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2022年9月24日 (土)

田部京子さんが「面白クラシック講座」に登場

9月24日の午後、音楽評論家の真嶋雄大さんが主催する「面白クラシック講座」に、田部京子さんが出演されました。会場は、山梨県甲府市のYCC県民文化ホール。ただし、大ホールでも小ホールでもなく、3階の大きな会議室で、そこでは毎月1回、真嶋さんが色々な演奏家を招いて、トーク&コンサートを実施しており、真嶋さんいわく、「待望の田部さん登場」ということでのご出演。目算ですが、100人以上は来場されていましたし、ホールではなく、会議室でのグランドピアノの演奏という懸念点も、十分良く響き、全く問題ありませんでした。

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真嶋さんは、ヤマハ(銀座)や、ベーゼンドルファー東京のショールーム(中野坂上)で開催している「美女と野獣のトーク&コンサートwith Bösendorfer」も展開しており、それには、田部さんは2019年8月に出演されていますが、それでも、田部さんのトークを交えてのコンサートというものは、それ自体とても珍しく貴重ですし、嬉しく拝聴ましたので、以下は~演奏が素晴らしいことは言うまでもないので~トークの概要を主としてご紹介します。

真嶋さんが田部さんに質問やテーマを投げかけるかたちで進行という、2人のトークを織り込みながら演奏された全曲の一覧は、最下段に記載のとおりです。冒頭、真嶋さんは、「本日は、いわゆる小品集の演奏ですが、小品こそ、短い1曲の中に起承転結があるので、演奏は難しい」という主旨の言及がありました。

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演奏1.吉松隆さんの「プレイアデス舞曲集」より4曲。シンプルにして、独特の美しさのある4作品の演奏。

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トーク1.真嶋さんと田部さんによる最初のトーク。

(1)吉松さんから曲を献呈されるなど、親しくなった「いきさつ」を問われた田部さんは、「吉松さんもシューベルトの第21番のソナタが好きで、私の演奏を聴かれて関心を持たれ、「プレイアデス舞曲集」の演奏の打診があったこと」等々を語られました。

(2)メンデルスゾーンの曲の特徴を問われると、「シンプルな構造ながら、それゆえ実は、演奏はとても難しい」という主旨の内容を語られました。

(3)シューベルトの晩年の作品について、田部さんは、「31歳で亡くなる1~2年前の間に、それまでの人生の喜びや悲しみ、苦悩などが盛り込まれていることは驚きですし、そしてどこか「救い」もあると感じます」等を語られた他、「これから弾く即興曲第3番もそうですが」として、シューベルトには、「タン(2分音符)タ(4分音符)タ(4分音符)」+「タン(2分)タン(2分)」という旋律を多く用いている~例えば「ロザムンデ」や「さすらい人幻想曲」等~について指摘(言及)されたことは、興味深かったです。

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演奏2.メンデルスゾーンの「無言歌集」より「甘い想い出」、「ないしょ話」、「ベニスのゴンドラの歌 第2番」。

演奏3.シューベルトの4つの間奏曲D.899より、第3番 変ト長調。

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休憩後

演奏4.グリーグの「抒情小品集」より「アリエッタ」、「ノクターン」、「春に寄す」、「トロルドハウゲンの婚礼の日」。

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トーク2.

グリーグについて問われた田部さんは、「私は北海道生まれなのですが、似た空気感と言いますか、とても親近感を覚える曲が多いし、北欧に行ったときも、その親近感を覚えました。また、グリーグの曲には民族的な曲想(要素)も感じますし、「北欧のショパン」と言われていますが、むしろ、シューマンのようなドラマ性も感じます」、という主旨を述べられた他、「ペールギュント」については、「どうしても管弦楽曲のイメージが先行しますが、ピアノ版独自の良さ、面白さがあるので、それを聴いていただけたら」として演奏に移られました。

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演奏5.グリーグ:ペールギュント第1組曲~「朝」、「オーゼの死」、「アニトラの踊り」、「山の魔王の宮殿にて」。

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トーク3.このトークが、とりわけ興味深い内容でした。

(1)まず、真嶋さんが、「ブラインド審査による、シューベルトのソナタ第21番に関する逸話」を田部さんに披露してもらうべく促しました。それによると、カルミナ四重奏団と共演することになったとき、そのリーダーに「どうして私を選んでくれたのか?」を問うと、「放送局で、シューベルトのソナタ第21番の多くの録音を、演奏者名を伏せて流し、どの演奏が良かったかを投票する、というイベントがあった。私の第1位は、他の人全体での第1位と同じだったのですが、フタを開けると、田部京子、という名前のピアニストだったのです」とのことでした。

田部さんいわく、「ホロヴィッツとか、錚々たる巨匠たちの録音が流されたそうで、その中で、私のような無名の者が選ばれて」、と謙遜の言葉。

真嶋さんが、「凄いことですよね」と称え、会場も大きな拍手。

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(2)続いて、大活躍中の辻井伸行さんのことを真嶋さんが話題にされました。辻井さんが、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝されたのは、上野学園大学の3年のときですが、当時、同大学で、1年からの指導教授の一人が田部さんだったので、彼がハンディの中でどう練習するか、音を記憶する能力の高さや、体と一体となって両手両腕が飛躍するその俊敏さ等、色々な情報を語られ、とても興味深く拝聴しました。

