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2022年8月28日 (日)

愛知祝祭管弦楽団~「トリスタンとイゾルデ」

アマチュア・オーケストラの愛知祝祭管弦楽団による演奏会形式での、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」全三幕を8月28日午後、愛知県芸術劇場コンサートホールで拝聴した。

指揮は、このオケの音楽監督の三澤洋史(ひろふみ)さん。新国立劇場合唱団の首席指揮者として知られている。合唱は、愛知祝祭合唱団。

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三澤さんと、このオケが、ワーグナーシリーズを展開されているのを知っていたので、いつか聴いてみたいと思っていた。

このオーケストラは、2005年の愛知万博の際に、愛知万博祝祭管弦楽団としてスタート。最初の3回は、マーラーの交響曲をメインとしていたが、ワーグナーの初回としては、2013年に「パルジファル」全曲上演を行った後、2016年に「ラインの黄金」、2017年に「ワルキューレ」、2018年に「ジークフリート」、2019年に「神々の黄昏」というように「ニーベルンゲンの指輪」全四部作を演奏してきた。

コロナ禍もあり、ワーグナーのオペラの全曲上演としては、今回はそれ以来の演奏会。

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以前、地域におけるワーグナー上演と言えば、東京都荒川区が、東京国際芸術協会(TIAA)と組み、後援としてドイツ大使館、二期会、ワーグナー協会を巻き込んだ「あらかわバイロイト」が有名だが、専属だったTIAAフィルハーモニー管弦楽団は、フリーなどのプロの音楽家をメインとした臨時結成だったので、単純な比較はできないが、「あらかわバイロイト」が「荒川区にオペラあり」を示したように、今や、「名古屋には、ワーグナー上演に注力するアマオケあり」として、愛知祝祭管弦楽団は存在感を増してきたと言えるのかもしれない。

そういえば、「あらかわバイロイト」も、2009年の第1回が「パルシファル」、2010年が「ワルキューレ」、2011年が「神々の黄昏」、2012年が「ラインの黄金」、2013年が「トリスタンとイゾルデ」だったから、「ジークフリート」はやっていないものの、「パルジファル」、「指輪」、「トリスタンとイゾルデ」という展開が偶然の一致なのかどうか、その辺の事情は知らないが、不思議だし、興味深いことだ。

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今回上演のオケと舞台配置について

前置きが長くなったが、今回のキャスティングは最下段に記載のとおり。

その感想の前に、オーケストラと舞台配置の問題について触れたい。

愛知県芸術劇場コンサートホールは美しいホールだが、ステージの横幅は十分ながら、奥行はあまりないので、演奏会形式とはいえ、オペラの上演上は、色々と問題があることも今回分かった。

ソリストは、オケの手前(ステージと客席との境)ではなく、オケの後ろに、全身が見える高さの「台」を設定して、その上での歌唱をメインとした配置。

加えて、色々な工夫がなされ、マルケ王は、「台」の上ではなく、正面のオルガンの前の客席で歌ったし、ブランゲーネも第1幕は「台」、第3幕はオルガンの(客席から見て)左横の客席で歌い、主に「台」で歌ったクルヴェナルも、第3幕ではオルガンの(客席から見て)右横の客席で歌うなど、場面において、移動が少なからずあった。

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オケは健闘した立派な演奏だったが、弦の音の薄さとか、金管楽器も含めて、音程の微妙さも少なからずあった。それでも、アマオケと言えどもフル編成ゆえ、ワーグナーのオーケストレーションからして、歌手の声を消しがちになる場面も多々あった。

特に第2幕の有名な愛の二重唱。「好き」を40分も言い合うという、いかにもワーグナーらしい、くどくどしいまでに長い場面だが、その後半の弱音の世界は素敵だったが、前半の多くで、オケの音量が、本来は声量のある2人の歌声をかき消していて、とても残念だった。

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このことを考えると、やはり、歌手はオケの後ろではなく、前(ステージと客席の境)で歌ったほうが良かったと思うし、あるいはいっそ、マルケ王のように、「台」よりも更に上の、オルガン付近の客席で歌ったほうが、より客席に声が届いたように想える。

次いで歌手の皆さんについて

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トリスタン役の小原啓楼さん。素晴らしい声。男性的魅力と誠実さに溢れていて、声量も十分な、格調高いトリスタン。カッコ良いトリスタンだった。

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イゾルデ役の飯田みち代さんは、軽めの明るいトーンで、ニルソンのような女王的イゾルデではなく、プリンセスのような質感がステキ。強いて言えば、マーガレット・プライスに近いイメージ。

第3幕で、トリスタンが死んだ後から、クルヴェナルらによる四重唱までの間では、この日一番の感情移入がなされて圧巻だった。そして最後の「愛の死」も十分魅力的に歌い、聴衆の心を温かく魅了して、ヒロインとして立派に物語を締めくくった。

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マルケ王役の伊藤貴之さんは、貫禄があって、とても良かった。

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ブランゲーネ役の三輪陽子さんは、ベテランらしく、情感と安定感が素晴らしく、安心して聴いていられた。素敵なブランゲーネで、見事だった。

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クルヴェナル役の初鹿野剛さんは、明るめの声で、声量もあり、聴き応え十分で素敵だった。

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メーロト役の神田豊壽さんの声は、よく出ていて良かった。

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舵取り役の奥村心太郎さんは、下記のとおり、代役として歌われた羊飼い役の声と歌唱がステキだった。

