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2022年6月29日 (水)

エリーナ・ガランチャさんに魅せられた夜   アンコールは驚異の7曲

エリーナ・ガランチャさんの来日リサイタルを6月29日夜、すみだトリフォニーホールで拝聴した。大ホールの3階までギッシリ満員。一人の歌手のリサイタルで、ここまで集客できる歌手は、世界でも、この1976年ラトヴィア生まれのメゾ・ソプラノ歌手の他、ごく少数に限定されるだろう。東京での公演は前日との2日間で、前日も満員だったそうだから、人気の凄さが判るし、その人気度が、「実力どおり」であることを実感した素晴らしいリサイタルだった。ピアノはマルコム・マルティノーさん。

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本来は2020年5月に予定されていた公演で、コロナ禍入り直後ゆえ延期になり、よくやく実現できた来日公演。全曲目は最下段に記載するが、曲順に、少しずつ感想を記して行きたい。

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ブラームスの1曲目が開始されて直ぐに思ったことは、「言葉の響きに意味がある」、ということ。この日、最後まで、「世界中で称賛される優れた歌手とは、どういう要素を持っているのだろうか?」、ということを考えながら聴いていたのだが、結果的には、もう、最初の数小節で、その答えが出ていたのかもしれない。凄いことだと思う。

「mP」や「mF」の部分でも、ステージから遠い客席にいる聴衆にも、決して不満に感じないレベルで十分に届いてくる歌声。それは、響が豊かで美しいというだけでなく、発せられる言葉が、「丸暗記した外国語」ではなく、自分の考えと気持ちで整理し、吟味し、意味を持たせた「生きた言葉」として発せられているから、どんなに大きなホールでの、抑制された音量による歌唱でも、言葉を乗せた響きが、有機的な波動として聴衆に届くのだと思う。

もう少し付け加えることが有るが、それは後半に付記したい。

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ブラームスの「秘めごと」での清らかな潤い。オペラアリアではなく、リートとしての歌唱を示した「僕らはそぞろ歩いた」。語りの巧さを示した「ああ、帰り道がわかるなら」と「五月の夜」。情感豊かに内面を掘り下げた「昔の恋」。オペアラリア的なスケール感のあった「永遠の愛について」。

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ベルリオーズの「ファウストの劫罰」より「燃える恋の思いに」は、叙情的にして、オペラアリアとしての魅力を示した。

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マルコム・マルティノーさんによるドビュッシーの「月の光」は、とてもエレガントで美しい演奏。何人で何回聴いたか分からないこの曲だが、最高に美しい演奏の一つだと思った。素晴らしいピアニスト。

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サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」より有名なアリア「あなたの声で心は開く」は、幾分速めのテンポにより、贅肉を削ぎ落したアプローチながら、1音1音のヴィブラートに説得力がある名唱で、最後の「サムソン」と語りかけ、「F~Es~Des」と降りてくる部分は、信じられないくらい非常に美しかった。

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前半最後の曲、グノーの歌劇「サバの女王」より「身分がなくても偉大な方」は、語りの巧さと、オペラアリアの堂々たる歌唱のミックスが素晴らしかった。

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休憩後の後半1曲目は、チャイコフスキーの歌劇「オルレアンの少女」より「さようなら、故郷の丘」。

次いで、ラフマニノフの歌曲を4曲で、「信じないでほしい、恋人よ」、「夢」、「おお、悲しまないで」、「春のせせらぎ」。

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これらの曲を聴いていて思ったことは、どんなに劇的な部分でも、ガランチャさんの声の根底には、清らかさと哀愁があるということ。そして、低音部分においても、決して「重たく沈み込まない」ということ。常に無理のない発声において、音の厚みと美しさを保つことが根底にあっての、高低音域の行き来における表現なのだ、ということ。

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高さと長さの異なるロングトーンでも、基本は、ブレのない一定の厚み、艶、響の美しさを基盤としながら、場面に応じて微妙にヴィブラートの量や音量、トーンの音色を変えているので、同じ「ロングトーン」として一括り出来ない、それぞれが魅力的な響きを持ち、また、先述のとおり、都度、「伝えるべき感情や意図をもった言葉」として語りかけてくるので、その相乗効果により、聴衆に圧倒的な説得力と魅力をもった歌声として届いてくるのだ。