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(3)田部さんが東京藝術大学時代の恩師だった田村宏さんについても、真嶋さんが「田村先生って、怖いことで有名でしたね」と話題を向けると、田部さんは、まるで桐朋学園の斎藤秀雄さんを彷彿させるような逸話を語られたことも、それこそ興味深かったです。真嶋さんいわく、「今じゃ、考えられないこと(厳しさ)ですよね、パワハラって言われるような」。田部さん「そうですね。時代の違いを感じます」。

このあと、田部さんが語られたことこそが更に印象的で、こう述べられました。「私も自分が教える立場になり、生徒に、もっと厳しく言うべきなのかな、と思うこともあるのですが、なかなか難しいことですよね」。

「怖い田部さん」は想像つきませんが(笑)、教師としての、指導することの難しさを語られた、とても印象的な発言でした。

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演奏6.ドビュッシーのベルガマスク組曲より「月の光」。

真嶋さん~「静かで素晴らしい余韻で終わる演奏でした。このまま終わりにするのが良いのでしょうが、そうは問屋が卸さない」と会場を笑わせ、アンコールをリクエスト。

「では」として、グリーグの「君を愛す」を演奏され、この素敵な講座コンサートが終了しました。

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なお、終演後は、ロビーでサイン会も開催されました。

ご承知のように、コロナ禍以降、ほとんどのコンサート会場では、以前は当たり前のように開催されていたサイン会~ユジャ・ワンだろうとヒラリー・ハーンだろうと~が行われていません。出演者と来場客、あるいは来場客同士の「密」回避、という主旨でしょう。この日は、いわば、真嶋さんの常連客をメインした講座という、特別な状況、関係性からの開催だと思いますし、演奏者と来場者のサイン会自体、久しぶりに見たので~それも、田部さんです~それ自体も嬉しく眺めていた次第でした。

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演奏曲

1.吉松隆:「プレイアデス舞曲集」より「前奏曲の映像」、

「線形のロマンス」、「鳥のいる間奏曲」、「真夜中のノエル」

2.メンデルスゾーン:「無言歌集」より「甘い想い出」、

  「ないしょ話」、「ベニスのゴンドラの歌 第2番」

3.シューベルト:4つの間奏曲 D.899 より、第3番 変ト長調

 (休憩)

4.グリーグ:「抒情小品集」より「アリエッタ」、「ノクターン」、

「春に寄す」、「トロルドハウゲンの婚礼の日」

5.グリーグ:ペールギュント第1組曲~「朝」、「オーゼの死」、

  「アニトラの踊り」、「山の魔王の宮殿にて」

6.ドビュッシー:ベルガマスク組曲より「月の光」

アンコール~グリーグ:「君を愛す」

2022年9月23日 (金)

高野百合絵さん「スペイン」を歌う~東京シティ・フィル

高野さんの魅力、オケの技量、ファリャのオーケストレーションの巧みさ。特にこの3点を強く感じたコンサートだった。

「夏の残火に舞え、スペインの熱き風よ」というカッコイイ副題の付いたコンサートを9月23日午後、ティアラこうとう(江東公会堂)大ホールで聴いた。

藤岡幸夫さん指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の第70回ティアラこうとう定期演奏会。

ソプラノの高野百合絵さんを迎えての「オール・スパニッシュコンサート」。                

プログラムは

1.ビゼー:歌劇「カルメン」より前奏曲

2.ビゼー:歌劇「カルメン」より「ハバネラ」

3.シャブリエ:狂詩曲「スペイン」

4.ドリーブ:「カディスの娘たち」

5.ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」より火祭りの踊り

6.チャピ:サルスエラ「セベデオの娘たち」より囚われ人の歌

7.ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」全曲

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高野百合絵さんは、東京音楽大学在学中の2018年11月、日生オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」で、ドラベッラ役を歌われたときに初めて聴き、「素晴らしい歌手が出て来た」と感心して以来ファンとなり、FB友人にもなっていただいている。

2021年、佐渡裕さんプロデュースの「メリー・ウィドウ」(兵庫県立芸術文化センター)では、20代にして主役ハンナ・グラヴァリ役を射止め、見事に歌い、演じた。およそ新人とは思えない、貫禄ある、堂々たる主役の歌と演技だった。

同年12月の神奈川フィルとの「レ・ミゼラブル」でのエポニーヌ役で歌った「On my own」は、感涙、いや号泣したくなるような素晴らしい歌唱だった。

CDは、2020年に日本コロムビアから「CANTARES」をリリース。今回のプログラムとも繋がる、スペインの作曲家の曲を中心とした、ユニークな選曲の魅力的なアルバムだ。

高野さんは、ステージに登場した瞬間から、ステージ全体を明るくするほどの「華」が有る。背の高い美人、という外見も含めて天性のもので、既に若くして「スター歌手」と言うに相応しい存在感が有る。

