスを整理し、反省し、切り替えられるかどうか、が大事。
これは誰でも同じ、何歳になっても同じだと思う。
今回については、1社の独占インタビューに応えるかたちよりも、
本当は、記者会見を開いて謝罪したほうがベターだとは思う。
ただ、それは時期=彼女の心情が落ち着いたとき、に委ねるという
ことで良いかと思う。
今回は例外的だが、私は基本的に、音楽でも映画でも、作品その
もの、また、演奏者や演技者というステージ、画面の中のその人に
こそ興味があり、プライヴェートの部分にはあまり興味が無い。
だから、当然、今回の件の有無にかかわらず、
「クローズド・ノート」は近々見る予定。
いずれにせよ、今後の沢尻さんの心の成長を見れるのが楽しみだ。
以下は余計なことだが、少し漫画的に締めるとこう書こうか。
ただし、沢尻さんに対する皮肉では決してなく、強いて言えば、
まだしばらくは騒ぎ立てるであろう、マスコミを皮肉る(牽制する)
意味で。
X 「さて、今回の件で、本当のところの感想は?」
私 「特に無いです。この1件はこれで終わり。今後の沢尻さんの成長
に期待し、見守っていきたい、という以外は、特に無いです。」
X 「原因を知りたいとは思わない?」
私 「別に。」
以前、東京株式懇話会の概略は書いたことがあるので今回は
それは省略する。部会での株式実務の勉強会は、企業間共通の
様々な問題をテーマを設け、良い雰囲気の中で勉強会が進められて
いく。
この日、ある問題に関して、大手百貨店の法務のA氏が研究内容を
述べたのち、「最後に、ちょっと個人的な見解ですが・・・」として、
次のような主旨の発言をされた。
「我々は株主総会の招集通知の記載上の問題の勉強をしてきたが、
昨今、法律の改正もあって、開示する分量が増大しただけでなく、
内容が非常に専門的になっている。ちょっと、「専門的過ぎる」とも
言えるわけで、はたして、それを受け取る株主、投資家で、
内容を十分理解できている人はどれだけいるのだろうか?
例えば、配当金関係が「利益剰余金」という言葉に替わって構成
されたり、あるいは、「圧縮積立金がどうのこうの・・・」、と言われ
たって、財務・経理や経営を学んだ人ならともかく、そうそう理解は
できないはずである。我々がもし、招集通知を本来の主旨、
すなわち、株主や投資家に、会社のことをもっと知っていただく、
ファンとなっていただく、という主旨から開示、提示していくとしたら、
そういう点をこれからもっと考えて、もっと工夫していく必要も
あるのではないか?」
普段、クールな法律論を展開するA氏だが、珍しく「情」というか、
事の本質論に言及されたもので、私は(いや、その場にいた多分
ほとんどの人は)「そうだなあ・・」と感心、賛同したと思うし、
私などはちょっと「感動」したりもした。
こういう勉強会で、「感動する」ということはまず無いから、極めて
印象的な、そして本質を突いた立派な意見だったと思う。
近年、コンプライアンス経営、透明性、開示の厳格化が、株式市場の
開放と一般株主(or投資家)の増大と相まって企業に求められている
のは当然ではあるが、同時に、開示内容の専門的な語彙とその
構成範囲の複雑化、細分化等も増大してきているのも事実で、
機関投資家(生損保や商社等の株式部門等、法人のプロ投資組織
など)は別として一般個人(特に言葉は適当でないが、いわゆる
「にわか」)の投資家にしたら、氏の言葉どおり、よほど昔から株式、
経済、企業などについて勉強されてきたか、財務や経営学を
学んだ人でもないかぎりは、そうそう専門資料(有価証券報告書等)
を読みこなせるものではないことは明白である。
それでも、企業は法令等に沿って開示していかねばならないのも
また事実であるが、「(書類が)解らない人は投資するな」と言うもの
妙だし、自己責任で勉強しろ、と突っぱねることにも大きな違和感を
感じるのは、企業の多くの関係者も同じであろう。
もちろん、投資は基本的には「自己責任」に他ならない行為では
あるが。こうした、ある種の「矛盾」、あるいは「アンビバレンス」を
現場の人間で感じていない人はいないはずである。
