« 2023年8月 | トップページ | 2023年10月 »

2023年9月30日 (土)

横浜シティ合唱団 メンデルスゾーン 聖パウロ

横浜シティ合唱団の第21回演奏会定期演奏会を9月30日の午後、横浜みなとみらいホールで拝聴した。

曲はメンデルスゾーンのオラトリオ「聖パウロ」作品36。本来は2020年6月を予定していたが、コロナ禍で延期になり、ようやくこの日を迎えたとのこと。

指揮は青木洋也(ひろや)さん。管弦楽は山田和樹さんが創設し横浜シンフォニエッタ。

オルガンは大木麻理さん。ソリストは、

ソプラノ:澤江衣里さん、アルト:布施奈緒子さん

テノール :中嶋克彦さん、バス:薮内俊弥さん

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ライヴでは初めて聴いたが、全45曲の大曲。今回の演奏時間は第一部第1曲から第22曲まで約75分。休憩後の第二部第23曲から第45曲まで約65分を要した。

メンデルスゾーンのオラトリオと言えば、偉大な作品「エリヤ」があるが、「パウロ」は、合唱がソリストのレスタティーヴォ等とほぼ交互で歌うなど、合唱の歌う分量が多いという印象。しかも、「P」の場面(曲想)ももちろんあるが、「F」の場面が主体のような印象を受ける大変な曲。

合唱団の人数はプログラムによれば、ソプラノが33名、アルトが27名、テノールが11名、バスが13名の合計84名で、ご多分に漏れず、見た目的にも男声が少ないが、男声陣の声はとても良く出ていて、声量的にはとてもバランスが良く、全く問題なかった。立派な合唱だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

84名の他にも、合唱団のヴォイストレーナーであるソプラノの金成佳枝さんが「イエスの言葉」を歌う8人の内の一人を含めて合唱の全曲を歌われ、同じくヴォイストレーナーのテノール、寺島弘城(ひろき)さんとバリトンの山本悠尋(ゆきひろ)さんが、「偽証人」役を含めた合唱の全曲を歌われたほか、「イエスの言葉」の8人では、金成佳枝さんだけでなく、小巻風香さんらプロ歌手により歌われていたし、第二部では、ソリストの布施奈緒子さんも、ほぼほぼ全曲、合唱の一員として歌われた、など、プロ歌手陣による加勢が、全体の完成度と高いレベルの実現に大きく貢献されたと容易に想像できる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ソリストではソプラノの比重が大きく、ソリストの中では主役と言える。

澤江衣里さんの歌声は、いつもながら清涼感ある伸びやかな美声で素晴らしく、声量も十分であるだけでなく、場面に応じた単語の強調、抑揚、ディクション等々のニュアンスの表現も素晴らしく、贔屓感情抜きに、今や宗教作品の歌唱における第一人者としての面目躍如たる第一級の歌唱であり、いくら褒めても足りないくらい素晴らしかった。この澤江さんの歌唱は、世界中のどのホールであっても絶賛されるに違いないレベルのものだと確信する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次いで比重が大きいのはテノールで、中嶋克彦さんの明るく柔和なトーンが宗教曲に相応しかった。

前半での布施奈緒子さんは端正な歌唱で良かったし、バスの薮内俊弥さんは、声量的にやや物足りなかったものの、誠実な歌唱が印象的だった。

大木麻理さんのオルガンもよく聞こえていて心地よく、全体のアンサンブルの土台として大きく貢献されていた、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

合唱は、先述のとおり、各パートのバランスが良く、音量的にも申し分なく、見事な合唱だった。

ドイツ語の「sch」や「ch」などの子音(的な要素)の発音も多くは明瞭だった。

「Wachet」の「Wa」がカタカナ的に聞こえたこともあったが、総じて立派に明瞭に発音され、何よりも全体の迫力と推進力が素晴らしかった。お疲れ様でした。

2023年9月28日 (木)

東京混声合唱団~武満徹&委嘱作初演&三善晃

東混の武満徹&本年度委嘱作品初演&三善晃

東京混声合唱団の第262回定期演奏会を9月28日夜、杉並公会堂で拝聴した。

指揮は尾高忠明さん。新作初演でのピアノは鈴木慎崇(よしたか)さん。

前半は武満徹の混声合唱のための『うたⅠ』と『うたⅡ』の全12曲。

後半は土田豊貴作曲の東混による2023年度委嘱作品の初演と、

三善晃作曲、混声合唱のための『地球へのバラード』という、武満ファン、三善ファンにはたまらない魅力的なプログラム。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

管弦楽作品の複雑さ、繊細さと、合唱曲の親しみ易さという共通する大きなギャップを感じさせる点で、武満徹さんと三善晃さんは双璧と言える。

武満さんの合唱曲の多くの曲の多くの部分では、頻繁に半音でぶつかるのに、不思議と「不協和音の不快さ」を全く感じさせない。多くの曲のエンディグでそれが象徴的なまでに顕著だ。

武満さんの合唱曲における「不協和音の美しさ」は稀有なほどで、他の作曲家作品ではあまり聞けないほど絶対的に個性的だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「とにかく武満さんの『うた』は楽しい」。

合唱だけでなく、オペラ歌手のソロも含めて最も多く演奏され愛されている「小さな空」から開始し、最も感動的で感涙を禁じ得ない「死んだ男の残したものは」で締めくくる曲集の全曲を一夜に聴ける喜びは大きい。

今回は「うたうだけ」、「さようなら」に独特の抒情性を感じ入ったほか、唯一の編曲作品「さくら」の和音構造の美しさ、斬新さに改めて驚嘆した次第。

聴く度に感涙を禁じ得ない「死んだ男の残したものは」では、尾高さんは、それぞれの「残さなかったもの」である墓石、着物、思い出等々の部分において、たっぷりとした間合いをとって、強調されていたのが印象的だった。ただし、「兵士」の歌詞においては、そうした部分的な強調ではなく、一気呵成なドラマティックな運びで激性をもった展開でとても良かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩の後の後半最初は、東京混声合唱団からの2023年度委嘱作品初演で、

土田豊貴(とよたか)さん作曲の混声合唱とピアノのための「どんな鳥も…」

寺山修司さんの詩に基づく作品。この日の演目の中で、唯一、ピアノ演奏が加わる作品。4曲から構成される。

1曲目の「みじかい別れのスケッチ」は無伴奏で抒情的な美しい曲。

2曲目「友だち」の冒頭からピアノがダイナミックに入り、動的に展開する。

3曲目「どっちが高い?」もピアノを伴う繊細な曲。

4曲目「飛行機よ」は無伴奏で開始し、やがてピアノが加わる。全体的にドラマ性と抒情性のいずれもあり、終曲に相応しい充実した展開だった。

全体的に良い曲。1曲目や4曲目は、今後、単独で演奏される予感もしたし、特に第4曲は素晴らしい作品だと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後は、三善晃さんの混声合唱のための『地球へのバラード』

1983年、東大柏葉会からの委嘱作品。詩は谷川俊太郎さん。

1曲目の「私が歌う理由(わけ)」は、細かいリズミックな曲で、元気溢れる曲。旋律線の中で、各パートが音の粒子の様に揺れ動く。

2曲目の「沈黙の名」は、一転して独白的、内省的な曲想だが、「旋律線の中で、各パートが音の粒子の様に揺れ動く」点は1曲目と共通する。

3曲目の「鳥」は、何と言っても中間部(後半)でのバスによるナレーションが印象的。

4曲目の「夕暮」は正に夕暮れの抒情。

終曲「地球へのピクニック」は、曲想的に1曲目と対を成し、動的でリズミックな明るい進行による地球讃歌、人生讃歌として締めくくられる。言葉の明晰さや細かい意味よりも、各パートが混ざり入ることから生じる言葉の響きを重視して作曲されたような印象を受ける終曲。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