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バランスとニュアンスの心地良い「カルメン」の前奏曲の後の「ハバネラ」。

高野さんについて、所属する日本コロムビアが、2021年11月1日付けで「メゾ・ソプラノ」から「ソプラノ」へ声種表記の変更を公表したように、以前から「メゾ」の要素にも増して「ソプラノ」を感じさせる明るいトーンがあったので、「いかにもメゾ」というのとは少し違い、ミカエラも似合いそうな、ピュアなトーンによるハバネラで、ユニークさがあり、妖艶さというよりも、実は純な女性かもしれないカルメンを想像して聴き応えがある歌唱だった。

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安定感と明るさのあるシャブリエの狂詩曲「スペイン」の後は、ドリーブの有名な歌、「カディスの娘たち」。この曲では、正に高野さんの高音の美しさが印象的だった。

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次いで、ファリャのバレエ音楽「恋は魔術師」より有名な「火祭りの踊り」。

私はオケで演奏したこともあるが、とても難しい曲。東京シティ・フィルの弦や管の各パートの力量の高さを示し、後述する後半の「三角帽子」とともに、オケを十分に堪能させてくれる演奏だった。

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前半最後は、ルペルト・チャピ(1851~1909)のサルスエラ(オペラの一種)「セベデオの娘たち」より囚われ人の歌」。

中音域が多い曲ということもあり、ヴィブラートも増加させての歌唱は、この日、「最もメゾらしさ」を感じさせた歌唱。「これぞ、メゾ(でデビューした歌手)」と言うべき感銘深い歌唱で、実に素晴らしかった。この日の白眉と言える。

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休憩後の後半は、ファリャのバレエ音楽「三角帽子」全曲。

物語音楽であるこの曲の全曲演奏に先立って、藤岡さんはマイクを手に、登場人物とそのモティーフを部分演奏するかたちで、曲の展開を解説された。内容と展開、あるいは、特徴ある曲想(場面の音楽)を知って聴くと、音楽への関心と理解が増す感じがしたので~普段は、解説付きというのは、私はあまり好きではないが~今回のプレゼンはとても良かった。

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そして全曲演奏。

開始して直ぐの、「Casadita,casadita,(おかみさん、おかみんさん)~」と歌う高野さんのソロは、2階席の客席から見て左、一番ステージよりのドアを開けて、客席に向かっての歌唱で、前半のステージでの歌唱にも増して、会場全体に美しい歌声が響き渡り、2回目となる、第2部での粉屋の踊り(ファルーカ)の中での「Por la noche canta el cuco(夜ともなれば、カッコウが鳴く)~」も含めて、とても良いアイデアによる素晴らしい歌唱だった。この演出と歌唱により、高野さんの魅力が、最高度に聴衆に伝わったのだった。

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ファリャのオーケストレーションは、明るく聴き易い曲というだけでなく、「終幕の踊り」を含め、躍動感あるエネルギッシュな音楽で素晴らしい。作曲技巧の見事さをつくづく感じた。

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オーケストラについて

木管と金管の各ソロの見事さを含めて、今回、オケの優秀さを知った次第。

1975年に設立。47年の中で、飯守泰次郎さんとの「指輪」四部作全曲、「ローエングリン」、「パルジファル」、「トリスタンとイゾルデ」を演奏してきた力量と歴史を十分感じることができた。

高野さんはもちろん、今回は東京シティ・フィルの魅力も十分に堪能し、ファンになったので、今後はこのオケをもっと聴くことにしよう、と思ったコンサートだった。

2022年9月17日 (土)

宮地江奈さん~松本記念音楽迎賓館でのコンサート

二期会「フィガロの結婚」のスザンナ等、活躍目覚ましいソプラノ歌手の宮地江奈さんのコンサートを、9月17日午後、世田谷区の松本記念音楽迎賓館で拝聴した。ピアノは齋藤亜都沙さん。

まず会場について。

以前から行ってみたいと思っていた会場。パイオニア株式会社の創業者であり、公益財団法人音楽鑑賞教育振興会の設立者、松本望・千代夫妻の元邸宅。2001年に、夫妻の遺志を継いで、音楽教育の実践の場にと、一般にも利用できる記念館として開館。閑静な高級住宅街にあり、外観も格調高いが、2階建ての内装は、部屋が幾つもあり、迷ってしまうほど。チェンバロとベーゼンドルファーの他、小さいながらパイプオルガンも完備されている。二子玉川駅もしくは成城学園前駅からバスで、短くはない時間乗るが、行ってみる甲斐のある素晴らしい建物。

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宮地さんには、ファン歴5年前後の人も多い中、私は今年2月の二期会「フィガロの結婚」でのスザンナに魅了されてファンになったばかりで、その後、3月には東京オペラシティでの「明日を担う音楽家による特別音楽会」でのヴィオレッタのアリア、5月は大塚、7月は立川で、いずれもサロン・コンサート的なアットホームなリサイタルを聴かせていただいたが、今回もその流れでの、至近距離で聴ける愉悦感を堪能させていただいた。