今回の氏の言葉に、日本の全ての上場会社の役員、
社員の誰一人として、好ましい回答=改善策を持っていない、
というのが現状だと思う。
旅行に出た日だから、9月9日だったと思うが、NHK、ETV特集
「私はやっていない」を見た人も多いだろう。
あるいは、映画「それでも僕はやっていない」も見たかたも含めて、
日本の裁判あるいはそれを取り巻く検察の尋問方法等が、いかに
無茶な内容(側面)を持っているかに、あらためて慄然とされたかたも
多かったに違いない。
番組では
(1)いわゆる「痴漢冤罪」を被った矢田部さんのケース
(2)富山事件での柳原氏のケース
(3)最近、全員無罪の出た、鹿児島県の志布志町事件
を紹介していて、どれも憤懣やるかたない内容で、濡れ衣を着せら
れた無罪の被害者のかたがたの怒りは察してあまりあるものだ。
(1)の場合では、刑事訴訟法第213条の、「私人逮捕」というのが
「逆作用」していることは明らかだ。
あの条文は削除は難しいにしても、より詳細な検討のうえ、
早々に条文の改正が求められて然るべしと思う。
現行犯に限るとはいえ、誰でもA氏を逮捕できる、というのは
考えてみれば恐ろしいことだ。
(3)において、濡れ衣を着せられた町民は、訴訟を起こす準備が
あるというし、当然で、ぜひそうすべきだ。
どのケースでも、警察に逮捕されたとき、あるいは検察から尋問を
受け、「偽りの自白を強要されたとき」は、こう言って反駁するべきだ。
いわく、
「(警察or検察の)あんた、こんなことして、後で「間違えた」ことが
判明したら、ただじゃ済ませないよ。警察(検察)という組織だけで
はなく、あなた個人を訴えますからね、いいですね」と。
そうしないと、いつまでも、
「身内、すなわち、警察同士でかばい合うが故のシラバックレ、
責任逃れ」というものが無くならないし、常に、
「後で責任を問われるのは、Aという警察官あなた個人ですよ」と
いうことを明確に事前宣言してくとよいと思う。
話は異なるが、年金に関する社会保険庁に対してもそうで、
「あなた個人の責任を追及して提訴しますよ」、と多くの人が
追及すれば彼らも「本気」になるだろう。
結局、あなたと一言も話さなかった。
私はあなたを時折見、あなたも私を時折見ているのに。
私が話をしたいのは、あなたです。
でも今は、そっと、偽りのない思いを贈ります。
以前にも同じタイトルの文を書いたかもしれない。
先日、私の投書に関した、警察官による女性殺害事件について、
ようやく警視庁の処分が発表された。
事件当時、警視総監は休暇で(それはいいが)、報告を受けた後も
本庁に出向かなかったという。認識の甘さ、というか、呆れるほどの
「ノーテン気な官僚気質」が伺える。
もし、すぐにトップ自らが記者会見し、
「大変な事態。被害者とそのご遺族、国民の皆様に深くお詫びする」
と、したなら、(もちろん事の重大さは変わらないが)少なくとも
警察の真剣さは国民に伝わっただろうし、いわんや「退職金云々」
などというバカな話が展開されることは無かっただろうに。
小学5年の担任で当時40代後半の男性教師は、ことあるごとに、
僕ら生徒に「バカもん、ゴメンで済んだら警察はいらないんだ」と
口癖のように言っていたのを思い出す。
そのまま、今回の警官、警視庁に投げかけたい言葉だ。
汚職や不正は論外だが、政治家のプライヴェートの問題が、政治家と
して「問題」かどうかは難しい問題かもしれない。
しかし、さくらパパという、あの程度の人が立候補して当選してしまうことの
有権者の責任(レベル)は問われて然るべきだ。
それまで「選挙=政治に興味が無かった丸川珠代」もそう。
週刊文春が掲載した、姫井議員には驚いた。
つい、興味本位で同誌を見たが、夫と子供がいながら、他の男性と
旅行に何度も行き、堂々と写真をたくさん撮っている。
「女って、スゴイ」、としか言いようがない。
そして、「議員」の可能性が出てくるや、あっさり男を「振れる」その感性
と力量(むろん皮肉です)。
「そういう人」が、本当に「人のために」政治活動ができるのだろうか?
