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2022年6月26日 (日)

田部京子さん~浜離宮朝日ホール~内面的深みの表現の見事さ

田部京子さんの浜離宮朝日ホールにおけるリサイタルを、6月26日午後、拝聴した。

演奏曲は、今月12日に、名古屋の宗次ホールで拝聴した曲と全く同じで、ブラームスの3つの間奏曲、シューベルトの3つのピアノ曲(即興曲)、シューマンのピアノ・ソナタ第1番、の3曲。

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指揮者やソリストは、そのときの感興だけではなく、ホールの大きさや音響状態などの状況(反応状況等)により、微妙にテンポやニュアンス、アプローチを変えることは、ある意味、常識的判断と行為と言えるだろう。それだからこそライヴは面白いのであり、録音とは決定的に違う点(要素)だ。

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最初の1曲目のブラームス:3つの間奏曲 Op.117でも、第1曲の変ホ長調は、宗次ホールでは、ある種楽天的で、対話のような温かさを感じたのに対して、この日は、もっと内省的で、独白的、詩的な演奏に思えた。

第2曲の変ロ短調も、宗次ホールでは、響きに委ねる中で、流麗感を際立っていたのに対し、この日は、曲の構成や曲想を丁寧にあぶり出すことで、曲の内面と、田部さんの内面の思いが交錯するような、流動感以上に、深い所での対話が行われている様なアプローチに感じられた。

第3曲の嬰ハ短調の中間部の美しさは、宗次ホールと変わらぬ清々しい演奏。そこから再び内省的な曲想に戻っていく対比の妙が素敵だった。

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プログラム2曲目の、シューベルトの3つのピアノ曲(即興曲)D.946も、内省的な感興を強く感じた点で、ブラームスと同じだった。

第1曲の変ホ短調における、パッションと穏やかさの対比。宗次ホール同様、この曲が即興曲たる所以と、優れた曲であるかを、田部さんは確実に聴衆に伝えた。

第2曲の変ホ長調の詩情。各場面における色分けの見事さ。

第3曲のハ長調の躍動感と流麗さが、スケール感をもって喜びに溢れた曲としての音楽を創り出した。

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休憩後のシューマンのピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 Op.11

第1楽章では、序奏部分でのロマン性と、主部に入ってからの、リズムとメロディーで、強調される部分の入れ替わりが絶妙だったし、宗次ホールでのロマン性に対し、もう少し、古典的な、構造の強調を感じさせる演奏だった。

第2楽章の美しさ、清々しさは、宗次ホールでの演奏以上だったかもしれない。

第3楽章でのリズム処理の見事さは、宗次ホールと同じだが、この日は「和音の美しさとダイナミズム」が、より際立っていたように思った。

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第4楽章は、「この楽章だけで一つの独立した曲」と言えるほど、複雑で多様な要素が次々と登場してくる凄い曲なのだが、この日も、田部さんは、アグレッシブ感を持って解き明かして行き、曲に内在する情熱的なドラマを炙り出し、描いて行ったのだが、同時に、常に作品の構造全体を俯瞰して、理知的なコントロールにより、豊かなダイナミズムとロマン性を湛えた演奏を披露されたのが素晴らしい。

この楽章だけでも、このコンサートを聴く価値が十二分にある、そういう演奏だった。

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アンコールは、宗次ホールと同じで、シューマンの「交響的練習曲」Op.13 変奏4(遺作)と、シューマン:リスト編曲の「献呈」。

前者は、宗次ホールでの演奏以上に、密やかで、神秘的にして叙情的であったように感じたし、後者での喜びに満ちた、開放的と言えるほどのスケール感あるロマンが素晴らしかった。

聴衆の長く大きな拍手をもって、このコンサートは終了した。

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