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2022年7月31日 (日)

小川典子さん&ラシュコフスキー「春の祭典」他

小川典子さんと、イリヤ・ラシュコフスキー氏によるピアノデュオコンサートを7月31日午後、ミューザ川崎シンフォニーホールで聴いた。2005年から同ホール主催で開始されたクラシックを中心とした夏の市民的お祭り行事でもある「フェスタサマーミューザ」の一環としてのコンサート。

私は、当初入っていた用事が中止になったことから聴けたコンサートだった。

イギリス在住(のはず)の小川さんは、川崎出身であり、ミューザ川崎シンフォニーホール・アドバイザーも務めている。出演者や、2人にゆかりの浜松国際ピアノコンクール等については、最後に記載する。

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このコンサートは、「超絶技巧のロシアン・ピアニズム」と題され、大げさではない内容の難曲を盛り込んだもので、演奏曲は、

1.ボロディン:歌劇「イーゴリ公」から

「だったん人の踊り」~中原達彦編曲の2台ピアノ版

2.ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

3.ラフマニノフ:交響的舞曲

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1曲目は、ボロディン(1833~1887)と言えばこの曲、と言えるほど有名な曲。

客席から見て左に小川さん(主に主旋律パート担当と言えるだろう)、右にラシュコフスキーさん(主に伴奏部分を中心の担当と言えるだろう)。

迫力あるリズム、メランコリィな有名な旋律などを、2人は時にダイナミックに、リズミカルに、典雅に演奏し、アンサンブルとしても充実。中原達彦さんによる見事な編曲の賜物でもあるだろう。1曲目から大いに楽しめた。

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2曲目は、待望のストラヴィンスキーの「春の祭典」

作曲家自身による2台ピアノ編曲で、初演と同年の1913年にオーケストラ・スコアに先立って出版されている。私は録音では、これまで数組、聴いているが、ライヴは初めて。

その前に、1曲目が終わり、2曲目に入る前に、2人がマイクをもって挨拶。小川さんは、「ラシュコフスキーさんが浜松で優勝した2012年は、私は未だ審査委員ではなかったですが、彼の才能に驚き、いつか一緒に演奏したいと思い、企画しましたが、コロナ禍で、やっとこの日を迎えることができました」、と挨拶。ラシュコフスキーさんも英語で短く挨拶された。

また、小川さんは、「当初、『春の祭典』は(原譜どおり)2台のピアノで演奏する予定でしたが、リハーサルの中で、これは1台で連弾したほうが、緊密度の点で良いかも、で意見が一致したので、本日は(この後)、2台ではなく、1台での連弾で演奏します」、として演奏に入った。

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高音部位置に小川さんが座り、低音部位置にラシュコフスキーさん。

冒頭から、エンディグまで、終始、息を吞むほどの集中力とパワーが炸裂。ラシュコフスキーさんが受け持つ低音部など、場面によっては、もはや完全にパーカッションと言えるほど、全腕力、全身を使っての打鍵による迫力が凄まじかったし、小川さんの技術も勿論素晴らしかった。

よもや、オーケストラ顔負け、と言えるほどの大迫力で、正に「興奮の春の祭典」。

こんなに見事で素晴らしいピアノデュオによる演奏を聴いてしまったら、当面、オーケストラによる演奏はもういいから、ピアノデュオでの「春の祭典」を今後もたくさん聴きたいと思った次第。

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休憩後の後半は、

ラフマニノフの最後の作品となった「交響的舞曲」。

1曲目とは逆に、客席から見て左にラシュコフスキーさん(主に主旋律パート担当と言えるだろう)、右に小川さん(主に伴奏部分を中心の担当と言えるだろう)。

「交響的舞曲」は3楽章制。

「春の祭典」を思わせる打鍵や迫力の場面もあるし、もちろんロマン的な曲想もあり、最晩年の様々な思いが内包されているに違いない大曲を、これまた2人の息ピッタリのアンサンブルで見事な演奏がなされたのだった。

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なお、この作品の成立については、まず、オーケストレーションに先立って、2台ピアノのための版が1940年8月10日に完成。その後、オーケストレーションが同年10月29日に完成し、初演は1941年1月3日にユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団によって行われ、好評を博した。

そしてこの2台ピアノ版は、管弦楽版の初演の翌年、1942年8月、ラフマニノフの自宅で開かれた私的な演奏会で、作曲者自身とホロヴィッツという二人の名手によって初演されている。

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アンコールとして、ラフマニノフの2台ピアノのための組曲第1番より第3楽章「涙」が演奏された。知らない曲だったが、小川さんがツイッターで周知してくれている。

コロナ禍以降、ほとんどのホールで、それまで行っていた「アンコール曲の掲示」を、「密を避けるため」か、ほとんどのホールが行わなくなった。私が知っている限り、掲示対応を継続しているのは、トッパンホールだけだ。馬鹿げたことなので、他のホールも再開して欲しい。

もちろん、それに代わって、小川さんのように演奏者自身、あるいはホールが、あるいはマネジメント事務所等が、ホームページ等で、当日の夜か翌日(以降)に公表してはいるが。