彼女の歌声が美しく魅力的なのは、常に語るべき意味をもった言葉として響き、ヴィブラートの調整による多彩なトーンを伴い、伸びやかに聴衆に伝わるからだと思った。

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マルティノーさんにピアノソロで、アルベニス(1860~1909)の「タンゴ ニ長調」。優しさのあるユーモラスなリズムによる素敵な演奏。

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バルビエリ(1823~1894)のサルスエラ「ラバピエスの小理髪師」から「パロマの歌」。この曲を含む以下の3曲は初めて聴いたし、ここからは、ラテン的な雰囲気の曲想に変わるので、ガランチャさんも、曲自体を楽しんで歌うようなアプローチに変えたように思う。「パロマの歌」は、明るい曲で、この日、初めて「アレグロの曲」が登場した。

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ルぺルト・チャピ(1851~1909)のサルスエラ「エル・パルキレロ」より「とても深いとき」は、物語を感じる深みのある曲で、印象的だった。

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同じく、チャピのサルスエラ「セベデオの娘たち」より「とらわれし人の歌(私が愛を捧げたあの人のことを思うたび)」は、アレグロの流れによる、舞曲的な曲。

この正規プログラムが終わった段階で、早くも~ここ2年、どこのホールでも禁じている~「ブラヴォー」が出始めた。

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アンコールは以下のとおり、なんと7曲も歌われた。

それも、各曲、歌う前に、英語で、時折、聴衆を笑わせながら、というサービス満点の進行でのアンコール「特集」となった。

そのアンコールの1曲目は、ビゼーの歌劇「カルメン」より「ハバネラ」。

「待ってました」という曲。ガランチャさんのカルメンは、色気だけでなく、気品があるので、「カルメンは、本当はピュア女性かも」と「勘違い」してしまうほどの魅力があり、その美声で、「L'amour」などと歌われたもんには、「落ちない男性はいない」と思ってしまう。

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アンコールの2曲目は、プッチーニの歌劇「ジャン二・スキッキ」より「私のお父さん」。

これまで、ライヴと録音を合わせたら、たぶん50人くらいの歌声で聴いている曲だが、幾分速めのテンポながら、最も美しい歌唱の一つであるだけでなく、エンディング近くでは、間合いを大きく取り、ニュアンス豊かに歌われ、単なるアンコール・ピースとして終わらせようなどという考えが全くない、真摯で誠実な歌唱でもあった。これこそ一流の歌手によるアンコール歌唱だ。

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3曲目は、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「ママも知る通り」。

深々とした、正に「メゾ」の声を堪能した。

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4曲目は、チレアの「アドリアーナ・ルクヴルール」より「私は慎ましいしもべです」。

暗く叙情的な曲。

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5曲目は、ラフマニノフの「美しい人よ、私のために歌わないで」。

ドラマティックで、最後のロングトーンがステキ。

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5曲目が終わり、さすがにもう終わりだろうと誰もが思っている中、6曲目を歌うとわかったとき、場内からは、大きなどよめきが起きた。

その6曲目は、ラフマニノフの「12の歌」より「アンサー」。

暗く短い叙情的な曲。

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さすがに、もう終わりだろう、と誰もが思っていたら、7曲目を歌うと判ると、会場はもはや「笑い」をも含んで、大きくどよめいたのだった。

最後、7曲目は、ファリャの「7つのスペイン民謡」より「ナナ」。

これも、短い叙情的な曲。

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1階から3階まで、「完全スタンディングオベーション状態」。

しかも、ご承知のとおり、コロナ禍以降、どこのホールでも、飛沫の関係からか、「ブラヴォーは、心の中でしていただき、大きな拍手(のみ)でお応えください」、という状況が続いて来ているのだが、この日はもう完全に「解禁」状態。劇場は未だ解禁していないんですけど(笑)。

聴衆全員の暗黙の了解と納得の中で、ガランチャさんが「ブラヴォー」を劇場に呼び戻した。

これはもう、事件ではなく、必然なのだ。そういう圧巻のコンサートだった。

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プログラム

【第一部】

1.ブラームスの歌曲より

(1)「愛のまこと」作品3-1

(2)「秘めごと」作品71-3

(3)「僕らはそぞろ歩いた」作品96-2

(4)「ああ、帰り道がわかるなら」作品63-8

(5)「昔の恋」作品72-1

(6)「五月の夜」作品43-2

(7)「永遠の愛について」作品43-1

2.ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」より

「燃える恋の思いに」

3.ピアノソロで、ドビュッシー「月の光」

4.サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」より

「あなたの声で心は開く」

5.グノー:歌劇「サバの女王」より「身分がなくても偉大な方」

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 (休憩)

