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2023年10月31日 (火)

森谷真理さん~ソプラノ・リサイタル

ユニークの極みの選曲 ~言葉に宿るもの~

森谷真理さんのリサイタルを10月31日夜、王子ホールで拝聴した。ピアノは山田武彦さん。

「Spirits of Language ~言葉に宿るもの~」と題されたリサイタルの選曲は極めてユニーク、個性的で斬新だった。

休憩なしの70分のコンサートだったが、森谷さんの技術や表現力に溢れ、実に魅力的なリサイタルだった。まず、プログラム全体は以下のとおり。

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1.シマノフスキ:歌曲集《スウォピェヴニェ》 Op. 46

2.ピアノ・ソロで:コンスタンティネスク:ドブロジャ舞曲

3.ラヴェル:歌曲集《2つのヘブライの歌》

4.ピアノ・ソロで:L・ブーランジェ:「明るい庭から 」「行列」

5.L・ブーランジェ:歌曲集《空の広がり》

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感想

Ⅰ.シマノフスキ:歌曲集《スウォピェヴニェ》 Op. 46

ポーランドの作曲家カロル・シマノフスキ(1882~1937)は、2つのヴァイオリン協奏曲が有名だが、他に4つの交響曲、2つの弦楽四重奏曲、2つのオペラ、ピアノ曲や歌曲などを作曲した。

歌曲集《スウォピェヴニェ》は1921年の作品。

詩は、ポーランドの詩人ユリアン・トゥヴィム(1894~1953)の連作詩集によるが、用いられている言葉はユニークで、「スウォピェヴニェ」もポーランド語には無いなど、詩集の語句の半数以上は、トゥヴィムが編み出した「造語」とのこと。次の5曲から構成されているが、5曲全体で感じたことは、「明るくも暗くもない、独特の色調」ということ。

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1.「ことさくら」は、ピアノの響きが個性的で、歌はベルク的な要素を感じた。

2.「あをき言の葉」はピアノが東洋的で、歌は散文詩的。ドラマ性があった。

3.「聖フランチェスコ」は、しっとり感が印象的。

4.「ガマズミの館」はリズミック。

5.「ヴァンダ」は、旋律線の中で、伸ばす音が基盤となる歌だった。

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Ⅱ.ピアノのソロで、コンスタンティネスクの「ドブロジャ舞曲」

パウル・コンスタンティネスク(1909~1963)は、ルーマニアの作曲家。トッカータ的な曲だった。

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Ⅲ.モーリス・ラヴェルの歌曲集《2つのヘブライの歌》

1914年の作品で、「カディッシュ」と「永遠の謎」の2曲。

「カディッシュ」というと、バーンスタインの交響曲第3番の副題を直に連想する。あの作品においては、「聖なるもの」を意味し、ユダヤ教の祈りの歌であることを基本とするが、このラヴェルの曲は、アラム語(かつてシリア地方、メソポタミアで話され、現在もレバノンなどで話されているアフロ・アジア語族セム語派の言語)のテキストに基づく荘重な詠唱スタイルで~アリアの様に~歌われる葬送歌。

ピアノによる鐘の音のような響きと、祈りを感じさせるアダージョの歌が印象的だった。

「永遠の謎」は、ユダヤ民謡を基とし、アンダンテによるシンプルな歌。

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Ⅳ.ピアノのソロで、L・ブーランジェの「明るい庭から 」より「行列」

フランスの音楽一家に生まれ、今年、生誕130年でもあるリリ・ブーランジェ(1893~1918)は、幼少からフォーレにピアノを習い、16歳でパリ音楽院作曲家に入学。1913年には女性として初めて「ローマ大賞」を受賞している。

3つの小品(1914年作)の中から「明るい庭から 」と「行列」の演奏。この日、「やっと愛らしい曲」あるいは「ドビュッシー的な曲」を聴けた思い。

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Ⅴ.リリ・ブーランジェの歌曲集《空の広がり》

テキストは、フランシス・ジャム(1868~1938)の長編「悲しみTristesses」からの抜粋だが、歌曲集全体のタイトルとして、「空の広がり」(空のひらけたところ・晴れ間)とした。

全13曲、約40分を要する大曲の内容は、少女との恋愛成就と失恋。

全体で感じたことは、「独特の和声進行」、「基本は長調だが、特に明るくも暗くもない」、「音域も強弱も大きく上下増減する振り幅の広い、抑揚の大きな曲」ということ。13曲のタイトルと短い感想は以下のとおり。

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1.「彼女は野原を谷間へと降りていった」は正に、音域も強弱も大きく上下増減する振り幅の広い曲。

2.「彼女はおそろしく快活だ」は、ピアノに水面を感じた。歌は大きな抑揚のある歌。

3.「時々ぼくは悲しくなる」も大きな抑揚のある歌。

4.「ひとりの詩人がこう言った」は、テンポアップした曲。

5.「ぼくのベッドの裾のところに」は、物語を語る、という印象。

6.「もしこのすべてがただのくだらない夢で」は、ピアノが出だしからして、「トリスタンとイゾルデ」の冒頭を連想させ、印象的だった。歌の音量も、それまでの「mf~ff」というより、「mp~f」と抑えられた感じ。

7.「ぼくらはお互い深く愛し合おう」は、しっとりとしたロマン性があり、音量も「mp~f」という印象。

8.「あなたはぼくを見た、あなたの魂すべてで」は、3拍子(調)で、しっとり感とロマン性のある曲。

9.「去年咲いていたリラの花は」は、ピアノはラヴェル的な美しい流れの中、歌は「f」を中心とした意志的な歌。

10.「二本のおだまきの花が」は、少しテンポアップした、動きのある曲。

11.「ぼくが苦しんできたことは」は、苦しみの吐露というよりは、「前向きに抗うような意志」を感じさせる曲。

12.「ぼくは彼女のものだったメダルを持っている」は、激しい曲。「f~ff」という印象。

13.「明日でちょうど1年になる」は、ゆったりとした歩みによる、長大なエピローグ。激しい語りや、独白的な沈着等々、内容自体の振り幅が大きく、森谷さんの表現力全開により、充実の歌唱とリサイタルが終わった。

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こうした秀作を聴くと、腸結核(現在では「クローン病」と呼ばれる)による24歳と7か月での早世が惜しまれる。

なお、プログラムに記載されたラヴェルの歌曲とこのブーランジェの歌曲の翻訳は、メゾ・ソプラノで、森谷さんと「ゲキジョウシマイ」というユニットを組んでいる~武蔵野音大の先輩でもある~鳥木弥生さんが行っている。素晴らしい関係性だと思う。

2023年10月28日 (土)