5月と7月は、中田喜直の「魚とオレンジ」など、日本歌曲を中心に置かれたことが印象的だったが、この日は洋物中心のプログラム。

なお、大塚と立川では、(コロナ情勢から)主催者の判断により、終演後の面会が禁じられたが、今回、やっと終演後の別室でのお茶会にて、直接ご挨拶とお話ができ、添付のとおり、写真撮影にも応じていただけた次第。

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「宮地江奈からのおくりもの」と題されたプログラムは、最下段に記載するが、順次短く感想を付記したい。

まず、映画「マイフェアレディー」より「踊り明かそう」で開始。

ミュージカルも好き、トークも好きで、楽しい雰囲気を常に創り出す宮地さんらしい選曲だ。

以降、曲の解説等を交えながらの歌唱はいつもながらの展開。進行。

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歌っているときの表情の豊かさと、子供のような無垢さがある地声によるトークは、歌声以外における2大特徴と言えるかもしれない。その「地声の無垢さ」は、歌声においても、常にベースとなっている。

見事な声量と、厚みのある太い旋律線を感じさせる歌唱や、コロラトゥーラ技巧の場面等の、いずれにおいても、宮地さんの歌声には、常に無垢な清らかさと明るさが在るのが特徴だと思うし、それがとても魅力的だ。

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2曲目は、この日唯一の日本の歌曲で、團 伊玖磨作曲の「旅上」。

萩原朔太郎の詩で、フランスへの憧れを歌った曲だが、「汽車が山道をゆくとき~」の部分での曲想の変化が面白い。

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3曲目は、R・シュトラウスの「Cäcilie」(ツェチーリエ)。

細やかなリズム進行と、後半はスケール感もある歌。

4曲目は、同じくシュトラウスの「Amor(アモール)」。

コロラトゥーラ技巧を含む、いかにもシュトラウスらしいとても技巧的な曲。この2曲で、技術的な「冴え」を聴かせてくれた。

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5曲目は、デュパルクの「Chanson triste(悲しき歌)」。

抒情的な曲。この曲と、

6曲目の、ヴォルフの「Verborgenheit(隠遁)」により、宮地さんは、しっとりとした抒情性を打ち出すとともに、中音域での情感あるトーンの魅力を聴かせてくれた。

ヴォルフの曲は、曲自体も素晴らしく、さすがヴォルフ、という感じだ。

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前半の最後は、リストの「Enfant, si j'étais roi」(愛おしきものよ、もし私が王だったら)。

シューベルト的な小話という感じで面白い曲だった。

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休憩後の後半は、オペラのアリア集。

最初は、モーツァルトの「魔笛」より「愛の喜びは露と消え」。

哀しみの表現。それでも揺るぎのない歌いまわしと、それを支える厚みを伴う均一な声質。格調高い歌唱だった。

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次いで、ヴェルディの「リゴレット」より「慕わしき人の名は」。

11月にも歌われるジルダによるアリアを、ここで聴けたのは幸いだったし、宮地さんの歌声の質感と、この役、アリアでの融合感を強く感じた。完成度の見事さとトーンの変化の魅力という点で、この日の白眉だったと言える。

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プログラム最後は、トマの「ハムレット」より「私を遊びの仲間に入れてください」。

技術とドラマ性を見事に聴衆にアピール。エンディングでの「脱力感」は、役柄と同時に、実際に、全身全霊で歌い終えた結果での表情にも見てとれた。圧巻だった。

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アンコールは、なんと、モーツァルトの「魔笛」から夜の女王のアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」。

長大な難曲、「ハムレット」を歌い終えた直後ゆえ、さすがに100%の完成度とは言えなかったが、それでも「最後の最後に、この曲を歌える」という力量を十分示し、コンサートを終えたのだった。

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最後になってしまったが、齋藤亜都沙さんは、いつもながらの素晴らしい演奏により、宮地さんの歌唱を十二分に支えていた。

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プログラム

1.映画「マイフェアレディー」より「踊り明かそう」

2.團 伊玖磨:「旅上」

3.R・シュトラウス:4つの歌曲より

   「Cäcilie」(ツェチーリエ)

4.R・シュトラウス:ブレンターノの詩による6つの歌より

   「Amor(アモール)」

5.H・デュパルク:「Chanson triste(悲しき歌)」

6.H・ヴォルフ:メーリケ歌曲集より

   「Verborgenheit(隠遁)」

7.F・リスト:「Enfant, si j'étais roi」

    (愛おしきものよ、もし私が王だったら)

  (休憩)

8.モーツァルト 歌劇「魔笛」より「愛の喜びは露と消え」

9.ヴェルディ 歌劇「リゴレット」より「慕わしき人の名は」

10.A・トマ 歌劇「ハムレット」より

   「私を遊びの仲間に入れてください」

アンコール

モーツァルト 歌劇「魔笛」より「復讐の心は地獄のように胸に燃え」

明珍宏和さん~バリトン・リサイタル

バリトン歌手の明珍宏和さんのリサイタルを15日夜、麹町の「紀尾井町サロンホール」で聴きました。同日の14時からは、シューベルト「美しき水車小屋の娘」全曲を歌われたそうで、違う曲による同日の2公演。夜の公演は、前半がソロで、後半がソプラノ歌手の冨平安希子さんとのデュオ・コンサートでした。ピアノは菊地沙織さん。