という疑問は、やはりどうしても拭いきれないのだ。
ご案内のとおり、本日5日(水)、朝日新聞朝刊「声」の欄に私の投稿文
が掲載されましたが、お読みいただけなかった皆様へ、一応ご案内させて
いただきます。
原文(掲載された最終稿)のまま記載します。
公務員の犯罪 退職後も問え
「警視庁立川署の警察官による市民殺害は、今もなお信じがたい。
恋愛というプライベートな感情によるものとはいえ、市民を守る
はずの、そしてその最終手段として警察官に貸与されているはず
の拳銃を女性に向け、殺害したという行為は許せないものだ。
1978年、警視庁の警察官が女子大生を絞殺した事件があった。
当時の土田警視総監は責任をとって辞職したが、今回はそんな
動きはない。警視庁はホームページで謝罪しただけで済まそうと
しているのか。
加えて、犯人は死亡しているため死亡退職扱いとなり、懲戒免職
などの処分ができない。規定通り退職金が犯人の遺族に支給
されることが検討された。遺族が辞退したとはいえ、納得のいか
ないことだ。生きていれば当然、逮捕、懲戒免職となるはずなの
だから、それに沿った扱いとするべきだと思う。
死亡や退職後であっても、公務員は在職中に大きな過ちや犯罪
があった場合は、責任が追求できるように法整備すべきだと思う。」
以上です。
これについてですが、掲載いただける旨の連絡後は、担当者との
間で、電話とファックスにより、言い回し等のディティールや事実関係
の確認等を含め、何度か校正(修正)を行いました。ですから、100%
のうち、90%は私の原文(初稿)のままですが、10%は同社との
合作のようなものです。
少し「ひっかかる」のは、「ホームページで謝罪しただけで済まそうと
しているのか」、という部分。私の原文は、「ホームページで謝罪文
を掲載している程度である」と、事実を書いただけでしたが、朝日側
から、「しているのか」で行きたい、と希望があったので、やや挑発
的で、どうかとも思いましたが、特に反対する理由もないので了承
しました。
また、タイトルは新聞社で12文字限定で決めるようで、私が考えた
ものとは異なりますが、文の最後あたりに記載した部分の意味を
包含した良い表題だと思いました。
というのは、原文(初稿)では、松島前九州厚生労働局長の問題に
も触れていて、スペース(字数)の関係もあって削除されましたので、
表題はその種の問題も含めて表現されています。
ところで、今回の問題のポイントは2つと考えます。
1. 事件は「無理心中」などという「情緒的」なものではなく、れっきと
した「殺人事件」です。それも、警察官による拳銃を使ったもの、
という本来「ありえない」異常な事件です。
にもかかわらず、警視庁本庁の態度は、まるで一派出署の情事
的なものとでも考えているのか、随分「ひとごと」のような印象を
受けます。これは、1978年の際の、土田警視総監辞任の対応
とでは、その違いに、あまりにも大きな「落差」を感じるのです。
これは、まさかと思いますが、78年は「女子大生」で今回はホス
テス。この「違い」による「差別」は無いものと信じたいが、そう
勘ぐりたくなるような対応の大きな違いです。
あるいは、犯人は「自殺した」=自己責任はとった=警察の面目
も、多少は保てた、というような「安堵感」を感じているのかもしれ
ませんが、「それは全然違います」。
また、マスコミによる「2人の関係」に関する報道合戦も本質とは
かけ離れており、「もっと重要な本質を突け」と言いたくなります。
立川署員出資による被害者ご遺族への見舞金というのも否定は
しませんが、「本庁よ、そんなこと、個々に対応させるなよ」と
言いたくなるわけです。「違うだろう」と。
2. もう1点は、本文でも触れた「退職金」(それも、犯人本人の死亡
=自殺による加算金を加えたもの)。処罰できないから規定どお
りに支給しようとするその信じがたい「形式主義」、「お役所感覚」
は、ただ呆れるばかりです。
要は、「常識感覚こそが重要なのだ」、という感性が欠如して
いる、というところでしょうか。
もう1点、あげるとしたら、最近、警察官による拳銃を使った自殺が
増えている点も気になります。
今年に入って、覚えている報道だけでも2つありましたし(いずれも
若い人)、実際はもっとあるようです。
「自殺や殺人をするために、拳銃を警官に貸与しているのですか?」
と言いたくなります。
採用基準や、研修等に問題は無いのか?