中本椋子さん~ソプラノリサイタル

イタリアから帰国して間もないソプラノ歌手の中本椋子さんのリサイタルを10月27日午後、ピアノカフェ・ベヒシュタインで拝聴した。
コルシカ島での国際音楽フェスティバルを含めたイタリア各地でのステージは、マネジメント会社を介さず、自力でオーディションにより獲得したというから、素晴らしい。各地では、既に世界各国の名歌劇場で活躍中の歌手たち(最低でも4ヶ国語以上ペラペラの歌手ばかり)との交流も含めて、大きな収穫を得ての帰国リサイタル。
ピアノは田邉安紀恵さん。賛助でバリトンの小川陽久さんが出演された。
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プログラムは以下のとおりで、中本さんの歌唱はいつもながら見事。
驚いたのは田邉安紀恵さんで、後半最初の2曲、ムゼッタのワルツと「私のお父さん」を歌ったのは中本さんではなく、田邉さんだった。中本さんがピアノ(と入れ替わっての演奏)。
「人前で歌って良いレベル」の驚くほど見事な歌唱だった。
最近はチェロの新倉瞳さんといい、「本業」とは別の、独唱を加えての演奏を披露をされる演奏家が出て来て面白い。若い音楽家の個性と多才さを実感する。
愛知県立芸術大学で田邉さんと同期だったというバリトンの小川陽久さんも、若々しい純な歌声を聴かせてくれた。
特に最後の、中本さんとの「ドン・パスクワーレ」からの長大な二重唱が良かった。
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なお、ムゼッタのワルツ「私が街を歩けば」では、純粋なソロの部分というより、その後半で重唱となる場面として、小川さんが加わり、中本さんがピアノを弾きながら、ミミが歌うオブリガート歌唱を加えたのが、とても良かった。
また、アンコールでの「落葉松」は、メインは中本さんだが、後半から古川さんも歌い、そして、田邉さんもピアノを弾きながら、オブリガート歌唱を加えたことも、とて素晴らしかった。
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プログラム
第1部
1.グノー:歌劇「ファウスト」
(1)マルグリートのアリア(宝石の歌)~中本さん
(2)兄ヴァランタンのアリア「門出を前に」~小川さん
2.マルクス:ノクターン~
3.マーラー:シュトラスブルクの砦の上で~小川さん
4.グリーグ:夢~中本さん
5.ピアノソロ~グラナドス:「ゴィエスカス」より
  「嘆き、またはマハと夜鳴き鶯」~田邉さん
6.ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」よりルチアと兄エンリーコの二重唱
こちらにおいで、ルチア~恐ろしく致命的な青白さが~もし、お前が私を裏切れば
~中本さん&小川さん
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第2部
1.プッチーニ:歌劇「ラ・ボエーム」より
  「私が街を歩けば」~歌=田邉さん、ピアノ=中本さん
2.プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ」より
「私のお父さん」~歌=田邉さん、ピアノ=中本さん
3.バーンスタイン:「キャンディード」より
  クネゴンデのアリア「きらびやかに着飾って」~中本さん
4.ピアノソロマスカーニ:
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲~田邉さん
5.ドニゼッティ:歌劇「ドン・パスクワーレ」より
(1)仕掛け人マラテスタのアリア「天使のように美しい娘」~小川さん
(2)ノリーナのアリア「あの眼差しに騎士は」~中本さん
(3)ノリーナとマラテスタの二重唱「準備は出来たわ」~中本さん&小川さん
アンコール:小林秀雄「落葉松」~中本さん&小川さん

2023年10月24日 (火)

大西宇宙さん~バリトン・リサイタル~コロナ禍を越えて

ヴォーン=ウィリアムズの歌曲等、多彩なプログラム

バリトン歌手の大西宇宙(たかおき)さんのリサイタルを10月24日夜、東京文化会館小ホールで拝聴した。大活躍中で、既に不動の人気を得ているだけに、すこしの空席はあったが、ほぼほぼ満員に近い入りだった。

ピアノは、2009年、武蔵野音楽大学の大学院生だったきに、日本で受けたオーディションで大西さんの才能を見出し、ジュリアード音楽院に招いた恩師、ジュリアード音楽院声楽科学科長のブライアン・ジーガーさん。

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このリサイタルは、「五島記念文化賞オペラ新人賞研修成果発表」の公演。

五島記念文化賞は1990年に創設され、オペラ新人賞研修受賞者は特典として、通常、海外の一つの場所に留学しそこで勉強するが、2018年に受賞した大西さんは、2019年9月ウィーンでの研修に始まり、2020年初頭はアメリカのノースカロライナ・オペラにデビューするなど順調にスタートしたものの、コロナ禍が甚大な時期にかかってしまった。

海外での仕事やオーディションの機会は無くなったが、財団からの助成があったので帰国せず、「蝶々夫人」の公演のために行ったが中止になったフィラデルフィアに留まり、「音楽することの意義を自問し、自分で自分を見直し、研鑽を積む時間が持てた」という。

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リモートレッスンも前向きに受け入れ、動画配信サイトでの発信なども手掛ける中、滞在が安全な複数の国の都市を訪れる機会が生じ、ハンガリーではアンドレア・ロストからレッスンを受け、やがて、ヒューストンでのオペラ出演、国内では新国立劇場出演やバッハ・コレギウム・ジャパンとの共演など、チャンスを獲得していった。

よって、今回のリサイタルは、「所縁(ゆかり)ある地から未知の世界を旅する予想のできない1年間」、「研修の1年間のみならず、その後の活動も含めた大西宇宙の挑戦の成果を見届けて頂ければ」とし、「放浪の時代の各地での様々な体験を反映させ、旅と冒険と発見、そしてコロナ禍で演奏活動を奪われた芸術家として喪失の想いなどを込めて、旅とアドベンチャーをテーマとして選曲。また、成果発表の名のもと、普通なら不可能なプログラム構成」という、意欲的でユニークな以下のプログラムの公演。

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<プログラム>

1.イベール:ドン・キショットの4つの歌

2.マスネ:歌劇《ドン・キショット》より「笑え、哀れな理想家を」

3.コルンゴルト:歌劇《死の都》より「ピエロの歌」

4.ヴォーン=ウィリアムズ:「旅の歌」(全9曲)

 (休憩)

5.マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌

6.プロコフィエフ:歌劇《戦争と平和》より「輝くばかりの春の夜空だ」

7.ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロス》より「私の最期の日」

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感想等

1.ジャック・イベール(1890~1962)の「ドン・キショットの4つの歌」

イベールは1930年代、11本の映画音楽を作曲。その中の一つ、1933年公開の「ドン・キホーテ」の中で、シャリアピンが歌ったのが「ドン・キショットの4つの歌」

(1)出発の歌、(2)ドゥルシネア姫に寄せる歌

(3)公爵の歌、(4)ドン・キショットの死の歌

「出発の歌」は、ピアノの東洋的な響きが印象的。「ドゥルシネア姫に寄せる歌」はスペイン的な感じ。

「公爵の歌」では、大西さんの明瞭なフランス語の発音が印象的。「ドン・キショットの死の歌」は、情念を感じさせる曲。

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2.ジュール・マスネ(1842~1912)の歌劇《ドン・キショット》より「笑え、哀れな理想家を」

1910年2月に初演された歌劇《ドン・キショット》。タイトルロールを歌ったのはシャリアピン。

オペラティックな、スケール感ある曲で、エンディングでも迫力があった。

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3.エーリヒ・W・コルンゴルト(1897~1957)の歌劇《死の都》(初演1920年)より

「あこがれと空想はよみがえる」(ピエロの歌)

さすがコルンゴルトと言うべき、抒情的でロマンティックな、明るい希望を感じさせる曲。

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4.レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ(1872~1958)の「旅の歌」(全9曲)

30代初めに作曲。初演時は8曲で、第9曲は死後に発見され、付け加えられた。

詩はロバート・L・スティーヴンソンで、ひとりの青年が孤独な放浪の中で遭遇する女性との愛と別れ、喪失を描いている。

(1)放浪者、(2)美しい人を目覚めさせよ

(3)道端の火、(4)若者と愛、(5)夢の中で

(6)無限に光り輝く天井に

(7)どこへ俺はさすらうのか?

(8)輝かしきは言葉の輝き

(9)上り坂、下り坂を僕は歩いてきた

(1)は行進曲風、(2)はピアノのアルペジオが印象的等々、3曲目までは、個々に工夫を感じたが、むしろ、第4曲から終曲迄の、一貫した抒情性がとても素晴らしかった。

しっとり感、独白的、スケール感等々、全体的にロマンを感じさせる曲が続いた。

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後半最初は、

5.マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌

一貫したテーマはなく、歌う順序も歌手が決めてよいとされる。今回の曲順は、大西さん「ジーガーさんと相談して決めました」。

(1)やさしい香りを吸い込んだ、(2)美しさだけで愛するなら

(3)わたしの歌曲を覗かないで、(4)わたしはこの世から忘れ去られ

(5)真夜中に

「やさしい香りを吸い込んだ」の抒情性。「美しさだけで愛するなら」の感情移入。「わたしはこの世から忘れ去られ」での若者のロマンを感じさせ歌唱。「真夜中に」の迫力と格調の高さ。どれも素晴らしく、盛大な拍手と歓声が起きた。