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若い水夫と羊飼いの役で出演予定だった大久保 亮さんが出られなくなり、代わって、水夫を、メーロト役の神田豊壽さんが、羊飼いを、舵取り役の奥村心太郎さんが代演された。特に羊飼い役での奥村さんは、十分聴き応えがあった。

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暗譜で歌った合唱も、マスク着装にもかかわらず、どの場面でもよく声が出ていて、良かった。

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もう一度、オーケストラについて

コンサートマスターの全身を使っての演奏スタイルが素晴らしかった。この力量とセンスが、ヴァイオリン全員にあったら、と、どのアマオケも~いや、日本のプロオケだって~誰しもが思うところだろう。

それでも、この大曲を~2回の30分(ずつ)の休憩があったとはいえ~高い集中力と、心意気のある演奏を披露されたことに、心から敬意を表したい。

とりわけ、第3幕での、あの長大で、何度も出てくるコールアングレのソロを吹いた女性奏者は見事だった。

来年は「ローエングリン」なので、これまた楽しみだ。

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ソリスト

トリスタン:小原啓楼

イゾルデ:飯田みち代

マルケ王:伊藤貴之

ブランゲーネ:三輪陽子

クルヴェナル:初鹿野剛

メーロト&水夫:神田豊壽

羊飼い&舵取り:奥村心太郎

2022年8月27日 (土)

沖澤のどかさん指揮「フィガロの結婚」

セイジ・オザワ松本フェスティバル30周年

沖澤のどかさん指揮「フィガロの結婚」~充実の公演

スザンナのイン・ファンが素晴らしかった。なかなか聴けないレベルのスザンナ。詳細は後述します。

セイジ・オザワ松本フェスティバル(旧サイトウ・キネン・フェスティバル)における「フィガロの結婚」3公演の最終日、8月27日の公演を鑑賞した。会場は、まつもと市民芸術館。私がこのフェスティバルで、この会場に来たのは今回で3回目。

指揮者は、若くして来年4月から、京都市交響楽団の常任指揮者就任が決まっている沖澤のどかさん。演出はロラン・ペリー氏。演出も、とても良かった。これも後述する。

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私のチケットは1階8列だが、6列はオケピットとなっているので、事実上の2列目。ステージを見て最も右の席だったので、ピット内のほとんどと、沖澤さんの右顔からの表情も含めて、終始、指揮を見ることができる席だったのは、ラッキーだった。

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8年くらい前か、当時、私が所属していた合唱団の下振り(練習指導)で来ていた沖澤さんと面識を得、いっしょに帰った電車内で、指揮者について、「一生をかけるに値する仕事だと思います」、と力強く言った、しかし当時は未だ無名だった彼女が、その後、アマオケを中心に多く指揮する機会を得るようになり、2018年に東京国際コンクール指揮部門で1位、翌2019年は、ブザンソン国際指揮者コンクールで1位。2020年には、ムーティのオペラ・アカデミーを受講し、20~21年シーズンは、ベルリンで、ペトレンコのアシスタントを務め、そして、とうとう、旧サイトウ・キネンであるセイジ・オザワ松本フェスティバルにおけるオペラの指揮者として迎えられたことに、偶然とはいえ、デビュー前から彼女を知る者として深い感慨を覚え、颯爽として堂々とした、自信に満ちた指揮を直ぐ近くから見、聴けたことは、とても嬉しかった。

2020年11月の二期会「メリーウィドー」など、数回オペラの指揮は経験があるとはいえ、今回の抜擢は、彼女にとって、大きな自信と財産になったことだろう。

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指揮とオケの演奏は、躍動感があり、若々しく、颯爽としていて、沖澤さんそのもの様だった。

アリアでは、逆にテンポをゆったりとったものが多く、その対比も素敵だった。

例えば、ケルビーノの「恋とはどんなものかしら」や、スザンナの「早く来て、美しい喜びよ」等々。

これは、沖澤さんと歌手たちとの間で、十分な確認と稽古ができている証拠でもある。

サイトウ・キネン・オーケストラは、オペラだから当然、ピットに入れる最少人数による演奏だが、どのパートも、国内外のオーケストラの首席クラスの奏者が集まっているだけに、アンサンブルは申し分なかった。

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歌手の皆さん。まずは、何と言っても

スザンナ役のイン・ファンさん。

パミーナの様な純な声によるスザンナ。そして声量の抜群のスザンナ。それも、特別フォルテで歌う場面でなくとも、あるいは、小声のレスタティーヴォであっても、オケを飛び越えて明瞭に客席に届く声。

加えて気品があるのが素晴らしい。彼女は、今すぐにでも伯爵夫人が歌える声だと思う。「ばらの騎士」なら、ゾフィーも歌えるし、元帥夫人も歌える、そんな感じがしてしまう、実に魅力的で力量のあるスザンナ。こんなに優秀なスザンナは、録音やライヴを含めて、あまり記憶がないほどだ。実に素晴らしかった。

一番出番が多いというだけでなく、ドラマ全体の要になっているという点でも、「フィガロの結婚」の真の主役、あるいは実質的な主役はスザンナだと思う。その点からも、この公演の最大の特色ある成功したキャスティングは、中国・寧波市出身のスザンナ、イン・ファンさんだった。

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フィガロ役のフィリップ・スライさん

外見は真面目そうだけど、歌自体がとても巧いフィガロ。

「もし、踊りをなさりたけば」での、2回繰り返す「Le suonerò,si」の「si」を、1回目は「P」で、2回目を「F」か「FF」くらいで歌い分ける部分など、素敵で見事だったし、「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」では、数小節単位で、トーンやニュアンスを変えて歌うなど、とても魅力的だった。リサイタルやソロアルバムだと「やり過ぎ」の歌唱かもしれないが、これは本番のオペラの舞台なのだ。このくらいやってくれてこそ、聴き応えのあるライヴと言える。