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【第二部】

1.チャイコフスキー:歌劇「オルレアンの少女」より

「さようなら、故郷の丘」

2.ラフマニノフの歌曲より

(1)「信じないでほしい、恋人よ」作品17-7

(2)「夢」作品8-5

(3)「おお、悲しまないで」作品14-8

(4)「春のせせらぎ」作品14-11

3.ピアノソロで、アルベニス「タンゴ ニ長調」

4.バルビエリ:サルスエラ「ラバピエスの小理髪師」から

「パロマの歌」

5.ルぺルト・チャピ:サルスエラ「エル・パルキレロ」より

「とても深いとき」

6.ルぺルト・チャピ:サルスエラ「セベデオの娘たち」より

「とらわれし人の歌(私が愛を捧げたあの人のことを思うたび)」

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アンコール

1.ビゼー:歌劇「カルメン」より「ハバネラ」

2.プッチーニ:歌劇「ジャン二・スキッキ」より「私のお父さん」

3.マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「ママも知る通り」

4.チレア「アドリアーナ・ルクヴルール」より「私は慎ましいしもべです」

5.ラフマニノフ「美しい人よ、私のために歌わないで」

6.ラフマニノフ「12の歌」より「アンサー」

7.ファリャ「7つのスペイン民謡」より「ナナ」

2022年6月26日 (日)

田部京子さん~浜離宮朝日ホール~内面的深みの表現の見事さ

田部京子さんの浜離宮朝日ホールにおけるリサイタルを、6月26日午後、拝聴した。

演奏曲は、今月12日に、名古屋の宗次ホールで拝聴した曲と全く同じで、ブラームスの3つの間奏曲、シューベルトの3つのピアノ曲(即興曲)、シューマンのピアノ・ソナタ第1番、の3曲。

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指揮者やソリストは、そのときの感興だけではなく、ホールの大きさや音響状態などの状況(反応状況等)により、微妙にテンポやニュアンス、アプローチを変えることは、ある意味、常識的判断と行為と言えるだろう。それだからこそライヴは面白いのであり、録音とは決定的に違う点(要素)だ。

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最初の1曲目のブラームス:3つの間奏曲 Op.117でも、第1曲の変ホ長調は、宗次ホールでは、ある種楽天的で、対話のような温かさを感じたのに対して、この日は、もっと内省的で、独白的、詩的な演奏に思えた。

第2曲の変ロ短調も、宗次ホールでは、響きに委ねる中で、流麗感を際立っていたのに対し、この日は、曲の構成や曲想を丁寧にあぶり出すことで、曲の内面と、田部さんの内面の思いが交錯するような、流動感以上に、深い所での対話が行われている様なアプローチに感じられた。

第3曲の嬰ハ短調の中間部の美しさは、宗次ホールと変わらぬ清々しい演奏。そこから再び内省的な曲想に戻っていく対比の妙が素敵だった。

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プログラム2曲目の、シューベルトの3つのピアノ曲(即興曲)D.946も、内省的な感興を強く感じた点で、ブラームスと同じだった。

第1曲の変ホ短調における、パッションと穏やかさの対比。宗次ホール同様、この曲が即興曲たる所以と、優れた曲であるかを、田部さんは確実に聴衆に伝えた。

第2曲の変ホ長調の詩情。各場面における色分けの見事さ。

第3曲のハ長調の躍動感と流麗さが、スケール感をもって喜びに溢れた曲としての音楽を創り出した。

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休憩後のシューマンのピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 Op.11

第1楽章では、序奏部分でのロマン性と、主部に入ってからの、リズムとメロディーで、強調される部分の入れ替わりが絶妙だったし、宗次ホールでのロマン性に対し、もう少し、古典的な、構造の強調を感じさせる演奏だった。

第2楽章の美しさ、清々しさは、宗次ホールでの演奏以上だったかもしれない。

第3楽章でのリズム処理の見事さは、宗次ホールと同じだが、この日は「和音の美しさとダイナミズム」が、より際立っていたように思った。

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第4楽章は、「この楽章だけで一つの独立した曲」と言えるほど、複雑で多様な要素が次々と登場してくる凄い曲なのだが、この日も、田部さんは、アグレッシブ感を持って解き明かして行き、曲に内在する情熱的なドラマを炙り出し、描いて行ったのだが、同時に、常に作品の構造全体を俯瞰して、理知的なコントロールにより、豊かなダイナミズムとロマン性を湛えた演奏を披露されたのが素晴らしい。

