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2022年9月 8日 (木)

東京二期会「蝶々夫人」~美しい舞台と充実の公演

東京二期会70周年記念公演の一環でもあるプッチーニの歌劇「蝶々夫人」を9月8日夜、新国立劇場オペラパレスで鑑賞した。この日から11日までのWキャストによる4公演の初日の鑑賞。

私がこれまで観た「蝶々夫人」の中で、歌手、演出、指揮、オケ、全てが揃った、最も美しい舞台と演出による「蝶々夫人」だった。

指揮はアンドレア・バッティストーニ氏。オケは東京フィルハーモニー交響楽団。合唱は二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部。

演出は栗山昌良さん。1926年生まれだから、なんと、96歳ということになる。そして、1957年の二期会によるこの作品の第1回公演で演出担当者として参加されているし、その後の二期会による11回の上演のうち、実に7回も演出を担当されている。いわば、日本で一番この作品を知り尽くしている人、と言えるだろう。しかし、そういうことは知らないまま、今回の公演を鑑賞し、日ごろから演出には絶対に容赦しない私が、とても見事な演出と美しい舞台設営に感服し、とても感動した次第。詳細は後述する。

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バッティストーニ氏について

もう何度も指揮してきたであろうこの作品の、細部まで知り尽くしているという自信に満ちた指揮。まるで「私が作曲した作品」である如く見事な指揮だった。「本場もの」は必ずしも素晴らしいとは限らないこともあるが、今回のバッティストーニ指揮の「蝶々夫人」は、これぞ、「イタリア人指揮者によるイタリアオペラ」の素晴らしさを満喫させてくれた。

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オーケストラについて

東京フィルハーモニー交響楽団も、温かさに満ちたオーケストレーションの作品を、精妙なアンサンブルと豊麗なトーンによる見事な演奏で、申し分なく素晴らしかった。

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舞台と衣装の美しさについて

舞台の設定と衣装が美しかったので、スタッフ名を記すと、舞台美術が石黒紀夫さん、舞台設計が荒田 良さん、衣裳が岸井克己さん。

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演出について

栗山昌良さんの演出で特に印象的だったのは、まず、第2幕の終わり。米国船が見えたので、蝶々夫人とスズキが嬉々として花びらを部屋に巻いて歌う「花の二重唱」から、蝶々夫人の長く素晴らしいソロが終わって、ハミングコーラスに入ってからの場面。

このハミングコーラスの場面で、蝶々夫人は背を向け、右腕を上げたまま、不動の姿勢を長く保つのだが、このシーンで照明を落とし、シルエット映像として固定したのだ。スズキと子供も、蝶々夫人を見たまま動かず、この3人の姿のシルエット化したシーンは極めて印象的だった。

そして、第3幕の、このオペラの中で最も美しく、素晴らしいオーケストレーションによる序奏(間奏曲)が終わった直後からも、今度は蝶々夫人のみが第2幕の終わりと同じスタイルで不動のシルエット映像として開始した。

2回にわたり、長時間、右腕を上げっぱなしのまま不動の姿勢を保たれた大村博美さんは、さぞかし疲れただろうけれど、聴衆には、極めて印象的なシーンだった。

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男女の難しさと悲劇を子供の観点から考える

これまで、大好きなプッチーニの作品の中で、「蝶々夫人」だけは、どんなに音楽が素晴らしくても、「異国人男性による日本人女性への侮辱」という観点から、物語としては、どうしても好きになれなかった唯一の作品だったが、今回は、残された子供の存在から感じることが多々あり、やっとこの作品に強く魅了された。

子供の登場が、この物語を一層悲劇的なものであることを強調する。本来、子供は幸福の、あるいは生きる希望の象徴のはずだが、この物語では、子は鎹(かすがい)とはならず、悲劇を強調するシンボリックな存在となる。世間でも「親権の争い」はよく聞く話だが、奪い合いどころか、蝶々夫人は全てを諦め、絶望し、ピンカートン&ケート夫妻に子供を託して自害する道を選ぶ。その、花びらが舞い落ちる中で死に行く蝶々夫人、というラストシーンの演出の素晴らしさ。