明珍さんは、これまでアンサンブルのかたちで2回ほど聴かせていただいていましたが、ソロは初めて。良い意味でオーソドックスな、品の良い、温かなトーンのバリトン。素敵です。

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前半は、「2対の歌曲~同詩による異曲~」と題し、シューベルトの「魔王」とベートーヴェン「魔王」、私たちがよく知るジルヒャーの「ローレライ」とリストによる「ローレライ」の披露、という興味深い内容。

「ベートーヴェンの魔王?」。

私も初めて聴きました。ベートーヴェンはゲーテの詩による「魔王」を作曲しようとしたけれど、歌声部のみの、それも未完成のスケッチに止まり、後年、ラインホルト・ベッカーという人が完成させた、という曲です。事前の解説で明珍さんも言及されたように、ピアノによる3連符の多用など、シューベルト作品に似ているで、シューベルトがベートーヴェンの草稿を何らかのかたちで知っていた可能性はある、そんな感じの魅力的な曲です。

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歌唱では、特にシューベルトに関して、役によるトーン変化があまり無かったので、フィッシャー=ディースカウやジェシー・ノーマンの妙技を知っていると、せめて「子供」と「魔王」はトーンを変えて欲しかったな、と思いました。

2つの「ローレライ」では、リストの作品がスケール感あって印象的ですが、「立派な歌曲」なので、ジルヒャーのような大衆受けは難しいだろうな、と思える曲。でも、とても良い曲。

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休憩後の後半は、先述のとおり、「Duo -à la Carte-」と題しての、

冨平安希子さんとのデュオで、まず、シューマンの「ミルテの花」より有名な「献呈」。

冨平さんは、昨年の「ルル」をはじめ、オペラを中心に何度も聴かせていただいていますが、この日は、5メートルと離れていない距離での拝聴で、当然ながら、声量の素晴らしさと、表現の見事さんに改めて感激しました。サロン・コンサートならではの利点です。2人のドイツ語の美しさも印象的。

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次いで、ドヴォルザークの「モラヴィア二重唱曲集」より「泳いであなたから逃げるわ」。たぶん原語による親しみ易い曲。

次のコルネリウス作「あなたとわたし」は初めて聴きましたが、とても素敵な曲。

次いで、菊地さんのピアノソロで、ブラームスの有名な「ハンガリー舞曲第5番」。

そして、モーツァルトの「魔笛」より「恋を知る男たちは」は、大好きなだけでなく、私自身、菊地美奈さんと2回、デュエットさせていただいたこともある名曲。もちろん、今でも暗譜で歌えます。

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次いで、フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」より「夕べの祈り」。有名な旋律による、温かな曲。

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プログラム最後のR.シュトラウスの「インテルメッツォ」よりフィナーレが圧巻でした。

この曲では、2人は、表情と演技を含めての舞台そのものの歌唱。シュトラウスの音楽の素晴らしさを改めて強く感じる作品と歌唱で、日本では、これまで1回くらいしか上演されていないようですが、今後、もっと取り上げて欲しいオペラだと思いました。

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アンコールとして、まず、明珍さんのソロで、「ベアトリ姐ちゃん」という面白い曲。

そして、デュオによる「ウィーン、我が夢の街」。言うまでもなく素晴らしい名曲。

充実の楽しいサロン・コンサートでした。

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プログラム

F.シューベルト 魔王 D.328

L.V.ベートーヴェン 魔王 WoO131

F.ジルヒャー「ローレライ」

F.リスト:ローレライ S.532(R.209)

(休憩)

Duo -à la Carte-

1.R.シューマン:ミルテの花Op.25第1曲「献呈」

2.A.ドヴォルザーク 「モラヴィア二重唱曲集」Op.32(B.52)より

第1曲「泳いであなたから逃げるわ」

3.P.コルネリウス「あなたとわたし」

4.ピアノソロで、J.ブラームス ハンガリー舞曲集より第5番

5.W.A.モーツァルト オペラ「魔笛」K.620より「恋を知る男たちは」

6.E.フンパーディンク オペラ「ヘンゼルとグレーテル」より「夕べの祈り」

7.R.シュトラウス オペラ「インテルメッツォ」よりフィナーレ

アンコール

1.ベアトリ姐ちゃん

2.ウィーン、我が夢の街

https://myoching.wixsite.com/myoching-web?lightbox=dataItem-l1k1yz4s

2022年9月11日 (日)

ハンサム四兄弟~愛と未来のコンサート

「ハンサム四兄弟」という、ふてぶてしい名前(笑)を冠したユニットのコンサートを9月11日午後、埼玉県入間郡三芳町の「コピスみよし」(三芳町文化会館)で聴いた。

ピアノは作曲家でもある加藤昌則さん。進行は「長男」の宮本益光さん。

「四兄弟」とは、宮本益光さん、与那城 敬さん、近藤 圭さん、加耒 徹さん。

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2018年に結成され、王子ホールなど各地でコンサートを開催されているのは知っていたので、聴いてみたいと思っていたし、埼玉県内の初めて行くホールということもあり、楽しみにしていた。「四兄弟」の年内のコンサートはこの日で最後だが、来年も大阪等各地で予定しているとのこと。