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出演者のプロフィール概要

小川さんは、多くのピアノコンクールで審査員も務めている。リーズ国際、グリーグ国際、クリーブランド国際コンクールの審査員であり、2018年からは、今や若者の登竜門的存在となってきた浜松国際ピアノコンクールの審査委員長を務め、国際音楽コンクール世界連盟の役員でもある。英国ギルドホール音楽院教授。東京音楽大学特任教授。

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イリヤ・ラシュコフスキーさんは、ロシア出身で1984年11月生まれ。

1995年イタリア・マルサラ市の国際コンクールで優勝。98年ウラジミール・クライネフ国際コンクールに優勝。01年ロン=ティボー国際音楽コンクール第2位。05年アシュケナージが審査員長を務めた香港国際ピアノコンクール優勝。07年エリザベート王妃国際音楽コンクール第4位。11年ルービンシュタイン国際ピアノコンクール第3位。2012年第8回浜松国際ピアノコンクールで優勝。

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浜松国際ピアノコンクールについて

1991年に創設され、3年に一度、静岡県浜松市で開催されている。今では世界の主要コンクールの一つに数えられ、昨年のショパン国際ピアノコンクールで反田恭平さんと第2位をわけたアレクサンダー・ガジェヴは、2015年の優勝者。ショパンコンクールで優勝したラファウ・ブレハッチは2003年最高位。チョ・ソンジンは2009年の優勝者だ。

2022年7月30日 (土)

パシフィックフィルハーモニア東京        ツェムリンスキー「抒情交響曲」ほか

1990年設立の東京ニューシティ管弦楽団が、今年4月に飯森範親氏を音楽監督として、団名も「パシフィックフィルハーモニア東京」に変更。その第150回定期演奏会を7月30日午後、東京芸術劇場で聴いた。ソリストと曲目に興味があったから。指揮は飯森氏。演奏曲は、

1.ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死

2.ベルク:抒情組曲より3つの小品(編曲:ファーベイ)

3.ツェムリンスキー「抒情交響曲」Op.18

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「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と愛の死

イゾルデは森谷真理さん。言うまでもなく、大活躍中のソプラノ。私は今年、既にソロとデュオだけでも3回拝聴している。3月は鳥木弥生さんとのデュオコンサート、5月は、この日と同じ、大西宇宙(たかおき)さんとの圧巻のヴェルディ特集のデュオコンサート。そして、6月は叙情に満ちたソロリサイタル。更に4月の「ばらの騎士」も含めたら、今日で5回目の拝聴となる。今後も年内に数回、聴かせていただく予定だ。

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前奏曲の演奏。木管の柔らかいブレンドトーンが良かった。

森谷さんは、前奏曲が終わる数小節前にソデから登場したのだが、どんなに静かにゆっくり歩いても、靴音は微かに聞こえてしまうので、最初から指揮者とコンマスの間に座っていたほうが良かったと思う。10分程度の曲なのだから。

森谷さんの声は、メゾがかった憂いのあるトーンと、抜群の声量という点で、イゾルデに合っていると思う。強いて言えば、あと30㎝ほど前に出て歌われたほうが、もっと客席にスムーズに届いたと思う。

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指揮で良く思わなかった点は、飯森氏が森谷さんに寄り添ってサポートし、一体感を持って盛り上げる、という「共演感」が薄かった点だ。

例えば、映像でも残されている1987年の、ザルツブルク音楽祭でのジェシー・ノーマンの歌唱。あの演奏では、カラヤンがピタリとノーマンに寄り添い、あたかも1小節ごとにウィーン・フィルの音量を変化させるが如く、綿密、繊細にして、一体感に満ちたサポートによる名演が展開したのだが、あの「寄り添い感」が全く感じられなかった。

「オケだけの演奏なら、立派な演奏」だった。しかし、「Liebestod」の主役はイゾルデなのだ。

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2曲目は、アルバン・ベルクの「抒情組曲」(1925~26)の6つの楽章から、オランダの作曲家、T・ファーベイが、第1、第5.第6楽章の3曲を小編成の弦楽オーケストラ用にアレンジした作品。

1曲目の第1楽章は、明るいトーンで無調とは言えず、比較的聴き易い音楽。

2曲目の第5楽章は、最初と最後はリズミックで、無調を基本としている。中間部での静かな部分では、ヴァイオリンに「スル・ポンティチェロ」奏法を加えるなど、細かな工夫がある。

3曲目の第6楽章は、コントラバスのピッツィカートで開始し、スル・ポンティチェロも含めた多くの要素を入り込めた無調の作品。

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休憩後の後半は、ツェムリンスキーの「抒情交響曲」

アレクサンダー・ツェムリンスキー(1871~1941)の代表的な作品で、1922~23年に書かれた。

大管弦楽と、インドの詩人、タゴールの詩(ドイツ語訳)に基づく、バリトンとソプラノのソロを伴う曲で、7曲からなり、奇数曲をバリトン、偶数曲をソプラノが歌う。マーラーと親しかったツェムリンスキーが、「大地の歌」へのオマージュとして作曲したと言われる作品。7つの曲のタイトルは以下に記載のとおり。

ソリストの一人、大西宇宙さんも、特にここ2年くらいんの活躍が著しく、大西さんも年内、数回聴かせていただく予定。

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「抒情交響曲」は、私は全く詳しくないので、それを逆手に、勝手に印象を述べてみたい。