この楽章だけでも、このコンサートを聴く価値が十二分にある、そういう演奏だった。

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アンコールは、宗次ホールと同じで、シューマンの「交響的練習曲」Op.13 変奏4(遺作)と、シューマン:リスト編曲の「献呈」。

前者は、宗次ホールでの演奏以上に、密やかで、神秘的にして叙情的であったように感じたし、後者での喜びに満ちた、開放的と言えるほどのスケール感あるロマンが素晴らしかった。

聴衆の長く大きな拍手をもって、このコンサートは終了した。

2022年6月24日 (金)

二期会デイズ~東京二期会物語~青碧の時代

二期会70周年~東京二期会物語~青碧の時代

特に、年齢を感じさせない大倉由紀枝さんに感動

「二期会デイズ」として6月24日から26日の3日間、サントリーホールのブルーローズで開催される企画コンサートの初日を拝聴した。

この日は、「東京二期会物語~青碧の時代~」と題され、1952年に、ソプラノの三宅春惠、アルトの川崎靜子、テノールの柴田睦陸、バリトン中山悌一の4名が中心となり、総勢16名で結成された「二期会」の70周年に際し、その誕生逸話の寸劇を交えながら進行するコンサート。

この4人は、若くしてビクターレコードと契約し、数々の録音を発表して、30代前半で声楽界の四天王と呼ばれていたとのこと。

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この日の出演者は下記のとおりで、レジェンドとも言えるベテランと、中堅世代のコラボのような構成だったが、もはや大御所と言うべきベテラン歌手の皆さんが特に素晴らしかったし、後述のとおり、会場に流された録音での、三宅春惠さんと川崎靜子さんの歌声は、仰天するほど素晴らしかった。

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なお、寸劇は、三宅春惠役を種谷典子さんが、川崎靜子役を成田伊美(よしみ)さんが、柴田睦陸役を山本耕平さんが、中山悌一役を加耒徹さんが、それぞれ演じた。

構成、台本、ナビゲーター(司会)は、テノールの高田正人さん。

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「二期会」の名称は、それまでの我が国におけるオペラ・声楽運動を「第一期」とみなし、その時代の先人たちの労苦を偲ぶとともに、その遺業を継承し、さらに発展させることを目的とすることを「第二期」とすることから命名された。現在は、会員、準会員合わせて2,700名以上在籍されている。

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出演者

ソプラノ:大倉由紀枝、佐々木典子、全詠玉、種谷典子

メゾソプラノ:成田伊美

テノール:成田勝美、福井敬、山本耕平

バリトン:大島幾雄、加耒徹

ピアノ :山田武彦

構成、台本、ナビゲーター(司会):高田正人(テノール)

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プログラム

1.プッチーニ:『ラ・ボエーム』より

「さようなら、甘い目覚めよ」(惜別の四重唱)」

ロドルフォ:福井 敬、ミミ:大倉由紀枝、

ムゼッタ:全 詠玉、マルチェッロ:大島幾雄

大倉由紀枝さんは、久しぶりに聴かせていただいたが、外見の美しさといい、衰えを感じさせない安定した歌唱といい、とても素晴らしかった。高田さんとのインタビューの中で、「二期会が誕生した年に生まれました」と、カミングアクトされたのだが、とても、70歳には思えない歌唱力と美貌に、高田さんも私も含めて、会場中が大いに沸いた。まだ現役として十分ステージに立てる歌唱で、実に見事だった。

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また、「1986年の1月に出産し、11月にはオペラで歌いました。その前、そろそろ子供が欲しいと思った時期、子持ちで歌われている先輩たちに、「出産後、いつごろから歌えますか?」と質問すると、「3か月後には歌えるわよ」、と言われましたし、実際、私は、さっき11月にオペラに出たと言いましたが、実は3月には、他の場で歌っていたんです」、というコメントにも、大いに感じ入った。

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私は、大倉さんには少し思い出があって、1986年4月に、山田一雄さん指揮で、マーラーの「千人」に合唱で出た際、全員での最初のリハーサルが立教小学校であり、会場に行ったとき、下駄箱で大倉さんとバッタリご一緒(遭遇)したのだった。あのとき、既に生後3か月のお子さんがいたんだ、と、この日、初めて知った。

