小林愛実さんが弾いたショパンのピアノ協奏曲第1番
小林愛実さんが、ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調を弾くとあって、埼玉会館大ホールはもちろん満員だった。
公演は、7月1日夜、日本フィルハーモニー交響楽団の第132回さいたま定期演奏会で、指揮は鈴木優人さん。昨年のショパン国際コンクール以来、小林さんをライヴで聴くのは、これで4回目。協奏曲がこの日を含めて3回。室内楽が1回。年内、リサイタルを含めて数回、聴かせていただく予定。
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この日、1曲目がショパンのピアノ協奏曲第1番。
第1楽章のオケ。オケの音に艶や厚みが薄いのは、ホールの音響の問題だけではないと思う。序奏部で長調に変わった部分では、弦の旋律からは、もっと「希望や夢」が聴こえて欲しいが、それが無い。全般的にホルンも不調だった。この曲で、オケを対抗配置にすることの意味が私には解らない。単に流行りに乗っかっているだけにしか思えない。
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小林愛実さんのソロ
第1楽章
小林さんのショパンは、華麗さなどの、一般的なイメージとは随分違う。全く違うと言ってもよいと思う。2月5日にN響と弾いたシューマンのコンチェルトでさえ、濃厚さよりも、エレガントで、ソフトな演奏に終始したのだから、いわんや、ショパンは言わずもがな、だ。
控えめと言えるくらい丁寧に、端正に弾いていく。その素朴で無垢なアプローチは、シューベルトに向いているようにも思える。このことは、最後に触れたい。
愛実さんは、スフォルッツァンドで弾かれる部分でも、メゾフォルテに少しアクセントを付けるくらいに留める。
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アグレッシブに追い込むような部分でも、むしろ、彼女は、スカルラッティのような軽やかさで駆け抜ける。その爽やかさは決して表面的ではなく、入念な考察と、彼女の感性の賜物に違いない。
この演奏では、ショパン国際コンクールで第1位は得られないかもしれないが、では、面白くないか?というと、そんなことは全くない。
むしろ、この叙情性に徹した優しさ、愛おしさこそ、彼女の特性、個性に他ならないし、係るテイストの演奏を好む音楽ファンは多いはずだ。だからこその4位入賞という高い評価が得られたのだと想像する。
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第2楽章が、白眉だった。
ここでの温かく内省的な歌は、誤解を恐れずに言うなら、人に聴かせよう、聴いてもらおう、という演奏ではなく、彼女自身が、ショパンと2人だけの静かな語らいをしている、あるいは、一人で、ショパンの世界を散歩して楽しんでいる、そういうような、自然体にして、独自の境地を示されていたように思う。汚らわしく混濁した人間の心とは無縁の境地。この点でも、この無垢で、ピュアなアプローチはステキだし、かえってユニークで個性的と言えるのだ。
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第3楽章
シューマンのときも、「音のまろやかさ」が印象的だったが、この第3楽章では、それが際立っていた。フレージングは流麗で鮮やかだが、ケバケバしさが皆無なのは、「音に丸みと温かさがあるからだ」と想像する。
この楽章で一番感じたことは、リラックスとアットホーム感な愉悦、ということ。もし、ショパンに子供や孫がいたとして、ずっと後に生まれたのが愛実さんだったら、と想像すると面白いと思った。
愛実さんは、「昔のお爺ちゃん、本当に良い曲、書いているなあ」と、楽しんで弾いているかのような、「くつろぎ感」からくる安定感、安心感、愉悦感が、この楽章の演奏から強く感じたことだった。
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盛大な拍手の応えてのアンコールは、2月28日に、東京都交響楽団との共演で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾いた後と同じ、ショパンの前奏曲 作品28の第4番 ホ短調。
もしや、聴衆は、派手系で、技巧的な、有名な曲を想像し、あるいは期待したかもしれないが、私は、あのときの、世界情勢を念頭に置いて演奏に違いないこととダブって感じた。あたかも、彼女はこう言っているかのようだった。
「まだ、戦争は終わっていないのです」。
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小林愛実さんを聴く回数が増すたびに思いが強くなることがある。
それは、彼女はモーツァルトが似合っているに違いない、という想像と、もう一つは、先述の中でも少し触れたが、もしや、田部京子さん以後の、最高のシューベルト弾きになるかもしれない、という予感。
愛実さんが、モーツァルトやシューベルトをどう思っているかは知らないが、いつか、彼女が弾くモーツァルトとシューベルトを、じっくり聴かせていただく機会があると良いな、と思う。
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なお、休憩後は、シューベルトの「未完成」と、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番が演奏されたが、私は用事があったことと、小林愛実さんのショパンが聴きたくて会場に来たので、後半は聴かずに会場を後にした。
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