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2016年7月 6日 (水)

IT業界

2013年3月18日 (月)

検索フレーズランキングの不思議

私のニフティブログのサイドには、頼んだわけでもないのに
  「検索フレーズランキング」というものが貼られている。
それは別に構わないのだが、ここに毎日入れ替わり登場する
単語、語句等で、とき折、実に妙なものがある。

例えば、「森 麻季 離婚」 というのはしょっちゅう出てくる。
ソプラノ歌手 森 麻季さんのプライヴェートについてなど、
もちろん詳しくなど存じ上げないが、最近、
2人目の赤ちゃんをご出産されたらしいから、
イタリア人作曲家のご主人と離婚などされてはいないだろう。
いずれにしても、もちろん、私はこれまで「森麻季さん離婚」
などと、そんなことは一度も、一言も書いたことはない。

あるいは逆に、独身のアーティストの名前と共に結婚、と
ある場合もたまにあり、「あれ、結婚なさったのかなあ?」
と思うとそうでもなさそうだ、ということが何回かあった。

また、最近では、ある女性の名前にとともに妊娠という語も
あったが、そんなことブログに一言も書いていないし、
だいいち、その人のプライヴェートには全く興味無いし。

要するに、森 麻季さんの場合も後者の場合も、
特定の個人名と、それとは直接関係なく、その人のことを
書いている人が、違う文の中で、違う人のことを書いていたり、
あるいは極端なことを言えば、小説とか何かの題材の中で
 「結婚」とか「離婚」とかが出ている場合、
なぜか「ごっちゃ」になり、2つのキーワード~例えば、
森 麻季さんという個人名=固有名詞と、離婚という
一般的な人的事象の語句をつなげて検索ワードとされ、
それが頻度によってランキングされる、ということのようだ。
実にみょうちくりんなことだ。


もっとも、参考になるものもある。

ランキングされたものをクリックすると、自分が以前書いた
ページのURLがあるとかだけでなく、同種の事物に
別の人がコメントしているそのブログのURLがあったりして、
 「こういう人がこういうブログを書いているんだ」、と
参考になる。

最近だと、長らく音楽関連の仕事に従事されてきた
 安倍 寧さんの「好奇心をポケットに入れて」
というオシャレなタイトルのブログを知り、
ご本人に了解を得てリンク貼りさせていただいた。
こういうことは楽しい「出会い」でもある。

2011年9月 7日 (水)

もう一度 facebook の 「いいね!」 について

レチートラさんを悼む日本のクラシック歌手やファンが
 facebookに哀悼のコメントを書いても、
平然と意味もなく「いいね!」と出るfacebook 、
 なんとかせんかい。

この私の意見には、「本当にそうですね」と皆さん同意して
くれている。当然だろう。

私は、

  「残念だね」

  「悲しいね」

  「悔(くや)しいね」

  「辛(つら)いね」

などを運営会社が用意し、
それを都度ユーザーが選択して使用できるようにすればよい。
優秀なSEなら5分で設定できるでしょう?
なんで私のようなオジンに指摘されても何もしないの?

と書いたのだが、

これに対して、私が知る若い社員たちが賛同、呼応して
facebook に新しい表示語彙を出し合ってくれているのが面白い。

いわく、

  「イイッスね!」 が欲しい。

  「びみょうだね」 も欲しい。

  「ギョイ!」 とか。

  「ごっつ おもしろい!」 等々。

Facebookさん、何とかしてくださいな。

2011年8月14日 (日)

それでも facebook は楽しい

オーケストラでいっしょだった人で今は他の団で演奏している人や
会社でいっしょだった人で今は他の会社に勤務している人など、
バッタリ会う以外には今後あまり会う機会はないだろうなと
思っていた人でも、facebookのおかげで、ネット上とはいえ
思いもかけず久しぶりにやりとりができるようになるのは
やはり楽しいし、嬉しい。

もちろん、それが成り立つ関係というのは、
互いに 少なくとも悪い印象は持っていない ということが
自ずと必然的に前提となっていての「再会」、やりとり、
ということになるのだろうが。


また、友達承認によりリンクしている人の中で、誕生日が到来
すると、facebookは わざわざ 教えてくれるのが興味深い。

私あてにも数人から誕生日祝いメッセージが届いた。
私くらいの歳になると誕生日の到来は
 「まったく嬉しくない どころか、恐怖?ですらある」
のだが、でも、そうしたメッセをいただけること自体には
もちろん嬉しさは感じる。


ツィッターは瞬時的であり、緊急連絡や現場報告的なツール、
あるいは「グチ」などの際には好都合なツールなのだろうが、
私はあまり好きではない。
以前も書いたが、私は断然ブログ派。

けれど、facebookは自分から主体的に書き込むことこそ
しないが
 ~もっぱら、人の記載文を読んだり、それにコメント送信する
  くらいだが~
結構面白いツールだと、予想以上に楽しんではいる。