1「私は不安だ。遥かなものに私は思い焦がれる」

映画音楽のようなオーケストレーション。声量豊かな大西さんをもってしても、音量に埋もれがちなのは、多分、音域が低い部分が多いだけが原因ではなく、「言葉の旋律がオケに乗り、流れ込んで進行する要素が少ないから」のように思えた。「硬さ」を感じるのだ。

ゴージャスなオーケストレーションと、いわば「生真面目な歌」との間に溝が有り、どこかに齟齬があるような、融合していない、シンクロしていない感じがした。イメージとしては、オケはオペラを演奏しているのに、歌手は受難曲を歌っている、という感じ。

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2「お母さま、若い王子様がきっと」

前半はユーモラスで、後半はゴージャスなオーケストレーション。1曲目ほどの違和感はなかったが、それでも、似た印象は覚えた。

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3「あなたは、私の夢の空に漂う夕暮れの雲」

評価の高い美しい曲。確かに格調高く、この曲に来て、俄然、聴き応え感が増したという印象。

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4「愛おしい人よ、お話してください」

オケが終始、弱音を主体とした響きの中で、森谷さんの美しい歌が広がる。7曲中、最高の1曲と感じた。

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5「恋人よ、あなたの甘美ないましめから」

激しく短い曲。

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6「最後の歌を、歌い終えて」

エンディグでの、森谷さんの、高音でのクレッシェンドが印象的。

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7「我が心よ、穏やかなれ」

弱音のオケの中、バリトンが格調高く歌う。第4曲とともに素敵な曲。

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全体として、なかなか演奏されない曲である理由が、なんとなく解った気がしたが、それでも、もっと、ライヴで演奏されてよい曲だと思ったのも事実。ユニークな曲だと思う。

2022年7月18日 (月)

キーウからバレエ団~キエフ・バレエ・ガラ 2022

キーウのバレエ団公演を鑑賞「キエフ・バレエ・ガラ2022」

ロシア侵攻前における契約の関係から、主催者(招聘元)である「光藍社」のホームページやプログラム、ポスター等は、「キーウ」ではなく、「キエフ」となっていますが、その

「キエフ・バレエ・ガラ2022」(後援:外務省)の、八王子公演を7月18日午後、J:COMホール八王子で鑑賞しまた。

私はバレエのことは全く不案内ですが、この状況下に、これまでキーウで活動してきたバレリーナ、あるいは、外国のバレエ団で活躍しているウクライナ出身のバレリーナたちが来日する、というので、とにかく「応援」の一心から、事前にチケットを購入してありました。

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7月15日、群馬県のベイシア文化ホール(県民会館)を皮切りに、8月9日の釧路、コータンフォー釧路文化ホールでの公演まで、日本各地で20公演が行われている最中で、この日の「J:COMホール八王子」は、1階から3階まで、2,021席を有する立派な大劇場ですが、ほぼ満席。4歳以上なら入場可としていることもあり、親子連れが多かったですし、バレエ鑑賞慣れしている人も多いようで、拍手のタイミングなど、バレエ鑑賞慣れしていない私には、その点でも勉強になりました。

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2月24のロシアによるウクライナ侵攻後、キエフ・バレエの本拠地、ウクライナ国立歌劇場は閉鎖され、120名いたメンバーも国外へ退避。それでも現在、国内には30名ほどが残り、規模は小さいながら公演を続けているという。今回は、国外で活動するダンサーが中心かと思いますが、昨今の状況を考えれば、奇跡的な開催と言えるでしょう。

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それでも、7月14日の主催者HPには、「エリザベータ・ゴルバチョワ、ティモフィー・ブカヴェツが来日することができなくなりました。これに伴いまして「『ジゼル』よりパ・ド・ドゥ」が演目から外れることとなりました」、ともありますから、平坦な(安直な)状況の中での開催ではないことは、言うまでもないことでしょう。

参考として、エレーナ・フィリピエワ(芸術監督)、寺田宜弘(副芸術監督)、アンナ・ムロムツェワ、ニキータ・スハルコフの皆さんのインタビュー記事も添付します。

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なお、当然でしょうが、今回が「キエフ」を名乗る最後の公演となり、以下のとおり、既に、年末年始にかけて、新しい名称での公演も決まっています。

ウクライナ国立バレエ団(旧キエフ・バレエ):12月17日から「ドン・キホーテ」。

ウクライナ国立歌劇場(旧・キエフ・オペラ):2023年1月6日より、東京と大阪で「カルメン」。

ウクライナ国立歌劇場管弦楽団と合唱団:12月29,30日、東京で第九ほか。

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前置きが長くなりましたが、「ガラ」公演なので、「くるみ割り人形」とかの1本モノ演目公演ではなく、複数の作品からの抜粋による公演。

美しいバレエダンサーたち~もちろん男性も含めて、踊りだけでなく、スタイルも~を、ウットリ見ている中、彼ら彼女らの祖国で、今、起きていることが、現実のものとは思われない感覚(大きなギャップ)も覚えましたが、しかし、「侵略された戦争」は間違いなく起き、今も継続しているのだ、ということを、あらためて強く実感しました。