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ケルビーノ役のアンジェラ・ブラウワーさん

とても魅力的だった。美声に加え、部分的にボーイッシュな声も混ぜて歌える人。

「自分で自分がわからない」の終わり近くの、アダージョになった部分での感情移入も見事で、思わず「グッ」と来て感涙したほどだった。

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伯爵夫人のアイリン・ペレーズさん

多面な要素を聴かせてくれたので、どう伝えればよいか、逆に難しい感じがする。

気品というよりは、人間的というか、一人の普通の女性が持つ寂しさが滲み出ていたかと思うと、ケルビーノとの場面では、幸せそうな満面の笑みで演じる。

有名な「あの楽しかった毎日はどこへ」は、感情移入というより、一つの名アリアとして、キチンと歌った、というイメージを感じた。

終わり近く、伯爵の謝罪に対して、ト長調アンダンテで歌い応える、「私は、あなたよりも素直ですから、ハイ、と申しますわ」の場面では、気品があった。

というように、様々な感情の様を見せ、歌ったという印象。

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アルマヴィーヴァ伯爵役のサミュエル・デール・ジョンソンさん

嫉妬深い役柄を巧みに演じたが、もう少し「アク」の強さと声量が欲しかった。

終わり近く、ト長調アンダンテでの「妻よ、許してくれ」という謝罪の場面では、誠実さを感じさて、とても良かった。

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マルチェリーナ役のスザンヌ・メンツァーさん

ベテランのメンツァーさんは、カーテンコールで、他の出演者たちから喝采を受けるなど、ドラマ全体を根底でしっかり支える役として歌い、演じられていた感があった。

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バジリオ役のマーティン・バカリさんは個性的なテナーだった。

バルトロ役のパトリック・カルフィッツィさんとアントニオ役の町 英和さんは、安定感ある歌唱と。ユーモアある演技がステキ。

ドン・クルツィオ役の糸賀修平さんの声は伸びやかに出ていた。

予定されていたバルバリーナ役のシャイアン・コスさんが体調の関係で、カヴァー・キャストを務めていた経塚果林さんが代演し、しっかりと対応されていた。

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合唱

16人の東京オペラシンガーズ中には、テノールの吉田連さん、アルトには成田伊美さんなど、ソロでも活躍されている歌手も多くいて、充実のメンバー。

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演出

最後になってしまったが、演出も舞台設定もとても良かった。

ステージの上に、円形と思われる回転する薄い台を設置し、その上で、建物や人物のやりとりがなされるのだが、どの場面も豪華ではない分、簡素で品があり、効率よく展開がなされる。

幕開きは、出演者紹介の如く、一人一人が円台の縁に立ったまま回転して開始したが、エンディグも同じような演出がなされ、最初と最後を、統一感をもって閉めたのも印象的だった。

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カーテンコール

幕が下り、合唱や歌手たちのカーテンコールが開始されたとき、指揮台を下りた沖澤さんが、オケの多くの奏者と、にこやかに握手して感謝を示していたのが印象的だった。

その後ステージに上がって、オケを称えて起立を促すと、オケは立たずに、まず沖澤さんに対して一斉に拍手を送ったのは素晴らしいシーンだった。その後はもちろん起立して、ほとんどスタンディングオベーション状態の観客の拍手に応じたのだった。

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キャスト

アルマヴィーヴァ伯爵:サミュエル・デール・ジョンソン

伯爵夫人:アイリン・ペレーズ

スザンナ:イン・ファン

フィガロ:フィリップ・スライ

ケルビーノ:アンジェラ・ブラウワー

マルチェリーナ:スザンヌ・メンツァー

バルトロ:パトリック・カルフィッツィ

バジリオ:マーティン・バカリ

ドン・クルツィオ:糸賀 修平

バルバリーナ:経塚果林

アントニオ:町 英和

2022年8月20日 (土)

森谷真理さんが歌う「ヴォツェック」より    3つの断章

東京交響楽団の第702回定期演奏会を8月20日夜、サントリーホールで聴いた。

指揮は、ペトル・ポペルカ氏。プラハ生まれ。2010~2019年、ドレスデン・シュターツカペレでコントラバスの副首席奏者を務める中、2016年から指揮活動を開始した、というから、指揮者としてはまだ「駆け出し」だが、既にウィーン・シンフォニカーやゲヴァントハウス管等、欧州の多くのオケに客演し、来月9月からは、プラハ放送交響楽団の首席指揮者兼芸術監督に就任予定、とのこと。

この日も、オケを解り易く牽引する大きな身振りと細かな「振り」は、なかなか良かった。

演奏曲は、

1.ウェーベルン:大管弦楽のための牧歌「夏風の中で」

2.ベルク:歌劇「ヴォツェック」から3つの断章

3.ラフマニノフ:交響的舞曲

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まずは、ベルクから書きたい。

先週の水戸での森谷真理さんリサイタルは、急用で行けなかったが、それでも、私が今年、彼女を聴くのは、これで7回目。

そして、この3年間で、彼女が歌うアルバン・ベルクの作品を聴くのは3回目。

1回目は、コロナ禍元年の2020年7月。その11日には本来、二期会「ルル」が上演される予定だったが、延期となり、代わりに、「東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート」が同日、沖澤のどかさんの指揮で行われ、森谷さんは、ベルクの歌劇『ルル』より「ルルの歌」を歌われた。