「拳銃を貸与する責任、携帯(着用、保持)する責任」の自覚が問わ
れていると思います。
そして、警察官の資質そのものが問われていると思います。
最後に余談(やや自慢?)ですが、朝日新聞の「声」の欄に掲載して
いただいたのは、これで3回目となります。
最初は1998年の10月だったか、中途採用時の年齢制限の意味の
無さ、ということを書き、次いでは、2005年3月、これは、企業の人事
サイドの問題として、応募書類の扱いの問題について書いたもので、
「書類は返却しない」と書く企業が多いけど、実はそんな権利は法的
にはどこにも根拠は無いと同時に、逆に、「返えさなければならない」
とする法的根拠も(いずれも)無い、という、法的な不備について、
当時、施行直前の「個人情報保護法」とからめて、いわば、
人事、労務問題について書いた文を掲載していただきました。
ただし、私は「個人情報保護法」というのは、「時代の貧困精神」を
象徴するものとして、その法そのものを軽蔑していますが。
以上、長文をお読みいただき、ありがとうございました。
5日(水)朝日新聞の朝刊「声」の欄に、私が投稿した文が掲載されます
ので、よろしければお読みください。
立川署の巡査長による市民の殺害。警察官の不祥事、
ここに極まれり。いくら「恋愛感情」という、もっとも個人的で
ヤッカイなものがある事件とはいえ、市民を守るはずの、
そしてその最終手段としての拳銃を女性に2発撃ち、
殺害するとは信じがたいことだ。
その犯人である警官が「死亡して、退職していないから」との
理由で、退職金が警官の遺族に支払われるという。
自殺した犯人の遺族は「申し訳ないから、被害者のご遺族に
お渡しする」と言っているそうだし、もっともだが、それ以前に
受け取りを辞退し、自分たちの力で被害者ご遺族に何か
報いるべきだろうし、そもそも「なぜ、殺人犯である警官の退職金が
有効に支払われるのか?」が理解できない。
自殺していなければ、当然、逮捕、懲戒免職であって、
それであれば支払われないはずであるのに、
「死亡しているので形式的に懲戒免職にできない」というが、
死亡後でも事情により、そうした処罰を可能としても何らおかしな
ことはないと思う。
1978年、東京の警察官が女子大生を殺害した事件の際は、
当時の土田国保警視総監は辞職しているのだ。
今回はそういう話は無く、警視庁はホームページでお詫び記事を
掲載している程度である。
これもとんでもないことだ。29年前の土田氏の「潔さ」は、最近の
日本の「公人(公務員)」には無くなってしまっているのだろう。
別件だが、松嶋元九州厚生労働局長が、「退職しているので」
在職中の不正を法的に追求するのが難しい、というのも
おかしな話だ。
先述のとおり、「生前、在職中」の不正等について追及できる
ように法整備すればいいだけのことではないか?