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プログラム

第1部

1.「ゴバック」

音楽:V・ソロヴィエフ=セドイ、S・グラク=アルテモフスキー

振付:R・ザハロフ

ダンサー:ヴィタリー・ネトルネンコ、ウラジスラフ・バセンコ、ヴォロデュミール・クツーゾフ、ウラジスラフ・ロマシェンコ、キエフ・バレエ

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2.「ラ・シルフォード」より、パ・ド・ドゥ

音楽:H・レーヴェンショルド 振付:A・ブルノンヴィル

ダンサー:アレクサンドラ・パンチェンコ、アンドリー・ガブリシキフ

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3.「ディアナのアクティオンのグラン・パ・ド・ドゥ」

音楽:C・プーニ  振付:A・ワガノワ

ダンサー:アンナ・ムロムツェワ、ニキータ・スハルコフ

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4.「海賊」第2幕より「花園の場」

音楽:L・ドリーブ、R・ドリゴ

振付:J・ペロー、M・プティパ、P・グーセフ、V・ヤレメンコ

ダンサー:メドーラ役=カテリーナ・ミクルーハ、ギュリナーラ役=アレクサンドラ・パンチェンコ、キエフ・バレエ

  (休憩)

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第2部

5.「ひまわり」

音楽:葉加瀬太郎  振付:寺田宜弘

ダンサー:カテリーナ・チュピナ、エリーナ・ビドゥナ、土方菖、田端優衣、宮川天万音、福間月葉、パオロ・ピエルノ、サルヴァトーレ・ダヴィド・マリグリアーノ

ホームページによると、

「今回の公演のために創作された作品「ひまわり」の特別上演が決定いたしました。平和への祈りを込めて、キエフ・バレエ副芸術監督の寺田宜弘氏が創作した作品です。本公演にて世界初演となっております。どうぞ、ご期待ください」とのこと。

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6.「サタネラのグラン・パ・ド・ドゥ」

音楽:C・プーニ  振付:M・プティパ

ダンサー:カテリーナ・ミクルーハ、マクシム・パラマルチューク

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7.「瀕死の白鳥」

音楽:C・サン=サーンス  振付:M・フォーキン

ダンサー:エレーナ・フィリピエワ

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8.「バヤデルカ」第2幕より

音楽:L・ミンスク

振付:M・プティパ、V・コフトゥン

ダンサー:

ガムサッティ役=アンナ・ムロムツェワ

ソロル役=ニキータ・スハルコフ

黄金の偶像役=アンドリー・ガブリシキフ

マヌーの踊り(壺の踊り)=カテリーナ・デフチャローヴァ、エリザベータ・セメネンコ、アナスタシア・トキナ

太鼓の踊り=タチアナ・ソコロワ、ヴィタリー・ネトルネンコ

パ・ダキシオン=カテリーナ・チュピナ、イヴァンナ・スリマ、齋藤裟羅、杉本直緒

(ラストは、以下も含めて全員で挨拶を込めたダンス)

アレクサンドラ・パンチェンコ、カテリーナ・ミクルーハ、エリーナ・ビドゥナ、スヴェトラーナ・オニプコ、ウラジスラフ・ロマシェンコ、ウラジスラフ・バセンコ

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最後に、光藍社のホームページに記載されている文を抜粋してご紹介し、本投稿を終えます。

<本公演の開催について>

「光藍社は、2006年以来ウクライナ国立歌劇場(キエフ・バレエ、キエフ・オペラ、ウクライナ国立歌劇場管弦楽団)を定期的に招聘し、本劇場のアーティストによる公演は、多くの日本の観客から愛され続けてきました。今年の夏に予定していた「キエフ・バレエ・ガラ2022」公演ですが、2月からのウクライナ情勢により開催は難しいと考えておりました。しかし、出演予定のダンサーらと現在連絡がとれる状態にあり、一人ひとりのダンサーから、“このような状況下でも何とかして日本に行き、一人でも多くの観客の皆様に素晴らしいパフォーマンスを届けたい”という強い思いを聞きました。そこで、彼らの意思を尊重し、パフォーマンスを披露する場を提供することが、ダンサーたちへの最大の支援になるとの想いから、当初予定していた通りに本公演を開催することにいたしました。

(中略)

しかしながら、今後やむを得ない事情が発生した際には、出演者や演目など、大きく公演内容を変更する可能性がございます。今回の公演は、このような情勢下での催行となるため、チケットご購入の際には、この点にご留意いただきますようお願いいたします。尚、安全上の観点から、出演ダンサー個人の安否情報などについては回答を控えさせていただきます。ご理解の程、よろしくお願い申し上げます」

2022年7月17日 (日)

東京二期会~ワーグナー「パルジファル」公演

東京二期会によるワーグナーの「パルジファル」を7月17日午後、東京文化会館で鑑賞した。Wキャストによる計4公演の最終日の公演。

感想等の前に、この日と14日に、ティトゥレル役で出演予定だった 長谷川 顯(あきら)さんが、7月8日、65歳で逝去されましたので、心より慎んでお悔やみ申しあげます。