2回目が、正に延期公演となった翌2021年8月の二期会の「ルル」。そして、この日が、森谷さんが歌うベルク作品の3回目の拝聴となった。

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ちょうど100年前の1922年に「ヴォツェック」を完成したベルクだったが、なかなか演奏する機会が無い中、ヘルマン・シェルヘンの提案で、抜粋組曲(いわばデモンストレーション的作品)として編曲した作品が「3つの断章」。

第1曲は第1幕第2場と3場から、第2曲は第3幕の第1場から、第3曲は第3幕の第4場と5場からそれぞれ転用して構成。1924年6月11日に、シェルヘンの指揮で初演されている。

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先日の「イゾルデ」や、「4つの最後の歌」のようなゴージャスなオーケストレーションと違い、ベルクは、結果的には、歌手を全く邪魔することのない、ある種、歌とは無関係の様な、乾いた、無機質で、「mf」や「mp」の音量による楽器音が散りばめられている中を、抜群の声量の森谷さんが歌うのだから、「サスガの圧巻」と言える歌声を堪能できた。

これは、トッパンホールでのヴェルディ特集のデュオ・リサイタル以来の、「これぞ森谷さん」と言える歌声だったし、言うまでもなく、無調(あるいは、それに近い)旋律をいとも容易(たやす)く、と言えるほど、余裕しゃくしゃくで歌うその技術にも、あらためて感心した次第だった。

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前後するが、1曲目は、アントン・ウェーベルンの「夏風の中で」という、なんとも素敵なタイトルの曲。

ブルーノ・ヴィレの詩からイメージした短い交響詩。1904年、23歳のときの作なので、後の12音技法に入っていく以前の、後期ロマン派のテイスト感たっぷりの、しかし割と素朴な曲。

私はスコアも持っているが、シンプルな作品なので、これを「ウェーベルンにしてはステキと感じるか、退屈と感じるか」は、意見が分かれるだろう。

私はこれまでは後者だったが、今回は楽しめた。

それは多分、指揮者のポペルカさんが、「静」の部分(場面)を、極めて丁寧に、精緻に表出していたからと思う。「叙情の徹底さ」と言えるような、誠実で静謐な世界が描かれていて、なかなか良かった。

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休憩後の後半は、ラフマニノフの「交響的舞曲」。

7月に、小川典子さんとラシュコフスキー氏による、2台のピアノ演奏で聴いたばかりだが、オーケストレーションなので、当然、色彩が多様となり、曲から受ける印象は全く違った。

第1楽章は、サクソフォンの旋律、演奏が印象的だった。

第2楽章は、冒頭の管楽器による和音が印象的だし、オーボエによる旋律も魅力的だった。

惜しいのは第3楽章。色々盛り込みすぎというか、構成も曲想も散漫な印象を受けた。最後のドラのロングトーンは印象的だったけれど。

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日本のオケも外国のオケも、マンネリのプログラムが圧倒的に多い中、しかも、日本デビューのコンサートにもかかわらず、こうした、比較的マイナーな曲を揃え、立派な指揮による演奏をされたポペルカさんに、心から拍手を送りたい。今後が楽しみだ。

2022年8月13日 (土)

マイケル・コリンズ~クラリネット・リサイタル  小川典子さんとともに

クラリネット奏者マイケル・コリンズさんのリサイタルを、台風が接近する8月13日午後、銀座のヤマハホールで拝聴した。

~小川典子とともに~とプログラムに記載のとおり、ピアノは小川典子さんで、2人は英国ギルドホール音楽院の教授仲間でもある。

コリンズさんは、フィルハーモニア管弦楽団の首席奏者を務めた後、ソリストとしても活躍しつつ、近年は指揮者としても活躍されている。

ニコニコ笑顔のコリンズさんは、2曲目と6曲目のイギリス人作曲家の作品の演奏に先立っては、解説も行い~もちろん、小川さんが通訳で伝えた~母国の作曲家の紹介にも注力されたのが印象的だった。

演奏曲は以下のとおりで、聴いたイメージも後段に記す。

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演奏曲

1.C-M・ヴィドール:序奏とロンド Op.72

2.G・フィンジ:5つのバガテル Op.23

3.F・プーランク:クラリネット・ソナタ FP184

 (休憩)

4.C・ドビュッシー:クラリネットのための第1狂詩曲

5.C・サン=サーンス:クラリネット・ソナタ 変ホ長調 Op.167

6.M・アーノルド:クラリネット・ソナチネ Op.29

アンコール

A・ポンキエッリ:「出会い」(2つのクラリネットとピアノ編)

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1曲目は、シャルル=マリー-・ヴィドール(1844~1937)の「序奏とロンド」Op.72

1898年にパリ音楽院のクラリネット科卒業試験のために作曲された曲で、映画音楽的な親しみ易さ、ジャジーさ、抒情性等々、短いながら様々な要素のある素敵な曲だった。

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2曲目は、ジェラルド・フィンジ(1901~1956)の「5つのバガテル」Op.23

フィンジは、ヴォーン・ウィリアムズとも親交があり、王立音楽院でも教鞭をとった作曲家。

この作品は、「プレリュード」、「ロマンス」、「キャロル」、「フォルラナ」、「フゲッタ」の5曲から構成され、それぞれが親しみ易く、魅力的だった。

興味深かったのは、2曲目は、クラとピアノが同時に入るのだが、小川さんは、コリンズさんを直接見ることなしの感じでピタリと見事に入ったのは、プロとしては当然なのだろうけれど、それにしても見事で、多分、コリンズさんの、吹き出す直前の首の上下を察しての入りか、吹く瞬間0.01秒前くらいの息遣いを聴いて入る、というテクニックなのだろうと推測した。