ピアノのブライアン・ジーガーさんは、譜めくりの補助者を付けずに、終始、素晴らしい演奏だったが、とりわけ、このマーラーが印象的で、私は「ジーガーさんは、マーラーが好きに違いない」と直感したのだが、帰宅後、大西さんが応じ、ネットにアップされている幾つかのインタビューを読むと、「ブライアン・ジーガーさんが得意とするマーラー」という言葉があったので、私の直感は正しかったと納得した。

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6.プロコフィエフ:歌劇《戦争と平和》より「輝くばかりの春の夜空だ」

1945年初演。冒頭でアンドレイ公爵が歌うアリオーソ。明るく雄大なアリア。

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7.ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロス》より「私の最期の日」

「ドン・カルロ」の1867年初演、フランス語版。「これぞオペラ・アリア」たる歌唱。

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盛大な拍手と歓声に応えてのアンコールは2曲で、いずれもアメリカでの活動が長い、大西さんならではの曲。

1.ミッチ・リー:《ラ・マンチャの男》より「見果てぬ夢」

2.バーンスタイン:《ウェスト・サイド・ストーリー》より「マリア」

プログラムの曲とは違うテイストの曲ゆえ、良い意味で、大西さんの自由なスタイルと雰囲気と思い入れに溢れた魅力的な歌唱により聴衆を大いに沸かせ、素晴らしいリサイタルを締めくくった。

2023年10月17日 (火)

アイスラー~ドイツ交響曲~日本初演

セバスティアン・ヴァイグレ指揮の読売日本交響楽団の第632回定期演奏会を10月17日夜、サントリーホールで拝聴した。曲は2曲で、

1.ヒンデミット:主題と変奏「4つの気質」

2.アイスラー:「ドイツ交響曲」~日本初演

アイスラーが戦後の人生を過ごした旧東ドイツで生まれ、彼の名を冠したハンス・アイスラー音楽大学で学んだヴァイグレさんが、「この曲を演奏するのは、私の使命」と語っていただけに、日本初演曲に対する関心は高く、サントリーホールは多くの人で埋まった。

全11楽章の概要と特に印象的だった事を含めた感想は後段に記載するが、まずは全体について書いてみたい。

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ハンス・アイスラー(1898~1962)の曲は、私はこれまで全く聴いていなかった。先述のとおり、ベルリンには彼の名を冠したベルリン・ハンス・アイスラー音楽大学がある、ということを知っている程度だった。

アイスラーは、同じくユダヤ人のシェーンベルクに師事し、12音音楽を学んだが、やがて、聴衆に受け入れ難い曲想からの決別と、共産主義を「良」としたアイスラーの政治的スタンス等の観点から、師匠シェーンベルク自身との決別を選び、「もっと民衆から受け入れられる、非エリートな、労働者のための音楽」に注力していく。

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「ドイツ交響曲」は、ナチス政権樹立後にアメリカに渡り、1935年から取り組み始め、戦後の1958年までの長い年月をかけて完成させ、1959年4月にベルリンで初演された。

詩人で劇作家のベルトルト・ブレヒト(1898~1956)の詩を主なテキストとして、全11楽章から構成され、交響曲と言うより「反ファシズムの抵抗カンタータ」と言う観が有り、その点では、後述するショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビ・ヤール」を連想する。

初演後は演奏されない時期が続いたが、ここ十数年の間に複数の録音 がリリースされ、知名度が高まってきていた。ヴァイグレさんはハンブルクで一度、指揮をされているとのこと。

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ナチスの非道を題材した作品は、他にも、シェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」や、ショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビ・ヤール」がある。

ブレヒトの詩を含めて、内容的には(決別はしたが)師匠であったシェーンベルクの「ワルシャワの生き残り」を継承するものと言えるが、7分程度の規模には留めず、1時間を超える作品とした点では、カンタータ的交響曲であるショスタコーヴィチの交響曲第13番「バビ・ヤール」に近いとも言えるだろう。

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「バビ・ヤール」が、単にナチスによるユダヤ人虐殺を告発しただけに留まらず、人々を苦しめるスターリニズム批判も含めていたように、「ドイツ交響曲」も、単にナチス批判、告発に留まらない。

「総統」、「ゾンネンブルク収容所」は出て来るが、ヒトラー以前のワイマール共和政時代の為政者の名前も出て来るし、「戦争が終わったら、私たちは共和国を作った。どんな人も平等になるはずだった」という部分も重要で、単なる「反ナチス」だけでなく、戦後、東ドイツでの生活と活動の中での、政府側の人間や組織、社会に対する皮肉と批判も込められているのだ。あるいは、在米時代のアメリカで起きたマッカーシズムという偏狭な非人間的なイデオロギーに対する皮肉、批判も存在する。

第9楽章の最後の部分「将軍、経営者、貴族~階級の敵こそが敵」という歌詞が象徴的だ。

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音楽に関する心象としては、ショスタコーヴィチが、「蓑笠」を巧みに使いながら政権と渡り合い、「暗に」という装いを纏(まと)いながら、社会の息苦しさを告発し、そうした組織や社会に抗う姿を「織り込んだ作品」としたのに対し、アイスラーは、あからさまな言葉と音楽により、反戦だけでなく、社会における生きに難さ、人間を追い詰め、苦しめ、不幸にする組織や管理する側に対する告発を表明した、いわば「あからさまな政治的作品というユニークさ」が印象的だった。

コラールの厳粛さと力強さも印象的で、後述のとおり、新国立劇場合唱団の素晴らしい合唱とともに、感銘深い演奏だった。

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「ドイツ交響曲」は4人の歌手と合唱を伴い、指揮者とオーケスラ以外の出演者、および各楽章のソリスト構成等は以下のとおり。

ソプラノ:アンナ・ガブラー

メゾ・ソプラノ:クリスタ・マイヤー

バリトン:ディートリヒ・ヘンシェル

バス:ファルク・シュトルックマン

新国立劇場合唱団:指揮(指導)は冨平恭平さん

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第1楽章:序奏~ソプラノ独唱と合唱

第2楽章:強制収容所の闘志たち~メゾ・ソプラノ独唱と合唱

第3楽章:「オーケストラのためのエチュード」

第4楽章:回想(ポツダム)~バリトン独唱と女声合唱

第5楽章:ゾンネンブルクにて~メゾ・ソプラノ独唱、バリトン独唱

第6楽章:間奏曲~オーケストラのみによる演奏

第7楽章:鉛の棺に収まる扇動者の埋葬~メゾ・ソプラノ独唱、バス独唱、合唱

第8楽章:農民カンタータ

「凶作」「安全」~バス独唱、「ささやき声の会話」~合唱、「農民の歌」~バス独唱

第9楽章:労働者のカンタータ~メゾ・ソプラノ独唱、バリトン独唱、合唱

第10楽章:「オーケストラのためのアレグロ」

第11楽章:エピローグ~ソプラノ独唱と合唱

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ソリストの4人はいずれも初めての拝聴。皆さん活躍中とのことで、特にバスのファルク・シュトルックマン氏が経験豊富だが、私は特にメゾ・ソプラノのクリスタ・マイヤーさんと、バリトンのディートリヒ・ヘンシェルさんが印象深かった。

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クリスタ・マイヤーさんは、太い声ではなく、ソプラノ的な伸びやかさがあり、声量が豊富。ドレスデン国立歌劇場から宮廷歌手の称号を授与されているだけのことはある素晴らしい歌手だと思った。

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ディートリヒ・ヘンシェルさんも「フィッシャー=ディースカウの後継者」と言われているだけのことはある格調高く明るいトーンにして声量豊かで、感情表現も素晴らしかった。これからも、もっとたくさん聴いてみたいバリトン歌手。

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ソプラノのアンナ・ガブラーさんは、第1楽章の前半と、最後の短い第11楽章と、出番は少なかったものの、美しく訴求力ある歌唱が素敵だった。この歌声と合唱で締めくくられた第11楽章は、短さに反比例して印象深いものだった。

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合唱団の素晴らしさ

合唱が登場する第1楽章以降、合唱は全ての場面で素晴らしく、ドイツの発音、声量、強弱(減増)、統一感等、さすがプロ合唱団で、曲が何であれ、少なくとも国内で、これ以上のレベルの合唱は聴けないであろう、と言えるほど見事な合唱だった。

