愛知祝祭管弦楽団~「トリスタンとイゾルデ」
アマチュア・オーケストラの愛知祝祭管弦楽団による演奏会形式での、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」全三幕を8月28日午後、愛知県芸術劇場コンサートホールで拝聴した。
指揮は、このオケの音楽監督の三澤洋史(ひろふみ)さん。新国立劇場合唱団の首席指揮者として知られている。合唱は、愛知祝祭合唱団。
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三澤さんと、このオケが、ワーグナーシリーズを展開されているのを知っていたので、いつか聴いてみたいと思っていた。
このオーケストラは、2005年の愛知万博の際に、愛知万博祝祭管弦楽団としてスタート。最初の3回は、マーラーの交響曲をメインとしていたが、ワーグナーの初回としては、2013年に「パルジファル」全曲上演を行った後、2016年に「ラインの黄金」、2017年に「ワルキューレ」、2018年に「ジークフリート」、2019年に「神々の黄昏」というように「ニーベルンゲンの指輪」全四部作を演奏してきた。
コロナ禍もあり、ワーグナーのオペラの全曲上演としては、今回はそれ以来の演奏会。
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以前、地域におけるワーグナー上演と言えば、東京都荒川区が、東京国際芸術協会(TIAA)と組み、後援としてドイツ大使館、二期会、ワーグナー協会を巻き込んだ「あらかわバイロイト」が有名だが、専属だったTIAAフィルハーモニー管弦楽団は、フリーなどのプロの音楽家をメインとした臨時結成だったので、単純な比較はできないが、「あらかわバイロイト」が「荒川区にオペラあり」を示したように、今や、「名古屋には、ワーグナー上演に注力するアマオケあり」として、愛知祝祭管弦楽団は存在感を増してきたと言えるのかもしれない。
そういえば、「あらかわバイロイト」も、2009年の第1回が「パルシファル」、2010年が「ワルキューレ」、2011年が「神々の黄昏」、2012年が「ラインの黄金」、2013年が「トリスタンとイゾルデ」だったから、「ジークフリート」はやっていないものの、「パルジファル」、「指輪」、「トリスタンとイゾルデ」という展開が偶然の一致なのかどうか、その辺の事情は知らないが、不思議だし、興味深いことだ。
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今回上演のオケと舞台配置について
前置きが長くなったが、今回のキャスティングは最下段に記載のとおり。
その感想の前に、オーケストラと舞台配置の問題について触れたい。
愛知県芸術劇場コンサートホールは美しいホールだが、ステージの横幅は十分ながら、奥行はあまりないので、演奏会形式とはいえ、オペラの上演上は、色々と問題があることも今回分かった。
ソリストは、オケの手前(ステージと客席との境)ではなく、オケの後ろに、全身が見える高さの「台」を設定して、その上での歌唱をメインとした配置。
加えて、色々な工夫がなされ、マルケ王は、「台」の上ではなく、正面のオルガンの前の客席で歌ったし、ブランゲーネも第1幕は「台」、第3幕はオルガンの(客席から見て)左横の客席で歌い、主に「台」で歌ったクルヴェナルも、第3幕ではオルガンの(客席から見て)右横の客席で歌うなど、場面において、移動が少なからずあった。
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オケは健闘した立派な演奏だったが、弦の音の薄さとか、金管楽器も含めて、音程の微妙さも少なからずあった。それでも、アマオケと言えどもフル編成ゆえ、ワーグナーのオーケストレーションからして、歌手の声を消しがちになる場面も多々あった。
特に第2幕の有名な愛の二重唱。「好き」を40分も言い合うという、いかにもワーグナーらしい、くどくどしいまでに長い場面だが、その後半の弱音の世界は素敵だったが、前半の多くで、オケの音量が、本来は声量のある2人の歌声をかき消していて、とても残念だった。
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このことを考えると、やはり、歌手はオケの後ろではなく、前(ステージと客席の境)で歌ったほうが良かったと思うし、あるいはいっそ、マルケ王のように、「台」よりも更に上の、オルガン付近の客席で歌ったほうが、より客席に声が届いたように想える。
次いで歌手の皆さんについて
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トリスタン役の小原啓楼さん。素晴らしい声。男性的魅力と誠実さに溢れていて、声量も十分な、格調高いトリスタン。カッコ良いトリスタンだった。
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イゾルデ役の飯田みち代さんは、軽めの明るいトーンで、ニルソンのような女王的イゾルデではなく、プリンセスのような質感がステキ。強いて言えば、マーガレット・プライスに近いイメージ。
第3幕で、トリスタンが死んだ後から、クルヴェナルらによる四重唱までの間では、この日一番の感情移入がなされて圧巻だった。そして最後の「愛の死」も十分魅力的に歌い、聴衆の心を温かく魅了して、ヒロインとして立派に物語を締めくくった。
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マルケ王役の伊藤貴之さんは、貫禄があって、とても良かった。
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ブランゲーネ役の三輪陽子さんは、ベテランらしく、情感と安定感が素晴らしく、安心して聴いていられた。素敵なブランゲーネで、見事だった。
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クルヴェナル役の初鹿野剛さんは、明るめの声で、声量もあり、聴き応え十分で素敵だった。
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メーロト役の神田豊壽さんの声は、よく出ていて良かった。
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舵取り役の奥村心太郎さんは、下記のとおり、代役として歌われた羊飼い役の声と歌唱がステキだった。
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若い水夫と羊飼いの役で出演予定だった大久保 亮さんが出られなくなり、代わって、水夫を、メーロト役の神田豊壽さんが、羊飼いを、舵取り役の奥村心太郎さんが代演された。特に羊飼い役での奥村さんは、十分聴き応えがあった。
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暗譜で歌った合唱も、マスク着装にもかかわらず、どの場面でもよく声が出ていて、良かった。
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もう一度、オーケストラについて
コンサートマスターの全身を使っての演奏スタイルが素晴らしかった。この力量とセンスが、ヴァイオリン全員にあったら、と、どのアマオケも~いや、日本のプロオケだって~誰しもが思うところだろう。
それでも、この大曲を~2回の30分(ずつ)の休憩があったとはいえ~高い集中力と、心意気のある演奏を披露されたことに、心から敬意を表したい。
とりわけ、第3幕での、あの長大で、何度も出てくるコールアングレのソロを吹いた女性奏者は見事だった。
来年は「ローエングリン」なので、これまた楽しみだ。
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ソリスト
トリスタン:小原啓楼
イゾルデ:飯田みち代
マルケ王:伊藤貴之
ブランゲーネ:三輪陽子
クルヴェナル:初鹿野剛
メーロト&水夫:神田豊壽
羊飼い&舵取り:奥村心太郎
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