小林沙羅さん&福間洸太朗さん「ドイツ・リートへの誘い」第1回(全3回)
小林沙羅さんが、都立武蔵高校時代の1年先輩であり、当時から既に名手として在校生の間で知られていたというピアノの福間洸太朗さんとともに、今後3年にわたり「ドイツ・リートへの誘い」と題したシリーズを企画され、その第1回公演を3月16日午後、フィリアホールで拝聴した。
2人はこれまで何度も共演されている。直接的には、東日本大震災後の2012年以降、毎年のように、石巻でチャリティーコンサートや学校での激励コンサートを開催されてきたし、私も過去2回拝聴している。
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純粋なデュオ・リサイタルとしての初回だった2015年11月三鷹市芸術文化センターでのコンサートと、遡って同年6月の一橋大学兼松講堂におけるコンサート~これは、デュオの他、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番や、合唱幻想曲なども盛り込まれた特別企画の公演~この2つだ。
その後、お2人とも益々多忙になられたこともあり、それ以来の共演だと思う。
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第1回としての選曲は、ワーグナーから多大な影響を受けた作曲家としての4人、グスタフ・マーラー、アルマ・マーラー、リヒャルト・シュトラウス、フーゴー・ヴォルフ、そして、ワーグナーの5人の作品。プログラムと感想は下記のとおりだが、特定のコンセプトを掲げた特色あるリサイタルの場合、特にそうした設定や意図無くバラエティに富んだ公演と違い、その作曲家の作品を歌いこなし、特色を表出する力量や思いの度合い、スタンスの特色等が必然的に問われることになるので、歌手としても、ある種「覚悟」をもって臨むステージとなると拝察する。
今回、小林沙羅さんは、そうした特色や技量等を十分に示した魅力あるリサイタルだったと思う。
譜面台を置いての歌唱はアルマの曲とワーグナーのみで、他は完全暗譜。自身が対訳された歌詞冊子付という意欲的なプログラムの構成内容は以下のとおり。
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1.グスタフ・マーラー
歌曲集『若き日の歌』より「春の朝」、「思い出」
歌曲集『子どもの不思議な角笛』より「ラインの昔話」、「トランペットが美しく鳴り響くところ」
2.アルマ・マーラー
歌曲集『5つの歌曲』より「私の父の園に」
3.リヒャルト・シュトラウス
「万霊節」Op.10-8、「解放」Op.39-4、「セレナーデ」Op.17-2、「ツェツィーリエ」Op.27-2
(休憩)
4.フーゴー・ヴォルフ
『メーリケ歌曲集』より「彼だ!」、『ゲーテ歌曲集』より「ミニヨン〜知っていますか?あの国を」
5.リヒャルト・ワーグナー
『ヴェーゼンドンク歌曲集』~「天使」、「止まれ、静まれ!」、「温室にて」、「苦しみ」、「夢」
アンコール
1.ヴォルフ:私の恋人はペンナに住んでいる
2.R・シュトラウス:何も!Op.10-2
3.R・シュトラウス:献呈Op.10-1
4.シューマン:献呈Op.25-1
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個別の感想に先立ち、全体の印象や、沙羅さんの個性について改めて触れてみる。
「無垢な童声と大人なトーンの共存、その使い分け、あるいは自然な移行」というようなことは、これまで何度か書かせていただいている。
今回は感じたことはそれに加え、「瑞々しく艶やかで伸びやかな響き」、「溌剌とした果敢さ」、「語りの要素と流麗感の共存その使い分け」、「知的な入念さを基盤としたコントロールの巧みさ」、というような言葉を思い付いた。
個別の中で、どの要素を強く感じたかは、なるべく記載したいが、今回の多く曲に関して、私は特別に詳しくはないので、あくまでも曲自体の心象と、それに対する沙羅さんのアプローチだとして感じたこと、というような記述とさせていただきたい。
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1.グスタフ・マーラー
歌曲集『若き日の歌』より「春の朝」
ピアノの序奏部分に不思議な音を混ぜているのが面白い。
沙羅さんの声の響きが美しい。いきなり他の歌手の事を絡めるのはいかがなものかと思うし、両者に対しても失礼かとは思うが、私には以下のことは今回「意外な発見」だったので、書かせていただきたい。
「藤村実穂子さんが2013年に録音した歌唱と、トーンが似ている」と思った。もちろん違いはある。藤村さんはシックで落ち着きのある点が魅力だし、沙羅さんは艶やかで伸びやかな歌唱が魅力だ。それでも、トーンに共通要素があると感じた。こう言うと、「いや、藤村さんはメゾでしょ」と言う人もいるだろう。けれど、私はソプラノとかメゾとかの区別にはあまり興味は無いし、本質的なことではないと感じている。
森谷真理さんにはメゾの要素があるし、ガランチャさんや藤村実穂子さんにはソプラノの要素がある。全ての歌手には様々な要素があり、それが渾然一体となって、その人の個性を創り出しているに他ならない。とはいえ、私の頭の中にも「藤村さんはメゾ」という思いがあったゆえ、係る「発見」をしたのだろうと正直に言わねばならない。
