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2024年3月30日 (土)

新倉瞳さん&渡辺庸介さんコラボコンサート

新しい可能性を予感させるユニークなコラボ

Hakuju Hall主催の第171回 リクライニング・コンサートを3月27日の夜、同ホールで拝聴した。

チェロの新倉 瞳さんと、パーカッションの渡辺庸介さんによるコラボという、企画も内容も、とてもユニークで斬新な試みによる演奏だった。

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既に何度か書かせていただいているが、新倉 瞳さんは、いわゆるクラシック音楽のコンサートに留まらず、アコーディオン奏者や、アラブ系の器楽奏者等々と様々なコラボレーションをされている。居住されているスイスでも、東欧の曲クレズマー伝承曲を演奏するバンドにも参加されている。

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ともすれば、ありきたりなプログラムのオンパレードになりがちなクラシック音楽界において、異ジャンルの若い音楽家たちによるコラボは、未知の可能性を開いて行くかもしれないという想像と期待を抱かせる試みであり、それを「売れっ子」真っただ中の新倉 瞳さんが実行していることに意義を感じる。活動をクラシック音楽に限定することなく、また、クレズマー伝承曲などの広くは知られていない曲を世に紹介するだけでなく、異ジャンルの音楽家とのコラボにより自身のフィールドを広げ、深め、未知なる世界を開拓していこうとする企画力、チャレンジ精神には、大いに敬意を表したい。

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今回のコラボの相手、渡辺庸介さんは、タンバリンを主軸に様々な打楽器の音色を駆使し、民族音楽からポップスまで幅広く演奏するパーカッション奏者。2人は2022年以降、既に各地で共演を重ねている。今回のプログラムは以下のとおり。

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1.渡辺庸介 : 波紋音による即興曲

2.バッハ : 無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV 1007 より

Ⅰ.プレリュード、Ⅳ.サラバンド、Ⅵ.ジーグ

3.渡辺庸介 : 無伴奏チェロのための前奏曲「朝まだき」

4.クレズマー伝承曲 : ニグン

5.グリーグ:「ペール・ギュント」第2組曲より 第4曲 “ソルヴェイグの歌“

6.スウェーデン伝統曲 : ユリンギウスのポルスカ

7.渡辺庸介 : 雨上がり、踊る水

8.渡辺庸介 : チェロと打楽器のための舞曲 〜Trance〜

9.新倉瞳 : ひかえめな満月

10.渡辺庸介 : 突として広がる渓谷

アンコール マーク・サマー「Julie – O」ジュリー・オー

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1.渡辺庸介 : 波紋音による即興曲

「波紋」という2つの半球による、小さな鐘とも和楽器とも効果音機材とも言える素材を使って、2人がホールの両サイドの後ろから奏しながら入場し、ステージに上がり、「ホワ~ン」という音の不思議さを際立たせる演出がなされた。5分ほどの曲。

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2.バッハ : 無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV 1007 より

Ⅰ.プレリュード、Ⅳ.サラバンド、Ⅵ.ジーグ

ここにおいても2人のデュオは続く。1曲目の余韻の中、新倉さんが弾き始め、渡辺さんが鈴やシンバル、ドラムなどの音を混ぜて行く。「サラバンド」ではパーカスのソロもあり、そして、新倉さんが「ジーグ」を弾き始めるなど、音の世界と展開自体が斬新。「普通に」バッハを聴きたい人には、ある意味ショッキングな内容とも言える。

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3.渡辺庸介 : 無伴奏チェロのための前奏曲「朝まだき」

モノローグ的な曲想から太鼓の音が入り、行進曲っぽく変化し、ダンス曲のように変化し、2人による歌と手拍子~会場を巻き込んで~の跡もダンス的な曲で終わるが、それが4のクレズマー伝承曲「ニグン」と関連させながら進行した。

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5.グリーグ:「ペール・ギュント」第2組曲より 第4曲 “ソルヴェイグの歌“

「ハンマーダルシマー」という特注の楽器~東洋的な音、「ハーリ・ヤーノシュ」で使われるツィンバロン的な、あるいはシタール的な、あるいはチェンバロ的な音が出る楽器~による前奏があり、新倉さんがテーマを弾き始めて開始。

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6.スウェーデン伝統曲 : ユリンギウスのポルスカ

新倉さんのア・カペラの歌で開始し、短調4分の3拍子のダンス的曲想になり、最後はまた「ラ~ラ~」という歌で終わる。

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7.渡辺庸介 : 雨上がり、踊る水

渡辺さんの「シュッ、シュッ」とか「カッ、カッ」などのヴォーカル・パーカッションがあり、6拍子の曲は、チェロはピッツィカートと高音でのarcoによる演奏。

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8.渡辺庸介 : チェロと打楽器のための舞曲 〜Trance〜

チェロがアグレッシブに開始。パーカッションは「ホウキン」という口にくわえて奏する特殊楽器や、ドラム等が加わる。全体としてラテン的なリズムによる賑やかな曲。

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9.新倉瞳 : ひかえめな満月

この曲では、新倉さんはチェロではなく、カザフスタンの楽器を用いて演奏。マンドリン的、あるいは三味線的、あるいはリュートの様な音色。オブリガートで「ハンマーダルシマー」が入り、新倉さんの「ラ~ラ~」という哀愁を帯びた歌も入るという印象的な曲。

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10.渡辺庸介 : 突として広がる渓谷

ドラムのリズムとチェロによるアグレッシブな演奏。

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アンコール マーク・サマー「Julie – O」ジュリー・オー

パーカッションはタンバリンと「ホウキン」、そしてチェロによる陽気なソング的な曲。

2024年3月27日 (水)

混声合唱団 コール・ミレニアムの「ドイツ・レクイエム」

混声合唱団 コール・ミレニアムの第20回記念 定期演奏会を3月23日午後、東京芸術劇場で拝聴した。

井﨑正浩さん指揮、アウローラ管弦楽団との共演。

コール・ミレニアムの演奏は、2019年の7月と昨年2023年2月、いずれもバッハのロ短調ミサを聴かせていただいている。

この日は、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」を演奏したが、1曲目のシベリウスの「フィンランディア」も合唱付きで演奏した。プログラムは以下のとおり。

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1.シベリウス:交響詩「フィンランディア」Op.26~合唱付き

2.レスピーギ:4つの交響的印象「教会のステンドグラス」Op.150

 (休憩)

3.ブラームス:ドイツ・レクイエムOp.45

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1.シベリウス:交響詩「フィンランディア」

冒頭の金管群よりも、続く木管群の響きが美しいなとか、チェロが9人の割には少し音量が欲しいな、など思いながら聴き始めた。コントラバス奏者9人は壮観で、最近はプロオケでも、あまり見ない気がする。

合唱の登場。フィンランドの詩人、ヴェイッコ・アンテロ・コスケンニエミ(1885~1962)が歌詞を付けたに「フィンランディア賛歌」。

ソプラノの響きが美しく、しかも突出していない良さがあり、誠実さと愛を感じる合唱で良かった。

男声も特にテノールのトーンが明るくソフトで力みが皆無で素敵。

後半の「ドイツ・レクイエム」でも同様のことを感じたが、男女の人数バランスの問題も感じたので、この点は後述したい。

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2.レスピーギ:「教会のステンドグラス」

初めて聴いたが、とても魅力的な曲。「いかにもレスピーギだ」という曲想やトーンが頻出するこの曲は、1919年にピアノ曲とした作曲した『グレゴリオ聖歌による3つの前奏曲』を自身で管弦楽編曲し、さらに終曲として第4楽章を加えた30分ほどの曲。年代的には『ローマの松(1924年)』と『ローマの祭(1928年)』の間に位置し、大編成なこともレスピーギらしく、ピアノ、ハープ、チェレスタのほか、パーカッション群としては、ティンパニ、シンバル銅鑼3(ドラ。大・中・小)、大太鼓、鉄琴が用いられている。管弦楽編曲に際して、次の4つの表題も付与された。