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「イル・デーヴ」や「The JADE」が、テノールとバリトンなど、高低音域の歌手から構成されているのに対し、この「四兄弟」は全員バリトンというのが特色。よって、トーンの多彩感は少ないが、独特の重厚感があって面白い。

もっともこの日は、下記のとおり、ソロでの歌唱をメインとした内容。

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プログラム

Ⅰ.日本の歌曲

1.宮本益光:「うたうこと…平和へのソネット」~加耒 徹さん

2.中田喜直:「結婚」~近藤 圭さん

3.小林秀雄:「落葉松」~与那城 敬さん

4.加藤昌則:《名もなき祈り》より「空に」~宮本益光さん

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Ⅱ.ハンサム四兄弟CD「HOME」より

1.モリコーネ:『ニュー・シネマ・パラダイス』より

「愛のテーマ」~加耒さん(イタリア語)

2.グリーグ:「君を愛す」~近藤さん(ドイツ語)

3.サティ:「あなたが欲しい」~与那城さん(フランス語)

4.信長貴富:「春」~宮本さん

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Ⅲ.あなたの心に未来を届ける日本の名曲

1.筒美京平:「また逢う日まで」~加耒さん

2.千葉和臣:「贈る言葉」~近藤さん

3.中村八大:「上を向いて歩こう」~与那城さん

4.いずみたく:「見上げてごらん夜の星を」~宮本さん

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Ⅳ.加藤昌則編曲:「AROUND THE WORLD」

4人全員での映画音楽で巡る世界一周メドレー

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アンコール~全員で

1.加藤昌則:「そのうたは」

2.加藤昌則:「もしも歌がなかったら」

3.加藤昌則編曲:「AROUND THE WORLD」

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全体的に、声としては、バリトンというより、バスに使い近藤さんの声が特に印象的だった。与那城さんもいつもながらの格調高い声。

曲ではどの曲も楽しかったが、「日本の歌曲」では、宮本さん作曲の作品と加藤さんの曲が特に印象的。

「HOME」からは、大好きな『ニュー・シネマ・パラダイス』の「愛のテーマ」が聴けたのが嬉しい。この曲を聴くと、私は本田美奈子さんを思い出す。

「あなたの心に未来を届ける日本の名曲」は、ポップス特集で、加耒さんの「また逢う日まで」の最後のロングトーンが印象的だったし、宮本さんも、「見上げてごらん夜の星を」をどんどん盛り上げていく歌唱で大きな喝采を受けていた。

アンコールでは、加藤さんの「そのうたは」と「もしも歌がなかったら」が、とても素敵な曲だった。

来年もまた、どこかの会場で聴きたいと思う。

 

https://www.miyoshi-culture.jp/event/29228/

2022年9月 9日 (金)

小林愛実さんリサイタル~府中の森芸術劇場

小林愛実さんのピアノ・リサイタルを9月9日午後、府中の森芸術劇場ウィーンホールで拝聴した。中ホールとはいえ、平日の午後にもかかわらず、満員御礼だったのは言うまでもない。

まず、演奏曲は次のとおり。

1.J.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826

2.ブラームス:4つの小品 Op.119

3.ショパン:スケルツォ第1番~第4番

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1曲目のバッハの「パルティータ第2番」は構成するどの曲でも、音のまろやかさが印象的だ。チェンバロを想定してもいるだろう軽やかさを含めて、自然体にして瑞々しいバッハ。

