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2024年1月28日 (日)

山形交響楽団による~ヴェルディ『椿姫』全曲

山形交響楽団による「演奏会形式オペラシリーズVol.2」としての公演であるヴェルディの歌劇『椿姫』を1月28日午後、山形駅から直ぐ近くにある「やまぎん県民ホール」で鑑賞した。

指揮は2019年4月から同オケの常任指揮者を務めている阪 哲朗(ばん てつろう)さん。

活躍中の歌手を揃えた充実の公演で、特に後述のとおり、今月20日に所沢ミューズの「ニューイヤー・オペラ・ガラ・コンサート」でも『椿姫』からのアリアを歌われた森谷真理さんによるヴィオレッタが圧巻の素晴らしさで、聴衆を大いに沸かせた。

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「やまぎん県民ホール」は、1階から3階までの2,001席を有する品の良い、音響も良い素敵なホール。初めて行ったホールなので「にわか勉強」的に記すと、「本名」は「山形県総合文化芸術館」で、2019年9月に完成し、同年10月に山形銀行が命名権を取得したことから12月より「やまぎん県民ホール」の愛称が用いられ、コロナ禍入り間もない2020年5月に正式オープンした。

阪さんがオペラシリーズを開始されたこともあってか、オペラ人気も高まっているようで、この日も1~2階は、ほぼ満席の入りだった。

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山形交響楽団について

数年前、飯森範親さんとの東京公演を拝聴しているのと、コロナ禍の配信による阪さん指揮、田部京子さんとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番も聴いており、CDでは、いずれも飯森さん指揮による、田部京子さん演奏のモーツァルトのピアノ協奏曲第25番と、新倉瞳さんによるエルガーのチェロ協奏曲、シューマンの交響曲等を聴いているが、あらためてオケの歴史と状況を少し調べると、指揮者、村川千秋さんにより1972年1月に発足。徐々に発展する中、リーマンショックによる景況悪化や、東日本大震災の復旧優先による東北電力主催公演のストップなどにより収益が悪化するなど、困難な時期が続く中、様々な対応がなされてきたようだ。

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現在もコントラバスが3人など、室内管弦楽団に近い規模と言えるが、チェロ首席の矢口里菜子さん等、優秀な奏者が集っているので、アンサンブルは当然しっかりしている。

今後、オペラ公演を含めて、聴衆の入りと盛り上がりが期待できるだろうから、団員の増員等、規模もレベルも更に充実して行くのではないかと想像できるし、期待したい。

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阪 哲朗さんについても詳しくないので、にわか勉強的に記すと、京都市出身。京都市立芸術大学作曲専修にて廣瀬量平氏らに師事後、ウィーン国立音楽大学指揮科に留学。1995年のブザンソン国際指揮者コンクール優勝。ベルリン・コーミッシェ・オーパー専属指揮者、アイゼナハ歌劇場音楽総監督レーゲンスブルク歌劇場音楽総監督を歴任のほか、ウィーン・フォルクスオーパーで「こうもり」を指揮。シュトゥットガルト歌劇場、スイス・バーゼル歌劇場等、ドイツ、オーストリア、スイス、フランス、イタリア等で約40のオーケストラや歌劇場で指揮。現在、山形交響楽団常任指揮者、びわ湖ホール芸術監督、京都市立芸術大学音楽学部指揮専攻教授。

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今回の『椿姫』が「演奏会形式オペラシリーズVol.2」とあるように、Vol.1は阪 哲朗さん指揮、宮本亞門さんの演出で、2023年1月28日に、モーツァルトの『フィガロの結婚』が演奏された。

フィガロ:萩原 潤、アルマヴィーヴァ伯爵:大沼 徹、伯爵夫人:髙橋絵理、スザンナ:種谷典子、ケルビーノ:小林由佳という布陣で、特に小林由佳さんのケルビーノが評判良かったようだ。

それに先立つ2022年には、阪 哲朗さん指揮で、R・シュトラウスの『ばらの騎士』抜粋が、元帥夫人:林 正子、オクタヴィアン:小林由佳、ゾフィー:石橋栄実という充実のキャスティングで演奏された。

2公演とも私は聴けなかったのが、とても残念。

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いつもながら前置きが長くなったが、今回の公演について、まず、キャスティングは以下のとおり。

ヴィオレッタ:森谷真理

アルフレード:宮里直樹

ジェルモン:大西宇宙

フローラ:小林由佳

ガストン子爵:新海康仁

ドゥフォール男爵:河野鉄平

ドビニー侯爵:深瀬 廉

医師グランヴィル:井上雅人

アンニーナ:在原 泉

合唱:山響アマデウスコア

合唱・バンダ:山形県立山形東高等学校 音楽部・吹奏楽部

舞台構成・演出:太田 麻衣子

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感想

何と言ってもヴィオレッタ役の森谷真理さん

今月20日の所沢におけるヴィオレッタについて、私はこう書いた。

「森谷真理さんの歌唱は、情感豊かにして、完璧な技術と豊かな声量に加え、強弱の変化、トーンの変化、ヴィブラートの調整等を含めたニュアンスの多彩な表現力の見事さに加え、どの部分においても力みを全く感じさせず、自然体で余裕ある歌唱のように聞こえるのが凄い。圧巻としか言いようのない素晴らしい歌唱で、世界のどこのオペラハウスでも絶賛されるに違いない国際的なレベルの歌唱だ。その歌声を聴いていると、ヴィオレッタは高級娼婦と言うより、高貴な女性、貴婦人のような貫禄と気品を持つ女性にさえ感じてしまう。哀愁、哀感を含めて、凛とした気品あるヴィオレッタを歌える稀有な歌手が森谷真理さんだ」

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今回も感動の基本的感想は同じだが、今回はアリア抽出ではなく、全三幕の演奏であり、演奏会形式とはいえ、ステージを可能な限り使って、オペラ舞台に近い設定と衣装による歌唱ゆえ、「役になりきり感」という決定的要素が加わった。

すなわち、所沢での情感豊かにして高貴な歌唱に加え、原題である「道を踏み外した女」としての悲哀と、人生の最後に知ったピュアな愛の感情を、大きな間合いとフレージング、繊細なヴィブラート、感情の起伏とトーンの変化の巧みさ自然さによって表現していく、そのコントロール力の見事さ。

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森谷さんは神々しい高音の美しさだけでなく、メゾ的で絶妙なヴィブラートを伴う中音域での奥深いトーンを有するので、その「憂いあるトーン」が、悲劇的なヒロインにピッタリなのだ。この特色と技巧が天性のものなのか、鍛錬により獲得したものなのかは私には判らないが(そのいずれもだろう)、単にコントロールの見事さと多彩なトーンという要素だけに終わらない、感情移入による「役に憑依する力」を聴衆に強く感じさせる歌唱力、それが森谷さんの最大の魅力に思える。実に素晴らしいヴィオレッタだった。

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アルフレード役の宮里直樹さん

少しカゼ気味だったようで、第1幕は「いまいち」感があったが、第2幕以降は、いつもながらの、明るく若々しいトーンで魅了した。「とても誠実なアルフレード感」が出ていて良かった。

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ジェルモン役の大西宇宙(たかおき)さん

大西さんの声量の凄さは、日本でのデビュー以降、これまで何度も私は書いてきた。見た目、若くてカッコイイので、「アルフレードのお父さんにしては若いな」感はやむを得ないが、充実した低音の魅力と存在感により、聴衆に強いインパクトを与えたに違いない見事な歌唱だった。

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フローラ役の小林由佳さん

由佳さんの明るいトーンについても、これまで度々書かせていただいている。

深々としたメゾというより、ソプラノに近い明瞭なトーンなので、フローラ役にとても合っていたと思う。失礼ながら、今回のキャストの中では、もしや最年長(に近い)かもしれないが、変わらぬ美声に改めて驚く。由佳さんのケルビーノとオクタヴィアンは最高だが、そうした準主役級の役でなくとも、しっかりと舞台の展開を引き締める役どころを歌える優れた歌手だと思う。