そんな能力や気概も今のこの国の役人には無いのか?
情けない話である。
先述の、故・土田国保さんについては、個人的に少しご縁というか、
思い出があるので、これは後日書いてみたい。
ソプラノ歌手(と、ことわる必要もないですが、同姓同名の日テレアナ
がいるようなので)の、森麻季さんのホームページの中のブログ、
その8月5日の「おかしな世の中」と、それに続く、
8月11日の、「皆さまのご意見を頂いて」をお薦めします。
ぜひ、お読みください。
猛暑が続く。皆さん、お元気ですか?
数年前、7月上旬から暑い日が続く夏があったが、今年は
梅雨というか、地域によっては大雨、関東圏内も比較的低温度な
時期が長く、今年の夏は「短く終わる」と思っていたら、
その温度=気温たるや半端じゃない。
先日、DVDで「不都合な真実」を見た。ゴア氏の長年に渡る地球
温暖化の研究=講演を中心とした映画で、大変評判になった。
もっとも、ゴア氏自身の自宅の電力消費量が膨大だということが
スッぱ抜かれたことも話題に輪をかけた。
北極の氷解度も目立ってきたという。やはり、地球温暖化は
「待ったなし」のところまで来ていることは間違いなさそうだ。
パリのYご夫妻、そちらは今年は暑いですか?
Yりさん、ロンドンはどう?
最近、松屋さんのカレーが美味しくなった。「オリジナルカレー」と
題して、要はじゃがいもを入れたりして、家庭の味に近づけた感が
する。CoCo壱番屋のレベルには未だ行っていないが、まあまあだ。
松屋さんとか、こうした安価な店をバカにする人もいるけど、
どうかと思う(特に「高給取り(?)」に多い?)。都内の地代が
高そうなオフィス周辺にありがちな、ランチが900円前後を当たり前と
している店は、では美味しいかといえば全く陳腐、
個性のカケラも無く、そんなところに行くよりも、安価な店のほうが
よほど「マシ」である。
そういえば、仕事の関係で1年ほど、新横浜にいた時期があったが、
路上で売られていた600円ほどのお弁当の美味しいことといったら
なかった。手抜きが無い。キチンと作っていて、美味しい食事を
召し上がれという「心」が見えてくるような「安価な弁当」だった。
あのあと、東京では、弁当だけでなく、レストランを含めて、
あの内容と味を超えるランチにはほとんどお目にかかっていない。
さすが「食の横浜だ」と思う。
公共広告機構の広告で印象的なものがある。
「命は大切だ。命を大切に。そんなことを何千何万回言われるより、
「あなたが大切だ」誰かがそう言ってくれたら、それだけで
生きていける」
妙な話だが、例えば、ズボンのファスナーが不具合になったり
すると、独身で一人暮らしの男性の場合、ちょっと「困った」状態に
なる。
そういう、ニッチ的な仕事をしてくれる人や組織があるのは嬉しい
ことだ。「EN COTON」がそう。店舗自体は、例えば大型スーパー
の「ライフ」の中にちょこんとある地味なものではあるが、
チェーン展開しているようで、都内に複数ある。
先日もそこで修繕していただいた。ありがたいことだ。
夜、所用の後、終了予定とされる19時には間に合わないかもと
思いながらも、ZARD坂井泉水さんの音楽葬に参列のため、
青山葬儀所に向かった。
結果的には、いつまでも続く参列者全員の献花が終わるまで、
とのことで、21時すぎまで続いたようだ。
入り口や広場の壁等の装飾は、泉水さんが好きだったという
白色をメインとした清潔感のある見事なもので、数えきれない
花も白をメインとしていた。
20代前後から50代前後の男女が、最終的には献花フロアで
ある葬儀所の中までゆったりと少しずつ進むのだが、壁には
泉水さんのたくさんの写真が飾られ、何よりも巨大スクリーンで
2004年のライブ映像が流されているので、それに見入りながら
ということもあり、黙々と整然と少しずつ歩むたくさんの人達の
「思い」が伝わってきて、参列しているだけでも深い感慨を
覚えた。ここに来て良かったと思った。
映像は、私も最近、通販で入手した
「What a beatiful moment」だと思うが、
最近は帰宅が遅い日が続いていて完全に見れてはいなかった
ので、期せずして参列の中で見たのだった。
青山葬儀所の入り口から(いや、数百メートル外から)献花台