さて、二期会創立70周年記念公演でもある本公演の指揮は、フランクフルト歌劇場音楽総監督で、読売日本交響楽団の首席指揮者でもあるセバスティアン・ヴァイグレ氏。

オケは読売日本交響楽団。演出は、宮本亞門氏。

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歌手の皆さんは、最下段に記載のとおりで、言わば、ベテラン組と若手組という、よくあるキャスティングであり、私は若手組にこそ興味があったので、この日に拝聴した次第。

ワーグナーの最後にして、「厳粛な」オペラだが、逆に言うと、「厳粛さとは色合いが異なる第2幕が、ドラマとしては面白い」と言えるし、第2幕での主役と言えるクンドリとクリングゾルを歌われた二人が抜群に素晴らしかったので、後述する。

演出に関しては、相当シビアに言わせていただくので、最後に記述したい。

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まず、オケの豊麗な音の連続に驚いた。

日本のオケによるオペラ公演を聴いてきた中で、これほどオケに感心した記憶はあまりない。プログラムで確認すると、読響は、創立40周年を記念して、「パルジファル」を2002年10月~11月に、オケ主体(企画)の舞台上演をしている、というので、驚いた。20年経ってはいるが、当時の団員も何割かいるだろうし、更に、10年前、2012年の二期会創立60周年記念で「パルジファル」が上演された際のオケも読響だったと知り、「なるほど、作品に対して自信と余裕を感じさせる響と演奏のわけだ」、と納得した次第。こういう経験値って、やはり出るものなのだな、と素人ながら、つくづく思う。

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実は、まだある。若杉弘さん指揮による1967年7月の日本初演も、オケは読響だった。さすがに当時の団員は皆無だろうけれど、こういう事実を知ると、「日本でのオペラ演奏の頻度では、まず、東京フィルハーモニー交響楽団が挙げられるが、パルジファルに関して、オケは読売日本交響楽団」、と言えるほどの実績を持っていることを初めて知った次第。

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ヴァイグレさんは、全幕とも、総じて速めのテンポでどんどん進めるので、聴き易い演奏だったと思う。

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第1幕

グルネマンツ役の山下浩司さんとアムフォルタス役の清水勇磨さんの歌唱を聴いて、もう「この公演は成功だ」と確信したくらい良かった。先述のとおり、長谷川 顯さんが歌うはずだったティトゥレル役の清水宏樹さんも、急な代演にもかかわらず、立派な歌唱だった。問題は演出だが、後述する。

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第2幕

先述のとおり、この幕での重要な役であるクンドリ役の橋爪ゆかさんと、クリングゾル役の友清 崇(たかし)さんが素晴らしかった。

まず、友清さんだが、私は久しぶりに聴かせていただいたけれど、失礼ながら「こんなに素晴らしい歌手だったんだ」と改めて認識した。そのくらい見事だった。プログラムで確認すると、2012年の公演でも同じ役を歌われているし、つい先日である今年3月の、びわ湖ホールでの公演でも同役を歌われているから、「得意中の得意の役なのだな」と納得した。

この日の公演で、橋爪さんとともに、最も見事だったのは友清さんかもしれない、と思うほど、実に素晴らしかった。

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そして、橋爪ゆかさん。

「圧巻」と言うと、派手さも連想するが、少し違い、声の奥行の深さと「濃さ」が魅力的だったし、パルジファルとのやりとりの中で、2回ある長い独白の部分での歌唱が素晴らしく、数回ある、絶叫のような声など、東京文化会館の5階の奥まで響き渡っているに違いないと確信するほど、「圧巻」だった。

橋爪さんも、友清さん同様、2012年の公演時も同役を歌われているを知り、これまた「納得」。

そして、「パルジファル」の公演が成功するか否かは、実はクンドリ次第なのだ、という事を、再認識というか、確信した次第。

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「花の乙女たち」の女声合唱(重唱)も素晴らしく、特に宮地江奈さんの声は、大勢の中にあっても、実によく客席に届いていた。

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タイトルロールであるパルジファル役の伊藤達人(たつんど)さん。

以前、王子ホールで初めて聴いて知ったときほどの衝撃はなかったが、若々しい無垢な青年役を好演された。第2幕の開始間もなくは、声があまり出ていない感じもしたが、

「なんという愚か者だ。お母さんを忘れるなんて」の部分や、「アムフォルタス、その傷だ」、「助けてくれ、救い出してくれ、罪にまみれた者どもの手から」などの部分も、伸びやかな美声で、とても良かったし、それ以降、第3幕も含めて安定していた。

若くして、大舞台のタイトルロールを、大先輩の福井敬さんとのダブルキャストで歌われたのだから、きっと大きな自信となっただろうし、今後も益々の活躍を期待したい。

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第3幕

グルネマンツの充実、パルジファルの若い苦悩、男声合唱も第1幕以上の充実感があった。

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宮本亞門氏の演出について

正直、あまり書きたくない。宮本亞門氏は、「パルジファル」の中に(先に)何を見てるのだろうか?