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ガストン子爵役の新海康仁さん

これまで数回聴かせていただいているし、特に昨年の「荒川区民オペラ」におけるネモリーノは素晴らしかった。今回のガストン子爵も、いつもながらのピュアで力みの皆無な、自然体な美声が素敵だった。

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ドゥフォール男爵役の河野鉄平さん

米国から帰国後の活躍が目覚ましい。この日も充実の声でドゥフォール男爵を聴かせてくれた。

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ドビニー侯爵役の深瀬 廉さん

今回初めて聴かせていただいた歌手。山形市出身とのこと。声も外見も、人から好かれそうな魅力があるので、今後の活躍が楽しみ。

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医師グランヴィル役の井上雅人さん

井上さんも、これまで何度も聴かせていただいているし、今回も品格のある医師グランヴィルで、とても良かった。出身高校が山形北高校音楽科ということは、今回プロフィールで初めて知った次第。

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アンニーナ役の在原 泉さん

初めて聴かせていただいたアルトだが、とても良かった。落ち着きと存在感のある声。今後の活躍が楽しみだ。

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合唱:山響アマデウスコア

佐々木正利さん指導だけに、明朗な声がよく出ており、声量も充実し、とても良かった。

女声のカラフルで自由な衣装については、「動き回る演出ならともかく、ほぼ起立状態での合唱だったのだから、白と黒など、正装に近い身なりが良かったのではないか」という意見が複数あったようだ。

今後の検討材料(課題)として残されたと言えるかもしれない。

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バンダは、山形県立山形東高等学校の音楽部・吹奏楽部が演奏。

地元の若者とのコラボ自体、素晴らしい試みだと思う。

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今後も充実の公演が企画されているようだし、澄んだ空気、広々とした駅前広場と素敵なホール。

これからも機会を見て、何度も来てみたいと思う。

2024年1月27日 (土)

西村 朗さんの遺作初演by小菅 優&飯森範親

パシフィックフィルハーモニア東京の第162回定期演奏会を1月27日午後、東京芸術劇場で拝聴した。

このオケは、1990年に東京ニューシティ管弦楽団として設立され、2022年4月に現在の団名に変更し、飯森範親氏が音楽監督に就任したオケ。

昨年9月7日に逝去された西村 朗さんは、このオケのコンポーザー・イン・レジデンスでもあり、本来、この日の定演で、委嘱作品の初演がされるはずだった。

構想された曲は、飯森さんとともに西村氏に縁の深かったピアニストの小菅 優さんをソリストとしたピアノ協奏曲。作品は未完で終わり、唯一完成された第2楽章のみの単一楽章作品として、この日、初演された。プログラムは、

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1.西村 朗:カラヴィンカ(ピアノ独奏曲)~演奏:小菅 優

2.西村 朗:ピアノとオーケストラのための《神秘的合一》

~2023年度 パシフィックフィルハーモニア東京による委嘱作品:遺作

3.ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版・一部ハース版)

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定刻、飯森さん一人がステージに登場して挨拶。

「本来、こういう事(おしゃべり)はしないのですが、本日は特別な公演なので」として、初演作のいきさつを語られた。

7月の下旬(27日と言われたと思う)、西村氏から飯森さんに電話があり、病状を伝えるとともに、「委嘱作は完成できないだろう。第2楽章のみ、できたが、やや短いので、もう少し付け足す(工夫する)」旨の内容だったそうで、飯森さんは、「驚き、涙が止まりませんでした」。その後、病室からの8月10日の電話が最後の会話となったと言う。

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西村さんと飯森さんの親交が生まれたのは1994年、東京交響楽団のリスボン公演に、共に同行した際といい、その後、飯森さんは西村さんから「今後は、初演は飯森さんにお願いするよ」との絶大な信頼を得、実際、「音楽監督をしていたドイツ・ヴュルテンベルク・フィルや、いずみシンフォニエッタ等で、初演した西村さんの作品は、少なくとも30曲はある」とのこと。

飯森さんは、後半演奏するブルックナーについても、「今年生誕200年というだけでなく、私もライフワークとしている作曲家ですが、西村さんもブルックナーが好きで、作曲家が眠るリンツのザンクト・フローリアン教会に何度も行かれています。僕も何度も行きました。今日、特に第2楽章は、西村さんおよび、能登半島地震で亡くなられた皆様に対する追悼として演奏したいと思います」と締めくくった。

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1.西村 朗:カラヴィンカ

小菅 優さんが、2006年、ザルツブルク音楽祭にデビューするに際して作曲された10分ほどの独奏曲。

「カラヴィンカ」とは、「仏教の阿弥陀経に記された極楽浄土に住む鳥。そのさえずりは、現世の人への魂の救済の呼びかけとして響く」とされる。

小菅さんは、ザルツブルクでの初演以降も、世界各地の演奏会で、この曲を演奏してきているとのこと。

初めて聴いた印象としては、「東洋的なトーン。持続する残響の中で、連打する野性的な強音。あるいはカラフルな叫び声と抒情。最後は静寂の中で終わった」、という心象を記載しておこう。魅力的な、果敢でアグレッシブな作品だと思う。

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2.西村朗:ピアノとオーケストラのための《神秘的合一》

~2023年度 パシフィックフィルハーモニア東京 委嘱作品:遺作

先述のとおり、本来は、3つ楽章から成るピアノ協奏曲として構成されたが、生前最後の力を振り絞られて生まれた単一楽章の曲。

ティンパニはなく、木琴、マリンバ、シンバル、チューブラーベル、バスドラム(大太鼓)を中心とした弱音で開始し、ピアノがリズミックに、アグレッシブに入って来る。

オケのゲネラルパウゼ(総休止)後にピアノがカデンツァ的に、抒情的だったり、叫び声的だったり、アグレッシブに聴き始め、オケもクレッシェンドしたかと思うと、またゲネラルパウゼ。そしてピアノが再びカデンツァ的に弾き出す、という展開だった。

魅力的な内容で、ぜひ第1楽章と第3楽章も聴きたかった。早逝が惜しまれてならない。

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なお、死期が迫る8月の病床で、西村さんはこう書かれている(プログラムより)

「この作品は、パシフィックフィルハーモニア東京の第1回コミッション・ワークとして作曲を開始したものだが、体調をくずし、全体の3分の1で作曲が止まった。それでは短いので、第1楽章と第3楽章をカットし、第2楽章の約7分で一曲とすることにした。独奏者は小菅 優さんで、楽章間に切れ目の表示はない(単一楽章)。「7分間」は短いが、それでも一曲としてまとまっている。しかし、妙味を広げるため、私は積極的に反復の指示を加えることにした」。

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また、飯森さんはプログラムにこう寄稿されている。

「第2楽章はアップテンポな曲なので、前後を緩徐楽章とするおつもりだったのでしょう。私はこれを遺作とはとらえていません。エネルギーに満ち、独立して成り立つ。生命力がみなぎり、聴く者を生きる方向に向かわせます。西村さんの作品には、人間が生きていくにはどうするべきかというメッセージがある。《神秘的合一》というタイトルには、人とのつながりは神秘的だという意味が込められていると思います」。

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休憩後の後半は、

3.ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版・一部ハース版)

パシフィックフィルハーモニア東京は、人数は多くないが、優秀なオケ。ブルックナーの7番の実演は久しぶりだが、とても良い演奏だった。

第1楽章は約20分、第2楽章は23分くらいだったから、標準的なテンポ。

チェロとヴィオラは各6人だが、優秀。良いトーン。ホルン群も素晴らしい。

第3楽章のテンポは、せかせかすること皆無で、落ち着いたテンポで、とても良かった。この第3楽章は、とりわけ名演だったし、第4楽章冒頭のファースト・ヴァイオリンによる旋律も朗々と歌い、素晴らしい。

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終演後、一度ソデに引っ込んで、再登場した飯森さんは(最初のカーテンコールで)、まず、4人のワグナーチューバ奏者を立たせ、次いでホルンの4人を立たせたのは当然と言える。

なお、版は、ノヴァーク版を基本としながら、第1楽章のコーダでテンポの加速指示がなく、第2楽章のクライマックスでシンバルやティンパニ等を使用しない~この2点のみにおいて~ハース版を使用しての演奏。