1.エジプトへの逃避、2.大天使ミカエル、3.聖クララの朝の祈り、4.偉大なる聖グレゴリウス

「エジプトへの逃避」は、クラリネットによる哀感ある印象的な旋律に始まり、チェロ群が東洋的な旋律を奏でるが、伊福部昭さんを連想して興味深かった。

「大天使ミカエル」は賑やかに開始するが、中間部でのトランペットのソロが印象的で、奏者はパイプオルガンの横で(上がって)演奏した。

「偉大なる聖グレゴリウス」では、『ローマの松』を想わせる曲想があり、最後は「これでもか」という位の大音響の連続により終わる。聴き応えのある魅力的な曲だ。

休憩後の後半は、

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3.ブラームス:ドイツ・レクイエム

第7曲(終曲)の温かく美しい演奏は、この曲が死者のためのミサ曲と言うより、全体が一つの賛美歌のような、平和と安寧を希求する讃歌の様な曲であることを示してくれる演奏だった。

パッションの点では、第6曲後半のフーガからエンディングにかけての各パートの充実感と音の総和が素晴らしく、迫力があった。終盤、317小節からアルトが開始して、テノールに繋ぐ部分も美しかった。

「フィンランディア」のところで書いたように、ソプラノの響きが美しく、しかも突出していない良さがあり、誠実さと愛を感じさせる魅力があり、男声も、特にテノールのトーンが明るくソフトで力みが皆無で素敵だ。

ただ、曲自体が、全体的に平和に満ちたような明るく穏やかな曲想ではあるが、第2曲等、場面によっては、平穏過ぎる感じもあり、もう少し「トンガリ」感、鋭角的な響き、アクセント~1つの音にではなく、フレーズや小節の単位の中における強調という意味でのアクセント~が、もっと欲しいと思う部分は少なからずあった。

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混声合唱団における男女比の問題について

この日の「コール・ミレニアム」の人数は、ソプラノ43名、アルト32名に対して、テノール13名、バス23名。

これであと、テノールに10人、バスに5人いたらなあ、と思う場面が少なからずあった。

第7曲(終曲)103小節からのテノールなど、とても美しいのだが、もう少し声量があると更に良かったので「モッタイナイな」と思う。

男声の統一感は美しいが、どこか、「まずは整えよう。そうしないと声量的に女声に伍することができない」という思いが有るかの如くに感じてしまった。

女声は人数的に余裕がある分、潜在意識的に伸び伸び歌えているように感じられ、その結果として、アンサンブルに活力が生まれている、そんな様に感じられた。

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昨今、多くの混声合唱団に存在する問題が、若い人が少ないという高齢化問題だけでなく、男声の人数の少なさ、男女比のアンバランスの問題だ。これだけ立派な合唱団でも、男女比のバランス問題が存在しているというのは、そのまま、日本の合唱界の状況を象徴しているようでもある。

最後になってしまったが、ソリストに関する感想を書かせていただき、文を終えたい。

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森谷真理さん

豊かな声量は、オケ、大合唱の中でも、凛として、あるいは表情豊かに会場一杯に広がる。

歌声の質感は、スケール感あるオペラティックな歌唱だが、森谷さんは、ヘンデル等のバロックや、モーツァルト等の古典曲にも積極的に取り組まれていることもあってか、ブラームス固有の堅固な構成感の中であっても、古典的様式にピタリとハマル感じが魅力的で、また、ブラームスの母親に対する愛のような慈愛も感じさせてくれる素晴らしい歌唱だった。

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大沼 徹さん

大沼さんの特徴や魅力として普段から感じていることは、楽天的な明るさと軽やかなソフト感があり、自由自在さがある、ということ。この、ある種、リート的感性とアプローチが、この曲に合っているかどうかという点では、人によっては、更に厳格で重厚感ある歌声を望む人もいるかもしれないが、それだけユニークで、魅力ある存在感を示された歌唱だったと言えると思う。

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前半も含めて、オケも立派な演奏を聴かせてくれたし、何よりも、合唱、オケ、ソリストの皆さんが、大曲を含む各曲を演奏すること自体を楽しんでいることが伝わってきた素晴らしいコンサートだった。

お疲れ様でした。

2024年3月20日 (水)

マタイ受難曲~メンデルスゾーン版演奏会を聴いて

リベラル・アンサンブル・オーケストラ第18回演奏会

今でこそ「至宝」、「最高の音楽遺産」と絶賛されるが、作曲後は約100年間も忘れられた状況が続いた。これを、メンデルスゾーンが1829年にベルリンで、1841年にライプツィヒで演奏して復活、復権させた。その功績は偉大だが、このときは、カットやアレンジ、楽器の変更等を施した内容による公演だった。

1841年の公演をベースとした「メンデルスゾーン版」は、近年ベーレンライター社から出版され、その最新版である2023年11月に出版された楽譜に基づく公演があったので拝聴した。

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結論的には「メンデルスゾーン版」には、下記のとおり、カットを含めた多くの問題があり、現在では逆にこの版が「忘れられた」状態であることが納得できた次第。

現在、広く一般に演奏されている全曲版による演奏こそ偉大なる「マタイ受難曲」だと再認識できた。もちろん今回、「メンデルスゾーン版」を演奏して知らしめていただいた意義は大きいし、その取り組みに対しては大いに敬意を表します。

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リベラル・アンサンブル・オーケストラ(Liberal Ensemble Orchestra)の第18回演奏会を、3月20日午後、第一生命ホールで拝聴した。ベーレンライター新版日本初演と銘打たれている。

指揮は、和田一樹さん。アマオケ等でマーラーもしばしば指揮されている。

合唱は、LEO合唱団。ソプラノ10名+下記ソリスト高橋美咲さん、アルト5名+下記ソリスト齊藤日向さん、テノール3名+下記ソリスト佐保佑弥さん、バス4名+下記ソリスト玉山彰彦さんの合計26名。

室内オケの「リベラル・アンサンブル・オーケストラ」は、2014年4月に設立。「立教大学交響楽団の卒業生を中心に、現在は社会人オーケストラとの協力関係、プロ・アマを問わない演奏家との出会いを通じて、メンバーを拡大中」とのこと。

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福音史家:小嶋陽太

イエス:木村雄太

ユダ、大司祭、ペトロ、ピラト:森 翔梧

ソプラノ:高橋美咲

アルト:齊藤日向

テノール:佐保佑弥

バス:玉山彰彦

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メンデルスゾーン版の問題点について

復活公演の意義は偉大だが、メンデルスゾーンは自身で率いていた市民オーケストラと合唱団により度々演奏していきたい、という観点からの変更だったということが基本にある。