カーテンコールの中で尾高さんが挨拶。

「東混から『うた』の依頼を受けた際、全曲とは思わなかった」、としてお客さんを笑わせた。

「今の世界情勢、ウクライナとロシアとのことがあるので、「死んだ男の残したものは」は演奏していて苦しかった」として語られたことも印象的だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プログラム

1.武満徹

混声合唱のための『うたⅠ』

小さな空(詞:武満徹)

うたうだけ(詞:谷川俊太郎)

小さな部屋で(詞:川明)

恋のかくれんぼ(詞:谷川俊太郎)

見えないこども(詞:谷川俊太郎)

明日ハ晴カナ、曇リカナ(詞:武満徹)

『うたⅡ』

さくら(日本古謡)

翼(詞:武満徹)

島へ(詞:井沢満)

〇と△の歌(詞:武満徹)

さようなら(詞:秋山邦晴)

死んだ男の残したものは(詞:谷川俊太郎)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2.土田豊貴

混声合唱とピアノのための「どんな鳥も…」

2023年度委嘱作品初演・・・作詩:寺山修司

Ⅰ.みじかい別れのスケッチ

Ⅱ.友だち

Ⅲ.どっちが高い?

Ⅳ.飛行機よ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3.三善晃:混声合唱のための『地球へのバラード』

作詩:谷川俊太郎

Ⅰ.私が歌う理由(わけ)

Ⅱ.沈黙の名

Ⅲ.鳥

Ⅳ.夕暮

Ⅴ.地球へのピクニック

2023年9月24日 (日)

沖澤のどかさん&京都市交響楽団~東京公演

日本初演曲の演奏という明るい未来を提示した公演

今年4月に京都市交響楽団の第14代常任指揮者に就任した沖澤のどかさんと京都市交響楽団の東京公演を9月24日午後、サントリーホールで拝聴した。

昨日の京都での公演に続く同じプログラムの後半に、フランス人作曲家ギョーム・コネソン(1970年生)の曲を日本初演するという意欲溢れる公演。

4月の京都における就任披露公演に続く2回目の指揮台にして、東京では常任指揮者お披露目公演となるコンサートにおいて、よく知られた曲だけの選曲ではなく、日本初演曲を折り込んだその気概と「進取の精神」とも言える心意気に、京都市交響楽団と沖澤のどかさんという新コンビの明るい希望の未来を見る思いがした。

このことが全てとも言えるコンサートだったが、これだけで終わらせるのは何なので、以下、詳細に書かせていただく。プログラムは

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.ベートーヴェン:交響曲 第4番 変ロ長調 作品60

2.コネソン:管弦楽のための「コスミック・トリロジー」(日本初演)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この演奏会の担当コンマスは、特別客演コンサートマスターの石田組長こと石田泰尚さん(神奈川フィルハーモニー管弦楽団のソロ・コンサートマスター)。そしてこのオケのコンマスの泉原隆志さん(石田組長と対照的に童顔な感じ)がサイドに座り、2プルト表にはもう一人の特別客演コンサートマスターである会田莉凡さん(札幌交響楽団コンサートマスター)の3人を揃えての、新常任指揮者のどかさん最強バックアップ体制は、とても良かった。ただ、3人が黒イスというのは「いかがなものか」と思ったことは記しておく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前後するが、ホールに着いて客席に入るドアのところで、坂入健司郎さん(定演ではないが京都市響を振ったことがある)とバッタリ会ったので、「マーラーの千人のとき、合唱で出させていただいた者です」と挨拶。

そして客席に入ると、空席はあるものの、9割近くは埋まっているという盛況ぶりで、この新コンビに対する~京都だけでなく東京、いや全国的な~関心の高さが見てとれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1曲目のベートーヴェンの交響曲 第4番

スコアどおり、フルートは一人。素晴らしい曲なのに、このことが、アマオケが選曲したがらない理由の一つでもある。のどかさんは小編成を基本とされたようで、ファースト・ヴァイオリンからチェロまでの人数は、12人(6プルト)、10(5P)、8(4P)、6(3P)で、コントラバスは4人。

・・・・・・・・・・・・・

第1楽章

序奏部はオーソドックスなテンポにして、入念で美しい。アレグロ主部はキビキビ感の活力あるテンポで進行。ベートーヴェンというより、モーツァルト的。のどかさんのモーツァルトとメンデルスゾーンは素敵だが、その良さが出ていた。初の拝聴のオケなので、理由(原因)は解らないが、弦のパート間の受け渡し、あるいは各パートにおけるフレーズへの「入り」の際、遅れる感じがした部分が皆無ではなかった。良く言えば、自由に伸びやかに弾いているとも言えるが、完璧度はその分、幾分下がる気がした。

・・・・・・・・・・・・・

第2楽章

スッキリと、やや速めのテンポなので、ロマン派への予感的なロマン性よりも、涼風爽やかな古典の曲の室内楽的な世界の印象。

ただ、64小節目の第1ホルンの最初の高いEs(変ホ)の音が不鮮明で「よろしくない」音だったのは残念。

・・・・・・・・・・・・・

第3楽章は実質スケルツォ楽章

グングン、キビキビ、颯爽と進行。ただ、トリオにおける156小節からの「FF」は、弦はもっと厚い音で奏して欲しかった。

・・・・・・・・・・・・・

第4楽章

元々速い楽章だが、特にそれが強調され、スタイリッシュ感が徹底されていた、しかし、それが全てにおいて成功してはない。184~187小節におけるファゴットのソロは確かに難所ではあるが、明らかに「つんのめり」というか、聞こえ難い音が2つ3つあった。この部分には及第点は付けられない。

・・・・・・・・・・・・・

終演後は盛大な拍手とブラヴォーの連呼。度々のカーテンコール。

だが、もし、このアンサンブルを、読響など東京のプロオケが呈したなら、これほどの盛大な歓呼が生じただろうか、と言えば、間違いなく「No」。

新コンビへの「ご祝儀」が多分に含まれた歓呼であったことは、お世辞を排して明記しておきたい。

しかし同時に、会場のお客さんの優しく温かな歓迎の歓呼自体は、実に微笑ましく、心地良いものだったことも付記しておきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩後の後半は、

コネソンの管弦楽のための「コスミック・トリロジー」(日本初演)

大編成の曲。例えばコントラバスは8人での演奏。

1997年に書かれた「スーパーノヴァ」、2005年作の「暗黒時代の一条の光」、2007年作の「アレフ」という3つの交響詩から成り、プログラムの解説によると、通常は「アレフ」を第1部とし、「暗黒時代の一条の光」、「スーパーノヴァ」の順で演奏されるそうだが、この日は作曲された順で演奏された。

3曲中、特に「スーパーノヴァ」(超新星)と「暗黒時代の一条の光」は宇宙(空間)を題材とした内容で、実際に、そうしたイメージを想わせる曲想だった。

・・・・・・・・・・・・・

Ⅰ.「スーパーノヴァ」(超新星)は、「いくつかの円」と「脈動星」から成る。

1.「いくつかの円」

宇宙の広がりを連想する神秘的で色彩感ある曲想。なかなか良かった。

2.「脈動星」は一転して野性的なリズムが基調となり、「春の祭典」の影響を強く感じた。その観点から言えば、いささか陳腐で、ユニークさでは「いくつかの円」に個性と斬新さをより強く感じた。