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3曲目は、フランシス・プーランク(1899~1963)の「クラリネット・ソナタ」FP184

1962年に作曲されたこの曲は、3曲から構成され、1曲目は近代的な響きと諧謔的な要素のある曲。2曲目は、エレジーのようで素敵だった。3曲目は軽快でユーモラスな曲。

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休憩後、

4曲目は、クロード・ドビュッシー(1862~1918)の「クラリネットのための第1狂詩曲」

1910年に、パリ音楽院主催の管楽器コンクールの課題曲として作曲されたこの曲は、課題曲と言う事情や、楽器固有の特性があるとはいえ、ドビュッシーの器楽曲の中でも、極めて技巧的な曲に感じされて、面白かった。

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5曲目は、カミーユ・サン=サーンス(1835~1921)のクラリネット・ソナタ 変ホ長調 Op.167

4つの楽章から構成される。

第1楽章は、冒頭からロマン溢れる曲。第2楽章は、スケルツォ的な曲想。第3楽章は、ピアノの重厚な和音が印象的な曲。第4楽章は、エチュードのようなテイストのある軽快な曲だが、最後に、第1楽章の、ゆったりしたロマンが再現されて終わった。

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プログラム最後6曲目は、「サー」の称号を持つマルコム・ヘンリー・アーノルド(1921~2006)のクラリネット・ソナチネ Op.29

ロンドン・フィルで首席トランペット奏者もしたが、その後、作曲に専念。映画『戦場にかける橋』でアカデミー作曲賞を受賞。9つの交響曲を作曲している。

この曲は、1951年の作品で、第1楽章は、ジャジーで軽快な曲。第2楽章は、最初と最後が素朴で親しみ易い曲。中間部は、ややエキゾチックな感じがした。第3楽章は、ピアノの連続打鍵など、バルトークを連想させる曲想でもあり、力感ある曲だった。

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アンコールは、アミルカレ・ポンキエッリの「出会い」(2つのクラリネットとピアノ編)

ギルドホール音楽院で、コリンズさんに師事している白井宏典(こうすけ)さんが加わってのトリ演奏。

多くの要素(場面)から構成される曲で、多分、10分前後の演奏だったと思うが、白井さんは2人の教授との共演を立派に果たし、素敵な三重奏だった。

なお、コリンズさんの楽器は、ヤマハYCL-SE Artist Model

2022年8月12日 (金)

アンサンブル イリゼ~サマーコンサート

結成ホヤホヤの女声6人とピアニストによるユニット「アンサンブル イリゼ」の第1回コンサートである「Summer Concert」を、8月11日午後、これまた今年4月にオープンしたばかりの、大宮駅から徒歩数分にある「レイボックホール(市民会館おおみや)」の小ホールで拝聴した。

「アンサンブル イリゼ(ensemble irisé)」は、「虹色のアンサンブル」という意味で、メンバーは以下のとおりだが、皆さん埼玉県出身か、出身は違うが、現在、埼玉県内に在住、という、埼玉県に縁のある7人による新たなユニット。それと、歌手6人の共通点は、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)のメンバーという点だ。

メンバーには、合唱団を指導されている歌手も複数いるためか、満員の来場客には、合唱をやっていそうな中高年女性が多かった。

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メンバー(敬称略)

ソプラノ:澤江衣里、望月万里亜、藤崎美苗

アルト:高橋ちはる、横瀬まりの、布施奈緒子

ピアノ:四ッ谷春香

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演奏曲

1.フォーレ

「Maria, mater gratiae」

「Ave verum corpus」

「Tantum ergo」

2.信長貴富編曲、無伴奏女声合唱による日本名歌集「ノスタリジア」より

「故郷」、「浜辺の歌」、「この道」、「村の鍛冶屋」

3.小林秀雄作曲:女声合唱曲集「落葉松」

(1)「飛騨高原の早春」、(2)「あなたと わたしと 花たちと」

(3)「瞳」、(4)「落葉松」

 (休憩)

4.大仲恩作曲、阪田寛夫 詩

女声合唱曲 十二のうたとおはなし「まわるまわるうた」

アンコール:「夏の思い出」

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暑い夏の日に、女性歌手6人による歌声を聴くのは、清涼感に満ちていて、清々しいことこの上ない。

最初のフォーレも美しかったが、今や独唱曲として、男声女声、声域を問わずソロで歌われることが圧倒的に多い小林秀雄作曲の「落葉松」を含む合唱曲集を聴けたことが何より、興味深かった。

独唱曲として先行し、作曲者により1976年に女声合唱曲、その後、混成合唱と男声合唱にも編曲されたとのこと。

特に終曲の「落葉松」は、高橋ちはるさんのソロも含めて、とても素晴らしかった。

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休憩後の後半に持ってきたのが、少なくとも私にとってはマイナーな曲なので、驚いた。

「まわるまわるうた」は、童話のような内容で、ナレーションと歌~主にソロ~から構成され、6人全員が、それぞれの場面で、マイクを持ってのナレーションと(マイクなしの)ソロ歌唱を受け持つという曲で、40分近い大曲だった。