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このオケの良いところとして感じたことは、日本のアマオケのみならず、プロオケでもしばしば見られるところの、弦の前のほうのプルトの数人は大きな動作で弾いているのに、一番後ろ(近く)の数人は「元気無さそうに弾いている」というシーンをしばしば見かける中、このオケは、一番前から一番後ろまでの弦楽器奏者(全員)が、同じモチベーションで弾いていることが一目瞭然なことだ。

本来、当たり前のことだし、それが最も顕著なのが、ベルリン・フィルなのだが、日本ではプロオケでさえ、必ずしも「全員同じテンションで弾いていない感じ」がすること度々だ。

このオケはそれが無いだけでも素敵なオケだと思った次第。

2024年1月26日 (金)

エール弦楽四重奏団~文京シビック「夜クラシック」

文京シビックホールの主催公演である「夜クラシック」の第31回公演を1月26日夜、同ホールで拝聴した。

この日の公演は「エール弦楽四重奏団」という若いメンバーによる室内楽だが、人気奏者4人がメンバーとあって、大ホールの1階は、満席に近い入りだった。

各人がソロでリサイタルができる(実際、行っている)活躍中の若手メンバーと演奏曲は以下のとおり。

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ヴァイオン:山根一仁、毛利文香

ヴィオラ:田原綾子、チェロ:上野通明

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1.ドビュッシー:月の光(編曲:森 円花)

2.ドビュッシー :弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10

3.シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D.810「死と乙女」

アンコール:ハイドン: 弦楽四重奏曲 第77番 「皇帝」より第2楽章

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「エール」は、「エールを送る」として使われる言葉から採ったのかなと思ったら、そうではなく、フランス語で「翼」を意味する「エール」とのことで、「絶えず飛躍を続ける4人」とするところからの命名とのこと。

この日が初のユニットとしての演奏かと想像していたが、全く違い、なんと、桐朋学園の高校生時代から4人でしばしばカルテットを演奏していたそうで、プロになってからも、年に1回か2回は活動されているとのこと。この「夜クラシック」出演も当初、2021年2月に予定されていたが、コロナ禍で中止(延期)となり、やっとこの日を迎えたとのこと。

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最初に4人のコンクール入賞歴を少し書くと、

山根一仁(かずひと)さんは、中学3年生だった2010年の第79回日本音楽コンクールで優勝して話題になった。中学生での第1位は23年ぶり。

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毛利文香さんは、2012年の第8回ソウル国際音楽コンクール第1位、2015年の第54回パガニーニ国際ヴァイオリンコンクール第2位、2019年のモントリオール国際音楽コンクール第3位等。

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田原綾子さんは、第11回東京音楽コンクール第1位、第9回ルーマニア国際音楽コンクール第1位等。

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上野通明(みちあき)さんは、2021年のジュネーヴ国際音楽コンクール第1位、ヨハネス・ブラームス国際音楽コンクール第1位等。

優れた音楽家でも、コンクールには不向きな人もいる(向き、不向きが有る)から、コンクールが全てでは無論ないが、それでも当然、優れた実績には違いない。

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さて、この日の演奏。個々は聴いたことがあるが、4人での演奏は、私はこの日、初めて聴いたので、当然ながら、あくまでも、この日の心象程度に留まる。なお、前半の2曲でのヴァイオリンの受け持ちは、第1ヴァイオリンが毛利さん、第2ヴァイオリンが山根さん。

1.ドビュッシー:月の光(編曲:森 円花)

森 円花さんのアレンジが、やや工夫し過ぎかなとも思ったが、繊細で美しい編曲と演奏だった。

この1曲目が終わり、山根さんがマイクを手に、先述の「高校時代から4人で演奏していた」ことや、「夜クラシック」出演は2021年に予定しながら中止になったが、やっと本日実現できた旨等の挨拶がなされた。

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2.ドビュッシー :弦楽四重奏曲 ト短調 Op.10

田原さんのヴィオラが印象的だったし、第4楽章では、4人の傑出したアンサンブルが見事だった。

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休憩後の後半は、ヴァイオリンの受け持ちが入れ替わり、第1ヴァイオリンが山根さん、第2ヴァイオリンが毛利さん。

3.シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D.810「死と乙女」

第2楽章の繊細でピュアな叙情性、しっとり感も良かったが、特に第4楽章における若さ溢れる集中力あるアンサンブル、スタイリッシュな造形力と果敢な推進力が良かった。

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アンコール:ハイドン: 弦楽四重奏曲 第77番 「皇帝」より第2楽章

ありがちな「ねっとり、たっぷり」の演奏ではなく、スッキリ、爽やか系の演奏で、その点では、この日、最も彼らのアンサンブルの特徴を伝える演奏だったかもしれない。

新鮮で、繊細な、品の良い「皇帝」の第2楽章で、なかなか良かった。

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なお、このアンコール演奏に入る前、山根さんが「せっかくですから、他の3人にも少し話していただきます」として、各人が挨拶。概要は以下のとおり。

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毛利さん~「延期になっていましたが、やっと今回実現しました。私自身は、このホール自体も初めてで、こんなんに大きくて音響も良いホールで、大勢ご来場いただいた中で演奏できて、とても嬉しいです」

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上野さん~「プロになってから、このメンバーとは、年1回か2回程度(という少ない数)のコンサートですが、集まると、各人が(それまでの、それぞれの活動での収穫により)一段と進化している感じがするし、そうした4人が集まって練習を進めて行く中で、段々とまとまりができて来る感じも楽しいです」

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田原さん~「高校時代から一緒にやっていたこのアンサンブルが、私がヴィオラを専攻するきっかけになったこともあり、大事な友人たちとのアンサンブルを今後も継続していきたい。それでは、アンコールとして、ハイドンの「皇帝」の第2楽章を演奏します。まだまだ寒い日が続きますが、皆様、どうぞ、お元気でお過ごしください」(会場:笑い)。

各人、それぞれ忙しいだろうが、今後も、この4人によるカルテット活動は楽しみだ。

2024年1月21日 (日)

トッパンホール ニューイヤーコンサート

日下紗矢子さん~ピアノ三重奏

トッパンホールのニューイヤーコンサート2024を1月21日夜、同ホールで拝聴した。

出演者はヴァイオリンが日下紗矢子さん、ピアノがフローリアン・ウーリヒさん、チェロは当初、ペーター・ブルンズさんが予定されていたが、体調不良で来日できなかったため、読売日本交響楽団の首席=ソロ・チェロ奏者の遠藤真理さんが代演された。

日下紗さんは、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の第1コンサートマスターのほか、読響の特別客演コンサートマスターでもあるので、急きょ、同僚にして学生のころから親しい遠藤さんに要請されたのだろう。

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この関係で、プログラム後半の1曲目に予定されていたエルヴィン・シュルホフ(1894~1942)のヴァイオリンとチェロのための二重奏曲は外され、以下のとおり、シューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番に変更された。

1.メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 Op.49

2.シューマン:子供の情景 Op.15

3.シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105

4.ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op.8

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1.メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番 ニ短調 Op.49

冒頭からチェロによる哀愁に満ちた魅力的なテーマで歌いだされる有名な三重奏曲。

遠藤さんの哀愁漂うフレージングが魅力的だ。ピアノのフローリアン・ウーリヒさんは初めて聴いたが~トッパンホール登場自体、初めてとのこと~バリバリと指の良く回るヴィルトゥオーゾ的な印象を受けるし、日下さんもインタビューで「何でも弾けてしまう凄い人」と答えている。

もちろん、そうは言っても勝手にやっているわけではなく、三重奏ゆえ自己主張は有るが、あくまでもアンサンブルに徹し、日下さんと遠藤さんに寄り添い、サポートする感も十分に感じられた。優れた奏者だと思う。2014年からドレスデン音楽大学の教授で、2019年からはリューベック音楽大学でも指導しているとのこと。