・・・・・・・・・・・・・

Ⅱ.「暗黒時代の一条の光」

再び神秘的な世界。連想するとしたらホルストの「惑星」の中の静かな場面。

後半のチェロのソロ、ヴィオラのパートソロとフルートの掛け合い、ホルンのソロなども印象的だった。

・・・・・・・・・・・・・

Ⅲ.「アレフ」

冒頭から連想するのは、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」の終楽章。もちろん音はもっと多くて複雑だが、展開はよく似ている。後半は再び「春の祭典」を連想するような複雑で多楽器によるリズミックな展開が繰り広がれた。圧巻のエンディグで、当然ながら盛大な拍手とブラヴォーの連呼。度々のカーテンコール。

晴れやかで喜びにあふれた沖澤のどかさんの笑顔。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「コスミック・トリロジー」の全体の感想としては、総じて無調ではなく、ドビュッシーやストラヴィンスキー、ホルストや武満徹の次を探しているような、神秘感を基調とした色彩と、野性的で複雑なリズムの交錯を特徴とした曲想。

だが、Ⅰ~Ⅲのいずれも、他の作曲家の作品を連想してしまうというのは、現代における作品として、あるいは、ギョーム・コネソン自身の作品として、成功作なのかどうかは、私には解らない。

ただ、「二度と聴く気がしない作品か?」と問われれば「ノー」で、そういう作品が山ほどある現代作品の中では、この曲は、いつかまた聴いてみたいと思う作品。オケと指揮者は大変だと思うが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

冒頭に書いたように、常任指揮者となって未だ日が浅く、東京においては披露公演であったにもかかわらず、ありきたりの曲での公演ではなく、敢えてリスクを採って係る果敢な演目のプログラムにより、東京の聴衆にアピールした沖澤のどかさんに心から賞賛の拍手を送りたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨今のコンサートの選曲を見るにつけ、ベテラン(大御所)指揮者ほど保守的な選曲に終始していると感じている人は、私だけではないだろうと想像する。交響曲で言えば、5曲あるいは、せいぜい10曲以内で、何年も「回して」いる感のある有名(大御所的)指揮者もいる。

係る体たらくで陳腐なプログラムが多い音楽会状況にあって、新作といえる大作を、常任指揮者就任披露公演で取り上げた沖澤のどかさんは実に素晴らしい。

3分冊の巨大なスコアに記された、複雑なリズムを基調とする場面が頻出し、多くの特殊楽器を含む大編成のオーケストレーションのスコアを読み取る読譜力、読解力。そして、ステージでオケを牽引して実演し得る実力。

若い優れた才能の出現こそ、今後のクラシック音楽界において必要な存在であることを、改めて強く感じ入ったコンサートだった。

2023年9月22日 (金)

シュレキーテ&パユ&日下さんコンマスの読響

読売日本交響楽団の第665回名曲シリーズを9月22日夜、サントリーホールで聴いた。

女性がどうということに言及するのもどうかとは思うが、それでも国内外を問わず、この10年ほどだけを見ても、活躍している女性指揮者が多いし、1989年、リトアニア生まれのギエドレ・シュレキーテさんは未だ聴いていないこと、共演するフルートのエマニュエル・パユさんのライヴ演奏は久々なことから出向いた次第。プログラムも以下、とても良い内容。

1.チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

2.サン=サーンス:オデレット Op. 162

3.サン=サーンス:ロマンス 変ニ長調 Op. 37

4.シャミナード:フルートと管弦楽のためのコンチェルティーノ ニ長調 Op. 107

5.バルトーク:管弦楽のための協奏曲

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この日のコンマスが日下紗矢子さんだったことは更に嬉しかった。スタイルを含めた外見だけでなく、ボーイングを含めた牽引する大きな身のこなしが実にカッコイイ。欧州のオーケストラのコンサートミストレスを長く務めるだけのことはあるのは一目瞭然だ。私が最も憧れている演奏家の一人。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ギエドレ・シュレキーテさんのタクトは明確(鋭角的)で、強音の場面では大きな振りなので、オケからは解りやすい指揮ぶりと言える。繊細さと活力ある「ロメオとジュリエット」に続く、サン=サーンスの2曲とシャミナードの曲は、フルート・ソロとオーケストラの作品。

以下3曲でのパユさんの演奏が素晴らしかったのは言うまでもない。

抜群の技巧とニュアンス豊かな表現力。体を大きく動かしながら、オケとの呼応も当然、見事。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「オデレット」は1920年の作品。約14分。

清々しさをベースとしながら、場面に応じて技巧的だったりと、晩年の「大人な」作品と感じられる曲。

「ロマンス」は1871年作の6分ほどの作品で、オデレット」とは51年も空いている。

しっとり感、穏やかさを基調としているが、技巧的な場面もある。終わり近くで、ティンパニが静かに控えめに数回叩かれるが、軽くて実に心地良い音が印象的だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フランス人女性作曲家セシル・シャミナード(1857~1944)のフルートと管弦楽のためのコンチェルティーノは1902年、パリ音楽院のフルート科修了コンクールの課題曲として作曲された8分ほどの作品。

コンクールの課題曲だから、技巧的な部分も当然あるが、基本は抒情的な旋律を主体としており、私はサン=サーンスの2曲より、この曲こそ大いに気に入った。とても親しみ易く、魅力的な作品。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩後の後半は、バルトークの管弦楽のための協奏曲

プロのオーケストラにとってレパートリー化必須の名曲にして難曲。バルトーク独特の(固有の)語法。繊細にして多くの要素が繋がれた複雑な構成と展開。この曲を高度なレベルで演奏するのは、「春の祭典」の何倍も難しいだろうし、マーラーの交響曲第6番や7番より難しい。6番や7番は、ある意味「勢い」で演奏できなくもないが、バルトークはそうはいかない。

個人的なことを言えば、私は来年、某オケで、この曲を弾かせていただくが、しかし、本質的にはアマオケが演奏するような曲ではないと思う。いわば、「プロ中のプロの曲」。

シュレキーテさんがこの曲に対して絶対的な自信を持っていることは、背中を見ていれば、オケへの指示を見て、生まれてくる音楽を聴いていれば、直ぐに判る。

シュレキーテさんのメリハリのある指揮と、この曲は相性が良いと感じられ、各楽章、とても立派な演奏だった。男女とか関係なく(当然だが)優れた指揮者だと思う。今後が益々楽しみだ。

2023年9月20日 (水)

新倉瞳さん~芸劇ブランチコンサート

歌うチェリスト~ア・カペラで開始する「ニグン」

東京芸術劇場で毎奇数月に午前11時から1時間という枠で開催されている「芸劇ブランチコンサート~名曲リサイタル・サロン」の第25回を9月20日、同ホールで拝聴した。ナビゲーターも毎回お馴染みの八塩圭子さん。

今回の登場はチェロの新倉瞳さん。ピアノは長くタッグを組まれている佐藤卓史さん。

平日の昼どきだが、大ホール1階はほぼ満席。2階も正面を中心に相当埋まっており、新倉瞳さんの人気の高さが判る。プログラムは以下のとおり、

1.サン=サーンス:白鳥

2.フォーレ:シシリエンヌ

3.バルトーク:ルーマニア民族舞曲

4.ショスタコーヴィチ:ジャズ組曲第2番よりワルツⅡ

5.ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ

アンコール:クレズマー(東欧の伝承曲)より「ニグン」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清々しく、凛として美しい「白鳥」の後、八塩さんによる新倉さんへのインタビュー。

住まいのあるチューリッヒの郊外は「映えます」と美しい環境であること、朝は自分で味噌汁を作ることが多いこと、パンデミック以前は毎月1回の頻度で日本と行き来していたが、昨今は、2か月単位くらいで、両国にいる、等々の話題が提供された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フォーレのシシリエンヌとバルトークのルーマニア民族舞曲。