この疑問と問いかけは、そのままブーメランとして私自身に返ってくる疑問点でもある。

第1幕は、美術館のような場面から開始し、複数の宗教画等がブラ下がったりと、意味が解らず、開始後10分で演出に関しては退屈してしまった。

全幕共通に言えることは、衣装も舞台設定も、場面によっては、「昔的」だったり、「現代的」だったりする。頻繁に映し出される地球の映像も含めて、良く言えば、時空を超えた題材であることを象徴したいのだろうけれど、悪く言えば、「全てが中途半端である」という印象は否めない。

時代と場所を行き来し、「聖なるものへの畏敬と尊重」を「パルジファル」に求めるのは、間違った解釈(理解)ではないのだろう。

物語が、他のワーグナー作品にない抽象性、理念性の要素が強いため、演出が極めて難しいだろうことは想像できる。それだからこそ、もっと「徹底したビジョンの明示」が欲しかった。

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もちろん、良かった場面もあった。

第2幕の始まりは、PC(モニター)が大小3つ、机に置かれた部屋という、現代のオフィスのような部屋という、「はあ?」で開始したのだが、「花の乙女たち」の舞台はカラフルで良かったし、クンドリの独白の場面では、青く暗い色調が、なかなか良かった。

第3幕も、開始こそ、サイケデリックな複数の絵画がブラ下がる、殺風景な舞台から開始したが、有名な「聖金曜日の音楽」の場面での映像は印象的で美しかったし、男声合唱による「我らは聖杯を求め~」からの場面も、青色を基調とした舞台が、とても印象的だった。

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それにしても、オペラの演出は難しい。

その原因(理由)、現象として言える事は、国内外を問わず、「演出家が、自分が主役と勘違いして、独善的な読み替えを行うことで自己満足しているだけ」、そういうものが多過ぎることにあると思う。

「オペラの主役は、当然、歌手の皆さんです」。

今日の「パルジファル」は、そこまでヒドクはなかったけれど、ワーグナー全般、とりわけ「パルジファル」の演出の難しさと、オペラそのもの演出の難しさを改めて強く感じてしまった、そういう公演でもあった。

それでも、そうした思いを吹き飛ばしてくれるくらい、歌手の皆さんとオケの演奏は素晴らしかった。

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配役          7月13日、16日 7月14日、17日

アムフォルタス    黒田 博     清水勇磨

ティトゥレル       大塚博章     清水宏樹

グルネマンツ       加藤宏隆     山下浩司

パルジファル       福井 敬     伊藤達人

クリングゾル       門間信樹     友清 崇

クンドリ              田崎尚美    橋爪ゆか

第1の聖杯の騎士 西岡慎介     新海康仁

第2の聖杯の騎士 杉浦隆大     狩野賢一

4人の小姓    清野友香莉    宮地江奈

郷家暁子     川合ひとみ

櫻井 淳     高柳 圭

伊藤 潤     相山潤平

花の乙女たち   清野友香莉    宮地江奈

梶田真未     松永知史

鈴木麻里子    杉山由紀

斉藤園子     雨笠佳奈

郷家暁子     川合ひとみ

増田弥生     小林紗季子

天上からの声   増田弥生     小林紗季子

2022年7月11日 (月)

うた武満徹&新実徳英の世界~鷲尾麻衣さん&大沼徹さん

ソプラノの鷲尾麻衣さんとバリトンの大沼 徹さんによる、「うた~武満 徹&新実徳英の世界」と題したデュオ・リサイタルを7月11日夜、王子ホールで拝聴した。

ピアノは吉田貴至(たかゆき)さん。

全曲を通じて言えることは、2人とも当然ながら、西洋オペラでの発声ではなく、大沼さんは地声に近いような素朴な声で歌われたし、鷲尾さんは、特に後半の武満作品で、メゾに近いトーンでのシャンソン風なニュアンスを交えながら歌われたのが印象的で、とてもステキだった。

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前半は、新実徳英作曲、谷川雁作詞

「白いうた青いうた」より以下の9曲が歌われた。

1.二十歳  ~鷲尾さん

2.海    ~大沼さん

3.しらかば ~鷲尾さん +大沼さんがカスタネット

4.小さな法螺(ほら)~鷲尾さん&大沼さん

  ラスト、鷲尾さんの高音でのコロラトゥーラ技巧が良かった。

5.北のみなしご  ~大沼さん:短調の印象的な曲

6.卒業   ~大沼さん&鷲尾さんはオブリガート歌唱

7.われもこう   ~鷲尾さん

8.なまずのふろや ~大沼さん

9.壁きえた    ~鷲尾さん&大沼さん:印象的な歌

会場には作曲者の新実徳英さんが来場されており、本番だけでなく、事前のリハーサルにも立ち会い、大沼さんが特に好きだというこの「壁きえた」については、とりわけ入念に検討、打ち合わせされた、との話も印象的だった。