日下さんの端正にして、自然体な演奏も良かった。

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2.シューマン:子供の情景 Op.15

フローリアン・ウーリヒさんのソロ。

第1曲「見知らぬ国と人々について」は、ありがちな軽やかで夢想的な演奏ではなく、思索的な感じ。

第2曲「不思議なお話」や第3曲「鬼ごっこ」は、派手さのない、端正で律儀な演奏。第4曲「おねだり」は、しっとり感が良く、 第5曲「十分に幸せ(満足)」や第6曲「重大な出来事」は、ガッシリ感のある演奏だった。

第7曲「トロイメライ」は、夢想的と言うより、喜びの感情を表現し、細かなニュアンスよりも意思を感じさせる演奏だった。第8曲「暖炉のそばで」での明るい希望、第9曲「木馬の騎士」での爽やかさ。

第10曲「むきになって」の原題(Fast zu ernst)の直訳は「ほとんど真面目すぎるくらい」だが、ウーリヒさんの演奏は、繊細な詩情があり、抒情的な演奏だった。

第11曲「怖がらせ」での心の動きの表出、第12曲「眠りに入る子供」での深い抒情は素晴らしかったし、第13曲「詩人は語る」は夢想的で素敵な演奏だった。

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休憩後の後半。

3.シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 Op.105

1曲目のシューマンの三重奏では、遠藤さんの演奏が特に印象的だったが、このデュオで、日下さんの魅力がそのまま表れた演奏。自然体で端正を基本としながらも、抒情的で、しなやかなフレージングの中での情感の表出が素敵だった。

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4.ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 Op.8

名曲中の名曲だと思う。

冒頭、シューマンでは哀愁あるチェロのメロディーで開始したのと対照的に、明るく喜びに満ちたチェロのメロディーで開始する。

第1楽章と第3楽章がロ長調を基調とし、第2楽章と第4楽章がロ短調を基調としていること自体、極めて珍しい構造で、ユニークだ。

多くの作曲家の、交響曲を含めた多くの作品では、「短調で開始するが、最後は長調による明るい希望をもって終わる」という曲は多いが、この曲は「長調で開始し、短調で終わる」という、それ自体、ドラマティックで印象的な構造をしている。しかも、その転調でのエンディングが実に格好いいのだ。

遠藤さんの魅力的なチェロ、ウーリヒさんの名人芸的ピアノ、日下さんのしなやかで抒情的な演奏が溶け合った、見事な演奏だった。

2024年1月20日 (土)

所沢Muse~New Year Opera Gala Concert

毎年恒例の所沢ミューズ、アークホールにおけるニューイヤー・オペラ・ガラ・コンサートを1月20日午後、同ホールで拝聴した。今年は前半がモーツァルト主体、後半がイタリアものという構成。

ピアノは毎年同じく赤星裕子さん。司会も毎年と同じく、バリトンの押川浩士さん。歌手の皆さんとプログラムは以下のとおり。

感想は最下段に少し記載するが、最初に少し触れると、唯一この日に初めて聴いたメゾの但馬由香さんが素晴らしかったのと、何と言ってもトリを務めた森谷真理さんが圧巻だった。鷲尾麻衣さんも素敵だった。

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ソプラノ~森谷真理、鷲尾麻衣、三宅理恵

メゾ・ソプラノ~但馬由香

テノール~樋口達哉、西村悟

バリトン~押川浩士、バス・バリトン~ジョン ハオ

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前半は、モーツァルト主体

1.「アレルヤ」~モテット『踊れ、喜べ、幸いなる魂よ』より~三宅さん

2.歌劇『フィガロの結婚』より「恋とはどんなものかしら」~但馬さん

3.歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より「カタログの歌」~ジョン ハオさん

4.歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より「お手をどうぞ」~押川さん&三宅さん

5.歌劇『魔笛』より「何と美しい絵姿」~西村さん

6.歌劇『魔笛』より「この聖なる殿堂には」~ジョン ハオさん

7.歌劇『魔笛』より「パパパの二重唱」~押川さん&三宅さん

8.ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』より「ラララの二重唱」~鷲尾さん&西村さん

 (休憩)

1.カンツォーネ・メドレー~男声4名

2.ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』より「いまの歌声は」~但馬さん

3.ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』より「陰口はそよ風のように」~ジョン ハオさん

4.プッチーニ:歌劇『トスカ』より「星は光りぬ」~樋口さん

5.プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より「私が街を歩けば」~鷲尾さん

6.ヴェルディ:歌劇『椿姫』より「ある日、幸せにも」~森谷さん&樋口さん

7.ヴェルディ:『椿姫』より「ああ、そはかの人か…花から花へ」~森谷さん

アンコール

ヴェルディ:歌劇『椿姫』より乾杯の歌~全員で

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1.「アレルヤ」~モテット『踊れ、喜べ、幸いなる魂よ』より

三宅理恵さんの少女のような童声が印象的。

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2.歌劇『フィガロの結婚』より「恋とはどんなものかしら」

今回の出演者の中で、唯一初めて聴かせていただいたのが但馬由香さん。

素晴らしいメゾ。インパクト大。ヴィブラートたっぷりの声量ある声。トーン変化、色気もあり、とても魅力的な歌手。今年4月の藤原歌劇団公演「ラ・チェネレントラ」で、今話題の山下裕賀さんと、ダブルキャストでアンジェリーナ役を歌われるという。なるほど、納得の実力と魅力。

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3.歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より「カタログの歌」

ジョン ハオさんの格調高い歌声。

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4.歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より「お手をどうぞ」

押川浩士さんの重厚感ある歌声と、三宅理恵さんの軽やかな声との対比の妙。

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5.歌劇『魔笛』より「何と美しい絵姿」

西村 悟さんは久しぶりの拝聴。デビュー時のときの新鮮な驚きはさすがに感じないながら、変わらぬピュアなトーンが素敵。

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6.歌劇『魔笛』より「この聖なる殿堂には」

低音が聴かせ所のアリアだが、ジョン ハオさんはむしろ、高音部分での気品が印象的だった。

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7.歌劇『魔笛』より「パパパの二重唱」

押川浩士さん&三宅理恵さん。演技も含めて傑作。パパゲーノの「自殺するよ」カウント3つ目の後、三宅さんが客席後方サイドから登場されて、ステージに上がった演出。

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8.ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』より「ラララの二重唱」

鷲尾麻衣さんの高音が素敵。西村 悟さんは演技を含めてキャラをよく出されていた。

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休憩後の後半最初は、毎年恒例の男声歌手陣によるカンツォーネ・メドレー

西村 悟さんの「カタリ」など、4人が1曲ずつ歌い、最後は4人で「オー・ソレ・ミオ」をソロ、二重唱等の後、四重唱で締めくくった。

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2.ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』より「いまの歌声は」

但馬由香さんの技術の素晴らしさを堪能。

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3.ロッシーニ:歌劇『セヴィリアの理髪師』より「陰口はそよ風のように」

ジョン ハオさんも技術の見事さと、最後のロングトーンが印象的。

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4.プッチーニ:歌劇『トスカ』より「星は光りぬ」

樋口達哉さん。サスガ。貫禄。エスプレッシーヴォ全開の名唱。

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5.プッチーニ:歌劇『ラ・ボエーム』より「私が街を歩けば」

鷲尾麻衣さんの細過ぎない声が素敵。可憐さと言うより、大人なムゼッタの色気が出ていて、とても魅了的だった。曲の途中、舞台から客席に降りて、また戻る演出も良かった。

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6.ヴェルディ:歌劇『椿姫』より「ある日、幸せにも」

森谷真理さんと樋口達哉さん。何も言うことが無いほど素晴らしい。

森谷さんは正に「真打ち登場」と言うところ。2人の見事なデュオに続いての、森谷さんによる

7.ヴェルディ:『椿姫』より「ああ、そはかの人か…花から花へ」

森谷真理さんの歌唱は、情感豊かにして、完璧な技術と豊かな声量に加え、強弱の変化、トーンの変化、ヴィブラートの調整等を含めたニュアンスの多彩な表現力の見事さに感服、感動。しかも、どの部分においても力みを全く感じさせず、自然体な、余裕のある歌唱のように聞こえて来るのが凄い。圧巻としか言いようのない素晴らしい歌唱だった。