その主な点は、カット、楽器の変更、役割分担の変更、と言える。

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1.カットについて

カットされた概要は以下のとおり。

第13曲ソプラノによるアリア「あなたに心を捧げたい~」。第17曲コラール「あなたの傍に居させてください~」。バスによる第22のレスタティーヴォと第23曲アリア「喜んで私は心を鎮め~」。第32曲コラール「この世は、私の目の前で、偽りの裁きをした~」。テノールによる第34のレスタティーヴォと第35曲アリア「耐え忍ぼう!~」。第40曲コラール「たとえあなたのもとを去ろうとも~」。エヴァンゲリストによる第43のレスタティーヴォの8割およびそれ以降ピラトとのやりとりの一部。第44曲コラール「あなたの道を委ねるのです~」。第45からのエヴァンゲリストとピラトとのやりとりの一部。第46曲コラール「なんと信じがたい罰を!~」。第52曲アルトによるアリア「涙に頬を濡らしても~」。バスにより第56のレスタティーヴォと第57曲アリア「おいで、甘き十字架よ~」。エヴァンゲリストによる第58のレスタティーヴォの7割。第60曲の合唱を伴うアルトによるアリア「見なさい!イエスが手を差し伸べている~」。エヴァンゲリストによる第63のレスタティーヴォの6割。エヴァンゲリストによる第66のレスタティーヴォの2割。

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このように、合唱がだいぶ削られているし、ヴィオラ・ダ・ガンバを用いていない関係で、テノールによる第35曲のアリアと、バスによる第57曲のアリアがカットされている。また、名アリアの一つである第52曲のアルトによるアリアもカットされているのは残念なことだ。

これにより、演奏総時間は短くなり、約2時間40分が2時間ほどの演奏となる。

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2.楽器の変更

メンデルスゾーンの時代では、既にこんにちの楽器とほぼ同じ(少なくともそれに近い)モダンな楽器がメインとなっていたため、使用(対応)楽器の変更がなされている。フラウト・トラヴェルソではなくフルート、通常のオーボエ、ファゴットのほか、オーボエ・ダモーレとオーボエ・ダ・カッチャに替わってクラリネットが使われているし、ヴィオラ・ダ・ガンバは用いていない。したがって、カットで述べたように、それを使用した第35曲と第57曲のアリアは演奏されない。

一番の問題点は、チェンバロを用いていない点だ。レスタティーヴォは2人のチェロが奏したが、これは全くもって「いただけない」。オルガンかチェンバロでないとダメだ。

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3.役割分担の変更

第39曲のアルトによる有名なアリア「どうかお憐れみくだい~」をソプラノが歌った。第42曲バスによるアリア「私のイエスを返してくれ!~」では、第2オケのヴァイオリントップではなく、第1オケのトップ=コンマスが演奏。アルトによる第59のレスタティーヴォ「ああ~ゴルゴタよ~」はソプラノに替わった。

これらに関しては強い違和感はなく、それはそれで、なかなか良かった。

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合唱について

とても良かった。特に男声。とりわけテノール。ソリストの佐保さんが加わっていたとはいえ、とても4人の声とは思えないほど、よく聞こえていた。

場面によっては、少人数ゆえ、オケの音に負けがちな場面も幾つかあったし~そういう場面では、むしろオケが大音量過ぎた~第27(a)「はなせ!やめろ!縛るんじゃない」では迫力あったが、第45(b)「十字架につけろ!」はやや弱いなど、場面での工夫の必要性を感じた点もわずかながら有った。それでも総じて立派な合唱だった。

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ソリストに関する感想

福音史家:小嶋陽太さん

最も重要な役だけに、残念ながら「役不足」と言わざるを得ない。声が子供っぽく優し過ぎる。幼い印象を受ける声で、声量も弱いから、全て「独り言」のように聞こえた。ドラマの展開を伝え、率いていく役としては弱すぎる。声のトーン自体には魅力もあるし、今回、恐らく初めての大役だっただろうから、今後もこの役に挑戦する機会があるとしたら、経験を積まれていけば、もっと役に相応しい語りになっていくかもしれない。

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イエス:木村雄太さん

誠実さと若々しさを感じるイエスで、どの場面も意志的な歌唱が良かった。

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ユダ、大司祭、ペトロ、ピラト:森 翔梧さん

よく響く、とても素晴らしい歌声。重厚感はあるが重過ぎず、気品がある歌唱だった。

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ソプラノ:高橋美咲さん

インパクトのある声。ややヴィブラートが多すぎる感もしたが、魅力的な歌唱だった。

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アルト:齊藤日向さん

素晴らしいアルトだと思う。役にも相応しかったし、今後が楽しみだ。

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テノール:佐保佑弥さん

声量ある、よく響く声。トーンだけで言うなら、この人こそ、エヴァンゲリストをやって欲しかったと思った。

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バス:玉山彰彦さん

威厳と品格のある、とても魅力的な声。声量は敢えて控えていたのかもしれないが、もっとあると更に良かったと思う。

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今後もこの版で聴いてみたいとは特に思わない。従来の全曲版こそ重要。

それでも貴重な、意欲的な演奏に、心から拍手を送りたい。

2024年3月19日 (火)

中 恵菜さん~ヴィオラリサイタル

新日本フィルハーモニー交響楽団の首席奏者という、ありきたりな紹介よりも、「今、最も格好良いヴィオラ奏者」と言いたい中 恵菜(めぐな)さんのリサイタルを3月19日夜、フィリアホールで拝聴した。

ピアノは桐朋学園の1年後輩、原嶋 唯さん。初めて聴いたが、とても良いピアニスト。

中さんのソロリサイタルは、昨年11月、東京オペラシティ主催の「B→C バッハからコンテンポラリー」で聴いているし、同年7月には、構成メンバーである「カルテット・アマービレ」を聴いている。この日のプログラムは以下のとおり。

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1.ラフマニノフ:ヴォカリーズOp.34-14

2.武満 徹:鳥が道に降りてきた

3.プロコフィエフ(ボリゾフスキー編):ロミオとジュリエットより6曲

(休憩)

4.加藤昌則:未在の庭(ヴィオラとピアノのための)

5.ヒンデミット:ヴィオラとピアノのためのソナタOp.11-4

6.ピアソラ:ル・グラン・タンゴ

アンコール~モリコーネ:ガブリエルのオーボエ

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感想

1.ラフマニノフ:ヴォカリーズOp.34-14

ノーブルな音。後半に移行する中、しだいにテンポを揺らし、エスプレッシーヴォな演奏に移行して行くのが良かった。

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2.武満 徹:鳥が道に降りてきた

武満さんが亡くなる前年の1995年、今井信子さんに献呈された5分ほどの曲。

ピアノは、間合いをもって断片的な和音を奏するが、美しい音と言ってよく、基本的には調性をベースにしていることを示している。

ヴィオラは、最初の4分ほどは完全無調。激しい「スル・ポンティチェロ」奏法、重音、ハーモニクスなどを交えながら、広い音域の中で、強弱の対比とクレッシェンドとディミヌエンドの交差による細やかなダイナミクスが頻出するのが、いかにも武満さんらしい。

最後の約1分間においては、メロディーが出現する。移動ドで言うと「ソ~ラ~ド~ラ」という音階が顕著だったし、エンディングのハーモニクスも美しい調性が保たれていた。

中さんの現代曲における技術の凄さとアプローチの深さは、先述の「B→C」で知っているが、この曲でも、例えば、アップボーイングによる弓先でのスフォルッツァンド→Pのニュアンスなどは素晴らしく、その1音だけでも、彼女が如何に優れた奏者であるかが確認できた。

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3.プロコフィエフ(ボリゾフスキー編):ロミオとジュリエットより