まで1時間近くかかったが、先述のように、皆、黙々と、
泉水さんとの別れを惜しむように、そしてスクリーンに映し出さ
れる泉水さんの映像と歌声をいつくしむかのように、整然と
粛々と進む姿が印象的で感動的だった。
献花が終わり、出口付近では主催者の事務所が「全員に」
(最終的に4万人を超えたと伝えられる参列者の全員に)
記念の台紙が配られていたのは素敵で立派だった。
それにしても、こんなに多くの人から愛されているのだから、
不慮の事故死ではあっても、泉水さんは素敵な人生を送った
ことには違いないのだと思う。
偶然とはいえ、泉水さんの歌には、まるで彼女のことを我々が
いつまでも思い続けるようなタイトルが多い。
「君がいない」
「あなたを感じていたい」
「きっと忘れない」
「永遠」
「出逢いそして別れ」
「君に逢いたくなったら」
「あの微笑を忘れないで」
「もっと近くで君の横顔を見ていたい」
「さわやかな君の気持ち」
「I still remember」
「Forever you」
「天使のような笑顔で」
日経の夕刊に、ひし美ゆり子さんのことが出ていた。
私が昨年書いた、「ウルトラセブン」の最終回での、
「告白」シーンのセリフも引用されていて、懐かしかった。
色っぽかった彼女も「歳をとったな」と思うが、
こちらも小学生じゃなく、「大中年」なのだから当然か。
ここ半年ほど、毎週月曜日の日経新聞夕刊のコラムには、
囲碁棋士の小川誠子さんが書いているのだが、これが
内容といい、文章といい、実に良いのだ。
申し訳ないが、女性で文章のうまい人というのはめったにいない。
何故ヘタなのかは解らない。有名な作家でも、そう思う人は
少なくない。
人生の深みがまるで感じられず、文章もイマ風を気取っては
いるが幼稚すぎる、そういう人がやたら多い。
でも、小川さんの文章は良い。とても良い。様々な対象、
事象に対して、深い思慮と、誠実で思いやりのある感性が
伝わってくる文章なのだ。他に心に沁みる文章を書く女性というと、
音楽評論(特に現代音楽評論)で有名な、白石美雪さんくらいしか
思い浮かばない。
今をときめく2人、長澤まさみさんと沢尻エリカさんがラジオで対談
したそうだ(8日午後7時以降)。私は仕事中で無理だったが、
楽しんだファンも多かったのだろう。
沢尻さんがMCを務めている自分のラジオ番組の対談ゲストと
して、長澤さんが出演したとのこと。
これまで、2人は表彰式等で顔を合わせることはあっても、
じっくり話したのは初めてという。
一部の週刊誌では、「2人は仲が悪い」と、おもしろおかしく
騒ぎ立てていたが、いかにデタラメな記事かということが判る。
いつか、スクリーンでの共演も見たいものだ。
皇太子殿下が無事ポリープの手術を終えられた。
難しい場所にあったとのことだし、約2cmの大きさだったと
いうことにも驚く。
1~2週間の静養で済みそうとのことですから、演奏会には
間に合いますね?またリハでお会いしましょう。
訃報が続く。「題名のない音楽会」の司会をされていた、ピアノの
名手、羽田健太郎さんが亡くなられた。
氏については詳しくないが、突然の印象があり、大変驚いた。
合掌。
どんな美男子も、芥川龍之介にはかなわない。
キムタクなんてメじゃない。
三男の故・也寸志さんは生前、
「父の顔は(私が2歳のときに亡くなったので)全く覚えてない。
・・、なぜか、家には「タンホイザー序曲」のミニスコアが
あったんですよ。父が好奇心でどこかで購入したのでしょうけど、
まあ、(オーケストレーションの)仕組みとかは解らなかったで
しょうけどね・・・」という話していたことも印象深い。
長男の比呂志さんや、三男の也寸志さんは知られていても、
次男については情報は少なかったと思うし、自分でも特に
調べたことは無かった。
5月26日の読売新聞夕刊に、その次男、多加士さんの記事が
出ていた。父、龍之介の全集を愛読し、東京外語大でフランス語
を学んだが、1943年、学徒出陣。
1945年4月、ミャンマーで戦死された。
暗い時代を予感した龍之介と、それを象徴すると言われた彼の
服毒自殺。
次男が、近代戦争の真っ只中で痛ましい死にかたをすることなど、
さすがに龍之介も想像もできなかったのではないか?