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今でこそ、ママさん歌手は、大勢いらっしゃるが、ご家族等、周辺のサポートの大変さ、大事さは、大倉さんが出産された36年前も今も同じだろうし、もっと以前、三宅春惠さんも川崎靜子さんもママさん歌手だったそうだから、50年以上も前に、見事に両立させて、名歌手になられた大先輩がいたわけだ。

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音楽家に限らず、また、結婚の有無に関係なく、「ずっと働いていたい」という人生観に立つ女性にとっては、いざ、結婚や出産を選択する場合、その両立の大変さは、独身男性には想像も付かないが、「ずっと歌い続けたい。演奏活動を続けたい。仕事を続けたい」と強く思う人は、その両立が叶うだろうし、実際、そういう音楽家や会社員等を、直接間接、たくさん知っている。他の男性諸氏も、同じく感じているに違いない。結局、「思う力の強さと、活動を継続させる事こそが大事」で、それが「活躍できるか否かを決める要因」なのだと思う。

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2.ヴェルディ:『オテロ』より「神にかけて誓う」

オテロ:成田勝美、イアーゴ:大島幾雄

成田勝美さんは久しぶりに聴かせていただいたが、若々しく、衰えの無い声量が素晴らしい。

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録音の紹介

三宅春惠さんが歌う『夕鶴』より「つう」のアリア。

清々しく透明感ある声に驚く。MCの高田さんも言及されていたが、「今、ここで歌われているかのような」、全く「昔」感のない初々しい声で、実に素晴らしかった。この時代に、既にこんなにハイレベルでステキ歌手がいたのだ。

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3.團 伊玖磨:『夕鶴』より

「与ひょう、私の大事な与ひょう」~つう:種谷典子

本日、三宅春惠役を務めるに際しての、初挑戦の歌唱。

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録音の紹介

川崎靜子さんが日本語で歌う「カルメン」の「ハバネラ」

メゾと言うより、ソプラノの質感を感じさせる美声で、とても魅力的だった。三宅さんと同じく、「この時代に、既にこんなにハイレベルでステキ歌手がいたのだ」。

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4.ビゼー:『カルメン』より「ハバネラ」

カルメン:成田伊美

成田伊美さん~成田勝美さんの娘さん~は、初めて聴かせていただいたかもしれない。とても魅力的なメゾ。

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5.ヴェルディ:『ドン・カルロ』より「われらの胸に友情を」

ドン・カルロ:福井 敬、ロドリーゴ:加耒 徹

二期会オペラ研修所マスタークラスを最優秀の成績で修了した歌手に「川崎静子賞」が贈られるが、福井さんと加耒さんも受賞者。迫力ある二重唱だった。

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6.R.シュトラウス:『ばらの騎士』より「心から愛しています」

元帥夫人:佐々木典子、オクタヴィアン:成田伊美、

ゾフィー:全 詠玉

佐々木典子さんの元帥夫人は、久しぶりに聴かせていただいた。私の憧れの歌手の一人。

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(休憩)

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7.モーツァルト:『フィガロの結婚』より「そよ風に(手紙の二重唱)」

伯爵夫人:大倉由紀枝、スザンナ:種谷典子

この曲でも、断然、大倉由紀枝さんが魅力的だった。

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8.ヴェルディ:『椿姫』より

 (1)「プロヴァンスの陸と海」~ジェルモン:大島幾雄

 (2)「パリを離れて」

ヴィオレッタ:全 詠玉、アルフレード:山本耕平

大島さんの安定感。全さんと山本さんの初々しいデュオ。

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9.ワーグナー:『タンホイザー』より「親愛なる歌の殿堂よ」

エリーザベト:佐々木典子

素晴らしいエリーザベトの歌声。さずが、元ウィーン国立歌劇場専属歌手。

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10.ワーグナー:『ワルキューレ』より「我が名こそジークムント」

ジークムント:成田勝美

圧巻と言えるほど、見事。高田さんとのインタビューでは、ワーグナーを歌うようになったキッカケや、「35年間、楽しいことも沢山あったが、苦しいことも沢山あった。都度、多くの先輩に相談して乗り越えて来た」という主旨の話は特に印象的だった。

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11.ヴェルディ:『リゴレット』より「いつかあなたに会った時から」

マントヴァ公爵:山本耕平、リゴレット:加耒 徹、

ジルダ:種谷典子、マッダレーナ:成田伊美

アンサンブルとしては、この日、最高に魅力的だったかもしれない。

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12.プッチーニ:『トゥーランドット』より「誰も寝てはならぬ」