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世界のどこのオペラハウスでも絶賛されるに違いないレベル。これぞ国際的なレベルの歌唱だ。

森谷さんの、あまりにも素晴らしい歌声を聴いていると、ヴィオレッタは、高級娼婦と言うより、高貴な女性、貴婦人のような貫禄と気品を持つ女性にさえ感じてしまう。哀愁、哀感を含めて、凛とした気品あるヴィオレッタ。

ヴィオレッタをそのように感じてしまうほどに歌える稀有な歌手が、森谷真理さんだ。

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なお、樋口さんによる合いの手~最初、客席後方から入り、最後の合いの手はステージソデ(奥に回って)から~のアルフレードの声量ある美声も素晴らしかった。「サスガ、樋口さん」と言うところ。

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アンコールは、ヴェルディ:歌劇『椿姫』より乾杯の歌

ソロの順番を工夫しながらの、最後は全員での歌声で締めくくられた。

2024年1月19日 (金)

新日本フィル~武満徹「系図」とマーラー4番

佐渡裕さん指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団の第653回定期演奏会を1月19日夜、サントリーホールで拝聴した。曲は大好きな2曲の

武満徹:系図 ―若い人たちのための音楽詩―

マーラー:交響曲第4番 ト長調

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定刻に佐渡さんのみが登場してプレトーク(解説)を開始。

私は係る行為が嫌いなので、正直、最初はウンザリしたが、1点、武満さんに関する逸話で、「私が未だ駆け出しのペイペイだったころ、一度だけ札幌でご一緒し、食事もした」、「勇気をもって、一番影響を受けた作曲家は誰ですかと尋ねた。メシアンとかドビュッシーとかの答えを想像したが、武満さんは少し考えた後、「デューク・エリントン」と答えたこと。そして「ハ長調ほど美しいものはないよ」と言われたことが印象的だった」、「これから演奏する「系図」は(全体の基調および)最後は美しいハ長調で終わります」、と言及されたことはとても参考になったので、結果オーライのプレトーク(解説)だった。

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武満徹:系図 ―若い人たちのための音楽詩―

朗読は白鳥玉季さん。アコーディオンは御喜美江さん。

「系図 ―若い人たちのための音楽詩―」=「Family Tree - Musical Verses for Young Peopl」は、1992年、ニューヨーク・フィルハーモニックの創立150周年を記念として委嘱された作品。

日本初演のときから大好きな曲で、武満さんの管弦楽作品で、どうしても1曲だけ選べ、と言われたら、私はこの曲を選ぶ。

録音はもちろん、会場でのライヴ、そして、デュトワや、世界初演指揮者であるスラットキンがN響と演奏したときのテレビ放送も含めたら、多分私は~少なくとも関東圏内での~全ての演奏を聴いていると思う。

いつ聴いても、なぜか感涙を禁じ得ない。なぜかは自分でもよく解らないのだが。

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この日の翌日、今月20日で14歳になる白鳥さんの声は、可愛らしい声と言うより、ややハスキーな、落ち着いた声なので、人によっては「感情移入が薄い」と感じられたかもしれないが、かえって、孤独な少女による独白、内省の気持ちというようなものが伝わってくる様な、これまで私が聞いた誰とも違う、印象的なナレーションだった。

もちろん、場面によっては、感情移入によるトーンが強調されたセリフもあり、例えば、「おかあさん」における「はい、また飲んでますって言った」や「帰って来て欲しい、今すぐ」(原文は全てひらがな、句読点なし)は良かったし、「とおく」は全体が良かった。

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御喜美江(みき みえ)さんのアコーディオンが素晴らしいのは言うまでもない。

オケも細部まで丁寧に描き出されて、なかなか良かった。

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先ほど、「いつ聴いても、なぜか感涙を禁じ得ない。なぜかは自分でもよく解らないのだが」と書いたが、作家の故・開高 健さんは、チャップリンの映画「独裁者」の最後の有名な偉大な演説について、「涙が出る理由は何も無いのだが、自然と涙が出てくる」と評している。

直接的には、描かれた環境とは違っていても、あるいは時代も場所も立場等が異なっていても、その状況、あるいは、その場にいるかのような感情移入はできる、ということだろう。

そうした想像力と感動する源泉とが密接に関係していることは間違いない。

だから、私たちは映画「独裁者」の演説に時空を超えて感動し、「系図」に状況を超えて感動するのだと思う。

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休憩後の後半は、

マーラー:交響曲第4番 ト長調

ソプラノは石橋栄実(えみ)さん。

最近、関心を強く抱き、好きになったソプラノ歌手なので、楽しみにしていたし、後述のとおり、実際、素晴らしかった。

第1楽章は、やや速めのテンポで、私の好みとは違う。

第3楽章は、しっとり、ゆったり感があり、なかなか良かった。

ただ、ここまでの楽章で感じたことは、弦、特にヴァイオリン群にチャーミングさを感じない、という事。「この曲は、ウィーン・フィルでなければダメだ」などと言う気はもちろん無いし、日本のオケだって、もっと魅力的なトーンは出せるはずだ。プロなんだし。この曲に特有のチャーミングさが感じられない演奏だった。

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石橋栄実さんの歌声は、細過ぎず、太過ぎない美声。純白のように清らかなだけでなく、しっかりとした意思を感じさせ、独特の気品がある。何より素晴らしいのは、この曲を完全に自分の得意曲とされたと感じさせるほど、オペラにおけるヒロインのアリアのように、表情を含めて自信に満ち溢れて歌われたことだ。

この楽章の歌における特性と言うべき難しい点(要素)は、必ずしも有名な歌手とか、美声の歌手でも、この曲想とマッチするとは限らないことにある。国際的に有名な歌手でも、この楽章での歌唱は、今一つピンとこないという歌手は少なくない。

これまで何人もの歌手で私が聴いてきた中で、石橋栄実さんの歌唱は、キャスリーン・バトルやフレデリカ・フォン・シュターデとともに、少なくとも5人の中の一人に入れたいほど素敵な、魅力的な歌唱だった。

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終演後のロビーでは、佐渡裕さん自ら募金箱を持ち、能登半島地震の被災者の為の募金活動をされていた。もちろん、私も少額ながら投じた。

阪神・淡路大震災のとき、故・岩城宏之さんも、同じ行動をされていたのを思い出した。

2024年1月16日 (火)

工藤和真さん&川越未晴さんデュオコンサート

「工藤和真&川越未晴夢のデュオコンサート」と銘打たれたコンサートを1月16日午後、町田市民フォーラム3階ホールで拝聴した。

ピアノは土屋麻美さん。

初めて行ったホール。客席数188と、アットホーム感がある。音響は決して良いとは言えないが、歌手の個性をじっくり聴く点において、大きな不満は感じなかったし、むしろ係るホールにおいて、客席にどのくらい歌声が届いてくるかと言う点で、歌手の実力が直に示されると言えるかもしれない。

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最初に感想を書かせていただき、全体のプログラムを記載し、最後にお二人の主なコンクール入賞歴を記載(ご紹介)します。お二人は、受けたコンクールに共通点が多いのが興味深いです。

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ソプラノの川越未晴(かわこし みはる)さんは、昨年12月、汐留ホールでの「ディーヴァたちの饗宴」で初めて聴かせていただいた。

前半での小林秀雄の「日記帳」では、しっとり感に加え、(前半の)ドレス色そのままに、白い清潔感と上品さを感じた歌唱。アルディーティの「口づけ」での丁寧さと「熱さ」のバランスも良かったが、とりわけ、サティの「あなたが欲しい」が魅力的な歌唱だった。シャンソン風というより、小アリア的に端正に歌われたが、フランス語特有の「粋」も感じる素敵な歌唱だった。

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後半のオペラ・アリアがとりわけ素晴らしかった。

ドニゼッティの歌劇『愛の妙薬』より「受け取って、あなたは自由」における果敢さと情感と伸びやかさ。

そして圧巻が、マスネの歌劇『マノン』より「私、それほど美しいかしら?~私は街を歩くと」。

声量、ドラマティックなスケール感、高音の美しさと巧みな技巧、感情移入、それらを支える声のコントロールの見事さ等々、実に素晴らしかった。

川越さんは、繊細さと流麗さと抒情性のバランスが素晴らしいと思う。外見(容姿)の美しさも魅力的で、今後、益々の活躍が楽しみだ。

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テノールの工藤和真(かずま)さんは、私は多分、初めて聴かせていただいたテノールだと思う。