プロコフィエフが1936年に完成させた4幕52曲から構成される作品だが、旧ソ連のヴィオラ奏者だったヴァディム・ボリゾフスキー(1900~1972)が、プロコフィエフの許可を得て、13曲をヴィオラとピアノのデュオ用に編曲した中から、次の6曲を演奏。全体的に、とても良いアレンジだった。

(1)前奏曲、(2)街の目覚め、(3)少女ジュリエット、(4)騎士たちの踊り、(5)マキューシオ、(6)バルコニー・シーン

演奏は(2)でのピッツィカートの音が美しかったほか、(4)での有名なテーマは、ゆったりと重々しく演奏。中間部および次の(5)での「スル・ポンティチェロ」が印象的。

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休憩後の後半。この日、中さんは初めてマイクを手にし、原嶋さんも含めて短い挨拶をされた。そして、

4.加藤昌則(1972~):未在の庭(ヴィオラとピアノのための)

7分くらいの曲。ゆったりとした抒情性を基盤としながらも、時折、ハーモニクスや「スル・ポンティチェロ」を交えながら進行。ハーモニクスでのエンディングも印象的だった。

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5.ヒンデミット:ヴィオラとピアノのためのソナタOp.11-4

ヴィオラ奏者にとっては「定番」と言える1919年作の名曲。パウル・ヒンデミット(1895~1963)24歳のときの作品。16分位の曲。名曲の名演奏。

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6.ピアソラ:ル・グラン・タンゴ

アストル・ピアソラ(1921~1992)が、1982年にロストロポーヴィチのために作曲したチェロとピアノのための作品が原曲。11分くらいの曲。

ピアソラ独特のトーンが終始色濃く漂う作品。前半は、タンゴと言うより、抒情的でパッションあるエレジー的な曲想。後半は、ノクターン的なテイストを感じさせながら、次第に「タンゴ」に移っていく曲想が見事。

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アンコール

映画『ミッション』で使用されたエンニオ・モリコーネ作曲の楽曲『ガブリエルのオーボエ』(Gabriel's Oboe)は、サラ・ブライトマンが1998年、イタリア語の詞をつけて歌った「ネッラ・ファンタジア」(Nella Fantasia「私の空想の中では」)としても知られる。

中さんが、誰による編曲で演奏したのかは判らないが、短いヴァリエーション的なスタイルによるアレンジだった。

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美人であるとかスタイルが良いとかは、中さんの一要素に過ぎない。

もし、ヴィオラに、ヴァイオリンと同じ数くらいの協奏曲やソロ曲があったら、いや、せめて、チェロの曲ほどのソロ曲があったとしたら、中さんはソリストとしても十分活動していけるほどの優秀な奏者だと思う。今後、益々の活躍が楽しみだ。

2024年3月16日 (土)

小林沙羅さん&福間洸太朗さん「ドイツ・リートへの誘い」第1回(全3回)

小林沙羅さんが、都立武蔵高校時代の1年先輩であり、当時から既に名手として在校生の間で知られていたというピアノの福間洸太朗さんとともに、今後3年にわたり「ドイツ・リートへの誘い」と題したシリーズを企画され、その第1回公演を3月16日午後、フィリアホールで拝聴した。

2人はこれまで何度も共演されている。直接的には、東日本大震災後の2012年以降、毎年のように、石巻でチャリティーコンサートや学校での激励コンサートを開催されてきたし、私も過去2回拝聴している。

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純粋なデュオ・リサイタルとしての初回だった2015年11月三鷹市芸術文化センターでのコンサートと、遡って同年6月の一橋大学兼松講堂におけるコンサート~これは、デュオの他、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番や、合唱幻想曲なども盛り込まれた特別企画の公演~この2つだ。

その後、お2人とも益々多忙になられたこともあり、それ以来の共演だと思う。

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第1回としての選曲は、ワーグナーから多大な影響を受けた作曲家としての4人、グスタフ・マーラー、アルマ・マーラー、リヒャルト・シュトラウス、フーゴー・ヴォルフ、そして、ワーグナーの5人の作品。プログラムと感想は下記のとおりだが、特定のコンセプトを掲げた特色あるリサイタルの場合、特にそうした設定や意図無くバラエティに富んだ公演と違い、その作曲家の作品を歌いこなし、特色を表出する力量や思いの度合い、スタンスの特色等が必然的に問われることになるので、歌手としても、ある種「覚悟」をもって臨むステージとなると拝察する。

今回、小林沙羅さんは、そうした特色や技量等を十分に示した魅力あるリサイタルだったと思う。

譜面台を置いての歌唱はアルマの曲とワーグナーのみで、他は完全暗譜。自身が対訳された歌詞冊子付という意欲的なプログラムの構成内容は以下のとおり。

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1.グスタフ・マーラー

歌曲集『若き日の歌』より「春の朝」、「思い出」

歌曲集『子どもの不思議な角笛』より「ラインの昔話」、「トランペットが美しく鳴り響くところ」

2.アルマ・マーラー

歌曲集『5つの歌曲』より「私の父の園に」

3.リヒャルト・シュトラウス

「万霊節」Op.10-8、「解放」Op.39-4、「セレナーデ」Op.17-2、「ツェツィーリエ」Op.27-2

(休憩)

4.フーゴー・ヴォルフ

『メーリケ歌曲集』より「彼だ!」、『ゲーテ歌曲集』より「ミニヨン〜知っていますか?あの国を」

5.リヒャルト・ワーグナー

『ヴェーゼンドンク歌曲集』~「天使」、「止まれ、静まれ!」、「温室にて」、「苦しみ」、「夢」

アンコール

1.ヴォルフ:私の恋人はペンナに住んでいる

2.R・シュトラウス:何も!Op.10-2

3.R・シュトラウス:献呈Op.10-1

4.シューマン:献呈Op.25-1

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個別の感想に先立ち、全体の印象や、沙羅さんの個性について改めて触れてみる。

「無垢な童声と大人なトーンの共存、その使い分け、あるいは自然な移行」というようなことは、これまで何度か書かせていただいている。

今回は感じたことはそれに加え、「瑞々しく艶やかで伸びやかな響き」、「溌剌とした果敢さ」、「語りの要素と流麗感の共存その使い分け」、「知的な入念さを基盤としたコントロールの巧みさ」、というような言葉を思い付いた。

個別の中で、どの要素を強く感じたかは、なるべく記載したいが、今回の多く曲に関して、私は特別に詳しくはないので、あくまでも曲自体の心象と、それに対する沙羅さんのアプローチだとして感じたこと、というような記述とさせていただきたい。

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1.グスタフ・マーラー

歌曲集『若き日の歌』より「春の朝」

ピアノの序奏部分に不思議な音を混ぜているのが面白い。

沙羅さんの声の響きが美しい。いきなり他の歌手の事を絡めるのはいかがなものかと思うし、両者に対しても失礼かとは思うが、私には以下のことは今回「意外な発見」だったので、書かせていただきたい。

「藤村実穂子さんが2013年に録音した歌唱と、トーンが似ている」と思った。もちろん違いはある。藤村さんはシックで落ち着きのある点が魅力だし、沙羅さんは艶やかで伸びやかな歌唱が魅力だ。それでも、トーンに共通要素があると感じた。こう言うと、「いや、藤村さんはメゾでしょ」と言う人もいるだろう。けれど、私はソプラノとかメゾとかの区別にはあまり興味は無いし、本質的なことではないと感じている。

森谷真理さんにはメゾの要素があるし、ガランチャさんや藤村実穂子さんにはソプラノの要素がある。全ての歌手には様々な要素があり、それが渾然一体となって、その人の個性を創り出しているに他ならない。とはいえ、私の頭の中にも「藤村さんはメゾ」という思いがあったゆえ、係る「発見」をしたのだろうと正直に言わねばならない。