カラフ:成田勝美、福井 敬、高田正人、山本耕平

「お祭り」としての、迫力ある楽しいエンディング。

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アンコール

ヴェルディ「乾杯の歌」

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最後になったが、高田さんの司会は、いつにも増して丁寧で、とても良かったし、出演者へのインタビューも含めて「面白さ」もあった。大抵1つか2つ生じる「進行ミス」も、結果的には、ほとんど「受け狙い」の域にあると言える。

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これからも、益々、二期会による公演が楽しみになった。そう強く感じさせてくれる、素晴らしい企画によるコンサートだった。

 

http://www.nikikai21.net/concert/days_2022.html

2022年6月22日 (水)

森谷真理さん~シューマン夫妻とマーラー夫妻の曲による公演

「圧巻を封じ、抒情性で魅了のリサイタル」

今や人気実力とも、トップレベルにある売れっ子ソプラノ歌手、森谷真理さんのリサイタルを6月22日夜、紀尾井ホールで拝聴した。ピアノは、もはや「不動の」と言うべき河原忠之さん。

5月のトッパンホールにおける、大西宇宙さんとの「ヴェルディ特集」のデュオ公演は、正に「圧巻」のデュオ・リサイタルだったが、この日は、オペラアリアは皆無の、歌曲のみの公演なので、全く対照的に、圧巻を封じ込め、叙情性で勝負して聴衆を魅了した、極めて印象的な公演で、「ああ、素敵なリサイタルを聴かせていただいたなあ」と思いながら家路に向かったのだった。

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近現代の作品を含め、オペラで大活躍中の森谷さんが、敢えて歌曲のみのリサイタルを開催されたこと自体に、彼女の歌曲に対する強い思いと決意を感じたし、勉強の場としてはアメリカが長かったとはいえ、専属歌手を務めたリンツ州立劇場をはじめ、ウィーン・フォルクスオーパー、ライプツィヒ・オペラ等でキャリアを積んできた彼女にとって、「ドイツ歌曲のみによるリサイタル」は、挑戦と同時に、これまでの(一旦の)総括的な意味合いもあるかと想像する。

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どんなに国内外のオペラハウスで活躍されていても、多くの歌手にとって、「歌曲によるリサイタル」による充実感、達成感は格別なものだろうと想像するし、「完成度の高い歌曲リサイタルの実現」こそ、大きな目標の一つでもあるのだろうと想像する。

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この日、コンサートに付けられた「感応し合う魂、二つの愛の形」という副題は、プログラムが、シューマン夫妻とマーラー夫妻の歌曲によるもの。詳細な曲目は最下段に記すが、概要を先に記載すると、

まず、クララ・シューマンの「6つの歌曲」。次いで、ロベルト・シューマンの「リーダークライス」から3曲と、「ミルテの花」から3曲。

休憩後の後半に、アルマ・マーラーの歌曲3曲と、グスタフ・マーラーの「フリードリヒ・リュッケルトの詩による5つの歌」。

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感想

クララ・シューマンの「6つの歌曲」は、どれも穏やかさを基調とした曲で、森谷さんは、ノン・ヴィブラートと言えるほどの、敢えて響きを薄くしたり、語彙の明瞭さを基本とした丁寧さに徹し、トーンとフレージングで魅了した。とりわけ、第6曲の「無言の蓮の花」がステキだった。

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ロベルト・シューマンの「リーダークライス」から3曲と、「ミルテの花」からの3曲、合計6曲を連続して歌われた。

ロベルトによる曲は、ダイナミズムを含めて、多くの要素が混じり入るが、森谷さんは、控えめな点も含めた表現力が見事だった。「リーダークライス」では「森の対話」、「ミルテの花」では、「くるみの木」と「睡蓮の花」がステキで、とりわけ、「くるみの木」の叙情性が素晴らしかった。

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休憩後の最初は、アルマ・マーラーの歌曲を3曲。

クララ・シューマンにしても、アルマにしても、ロベルトやグスタフに比べてしまうと、作品自体に「単純さ(幼さ)」を感じてしまうが~それゆえ、ピュアとも言えるが~、しかし、その中にあって、アルマの「エクスタシー」は、スケール感のある素晴らしい曲で、初めて聴いたが「名曲だな」、と思った。

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プログラム最後は、グスタフ・マーラーの「フリードリヒ・リュッケルトの詩による5つの歌」。