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休憩後の後半は、武満 徹:以下の9曲だが、

先述のとおり、特に鷲尾さんは、純ソプラノというより、シャンソン風なトーンでの歌唱がステキで、特に「翼」と「うたうだけ」が素晴らしく、「ワルツ」も印象的だった。

大沼さんも敢えての地声に近いトーンにより、特に「島へ」が良かったし、もちろん「死んだ男の残したものは」は、曲自体が感動的なので、ジーンと来た。

1.〇と△の歌 作詞:武満徹   ~大沼さん

2.明日ハ晴レカナ、曇リカナ 作詞:武満徹~大沼さん

3.翼  作詞:武満徹      ~鷲尾さん

4.昨日のしみ  作詞:谷川俊太郎~鷲尾さん

5.死んだ男の残したものは 作詞:谷川俊太郎~大沼さん

6.うたうだけ  作詞:谷川俊太郎~鷲尾さん

7.島へ  作詞:井沢満     ~大沼さん

8.ワルツ  作詞:岩淵達治   ~鷲尾さん

9.めぐり逢い  作詞:荒木一郎 ~鷲尾さん&大沼さん

アンコール

1.新実徳英:「自転車で逃げる」 ~鷲尾さん&大沼さん

タイトルどおり、面白い曲。

2.武満徹:「小さな空」     ~鷲尾さん&大沼さん

プログラムにこの曲が無いのを見た瞬間から、アンコールで歌うだろうな、と想像し、そのとおりとなった。

2022年7月10日 (日)

市川交響楽団&菅有実子さん「大地の歌」

大好きなメゾソプラノ歌手の菅有実子(かん・ゆみこ)さんが、マーラーの「大地の歌」を歌われると知り、7月10日午後、市川市文化会館で、市川交響楽団の第422回「交響楽の午後」を拝聴した。

指揮は、三原明人(あきひと)さん。

演奏曲は以下のとおりで、順次、感想を付記したい。

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1.バッハ:管弦楽組曲 第3番BWV 1036

第1曲「序曲」と終曲「ジーグ」で、3人のトランペットの音割れが目立った。それぞれ1~2か所ならともかく、「ちょっとダメな頻度」だった。

有名な第2曲「エア(アリア)」は、速めのテンポで淡々と進めるので、しっとりとした演奏に馴染んでいる人には~私もその一人~不満、というか、感動しない演奏だった。

それと指揮者の両左右、対抗配置なので、左がファースト・ヴァイオリンで、右がセカンド・ヴァイオリンだが、指揮者との間隔が空き過ぎで、それぞれ、あと10~15cm指揮者に寄っていたら、もっと凝縮されたサウンドになっていた想像できるので、惜しいと思う。

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2.ブラームス:「Nänie」(哀悼歌)

合唱は、市響とともに「市川交響楽団協会」の構成団体でもある市川混成合唱団と行徳混声合唱団の合同演奏。合同と言っても、テノールが8名、バスが9名と少なく、この少なさは、演奏にも明らかにマイナス材料となっており、朗々たる響きがあまり聞こえてこなかった。

19名のソプラノが美しい合唱でステキだった。多分、ほとんどが長く合唱を経験されている人達だろうなと判る、響きが明瞭で美しく、良い意味で整然とした演奏。マスクが、かえって、抑制された統一感ある響に寄与していたようにも思えた。

14名のアルトも、低音に潤いと安定感があり、良かった。

 (休憩)

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3.マーラー:「大地の歌」

冒頭から(終楽章に至るまで)ホルン群が絶好調。他のパートの練度、純度も高く、1曲目のバッハと同じオケとはとても思えないほど充実した演奏。評判の良い「市響」の優秀さが、この曲でやっと確認できた。

テノールソロは、大分二期会の理事長でもある行天祥晃(ぎょうてん・よしあき)さん。

第1、3,5楽章のテノールソロについて

第1楽章は、テノールにとって「キツイ曲」に違いない。よほどの声量がある歌手でないと、ライヴだとオケの音量に歌声が埋もれてしまう。2013年に聴いたアウローラ管弦楽団の演奏会で、この曲のソロを歌われた志摩大喜さんもそうで、声量の点で不満だった。そして今回もそうだった。

この曲は、オーケストレーションに散文的な要素がある点で、マーラーの交響曲第6番、7番、9番よりも演奏が難しいと言える。ソロの力量もモロに示される曲で、この曲を演奏できる(選曲する)こと自体、優秀なオケの証拠だ。そういうオーケストレーションの中で、一人で歌って存在感を示さねばならいのだから、テナーにとっては極めてシビアな曲に違いない。

第3楽章と第5楽章、特に有名な第3楽章「青春について」での行天さんは、伸びやかな美声を披露されて、とても良かった。

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第2、4、6楽章のアルトソロについて

冒頭に記載したとおり、菅さんが「大地の歌」を歌われるというので、出向いた演奏会。

期待通り、素晴らしい歌唱だった。

第2楽章における「孤独感」の表出も見事だが、菅さんは特に低音に魅力と個性のある歌手なので、その点では第4楽章は出色だったし、その「魅力の頂点」は、当然ながら長大な第6楽章に結集された。

言葉のニュアンスと表現力、低音の魅力だけでなく、高音における美しさ、伸びやかな広がりを持つ歌唱で聴衆を魅了した。

各要所、特にテンポが変わる部分などでは、指揮者とアイコンタクトをしっかり行い、けっして独善的、ナルシスト的な歌唱ではなく、各場面を確実に指揮者の意図に沿って歌われていることが確認できたことも印象的だった。

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「大地の歌」でのオケについて

この曲についての冒頭に書いたとおり、ホルン群が素晴らしかったし、第2、第6楽章の第1オーボエの女性奏者のソロが素晴らしかった。また、第1クラリネットの女性奏者も音色と安定感がステキだったし、第6楽章におけるバスクラリネットやコールアングレ、コントラファゴットなども、とても良かった。

