山形交響楽団による~ヴェルディ『椿姫』全曲
山形交響楽団による「演奏会形式オペラシリーズVol.2」としての公演であるヴェルディの歌劇『椿姫』を1月28日午後、山形駅から直ぐ近くにある「やまぎん県民ホール」で鑑賞した。
指揮は2019年4月から同オケの常任指揮者を務めている阪 哲朗(ばん てつろう)さん。
活躍中の歌手を揃えた充実の公演で、特に後述のとおり、今月20日に所沢ミューズの「ニューイヤー・オペラ・ガラ・コンサート」でも『椿姫』からのアリアを歌われた森谷真理さんによるヴィオレッタが圧巻の素晴らしさで、聴衆を大いに沸かせた。
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「やまぎん県民ホール」は、1階から3階までの2,001席を有する品の良い、音響も良い素敵なホール。初めて行ったホールなので「にわか勉強」的に記すと、「本名」は「山形県総合文化芸術館」で、2019年9月に完成し、同年10月に山形銀行が命名権を取得したことから12月より「やまぎん県民ホール」の愛称が用いられ、コロナ禍入り間もない2020年5月に正式オープンした。
阪さんがオペラシリーズを開始されたこともあってか、オペラ人気も高まっているようで、この日も1~2階は、ほぼ満席の入りだった。
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山形交響楽団について
数年前、飯森範親さんとの東京公演を拝聴しているのと、コロナ禍の配信による阪さん指揮、田部京子さんとのベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番も聴いており、CDでは、いずれも飯森さん指揮による、田部京子さん演奏のモーツァルトのピアノ協奏曲第25番と、新倉瞳さんによるエルガーのチェロ協奏曲、シューマンの交響曲等を聴いているが、あらためてオケの歴史と状況を少し調べると、指揮者、村川千秋さんにより1972年1月に発足。徐々に発展する中、リーマンショックによる景況悪化や、東日本大震災の復旧優先による東北電力主催公演のストップなどにより収益が悪化するなど、困難な時期が続く中、様々な対応がなされてきたようだ。
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現在もコントラバスが3人など、室内管弦楽団に近い規模と言えるが、チェロ首席の矢口里菜子さん等、優秀な奏者が集っているので、アンサンブルは当然しっかりしている。
今後、オペラ公演を含めて、聴衆の入りと盛り上がりが期待できるだろうから、団員の増員等、規模もレベルも更に充実して行くのではないかと想像できるし、期待したい。
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阪 哲朗さんについても詳しくないので、にわか勉強的に記すと、京都市出身。京都市立芸術大学作曲専修にて廣瀬量平氏らに師事後、ウィーン国立音楽大学指揮科に留学。1995年のブザンソン国際指揮者コンクール優勝。ベルリン・コーミッシェ・オーパー専属指揮者、アイゼナハ歌劇場音楽総監督レーゲンスブルク歌劇場音楽総監督を歴任のほか、ウィーン・フォルクスオーパーで「こうもり」を指揮。シュトゥットガルト歌劇場、スイス・バーゼル歌劇場等、ドイツ、オーストリア、スイス、フランス、イタリア等で約40のオーケストラや歌劇場で指揮。現在、山形交響楽団常任指揮者、びわ湖ホール芸術監督、京都市立芸術大学音楽学部指揮専攻教授。
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今回の『椿姫』が「演奏会形式オペラシリーズVol.2」とあるように、Vol.1は阪 哲朗さん指揮、宮本亞門さんの演出で、2023年1月28日に、モーツァルトの『フィガロの結婚』が演奏された。
フィガロ:萩原 潤、アルマヴィーヴァ伯爵:大沼 徹、伯爵夫人:髙橋絵理、スザンナ:種谷典子、ケルビーノ:小林由佳という布陣で、特に小林由佳さんのケルビーノが評判良かったようだ。
それに先立つ2022年には、阪 哲朗さん指揮で、R・シュトラウスの『ばらの騎士』抜粋が、元帥夫人:林 正子、オクタヴィアン:小林由佳、ゾフィー:石橋栄実という充実のキャスティングで演奏された。
2公演とも私は聴けなかったのが、とても残念。
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いつもながら前置きが長くなったが、今回の公演について、まず、キャスティングは以下のとおり。
ヴィオレッタ:森谷真理
アルフレード:宮里直樹
ジェルモン:大西宇宙
フローラ:小林由佳
ガストン子爵:新海康仁
ドゥフォール男爵:河野鉄平
ドビニー侯爵:深瀬 廉
医師グランヴィル:井上雅人
アンニーナ:在原 泉
合唱:山響アマデウスコア
合唱・バンダ:山形県立山形東高等学校 音楽部・吹奏楽部
舞台構成・演出:太田 麻衣子
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感想
何と言ってもヴィオレッタ役の森谷真理さん
今月20日の所沢におけるヴィオレッタについて、私はこう書いた。
「森谷真理さんの歌唱は、情感豊かにして、完璧な技術と豊かな声量に加え、強弱の変化、トーンの変化、ヴィブラートの調整等を含めたニュアンスの多彩な表現力の見事さに加え、どの部分においても力みを全く感じさせず、自然体で余裕ある歌唱のように聞こえるのが凄い。圧巻としか言いようのない素晴らしい歌唱で、世界のどこのオペラハウスでも絶賛されるに違いない国際的なレベルの歌唱だ。その歌声を聴いていると、ヴィオレッタは高級娼婦と言うより、高貴な女性、貴婦人のような貫禄と気品を持つ女性にさえ感じてしまう。哀愁、哀感を含めて、凛とした気品あるヴィオレッタを歌える稀有な歌手が森谷真理さんだ」