第7、第8楽章の迫力。「肝」とも言える第9楽章では、「mP」的に感じる場面での密やかさ、「FF」(か、それ以上)の強音における迫力等々、充実の合唱だった。

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全11の楽章は、どれも聴き応えがあったが、私はとりわけ第6楽章以降の後半に魅力を感じた。

構造として面白かったのは第8楽章「農民カンタータ」。

前半の「凶作」と「安全」がバスの独唱と合唱が呼応するように歌われ、中間部の「ささやき声の会話」では、合唱団の中の2人が、囁くような「語り」(Sprechstimme)を行い、最後は再びバスのソロで「農民の歌」が歌われる、という興味深い展開、構成だった。

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第9楽章「労働者のカンタータ」が「ドイツ交響曲」の「要」、「肝」と言える。

15分という一番長い楽章において、メゾ・ソプラノとバリトンによる充実の独唱に加え、先述のとおり、合唱により「mP」場面と「FF」場面の出現、表現や、合唱団の中の5人による「叫び」に似た「Sprechstimme」も交えながらの充実した曲想が見事だった。

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オーケストラだけの演奏は、第3、第6、第10楽章の3つだが、とりわけ第6楽章の「間奏曲」が良かった。

第10楽章は、この「ドイツ交響曲」の中で2番目に長い楽章~それでも10分程度~だが、私は、この楽章は無いほうが「ドイツ交響曲」全体としては「締まる」ように感じた。

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最終の第11楽章の「エピローグ」は1分程度だったか、とにかく短い楽章だが、先述のとおり、ソプラノの歌声と合唱で締めくくられたこのエンディングは、極めて印象的で感銘深いものだった。

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前後するが、前半は。パウル・ヒンデミット(1895~1963)の主題と変奏「4つの気質」

1940年の作。初演は1943年。ピアノを伴う作品で、この日はロシア出身のルーカス・ゲニューシャス。物理的(地政的)な意味で、よく来日できたな、とは思った。

「4つの気質」というユニークなタイトルの由来は、古代ギリシアのヒポクラテスが提唱した「四体液説」が起源で、「人間は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁、という4つの体液を持っていて、その体液がバランスを保っていれば健康であり、これらの体液は人間の気質にも影響を与える」というもの。

この4体液が影響を及ぼす人間の気質を題材にして変奏曲にした曲で、以下の構成。

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主題

第1変奏「憂鬱質」(Melancholy)

第2変奏「多血質」(Sanguine)

第3変奏「粘液質」(Phlegmatic)

第4変奏「胆汁質」(Choleric)

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小編成のオケで、ヴァイオリンからチェロまでをプルトで言うと、4―3―2―1。コントラバスが3人。

オーケストレーションは割と地味で、むしろ第3楽章の弦楽四重奏を含む、室内楽的な部分が良く、オケ以上にピアノがジャズ的な要素もあって面白かった。

ただ、作品として、それほどの価値があるようには思えなかったのが正直な心象。

なお、アンコールとして、ゲニューシャス氏は、ゴドフスキのトリアコンタメロン第11番「なつかしきウィーン」という愛らしくロマンティックな小品を弾いたのが印象的だった。

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プログラム

1.ヒンデミット:主題と変奏「4つの気質」

ピアノ:ルーカス・ゲニューシャス

2.アイスラー:ドイツ交響曲 Op. 50 [日本初演]

ソプラノ:アンナ・ガブラー

メゾ・ソプラノ:クリスタ・マイヤー

バリトン:ディートリヒ・ヘンシェル

バス:ファルク・シュトルックマン

合唱:新国立劇場合唱団 指揮:冨平恭平

2023年10月11日 (水)

三善晃メモリアル合唱コンサート~うたの森

音楽之友社、カワイ出版、全音楽譜出版社の3社共同企画として開催された
「三善晃メモリアル合唱コンサート~うたの森」を10月9日午後、ウェスタ川越大ホールで拝聴した。
まず、出演団体と演奏曲を記載し、その後で感想を記載したい。
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Ⅰ.レガーロ東京【女声】指揮:古橋富士雄、ピアノ:野間春美
1.女声・童声合唱曲集「うたの森」より
(1)「みんなみんな」(2005年。詩:まど・みちお)
(2)「さめない夢」(1979年TV『赤毛のアン』エンディングテーマ曲。歌詞:岸田衿子)
2.童声合唱とピアノのための「山田耕搾による五つの歌」より「からたちの花」~(1977年編曲)
3.女声合唱のための「三つの抒情」より「ふるさとの夜に寄す」~(1961年。詩:立原道造)
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Ⅱ.アンサンブル・ヴォカル・アルカイク=東京【混声】指揮:野本立人、ピアノ:筧 千佳子
混声合唱曲集「木とともに 人とともに」より
1.「空」(2000年。詩:谷川俊太郎)
2.「生きる」(2000年。詩:谷川俊太郎)
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Ⅲ.女声コーラス渚【女声】指揮:真下洋介、ピアノ藤田 晶
女声合唱のための「四つの秋の歌」より
1.「駅」(1971年。詩:高田敏子)
2.「枯れ葉」(1971年。詩:高田敏子)
女声・童声合唱曲集「うたの森」より
3.「爪紅」(1983年。詩:北原白秋)
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Ⅳ.合唱団 ぬっく【混声】指揮:服部純也、ピアノ:草場一輝
混声合唱のための三善晃合唱曲選より
1.「Over the Rainbow」(編曲1999年)
2.佐渡おけさ~太鼓:関本陽樹(新潟民謡。1996年編曲
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(休憩)
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Ⅴ.春日部市立正善小学校 ひろばの風合唱団【童声】指揮:和田由紀恵、ピアノ:川崎尚子
女声・童声合唱曲集「うたの森」より
1.「きこえるかしら」(1979年TV『赤毛のアン』オープニングテーマ曲。歌詞:岸田衿子)
2.「わりばしいっぽん」(1984年。詩:蓬萊泰三)
童声合唱のための三善晃合唱曲選より
3.「あなたに」(1997年、創作構成劇「学校の創生」オープニングテーマ曲。歌詞:佐藤学)
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Ⅵ.合唱団 WAKAGE NO ITARI【男声】指揮:真下洋介、ピアノ:神原颯大、井川弘毅
男声合唱とピアノ(四手)のための「遊星ひとつ」より
1.「INITIAL CALL」(1992年。詩:木島 始)
2.「バトンタッチのうた」(1992年。詩:木島 始)
「リーダーシャッツ21」男声合唱選より
3.男声合唱と四手のピアノのための「一人は賑やか」(詩:茨木のり子)
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Ⅶ.松原混声合唱団【混声】指揮:清水敬一、ピアノ:小田裕之
混声合唱とピアノのための「ゆったて哀歌集」より
1.「ふるさとの丘」(2004年。詩:五木寛之)
2.「てのひらは黙っている」(2004年。詩:五木寛之)
3.「鳥の歌」(2004年。詩:五木寛之)
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(休憩)
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合同合唱(混声合唱)
1.混声合唱曲集「うたの森」より「雪の窓辺で」(1996年。詩:薩摩 忠)
指揮:古橋富士雄、ピアノ:野間春美
2.NEW東京混声合唱団愛唱歌集「唱歌の四季」より「夕焼小焼」(1983年編曲。詩:中村雨紅)
指揮:清水敬一、ピアノ:小田裕之
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感想
女声合唱団のレガーロ東京
2010年、ステージ経験が豊富なメンバーにより結成。当初から指揮は古橋富士雄さん。
統一感のある歌声が良かった。やや硬質な感じもしたので、もう少しソフト感があると、更に良いと感じた。
「からたちの花」の編曲は初めて聴いた。素敵なアレンジ。
大好きな「ふるさとの夜に寄す」をライヴで聴いたのは久しぶりだったので、嬉しかった。
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混声合唱団のアンサンブル・ヴォカル・アルカイク=東京
普段は他の合唱団に所属している若いメンバーが定期的に集う団で、2011年より本格的に活動を開始。
男声が幾分「地声」に近く感じられた。女声は、ソプラノの高音の発声が不明瞭になる場面が幾つかあり、そのため、その部分での音程も不安定に感じられた。
「空」と「生きる」のそれぞれの最後のロングトーンは安定感があり。良かった。
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女声コーラス渚
前身は女声合唱団渚で、2005年に関屋晋さんが逝去されたため解散したが、ほどなく有志により結成。
最初の指揮者は清水敬一さんで、ピアノは今に至る藤田 晶さん。2007年に第1回の演奏会を開催。
2018年に指揮者が真下洋介さんにバトンタッチ。
平均年齢が高い「大人な」女声合唱で、ヴィブラートに憂いがあり、しっとりと聴かせてくれた。
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混声合唱団の合唱団 ぬっく
2013年6月、「ぬっくりぬくぬく」歌うことをモットーに、首都圏の大学生を中心に結成。
2023年、第5回東京国際合唱コンクールの混声合唱部門で金賞を受賞。
「Over the Rainbow」の編曲も初めて聴いたが、最後のロングトーンが美しかった。
和太鼓付きの「佐渡おけさ」も楽しく拝聴した。
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休憩後の3つの合唱団は、とりわけ充実していた。トップバッターは、
児童合唱団である春日部市立正善小学校 ひろばの風合唱団
優秀な児童合唱団。とても良かった。
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男声合唱団の合唱団 WAKAGE NO ITARI
ユニークな団名の合唱団は、2019年に企画合唱団として結成され、2021年3月から常設化した男声合唱団。男声ゆえ、声量豊かで迫力があっただけでなく、技術も、とても優秀。
第75回全日本合唱コンクール全国大会の「大学職場一般部門・同声合唱の部」にて金賞および日本放送協会賞を受賞されただけのことはある。
「INITIAL CALL」は無伴奏による静謐な曲。
「バトンタッチのうた」は一転して、リズミックな曲で、プログラムに松平敬さんが書かれているとおり、この日の全演奏曲の中で、最も難曲と言える。この団の力量を遺憾なく発揮し、アピールした演奏だった。
「一人は賑やか」というタイトル自体がユニークな曲は、内省的な孤独感も有しているような印象的な曲だった。
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単独ステージとしては「トリ」を飾った松原混声合唱団
1953年創立という歴史ある合唱団。もちろん、こんにちに至るまで、何代かの代替わりをしてきているわけだが、根底には伝統と言えるような、しっかりとした土台があると感じられ、長く存続してきた団としての矜持のようなものさえ感じられる立派な合唱を聴かせてくれた。
こんにちにおいても、依然として素晴らしい合唱団だと実感した。
曲としては、特に「てのひらは黙っている」が印象的だったし、「鳥の歌」も良かった。
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短い休憩を挟んでの最後は出演団体による合同合唱
特に2曲目の「夕焼小焼」は、ほとんどお祭り状態の大合唱で、編曲もそう書かれているので、この企画の最後に相応しい曲と演奏により、この素晴らしいコンサートが締めくくられた。