1曲目「私の歌を覗き見しないで」の語り。2曲目「私は仄かな香りを吸い込んだ」の愛に満ちた素晴らしい歌唱。3曲目「美しさゆえに愛するのなら」の表現力の幅広さと響きの美しさ。4曲目「真夜中に」での前半の寂しさと、後半一転してのスケール感という対比を含めた表現の見事さ。5曲目「私はこの世に捨てられて」での、祈りにも似た深い情感。

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森谷さんのプログラムに対する入念な熟考について

この5曲は、曲の順序についての指定がないので、演奏者に委ねられているとも言える。

森谷さんは当初、プログラム上は、1曲目「私の歌を覗き見しないで」と2曲目「私は仄かな香りを吸い込んだ」の次に、3曲目「私はこの世に捨てられて」、4曲目「真夜中に」、5曲目「美しさゆえに愛するのなら」とされていたが、当日、会場で配布された「曲順変更のお知らせ」では、3「真夜中に」、4「美しさゆえに愛するのなら」、5「私はこの世に捨てられて」と、された。

ところが、更に休憩後、後半が始まる前にアナウンスあり、再度変更しますとして、3「美しさゆえに愛するのなら」、4「真夜中に」、5「私はこの世に捨てられて」に変わった。

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このことからも、森谷さんが、如何に入念に曲目配置を熟考されているかが解ったし、終曲に「私はこの世に捨てられて」を持ってきたことの意味合いが十分感じられる、豊饒な叙情、「しっとり感」に満ちた余韻を湛えてのエンディグだった。

そして、「しっとりの極致」ではあっても、森谷さんの歌声には、常に楽天的とも言える「明るさ」があるのだ。この明るさは、森谷さんの大きな個性、性質(要素)だと思う。

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プログラム全曲が終わり、数回のカーテンコールの中、河原さんが「ピアノのフタを閉じ」、「アンコールはナシ」を周知した。

確かに「これだけの、しっとり感の後では、アンコールは不要」だと思うし、シューベルトの「未完成」と同じく、「この後に続く曲はない」とされた判断、姿勢には、大いに共感し、納得できたのだった。

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なお、敢えて最後に記すが、森谷さんのマネジメント会社である「ジャパン・アーツ」のホームページで、森谷さんは、「公演によせて」として、こう書かれているので、ご紹介し、この文を終えたい。

「ライフワークとして歌曲作品のリサイタルを毎年開催していきたいと思っていますが、その第一弾として、クララ・シューマン、ロベルト・シューマン、アルマ・マーラー、グスタフ・マーラーの作品を取り上げます。昨年、クララ・シューマンの歌曲に出会い、その作品の数々に心惹かれ、そしてロベルト・シューマンの歌曲の世界への興味に繋がりました。また、長年、グスタフ・マーラーのリュッケルト歌曲集に取り組みたいと思っていましたが、今回共演するピアニストの河原忠之さんからアルマ・マーラーの歌曲を紹介していただきました(後略)」

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曲目

1.クララ・シューマン:「6つの歌曲」op.13

(1)私は暗い夢の中で立っていた

(2)彼らは愛し合っていた

(3)愛の魔法

(4)月は静かに昇った

(5)私はあなたの瞳に

(6)無言のはすの花

2.ロベルト・シューマン

(1)「リーダークライス」op.39 より

①「異郷にて」

②「間奏曲」

③「森の対話」

(2)「ミルテの花」op.25 より

①「献呈」

②「くるみの木」

③「睡蓮の花」

(休憩)

3.アルマ・マーラー

(1)「かすかに漂う最初の花」

(2)「私の夜をご存知ですか」

(3)「エクスタシー」

4.グスタフ・マーラー

「フリードリヒ・リュッケルトの詩による5つの歌」

(1)「私の歌を覗き見しないで」

(2)「私は仄かな香りを吸い込んだ」

(3)「美しさゆえに愛するのなら」

(4)「真夜中に」

(5)「私はこの世に捨てられて」

 

https://www.japanarts.co.jp/concert/p955/

2022年6月12日 (日)

田部京子さん~~宗次ホール~充実のリサイタル

田部京子さんのリサイタルを、6月12日午後、名古屋の宗次ホールで拝聴した。

演奏曲は、ブラームスの3つの間奏曲、シューベルトの3つのピアノ曲(即興曲)、シューマンのピアノ・ソナタ第1番、というプログラム。

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1曲目のブラームス:3つの間奏曲 Op.117

第1曲の変ホ長調

宗次ホールは、浴室のような「ムワ~ン」と響く空間なのだが、その空間においても、田部さんの音は、全く動じることなく、いつもながらの「芯」のある充実した音で奏でられる。