圧巻だった。見事としか言いようがないくらいの声量と、屈託のない伸びやかなフレージング。感情移入による曲想の明瞭な表出。

まだ30代前半かと思うが、将来の(あるいは既に)スターテノール歌手になるに違いない逸材だと強く感じた。

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なかにしあかねさんの「今日もひとつ」は、初めて知った曲だが、曲自体がとても魅了的。歌唱もしっとり感が良かった。

レオンカヴァッロの「朝の歌」では、この日、最初の「ブラヴォー」が出たし、デ・クルティスの「勿忘草」の哀感も素敵だった。

しかし何と言っても、圧巻は後半のオペラ・アリア。

レオンカヴァッロの『道化師』より「衣装をつけろ」における迫真の感情移入による迫力。

グノーの『ファウスト』より「この清らかな住まい」における壮大さ。とりわけエンディング近くの圧巻のロングトーン。ただただ圧倒された。

アンコールでの「誰も寝てはならぬ」も言わずもがな。素晴らしい若きテノール歌手を知った喜びは大きい。

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二人による二重唱である『愛の妙薬』よりラララの二重唱、『マノン』より二重唱、アンコールの『椿姫』より乾杯の歌も含めて、十分に魅力的だった。

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MCさんについて

町田イタリア歌劇団の幹部的関係者と思われ、常連客にとっては(多分)名物司会者と思われる。

当然、オペラのストーリーは詳しく、端的にしてユーモアたっぷりの面白い解説、紹介と進行だった。

ただし、一つ言いたいのは、「かずまクン」と、出演者を「クン」付け呼ばわりするのは、私は嫌いだ。

自分の子供の世代の若い歌手であっても、既に一人の音楽家、アーティストなのだ。

居酒屋での当人同士の会話なら「あり」だろうが、聴衆を前にしてのステージにおいて、司会者が音楽家に対して「クン」呼ばわりはダメだと思う。「和真クン」呼び(連呼)は良くない。

年齢が若かろうと、男女とかも関係なく、出演者は素人ではなく、既にプロの音楽家なのだ。「~さん」と呼ぶべき。

司会者として、音楽家に対するマナーと敬意は明確に示すべきで、少なくとも、ステージにおいては「友達扱いはダメ」だと思う。それ以外は、とても面白い進行だった。

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プログラム

<日本歌曲>

1.小林秀雄:日記帳(作詞:藤田圭雄)~川越さん

2.なかにしあかね:今日もひとつ(作詞:星野富弘)~工藤さん

<カンツォーネ>

1.アルディーティ:口づけ~川越さん

2.レオンカヴァッロ:朝の歌~工藤さん

3.サティ:あなたが欲しい~川越さん

4.デ・クルティス:勿忘草~工藤さん

 (休憩)

<オペラ・アリア&二重唱>

1.レオンカヴァッロ:歌劇『道化師』より「衣装をつけろ」~工藤さん

2.ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』よりラララの二重唱

3.ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』より「受け取って、あなたは自由」~川越さん

4.グノー:歌劇『ファウスト』より「この清らかな住まい」~工藤さん

5.マスネ:歌劇『マノン』より「私、それほど美しいかしら?~私は街を歩くと」~川越さん

6.マスネ:歌劇『マノン』より二重唱

アンコール

1.ヴェルディ:歌劇『椿姫』より乾杯の歌~二重唱

2.プッチーニ:歌劇『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」~工藤さん

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工藤和真さんの主なコンクール入賞歴

2015年  第84回日本音楽コンクール声楽部門第2位

2017年  第53回日伊声楽コンコルソ第1位

2019年第17回東京音楽コンクール声楽部門第2位〈最高位〉

2023年ジュディッタ・パスタ記念熊本復興国際オペラ歌手コンクール第1位

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川越美晴さんの主なコンクール入賞歴

2023年第59回日伊声楽コンコルソ第1位

2022年  第20回東京音楽コンクール声楽部門第3位

2023年ジュディッタ・パスタ記念熊本復興国際オペラ歌手コンクール第2位

2024年1月14日 (日)

小林沙羅さん~ソプラノリサイタル~府中の森芸術劇場

小林沙羅さんのリサイタルを1月14日午後、府中の森芸術劇場ウィーンホールで拝聴した。

ウィーンホールにちなみ、ウィーンに関連した曲を中心に選曲。バラエティに富んだ曲数の多さと、充実した内容による素晴らしいリサイタルだった。曲解説(紹介)を中心としたMCもされ、沙羅さんの親しみが一層増す進行も印象的だった。

なお、小林沙羅さんとは、彼女のデビュー間もない、10年以上前から聴かせていただき、親しくさせていただいているので、以下、沙羅さんと記載させていただきます。

沙羅さんには独特の特色が有り、稀有なほどの「スター性」がある。前者は以下の感想の、特に最初の部分や、「ヴィリアの歌」の所で記載し、後者は、一番最後に、まとめ的に記載してみたい。

ピアノは名手の河原忠之さん。以下、プログラムを記載した後に、感想を記載したい。

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曲目

1.モーツァルト:すみれ K.476

2.モーツァルト:クローエに K.524

3.モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』より「ぶってよマゼット」

4.モーツァルト:歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』より「石のように動かずに」

5.河原さんのソロで、山田耕筰(戸田 愛 編曲)「赤とんぼ~ノスタルジア(郷愁)」

6.武満 徹:明日ハ晴レカナ、曇リカナ~ピアノアレンジ=河原忠之

7.武満 徹:小さな空~ピアノアレンジ=轟 千尋

8.武満 徹:翼~ピアノアレンジ=河原忠之

9.武満 徹:死んだ男の残したものは~ピアノアレンジ=轟 千尋

10.バッハ(グノー編曲)「アヴェ・マリア」

 (休憩)

11.ジーツィンスキー:ウィーン、我が夢の街

12.シュトルツ:プラーター公園の春

13.R・シュトラウス:薔薇のリボン

14.R・シュトラウス:セレナーデ

15.マーラー:『子供の不思議な角笛』より

(1)誰がこの歌を作ったのだろう?

(2)美しきトランペットが鳴り響くところ

16.レハール:喜歌劇『メリーウィドウ』より

(1)河原さんのソロで前奏曲

(2)ヴィリアの歌

17.カールマン:喜歌劇『チャールダーシュの女王』より「ハイヤ、山こそ我が故郷」

アンコール

1.プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」

2.小林沙羅:えがおの花

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感想

モーツァルトの可憐な「すみれ」に続く「クローエに」における歌唱では、武満徹の曲やアンコールの「私のお父さん」にも共通して言える沙羅さんの特質がよく出ていた。

すなわち、無垢な童声を連想するトーンと、ビロードの様な艶やかさという「大人な声」。その2種の混合、混在が、旋律が展開されて行く中で場面に応じて表出する。その巧みにして自然体なフレージングと流麗感が素晴らしい。伸びやかで大らかなフレージングの中で、いわば「少女的トーン」と「大人なトーン」が行き交う歌唱は魅力的だ。

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「ぶってよマゼット」における女性の複雑な感情表現も良かったが、とりわけ『コジ・ファン・トゥッテ』での、レチタティーヴォが素晴らしく、魅力的なトーンと迫真の表現で魅了し、アリア「石のように動かずに」に繋げて行く秀逸な技術と展開が見事だった。

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「ウィーン特集」ではあるが、編曲も素敵な河原さんのソロによる「赤とんぼ」に続いては、

武満徹さんの「うた」より4曲。

河原さんのピアノパートアレンジよる「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」での童声、「翼」での「自由」を感じさせるフレージングが素敵。