http://www.editionkawai.jp/blog/special/miyoshi/

Nコンから考える公立高校の共学化問題

NHK全国学校音楽コンクール(以下「Nコン」)が9日の中学校の部をもって終了した。完全マスクなしの合唱がNHKホールに戻ってきた。

かつて、福島県立安積女子高等学校という、Nコン常連の名門校があった。東北ブロック代表として全国大会で金賞を含む多くの入賞歴を持つ女子高だったが、2001年、福島県立安積黎明高等学校という男女共学の学校に移行してからは、Nコン全国大会への出演がほとんどなくなっている。もちろん、それ以降も郡山高校ほか、合唱王国たる福島県からは優秀な他校が常連的に出場しているし、他の都道府県から、毎回、初出場を含めて優秀な合唱を聴かせてくれる高校生が現存してはいる。

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埼玉県では、県立高校137校のうち、男女「別」学は浦和高校、浦和第一女子高、川越高校、川越女子高校など全部で12校ある。いわゆる名門校でそれが顕著だ。しかし、県の第三者機関である「男女共同参画苦情処理委員」が、男女差別をなくす観点から8月30日付で、「公的機関が性別に基づき異なった取扱いをなすのは大問題。県立高校の共学化を早期に実現すべきだ」として、共学化を早期に実現するよう県教育委員会に対して勧告した。2002年にも同様の勧告をしたが、県教委は翌03年に「当面は現状維持」と結論づけていて、それ以来、20年ぶり2度目の「勧告」だ。

県民からの苦情を受けて調査・審議し、「男女の役割についての定型化された概念の撤廃が求められている」と結論づけているそうだが、「苦情」とは何か?そもそも、男女「別学」が「差別」なのか?共学こそが「男女平等」で「正義」なのか?理解に苦しむ。

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全国的には、2003年度に福島県、2010年度に宮城県ですべての県立校が共学化するなど、そうした流れは本格化している。

しかし、私立では別学が普通に存在しているし、私立においては係る議論はあまり顕著ではないように思える。なぜ公立高校は共学でないとダメなのか?理解に苦しむ。

私は埼玉県の共学の県立高校卒業だが、実は、私立の男子校に進学したかった。世の中には、「男子校に行きたい」、「女子高に行きたい」という中学生は「ザラ」にいると思うし、現実に別学の私立で学んできた、学んでいる中学生、高校生は依然とした多数存在する。

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「公立高校では、共学であるべきだ。別学は男女差別だ」とする発想が理解できない。そもそも、個人の選択の自由を否定した発想だし、「男女平等」と「性差別」という概念をはき違えている。ただの「ええかっこしい」の発想としか思えない。

少なくとも、「男女別学廃止」を強要したいのなら、公立学校に限定するのは滑稽で、私立に対しても求め、適用すべきである。公立高校にばかり言い立てるのはナンセンスの極みだ。

福島県立安積女子高等学校の合唱部の歴史が過去のものとなったのは、悲しい事実だ。優秀な高校合唱部の損失、高校合唱界における文化的損失の一つとも言える。

2023年10月 7日 (土)

沖澤のどかさん指揮~東京交響楽団

沖澤のどかさん~詩篇交響曲とペトルーシュカ他

オール・ストラヴィンスキープログラム

東京交響楽団の名曲全集第192回演奏会である、沖澤のどかさん指揮のオール・ストラヴィンスキープログラムを10月7日午後、ミューザ川崎シンフォニーホールで拝聴した。演奏曲は、

1.バレエ音楽「プルチネッラ」組曲

2.詩篇交響曲

3.バレエ音楽「ペトルーシュカ」1947年版

1と2をライヴで聴くのは初めてだったので、特に2は印象深く拝聴した。

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「プルチネッラ」組曲は1920年5月初演。作曲というより実質的には編曲で、ディアギレフが、ペルゴレージの手稿や印刷譜の中から18曲を選び、それを元に、1919年秋、ストラヴィンスキーに「ハープを含む大編成管弦楽」への編曲を依頼した。ストラヴィンスキーは、ペルゴレージの音楽は気に入ったが、ハープ・打楽器どころか、クラリネットさえ含まない合奏協奏曲風の小編成の作品として完成。

よってこの日も、ヴァイオンが全員で10名、ヴィオラが5名、チェロとコントラバスが4名で、バロックの合奏協奏曲風に、各トップ奏者1名の計5人と、ほか合奏群に分かれる編成。象徴的な具体例はコントラバスで、1名が指揮者の直ぐ近く、チェロトップの横に配置されての演奏だった。

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3曲中、この曲の演奏に限ってではあるが、FB友人のYさんが、相当手厳しい感想をアップされている。私は、演奏に問題があったという以前に、選曲を残念に思った。

この編曲は、ストラヴィンスキーにしては如何にも軽妙過ぎる内容で、良い意味での「お遊び」、本来的意味での「ムジツィーレン」の曲想とその演奏ではあったが、「ストラヴィンスキー的なるもの」を想像したり、期待する人には、相当、拍子抜けする作品ではある。脱力したラフさが、Yさんにとっては「やっつけ仕事的」というような印象を抱かせたのかもしれない。