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同「思い出」

伸びやかで凛とした沙羅さんの歌唱。「私のところにやってくるのだ!」の部分でのクレッシェンドも良かったし、それに続き、エンディングに向かう弱音のトーンも~福間さんのピアノも含めて~印象的だった。

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『子どもの不思議な角笛』より「ラインの昔話」

童声の要素による音域の行き来の激しさは、愉悦感とともに、諧謔性をも感じさせ、面白かった。

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同「トランペットが美しく鳴り響くところ」

しっとり感の曲想の中、「春の朝」同様、ピアノが意外と変わった和音を時折響かせるのが興味深い。

様々なニュアンスのある曲想だが、沙羅さんの歌唱では、特に「泣かないで、最愛の人よ~」の場面での抒情性が素晴らしかった。

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2.アルマ・マーラー

歌曲集『5つの歌曲』より「私の父の園に」

曲自体、ピアノにおいても歌においてもユニークな転調や即興的な変化が面白く、未成熟な作曲技法ゆえに結果的に生じる多彩な曲想が面白い。

この「難曲」を、沙羅さんは伸びやかに楽々と歌い、高度な歌唱技術を証明する結果となっていたのが印象的だった。

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3.リヒャルト・シュトラウス

「万霊節」Op.10-8

童声的な要素と、知的なアプローチを感じさせる歌唱だった。

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「解放」Op.39-4

トーン変化、音域の変化、ニュアンスの変化等、歌うには難しい曲だと思った。そうした様々な要素や変化を、しっかり伝えてくれる歌唱だった。

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「セレナーデ」Op.17-2

前半では、明るい童声的要素が生き、後半での広がりとダイナミズムも良かった。

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「ツェツィーリエ」Op.27-2

物語としての「語り」の要素と、雄大な歌唱の融合。熱唱と言える見事な歌唱だった。

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休憩後の最初は4.フーゴー・ヴォルフ

『メーリケ歌曲集』より「彼だ!」

快活さと語りの要素の交差が良く、流動感あるピアノも良かった。

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『ゲーテ歌曲集』より「ミニヨン〜知っていますか?あの国を」

情感溢れる抒情性。瑞々しい歌声。素晴らしかった。

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5.リヒャルト・ワーグナー『ヴェーゼンドンク歌曲集』

「天使」

「大人なトーン」での「しっとり感」が素敵。

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「止まれ、静まれ!」

「エスプレッシーヴォ全開」と言うべき、情感溢れる見事な歌唱。

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「温室にて」

短調による神秘的な曲想における独白的は語りが印象的。

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「苦しみ」

感興に応じた表現力。力強さもあった。

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「夢」

単語一つ一つを大事にしていることが伝わる歌唱で、しっとりとしたロマン性の中で、その言葉の意味を伝える表現力が印象的だった。

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アンコール

ヴォルフの「私の恋人はペンナに住んでいる」

歌自体も歌唱もコケティッシュな面白さ全開。

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R・シュトラウスの「何も!」

知的な表現力と艶やかな歌声が素敵。

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R・シュトラウスとシューマンの「献呈」を最後に置いたのは名案だと思う。

いずれも情感深い、格調高い歌唱だった。

来年の第2回も、今から楽しみだ。

2024年3月15日 (金)

ケフェレックさんのベートーヴェン~ピアノ協奏曲第1番

アンコール曲~ヘンデルの「メヌエット」の哀愁と美しさ

大の日本贔屓だからというわけではないにしても、アンヌ・ケフェレックさんの根強い人気の凄さに改めて驚いた。平日の午後にもかかわらず、すみだトリフォニーホールは1階だけでなく、各階、満席に近い入りだった。

上岡敏之指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を3月15日午後、同ホールで拝聴した。プログラムは、

1.ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調Op.15

2.シューベルト:交響曲第8番ハ長調「グレイト」D.944

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1.ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番ハ長調Op.15

オケは小編成。例えばヴィオラは6人。コントラバスは3人。

第2楽章はもちろん、第1楽章を聴いている段階で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中で~第4番以上に~最もロマンティックな曲がこの第1番なのだ、と初めてそう思った。そう思わせてくれる演奏だった。武満徹さんが言った「ハ長調こそ美しい」も関係しているかもしれない。冒頭のオケの開始。とてもソフトなsotto voceが素敵。

ケフェレックさんの演奏は、愉悦感あるベートーヴェンのこの曲であっても、常にエレガント。終始、徹底したエレガントな演奏だった。

自然体にしてソフトでまろやかな音とフレージング。明るく、温かく、チャーミング。エレガントの極み。流動感はもちろんあるが、常に余裕と気品がある。

第3楽章はもちろん躍動感とダイナミズムが加わるが、基本的スタンスは変わらない。

上岡さんの指揮も、ソフト感を大事にした、強弱やトーン変化を徹底させた良い指揮だったが、オケからケフェレックさんにパッセージが移るとき、毎回、大きなキューをケフェレックさんに出していたのは「いただけない」。新人ピアニスト相手じゃあるまいし。

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盛大な拍手と歓声に応えてのアンコール曲は、ヘンデル~ケンプ編曲~「メヌエット」ト短調。

誰よりもゆったりとしたテンポで、開始数小節間で、まるで哀愁あるフランス映画の世界が広かったようだった。思わず目頭が熱くなった。

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ケフェレックさんは、コロナ禍以前は、「ラ・フォル・ジュルネ」の常連で、ほぼ毎年来日されていた。サインをいただいただけでなく、会場の東京国際フォーラムで散歩されているケフェレックさんにバッタリ遭遇したりもした。

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今日の終演後のサイン会では、私はベートーヴェンのソナタ30~32番のCDを買い、順番が来たとき、ケフェレックさんに、「この3曲は、昨年のラ・フォル・ジュルネでの演奏を聴きました」と英語で伝えると、ニッコリされた。76歳とご高齢ではあるが、出来得る限り、これからも来日を重ねて欲しい。

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2.シューベルト:交響曲第8番ハ長調「グレイト」D.944

休憩後の「グレイト」は、「上岡さんだから「普通」は無い」が事前に想像できたにしても、テンポもニュアンスも私の好みではない。感想を書かなくてもよいが、一応、感じた点等を記載する。

第1楽章冒頭のホルンは、自由に吹かせた感があり、それはそれで了解。ただ、速めのテンポでの序奏部において既に、古典的なアプローチを基盤としたいのか、ロマン的な志向かが不明。アレグロ主部に入っても、付点四分音符をリズミックに弾ませるのではなく、レガートに近かったのは、それはれで構わないが~ジュリーニもやっている~いささか刺激的な強弱変化に特徴がある程度で、せかせかとしザハリッヒな心象しか感じなかった。要するに「全てが中途半端」と感じた。

第2楽章は、更に私が嫌いな速いテンポ。ロマンもへったくれもない。

第3楽章、第4楽章は特にコメントする気もないが、エンディングでは、ディミヌエンドさせてのロングトーンで終わらせた。一時期、話題になった「シューベルトにおけるアクセントとディミヌエンド(の書き間違い、あるいは不鮮明)論」をここでもって来たわけだ。

これをベーム等、過去の巨匠たちが聴いたらどう思うかは、興味深いところだ。

終演後の客席は最大な拍手と大歓声。私との感想の違いが、逆に面白い。

2024年3月10日 (日)

