エリーナ・ガランチャさんに魅せられた夜 アンコールは驚異の7曲
エリーナ・ガランチャさんの来日リサイタルを6月29日夜、すみだトリフォニーホールで拝聴した。大ホールの3階までギッシリ満員。一人の歌手のリサイタルで、ここまで集客できる歌手は、世界でも、この1976年ラトヴィア生まれのメゾ・ソプラノ歌手の他、ごく少数に限定されるだろう。東京での公演は前日との2日間で、前日も満員だったそうだから、人気の凄さが判るし、その人気度が、「実力どおり」であることを実感した素晴らしいリサイタルだった。ピアノはマルコム・マルティノーさん。
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本来は2020年5月に予定されていた公演で、コロナ禍入り直後ゆえ延期になり、よくやく実現できた来日公演。全曲目は最下段に記載するが、曲順に、少しずつ感想を記して行きたい。
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ブラームスの1曲目が開始されて直ぐに思ったことは、「言葉の響きに意味がある」、ということ。この日、最後まで、「世界中で称賛される優れた歌手とは、どういう要素を持っているのだろうか?」、ということを考えながら聴いていたのだが、結果的には、もう、最初の数小節で、その答えが出ていたのかもしれない。凄いことだと思う。
「mP」や「mF」の部分でも、ステージから遠い客席にいる聴衆にも、決して不満に感じないレベルで十分に届いてくる歌声。それは、響が豊かで美しいというだけでなく、発せられる言葉が、「丸暗記した外国語」ではなく、自分の考えと気持ちで整理し、吟味し、意味を持たせた「生きた言葉」として発せられているから、どんなに大きなホールでの、抑制された音量による歌唱でも、言葉を乗せた響きが、有機的な波動として聴衆に届くのだと思う。
もう少し付け加えることが有るが、それは後半に付記したい。
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ブラームスの「秘めごと」での清らかな潤い。オペラアリアではなく、リートとしての歌唱を示した「僕らはそぞろ歩いた」。語りの巧さを示した「ああ、帰り道がわかるなら」と「五月の夜」。情感豊かに内面を掘り下げた「昔の恋」。オペアラリア的なスケール感のあった「永遠の愛について」。
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ベルリオーズの「ファウストの劫罰」より「燃える恋の思いに」は、叙情的にして、オペラアリアとしての魅力を示した。
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マルコム・マルティノーさんによるドビュッシーの「月の光」は、とてもエレガントで美しい演奏。何人で何回聴いたか分からないこの曲だが、最高に美しい演奏の一つだと思った。素晴らしいピアニスト。
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サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」より有名なアリア「あなたの声で心は開く」は、幾分速めのテンポにより、贅肉を削ぎ落したアプローチながら、1音1音のヴィブラートに説得力がある名唱で、最後の「サムソン」と語りかけ、「F~Es~Des」と降りてくる部分は、信じられないくらい非常に美しかった。
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前半最後の曲、グノーの歌劇「サバの女王」より「身分がなくても偉大な方」は、語りの巧さと、オペラアリアの堂々たる歌唱のミックスが素晴らしかった。
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休憩後の後半1曲目は、チャイコフスキーの歌劇「オルレアンの少女」より「さようなら、故郷の丘」。
次いで、ラフマニノフの歌曲を4曲で、「信じないでほしい、恋人よ」、「夢」、「おお、悲しまないで」、「春のせせらぎ」。
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これらの曲を聴いていて思ったことは、どんなに劇的な部分でも、ガランチャさんの声の根底には、清らかさと哀愁があるということ。そして、低音部分においても、決して「重たく沈み込まない」ということ。常に無理のない発声において、音の厚みと美しさを保つことが根底にあっての、高低音域の行き来における表現なのだ、ということ。
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高さと長さの異なるロングトーンでも、基本は、ブレのない一定の厚み、艶、響の美しさを基盤としながら、場面に応じて微妙にヴィブラートの量や音量、トーンの音色を変えているので、同じ「ロングトーン」として一括り出来ない、それぞれが魅力的な響きを持ち、また、先述のとおり、都度、「伝えるべき感情や意図をもった言葉」として語りかけてくるので、その相乗効果により、聴衆に圧倒的な説得力と魅力をもった歌声として届いてくるのだ。
彼女の歌声が美しく魅力的なのは、常に語るべき意味をもった言葉として響き、ヴィブラートの調整による多彩なトーンを伴い、伸びやかに聴衆に伝わるからだと思った。
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マルティノーさんにピアノソロで、アルベニス(1860~1909)の「タンゴ ニ長調」。優しさのあるユーモラスなリズムによる素敵な演奏。
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バルビエリ(1823~1894)のサルスエラ「ラバピエスの小理髪師」から「パロマの歌」。この曲を含む以下の3曲は初めて聴いたし、ここからは、ラテン的な雰囲気の曲想に変わるので、ガランチャさんも、曲自体を楽しんで歌うようなアプローチに変えたように思う。「パロマの歌」は、明るい曲で、この日、初めて「アレグロの曲」が登場した。
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ルぺルト・チャピ(1851~1909)のサルスエラ「エル・パルキレロ」より「とても深いとき」は、物語を感じる深みのある曲で、印象的だった。
