2018年4月26日 (木)

2つの認定~セクハラとパワハラ

2018年4月24日 (火)

映画

2018年4月19日 (木)

自信のなさが表れる言葉

自衛隊員の暴言

財務省事務次官の「さわっていい?」等セクハラ発言問題

2018年4月 6日 (金)

土俵の女人禁制は「伝統」ではない。ただの「ええかっこしい」だ

女性看護師が心臓マッサージ。男性らはアタフタ。
女性数名が加勢。
すると若い行事が「女性は土俵から降りてください」。

おいおい、そんな状況じゃないでしょ。
危うく死に至るところだったんですよ。
こういうのは断じて「伝統」とは言いません。
単なる男どもの「ええかっこしい」です。

いきさつ
京都府舞鶴市で4日に行われた大相撲春巡業の土俵上で
挨拶していた多々見良三市長(67)が膜下出血で倒れた。
看護資格のある女性が土俵に上がり救命処置。
行司が「女性は土俵から下りて」とアナウンス。
八角理事長が行司の不適切なアナウンスを以下の言葉で
謝罪した。

 「本日、京都府舞鶴市で行われた巡業中、
  多々見良三・舞鶴市長が倒れられました。
  市長のご無事を心よりお祈り申し上げます。
  とっさの応急措置をしてくださった女性の方々に
  深く感謝申し上げます。
  応急措置のさなか、場内アナウンスを担当していた
  行司が『女性は土俵から降りてください』と複数回
  アナウンスを行いました。
  行司が動転して呼びかけたものでしたが、
  人命にかかわる状況には不適切な対応でした。
  深くお詫び申し上げます」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180405-00000027-mbsnewsv-l26
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180404-00000331-sph-spo
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180405-00000047-mai-spo
https://mainichi.jp/articles/20180405/k00/00e/040/266000c?inb=ys


土俵の女性禁制の根源は女性の嫉妬だそうです。バカバカしい。
土俵の神聖化は五穀豊穣による祈りを起源とするそうですが、
その神は女神なので、女性が土俵に上がることで、
女神が嫉妬せぬよう、女人禁制になったとのこと。

要するに、大元は女性の嫉妬というわけです。
女神?女性でしょ。誤魔化しちゃダメです。
「男社会の伝統」と気取っているだけで、実態は女性の嫉妬に
振り回されているだけです。
それを「伝統」とかいうカッコイイ言葉で誤魔化しているだけ
のこと。ナンセンスの極み。

ウィーン・フィルもベルリン・フィルも一昔前までは
「女性奏者は要らない」と言って「女人禁制オケ」だった
けれど、今は普通にそれぞれに複数います。
ルールは時代に応じて変化する、変化させる。
それが大人社会の常識です。


土俵で救命措置の女性は、感謝状を固辞したとのこと。
 「当然のことした」
こういう女性の心こそ良き伝統と呼びたい。
男どものショーモナイ決め事よりも。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180406-00000005-asahi-soci


清めの塩への疑問
多々見良三市長が土俵から運び去られた直後、
塩が土俵に撒かれたそうです。不測の事態、
不慮の事故を清めるというころなんでしょうけど、
なんか嫌な感じ。
多々見良三市長は回復されたようですが、亡くなっていたら
「あの塩」は更に嫌な感じがします。

土俵への塩撒きは「邪気をはらい土俵を清める意」とのこと
ですが、倒れた人は邪気なんだ。ふーん、です。

女性が上がったことに対する「清め」説もあるそうです。
これがもし事実なら、女性が怒らないのはおかしいです。
女性こそ激怒すべきこと。
「女性が土俵に上がったことを清めることが伝統」ってヘン
でしょ。

葬儀から帰る際、受け取る品に付いて来る塩。
私はあれに昔から不快感というか、素朴な疑問、違和感を
抱いていて、実際、自宅に入る前に自分に振りかけたり、
周辺に撒いたことは一度もありません。
その理由は以下の感情からですが、
あくまでも私見、私感です。
皆さんが行うことを否定する気はありません。

 「清める、って、亡くなられたかたに失礼だろう」


(注)清めの塩とは、もともとは神道の考え方からきたもので、
死を穢れたものとして清めるという考え方からきたもの。
死を穢れとは考えない他の宗教では不要とされるものでもあり、
仏式の葬儀で清め塩を使わないとする宗派(浄土真宗など)
もある。
https://www.j-cast.com/2018/04/05325517.html?p=all
https://en-park.net/words/7581

恋女房に先立たれた男性の心情~女性は強く、男性は弱い

私は独身なので正直よく解らないのだが、田原総一朗さんによると
西部邁さんの自殺は、4年前に亡くなった奥さんのことが
大きかったという。
実際、西部さんは、「長年の連れ合いに先立たれて、
自分の人生は実質的に終わったのだと強く感じている。
自分の半分以上をもっていかれた感覚」、と述べていた。

1999年に自殺した江藤淳さんも、前年の奥さんの病死後、
抜け殻のように暮らす中での自殺と言われている。

吉田秀和さんは自殺ではなかったが、ドイツ人の奥さんの
他界後、しばらくの間、音楽評論をする気にならなかったことは
友人の間で語られていた。

また、以前、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で、鶴瓶さんが
訪ねた先の70代だかの男性も、その少し前に奥さんを亡くして
いて、しきりに「寂しい、寂しい」と口にしていた。

 翻って女性はどうだろう?