今年は、芥川龍之介の没後80年。
「昔、1人の僧侶が1匹の犬を飼っていた。
ある日、その僧侶が死んで、墓にはその僧侶の物語が
刻まれた。
いわく、昔、1人の僧侶が1匹の犬を飼っていた。
ある日、その僧侶が死んで・・・・・」
フルトヴェングラーが亡くなった際、ロリン・マゼールが、
こういう話を紹介しつつ追悼していたのは、もうだいぶ昔に
追悼文集(本)で読んだのだが、とても印象に残っている。
10代を前にプロ・オーケストラを指揮した早熟なマゼールは、
大学では哲学を学んでもいるので、彼らしい考察ではあった。
マトリョーシカを想わせるこの寓話。
人生や芸術は、はたして「輪廻」するか?
小林秀雄が「歴史は繰り返さない」という言葉で安易な観念論を
廃し、個人の生命の1回性、再生不可能な毎日と人生の重要性、
本質を指摘したことと、それは矛盾するか?
ここ1~2ヶ月くらい、JR山手線で、朝であれ帰り=夜であれ、
「線路内に人が立ち入ったため、電車がおくれています」とか
「停車します」というアナウンスをやたら聞く。今日の帰宅時も
あった。
もっとも、自殺敢行に至らないことが多いようだから幸いではある。
そういう人たちは、「罰金」が半端じゃない、ということを知って
いるのだろうか?
自殺しようとする人が「電車はやめておく」のは「常識」のはず
だが、当人はそういう精神レベルではなくなっている、
ということか。
とにかく、轢死体は、戦後間もない「下山総裁事件」を持ち出す
までもなく、基本的に「バラバラ」になるし、「罰金」は、
遺族に対し、それこそ1分単位で請求が行く、ということを知る
べしだ。
私が中学や高校のころは、そういう「下世話な」話を教師や
親が「してくれた」ものだが、最近の若い人たちは知っている
のだろうか?
