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2023年1月21日 (土)

井上道義さんの自作自演~ミュージカルオペラ『A Way from Surrender〜降福からの道〜』op.4

亡き両親へのオマージュと、生い立ちのカミングアウトの作品

井上道義さんの作曲4作目、『A Way from Surrender〜降福からの道〜』を1月21日午後、すみだトリフォニーホールで鑑賞した。管弦楽は、新日本フィルハーモニー交響楽団。

この日は「オペラ形式」としての公演で、指揮だけでなく、脚本、演出、振付も井上さんによるもの。なお、23日には、サントリーホールで、演奏会形式での公演も予定されている。

台本に着手してから、約15年を経過したというこの作品の内容は、太平洋戦争を挟んだ激動の時代を生き抜いた井上さんの両親の人生を描き、自身のルーツを通して、愛、平和、国籍を含めたアイデンティティとは何かを問う作品。全3幕で、合計105分ほど。

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作曲を思い立った事情等を知らないで聴いた私は、当初、「感想が難しい作品。小林沙羅さんによる、アクロバティックなポーズ付きのクラシックバレエを、久しぶりに見ることができただけでも、良しとしよう」と思った。音楽自体が、様々な要素が混在し過ぎていて、統一感が希薄だったから、ということが一番の理由。

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しかし、道義さんが作曲を思い立った事情を知ってからは、感想はだいぶ変わった。

この作品は、井上道義さんの出生の秘密をカミングアウトした内容だったのだ。

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父と思い込んでいた正義さんが亡くなった数年後、道義さん45歳のとき、母、迪子(みちこ)さんから真実を聞いた。それはこうだ。

フィリピンのジャングルで死線をさまよった後、正義さんと迪子さんは、戦後、日本に戻り、迪子さんは英語力を買われて、進駐軍の基地で働く。そして、1946年12月23日に道義さんが生まれた。しかし、実は、道義さんは、迪子さんと進駐軍の基地にいた米軍中尉との間に出来た子供だったのだ。生まれた道義さんを見て、正義さんは「自分の子供ではない」と言い、3日間、家に帰らなかったという。

母からその真実を聞いた道義さんは、「もっと早くに知りたかった」とショックを受けるも、事実を受け止め、こう考えるようになった。2015年のインタビューでも、はっきりとこう述べている。

「育ての父を主題としたオペラを作曲したい」

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この作品の主役の3人のうち、

テノールの工藤和真さんが歌い演じる絵描きの「タロー」は、道義さんの分身であり、バリトンの大西宇宙(たかおき)さんが歌い演じる「正義」は(育ての)父親と同じ名前だし、ソプラノの小林沙羅さんが歌い演じる「みちこ」は、母親と同じ名前だ。両親の名を、そのまま使っているのだ。

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ミュージカルとも、オペラともせず、「ミュージカルオペラ」とした理由の一つに関して、道義さんはこう述べている。

「僕の作品は、様々な引用の嵐だが、それは生きてきた環境の中に存在していたものだから、全く恥ずかしくない」。

実際、第1幕は、ジャングルを想像させる不思議な雰囲気で始まり、休憩後の第2幕も含めて、20以上の打楽器系を中心とした特殊楽器を使用しながら、ラテン音楽、日本の童謡、昭和初期の流行歌、チンドン屋、阿波踊りのリズム、「ゴジラ」で使用されたテーマ等々、多種、多岐にわたる素材が引用され、混在する。繋がり、集約されたというよりも、混雑として音楽の連続と言える。

この「ごっちゃ混ぜ感」を、会場で聴いていた満員の聴衆が、面白いと受け止めて楽しめたか、困惑とともに否定的に受け止めたかは、各人それぞれだと想像する。

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また、第1幕と第3幕は、1970年代の日本、とのことだが、舞台設定上は、アトリエがメインのため、あまり「日本」を感じさせなかった。

第1幕では、タロー役の工藤和真さんも良かったが、特に、モデルのマミ役の宮地江奈さんと、エミ役の鳥谷尚子が素敵だった。

宮地さんの高音の魅力。この日、初めて聴かせていただいたメゾ・ソプラノの鳥谷尚子(とや しょうこ)さんの低音の魅力。2人の声質の違いを含めて、お2人の魅力を十分に堪能させていただいた。

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第2幕は、いきなり1945年のフィリピンのマニラに飛ぶが、両親の戦時下での物語が、第1幕と第3幕の間に入れられた形だ。

この幕では、まず、フィリピン娘ピナ役、コロンえりかさん の歌唱が素晴らしかった。

そして、戦争が終結していない状況での、米軍からの艦砲射撃があり、悲惨な状況の中から、それに続くシーンとして、米軍救護班役のユリィ・セレゼンさんと、みちこ役の小林沙羅さんとのダンスが見ものだった。

沙羅さんの「飛ぶ鳥ポーズ」というアクロバティックな要素を取り入れたバレエ。

クラシックバレエ経験者ならではの柔軟さ。失敗が許されない中で、見事に成功させた。

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音楽として一番「まとまり」を感じたのは第3幕。

エンディングに向かう中で、国籍、愛、許すこと等々のテーマに関しながらも、みちこ、正義、タローが、偽らざるそれぞれの心情を吐露し、最後は、全員での清らかな合唱で終わる展開。

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このように、題材は、道義さんの極めて個人的な物語をベースにしている。

そこから、両親、戦争、平和、国籍というアイデンティティ等々、普遍的な、時代を超えた根源的なテーマに置き換えた作品と言えるが、何よりも、育ててくれた両親、とりわけ、自身の子ではないことを知りながらも、道義さんを大事に育ててくれた正義さんに対する、心揺さぶらされるオマージュと言うべき作品だと思う。

単に、音楽がどうとかを超えて、色々な事を考えさせられる作品の公演だった。

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キャスト

タロー(テノール):工藤和真

正義(バリトン):大西宇宙

みちこ(リリック・ソプラノ):小林沙羅

マミ(ソプラノ):宮地江奈

エミ(メゾ・ソプラノ):鳥谷尚子

ピナ(ソプラノ):コロンえりか

茂木鈴太(少年タロー~タローの分身)

大山大輔(朗読)

(アンサンブル)

ソプラノ:中川郁文、太田小百合

メゾ・ソプラノ:蛭牟田実里、芦田琴

テノール:斎木智弥、渡辺正親

バリトン:今井学、高橋宏典、山田大智

バス:バッソプロフォンド:仲田尋一

バッソプロフォンド:石塚勇

米軍救護班(ダンス):ユリィ・セレゼン

洗足学園メモリアル合唱団

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