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ブラームスの「4つの小品」作品119。

第1曲 間奏曲 ロ短調

クララ・シューマンが「灰色の真珠」と呼んだ曲だが、密やかにして詩的な、ブラームスがロマン派と呼ぶに相応しい世界を描き出す。

第2曲 間奏曲 ホ短調

細やかな動きの部分でも、常に音に湿り気がある。潤いがある。

第3曲 間奏曲 ハ長調

楽天さ、楽しさの全開が心地良い。

第4曲 ラプソディ 変ホ長調

情熱的なパッションに溢れていても、決して攻撃的な演奏にはならない。温かさの中には常に詩がある。

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休憩後の後半は、

ショパンのスケルツォ全曲。

第1番 ロ短調 Op.20

始まった瞬間から、「そう、聴衆は、このショパンを待っていたのだ」と期待感を抱かせる演奏。

アグレッシブというより、「孤独の林の中を駆け抜ける少女」を感じたし、一転して、夢見心地の曲想の場面も素敵だった。

第2番 変ロ短調 Op.31

音の粒立ちの良さ。スケール感というよりも、もはや古典的で優雅な曲としての演奏。エンディングに向かう集中力も素晴らしく、この曲だけでも名演と言える。

第3番 嬰ハ短調 Op.39

様々な要素と場面を弾き分けた、格調高い演奏で、名曲の名演。

第4番 ホ長調 Op.54

前3曲のような、ある種、深刻さはなく、楽しい曲想なので、最も愛実さん向きの曲かもしれない、と感じた。明るさと寂しさの対比も素敵だった。

この第4曲は、ショパン国際コンクールでの一次予選の映像があるので、添付します。

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アンコールは3曲。

まず、ショパンの24の前奏曲から、第17番。自然体にしてロマンティックな歌、

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次が有名な前奏曲第15番「雨だれ」

冒頭は、アルバムでの演奏より幾分速めのテンポで開始し、即興的な雰囲気を醸し出したが、嬰ハ短調の部分に入ると一転し、テンポをグッと落として、じっくりと哀しみを語り出す。この孤独感に満ちたニュアンスの見事さ。この嬰ハ短調の部分だけでも、一つの物語を創り出していた。そして、変ニ長調に戻ってのコーダでは、大きな間合いによる、詩とロマンあふれるエンディングを提示した。

この抒情性こそ、他の誰でもない、小林愛実さんの世界なのだ。それを、この1曲だけでも十分に感じさせ、あらためて認識させてくれた、そういう素晴らしい演奏だった。

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最後がワルツ第5番 変イ長調

エンディングに向かってのパッションにより、聴衆を満足させてリサイタルが終わった。

このワルツは、2021年のショパン国際コンクールの二次予選で弾いている映像があるので、URLを添付します。

AIMI KOBAYASHI– Scherzo in E major, Op. 54 (18th Chopin Competition, first stage)

https://www.youtube.com/watch?v=f-vqqa_FCZ8

 

AIMI KOBAYASHI – Waltz in A flat major, Op. 42 (18th Chopin Competition, second stage)

https://www.youtube.com/watch?v=efak35x82Nw

 

AIMI KOBAYASHI – Polonaise-Fantasy in A flat major, Op. 61 (18th Chopin Competition, second stage)

https://www.youtube.com/watch?v=0FWzq3Zn72c

2022年9月 8日 (木)

東京二期会「蝶々夫人」~美しい舞台と充実の公演

東京二期会70周年記念公演の一環でもあるプッチーニの歌劇「蝶々夫人」を9月8日夜、新国立劇場オペラパレスで鑑賞した。この日から11日までのWキャストによる4公演の初日の鑑賞。

私がこれまで観た「蝶々夫人」の中で、歌手、演出、指揮、オケ、全てが揃った、最も美しい舞台と演出による「蝶々夫人」だった。

指揮はアンドレア・バッティストーニ氏。オケは東京フィルハーモニー交響楽団。合唱は二期会合唱団、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部。

演出は栗山昌良さん。1926年生まれだから、なんと、96歳ということになる。そして、1957年の二期会によるこの作品の第1回公演で演出担当者として参加されているし、その後の二期会による11回の上演のうち、実に7回も演出を担当されている。いわば、日本で一番この作品を知り尽くしている人、と言えるだろう。しかし、そういうことは知らないまま、今回の公演を鑑賞し、日ごろから演出には絶対に容赦しない私が、とても見事な演出と美しい舞台設営に感服し、とても感動した次第。詳細は後述する。

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バッティストーニ氏について

もう何度も指揮してきたであろうこの作品の、細部まで知り尽くしているという自信に満ちた指揮。まるで「私が作曲した作品」である如く見事な指揮だった。「本場もの」は必ずしも素晴らしいとは限らないこともあるが、今回のバッティストーニ指揮の「蝶々夫人」は、これぞ、「イタリア人指揮者によるイタリアオペラ」の素晴らしさを満喫させてくれた。

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オーケストラについて

東京フィルハーモニー交響楽団も、温かさに満ちたオーケストレーションの作品を、精妙なアンサンブルと豊麗なトーンによる見事な演奏で、申し分なく素晴らしかった。

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舞台と衣装の美しさについて

舞台の設定と衣装が美しかったので、スタッフ名を記すと、舞台美術が石黒紀夫さん、舞台設計が荒田 良さん、衣裳が岸井克己さん。

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演出について

栗山昌良さんの演出で特に印象的だったのは、まず、第2幕の終わり。米国船が見えたので、蝶々夫人とスズキが嬉々として花びらを部屋に巻いて歌う「花の二重唱」から、蝶々夫人の長く素晴らしいソロが終わって、ハミングコーラスに入ってからの場面。

このハミングコーラスの場面で、蝶々夫人は背を向け、右腕を上げたまま、不動の姿勢を長く保つのだが、このシーンで照明を落とし、シルエット映像として固定したのだ。スズキと子供も、蝶々夫人を見たまま動かず、この3人の姿のシルエット化したシーンは極めて印象的だった。

そして、第3幕の、このオペラの中で最も美しく、素晴らしいオーケストレーションによる序奏(間奏曲)が終わった直後からも、今度は蝶々夫人のみが第2幕の終わりと同じスタイルで不動のシルエット映像として開始した。