なので、
 「ブログを書くのは面倒くさいし、いわんや、
  ツィッターで 「つぶやく」 なんてもっと面倒くさい。
  ミクシィなんてとんでもない」
と思っている人がいたら、
その3つの要素を少しずつ微妙に併せ持つツールと
言える facebook がお薦めかもしれない。

2011年8月 7日 (日)

Facebookの修正はいとも容易なはずである

2つ前で書いた日本版facebookの欠点「いいね!」という
表示だが、こんなものの修正はごく簡単だろう。

「いいね!」レスポンスは独自で併設されているし、コメントを
書かなくても手軽に「いいね!」レスをしている人のほうが多い。

要するに「コメント」を入力した際、「いいね!」も同時に表示
してしまう機能を削除すればいいだけの話だろう。
それぞれを独立させること。

あるいは更に進んで、「残念だね」とか、「そうだね!」とか、
「良かったね!」とか「辛いよね」とか何か他の同意や共感の
表現表記を出現するように設定することも容易に選択しとして
考えられるだろう。

この程度のことなら、私のような年配者、すわなち
若者に比べたらずっとITには疎い人間ですら考え付くことだ。

いや、「IT知識以前のレベルの話」
    「初歩中の初歩の修正というべき極めて低レベルな話」
だろう。
5分もあれば修正できるのではないか?

なぜやらないのだろう?
こんなおじさんですら容易に方法論として考え付くことを。

2011年8月 4日 (木)

facebookの「いいね!」に関する1つの欠点

ソプラノ歌手の澤江衣里さんが「facebook」に、
 「カゼひいて、体調悪い」 と書いてたので、
 「お大事にしてください」と記入しているとき気づいた。

「きっと、このコメントの下に 「いいね!」 と表示される
 のだろうな」と。

そこで、そのまま続けてこう書き添えた。
 「こういうコメントの下に、いいね!と表示されるのはヘン。
  現状におけるfacebookの欠点の1つと言えるだろう」、と。

  「カゼひいて、<いい> わけないだろう」

2011年7月12日 (火)

Twitter の他 Facebook も開始してみました

Twitterは3.11以降、必要あって登録しているが、
どちらかと言えば私は
 「つぶやき」よりも、じっくり文を考えて書くタイプ」だから、
やはり「ブログ派」である。

でも、それこそ先の震災時などの緊急時や、
東京電力の株主総会を実況中継に近いかたちで伝えて
くれた郷原信郎さんの例のように、利便性という点では
ITツールの中でもっとも有意義で力を発揮するのは
ツィッターかもしれない。

フォローしようとしているのは会社関係を別とすれば、
嘉目真木子さん、孫 正義さん、郷原信郎さん、東 浩紀さん、
勝間和代さんといったところ。


FaceBook
加えて、最近、若い人の間ではいつのまにかフェイスブックが
浸透してきていることを偶然知ったこともあり、登録、開設
してみた。
もっとも「顔」は別に自信(?)があるとか無いとかではなく、
単に「面倒くさい」という理由から未だ掲載していない。

やってみて驚いた。
所属するオケの人ももちろん何人かいるが、
久しく出ていない人や他団に移った懐かしい後輩などの
近況が知れて面白い。

しかし、一番驚いたのは友人を検索する際、
 「知り合いかも?」という欄に登場してくる面々だ。
関心ある事柄の記載欄に「クラシック音楽」としたためか、
クラシック音楽関係者がたくさん出てくる。
もちろん直接知っている人も結構出てくるのだが、
そうではなく例えば有名なアーティストで私とは未だそれほど
親しくない人に「友だちになる」のリクェスト送信を
してよいかどうかは躊躇(ためら)うし、中にはジャンルを問わず
直接の面識はない有名人も多く掲載されていてビックリする。

例えばIT業界で知らぬ人のいない成毛眞さんとか、
歌手+俳優の西郷輝彦さんとか俳優の渡辺裕之さんとか。

音楽家ではヴァイリンの渡辺玲子さんとか川久保賜紀さん
とか、更に指揮者ではディビット・ジンマンさんとか、
大家のロリン・マゼールさんとかが登場してくるが、さすがに
「友だちになるリクェスト送信」なんてできるものでない。

これには本当に驚いたが、こうした地球のどこにいる人とでも
やりとりができることが、先の中東での大きなデモにつながった
のだし、日本で最近、頻繁に生じている「反原発デモ」について
なぜかマスコミはあまり報道しないが、そうしたデモが
ツィッターやフェイスブックを介して新規参加者の増加に至って
いることが実感として納得できた次第だ。

2011年6月 1日 (水)