後者では、ハーモニクスだけによる長い旋律もあり、新倉さんの技術の高さが示された。

再びインタビューで、佐藤さんも加わった。

演奏旅行地での食事の話題では、新倉さんが「新潟のラーメン店」を挙げ、佐藤さんは「上田のお蕎麦やトンカツ」の思い出について語った。麺類の話が多かったことを受け、新倉さんいわく、「自称、行く麺系、肉食女子です」と言って聴衆を笑わせた。

また、佐藤さんは新倉さんについて、「クラシックだけでなく、東欧音楽や様々な音楽に興味を持ち、取り組んでいるマルチな才能の持ち主」と評した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして、ショスタコーヴィチのジャズ組曲第2番よりワルツⅡという、まるで日本の大正時代のブルースというイメージ(想像)が沸く印象的な曲に続き、4楽章制で、既に十分個性的なチェロ・ソナタが演奏された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アンコールは、佐藤さんの言葉どおり、数年前から取り組み、演奏会で伝え、録音もされているクレズマー(東欧の伝承曲)より「ニグン」が演奏された。

冒頭、新倉さんのア・カペラ独唱で開始する曲で、哀愁を帯びた、しかし、親しみ易い曲で、とても魅力的な曲と演奏で終演した。

終演後はサイン会が開催され、先日の宗次ホールのときと同様、私も当然ながらサインをいただいた。

2023年9月18日 (月)

クール・プリエールと黒岩英臣先生

混声合唱団クール・プリエール(Choeur Prière)の第39回定期演奏会を9月18日午後、浜離宮朝日ホールで拝聴した。

創立50周年と常任指揮者の黒岩英臣先生の勇退記念コンサートでもある。

この日、黒岩先生はイスに腰かけての指揮だったが、堂々たる入念な指揮を拝見し、聴かせていただいた限りでは、常任指揮者として、まだまだ長く続けられるとお見受けするが、1982年に就任して40年以上が過ぎた今、後進に道を託されたご意思に敬意を表します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

個人的な関係で言えば、合唱団 鯨の団員として2018年と2019年に先生の指揮で歌わせていただいたが、ご縁はそれだけでない。もっとずっと以前に遡る。

1980年、大学3年次に混声合唱団の学生指揮者だった私は、秋の恒例のコンサートである管弦楽団と合唱団の合同演奏会の指揮をどなたにお願いするかについて検討し、同期の関係者と結論を出して来演いただいたのが当時38歳だった黒岩先生だった。初めてお会いして、ご挨拶した日のことを、昨日のことのように鮮明に覚えている。それもあって、鯨に続き、クール・プリエールを勇退される黒岩先生に深い感慨を覚える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1973年、東京大学の柏葉会の現役とOBが中心になり創立後、1982年より黒岩英臣先生を常任指揮者に迎えたクール・プリエールは、主としてルネサンス期の宗教曲、世俗曲や、ロマン派、近現代に至るヨーロッパのア・カペラ合唱曲をレパートリーに置き、繊細なアンサンブルを目指している。少人数でパートの構成比も良いこの団は、コンクールに重きを置いているわけではないとは思うが、優秀ゆえ、結果的に1978年以降、複数のコンクールで金賞を含めた入賞をしてきてもいる。この日のプログラムは以下のとおり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Ⅰ.グレゴリオ聖歌~ヴィクトリア宗教曲集

1.グレゴリオ聖歌:イエスへの甘美なる思い

2.ヴィクトリア:イエスへの甘美なる思い

3.ヴィクトリア:おお、何と大いなる神秘よ

4.ヴィクトリア:私の目はかすむ(聖週間の応唱より)

Ⅱ.コダーイ合唱曲集

 1.聖イシュトヴァーン王に捧げる歌

 2.ノルウェーの娘たち

 3.美しい祈り

Ⅲ.ブラームス:ドイツ・レクイエム 作品45

室内楽伴奏編曲:ヨアヒム・リンケルマン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前半のグレゴリオ聖歌、ヴィクトリア宗教曲集とコダーイ合唱曲集は、女声13名、男声17名による合唱。クール・プリエールを聴くのは2回目だが、あらためて魅力的な合唱団だな、と大いに感心した。

トーンがソフトで温かく明るい。特にテノールが素敵で、

「この声でフォーレのレクイエムを聴きたい」と思う合唱団。

そう思わせてくれる日本の合唱団は、極めて少ない。

バスの充実度、団のアンサンブルをしっかりと支える存在感がある。

ソプラノの伸びやかで統一感のある自然な発声が美しい。アルトのシックで安定感も素敵だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩後の後半は、ブラームスの大曲「ドイツ・レクイエム」。

独唱は、ソプラノが欧州の歌劇場を中心に活躍されている大村博美さん。バリトンがクール・プリエールOBで、その後、ミラノ等、欧州の歌劇場でテノール歌手として活躍された千代崎元昭さん。

クール・プリエールについて先述で「主としてルネサンス期の~」とプログラム記載文を引用して紹介したが、もう1点、プログラム記載から紹介すると、「演奏回数トップ7」があり、ヴィクトリア13回、プーランク11回、バッハ9回、コダーイとラッスス各8回、モンテヴェルディ6回を抑え、ブラームスが20回、とトップ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドイツ・レクイエムは2016年にピアノ連弾により演奏しているが、この日は今回の定演のために結成されたプリエール室内オーケストラという小編成のアンサンブルで、以下1名ずつ合計11名。ファースト・ヴァイオリン、セカンド・ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、ティンパニ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドイツ・レクイエムでは、女声15名、男声19名と、前半より2名ずつ増え、後述のとおり、曲によってはソリストも一緒に歌われた。

当初、合唱もオケも、この人数での演奏、ということで、どういう感じになるのだろう、と興味津々だったが、結果的には、この曲の核心と言えるような、大事な要素や構成感が浮き彫りとなるような、とても印象的な演奏だったし、勉強になると同時に、終始、温かなテイストに満ちた演奏に、心洗われる思いがしたのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ラテン語のレクイエム(死者のためのミサ)典礼文でもなく、派手さはほぼ皆無。劇的要素も限定的で、全体は巨大だが、総じて旋律は、単純と言えるほどに平明で穏やかさをベースとした音楽。よって巨大なのに、場合によっては印象薄になり得る質感を持った曲。

スコアどおりの管弦楽編成と大人数の合唱をもってしても、そうした演奏に陥るリスクが存在している曲だが、1楽器1人のオケと、各パート数人単位の合唱での演奏では、かえってその骨格がシンプルに際立ち、温かな祈りのような平穏さが、明確に明瞭に客席に届き、会場一杯に広がった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

少人数の合唱によるドイツ・レクイエムが、その本質として存在する穏やかさと立体像を表出し、少人数のオーケストラによるドイツ・レクイエムが、要所を支える骨格を整然と表出していた。

これは、スコアどおりの管弦楽編成と大人数の合唱では、むしろ表出が難しい要素を、図らずも自然体な形で表出することに成功した、と言えるかもしれない。

そして、慈愛に満ちた穏やかさと気品は、黒岩英臣先生とクール・プリエールそのものに重なる誠実な音楽とも言えるだろう。

結果的に、クール・プリエールにおける黒岩先生の勇退公演が、この曲であったことは必然であったように感じられた。

この爽やかにして永遠の温かな穏やかさと愛が広がったひとときに、深い感謝を捧げずにはいられない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

千代崎元昭さんによる第3曲「教えてください、主よ」も、第6曲の中でのソロも、魅力的な歌声で素晴らしかった。OBとしての賛助に関しても、1曲目は着席のまま合唱団の一員として歌い、3曲目のソロのため、2曲目は~少なくともその後半は~喉を休めるために歌わず、4曲目と5曲目も休まれた後、6曲目のソロ、そして終曲の第7曲では起立して団員として歌われた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