もちろん、「立ち入っただけ」でも、相応の「罰金」の請求は行く
はずである。そういうことを、JRはもっと喧伝してよいと思う。
それが「抑止力」になるかどうかは判らないが。
1990年代の終わりから、2000年の最初の1~2年くらいまで、
「グローバリズム」という「大嘘」が流行ったため、「実力主義」と
いう言葉が誤った内容で1人歩きした。
最近でこそ、「虚妄の成果主義」として大きな批判が起こり、
反省とともに、再び雇用制や評価制度を見直す企業が増えてきた。
あのころ、それを推進した人たちの最大の失敗は、それが
「組織崩壊をもたらす」ことを見抜けなかったことにある。
「部下に伝承してたら、評価が下がる」として、教えなくなる
=組織としての伝統的実務継承が断絶される」、のだから、
もう「個人商店」のレベルの話に下向してしまったわけだ。
もっとも痛ましいかったのは、某タイヤメーカーの大企業で、
「アメリカナイズされた新社長」が推進した評価制度により、
当時53歳くらいだったか、部長級から主任級に降格された人が、
包丁を手に社長室に乗り込み、抗議とともに、「切腹自殺」
された事件だ。
あれは、当時の「殺伐とした時代、空気」を、もっとも象徴する
痛ましい事件だった。
カルロス・ゴーンがどんなに賞賛されようと、あれは、「ガイジン」
だからできたことで、ああしたことを日本人がやろうとしたら、
途中でとっくにつぶされていただろう
(いや、殺害されていたかもしれない)。
何しろ、数万人の首を切っての「回復」にすぎないのだから。
そうした時代を思い返すと、最近、そうした大企業を中心に
起きてきている、「社員のメンタルヘルスに注意を払おう」とする
機運は、極めて皮肉に、そしてお笑い種に思えるのだ。
正に「笑止」だ。
だったら、最初から「日本人らしい体制で行こうぜ」。
要するに、当時そうした「アメリカ様様体制になびいた」あのころの
経営者や評論家、コンサルタント等は、全て「経営判断ミスをした」
ということに尽きる。しかも、その過ちの責任をとった人というのも、
おそらく皆無だろう。
長崎だけでなく、最近、日本の各地で拳銃を使った犯罪が起きて
いる。アメリカを批判できない状況に日本もなりつつある。
しかも、だいたいそういうときの犯人というのは、それを使って
「自殺する勇気も無い」ヤツのくせに、人に迷惑をかけ、
それどころか、取り返しのつかない事態を引き起こしている。
立てこもり事件で、若いSAT隊員が撃たれ、生後まもないお子さん
を残して亡くなったのは誠に痛ましい。
防弾チョッキの「すきま」に当たったため、というが、
隙間のない装備はできないものなのか、なんとも残念である。
東武百貨店(池袋)の1階にテナントとして入っている、
「ANTENOR」のケーキはお薦め。
品数は少ないのだが、「ショコラ・フランボワール」といい、
「ガトー・アンテノール」といい、とても美味しい。
もちろん、やや高価だが、それほど「べらぼうに」。というほどでは
ない。こういう好ましい店を新しく発見したときは、なんだが妙に
嬉しくなるのは、なにも女性だけの「特権」ではない。
いつも行くインターネット・カフェとは違う店(最寄り駅も異なる)に
入ってみた。どこの店もそうだが、出入り口はどうってことなく、
雑居ビル(の何階か)に入っていくので、見た目「怪しそう」
なのだが、入店すると、どこもそこそこキレイ。
ここもそうだ。規模はこちらのほうが大きく、全て個室形式。
ゆったりしているし、システム(運営)的にもしっかりしていそうだ。
受付の女性が美人というのはおまけ。
昨今、こういう店で寝泊りする人の存在が話題になっているが、
ここはそういう人は許さないだろうな、という感じは伝わってくる。
ここに寄る前に、純喫茶に入った。この駅でも減ってはきているが、
でも実は数店、けっこう老舗の店がある。
こういう店は流行店のように混まないし、サンド類が安くて
おいしい。しかも、プチ・デザートまでついてくる。
インターネット・カフェという新しいかたちの店にしても、
古いスタイルの純喫茶にしても、実際に入ってみないと良さは
判らないし、良い店は偏見なく利用したいものだ。
あの痛ましいJR福知山線の脱線事故から2年。事故事態が
衝撃的だったが、同時に、一部のJR西日本の社員達の態度
にも実に驚いたものだった。
事故直後でも、救援作業に加わらず、平然と事務所に帰った
職員たち。要するに「余計なことをすると、職務怠慢と看做され、
査定に響く」ということらしい。
旧・共産圏の官僚体制にも負けない、おぞましい画一主義だ。
一個の人間であることを忘れ、それを放棄することによって
成り立つ生活、人生って何だろう?
あなたは、そんなにしてまで自分の人生が可愛いのか?
おそらく、声にはしないながらも、「そうです」というのが本音
だろう。日本は今、そうした機械のような、
「ロボットのような干からびた査定管理社会」に堕ちている。