東京オラトリエンコール「マタイ受難曲」

「マタイ受難曲」を聴き終えた後の感動は、何物にも代えがたく心の奥深くに沈み、広がり、熱くなる。冒頭からの第1曲を聴いている段階で、いつも感涙を禁じ得ない。理由は自分でもよく解らないが、

「ああ、生きていて良かった」と思う。そんな曲は、それほど多くないと思う。

東京オラトリエンコールの第30回演奏会を3月10日午後、第一生命ホールで拝聴した。

初めて聴かせていただいた合唱団。指揮者で、この合唱団のコーラスマスターの岡本俊久さんにより、1995年3月に設立。これまで、ライプツィヒを中心にドイツで8回も演奏(旅行)も実施されてきたというから驚くし、「マタイ受難曲」の演奏は今回で3回目とのことで、後述のとおり、オーソドックスなテンポによる誠実で温かな演奏で、とても良かった。

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まず、ソリスト等、出演者名を記載し、次に合唱団の印象等、そして、ソリストの演奏に関する感想をもって締めくくりたい。なお、福音書記者(福音史家)については、文中では「エヴァンゲリスト」と表記させていただくのと、配布されたプログラムでは、例えば、田中俊太郎さんについては単に「バス」と記載されているが、他のソリストも含めて、実際に歌われた役割分担も下記のとおり記載します。

なお、いわゆる「ソプラノ・リピエーノ」は児童合唱ではなく、岡本俊久さんが指導されている埼玉大学合唱団の9名が歌いました。

この曲の主役、鈴木 准さんによるエヴァンゲリストは、後述のとおり実に素晴らしく、今回の成功の大きな要因と言えます。

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指揮:岡本俊久

福音書記者:鈴木 准

イエス:原田 圭

ソプラノ、ピラトの妻、女中Ⅰ:柏原奈穂

アルト、証人Ⅱ、女中Ⅱ:谷地畝晶子

テノール、証人Ⅰ:渡辺 大

バス、ユダ、ペトロ、大司祭:田中俊太郎

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オルガン:小林英之

チェンバロ:今井奈緒子

管弦楽:アンサンブル・アルス・ノヴァ

合唱:東京オラトリエンコール

リピエーノ:埼玉大学合唱団

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合唱団の人数は、第1コーラスと第2コーラスを合わせて、ソプラノが18名、アルトが12名、テノールが11名、バスが9名、と、比較的、人数バランスは良い。

見た目だと、私より歳上(70代以上)と思われる団員は、男声では約4割、女声では約7割。あくまでも見た目の印象に過ぎないが、特に女声では、ご高齢者が多くいらっしゃった。しかし、決して弱々しい歌声などではない。

合唱団によっては、加入年齢に上限を設けている団も少数派だが存在する。とんでもないことだ、と敢えて言いたい。歌える人は歌えるのだ。人によっては、若い人以上に。

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岡本俊久さんが採ったテンポは、良い意味で終始オーソドックス。どの場面でも奇をてらうことなく、自然体に誠実に進めて行く。

合唱は、特に休憩後の第2部が良く、バランスの美しさという点で特に印象的だった曲は、第32曲「私はこの世を欺き裁く~」、第40曲「たとえ私があなたから離れても~」、第44曲「あなたの道と、あなたの心の痛みを~」、第54曲「おお、血と傷にまみれ~」、第62曲「私がいつか(世を)去るとき~」、第66曲b「閣下、人を惑わすあの者が~」~この曲では躍動感も良かった。

迫力の点では、第45曲bや第50曲bの「十字架につけろ!」、第53曲b「ユダヤの王、万歳!」、第58曲d「他人は救ったのに、自分は救えない~」などが良かった。

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リピエーノの埼玉大学合唱団の女声9名は、2階の客席から見て左手で歌い、清らかな歌声を聴かせてくれた。

トップに著名な奏者を配したアンサンブル・アルス・ノヴァも素晴らしく、下記、ソリストの中で記載したい。

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福音書記者:鈴木 准さん

エヴァンゲリストは、場面の状況と展開の解説等による物語の叙述者という役割に留まらない。

イエス等から言動を引き出し、物語を展開して行く中心人物であり、オペラのレスタティーヴォのような抒情性主体ではなく、幅広い音域を激しく行き来する音句による劇的な語りであり、しかも開始間もなくから、最後の合唱の直前まで、ほとんど出ずっぱり、という労力と喉への負担を含めた、大変重要な役割を演じる。

「マタイ受難曲」の成功の鍵は、合唱以前に、指揮者の解釈や統率力以前に、エヴァンゲリストのデキ如何と言っても過言ではないだろう。

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オペラ等で何度も聴かせていただいている鈴木 准さんは明瞭でピュアな歌声。タミーノをはじめ、リリックな役所で多くに出演されているし、宗教曲での出演も多い。

この日は、青年エヴァンゲリストと言うべき若々しい声で「マタイ受難曲」の素晴らしさを際立たせ、成功に貢献された。

先述のとおり、誰よりも出番が多く、しかも、相当疲労がたまっているであろう終盤においてさえ、平然と高音が頻出する、信じられないような難易度を持つ役だ。

全体の中で、さすがに2か所ほど音程が危うい部分があったが、逆に言うと、この大曲のライヴの中で、わずかにそれだけというのは驚異的な完成度と言える。

瑞々しさに加え、第29曲の最後「このとき、弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」の寂しげなトーンの素晴らしさ。第31曲「人々はイエスを捕らえると~」や第50曲c「ピラトは、それ以上言っても~」での表現力。第61曲aのドイツ語の発音の素晴らしさ。第63曲aにおける表現力と迫力等々、本当に素晴らしいエヴァンゲリストを演じられた。

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イエス:原田 圭さん

終始、温かく穏やかで安定した歌唱により、人間的で優しいイエスを感じさせる歌唱で、とても良かった。よって、どの部分が特に、というような事ではなく、全体として終始、そのトーンが保たれていたし、それは、このイエスという役においては、とても重要な事だと、改めて感じさせ、認識させてくれる歌唱だった。

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アルト、証人Ⅱ、女中Ⅱ:谷地畝晶子さん

谷地畝晶子さんと言えばバッハ、バッハと言えば谷地畝晶子さん、というのは、バッハファンの中では常識と言えるほどの名歌手。この日も含めて、いつ聴いても安定感と穏やかな気品が素晴らしい。

「マタイ受難曲」の中で最も有名なアリア第39曲「憐れんでください、私の神よ~」での第1ヴァイオリンのソロは、大ベテランの恵藤久美子さん。樫本大進さんの師匠でもある。実兄は堤 剛さん。そのソロと歌唱の素晴らしさを堪能。

長大なアリア第52曲「私の頬の涙が~」も素晴らしく、ここでは、第2オケのヴァイオリン群の合奏も良かった。

前後するが、第6曲「悔い改めと悔恨が~」、第2部最初の合唱Ⅱとの第30曲「ああ!私のイエスは行ってしまう!」も、もちろん素晴らしかった。

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バス、ユダ、ペトロ、大司祭:田中俊太郎さん

外見も格好良いが、声も重厚感(それでいて重々し過ぎない)と「ハンサム感」のある、とても魅力的な歌声だった。

ユダ、ペトロ、大司祭の歌い分けも良かったし、バスのソロとしては、第42曲「私の許に私のイエスを返してください!~」では、第2ヴァイオリントップの中村静香さんのオブリガート演奏も素晴らしかった。中村静香さんは1983年の日本音楽コンクールで優勝したときから格好良かったが、毎年、サイトウ・キネンの常連として名前を見ない年は無いし、この日も、ボーイングの格好良さも含めて、颯爽たる演奏で実に見事だった。