大村博美さんによる第5曲「今はあなたがたも、悲しんでいる」は、清々しさだけでなく、オペラ・アリア的なスケール感と慈しみ、慰めが常にベースにあり、抽象的な語りかけではなく、個々の人間に語りかけ、寄り添う、大きな愛を感じさせる歌唱で素晴らしかった。

大村さんも終曲の第7曲では、千代崎さんと同じく、起立して団員と一緒にとして歌われた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、黒岩英臣先生の勇退に伴い、クール・プリエールの次期常任指揮者に齋藤友香理さんが就任される。今後の新生クール・プリエールにも期待したい。

2023年9月17日 (日)

群馬交響楽団~ヴェルディ「レクイエム」

名曲の名演~特にソリスト陣の素晴らしさ

群馬交響楽団の第591回定期演奏会を9月17日午後、高崎芸術劇場で拝聴した。指揮は今年4月から常任指揮者を務めている飯森範親さん。曲は、

1.モーツァルトの「レクイエム」から「ラクリモサ」

2.ヴェルディの「レクイエム」。

合唱は群馬交響楽団合唱団(合唱指揮:阿部 純)。ヴェルディのソリストは

ソプラノ:森谷真理、メゾソプラノ:富岡明子

テノール:村上公太、バス・バリトン:平野 和

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

合唱の人数はプログラムから数えると合計238名だが、パート別の記載でないだけでなく、男女を混ぜて記載しているので、ステージでの目算(概算)だと男声が70名前後、女性がその倍の150人前後、という感じだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

モーツァルトの「ラクリモサ」

冒頭から弦がsotto voceで歌われて美しい。合唱は、「この大人数でこの曲を歌えば、こうなってしまうだろうな」というボワッとした不明瞭な印象。やむを得ないだろうけれど、一瞬、次のヴェルディを危惧した。しかし、後述のとおり、ヴェルディは、とても素晴らしい合唱を聴かせてくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩なしでソリストとヴェルディで必要なオケのメンバーが入場して演奏が開始。

ソリストの立ち位置はオケと合唱の間の正面。指揮者の左右のほうが更に劇的だったかもしれないが、後述のとおり、4人とも声量が素晴らしかったので、結果的には何ら不満は感じなかった。

この4人の組み合わせは素晴らしく、これまで聴いたこの曲の、日本人による演奏の中で、ベストと言えるくらいの充実度だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

冒頭、弦のsotto voceが美しい。飯森さんは、終始、弱音に注意を払いながら場面ごとに丁寧に作り、劇的な場面とのメリハリもよく作れていた。

オケで特に印象的な場面としては、「怒りの日」の「不思議なラッパの音」で、トランペット2名を客席から見て左の2階に配置し、ステージの奏者との連携で見事な効果を出していた。

「OFFERTORIO」の終わり、217~219小節のクラリネットのソロがとても美しかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

合唱は、モーツァルトとは別の合唱団のように素晴らしかった。壮大な場面で各パートの声がよく出ていただけでなく、「怒りの日」の78小節からの「Quantus tremor~91小節」」での子音を含めた単語の明瞭さも良かったし、「SANCTUS」のような速いパッセージでも遅れたりすることなく、よく歌っていた。「LIBERA ME」におけるフーガも充実していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4人のソリストが申し分なく素晴らしかった。

森谷真理さんが出演されるので高崎まで出向いたのだが、他の3人が~失礼ながら~想像以上に素晴らしく、聴きに来た甲斐があった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲におけるメゾソプラノは、主役と言えるほど重要だ。

富岡明子さんはデビューされたころに少し聴かせていただいて以来、久々に拝聴したが、失礼ながら「こんなに素晴らしい歌手だったんだ」と大いに感心した。声の「濃さ」、ニュアンス表現の巧みさ、声量の見事さ。感心の連続で、どの場面も良かったが、例えば「怒りの日」の162小節からの「書きしるされた書物は」。同625小節からの「Lacrimosa dies illa~」(罪ある人が裁かれるため~)。

ソプラノ、アルトのデュオである「Agnus Dei」。そして「Lux aeterna」の冒頭から最後まで、どの場面も素晴らしい存在感と歌唱だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

バスソロの平野 和(やすし)さんは、7月の西宮での「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロ、8月の渋谷でのリサイタルと、最近、集中して聴かせていただいており、その実力はよく存じ上げている。

この日も、威厳ある歌声が素晴らしかった。太過ぎず細すぎない、格調高い歌声が会場に響く。

「怒りの日」の153~157小節内の3回の「mors」を徐々に弱音にし、それだけでなく、ニュアンスを変えていったのも見事で、印象的だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

テノールの村上公太さんも久々に聴かせていただいたが、明朗で若々しい歌声が素晴らしい。どの場面も良かったが、「怒りの日」の447小節からの「私は嘆く~」や、「OFFERTORIO」の120小節からの「Hostias~主よ、我ら生贄と賛美の祈りを御身に捧ぐ~」という聴かせ所でも、見事な美声と歌唱だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてソプラノの森谷真理さん。

想像どおり、いや、それ以上に素晴らしかった。曲全体のどの部分も良かったが、特に、何と言っても「LIBERA ME」。冒頭から終始素晴らしかったが、とりわけ聴かせ所の132小節から変ロ短調で歌われる「Requiem~」。

ここで感動させてくれる歌手は国内外を問わず多くいるが、森谷さんは、ここで「泣き」が入った。ここで「泣かせる歌唱」を私はほとんど知らない。いわば、ここでは「ヴェルディからプッチーニに転換した」と言えるような「泣き」の歌唱に転じたのだ。

そして、170小節の「B」の最弱音によるフェルマータの音の美しさ、完璧さ。サスガ森谷さんとしか言い様がない。

そしてラスト。Cの音での「Liberame, Domine,~」のエスプレッシーヴォの語り。

オペラ・アリアの歌唱だけでなく、こうした宗教曲でも充実の歌声を聴かせてくれる森谷真理さんを、改めて強く称賛したい。素晴らしい歌手だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、チェロの栗田将幸さん(1983年4月入団)が今月でこのオケを去ることから~多分この演奏会が最後~カーテンコール時に飯森さん他ステージと会場からが拍手を受け、チェロの外人女性奏者が代表して栗田さんに花束を贈呈した。微笑ましい対応だった。

2023年9月15日 (金)

池辺晋一郎さん80歳バースデー・コンサート

敢えて「ダジャレも天才的」と形容したい、多くの人から愛されて来て、今も愛され続けている作曲家の池辺晋一郎さんが80歳を迎えた9月15日の夜、お祝いのコンサートを東京オペラシティで拝聴した。

3階までほぼ満員。開演前からロビー等では多くの音楽家を見かけ、独特の賑わいを感じさせていたのも、そのまま池辺さんの人柄と交流の広さと人気を反映していた。プログラムの全体は下段の記載のとおりで、

全曲の指揮は広上淳一さん。管弦楽と合唱は、

オーケストラ・アンサンブル金沢と東京混声合唱団。ソリストは下記の感想欄に個別に記載する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

[第一部]無伴奏合唱:相聞Ⅰ~Ⅲ(1970、2005)(15分休憩)

[第二部]オペラ

1.『死神』(1971, rev.1978)から「死神のアリア」

2.『高野聖』(2011)からハイライト(15分休憩)

[第三部]管弦楽

1.ピアノ協奏曲第1番(1967)

2.交響曲第11番《影を深くする忘却》(2023)[世界初演]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