物語の主題は、男性が軽薄で無責任である分(対比として)、女性であり、妻であり、母である蝶々夫人の、ピンカートンに対する揺るぎのない一途な思いが真実であることが強調され、しかし、それが絶望に転じて終わる寂しさ、虚しさ、悲しさが全てであることを、今更ながらに強く感じ入った公演だった。

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歌手の皆さんについて

蝶々夫人役の大村博美さん

高音の美しさと中低音域の情感あふれる歌唱。場面ごとに応じて変化させる多様なトーンとニュアンス。その技術の見事さ。欧州の歌劇場で鍛えられた声量の豊かさ。大村さんが素晴らしい歌手であることは、とっくの昔から知ってはいても、その実力の凄さと強烈な魅力をあらためて感じ入った次第だった。

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ピンカートン役の宮里直樹さん

最近では、「ばらの騎士」の「テノール役」での朗々たる美声が圧巻だったが、この日も、朗々とした伸びやかな美声と十分な声量に加え、ピュアで若々しいトーンと質感が素晴らしかった。宮里さんは今、乗りに乗った絶好調のテノール歌手だと思う。

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それにしても、第1幕最後の蝶々夫人とピンカートンの二重唱「夕暮れは迫り」については、つくづく考えさせられてしまう。すなわち、第2幕以降のピンカートンの裏切りさえなく、ハッピーエンドの物語だったら、この二重唱は、あらゆるオペラの中でも最も素晴らしい愛の二重唱となるのに、誰もがエンディングを知っていて聴くわけだから、ウットリしながらも、何とも複雑な思いを抱きながら聴かざるを得ないのだ。二重唱の音楽が素晴らしい分、後に待ち構えている悲劇とのギャップの重さを感じてしまう二重唱でもある。

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スズキ役の山下牧子さん

この役と言えば山下さんと言えるほど、ベテラン歌手としての役どころ。スズキは蝶々夫人を支え、慰める立ち位置にして、説得や諫める要素を交えて、自身の感情が行きする役所だから、とても難しく、微妙な感情の揺れを声や表情や仕草で示さなければならない。これができるスズキか否かで、このオペラの成功度合いが違ってくる。表面的には地味な立ち位置ながら、実は極めて重要なこの役を、山下さんは正に見事に歌い演じて素晴らしかった。

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シャープレス役の今井俊輔さん

もう一人、重要な役が、領事のシャープレス。出番が比較的多いだけでなく、これまた、スズキとは違う立場から、複雑に揺れる感情を抑えながら演技し、歌う役所。今井さんは、いつもながらの、サスガの歌唱とセリフの巧みさが見事だった。

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ゴロー役の大川信之さん

開始間もなくからの登場で、活躍する役所。大川さんは魅力的なテナー。声の質感からは、ピンカートンも似合いそうな気がした。

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ボンゾ役の斉木健詞さん

斉木さんもサスガの充実。素晴らしい歌手で、大好きな歌手の一人。

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ヤマドリ役の畠山 茂さん

とても良かった。これまでも色々な役で聴かせていただいてはいるが、今回の「ヤマドリ」の印象は極めて強く、今後、畠山さんを聴かせていただく折は、「ヤマドリの畠山さん」と思い出すかもしれない、と思うほど、印象的だった。

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神官役の大井哲也さん

十分良かった。「シレッ」とした感が良かったし、声も素敵だった。

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ケート役の青木エマさん

背が高く美人なので、ケートそのもの。歌う場面は少ないながら、蝶々夫人からしたら「憎まれ役」を、クール感と凛とした気品を持って演じられていた。

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素晴らしい公演の全出演者、全関係者の皆様に、心から賛辞を送りたい。

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キャスト   9月8日、10日    9日、11日

蝶々夫人    大村博美      木下美穂子

スズキ     山下牧子      藤井麻美

ケート     青木エマ      角南有紀

ピンカートン  宮里直樹      城 宏憲

シャープレス  今井俊輔      成田博之

ゴロー     大川信之      升島唯博→大川信之に変更

ヤマドリ    畠山 茂       杉浦隆大

ボンゾ     斉木健詞      三戸大久

神官      大井哲也      的場正剛

 

http://www.nikikai.net/lineup/butterfly2022/index.html

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