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2024年3月27日 (水)

混声合唱団 コール・ミレニアムの「ドイツ・レクイエム」

混声合唱団 コール・ミレニアムの第20回記念 定期演奏会を3月23日午後、東京芸術劇場で拝聴した。

井﨑正浩さん指揮、アウローラ管弦楽団との共演。

コール・ミレニアムの演奏は、2019年の7月と昨年2023年2月、いずれもバッハのロ短調ミサを聴かせていただいている。

この日は、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」を演奏したが、1曲目のシベリウスの「フィンランディア」も合唱付きで演奏した。プログラムは以下のとおり。

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1.シベリウス:交響詩「フィンランディア」Op.26~合唱付き

2.レスピーギ:4つの交響的印象「教会のステンドグラス」Op.150

 (休憩)

3.ブラームス:ドイツ・レクイエムOp.45

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1.シベリウス:交響詩「フィンランディア」

冒頭の金管群よりも、続く木管群の響きが美しいなとか、チェロが9人の割には少し音量が欲しいな、など思いながら聴き始めた。コントラバス奏者9人は壮観で、最近はプロオケでも、あまり見ない気がする。

合唱の登場。フィンランドの詩人、ヴェイッコ・アンテロ・コスケンニエミ(1885~1962)が歌詞を付けたに「フィンランディア賛歌」。

ソプラノの響きが美しく、しかも突出していない良さがあり、誠実さと愛を感じる合唱で良かった。

男声も特にテノールのトーンが明るくソフトで力みが皆無で素敵。

後半の「ドイツ・レクイエム」でも同様のことを感じたが、男女の人数バランスの問題も感じたので、この点は後述したい。

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2.レスピーギ:「教会のステンドグラス」

初めて聴いたが、とても魅力的な曲。「いかにもレスピーギだ」という曲想やトーンが頻出するこの曲は、1919年にピアノ曲とした作曲した『グレゴリオ聖歌による3つの前奏曲』を自身で管弦楽編曲し、さらに終曲として第4楽章を加えた30分ほどの曲。年代的には『ローマの松(1924年)』と『ローマの祭(1928年)』の間に位置し、大編成なこともレスピーギらしく、ピアノ、ハープ、チェレスタのほか、パーカッション群としては、ティンパニ、シンバル銅鑼3(ドラ。大・中・小)、大太鼓、鉄琴が用いられている。管弦楽編曲に際して、次の4つの表題も付与された。

1.エジプトへの逃避、2.大天使ミカエル、3.聖クララの朝の祈り、4.偉大なる聖グレゴリウス

「エジプトへの逃避」は、クラリネットによる哀感ある印象的な旋律に始まり、チェロ群が東洋的な旋律を奏でるが、伊福部昭さんを連想して興味深かった。

「大天使ミカエル」は賑やかに開始するが、中間部でのトランペットのソロが印象的で、奏者はパイプオルガンの横で(上がって)演奏した。

「偉大なる聖グレゴリウス」では、『ローマの松』を想わせる曲想があり、最後は「これでもか」という位の大音響の連続により終わる。聴き応えのある魅力的な曲だ。

休憩後の後半は、

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3.ブラームス:ドイツ・レクイエム

第7曲(終曲)の温かく美しい演奏は、この曲が死者のためのミサ曲と言うより、全体が一つの賛美歌のような、平和と安寧を希求する讃歌の様な曲であることを示してくれる演奏だった。

パッションの点では、第6曲後半のフーガからエンディングにかけての各パートの充実感と音の総和が素晴らしく、迫力があった。終盤、317小節からアルトが開始して、テノールに繋ぐ部分も美しかった。

「フィンランディア」のところで書いたように、ソプラノの響きが美しく、しかも突出していない良さがあり、誠実さと愛を感じさせる魅力があり、男声も、特にテノールのトーンが明るくソフトで力みが皆無で素敵だ。

ただ、曲自体が、全体的に平和に満ちたような明るく穏やかな曲想ではあるが、第2曲等、場面によっては、平穏過ぎる感じもあり、もう少し「トンガリ」感、鋭角的な響き、アクセント~1つの音にではなく、フレーズや小節の単位の中における強調という意味でのアクセント~が、もっと欲しいと思う部分は少なからずあった。

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混声合唱団における男女比の問題について

この日の「コール・ミレニアム」の人数は、ソプラノ43名、アルト32名に対して、テノール13名、バス23名。

これであと、テノールに10人、バスに5人いたらなあ、と思う場面が少なからずあった。

第7曲(終曲)103小節からのテノールなど、とても美しいのだが、もう少し声量があると更に良かったので「モッタイナイな」と思う。

男声の統一感は美しいが、どこか、「まずは整えよう。そうしないと声量的に女声に伍することができない」という思いが有るかの如くに感じてしまった。

女声は人数的に余裕がある分、潜在意識的に伸び伸び歌えているように感じられ、その結果として、アンサンブルに活力が生まれている、そんな様に感じられた。

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昨今、多くの混声合唱団に存在する問題が、若い人が少ないという高齢化問題だけでなく、男声の人数の少なさ、男女比のアンバランスの問題だ。これだけ立派な合唱団でも、男女比のバランス問題が存在しているというのは、そのまま、日本の合唱界の状況を象徴しているようでもある。

最後になってしまったが、ソリストに関する感想を書かせていただき、文を終えたい。

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森谷真理さん

豊かな声量は、オケ、大合唱の中でも、凛として、あるいは表情豊かに会場一杯に広がる。

歌声の質感は、スケール感あるオペラティックな歌唱だが、森谷さんは、ヘンデル等のバロックや、モーツァルト等の古典曲にも積極的に取り組まれていることもあってか、ブラームス固有の堅固な構成感の中であっても、古典的様式にピタリとハマル感じが魅力的で、また、ブラームスの母親に対する愛のような慈愛も感じさせてくれる素晴らしい歌唱だった。

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大沼 徹さん

大沼さんの特徴や魅力として普段から感じていることは、楽天的な明るさと軽やかなソフト感があり、自由自在さがある、ということ。この、ある種、リート的感性とアプローチが、この曲に合っているかどうかという点では、人によっては、更に厳格で重厚感ある歌声を望む人もいるかもしれないが、それだけユニークで、魅力ある存在感を示された歌唱だったと言えると思う。

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前半も含めて、オケも立派な演奏を聴かせてくれたし、何よりも、合唱、オケ、ソリストの皆さんが、大曲を含む各曲を演奏すること自体を楽しんでいることが伝わってきた素晴らしいコンサートだった。

お疲れ様でした。

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