面白かったが、強いて故人である作曲者に言いたいことがあるとすると、「もう少しナレーションの部分を減らし、歌を増やして欲しかった」ということ。

それでも、ナレーションは皆さん、「誰一人、トチルことなく、それどころか、感情移入も含めて、歌に負けないくらい見事」だったし、デビューコンサートにおいて、敢えて、係るマイナーな曲をプログラムの最後に置いたことに、このユニットの今後の継続展開も含めた、強いチャレンジ精神を感じた次第であり、心から、その健闘に拍手を送りたい。

森谷真理さんの「4つの最後の歌」

大活躍中のソプラノ、森谷真理さんによる、R・シュトラウスの「4つの最後の歌」を8月10日午後、ミューザ川崎で聴いた。「フェスタサマーミューザ」の一環で、現田茂夫さん指揮、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏。

1曲目の、バッハの管弦楽組曲第3番第2楽章の「アリア(エール)」に続く2曲目の演奏曲。

私が今年、彼女を聴くのは、はや6回目。年内に、あと3回は聴かせていただく予定。大変な活躍だ。

「4つの最後の歌」は、私は特別好きな曲というわけではないが、大好きだと言う人が多いのは知っているし、名曲には違いないのだろう。とりわけ、第4曲(終曲)「夕映えの中で」は素晴らしい。

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森谷さんもプログラムに掲載されたインタビュー記事で、「『4つの最後の歌』は大好きな作品で、これまでに2回、ピアノ伴奏で歌ったことがありますが、オーケストラ伴奏は初めてです。私はもともと、オーケストラが奏でる多彩な音色が大好きで、オペラと違い、演奏会では同じ舞台の上で演奏しますから、360度周りをオケの音色で包まれており、自分の体をとおして出てきた音が、その音色と交じり合っていく時に抱く一体感は、本当に喜ばしいものです」、と語っている。

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森谷さんの声は、先日の「イゾルデ」のときも書いたが、メゾがかった憂いのあるトーンと、高音での伸びやかで抜群の声量に特徴があるから、ワーグナー、ヴェルディ、そしてこのR・シュトラウスの作品は、総じて彼女の個性に合った曲が多いと思う。

この日も、全くそうで、低音域でのメゾ的な情感と、高音に上がったときの、スケール感ある響きが見事だったし、何よりも、ヘッセやアイヒェンドルフの詩を大事に、慈しむように歌われたことが印象的だった。

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休憩後の後半は、ブラームスの交響曲第1番だが、私は所用があったのと、この日の目的は、森谷さんの「4つの最後の歌」を聴くことにあったので、前半のみの拝聴で会場を後にした。

2022年8月 7日 (日)

斎藤雅広さんメモリアル・コンサート 真嶋雄大プロデュース~美女と野獣のトーク&コンサート

斎藤雅広さんの一周忌前日に所縁のピアニストが結集

小川典子さん、三舩優子さん、松本和将さん、須藤千晴さん、若林顕さん、鈴木理恵子さん(Vn.)。

8月7日午後、銀座ヤマハ6Fのコンサートサロンで開催された、ベーゼンドルファー・ジャパン主催で、評論家の真嶋雄大さんがプロデュースし、MCを務める「美女と野獣のトーク&コンサート」に出演された演奏者の皆さんだ。

コロナ禍以降、中止を余儀なくされ、やっとの復活第1回のこの日は、

「斎藤雅広メモリアル・コンサート」と題され、昨年の8月8日に62歳で亡くなられた斎藤雅広さんの一周忌を前に、生前、斎藤さんに所縁(ゆかり)の演奏者が結集して行われた。

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本来は毎回、一人の奏者、あるいはデュオ等に限定され、トークと演奏を楽しむコンサートで、2年前、斎藤さんも出演する予定だった回が、コロナ禍が始まったことから延期(中止)。それが続く中での、昨年の突然の、斎藤さんの逝去となった。

この日は、演奏者が、真嶋さんから質問を受ける形で、斎藤さんとの思い出を語ってから、それぞれ演奏に入られた。その逸話も少し後述するが、まず、演奏曲を記載すると、

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1.須藤千晴

1.シューマン=リスト:「献呈」

2.ガーシュウィン:「ベス、お前は俺のもの」(編曲:須藤千晴)

3.ドビュッシー:「喜びの島」

2.松本和将

1.ラヴェル:「夜のガスパール」より「オンディーヌ」

2.ブラームス:間奏曲 Op.118-2

3.鈴木理恵子(Violin)、若林顕

1.パラディス:「シチリナーナ」

2.モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調K.377より第2楽章

3.シューベルト:「アヴェ・マリア」

 (休憩)

4.三船優子

1.スティーヴィー・ワンダー(編曲:斎藤雅広):

 「You are the Sunshine of my life」

~ドラムズ=堀越彰、連弾=平田奈夏子

2.リスト:「ペトラルカのソネット第104番」

5.小川典子

ドビュッシー:「映像」第1集

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面白いことに、「楽屋の(広さ、数)の関係もあり、演奏者も後ろで控えていただきます」、としたことだ。

先日、ミューザ川崎で「春の祭典」を弾いた小川典子さんや、5月に長谷川陽子さんとデュオを演奏した松本和将さん、大好きな三船優子さんらが、直ぐ近くに座って、(他の奏者の)演奏を一緒に聴く、ということ自体、滅多にない、スリリングで、興奮ものだった。

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最初の須藤千晴さんは、今回のゲストの中では一番の若手。

斎藤さんとは、真嶋さんからの紹介で、三大ピアノコンサートに出させていただくことになり、その最初の打ち合わせが、ジャンキーなアメリカンハンバーガー店だったことを披露。後から、真嶋さんは、「思い出したけど、実は斎藤さんから、須藤さんを紹介して欲しい」と依頼されたんです、と「思い出し披露」をされた。