感想等の前に

池辺さんの最近の口ぐせに、「こんなに長生きするとは思わなかった」がある。

実際、幼少期は体が弱く、小学校の終了は1年遅れたし、池辺少年が布団に横たわっているとき、寝ていると思った医者がお母様に「長くは生きられません」という会話をし、寝てはいなかった池辺少年がそれを聞いてしまったことから、一時期までは本当にそう思っていたらしい。人間の運命なんて分からないものだ。

私と池辺作品との出会いは結構早い。

高校に入学して合唱部に入部した1973年のNコンの課題曲が、池辺さんの「博物館の機関車」(作詞:筒井 敬介)だった。数か月練習したから、今でも暗譜で~少なくとも楽譜があれば~バスパートを直ぐに歌える。

その年、池辺さんはまだ30歳。後述する「相聞」のⅠとⅡの委嘱を受けたのが1970年だから、如何に若くして注目され、活躍されてきたかが解る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第一部は、東京混声合唱団による無伴奏合唱

相聞ⅠとⅡは、1970年、東京混声合唱団からの委嘱で作曲。当時、東京藝術大学の大学院4年。

池辺さんはプログラムで「60年安保の年に高校生になり、以後、学生運動と自分の学生時代がぴたり重なった者として、日本人としてのアイデンティティーをまさぐらなければならない気持ちが強かった」と寄稿し、この思いからテキストは万葉集からとられ、「Ⅰ」は笠女郎(かさのいらつめ)と大伴家持。「Ⅱ」は柿本人麻呂の歌によるもので、五線紙ではなく、特殊な記譜法で書かれている。

「Ⅰ」は約5分の曲で無調。有調、無調と言うより、西洋音階とは無縁の日本的あるいは東洋的な音の連鎖。声のグリッサンドのような「ぬめり」が様々なニュアンスを伴い、行き来する。プロ合唱団でなければ歌えない難曲だ。

「Ⅱ」は約10分の曲。こちらも基本は同じだが、もう少し輪郭が明瞭になる。「Ⅰ」が男声と女声を違う立ち位置から応答する場面が主体だったのに対し、この曲ではもう少し同一化が図られていたと感じた。

「Ⅲ」はそれから35年後の2005年、京都エコーからの委嘱作品で、額田王と大海人皇子の歌をテキストにし、一般的な記譜法で書かれている。約7分の曲。この曲は更に歌い易くなり、親しみ易さを感じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第二部はオペラ作品から~オーケストラ・アンサンブル金沢の演奏。

11作あるオペラの最初の作品である『死神』は1971作(後1978年改作、1992年アリア追加)。

「死神のアリア」を歌われたソプラノの古瀬まきをさんは関西で活躍中の歌手で、初めて聴いたが、可憐にして、しとやかな叙情性、高音の伸びなど、とても良い歌手だと思った。約5分のアリア。

2曲目の『高野聖』は10作目のオペラ(2011年)。

「夫婦滝」を歌われたテノールの中鉢 聡さんは、池辺作品に縁が深い歌手。久々に聴かせていただいたが、とても良かった。

「白桃の花」での古瀬まきをさんの歌唱は、「死神のアリア」にも増して充実しており、技術の高さを示していた。この曲では後半、東京混声合唱団が加わっての演奏。2曲合わせて約20分。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第三部最初の曲はピアノ協奏曲第1番で、1967年、東京藝術大学の(学部の)卒業作品で、3楽章制の合計10分ほどの曲。

初演以来56年ぶりの演奏のソロは北村朋幹(ともき)さん。野心的でアグレッシブ感溢れる曲。

盛大な拍手と歓声に応え、北村さんはアンコールとして、池辺さんの「雲の散歩~こどものためのピアノ曲集」より「メエエと啼かないひつじ雲」を弾いた。ユニークな音を基盤としたメルヘンチックで抒情的な曲だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この日最後は、交響曲第11番《影を深くする忘却》

世界初演。東京オペラシティ文化財団、オーケストラ・アンサンブル金沢の共同委嘱作品。3楽章制で合計約17分。

「第9番、第10番同様、長田弘氏(1939~2015)の詩がモチベーションになった」とプログラムに寄稿されている。「影を深くする忘却」も、長田氏の詩の一節。第3楽章では、長田氏の言葉「幸福は何だと思うか?」のモティーフが、トロンボーン、トランペット、最後はヴィオラのソロで演奏される。

この新作に限らず、池辺さんの作品の印象は、若いころは無調作品が多かったのかもしれないが、後年、と言うより通年的にも、基本的に「有調、無調との区別とは違うところでの創作」をされてきたと勝手に想像している。

諧謔性、シニカル、ユーモア等々の様々な要素。それでいて、常に温かな素地がベースとして存在する音楽。音のパズルのような組み合わせの妙や展開における工夫。

多ジャンル多作の中での、あらゆる可能性を追求し、アイデアを練り上げ、工夫し、結実化されてきた作品群。もっとも、私は未だそのごく一部しか知らないので、今後、もっと池辺作品を聴いていこうと思うし、池辺さんもプログラムに「仲間たちの、主催者の、声が聞こえてくる-とまるな!進め!と」とあるように、これからも新作を楽しみにしたい。

なお、カーテンコールの中、広上さんのピアニカによる序奏を合図に、オケと2人歌手、会場も含めての「Happy Birthday To You」をもって、お祝いのコンサートが終了した。

2023年9月13日 (水)

クラシック・キャラバン2023~ユニークなプログラム

今年3回目を迎えた「クラシック・キャラバン」は、8月21日から来年1月7日までの間で、全国各地域で開催される。大ホール企画公演の「華麗なるガラ・コンサート」と、小ホール企画公演の「煌めくガラ・コンサート」から構成され、前者は7公演、後者は20公演で、総勢約350名の音楽家が出演されるというもの。

前者の3回目である「クラシック音楽が世界をつなぐ~輝く未来に向けて~華麗なるガラ・コンサート」を9月13日夜、サントリーホールで拝聴した。この日のタイトルは、「新時代への挑戦」 ~歴史を変えた不朽の名作~。音楽史的にエポックメーキングと言える作品を集めたユニークなプログラムは、以下のとおり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

2.ピアソラ:「エスクワロ」、「オブリビオン」、「リベルタンゴ」

3.ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』より第2部 生贄の儀式

4.武満徹:ノスタルジア-アンドレイ・タルコフスキーの追憶に

5.ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」より第4楽章

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

主催は一般社団法人の日本クラシック音楽事業協会だが、協力会社の友人から招待いただいた席は前列2列目で、目の前にコンサートマスターの小森谷巧さんがいて、周辺が美女奏者軍団なので驚いた。

ファースト・ヴァイオリンの3プルトの裏の女性奏者は「どこかで見たな?」と思ったら、7月に聴いたカルテット・アマービレの第1ヴァイオリンの篠原悠那さんだった。

総じてどのパートも女性が多いスーパー・クラシック・オーケストラは、色々なオケからというより、ソロやアンサンブル活動をされている奏者からの臨時編成と思える。女性はドレスが自由ということで、カラフルなステージだった。

指揮は鈴木優人さん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

演奏前に鈴木優人さんがマイクを手に、今月7日に亡くなった西村朗さんに言及。「父(雅明さん)とは(東京藝大の)同期でした」と挨拶。この「クラシック・キャラバン」の企画アドバイザーとしても、池辺晋一郎さん、仲道郁代さん、福井敬さんとともに西村朗さんの名前があることからも、挨拶の意義が重く受けとめられた。

「牧神の午後への前奏曲」の演奏を西村さんに捧げたいとし、オケ側に振り返る前、客席に向かったまま黙祷を捧げてからオケに向かい、指揮を開始されたのが印象的だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ピアソラの3曲(編曲:啼鵬)は、サックス奏者の上野耕平さんとオケの共演。