2回にわたり、長時間、右腕を上げっぱなしのまま不動の姿勢を保たれた大村博美さんは、さぞかし疲れただろうけれど、聴衆には、極めて印象的なシーンだった。

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男女の難しさと悲劇を子供の観点から考える

これまで、大好きなプッチーニの作品の中で、「蝶々夫人」だけは、どんなに音楽が素晴らしくても、「異国人男性による日本人女性への侮辱」という観点から、物語としては、どうしても好きになれなかった唯一の作品だったが、今回は、残された子供の存在から感じることが多々あり、やっとこの作品に強く魅了された。

子供の登場が、この物語を一層悲劇的なものであることを強調する。本来、子供は幸福の、あるいは生きる希望の象徴のはずだが、この物語では、子は鎹(かすがい)とはならず、悲劇を強調するシンボリックな存在となる。世間でも「親権の争い」はよく聞く話だが、奪い合いどころか、蝶々夫人は全てを諦め、絶望し、ピンカートン&ケート夫妻に子供を託して自害する道を選ぶ。その、花びらが舞い落ちる中で死に行く蝶々夫人、というラストシーンの演出の素晴らしさ。

物語の主題は、男性が軽薄で無責任である分(対比として)、女性であり、妻であり、母である蝶々夫人の、ピンカートンに対する揺るぎのない一途な思いが真実であることが強調され、しかし、それが絶望に転じて終わる寂しさ、虚しさ、悲しさが全てであることを、今更ながらに強く感じ入った公演だった。

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歌手の皆さんについて

蝶々夫人役の大村博美さん

高音の美しさと中低音域の情感あふれる歌唱。場面ごとに応じて変化させる多様なトーンとニュアンス。その技術の見事さ。欧州の歌劇場で鍛えられた声量の豊かさ。大村さんが素晴らしい歌手であることは、とっくの昔から知ってはいても、その実力の凄さと強烈な魅力をあらためて感じ入った次第だった。

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ピンカートン役の宮里直樹さん

最近では、「ばらの騎士」の「テノール役」での朗々たる美声が圧巻だったが、この日も、朗々とした伸びやかな美声と十分な声量に加え、ピュアで若々しいトーンと質感が素晴らしかった。宮里さんは今、乗りに乗った絶好調のテノール歌手だと思う。

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それにしても、第1幕最後の蝶々夫人とピンカートンの二重唱「夕暮れは迫り」については、つくづく考えさせられてしまう。すなわち、第2幕以降のピンカートンの裏切りさえなく、ハッピーエンドの物語だったら、この二重唱は、あらゆるオペラの中でも最も素晴らしい愛の二重唱となるのに、誰もがエンディングを知っていて聴くわけだから、ウットリしながらも、何とも複雑な思いを抱きながら聴かざるを得ないのだ。二重唱の音楽が素晴らしい分、後に待ち構えている悲劇とのギャップの重さを感じてしまう二重唱でもある。

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スズキ役の山下牧子さん

この役と言えば山下さんと言えるほど、ベテラン歌手としての役どころ。スズキは蝶々夫人を支え、慰める立ち位置にして、説得や諫める要素を交えて、自身の感情が行きする役所だから、とても難しく、微妙な感情の揺れを声や表情や仕草で示さなければならない。これができるスズキか否かで、このオペラの成功度合いが違ってくる。表面的には地味な立ち位置ながら、実は極めて重要なこの役を、山下さんは正に見事に歌い演じて素晴らしかった。

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シャープレス役の今井俊輔さん

もう一人、重要な役が、領事のシャープレス。出番が比較的多いだけでなく、これまた、スズキとは違う立場から、複雑に揺れる感情を抑えながら演技し、歌う役所。今井さんは、いつもながらの、サスガの歌唱とセリフの巧みさが見事だった。

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ゴロー役の大川信之さん

開始間もなくからの登場で、活躍する役所。大川さんは魅力的なテナー。声の質感からは、ピンカートンも似合いそうな気がした。

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ボンゾ役の斉木健詞さん

斉木さんもサスガの充実。素晴らしい歌手で、大好きな歌手の一人。

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ヤマドリ役の畠山 茂さん

とても良かった。これまでも色々な役で聴かせていただいてはいるが、今回の「ヤマドリ」の印象は極めて強く、今後、畠山さんを聴かせていただく折は、「ヤマドリの畠山さん」と思い出すかもしれない、と思うほど、印象的だった。

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神官役の大井哲也さん

十分良かった。「シレッ」とした感が良かったし、声も素敵だった。

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ケート役の青木エマさん

背が高く美人なので、ケートそのもの。歌う場面は少ないながら、蝶々夫人からしたら「憎まれ役」を、クール感と凛とした気品を持って演じられていた。

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素晴らしい公演の全出演者、全関係者の皆様に、心から賛辞を送りたい。

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キャスト   9月8日、10日    9日、11日

蝶々夫人    大村博美      木下美穂子

スズキ     山下牧子      藤井麻美

ケート     青木エマ      角南有紀

ピンカートン  宮里直樹      城 宏憲

シャープレス  今井俊輔      成田博之

ゴロー     大川信之      升島唯博→大川信之に変更

ヤマドリ    畠山 茂       杉浦隆大

ボンゾ     斉木健詞      三戸大久

神官      大井哲也      的場正剛

 

http://www.nikikai.net/lineup/butterfly2022/index.html

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