演奏は、特に2曲目、ガーシュウィンの「ベス、お前は俺のもの」は、須藤さんが斎藤さんと何度も一緒に弾いた思い出の曲、とのことだったし、「ガーシュウィンと言えば三船さん」が客席で聴く中での、須藤さんによる編曲と演奏は素晴らしかった。

CDやユーチューブでは、ポップスのアレンジをたくさん弾いているが、クラシック畑で来た人であることは言うまでもなく、ドビュッシーの「喜びの島」も、伽藍のようは波動を感じさせるダイナミクスが素晴らしかった。

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次の松本和将さんも、4人で一緒にコンサートした折の、斎藤さんの音量の凄さや、一緒に食事をした際、そこの店の料理の味が気にいらないと、不機嫌だったことを披露し、「グルメな斎藤さん」の逸話を披露。真嶋さんもそれを受けて、「いつだったか、気に入らない店で、店員に味について文句を言っていた」逸話も披露された。

松本さんがこの日、1曲目にラヴェルを選んだのは、自分がラヴェルを演奏しているユーチューブ映像を斎藤さんが見、聴いて、褒めてくれたことがあったから、と披露された。

そのラヴェルの「オンディーヌ」は流麗で素敵だった。

面白かったのは、次のブラームスの間奏曲で、最初の1小節を聴いた瞬間、「あ、田部さんの音色と全く違う」と判ったことだ。当然と言えばそうだし、どちらがどう、と言うのでなく、お2人ともステキなのだが、この日の松本さんの「間奏曲」は、全体的に温かく、まろやかさがあったことが印象的だった。

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ヴァイオリンの鈴木理恵子さんと、ピアノの若林顕さんご夫妻によるデュオ。

鈴木さんが主に逸話を披露。パリで、たまたま3人一緒に、いろいろな場所を巡ったことや、海外の幾つかの音楽祭でご一緒された話をされ、「今も、ここにいらっしゃるような気がして(亡くなったことが)信じられない」と語られた。

パラディスの「シチリナーナ」は、初めて聴いたが、素敵な曲。モーツァルトも愛らしく、エレガントで魅力的な演奏だったし、シューベルトの「アヴェ・マリア」は、追悼演奏と言えるような入魂の美しい演奏だった。

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休憩後の後半はまず、三船優子さんが、よく共演するドラムの堀越彰さん、香川県やフランスでのレッスンで、斎藤さんの教えを受けたという平田奈夏子さんと登壇。

三船さんは、「斎藤さんとは2005年に初めてご一緒し、それ以降、相談相手にもなってくださり、精神的にもサポートしていただいた」と感謝を述べた。平田さんは、「フランスでは、ワインやエルメスなどを爆買いしていた」と披露され、会場を笑わせた。

三船さんが特に思い出深いという「You are the Sunshine of my life」。

ソロでは、得意のリストを見事に弾かれた。

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ラストは、小川典子さん。

「交流は私が一番古く、斎藤さんがセレブになる前から知っています」とし、チャイコフスキー国際コンクールを日本人4人で受けた際の2人が小川さんと斎藤さんで、4人で行ったモスクワのレストランの食事のヒドさと、それでも、斎藤さんが3人に「しっかり食べておかないとダメだぞ」と励ましてくれたことなど、色々な逸話を語られた。

そして、小川さんの得意とするドビュッシーの入魂の演奏により、この「斎藤さんへの愛と感謝」に満ち溢れた、素敵なコンサートが終了した。小川さんのドビュッシーは久々に拝聴したが、実に素晴らしい。

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なお、休憩時間の終わりころ、偶然、私は小川さんと少しお話する時間を得たので、先日の「春の祭典」のことを話題にさせていただいた。小川さんとは過去、3回くらいお話ししたことがあるし、サインも何度もいただいているので、私が、「小川さん」とお声がけした瞬間、「あっ」という感じで、直ぐに判っていただけたのも嬉しかった。

2022年8月 6日 (土)

鐵 百合奈さんのライヴを初めて聴いて

2017年の第86回日本音楽コンクールで第2位になられたときの~TVを通してだが~演奏が印象的だったし、その後、美竹清花サロンでベートーヴェンシリーズを展開されているのは知っていたので、聴いてみたいと思いながら、タイミングが合わず、今まで聴けずにいたが、8月6日午後、東京都豊島区東長崎にある尾上邸音楽室で、初めてライヴを拝聴した。

音楽ネットワーク「えん」主催による今回の会場は、ウチから徒歩10分ほどの、文字どおり個人宅のフロアを利用してのサロンコンサートだが、初めて行く会場だったので、当然、事前に地図で確認していたので、迷わず到着。

鐵さんは演奏だけでなく、研究論文でも評価された実績があり、このことは後述する。

また、2020年4月から桐朋学園の大学院(富山県)の専任講師をされており、そこの教授は田部京子さんなので、このことも最後に記載する。

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これまで、ベートーヴェンやシューマンというイメージの強い鐵さんだが、この日は、前半が個性的なプログラムで以下のとおり。

1.L・オーンスタイン:森の朝

2.I・アルベニス:「イベリア」第1巻第1曲「エヴォカシオン」

3.I・アルベニス:「イベリア」第3巻第1曲「エル・アルバイシン」

4.L・ヤナーチェク:ピアノ・ソナタ「1905年10月1日の街角で」

 (休憩)