私が感じたことは、これは所詮「編曲」であり~しかも特別には成功しているとは思えない内容~、敢えて言えば、演奏が「やっつけ的」なのではなく、ストラヴィンスキーのこの編曲の仕事自体が「やっつけ的」だったということだ。

私の想像では、沖澤さんは、合唱の指導にも経験豊富ゆえ、まずは「詩篇交響曲を演奏したい」があり、次に、か、同じくらいに「ペトルーシュカ」を演奏したいとして、オケ幹部と相談したのだろうと思う。問題は、もう1曲(か2曲)だ。

同じ20分くらいのストラヴィンスキー作品なら、例えばヴァイオリン協奏曲を組み入れたら~今回も相当に意欲的ではあるが~更に意欲的で印象的なプログラムになったと思う。ソリストのギャラ等の問題は加わるにしても。

私の1曲目に関する感想は、演奏に関してというより、選曲そのものに関する以上の点に尽きる。

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「詩篇交響曲」

合唱は、二期会合唱団(男声)とNHK東京児童合唱団。

ボストン交響楽団創立50周年記念委嘱作品で、1930年12月に初演された。依頼したクーセヴィツキーは、形式や楽器編成等の規模などの指定しなかったため、ストラヴィンスキーは以前から構想していた聖書の詩篇を用いた交響曲、それも楽器編成も相当独創的な内容での作品として完成させた。

合唱は混声合唱だが、「児童合唱を入れること。代わりに女声でもよい」とした。この日は、男声合唱と児童合唱による演奏。

オケの編成も印象的で、弦はチェロ群とコントラバス群のみ。木管は、フルート5(内ピッコロ1持ち替え)、オーボエ 5(内コールアングレ1)、ファゴット4(内コントラファゴット1)。金管は、ホルン4、トランペット5(内ピッコロトランペット1、C管4)、トロンボーン3、チューバ1。打楽器は、ティンパニとバスドラム。ほか、ハープ1台とピアノが 2台、というもの。

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演奏は、入念にして丁寧で誠実な合唱と、それをバランス良く支えたオケによる演奏で、とても良かった。児童はもちろん、大人の合唱団でさえ、なかなか歌う機会がない曲を立派に演奏された。

昨年の沖澤さん指揮の東京混声合唱団の演奏といい、私がデビュー前の沖澤さんと知り合うきっかけが某合唱団においてであったこともあり、のどかさんが合唱を指揮する姿自体にも、ある種、深い感慨を覚える。

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休憩後の後半は、「ペトルーシュカ」1947年版

明るく、鳥たちが羽ばたいて行くようなロマン性豊かな素晴らしい曲だが、「火の鳥」や「春の祭典」に比べると、演奏の頻度は低いかもしれない。

トランペットの名人芸が頻出するなど、多くの楽器がソリスティックに活躍する点では、管弦楽のために協奏曲という分類に入れてもおかしくないような個性的な曲。

「春の祭典」に比べると、一見ならぬ一聴、平明に、安易に聞こえる曲想かもしれないが、どっこい、オケにとって相当な難曲であり、指揮者にとっても当然そうだろうと想像する。

しかし、沖澤さんが指揮すると、そう思わせないほど整然と、しかも「しなやかに」、場面に応じてはシャープに、ダイナミズムの自在さを伴いながら、絶えず大らかなロマン性を湛えた演奏として、聴衆に明朗、明瞭に届いてくる。

古典の曲を指揮するが如く端然と、良い意味で器用に、柔軟にオケを統率しながら牽引していく。それも強引にではなく、オケの自発性を尊重しながら。

この曲を、これほどの安心感を聴衆に抱かせながら指揮できる力量を、沖澤のどかさんは4階迄9割近く埋まった聴衆に、改めて示されたと言える。

2023年10月 6日 (金)

ひばり弦楽四重奏団~ベートーヴェン全曲演奏会vol.8

以前から聴いてみたいと思っていた「ひばり弦楽四重奏団」の演奏を10月6日夜、Hkuju Hallで拝聴した。

漆原啓子さんが第1ヴァイオリンとして結成した常設の弦楽四重奏団であるメンバーは漆原姉妹の妹、朝子さん(第2ヴァイオリン)、ヴィオラが大島亮さん(神奈川フィル首席奏者)、チェロが辻本玲さん(NHK交響楽団首席)。

漆原啓子さんは、1981年、第8回ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで、最年少18歳で日本人初の第1位になったが、1985年には「ハレー・ストリング・クァルテット」を結成し、1987年、お茶の水にオープンしたカザルスホールのレジデントクァルテットとなり、2000年3月に同ホールが自主企画公演を終了するまでの13年間、そこを本拠地として、合計37回の定期演奏会を行うなど、ソロ活動に加え、長年、室内楽に積極的に取り組まれてきている。

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1985年から33年後、2000年からは18年後の2018年に、再び漆原啓子さんを中心に結成された「ひばり弦楽四重奏団」は、翌2019年11月、ベートーヴェン全曲を軸とした、5年にわたる演奏会プロジェクトをスタートさせた。

毎回、オール・ベートーヴェンではなく、2曲か1曲をベートーヴェンとし、他の作曲家の作品を入れながら、今年6月までに第7回を終了し、第8回がこの日に開催された次第。演奏曲は以下の3曲。

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1,メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 op.13

2.シュルホフ:弦楽四重奏曲 第1番

3.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 op.131

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メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲 第2番

初めて聴いたが、素晴らしい曲。出版時の事情で第2番となったが、実際は第1番。それも、18歳のときの作品で、改めてメンデルスゾーンの早熟さに驚かされる。

メンデルゾーンがこの弦楽四重奏曲を作曲したのは、ベートーヴェンの死の数か月後であり、当時、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲は、こんにちほどの評価を得られていない中、メンデルスゾーンはこれらに夢中になり、この曲においても、特に第11番、15番、16番から多くのヒントを得たとされる。

各楽章におけるスタイリッシュさや優雅さはメンデルスゾーンの個性が既に顕著だし、第1楽章冒頭の「問い」が、第4楽章のエンディングでも再現されて静かに終わるその作風は、極めて印象的。

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2曲目はシュルホフの弦楽四重奏曲 第1番

曲だけでなく、シュルホフ自体、今回、初めて知った。

エルヴィン・シュルホフ(1894~1942)は、ドイツ系ユダヤ人の子としてプラハに生まれ、ドヴォルザークの助言でプラハ音楽院に学び、14歳の時にはライプツィヒ音楽院への入学を許可され、マックス・レーガーに師事した。一時期は希望して、ドビュッシーからも学びを受けた。

印象主義やジャズや実験音楽の要素等々、様々な作風を取り入れた多彩な才能を発揮し、長いとは言えない生涯に作曲した作品は200にのぼる。交響曲は6曲あり、第7番と8番は未完で終わった。

ナチス・ドイツによって「退廃音楽」という烙印を押され、演奏活動の禁止や作品の出版も認められなくなるなど迫害を受けながら、1941年、プラハを占拠したナチス・ドイツに逮捕され、1942年に強制収容所で亡くなった作曲家。

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弦楽四重奏曲 第1番

各楽章、比較的短いが、極めて個性的。前衛的だが個性が際立つので、大いに気に入った。

第1楽章は民族的で激しいエネルギッシュな曲。第2楽章は、スル・ポンティチェッロ等の特殊奏法が頻出する。第3楽章も個性的な力感の中、コル・レーニョを含む特殊奏法による工夫が印象的。第4楽章は第1ヴァイオリンによる比較的長いソロが印象的だが、何よりも、不気味な静けさの中でのエンディングが極めて印象的。シュルホフの天才性が遺憾なく発揮された見事な作品だと思う。

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休憩後の後半は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第14番

亡くなる8か月前に作曲された充実の大作。極めて個性的な構造と展開を有する名曲。

この曲のライヴは初めて聴き、作品自体にあらためて大いに感服し、見事な演奏に感動した次第。

ベートーヴェン・シリーズは来年の2回を残すのみとのことで、今から楽しみだ。

2023年10月 4日 (水)