前後するが、第23曲「喜んで私は心を鎮め~」、ヴィオラ・ダ・ガンバとの長いアリア第57曲「来い、甘い十字架よ、と私は言いたい!」、希望さえ感じる長く素晴らしいアリア第65曲「私の心よ、自らを清めよ~」~この曲では第1オケの合奏も良かった~等々、いずれも素晴らしい歌唱だった。

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テノール、証人Ⅰ:渡辺 大さん

渡辺 大さんも何度も聴かせていただいているテノール。いつもながらの瑞々しい美声で、渡辺さんによるエヴァンゲリストもいつか聴いてみたいと思った。

第20曲「私はイエスの傍らで起きています~」や、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロを伴う第35曲「忍耐、忍耐!~」も良かった。

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ソプラノ、ピラトの妻、女中Ⅰ:柏原奈穂さん

この日、唯一「問題」を感じたのは柏原奈穂さんの歌唱。感情移入が過ぎたのか、ノドの調子自体に何か問題があったのかは分からないが、第1部では、音程が不安定な部分が多かった。

それでも第27曲aでのアルトとの二重唱は良かったし、第2部第49曲のアリア「愛ゆえに~」は、その繊細さにより特徴が滲み出た歌唱で、印象的だった。第1オケのフルートのソロも良かった。

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それしても、何という偉大な曲だろう。

バッハの傑作であることに留まらず、人類が獲得できた至宝の一つを堪能した喜びは、とてつもなく大きい。

2024年3月 8日 (金)

ひばり弦楽四重奏団~ベートーヴェン全曲演奏会vol.9

昨今、日本人による弦楽四重奏団の活躍が顕著だ。今や牽引する立場とも言えるベテランのクァルテット・エクセルシオや、若手ではウェールズ弦楽四重奏団、カルテット・アマービレ、クァルテット・インテグラ等々、優秀な演奏を聴かせてくれている。

その中でも、ひばり弦楽四重奏団は極めて優秀にして、パッション溢れる音楽を聴かせてくれるカルテットで、下記のとおり、構成メンバーにおいても特色ある存在だと思う。

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特色に関して

世代論のような事を強調する気はないが、多くのプロオケも世代交代が進み、アマオケも若い人を中心とした優秀なオケが増えており、特にアマオケにおいては、様々な世代から構成されたオケは少数派になりつつあるような気がする。

弦楽四重奏団でも、ベテラン組や若いメンバー組を問わず、多くは、それぞれ「同世代同士で結成された団」が主流と思えるが、2018年に結成された「ひばり弦楽四重奏団」は違う。

漆原啓子(第1ヴァイオリン)、漆原朝子(第2ヴァイオリン)姉妹という、今や指導的立場にもあるベテラン奏者に加わったのが、神奈川フィルハーモニー管弦楽団首席ヴィオラ奏者の大島 亮さんと、NHK交響楽団首席チェロ奏者の辻本 玲さんだ。

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美しく明るく艶やかな音の啓子さんと、シックで充実の内声で応じる朝子さんによる演奏は、「風格」と評したいほどの完璧な安定感と、清らかで瑞々しい魅力がある。

これに、パワフルでパッションに溢れた辻本さんのチェロと、存在感溢れる充実の音を奏でる大島さんのヴィオラが加わる魅力と効果は絶大で、ベテラン世代と若手世代という異なる2つの世代による最良にして最高の融合、強い説得力を持つコラボレーションであり、アンサンブルを生み出す要因の一つであると強く感じる。この「2つの世代がぶつかり合い、協調する中から生まれて来る音楽」は実に力強く、魅力的だ。

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ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏を行うコンサートを、あと1つ残すのみとなった第9回のコンサートを3月8日夜、Hakuju Hallで拝聴した。プログラムは、

1.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 ヘ長調 Hess 34

2.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 op.95「セリオーソ」

3.ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」

4.ベートーヴェン:大フーガ 変ロ長調 op.133

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1.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 ヘ長調 Hess 34

この編曲が演奏されるのは珍しい。正規の作品番号が無いのは、1798年作のピアノソナタ第9番ホ長調Op.14-1を、1802年に自ら編曲した作品のため。

当時、ドイツ=オーストリア圏では、ピアノ作品から他の楽器への編曲が流行していたが、ベートーヴェンはこれに対して批判的でありながらも、「是非にという求めがあり、ただ1曲だけ応じた」とされるもの。ホ長調から半音上げてヘ長調とし、当然ながら、単純な編曲というより、弦楽器の特性や語法に応じた編曲がなされている。

第1楽章は爽やかな曲想と演奏。第2楽章は爽やかさと穏やかさに、哀愁が加わる。終楽章である第3楽章も、滑らかさと颯爽とした若々しさがある曲想。

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2.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 op.95「セリオーソ」

ベートーヴェンの傑作の1つ。1810年の作品。

迫力ある第1楽章。スフォルッツァンド効果も抜群。辻本さんのチェロによる牽引力も見事。

第2楽章は、チェロの伴奏型音進行で開始することもあり、辻本さんは入念にチューニングをし直したくらいだ。

その第2楽章は神秘的にして、アクセントとその直後の「P」あるいは「PP」による演奏が印象的。

第3楽章は、迫力はもちろん、充実の音によるアンサンブルの素晴らしさを堪能。

第4楽章は、各奏者の自発性と、アンサンブルとのバランスが素晴らしかった。

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3.休憩後の後半開始は、

ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番「クロイツェル・ソナタ」

ヤナーチェクは、どの作品もユニークで面白い。トーンもリズムも、語られる語法や展開も。

トルストイの小説『クロイツェル・ソナタ』は、主人公の妻=ピアニストが、男性ヴァイオリニストとベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を演奏したことがきっかけで不倫に陥り、嫉妬した夫が妻を刺殺するという内容。

当時、69歳のヤナーチェクは、なんと38歳年下の人妻と不倫関係にあったそうで、トルストイのこの作品を基にした作品は、他にも既に2作あったとのこと。

第1楽章は、個性的なテーマ(パッセージ)が、4パートそれぞれによる奏されるのが印象的。

第2楽章は、トレモロやリズムに特色がある他、「スル・ポンティチェロ」(という特殊奏法)による曲想が印象的。

第3楽章は、第1ヴァイオリンとチェロがメロディーを奏すると、第2ヴァイオリンとヴィオラが、激しい「スル・ポンティチェロ」で応じる場面が印象的。他の部分でも、情熱的な展開がある。

第4楽章は、東洋的(あるいは、東欧的と言うべきか)なトーンが興味深く、激しさと抒情性の共存も印象的な曲。

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ベートーヴェン:大フーガ 変ロ長調 op.133

最後は、第13番としての演奏ではなく、独立しての「大フーガ」の演奏。

無機質とも言える素材を基にしながらも、堂々たる曲想と展開を構成していく、ベートーヴェンの作曲能力を示した傑作の一つ。

迫力ある演奏だったことは言うまでもないが、とかく「賑やかさだけが強調され、結局は、いささか退屈してしまう演奏も稀ではない」この曲を、ひばり弦楽四重奏団は、徹底した「美しい音」による、充実したアンサンブルを聴かせてくれたので、係るリスクは完全に排除され、素晴らしい演奏で終えた。