5.シューベルト:ピアノ・ソナタ第18番ト長調D894「幻想」

アンコール

リスト:コンソレーション第3番

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1曲目のレオ・オーンスタイン(1893~2002)の「森の朝」

鐵さんが楽譜を高く上げて、聴衆に、「譜面には、速度と強弱に関する記載がないので、音源なども参考に、自分のイメージで演奏します」。

曲はとてもカラフルで個性的でいて、いわゆる「ゲンダイ曲」的な要素のない、とても親しみ易い曲だった。今後、もっと演奏されてよい曲だと思う。

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2曲目はイサーク・アルベニス(1860~1909)の「イベリア」第1巻第1曲「エヴォカシオン」

「エヴォカシオン」は、スペイン語で「魂を呼び戻す」とか、瞑想するなどの意味とのことで、流麗感のある素敵な曲だった。

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3曲目もアルベニスの「イベリア」第3巻第1曲「エル・アルバイシン」

アルバイシンというのは、グラナダの古い地区で、「エヴォカシオン」の抒情性とはガラリと変わって、リズミックでダイナミックな曲。これも魅力的な曲。

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前半最後となる4曲目は、レオシュ・ヤナーチェク(1854~1928)のピアノ・ソナタ「1905年10月1日の街角で」

まるで、ショスタコーヴィチ風のユニークなタイトルだが、曲想も極めて独創的、個性的で、曲自体の面白さとしては、この日、一番だったかもしれない。

迫力あるダイナミズム。民族色。カオス的とさえいるほどのリズミックな展開。

とても面白い曲。これこそ、もっと演奏されてよい曲だと思う。

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休憩後の後半は、

シューベルトのピアノ・ソナタ第18番ト長調D894「幻想」

今年の秋から2024年にかけて、美竹清花サロンにおいて、シューマンとシューベルトによるプログラムを展開されていくというから、その序奏的な演奏とも言える。

後述するが、桐朋学園の大学院の教授陣には田部京子さんがいて、今、親しくされているようだから、このプログラム、とりわけ、シューベルトに対する取り組みのキッカケの1つに、田部さんからの感化があったと想像することもできるだろう。このことは再度、後述する。それはともかくとして、

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第1楽章は、控えめな音量で開始。シューベルトと絶えず、穏やかな対話をしているような、内的でステキな演奏だった。

第2楽章は、自然体な歌と強弱の明瞭さ、明確化の共存があり、リズムのダイナミズムと、愛らしい叙情性が共存していた。そうした要素のニュアンスの変化を表出されていた。

第3楽章は、底辺におけるテイストとしては、第2楽章と共通基盤があるような曲想だと思う。すなわち、リズムの強弱や愛らしさの共存など、敢えて2つの楽章に分けなくてもよいほどの、親近性を感じたし、そうした様々な要素を、鐵さんは見事に弾き分けていた。

第4楽章は、リズムの明瞭さ、明確化が一層はっきりと打ち出され。同時に、自然体にして喜びを感じさせてくれる素敵な演奏だった。

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シューベルトが終わり、アンコールに入る前、鐵さんは、次のような主旨のことを語られた。

「これまでは、シューベルトは、どこで(曲想が)終わるか判らないようなところがあり、積極的には取り組んで来ませんでしたが、でも、それって(終わりが判らないことは)、何だか「人生」みたいですし(会場:笑)、シューベルトのピアノ曲は、歌の連続(という魅力)の曲でもあるので、「ここは何を表しているのだろう」というとは、敢えて、あまり考えず、これからは(自然体で)もっと弾いていこうと思っています」。

こうした心境の変化と、今後、美竹清花サロンにおいて、シューマンとシューベルトを展開されていくことも含めて、そのキッカケの一つに、桐朋学園大学院の教員に、大先輩の田部京子さんがいらっしゃることが、私には無関係とは思えないのだ。

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アンコールは、リストのコンソレーション第3番。

以前、ここで弾いた際のアンコールは、同第2番だったとのことで、いわば、その続きとしての選曲。

流麗感だけでなく、リストだからといって。いたずらに煌びやかにするのではなく、ソフトなテイストのある、素敵な演奏だった。

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先述のとおり、鐵さんは研究者としても知られている。

東京藝術大学の博士後期課程修了論文は、「演奏解釈の流行と盛衰、繰り返される『読み直し』:18世紀から現在に至るベートーヴェン受容の変遷を踏まえて」、というタイトルによる論文で博士号を取得。

その後、2017年には、論文「『ソナタ形式』からの解放」で、第4回柴田南雄音楽評論賞(本賞)を受賞され、なんと翌年も、「演奏の復権:『分析』から音楽を取り戻す」で、第5回同本賞を連続受賞されている。

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また、先述のとおり、2020年4月から桐朋学園の大学院(富山県)の専任講師をされているのだが、ここの教授陣の一人が、田部京子さんだ。

本コンサート終演後、「えん」の恒例行事として、鐵さんと聴衆で集合写真を撮った後、同じ場所で、ちょっとした「お茶会」も開催されたので、私は持参した~別掲済の~CDにサインをいただき、ツーショット写真を撮らせていただいた際、鐵さんが、富山で講師をされているのを知っていたので、「田部さんがいらっしゃる富山にある大学院ですよね?」、「ハイ」、「私は、田部さんのファンクラブの会員で、事務局の一員なんです」、「え、そうなんですか」。

ということで、田部さんの話題だけで数分間、盛り上がった次第。

「今度、田部さんにお会いしたら、鐵さんのことを話します。今後のご活躍を楽しみにしています」、として、次に待っている人にバトンタッチした次第。

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