弦全体の安定感も立派で、繰り返しになるが、1曲目のバッハと同じオケとは思えないほど、集中力と充実感のある見事な演奏だった。

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なお、最後に付記するが、プログラムでのソリスト紹介欄で、「菅有実子」ではなく、「菅有美子」と字が間違って記載されていた。さすがにこれは菅さんに対して失礼なので、同団のFBメッセ欄から指摘しておいた。プログラムでのソリスト名の表記ミスって、私は過去、記憶にない。

2022年7月 1日 (金)

小林愛実さんが弾いたショパンのピアノ協奏曲第1番

小林愛実さんが、ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調を弾くとあって、埼玉会館大ホールはもちろん満員だった。

公演は、7月1日夜、日本フィルハーモニー交響楽団の第132回さいたま定期演奏会で、指揮は鈴木優人さん。昨年のショパン国際コンクール以来、小林さんをライヴで聴くのは、これで4回目。協奏曲がこの日を含めて3回。室内楽が1回。年内、リサイタルを含めて数回、聴かせていただく予定。

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この日、1曲目がショパンのピアノ協奏曲第1番。

第1楽章のオケ。オケの音に艶や厚みが薄いのは、ホールの音響の問題だけではないと思う。序奏部で長調に変わった部分では、弦の旋律からは、もっと「希望や夢」が聴こえて欲しいが、それが無い。全般的にホルンも不調だった。この曲で、オケを対抗配置にすることの意味が私には解らない。単に流行りに乗っかっているだけにしか思えない。

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小林愛実さんのソロ

第1楽章

小林さんのショパンは、華麗さなどの、一般的なイメージとは随分違う。全く違うと言ってもよいと思う。2月5日にN響と弾いたシューマンのコンチェルトでさえ、濃厚さよりも、エレガントで、ソフトな演奏に終始したのだから、いわんや、ショパンは言わずもがな、だ。

控えめと言えるくらい丁寧に、端正に弾いていく。その素朴で無垢なアプローチは、シューベルトに向いているようにも思える。このことは、最後に触れたい。

愛実さんは、スフォルッツァンドで弾かれる部分でも、メゾフォルテに少しアクセントを付けるくらいに留める。

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アグレッシブに追い込むような部分でも、むしろ、彼女は、スカルラッティのような軽やかさで駆け抜ける。その爽やかさは決して表面的ではなく、入念な考察と、彼女の感性の賜物に違いない。

この演奏では、ショパン国際コンクールで第1位は得られないかもしれないが、では、面白くないか?というと、そんなことは全くない。

むしろ、この叙情性に徹した優しさ、愛おしさこそ、彼女の特性、個性に他ならないし、係るテイストの演奏を好む音楽ファンは多いはずだ。だからこその4位入賞という高い評価が得られたのだと想像する。

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第2楽章が、白眉だった。

ここでの温かく内省的な歌は、誤解を恐れずに言うなら、人に聴かせよう、聴いてもらおう、という演奏ではなく、彼女自身が、ショパンと2人だけの静かな語らいをしている、あるいは、一人で、ショパンの世界を散歩して楽しんでいる、そういうような、自然体にして、独自の境地を示されていたように思う。汚らわしく混濁した人間の心とは無縁の境地。この点でも、この無垢で、ピュアなアプローチはステキだし、かえってユニークで個性的と言えるのだ。

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第3楽章

シューマンのときも、「音のまろやかさ」が印象的だったが、この第3楽章では、それが際立っていた。フレージングは流麗で鮮やかだが、ケバケバしさが皆無なのは、「音に丸みと温かさがあるからだ」と想像する。

この楽章で一番感じたことは、リラックスとアットホーム感な愉悦、ということ。もし、ショパンに子供や孫がいたとして、ずっと後に生まれたのが愛実さんだったら、と想像すると面白いと思った。

愛実さんは、「昔のお爺ちゃん、本当に良い曲、書いているなあ」と、楽しんで弾いているかのような、「くつろぎ感」からくる安定感、安心感、愉悦感が、この楽章の演奏から強く感じたことだった。

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盛大な拍手の応えてのアンコールは、2月28日に、東京都交響楽団との共演で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾いた後と同じ、ショパンの前奏曲 作品28の第4番 ホ短調。

もしや、聴衆は、派手系で、技巧的な、有名な曲を想像し、あるいは期待したかもしれないが、私は、あのときの、世界情勢を念頭に置いて演奏に違いないこととダブって感じた。あたかも、彼女はこう言っているかのようだった。

「まだ、戦争は終わっていないのです」。

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小林愛実さんを聴く回数が増すたびに思いが強くなることがある。

それは、彼女はモーツァルトが似合っているに違いない、という想像と、もう一つは、先述の中でも少し触れたが、もしや、田部京子さん以後の、最高のシューベルト弾きになるかもしれない、という予感。

愛実さんが、モーツァルトやシューベルトをどう思っているかは知らないが、いつか、彼女が弾くモーツァルトとシューベルトを、じっくり聴かせていただく機会があると良いな、と思う。

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なお、休憩後は、シューベルトの「未完成」と、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番が演奏されたが、私は用事があったことと、小林愛実さんのショパンが聴きたくて会場に来たので、後半は聴かずに会場を後にした。

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