Hakuju Hall 20周年記念ガラコンサート

2003年10月、(株)白寿生科学研究所が本社ビルの7階に開館したHakuju Hallが、めでたく20周年を迎え、その記念ガラコンサートが10月4日の夜、同ホールで開催された。

世界で初めてリクライニングシートを導入したHakuju Hallは300席(全リクライニングシート時は 162席)のホール。

設立時からのホール支配人で、同社の代表取締役社長でもあり、自身、趣味でヴァイオリンを弾かれる原浩之さんが挨拶され、それによると、20代のときに提案した際は、立地的な観点等から、複数の音楽業界(マネジメント)関係者から「成功しないよ」と言われたという。しかし、「本業で掲げている“ゆとりある精神”の発信地として音楽ホールを作り、多くの人が集う場にしたい」との思いを貫き開設。お見事、今や、室内楽を中心とした音響と雰囲気の良いホールとして、多くの音楽家が出演され、多くの音楽ファンが知るホールとなっている。

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この日の名誉ある出演者は、「3.11」の翌年2012年3月11日から、コロナ元年の2020年3月11日まで毎年「Hakuju東日本大震災チャリティーコンサート」に出演された以下の7人(敬称略。記載順はプログラムおよびホームページによる)。

小林美恵(ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)、長谷川陽子(チェロ)、大萩康司(ギター)、林美智子(メゾ・ソプラノ)、三舩優子(ピアノ)、平野公崇(ソプラノ・サクソフォン)。

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プログラムと演奏者は以下のとおり。

1.大萩康司さんのギターで

(1)ブローウェル:11月のある日

(2)ブローウェル:永劫の螺旋

2.ピアソラ:「ブエノスアイレスの四季」より “秋”、“冬”

by小林美恵さん、長谷川陽子さん、三舩優子さん

3.林美智子さんと三舩優子さんで

(1)ハーライン:星に願いを

(2)ガーシュウィン:サマータイム

(3)マンシーニ:ムーン・リバー

4.ヨハン・クリスティアン・バッハ:四重奏曲 ハ長調 op.19-1

by平野公崇さん、小林美恵さん、川本嘉子さん、長谷川陽子さん

5.三舩優子さんによるリスト:リゴレット・パラフレーズ S.434/R.267

 (休憩)

6.林美智子さん、川本嘉子さん、三舩優子さんで

ブラームス:2つの歌曲 op.91

7.小林美恵さんと三船優子さんで

サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン op.20

8.サン=サーンス(平野公崇編):動物の謝肉祭 by全員

アンコール:林美智子さんの歌唱を中心に全員で、菅野よう子:花は咲く

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個別の感想

大萩康司さんのギターによりブローウェルの「11月のある日」は、急きょ追加になった曲。大萩さんいわく、「いきなり、『永劫の螺旋』だと、えっ、という曲なので」。「11月のある日」は哀愁のある、とてもロマンティックな曲。続く「永劫の螺旋」は、正にゲンダイオンガクで、「えっ」という曲だったが、ギターの様々な技巧が盛り込まれており、興味深かった。

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小林美恵さん、長谷川陽子さん、三舩優子さんによるピアソラの「ブエノスアイレスの四季」より “秋”と“冬”。「秋」は割と前衛的な技法も盛り込まれていた。聴き易さでは「冬」だが、興味深さでは「秋」というところ。

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林美智子さんと三舩優子さんで3曲。

林さんは久々に聴かせていただいたが、豊かな響きは健在で、とても良かった。特にガーシュウィンの「サマータイム」がアレンジも含めて良かった。

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ソプラノ・サクソフォンの平野公崇さんをメインとした~第1ヴァイオリンの役割と言える~ヨハン・クリスティアン・バッハの四重奏曲ハ長調。小林美恵さん、川本嘉子さん、長谷川陽子さんという3名人がしっかりと支えたが、弦に比べると、サクソフォン1本でも、音量が凄く大きいことが歴然としており、興味深かった。

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前半最後は、三舩優子さんによるリストのリゴレット・パラフレーズ。

三船さんは、リストのアルバムを3種リリースしているくらいのリスト弾きでもあり、この日も、サスガの感のある素晴らしい演奏だった。

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休憩後の後半最初は、

林美智子さんの歌唱、川本嘉子さんのオブリガート付きと三舩優子さんで、ブラームスの「2つの歌曲」がしっとりと歌われた。 川本さんのヴィオラがサスガの感のある、素晴らしいトーンと演奏だった。

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小林美恵さんと三船優子さんでサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。

とてもアグレッシブで、終始、激しい感情移入の連続によるエスプレッシーヴォ全開の演奏。

これまで、小林美恵さんというと、エレガントでソフトな演奏の印象を受けていたのだが、良い意味で完全に覆されたほどで、多少、各音の明瞭さを犠牲にしても~音の濁りやカスリが生じても~それよりも、パッション全開を優先した圧巻の力演だった。

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プログラム最後は全員で、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」。

ソプラノ・サクソフォンの平野公崇さんによる編曲が良かった。この曲では、7人に加え、江川良子(アルト。サクソフォン)、貝沼拓実(テナー・サクソフォン)、平賀美樹(バリトン・サクソフォン)の各氏3名が加わった。なお、第9曲「森の奥のカッコウ」と第10曲は除かれた編曲。

第3曲「騾馬」では、4人のサクソフォン奏者のみによる「駆け回り」が見事。

第5曲「象」は、バリトン・サクソフォンが主旋律を奏し、とても面白かった。

第6曲「カンガルー」は、ギターの撥音とヴァイオリン等のピッツィカートが主。

第7曲「水族館」の主旋律は林さんの歌唱。

第8曲「耳の長い登場人物」は、小林さんによる高音と川本さんによる低音での受けによる応答。

第11曲「ピアニスト」は、ご存じのとおり、わざとヘタに奏するのだが、弦や管など、各セクション内で、音程や流れの速度をズラしながら、愉快にギャグ的演奏がなされ、狙いどおり、聴衆の笑いを誘った。

第12曲「化石」の木琴音はピアノ。途中、林さんによる旋律の歌唱も交えての合奏。

第13曲「白鳥」は、もちろん、長谷川陽子さんのソロ。エレガントな演奏。

第14曲「終曲」も、全員がいろいろな形で演奏し、賑わいの中で終演した。

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アンコールは、林さんの歌唱を中心に全員で菅野よう子「花は咲く」。

この曲に関しては、色々な意見はあると思うが、実際にチャリティーコンサートを行ってきたメンバーによる演奏は説得力があり、林さんの歌唱もとても良かった。

2023年10月 3日 (火)

新倉瞳さんのアラブ音楽~フィールドの広さ

チェリスト新倉瞳さんがクレズマー(東欧の伝承曲)の紹介、演奏にも取り組んでおり、無伴奏ソロでの歌唱から開始する「ニグン」をライヴ演奏も録音もしているが、フィールドの広さは東欧に留まらない。

「アラブ音楽への誘い」と題してのライヴを10月3日夜、雑司が谷の「エル・チョクロ」で拝聴した。

ウード奏者の常味裕司さん、レク奏者のHAMAさんとの共演で、この3人での演奏は、今回が2回目とのこと。会場の「エル・チョクロ」は、アルゼンチン・タンゴを柱としたライヴ・ハウスで、和風のジャズサロンという雰囲気。

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「ウード」は、リュート属に分類される楽器で、西洋のリュートや東洋の琵琶と近縁(あるいは、それぞれのルーツ)と言われる楽器だが、リュートほど小さな音ではないので、聞いたイメージとしては、「アラブのギター」という感じ。

「レク」はアラブタンバリンであり、この日、HAMAさんは2種の楽器を使用していたが、見た目も音等も、西洋のそれとそれほど変わりはない感じがした。

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トークを交えながらのサロン・ライヴなので、19時30分開始、22時終演という長い内容だった。