私はご主人を亡くしてから、かえって以前より元気になられた
女性を複数知ってるし、私が嫌いな曽野綾子氏など、
夫 三浦朱門氏の死後、夫との思い出を本にして
出版する(稼ぐ)元気さだ。

 「男性はロマンティストで、女性はリアリスト」
という表現が適切か否かは別として、
基本的に「男性は弱く、女性は強い」と言われることは
概ね正しいかも。

2018年3月24日 (土)

そだねー商標登録出願に抗議する

帯広市の菓子メーカー「六花亭(ろっかてい)製菓」が
「そだねー」を特許庁に商標登録を出願したという。
出願日はLS北見が銅メダルを獲得した5日後の3月1日。
区分は「菓子及びパン」で、審査には一般的に約7~8カ月
とのこと。

六花亭製菓は「マルセイバターサンド」などで知られ、
「めんこい」「なんもなんも(気にしないで)」といった北海道弁を
商品名にした菓子を販売していることから、「そだねー」の
商標登録と商品化という発想に至ったのだろうし、
同社の佐藤哲也社長によると、道外の業者などによる
商標登録を避ける狙いもあり、商標を独占するつもりはなく、
使いたいという人がいれば自由に使ってもらえるようにしたい、
とも語っているというが、嫌な感じだ。

同じ北海道とはいえ、帯広ではなく、北見市内の会社で、
LS北見了承済みというのならともかく、いち企業が
彼女たちのチームコミュニケーションで交わされる言葉に、
企業利益に絡むことで飛びつく、その発想がエゲツなく思う。
嫌な発想、嫌な出願だ。


 追記
北見工業大生活協同組合(同)が同大職員の名義で、
北海道帯広市の菓子メーカー「六花亭(ろっかてい)製菓」よりも
2日早い2月27日に商標登録を特許庁に届け出ていたことが
わかったとのこと(現在、出願者を同生協へ変更中)。

同生協は取材に「登録が認められれば、利益の全額を
カーリングの振興に充てる。第三者の使用も利益の一部を
カーリングに役立てるとの条件で許可したい」としている。
六花亭の意図よりは「まとも」と言えるかもしれない。
基本的に「先願主義」なので、北見工業大生協が商標登録者
となるのだろう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180326-00050117-yom-soci


 他の人の参考意見です
日常会話でよく使う言葉が、商標として認められている例は、
たくさんある。たとえば、アントニオ猪木さんの権利管理会社
コーラルゼットは「元気ですか」を商標登録している。
小林製薬株式会社や株式会社そごう・西武など複数の会社が
「お元気ですか」を商標登録しています。
三陸地方の方言で流行語にもなった「じぇじぇじぇ」を
岩手県久慈市の老舗菓子店が商標登録している例があるし、
今回の出願しただけの段階であるにもかかわらず、
出願者の六花亭がすでにネットで炎上している状況を考えると、
流行語を商標として出願すること自体、ブランド戦略的には
マイナスに働く可能性もあることに留意する必要がある
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180323-00010003-huffpost-bus_all

2018年3月23日 (金)

内閣人事局が悪の根源

内閣人事局という官僚への縛り
2014年の第186回国会で可決・成立した「国家公務員法等の一部を改正する法律」で、同年5月30日に内閣人事局が設置された。

国家公務員の人事は、最終的には、すべて内閣の権限と責任の元で行われるが(憲法73条4号)すべての国家公務員の具体的な人事を内閣が行うのは現実的でなく、実際は(従来は)内閣総理大臣や国務大臣などの政治家が実際に差配できる人事は、同じく政治家を登用することが多い副大臣や大臣政務官、内閣官房副長官や内閣総理大臣補佐官などに限られ、各省の事務次官を頂点とする一般職国家公務員の人事は、事務方の自律性と無党派性(非政治性)にも配慮して、政治家が介入することは控えられてきた。

ところが、「各省の人事を全て事務方に牛耳られては、政治家は官僚の傀儡となりかねず、縦割り行政の弊害も大きくなってしまう」との一部政治家の意見により、各省の幹部人事について、内閣総理大臣を中心とする内閣が一括して行い、政治主導の行政運営を実現することが構想され、結果、2014年に設置された。

内閣人事局は、「国家公務員の人事管理に関する戦略的中枢機能を担う組織」と位置付けられ、(1)幹部職員人事の一元管理、(2)全政府的観点に立った国家公務員の人事行政を推進するための事務、(3)行政機関の機構・定員管理や級別定数等に関する事務などを担当する。

これ以前には、官僚には政治家と一線を画す気概があったが、この仕組み以後、官僚は政府の顔色を見て仕事をするようになったのは明らか。
今回の事態も、もし「内閣人事局」制度などなかったら起きなかっただろう。

文科省問題言語道断

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