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今回も感動の基本的感想は同じだが、今回はアリア抽出ではなく、全三幕の演奏であり、演奏会形式とはいえ、ステージを可能な限り使って、オペラ舞台に近い設定と衣装による歌唱ゆえ、「役になりきり感」という決定的要素が加わった。
すなわち、所沢での情感豊かにして高貴な歌唱に加え、原題である「道を踏み外した女」としての悲哀と、人生の最後に知ったピュアな愛の感情を、大きな間合いとフレージング、繊細なヴィブラート、感情の起伏とトーンの変化の巧みさ自然さによって表現していく、そのコントロール力の見事さ。
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森谷さんは神々しい高音の美しさだけでなく、メゾ的で絶妙なヴィブラートを伴う中音域での奥深いトーンを有するので、その「憂いあるトーン」が、悲劇的なヒロインにピッタリなのだ。この特色と技巧が天性のものなのか、鍛錬により獲得したものなのかは私には判らないが(そのいずれもだろう)、単にコントロールの見事さと多彩なトーンという要素だけに終わらない、感情移入による「役に憑依する力」を聴衆に強く感じさせる歌唱力、それが森谷さんの最大の魅力に思える。実に素晴らしいヴィオレッタだった。
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アルフレード役の宮里直樹さん
少しカゼ気味だったようで、第1幕は「いまいち」感があったが、第2幕以降は、いつもながらの、明るく若々しいトーンで魅了した。「とても誠実なアルフレード感」が出ていて良かった。
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ジェルモン役の大西宇宙(たかおき)さん
大西さんの声量の凄さは、日本でのデビュー以降、これまで何度も私は書いてきた。見た目、若くてカッコイイので、「アルフレードのお父さんにしては若いな」感はやむを得ないが、充実した低音の魅力と存在感により、聴衆に強いインパクトを与えたに違いない見事な歌唱だった。
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フローラ役の小林由佳さん
由佳さんの明るいトーンについても、これまで度々書かせていただいている。
深々としたメゾというより、ソプラノに近い明瞭なトーンなので、フローラ役にとても合っていたと思う。失礼ながら、今回のキャストの中では、もしや最年長(に近い)かもしれないが、変わらぬ美声に改めて驚く。由佳さんのケルビーノとオクタヴィアンは最高だが、そうした準主役級の役でなくとも、しっかりと舞台の展開を引き締める役どころを歌える優れた歌手だと思う。
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ガストン子爵役の新海康仁さん
これまで数回聴かせていただいているし、特に昨年の「荒川区民オペラ」におけるネモリーノは素晴らしかった。今回のガストン子爵も、いつもながらのピュアで力みの皆無な、自然体な美声が素敵だった。
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ドゥフォール男爵役の河野鉄平さん
米国から帰国後の活躍が目覚ましい。この日も充実の声でドゥフォール男爵を聴かせてくれた。
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ドビニー侯爵役の深瀬 廉さん
今回初めて聴かせていただいた歌手。山形市出身とのこと。声も外見も、人から好かれそうな魅力があるので、今後の活躍が楽しみ。
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医師グランヴィル役の井上雅人さん
井上さんも、これまで何度も聴かせていただいているし、今回も品格のある医師グランヴィルで、とても良かった。出身高校が山形北高校音楽科ということは、今回プロフィールで初めて知った次第。
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アンニーナ役の在原 泉さん
初めて聴かせていただいたアルトだが、とても良かった。落ち着きと存在感のある声。今後の活躍が楽しみだ。
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合唱:山響アマデウスコア
佐々木正利さん指導だけに、明朗な声がよく出ており、声量も充実し、とても良かった。
女声のカラフルで自由な衣装については、「動き回る演出ならともかく、ほぼ起立状態での合唱だったのだから、白と黒など、正装に近い身なりが良かったのではないか」という意見が複数あったようだ。
今後の検討材料(課題)として残されたと言えるかもしれない。
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バンダは、山形県立山形東高等学校の音楽部・吹奏楽部が演奏。
地元の若者とのコラボ自体、素晴らしい試みだと思う。
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今後も充実の公演が企画されているようだし、澄んだ空気、広々とした駅前広場と素敵なホール。
これからも機会を見て、何度も来てみたいと思う。
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