「小さな空」と「死んだ男の残したものは」の2曲は、サードアルバムに収録済でもある轟 千尋さんによるアレンジ。武満の歌曲の中でソロ、合唱を問わず、もっとも多く歌われている「小さな空」の清々しさ。いつ聴いても感動的な「死んだ男の残したものは」での入魂の歌唱が素晴らしかった。

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前半最後は、プログラムには記載の無かったバッハ(グノー編曲)「アヴェ・マリア」。

「死んだ男の残したものは」の感動の余韻のまま前半を終えてもよかったとは思うが、「アヴェ・マリア」は、「死んだ男の残したものは」の哀しみ、怒り、諦念、希望から繋がる祈りの曲としての選曲とも言え、その、しっとりとした丁寧な歌唱は、震災や世界情勢に対する祈りを捧げているような心象を覚え、とても印象的だった。

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休憩後は、再び「ウィーン」。

沙羅さんは2010年から2015年にウィーンに留学していたゆえ、単に「ウィーンホール」というホール名のみからの選曲ではないと言える。

後半1曲目はジーツィンスキーの「ウィーン、我が夢の街」だが、沙羅さんはステージのソデからの登場ではなく、客席左サイドから登場され、曲内ギリギリの範囲で客席通路で歌われた。

こうしたエンターテインメント的パフォーマンスは、常に「お客さんを楽しませたい」という彼女の基本スタンスをよく表しており、とても好感が持てたし、曲的にも伸び伸びとした曲想と内容ゆえ、声量の点でも、もしやこの日、最大だったかもしれない声量をもって朗々と、スケール感を伴う愉悦に満ちた歌唱で、申し分ない後半第1曲だった。エンディングのロングトーンも見事。

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ロングトーンと言えば、続くロベルト・シュトルツの「プラーター公園の春」でのエンディングのロングトーンも素晴らしかった。

なお、冒頭に少し書いたように、この曲や、R・シュトラウスの2曲、マーラーの2曲を含めて多くの曲では、歌詞をそのまま引用することも含めて、終始、丁寧に曲の解説(紹介)をされていたことも印象的だった。

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R・シュトラウスの2曲からは、曲としては、ピアノが波動のよう流動する「セレナーデ」が面白かった。

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マーラーの『子供の不思議な角笛』では、特に「美しきトランペットが鳴り響くところ」が印象的な名曲。

楽器パートにおけるリズムも印象的だが、それにも増して、曲の中で様々な要素、場面が設定され、展開していくその構造、構成が面白いし、沙羅さんは、それぞれの場面に応じたニュアンスやキャラクターを巧みに歌い分けており、その表現力が素晴らしかった。

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レハールの『メリーウィドウ』。河原さんのソロで前奏曲が奏された後は、有名な「ヴィリアの歌」。

情感の豊かな表出という点では、この日の白眉と言えるかもしれない。

この曲に限らず、沙羅さんが歌い出すと、まず、ステージの空気の色が変わる。明るさを伴う独特の色に空気を染める。そしてそれが客席に届く。その色彩感は独特で、魅力的だ。

スケール感も加えての「ヴィリアの歌」では、色彩感と、何より、感情移入が見事だった。

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プログラム最後は、カールマンの『チャールダーシュの女王』より「ハイヤ、山こそ我が故郷」。

ここでは、途中、得意のダンスや手拍子を加え、客席に手拍子を求め、沙羅さんによる3回の「ブラヴォー」に続く客席からの盛大な「ブラヴォー」で締めくくるという、エンタ性抜群の盛り上げ演出により、プログラムが終わった。

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アンコールの1曲目は、プッチーニの『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」。

ソプラノなら、ほとんどの人がアンコール・ピースとしても歌う(歌える)曲だが、私は2012年11月のソフィア国立歌劇場来日公演で、沙羅さんが歌うのを聴いている。

それ以来ということはないにしても、この日の歌唱は一層見事だった。「アルノ川に身を投げる」の「投げる」のイタリア語単語でのアクセント。最後のAsのロングトーンにおける感情移入と説得力。誰でも歌える曲の、誰もが表現できるわけではない素晴らしい表現による歌唱だった。

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リサイタルを締めくくったのは、

小林沙羅作詞作曲の「えがおの花」。

沙羅さんは、最後に、今、起きている能登での震災にも触れ、「東日本大震災のときはウィーンにいました。今ここにいて良いのかと自問したりもしました」と語ったほか、依然として戦火の止まない世界情勢も踏まえて、「皆さんが、世界が平和に過ごせますように」として歌われた。

以前から「名曲」だとは思っていたが、この状況下で、沙羅さんが

「けれど私は信じている。いつか世界が、えがおの花で、あふれますように」~「だから私は信じている。そして歌を歌う。あなたの心に、えがおの花を咲かせたい」、と歌ったのは、祈りを込めた強いメッセージでもあり、私の、いや、この日の全ての聴衆の胸に、心に響いたに違いない。

この状況下におけるリサイタルを締めくくるに最も相応しい選曲であり、祈りが込められた素晴らしい歌唱だった。

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沙羅さんは、歌唱力はもちろん、恵まれた容姿に加え、誰とでも親しく接する明るく社交的なキャラクターがあり、いわゆる「スター性」を感じさせる魅力的な歌手。

歌の完成度を追求するところから入る歌手もいらっしゃるだろうし、それはそれで素晴らしいが、沙羅さんはむしろ、「お客さんに喜んでもらいたい、そういう歌を歌いたい、ステージでありたい」という基本姿勢を感じる。「それがまずあっての自己研鑽、完成度の追求」という印象を受ける。

沙羅さんには、世界情勢も含めた、常に人間社会全体を考えている中での歌の重要さ、歌手としての使命感を持っているような強い機軸を感じる。今後も益々の活躍が楽しみだ。

2024年1月13日 (土)

沖澤のどかさん指揮~東京シティ・フィル第366回定演

沖澤のどかさん指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の第366回定期演奏会を1月13日午後、東京オペラシティコンサートホールで拝聴した。

既に絶大な人気を獲得されている沖澤さんだけに、3階までほぼ満席。曲は以下のとおり。

1.シューマン(ラヴェル編曲)謝肉祭より

2.シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54

3.ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」第1組曲、第2組曲

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1.シューマン(ラヴェル編曲)謝肉祭より

シューマンにより1835年に書かれた有名な原曲を、ラヴェルが、舞踏家ニジンスキーのロンドン公演のために1914年に管弦楽用に編曲。もっとも、今回演奏された4曲以外は紛失されているとのこと。

「前口上」(原曲の第1曲)、「ドイツ風ワルツ」(同第16曲)、「パガニーニ」(同第17曲)、「ペリシテ人と闘うダヴィッド同盟の行進曲」(同第21曲)の4曲。

ラヴェルのオーケストレーションだから悪いはずはなく、特にハープと木管の使い方がサスガの感があったし、終曲のエンディングでのピッツィカートとアルコ(弓で弾く)との使い分けも印象的だった。

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2.シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54

ソリストは黒木雪音さん。この日、初めて聴いたピアニスト。

まず、「雪の音」で「ユキネ」とは素敵な名前だし、外見も可愛らしい。2022年のダブリン国際ピアノコンクールで優勝されたほか、ハノイ国際ピアノコンクール第1位、アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位等、既に多くの国際コンクールで優勝を含む入賞歴がある。

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第1楽章の冒頭。オケのトゥッティ和音とピアノのカデンツァに続いてオーボエで奏される第1テーマが、ゆったりとして素晴らしい。もちろんこれは、それを受けてのピアノによるソロ、黒木さんが希望して演奏したテンポの先取り。

このテーマは、録音も含めて、速めの(そっけない)テンポによる演奏がとても多いので、ガッカリすること度々だが、黒木さんが採ったテンポはロマンティックで素晴らしい。

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このソフトなタッチによる「ゆったり感」は終始根底にあり、しかも、音量が豊かで堂々としており、王道的にして余裕を感じさせる、自信に満ちた演奏で素敵だった。ディティールの強調や鋭いアクセントよりも、全体のソフト感とダイナミズムとロマン性を大事にした演奏という印象。「ふくよかさ」が終始あり、ギスギス感の皆無な、全体的に大らかな歌に満ちた演奏で、とても良かった。