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同「思い出」
伸びやかで凛とした沙羅さんの歌唱。「私のところにやってくるのだ!」の部分でのクレッシェンドも良かったし、それに続き、エンディングに向かう弱音のトーンも~福間さんのピアノも含めて~印象的だった。
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『子どもの不思議な角笛』より「ラインの昔話」
童声の要素による音域の行き来の激しさは、愉悦感とともに、諧謔性をも感じさせ、面白かった。
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同「トランペットが美しく鳴り響くところ」
しっとり感の曲想の中、「春の朝」同様、ピアノが意外と変わった和音を時折響かせるのが興味深い。
様々なニュアンスのある曲想だが、沙羅さんの歌唱では、特に「泣かないで、最愛の人よ~」の場面での抒情性が素晴らしかった。
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2.アルマ・マーラー
歌曲集『5つの歌曲』より「私の父の園に」
曲自体、ピアノにおいても歌においてもユニークな転調や即興的な変化が面白く、未成熟な作曲技法ゆえに結果的に生じる多彩な曲想が面白い。
この「難曲」を、沙羅さんは伸びやかに楽々と歌い、高度な歌唱技術を証明する結果となっていたのが印象的だった。
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3.リヒャルト・シュトラウス
「万霊節」Op.10-8
童声的な要素と、知的なアプローチを感じさせる歌唱だった。
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「解放」Op.39-4
トーン変化、音域の変化、ニュアンスの変化等、歌うには難しい曲だと思った。そうした様々な要素や変化を、しっかり伝えてくれる歌唱だった。
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「セレナーデ」Op.17-2
前半では、明るい童声的要素が生き、後半での広がりとダイナミズムも良かった。
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「ツェツィーリエ」Op.27-2
物語としての「語り」の要素と、雄大な歌唱の融合。熱唱と言える見事な歌唱だった。
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休憩後の最初は4.フーゴー・ヴォルフ
『メーリケ歌曲集』より「彼だ!」
快活さと語りの要素の交差が良く、流動感あるピアノも良かった。
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『ゲーテ歌曲集』より「ミニヨン〜知っていますか?あの国を」
情感溢れる抒情性。瑞々しい歌声。素晴らしかった。
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5.リヒャルト・ワーグナー『ヴェーゼンドンク歌曲集』
「天使」
「大人なトーン」での「しっとり感」が素敵。
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「止まれ、静まれ!」
「エスプレッシーヴォ全開」と言うべき、情感溢れる見事な歌唱。
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「温室にて」
短調による神秘的な曲想における独白的は語りが印象的。
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「苦しみ」
感興に応じた表現力。力強さもあった。
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「夢」
単語一つ一つを大事にしていることが伝わる歌唱で、しっとりとしたロマン性の中で、その言葉の意味を伝える表現力が印象的だった。
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アンコール
ヴォルフの「私の恋人はペンナに住んでいる」
歌自体も歌唱もコケティッシュな面白さ全開。
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R・シュトラウスの「何も!」
知的な表現力と艶やかな歌声が素敵。
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R・シュトラウスとシューマンの「献呈」を最後に置いたのは名案だと思う。
いずれも情感深い、格調高い歌唱だった。
来年の第2回も、今から楽しみだ。
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