新倉さんは後半の1曲目以外は、全て他の2人一緒のトリオ演奏。

前半はトルコ、シリア、エジプト、イラクの曲など5曲。

2曲目のシリアの曲では、レクによる長いソロが印象的。4曲目のエジプトの曲では、ウードのソロが印象的。

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後半は主にエジプトの曲を主体とした5曲。

2曲目のアラブの曲(特定の国は挙げていなかったと思う)では、新倉さんの「弾き歌い」が聞けた。

「ニグン」よりもずっと多く歌う場面があり、譜面を見ながらとはいえ、アラブ語であろう歌を、美しいソプラノの声で歌う多彩さが素晴らしい。

アンコールでのチュニジアの曲という「夜、柳の下で」においても、新倉さんの「弾き歌い」をメインとした曲で、これは2曲目よりも多かったかもしれないと思うほど、新倉さんのアラブ語歌唱リサイタルの感を呈していて、とても興味深く、楽しいひとときだった。

2023年10月 1日 (日)

フランコ酒井さん企画「マリア・カラスの生涯」

重量級コンサート~4人の個性と圧巻の歌声を堪能

フランコ酒井さんこと酒井章さん(杉並リリカ)主催による、マリア・カラス生誕100年にちなみ、1950年代のカラス全盛期のレパートリーと、同時代に共演した歌手たちが得意としたナンバーを主体とするユニークにして、ある意味、王道的な、何より、第一線で活躍中の中堅スター歌手による圧巻の名唱を堪能できたコンサートを10月1日夜、東京文化会館の小ホールで拝聴した。

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酒井さんは冒頭と閉めの挨拶だけでなく、1曲ごと演奏前に、バックステージからマイクを使って、その曲をカラスが、あるいは共演者の歌手が何年に歌った等の解説を、丁寧にして詳細で、しかも簡潔に~ときにユーモアを交えながら~語られ、とても良い「演出」をされていた。プログラムにも同様にポイントを押さえて簡潔に記載されていた。

出演者は以下のとおりで、プログラム全体は最下段に記載のとおり。

ソプラノ:森谷真理さん、メゾ ソプラノ:山下裕賀さん

テノール:笛田博昭さん、宮里直樹さん

バリトン:池内響さん、ピアノ:藤原藍子さん

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まずは、この日、私が唯一初めて聴かせていただいたバリトンの池内響さんから。

素晴らしい声。声量も素晴らしく、威厳と言えるくらい格調高い歌唱。遅ればせながら「こんなに素晴らしいバリトン歌手がいたんだ」と思い知らされた。

オール・イタリアもののコンサートだったが、ドイツ語のアリアやリートも魅力的に歌えそうな声。実に魅力的なバリトン歌手だと思う。

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テノールの宮里直樹さん

10年近く前から何度も聴かせていただいている。比較的最近では、「ばらの騎士」における「テノール歌手」役での歌唱が圧巻で、海外のどの歌劇場でも絶賛されるに違いない見事な歌唱だったし、この日も、明るく温かく圧巻の声量だけでなく、「声の色男」と言うべき、甘く色気のあるトーンが何とも魅力的だった。ピュアな歌声が空間一杯に広がるスケール感と、ソフト感ある質感と温かな色気あるトーンは稀有なほど個性的で魅力的で、しかも声量が豊かだから、声が痩せることなど皆無なのだ。過去も今も、他に似た日本人テナーはほとんどいないと思われる魅力を持った歌手。

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テノールの笛田博昭さん

開演時の酒井さんの挨拶の中で、「コロナ明けゆえ、完全な調子ではない」として、第二部最初の曲を辞退されて宮里さんが代演されたし、プログラム最後の森谷さんとのデュオも苦しそうで、万全ではなかったが、ご本人が一番悔しい思いをされていることが、十分聴衆にも伝わったことからの聴衆の「了解」とした温かな拍手と歓声が最後の曲で送られた。

それ以外の曲である前半の「清きアイーダ」や、後半のカルメンのデュオは素晴らしく、「コロナ明け」はほとんど感じさせない見事な歌唱だった。

笛田さんには、宮里さんとはまた違う色気のある豪快さと固有の「強さ」がある。中音域でのバリトンのような厚みと力感のある声。高音での迫力。力感溢れるパワーが魅力的なテノール歌手だ。

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ソプラノの森谷真理さん

高音域での自在で完璧なコントロールと、豪快で艶のある響き。どうしても高音の魅力に関心が行きがちだが、私は森谷さんの本質は~あるいは基盤には~抒情性があると思っている。

しなやかで繊細と言えるほどの情感、抒情があるからこそ、ギャップと言えるほどの高音の魅力が際立つのだと思う。そして、瞬時にダイナミズムを創り出せる瞬発力の素晴らしさ。

「歌に生き、愛に生き」について、スターツおおたかの森ホールのリサイタルレビューでも書いたが、この日も、「全ての小節に凝縮された感情移入があり、1つのヴィブラートの揺れの中にトスカの悲しみが宿る。聴き慣れた曲を聴き慣れた曲に終わらせない表現力の巧みさ」が素晴らしかった。

これまで日本人歌手の中では、ほとんどいなかったタイプの、実に魅力的な素晴らしい歌手で、大好きな歌手。

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メゾ ソプラノの山下裕賀(ひろか)さん

売り出し中ながら、他の4人に比べると「これからの人」に位置するかもしれない。

私の大学オケ同期のA君が絶賛するメゾ。確かに十分魅力的で、声量と表現力を含めて、この日も前半の「ノルマ」での森谷真理さんとの美しいアンサンブル、後半のドニゼッティの曲での完成度の高さ、笛田博昭さんとの「カルメン」での感情移入の見事さ等で、聴衆を十分魅了した。

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ピアノの藤原藍子さんは、いつもながらの完璧にして充実した演奏で、5人を支え、引き立てていた。

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なお、プログラムの最後「コラム」の中で、酒井さんが「今後のオペラ復活のために」として最終段に書かれている一文は、私も普段から感じていたことで、100%全く同感なので、転じて紹介させていただきたい。

「日本でのオペラ上演の大きな課題は色々あるが、二つの大きな課題がある。一つは新国立劇場での日本人歌手の起用の仕方である。現在は、日本人歌手はほとんど脇役での出演が主流で、海外からはそれほど優れた歌手は招聘されていない。早く日本人を主役に迎えて育成を図ることが急務である。それだけ優秀な逸材は揃ってきている。第二に、海外からの劇場引越し公演はあまり意味がない。日本人の聴衆が白人至上主義なので、法外に高価なチケットで、黄金時代に比べれば格段に劣るプロダクションを提供されている。このような現状を打破するには、文化行政の意識改革、聴衆の意識改革も同時に推進していかねばならない。未来のカラスやデル・モナコが歌劇場を熱狂させる日が到来することを強く願っている」

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曲目

第一部

1.ヴェルディ「椿姫」より「ああ、そはかの人か~花から花へ」~森谷真理さん

2.ヴェルディ「仮面舞踏会」より「お前こそ心を汚すもの」~池内響さん

3.プッチーニ「ラ・ボエーム」より「冷たい手を」~宮里直樹さん

4.ヴェルディ「アイーダ」より「清きアイーダ」~笛田博昭さん

5.ドニゼッティ「愛の妙薬」より「女はわからんな」~池内響さん&宮里直樹さん

6.ベッリーニ「ノルマ」より「ご覧なさい、ノルマ」~森谷真理さん&山下裕賀さん

第二部

1.ヴェルディ「ドン・カルロ」より「我らの胸に友情を」~宮里直樹さん&池内響さん

2.ドニゼッティ「ラ・ファボリータ」より「私のフェルナンドよ」~山下裕賀さん

3.ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」より「祖国の敵」~池内響さん

4.ビゼー「カルメン」より「あんたね?俺だ」~山下裕賀さん&笛田博昭さん

5.プッチーニ「トスカ」より「歌に生き、愛に生き」~森谷真理さん

6.グノー「ファウスト」より「清らかな住まい」~宮里直樹さん

7.ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」より「愛の勝利」~森谷真理さん&笛田博昭さん

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