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同じく、チャピのサルスエラ「セベデオの娘たち」より「とらわれし人の歌(私が愛を捧げたあの人のことを思うたび)」は、アレグロの流れによる、舞曲的な曲。
この正規プログラムが終わった段階で、早くも~ここ2年、どこのホールでも禁じている~「ブラヴォー」が出始めた。
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アンコールは以下のとおり、なんと7曲も歌われた。
それも、各曲、歌う前に、英語で、時折、聴衆を笑わせながら、というサービス満点の進行でのアンコール「特集」となった。
そのアンコールの1曲目は、ビゼーの歌劇「カルメン」より「ハバネラ」。
「待ってました」という曲。ガランチャさんのカルメンは、色気だけでなく、気品があるので、「カルメンは、本当はピュア女性かも」と「勘違い」してしまうほどの魅力があり、その美声で、「L'amour」などと歌われたもんには、「落ちない男性はいない」と思ってしまう。
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アンコールの2曲目は、プッチーニの歌劇「ジャン二・スキッキ」より「私のお父さん」。
これまで、ライヴと録音を合わせたら、たぶん50人くらいの歌声で聴いている曲だが、幾分速めのテンポながら、最も美しい歌唱の一つであるだけでなく、エンディング近くでは、間合いを大きく取り、ニュアンス豊かに歌われ、単なるアンコール・ピースとして終わらせようなどという考えが全くない、真摯で誠実な歌唱でもあった。これこそ一流の歌手によるアンコール歌唱だ。
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3曲目は、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「ママも知る通り」。
深々とした、正に「メゾ」の声を堪能した。
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4曲目は、チレアの「アドリアーナ・ルクヴルール」より「私は慎ましいしもべです」。
暗く叙情的な曲。
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5曲目は、ラフマニノフの「美しい人よ、私のために歌わないで」。
ドラマティックで、最後のロングトーンがステキ。
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5曲目が終わり、さすがにもう終わりだろうと誰もが思っている中、6曲目を歌うとわかったとき、場内からは、大きなどよめきが起きた。
その6曲目は、ラフマニノフの「12の歌」より「アンサー」。
暗く短い叙情的な曲。
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さすがに、もう終わりだろう、と誰もが思っていたら、7曲目を歌うと判ると、会場はもはや「笑い」をも含んで、大きくどよめいたのだった。
最後、7曲目は、ファリャの「7つのスペイン民謡」より「ナナ」。
これも、短い叙情的な曲。
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1階から3階まで、「完全スタンディングオベーション状態」。
しかも、ご承知のとおり、コロナ禍以降、どこのホールでも、飛沫の関係からか、「ブラヴォーは、心の中でしていただき、大きな拍手(のみ)でお応えください」、という状況が続いて来ているのだが、この日はもう完全に「解禁」状態。劇場は未だ解禁していないんですけど(笑)。
聴衆全員の暗黙の了解と納得の中で、ガランチャさんが「ブラヴォー」を劇場に呼び戻した。
これはもう、事件ではなく、必然なのだ。そういう圧巻のコンサートだった。
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プログラム
【第一部】
1.ブラームスの歌曲より
(1)「愛のまこと」作品3-1
(2)「秘めごと」作品71-3
(3)「僕らはそぞろ歩いた」作品96-2
(4)「ああ、帰り道がわかるなら」作品63-8
(5)「昔の恋」作品72-1
(6)「五月の夜」作品43-2
(7)「永遠の愛について」作品43-1
2.ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」より
「燃える恋の思いに」
3.ピアノソロで、ドビュッシー「月の光」
4.サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」より
「あなたの声で心は開く」
5.グノー:歌劇「サバの女王」より「身分がなくても偉大な方」
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(休憩)
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【第二部】
1.チャイコフスキー:歌劇「オルレアンの少女」より
「さようなら、故郷の丘」
2.ラフマニノフの歌曲より
(1)「信じないでほしい、恋人よ」作品17-7
(2)「夢」作品8-5
(3)「おお、悲しまないで」作品14-8
(4)「春のせせらぎ」作品14-11
3.ピアノソロで、アルベニス「タンゴ ニ長調」
4.バルビエリ:サルスエラ「ラバピエスの小理髪師」から
「パロマの歌」
5.ルぺルト・チャピ:サルスエラ「エル・パルキレロ」より
「とても深いとき」
6.ルぺルト・チャピ:サルスエラ「セベデオの娘たち」より
「とらわれし人の歌(私が愛を捧げたあの人のことを思うたび)」
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アンコール
1.ビゼー:歌劇「カルメン」より「ハバネラ」
2.プッチーニ:歌劇「ジャン二・スキッキ」より「私のお父さん」
3.マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「ママも知る通り」
4.チレア「アドリアーナ・ルクヴルール」より「私は慎ましいしもべです」
5.ラフマニノフ「美しい人よ、私のために歌わないで」
6.ラフマニノフ「12の歌」より「アンサー」
7.ファリャ「7つのスペイン民謡」より「ナナ」
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