アルトサックスで「エスクワロ」は鮫という意味とのこと。超絶技巧的で、リズミックで音域のふり幅の広い曲。アルトサックスによる「オブリビオン」は、「望郷」という意味で、1984年に公開されたイタリア映画『エンリコ4世』のために書かれた5曲のうちの1曲。バラード風な曲。

有名な「リベルタンゴ」はアルトサックスで開始したが、終わり近くでテナーサックスに持ち替えてのアグレッシブな演奏により、聴衆を大いに沸かせた。

3曲とも実に素晴らしい演奏だった。これを聴けただけでも来場した甲斐があったと言えるくらい素晴らしかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』より第2部 生贄の儀式

鈴木雅明さん同様、バッハを中心とした演奏活動の印象が強い鈴木優人さんが、第2部だけとはいえ、「春の祭典」を指揮するというので、興味深かった。もちろん、そつなくこなした立派な指揮だったし、第2部の序奏や「乙女たちの神秘な集い」が如何に室内楽的に創られているかを改めて認識した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩後の1曲目は、

武満徹:ノスタルジア-アンドレイ・タルコフスキーの追憶に

ヴァイオリンは前田妃奈さん。昨年のヴィエニフスキ国際コンクールで優勝した21歳になったばかりの東京音楽大学生。安定感ある演奏で、聴衆から大きな拍手と歓声を得た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プログラム最後は、ベートーヴェンの第九の第4楽章

合唱は、東京混声合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部の合同だが、人数としては少人数で、ソプラノとアルト合計27名、テノールとバス合計22名。それでも実に声量豊かで、会場一杯に響き渡る素晴らしい合唱だった。アマチュア合唱団との違いを大いに示した。

ソリストも、皆さん素晴らしく、あらためてバリトンの大西宇宙(たかおき)さんの声量は、仰天するくらい凄かったし、テノールの宮里直樹さんの伸びやかな美声、ニュアンスに富んだカウンターテナーの藤木大地さん、久しぶりに聴き、あらためて抜群の安定感のある見事な歌声だったソプラノの隠岐彩夏さん、というように、聴き応え十分な歌唱でとても良かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように、普通なら有り得ないような斬新なプログラムで、キャラバンならではの企画と演奏を十分楽しませていただいた。

2023年9月10日 (日)

椿三重奏団 ~セカンドアルバム発売記念コンサート

以前から聴いてみたいと思っていた椿三重奏団の演奏を9月10日午後、名古屋の宗次ホールで拝聴した。もっとも、午前はオーケストラの練習に出席し、13時の新幹線で東京から向かったので、後半のプログラムのみの拝聴だったが、十分満足した。全体のプログラムは最下段に記載のとおり。

私が聴いた後半の演奏曲は、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲イ短調Op.50「偉大な芸術家の思い出に」。新発売のセカンドアルバムに収録された曲。なお、同アルバム内のもう1曲は、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番ホ短調Op.67。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

椿三重奏団のメンバーは、高橋多佳子さん(ピアノ)、礒絵里子さん(ヴァイオリン)、新倉瞳さん(チェロ)。

言うまでもなく、それぞれがソロで活躍されているし、弦楽四重奏曲とピアノ三重奏の決定的な違いは、よく言われるように、後者は3人の名人による「ぶつかり合い」であり、よって係る共演自体に面白みがある。もちろん「ぶつかり合い」と言っても、アンサンブルを基盤としたものだ。

チャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」は凄い曲で、改めて素晴らしい曲であることを強く実感したし、3人の名手による個々の技術、演奏とアンサンブルを堪能した。

高橋さんと新倉さんは、ソロリサイタルを複数回聴いているし、サインもいただいているが、礒さんをライヴでじっくり聴かせていただいたのは初めてだと思う。素晴らしい演奏で、完全にファンになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アンコールは、ファーストアルバムに収録されている曲から2曲。最初は、大好きなピアノ曲、ブラームスのワルツ 第15番 変イ長調 作品39-15のトリオ演奏。

次いで、モンティのチャルダーシュ。この曲では、ヴァイオリンがメインなので、礒さんは立って演奏した。

終演後のサイン会では多くの人が列を作り、3人の人気の高さが示されていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、椿三重奏団の結成の「いきさつ」は、宗次ホールのホームページで解説されているので、ご紹介したい。

「3人の出会いは2008年。高橋と礒の出演するトリオの演奏会に急遽参加することとなった新倉は当時まだ大学生でしたが、意気投合し、その後も折に触れて共演を重ね、レパートリーを拡大し、音楽を成熟させてきました。 2017年の幸田町民会館つばきホールでのコンサート後に、トリオ名を付けて常設のピアノ三重奏としての活動を決意。椿が日本原産の樹木であり、18世紀にヨーロッパに渡り「東洋のバラ」と呼ばれ人気を博したこと、白い椿には「完璧な美しさ」という意味があることを踏まえて、日本人としてのアイデンティティーと、西洋のクラシック音楽に携わる3人を重ね合わせ、2019年、あえて「カメリア・トリオ」など欧文にしない「椿三重奏団」と命名されました。 2020年2月に初のCDをリリース」。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

宗次ホールで驚き感心したこと~ハーフ60

余談ですが、14時開演の椿三重奏団のコンサートは、15時から後半のみの拝聴でしたが、窓口に到着して当日券を購入しようとしたら、2,400円ですと言われて驚きました。

「え?4,000円じゃないのですか?」と問うと、「ハーフ60と言いまして、後半だけの当日券は、一般料金の60%で入場できます」とのことでした。

東京等、他のコンサートホールでは、なかなか聞かない珍しいシステムですよね。サスガ宗次さんというところでしょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プログラム

1.エルガー:愛のあいさつ

2.ディニーク:ひばり

3.サン=サーンス:白鳥

4.ショパン:練習曲 変イ長調 Op.25-1「エオリアンハープ」

5.ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 Op.67より~第4楽章

(休憩)

6.チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲 イ短調 Op.50「偉大な芸術家の思い出に」

アンコール

1.ブラームス:ワルツ 第15番 変イ長調 作品39-15

2.モンティ:チャルダーシュ

2023年9月 9日 (土)

森谷真理さんソプラノリサイタル

大好きなソプラノ歌手、森谷真理さんのリサイタルを9月9日午後、「スターツおおたかの森ホール」で拝聴した。

ピアノは河原忠之さん。

初めて行ったホールで、竣工は2019年1月。つくばエクスプレスの流山おおたかの森駅から徒歩1分。 506席の小ホールで、内装はシンプルでとても美しい。

音響の良い、こぢんまりとした美しいホールで森谷さんをじっくり聴く喜びは格別だ。

完璧な技巧。響きの豊かさと抒情性。シルクのような気品。何よりも、森谷さんの歌声を聴いていると、聴き終えると、幸せな気持ちで満たされる。この日も正にそうだった。全曲は最下段に記載のとおり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

前半はヘンデルとラフマニノフという、200年の時空を超えた作曲家の世界の違いと素晴らしさを表出された。

1曲目のヘンデル『アタランタ』より「いとしの森よ」での抒情性と後半のオクターヴ飛躍の美しさ。その神々しさは、一瞬、2オクターヴ上がったのかと思うほど完璧にして美しかった。

・・・・・・・・・・・・・

2曲目の「オンブラ・マイ・フ」。こんなにドラマティックな「オンブラ・マイ・フ」は初めて聴いた。サスガ森谷さんだ。続く「なんて素敵な喜び」の快活さと「麗しき瞳よ」の抒情性。

・・・・・・・・・・・・・

ここで、河原さんがマイクを手に、「ヘンデルの歌手パート譜はシンプルに書かれているので、(特に2番歌詞等で)即興的な演奏が必要だし、森谷さんも歌唱で同様の工夫をされており、その折々での瞬時のアンサンブルが楽しい」という主旨のトーク。そして、「箸休めに」として、河原さんのソロで「赤とんぼ」。河原さんによるアレンジが「粋」で素敵だった。