作品が傑作であることを示した演奏は、そのまま、ひばり弦楽四重奏団が如何に優れた弦楽四重奏団であることかを示したのだった。

2024年3月 2日 (土)

びわ湖ホール~プロデュースオペラR・シュトラウス 作曲 『ばらの騎士』

昨年3月の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」に続き、今年も琵琶湖に面した素敵なホール、びわ湖ホールでオペラを楽しんだ。

今年はR・シュトラウスの『ばらの騎士』。

昨年4月に第3代芸術監督に就任した阪 哲朗さんによるプロデュース第1弾。

管弦楽は京都市交響楽団。演出は中村敬一さん。

3月2日と3日のダブルキャスト公演の初日を鑑賞した。

森谷真理さんの大ファンとして、彼女がマルシャリンを歌うとなれば、どこであろうと聴きに行かない選択肢は私には無い。

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キャスティングは最下段に記載のとおりで、本来は元帥夫人、あるいは出番が一場多く、シュトラウスや台本作者のホフマンスタールも実質的な主役と考えていたというオックス男爵のことから書くべきだろうが、まずは、オクタヴィアンについて書きたい。

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オクタヴィアン役の八木寿子さん。

昨年の「マイスタージンガー」でもマグダレーネ役で出演されており、素敵な歌声を聴かせてくれたが、今回は主役級の一人であるオクタヴィアンということもあり、昨年にも増して強い印象を受け、とても感動した。

十分にメゾのトーンだが、重くなく、よく響く美声。秀逸なオクタヴィアン。このオペラで、この役が如何に重要であるかを改めて認識させてくれた、そういう見事な歌唱だった。

第3幕における、小間使いマリアンデに扮しての「ミヤ~ミヤ~声」も巧みだった。全てにおいて魅力的で素晴らしかった。

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元帥夫人役の森谷真理さん。

昨年の「マイスタージンガー」では魅力的なエファを聴かせてくれた。

森谷さんのマルシャリンは、高貴さを強調することより、むしろ、身分を問わず、全ての女性に共通するかもしれない、愛することと、愛されないことの間における寂しさ、その孤独感から滲み出る哀愁が常に基盤にあり、場面に応じて、大人の女性としての色気、抒情性、情感溢れるスケール感、気品ある歌唱を聴かせてくれた。

第1幕終盤での孤独感。第3幕終盤ではその孤独感を抑えて、若者たちを祝福する複雑な心理の表現力と、格調高い歌唱が素晴らしかった。

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テノール歌手役の清水徹太郎さん。

主役級ではないが、第1幕で欠かせぬ存在にして、テナーとしての聴かせどころの役である「テノール歌手」を演じ歌われた清水徹太郎さんについて、早い段階で記載したい。

今、最も魅力的なテノールの一人だと絶賛したい歌手。昨年は「マイスタージンガー」で見事なダフィトを聴き、「清水さんにこそ、ワルターを歌って欲しかった」と書いたくらい素晴らしかったのだが、今回の「テノール歌手」役での歌唱も見事の一言に尽きる。

凛として力みが全く無い美声。単に明るいトーンだけでなく、気品ある美声が素晴らしい。この役を、これほど魅力的な声で歌えるテナーは、あまりいないように思う。

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オックス男爵役の妻屋秀和さん。

この役を完璧に手中に収めたサスガの存在感。昨年のポーグナーも良かったが、出番が多く、このオペラの常に中心部分にいる存在感と、浮気者としての「小物感」溢れる演技と歌唱だった。

シュトラウスは、この役について、「過度に下品な男に描かぬよう」と求めたと言われるが、演出も含めて、「過度なくらい十分に下品」だったし、結果、とても面白かった。このくらい徹底してくれてこそ、観客としては楽しめるのだ。

第2幕最後の6小節に及ぶ低音の「E」のロングトーンも、十分聞こえていた。当然ではあるけれども。

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ゾフィー役の石橋栄実さん。

今、大活躍中で、私も比較的最近、ファンになった。先日は、新日本フィルでのマーラーの4番の歌唱がとても魅力的だった。

今回のソフィーでも美声と、オクタヴィアンとのやり取りやアンサンブルが見事で、素敵なソフィーを聴かせてくれて十分満足した。

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ファーニナル役の青山 貴さん。

昨年は堂々たるハンス・ザックスを聴かせてくれた。今回も、トーンの温かな統一感と、娘思いの優しい父親像を感じさせてくれる、魅力的なファーニナルだった。

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今回は、ヴァルツァッキ役の高橋 淳さんや、3日でのオックス男爵役の斉木健詞さんなど、びわ湖ホールの常連のほか、特に同ホールの「声楽アンサンブル」のソロ登録メンバー歌手が多く起用された点にも公演の特色が出ており、新しい芸術監督としての阪さんの意図、思い等が感じられて印象的だった。

3日のオクタヴィアン役の山際きみ佳さんは大抜擢かと想像するし、先述の清水徹太郎さんや、料理屋の主人役、山本康寛さんも声楽アンサンブル・ソロ登録メンバーだ。

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京都市交響楽団。

とても素晴らしい演奏の連続。昨年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」はステージ上での演奏だったが、今回はピット。第1幕では、音がピット内だけで響いている感じがして、もっと客席に広がって欲しいと感じたが、これはオケの問題というより、ホールの問題かもしれない。

もっとも、第2幕以降は、どんどん響きの浸透度が深まり広がる感じがしたので、むしろ、オーケストレーションに関する問題なのかもしれない。

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阪さんの指揮は、ドイツを中心に、欧州の多くの歌劇場で指揮されてきたキャリだけに、熟練のタクト。

1月の山形での「椿姫」では、進行において、あまり間合いを置かず、どんどんと、強いて言えば、セカセカとテンポも歩みも進めて行った印象を受けたが、今回は場面に応じて、たっぷりとした間合いやテンポ設定が素敵だった。

有名な第3幕のエンディグに向かう三重唱と二重唱も、ゆったりとしたテンポ設定がとても良かった。

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作品について改めて感じたこと

過剰なまでの音たち。すなわち、18世紀、19世紀のオペラと違い、多くの場面において、歌の旋律とはまるで関係無いような、歌をなぞりもせず、オブリガート的ですらなく、独立した音楽の様に次々と流れていく。

しかし、結局、見事なまでに、歌たちを飾り、彩っている、という、そのオーケストレーション技術の極致とも言える技巧が凄い。

「エレクトラ」も含めて、全てのR・シュトラウスのオペラに感じる「多すぎる音の連続」。こんなにも賑やかな音の絵巻で飾らなくとも、彩らなくても、十分にオーケストレーション技術の天才性は確認され、証明されるのになあ、とも思うが、そこが、R・シュトラウスたる所以(ゆえん)なのだろう。

作品も演奏も、十分、楽しませていただいた公演だった。

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キャスト

        3月2日   3月3日

元帥夫人    森谷真理   田崎尚美

オックス男爵  妻屋秀和   斉木健詞

オクタヴィアン 八木寿子   山際きみ佳*

ファーニナル  青山 貴      池内 響

ゾフィー    石橋栄実   吉川日奈子

マリアンネ   (両日)船越亜弥*

ヴァルツァッキ (両日)高橋 淳

アンニーナ   (両日)益田早織*

警部      (両日)松森 治*

元帥夫人の執事 (両日)島影聖人*

ファーニナル家の執事(両日)古屋彰久*

公証人     (両日)晴 雅彦

料理屋の主人  (両日)山本康寛*

テノール歌手  (両日)清水徹太郎*

(*声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー)

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