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係るテイストゆえ、盛大な拍手に応えてのアンコールは「トロイメライ」でも弾くのかな、と思ったら、真逆の曲想の、ジャジーでテクニカルな、カスプーチン作曲「8つの演奏会エチュード」の第1曲「プレリュード」。躍動感と愉悦感に満ちての演奏だった。

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休憩後の後半は、

3.ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」の第1組曲と第2組曲

「ダフニスとクロエ」は合唱との全曲を聴きたいと思う曲だが、オケだけの組曲としては、第2組曲がポピュラーであるのに対して、第1組曲はあまり演奏されないので、選曲自体はとても良かった。

オケだけによる演奏では、特に弱音場面における骨組み(構造)や、楽器の特殊奏法、あるいは特殊楽器自体等々が、よく聞こえて来るという楽しみは有る。

今回も第1組曲における「エオリフォン」(ウインドマシーン)や、それに合わせてのヴィオラ、チェロ、コントラバスのグリッサンド等を含めた個性的なオーケストレーションがよく判った。

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東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団は、今や国内屈指と言えるほどの素晴らしいオケだが、第1組曲では、金管の複数のパートで、完璧とは言えない音程が幾つかあり、意外(驚き)だった。

第2組曲は素晴らしかった。

「夜明け」での練習番号158からのヴィオラによるパートソロを、のどかさんは、クッキリと明瞭に強調されていて、とても美しかった。この部分は、録音を含めて、なぜか「モヤッ」と演奏されることが多いのだが、のどかさんは、そんな曖昧な選択はせず、キチンと響かせていた。

そして、練習番号167から168にかけての長大なクレッシェンドを、たっぷりと雄大なスケール感をもった、しなやかなフレージングで盛り上げ、とても素晴らしかった。

「全員の踊り」でのリズムの躍動感、追い込み(たたみ込み)による迫力のエンディングで締めくくり、長く盛大な拍手と歓声を受け、このコンサートが終了した。

2024年1月 7日 (日)

オルケストル デ ベル~「カルメン」演奏会形式抜粋

幸運にも大学時代の友人のお誘いをいただき、「オルケストル デ ベルOrchestre des belles」の第7回定期演奏会を1月7日午後、東京芸術劇場で拝聴した。

初めて聴かせていただいたこのオケは、今回の指揮者でもある水戸博之さんに指揮していただけるオケを作りたいとして、2017年に結成されたとのこと。中規模の人数のオケだが、とても優秀なオケだと感じた。

今回は演奏会形式によるビゼーの歌劇「カルメン」抜粋という意欲的なプログラムで、しかもソリストは音大生とかではなく、いわゆる「売れっ子」を揃えた贅沢な布陣であることに加え、後述のとおり、合唱が絶賛に値する素晴らしさで、充実したコンサートだった。

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ソリストと合唱は、

カルメン:鳥木弥生、ドン・ホセ:城 宏憲

ミカエラ:鷲尾麻衣、エスカミーリョ:加耒 徹

Orchestre des belles合唱団、クラウン少女合唱団

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石川県七尾市出身の鳥木弥生さんの心中は察して余りあるが、そこはプロ。得意中の得意のタイトルロール、カルメンを、終始余裕ある、堂々たる歌唱を披露された。ディティール云々というより、ステージ全体から感じられる貫禄と存在感が素晴らしかった。既に多くのファンを獲得している鳥木さんだけに、歌い終わる都度、盛大な拍手と歓声が起きた。名実ともにこの日の主役だった。

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ドン・ホセ役は城 宏憲さん。如何に売れっ子かは、私は言うまでもないだろう。昨年は、ご本人待望のドン・カルロを歌われた他、私は先月である昨年12月だけでも、以下3回も聴いている。

12月8日、Hakujuでの「蝶々夫人」~TRAGIC TRILOGY Ⅲ

12月14日、サントリーホールでの「第8回オペラ歌手紅白歌合戦~声魂真剣勝負~」

12月29日、神奈川県民ホールでの『ファンタスティック・ガラコンサート2023』

この日も、特に後半のカルメンとの二重唱等は感情移入全開で、ドン・ホセになりきっての朗々たる声量と伸びやかな歌唱により、聴衆を大いに魅了した。

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今回特に絶賛したいのはミカエラ役の鷲尾麻衣さんの素晴らしさだ。

デビュー間もないころから聴かせていただき、応援してきたので、私なりに彼女の「進化」は感じている。

コロナ禍入り直前の甲府市での「ラ・ボエーム」のミミが素敵だったが、「圧倒」という点で今でも鮮やかに覚えているのは、2012年10月30日の東京文化会館小ホールにおける、穴見めぐみさんのピアノによる「モーニングコンサート」で、あのときの鷲尾さんは、まるで何かから「覚醒」されたかのような、圧倒的な歌唱を披露されたのだった。その前後以来、10を下回らない数のステージを聴かせていただいており、毎回魅了されてきたが、特にこの日の鷲尾さんは、私にとっては、あの日の強い感動を思い出す歌唱で、この日は演技、表情を伴うオペラ舞台に準じたステージゆえ、ミカエラの心情が一層強く表出されていたし、美しく伸びやかな高音だけでなく、中音域では、メゾのようなニュアンス豊かなトーンと表現が印象的だった。実に素晴らしいミカエラだった。

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エスカミーリョ役の加耒 徹さんは、特に高音における歌いまわしや、ディクションに特色、強調、工夫を感じ、個性的なエスカミーリョを演じ、表出されていて印象的だった。

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合唱

Orchestre des belles合唱団は、今回の公演のための公募により臨時に結成された団のようだが、とても素晴らしく、プロ合唱団は別として、アマとしては、「久しぶりに抜群に優秀な合唱を聴いた」という思いを強く抱いた。

明るく伸びやかなテナー。清らかに美しいソプラノ。統一感あるアルト。安定感あるバス。

人数もソプラノ18名、アルト19名、テノール16名、バス11名と、ほぼ理想に近いと言えるバランスの良さが、そのまま長所として表れた合唱だった。実に素晴らしかった。

終演後、ロビーで、出演者でテノールの廣瀬泰文さんに賛辞を伝えたが、廣瀬さんいわく「男声は(人数的には)東響コーラスが主体」とのことで、「なるほど、そりゃあ上手いはずだ」と納得。女声も男声に負けることなく、実に優秀な合唱を聴かせてくれた。

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オーケストラ

もしやプロも何人かいたのかもと思うほど、安定感ある優秀な演奏で、不安定な部分はほとんど無く、金管や木管のバランスも良かった。

第3幕の間奏曲は、あらゆるオペラの中でも、「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲とともに、最も美しい間奏曲。フルートソロのトーンがとても明るくて素敵だったが、テンポが幾分速めなのは私の趣味と違うのと、短い曲ながら、主題がフルート、クラリネットと続き、弦が受け継ぐ後半が、良く言えば爽やかに、違う表現だと、いささかアッサリとしたテイストだった点も、私の趣味とは異なった。

この後半の弦は、控えめそうでいて、実はもっとエスプレッシーヴォが必要な、「熱い音楽」だと私は思うので。

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ソリスト、合唱、オーケストラ、いずれも充実の素晴らしいコンサートでした。

お疲れ様でした。ありがとうございました。

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プログラム

第一幕

前奏曲

No.4 合唱

No.5 ハバネラ~鳥木さん

No.6 合唱

No.6 bis レスタティフ

No.7 二重唱~鷲尾さん&城さん

No.10  セギディーリアと二重唱~鳥木さん&城さん

 (休憩

第二幕

間奏曲

No.12 ジプシーの歌~鳥木さん

No.13 合唱

No.14 闘牛士の歌~加耒さん

No.17 二重唱~鳥木さん&城さん

第三幕

No.22 アリア~鷲尾さん

No.22 bis レスタティフ

No.23 二重唱~城さん&加耒さん

第四幕

間奏曲

No. 二重唱~鳥木さん&城さん~&合唱

https://sites.google.com/site/orchestredesbelles

2024年1月 5日 (金)

飛行場の種別化について

後日記載します。

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