・・・・・・・・・・・・・

ラフマニノフの「美しい人よ、私のために歌わないで」

ロシア語による濃厚なロシアンロマンの世界。歌曲と言うよりオペラのアリアのよう。

哀愁あるヴィブラートと深い抒情性。情念の愛の世界の表出。

・・・・・・・・・・・・・

ラフマニノフの「ここは素晴らしい場所」

高音のレガートでのフレージングの美しさに息を呑む。素晴らしいコントロール。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩後の後半はオペラのアリア。森谷さんはドレスを替えて登場。

シャルパンティエの歌劇『ルイーズ』より「その日から」

シャンソン風な粋なニュアンス。高音の自在なコントロール。抒情性。ニュアンス表出の巧みさ。申し分ない声量。この曲に、森谷さんの特質と魅力の全てが凝縮された圧巻の名唱だった。

・・・・・・・・・・・・・

チレアの歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』より「私は創造の神の卑しい芸術の僕」

エンディングでのクレッシェンドを含めた表現力の素晴らしさ。

・・・・・・・・・・・・・

ここで、もう一度、河原さんのトークで、森谷さんの特質を語られた後、河原さんのソロでプッチーニの「マノン・レスコー」間奏曲。

・・・・・・・・・・・・・

プッチーニの歌劇『マノン・レスコー』より「この柔らかなレースの中で」

スケール感ある見事な叙情性。

・・・・・・・・・・・・・

プログラム最後は、プッチーニの歌劇『トスカ』より「歌に生き、愛に生き」

全ての小節に凝縮された感情移入があり、1つのヴィブラートの揺れの中にトスカの悲しみが宿る。

聴き慣れた曲を聴き慣れた曲に終わらせない表現力の巧みさ。

シャルパンティエの「その日から」とともに、この日の白眉。これぞ名歌手による名アリアの名唱。

・・・・・・・・・・・・・

ここで、この日、初めて森谷さんもマイクを手にトーク。

「そのときのインスピレーションを大事に歌っているが、河原さんは正にそれに瞬時に応じてくれる稀有なピアニスト」という主旨のトークの後、「アンコールは、凄い(大変な)曲を持ってきちゃったんです」として、レオンカヴァッロの歌劇『道化師』より「鳥の歌」を自在に巧みに伸び伸びと歌われ、充実したリサイタルが終わった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

プログラム

1.ヘンデル:オペラ『アタランタ』より「いとしの森よ」

2.ヘンデル:オペラ『セルセ』より「オンブラ・マイ・フ」

3.ヘンデル:オペラ『アグリッピナ』より「なんて素敵な喜び」

4.ヘンデル:オペラ『ジュリオ・チェーザレ』より「麗しき瞳よ」

5.ピアノのソロで「赤とんぼ」~編曲:河原忠之さん

6.ラフマニノフ:「美しい人よ、私のために歌わないで」Op.4 No.4

7.ラフマニノフ:「ここは素晴らしい場所」Op.21 No.7

 (休憩)

8.シャルパンティエ:オペラ『ルイーズ』より「その日から」

9.チレア:オペラ『アドリアーナ・ルクヴルール』より「私は創造の神の卑しい芸術の僕」

10.ピアノのソロでプッチーニ「マノン・レスコー」間奏曲

11.プッチーニ:オペラ『マノン・レスコー』より「この柔らかなレースの中で」

12.プッチーニ:オペラ『トスカ』より「歌に生き、愛に生き」

アンコール

レオンカヴァッロ:オペラ『道化師』より「鳥の歌」

2023年9月 1日 (金)

75分映画音楽コンサート

めぐろパーシモンホールで9月1日の夜に聴いた楽しい企画コンサート。選曲も魅力的だが、以前から聴いてみたかったギターの朴 葵姫(パク・キュヒ)さんが出演されると知り、拝聴した次第。

オケの演奏ではなく、ピアノ、ヴァイオリン2名、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの合計6名による14曲の演奏で、曲により編成を変更ながらの、休憩なし75分のコンサート。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ピアノと司会は~多分全曲のアレンジも~山中惇史さん。彼のアレンジは、7月にラ・ルーチェ弦楽八重奏団が演奏したピアソラの「ブエノスアイレスの四季」で聴いたばかり。活躍が目覚ましい。

他の演奏者は以下のとおりで、好きな映画として挙げた作品も記す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヴァイオリン:西江辰郎~新日本フィルコンサートマスター、ジャッキー・チェン作品全般

ヴァイオリン:ビルマン聡平~新日本フィル第2ヴァイオリン首席、男はつらいよ

ヴィオラ:生野正樹~昴21弦楽四重奏団等、魔女の宅急便

チェロ:富岡廉太郎~読売日本交響楽団首席、ゴジラ対キングギドラ

コントラバス:片岡夢児~東京フィルハーモニー交響楽団首席、翔んで埼玉

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

演奏曲

1.V・ヤング「八十日間世界一周」~同名の映画より

2.F・ロウ「踊り明かそう」~「マイ・フェア・レディ」より

3.L・ローゼンマン「エデンの東」~~同名の映画より

4.E・モリコーネ「Deborah’s Theme」~「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」より

5.久石 譲「海の見える街」~「魔女の宅急便」より

6.坂本龍一「戦場のメリークリスマス」~同名の映画より

7.M・ルグラン「シェルブールの雨傘」~同名の映画より

8.N・ロータ「Romeo and Juliet」~同名の映画より

9.N・ロータ「The Godfather Love Theme」~「ゴッドファーザー」より

10.H・マンシーニ:「Moon River」~「ティファニーで朝食を」より

11.S・マイヤーズ「CAVATINA」~「ディアハンター」

12.E・モリコーネ「愛のテーマ」~「ニュー・シネマ・パラダイス」より

13.H・マンシーニ「ひまわり」~同名の映画より

14.J・ウィリアムズ「Flying Theme」~「E.T.」より

アンコール:H・アーレン「Over the Rainbow」~「オズの魔法使」より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八十日間世界一周」と「踊り明かそう」は6人全員での演奏。「エデンの東」と「デボラのテーマ」はピアノを除く弦5人での演奏。静謐な「デボラのテーマ」では、静かな展開を支えるコントラバスの持続音が印象的だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「海の見える街」は弦楽四重奏、「戦場のメリークリスマス」はピアノのソロ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「シェルブールの雨傘」と「Romeo and Juliet」は、コントラバスを除いたピアノ五重奏。前者ではチェロのソロ、後者ではヴィオラのソロが素敵だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「The Godfather Love Theme」と「Moon River」は6人全員。後者でのチェロのソロが魅力的だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで、朴 葵姫(パク・キュヒ)さんが登場され、「CAVATINA」と「ニュー・シネマ・パラダイス」の「愛のテーマ」は、弦楽四重奏と一緒に演奏。「ひまわり」は6人全員との共演。

朴さんは名曲「愛のテーマ」が特に良かったし、名曲「ひまわり」は全体のアレンジも素敵だった。

ただ、朴さんの「ドソロ」ではないので、もっと朴さんのソロを聴きたかった。朴さんに関しては、ソロのリサイタルをぜひ聴いてみたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

6人全員で「E.T.」のテーマが演奏され、ピッタリ75分の20:15。

再度、朴 葵姫さんが登場し、7人で、しっとりと「Over the Rainbow」が演奏されて、このコンサートが終了した。

« 2023年8月 | トップページ | 2023年10月 »

ブログ HomePage

Amazon DVD

Amazon 本

最近のコメント

最近のトラックバック