東京ユヴェントス・フィルハーモニー ショスタコーヴィチ「レニングラード」他にもユニークな前半のプログラムに関心と感心
東京ユヴェントス・フィルハーモニーの第23回定期演奏会を1月7日夜、ミューザ川崎シンフォニーホールで拝聴した。今年、創立15周年記念を迎える、そのシリーズ第1回目としての演奏会でもある。
指揮は、創設者で音楽監督の坂入健司郎さん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ショスタコーヴィチの交響曲第7番 ハ長調「レニングラード」が傑作か否かは別として、凄惨、凄絶を極めた独ソ戦、レニングラード攻防戦の最中に作曲され、初演されたこの曲を、この時期に、若い指揮者とオーケストラによるパワフルな演奏を聴く意義と感動は大きい。
今のロシアは、このときのナチスによる地獄の様な悲しい体験を忘れ、ナチスと立場を入れ替えて他国に侵略し、多くのウクライナ人を殺戮し、自国の兵士も多く死んでいるというのに、為政者だけでなく、ロシア国民の多くがそれに異を唱えない、少なくとも、大きな批判的運動として表れてこないのはどうしたことだろう。それはともかく、この曲と演奏については、後ほどまた触れるとして、前半のプログラムがユニークだったので、その点から紹介したい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その前に、オケの紹介。
東京ユヴェントス・フィルハーモニーは、2008年「慶應義塾ユースオー ケストラ」という名称で、慶應義塾創立150年を記念する特別演奏会のために慶應義塾の高校生・大学生を中心として結成されたオーケストラで、2014年からは、より広く門戸をひろげて幅広い年齢層や出身のメンバーが加わり、団体名称を「東京ユヴェントス・フィルハーモニー」に変更。
2018年9月には創立10周年を記念して、マーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」を演奏したが、私はその折、合唱の一員として参加させていただいた。
・・・・・・・・・・・・・・・
その前後にも、ユヴェントスは数回聴かせていただいているので、坂入さんがどういう指揮をされるのかはよく知っている。なお、坂入さんも慶應義塾大学経済学部卒業生で、音大出身者ではない。
パワフルな坂入さんと同化しているとも言えるオケの若々しさとパワフル感は魅力的で、その技術(力量)は、もしかしたら既に、先輩オケのワグネルソサイエティOBオーケストラのお株を奪っているかもしれないし、アマオケ最高峰の新交響楽団の地位さえ奪っているかもしれない。少なくとも、荒々しさはあるが、それも含めて、若さ溢れる魅力という点では、既に国内屈指のアマオケと言えると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なお、この日は、2021年に京都大学のOB・OGが中心となって結成された「オーケストラ・リベルタ」も加わっての演奏で、京大と慶大の(たぶん学生)オケは、コロナ禍前は、4年に一度、合同演奏会を開催していたというから、その縁での賛助出演、コラボ演奏と言えるのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前置きが長くなったが、今回の公演に関して、坂入さんは当初、「ソヴィエト音楽の諸相」をテーマとして選曲を開始されたそうだが、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった状況を踏まえて、再検討されたようだ。
前半にその特色が出ており、4人の作曲家の生まれが、ポーランド、モンゴル、アゼルバイジャン、キーウ。演奏曲も、各曲短いながらユニーク。プログラムを列記すると、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.アンジェイ・パヌフニク:『平和への行列』
2.ゾンドイン・ハンガル:交響詩《海燕》
~ショスタコーヴィチの思い出に捧げる詩~(日本初演)
3.オグタイ・ズルファガロフ:ホリデー序曲(日本初演)
4.アレクサンドル・モソロフ:交響的エピソード『鉄工場』
(休憩)
5.ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ハ長調「レニングラード」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1.アンジェイ・パヌフニク:『平和への行列』
アンジェイ・パヌフニク(1914~1991)は、ポーランドの作曲家。野外コンサートのために作曲され、1983年7月に作曲者自身の指揮で初演。7分ほどの、パーカス群が活躍する7分ほどの曲で、パヌフニクは、この作品に、献辞としてこう記している。
「平和を愛するあらゆる人種、宗教、政治的、哲学的信条を持つ人々へ。あらゆる政治的、哲学的信条の平和を愛する人々へ」。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2.ゾンドイン・ハンガル:交響詩《海燕》
~ショスタコーヴィチの思い出に捧げる詩~(日本初演)
ゾンドイン・ハンガル(1948~1996)は、モンゴルの作曲家で、この曲は1979年の作。尊敬し、1975年に他界したショスタコーヴィチに捧げられている。5分ほどの野性的な曲で、私は伊福部昭さんを連想した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.オグタイ・ズルファガロフ:ホリデー序曲(日本初演)
オグタイ・ズルファガロフ(1929~2016)は、アゼルバイジャンの作曲家の作品で、1962年の作品。
トランペットのファンファーレを含み、リズミックな5分ほどの曲。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4.アレクサンドル・モソロフ:交響的エピソード『鉄工場』
アレクサンドル・モソロフ(1900~1973)キーウ生まれの作曲家。この曲は1926年にモスクワで初演。ホルン群の咆哮を含め、いわゆるロシア・アヴァンギャルドの賑やかな3分ほどの曲。
なお、モソロフは、1937年、「反ソヴィエトのプロパガンダ」を理由に逮捕され、白海運河建設現場で強制労働させられた後、8年後に生還できたが、不遇のまま生涯を終えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このように、前半は、ロシア周辺等、旧ソヴィエト連邦に何らかの関りを持つ作曲家の、それも2つの日本初演を含めた、極めて意欲的でユニークなプログラムで、坂入氏の、このコンサートに託す思いの強さ、深さを感じ入った次第。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
休憩後の後半は、
5.ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ハ長調「レニングラード」
1941年6月に始まった「独ソ戦」。その中でも、壮絶、凄惨、凄絶を極めたとされる900日に及ぶ「レニングラード攻防戦」の最中の1941年7月19に作曲開始し。12月27日に完成。
長大、壮大な曲。有名なボレロ的曲想等があるが、ショスタコーヴィチの交響曲の中では、特別に傑作というわけではないかもしれない。
それでも、長大な第3楽章は、美しさも伴う一つの「レクイエム」とも言えるだろうし、この作品が誕生した時代を鑑みても、特別に特異な、ある種、エポックメーキング的な作品であることは間違いないだろう。
演奏も迫力満点の、美しく見事な演奏で、とりわけ、弦楽器群の完成度が抜群だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これだけの凄まじいプログラムだったのに、何とアンコールとして、ショスタコーヴィッチのバレエ組曲「ボルト」より「荷馬車引きの踊り」が演奏され、この素晴らしい演奏会の幕が閉じられた。
最近のコメント