URL紹介 その1 「絆 3.11」

            【詩の朗読】

渡辺 謙さん 「雨ニモマケズ」
http://www.youtube.com/watch?v=hvFEffacY5g

佐藤浩一さん 「生きる」
http://www.youtube.com/watch?v=-7QU3AL6TDQ&feature

中井貴一さん 「守らずにいられない」
http://www.youtube.com/watch?v=YR_wK3NhuLM&feature

北大路 欣也さん 「父の唄」
http://www.youtube.com/watch?v=R4YWHl_kII4&feature

奥田瑛二さん 「願い」
http://www.youtube.com/watch?v=W8cHQt5QsgY&feature

岸部一徳さん 「ふるさと」
http://www.youtube.com/watch?v=kXF090AvII8&feature


       【歌と語りの中間のような感じで】

堺 正章さん 「街の灯り」
http://www.youtube.com/watch?v=Jko2ArKv9TA&feature

平原綾香さん 「孤独の向う」
http://www.youtube.com/watch?v=gv7E7HVb8Bg&feature


            【メッセージ】

香川照之さん
http://www.youtube.com/watch?v=Vq_zV60ucSg&feature

サラ・ブライトマンさん
http://www.youtube.com/watch?v=wNtvuT-TNyg&feature


    【直接 絆3.11とは無関係だけれど 詩の朗読】

谷川俊太郎さん 「いのち」
http://www.youtube.com/watch?v=TtWDdH40XuA&feature

2011年4月 9日 (土)

1500タイトル到達の御礼

いつもお読みいただき、ありがとうございます。
2006年2月に書き始めたこのブログが、この文でちょうど
1500の文となりますので、キリが良いので平素より
お読みいただいている皆様にあらためて御礼申しげます。

読者の「数」は気にしておりませんが、1年前ですと
1日平均200人前後のかたにお読みいただいていましたが、
ここ数か月は300人前後となり、
多い日は400人前後となります。
これまでの最高は2月7日の約800人ですが、
ちょうどその前日に、オーケストラハモンと、豊島区管弦楽団の
演奏会を「はしご」で拝聴し、その感想を書かせていただき
ましたので、おそらく2つの団関係者の皆様にのぞいて
いただいたことでの急増かなと想像しております。

また、アマチュアオーケストラの多くは、演奏会に際して
プログラムにアンケートを挿入しており、演奏についての感想や
その演奏会があることを知ったツール、きっかけなどに関する
問いかけも書いているところも多いのですが、後者では、
「チラシを見て」、「当団のホームページを見て」、
「団員から聞いて」などの選択肢に混じって、
「フロイデブログから」という選択肢も2つの団体で拝見した
ことがあり、ちょっと恐れ多くまたそれこそ「想定外の喜び」を
得ることもあります。

あらためて、読者の皆様に御礼申しあげます。

いつもながらの独断と偏見による文章ですが、
これからもお付き合いいただけたら幸いでございます。
以上、1500タイトルの御礼とさせていただきます。

2011年1月29日 (土)

インターネット 「派生する力」を持つツール

ソーシャル・ネットワークについて勉強しようという意図をもって
映画「ソーシャル・ネットワーク」を観た人~私もその1人~は
さぞガッカリしたに違いない。
主役を演じたジェシー・アイゼンバーグ氏のクールな演技と
本物の創始者マーク・ザッカーバーグ氏との間では性格、人物像
という点でどのくらいの違いがあるのか無いのかは不明だが、
いずれにしても、映画としては極めて退屈なデキで、
そもそも肝心のソーシャル・ネットワークの何たるかという本質
についての説明が皆無であったことが致命的だった。

映画については別途後日書くこととし、ここではそれでも
インターネットがもはや「ソーシャルなもの」として確実に
社会で必要なものとなって来ていることをあらためて確認
しておきたい。

1.「スマートフォン」の応用力の1例
 例えば、赤ちゃん用「ガラガラ」の役割もなす、という。
 外出時に泣かれた際の主婦にとって「あやし」のための
 大きな武器だ。
 この例だけでも実はここから多くが派生し得ることを
 雄弁に物語っていると思う。

2.「i Pad」の応用例
 手術の現場。手術をする部分を拡大する映像として使われだして
 いることに大いに驚く。
 ほとんど革命的と言ってよいツールの変化だ。
 医療現場に役立つというヒューマンな部分での貢献という点は、
 このツールの巨大な市場価値を容易に推測できる。

3.「フェイスブック」の利用度合
 別途書いているように創始者の思惑とは完全に異なるかたちで、
 全く予期もしなかった所(場所)とその利用内容に新展開が
 生じている。
 アフリカでの市民運動という政治的なツールとしての存在だ。
 今後も世界各地で様々なかたちで利用されていくに違いない。
 
 ただ、日本ではどうか?
 私は他の人のブログに対するコメント投稿は原則として本名で
 投稿しているが、(ただし、プロバイダーが本名を拒否し匿名を
 求めている社のブログの場合は別)
 総じて日本人は「匿名好き」だ。
 本名公開をなぜか嫌がる文化を持つ。
 だから、日本では「フェイスブック」はさほど拡がらないかも
 しれない。
 それも日本(人)の「ガラパゴス現象」という文化的素地とは
 もちろん無縁の話ではない。大いに関係していると思う。

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