この有名な温かな歌を、田部さんは曲想を誠実に表現しているだけでなく、あたかも、「ブラームスさん、私は今、この曲をこうして感じています」と語りかけ、対話をしているような温かい雰囲気を創り出していたと感じた。

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第2曲の変ロ短調

音の量と神秘感の増したこの曲を、今度は瑞々しい流れをもって表現して行く。アルペジオ的な、あるいはショパン的とも言える音の波状と螺旋。一種、アラベスク風な曲想を、雄弁な左手を含めた「両手による音楽」として、魅了的な演奏をされた。

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第3曲の嬰ハ短調

ユニゾンによる内省的な物語が開始する。中間部では、美しい高音を含めた、開放的で流動感ある、全く別の物語が始まり、そして最後に、再び内省的な曲想に戻る。これらの対比、色分けの見事さ。

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総じて、ブラームスは「新古典派」などと言う観念的な言葉とは無縁の、豊かなロマン派としての音楽であることを、田部さんは見事に示された。

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プログラム2曲目は、シューベルトの3つのピアノ曲(即興曲)D.946

第1曲の変ホ短調

パッションある開始から、喜び、そして穏やかな曲想、パッションある曲想の再現、等々、多くの要素に彩られた曲で、正に即興曲であることを証明するとともに、この曲が如何に優れた曲であるかを、田部さんは強い説得力を持って聴衆に伝えた。

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第2曲の変ホ長調

独白的な明るい歌から開始し、暗く揺れる心理変化を表す曲想に変わり、再び独白的な歌に戻るが、長調旋律では、より大らかな歌となり、短調部分では激しい心理を映し出す。このように、この曲も第1曲同様、多くの要素に満ちた曲なのだが、それらの場面に応じた表現と音の充実感が素晴らしかった。

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第3曲のハ長調

リズムによる躍動感と流麗さ。ゴージャスさも感じさせるスケール感。「アウフタクトの音楽」であることの強調と、シンコペーションの強調により、豪快ともいえる音楽を創り出した。

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3曲全体で感じたことは、「田部さんにとって、シューベルトは特別なものだ」、ということ。そして、「田部さんのシューベルトは、他の誰とも違う、田部さん独自の、特別なものだ」、ということだった。

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休憩後の後半は、シューマンのピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 Op.11

第1楽章

冒頭。「これぞシューマンの音」と思える深くて濃い音。ほどなく、曲想がガラッと変わり、いわば、「ちょっと変わった曲」になるのだが、田部さんはその変化に誠実に付き合う。いや、付き合うというより、まるで「あなたは変ではない。個性的なだけだ」、と言うかの如く、情熱的に、意思的に、献身的なまでに、この複雑で、情念に満ちた曲想を解きほぐして行く。

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第2楽章

「トロイメライ」を連想させもする曲想だが、もっと爽やかで瑞々しい曲想を美しく聴かせてくれた。

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第3楽章

スケルツォ楽章におけるリズム処理の見事さ。雄大なダイナミズムが素晴らしかった。

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第4楽章

リズム的要素とメロディアスな要素。その行き交い。複雑で多様な要素を、果敢に汲み上げ、掘り下げて行くアグレッシブ感が素晴らしい。多彩で複雑な構造を解き明かしていくのだが、それは、数理的な解析とかではなく、曲に内在する情念に寄り添い、情熱的なドラマに果敢に入り込んで行った結果としての、田部さんの内面からの解答であり、表現の提示なのだ。

しかも、ドラマの中に入って、情念を抉(えぐ)り出しつつも、同時に、常に、作品の構造全体を俯瞰して、理知的なコントロールを踏まえて演奏しているのが素晴らしい。

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ポリーニのことを「求道者のようなピアニスト」と評した人がいたが、質感は全く違うけれど、田部さんにも「求道者」という言葉を感じる。係る哲学的な表現を使用することが好ましいかどうかは別として、田部さんの演奏の底辺には、常にストイックな精神を感じる。

ストイックと言っても、聴衆に冷たさを感じさせることは皆無で、常に温かな音楽を届けてくれる、そういうストイックさなのだ。

この日に演奏されたシューマンのソナタ第1番は、世界中のどのホールで演奏しても絶賛されるに違いない、最高レベルという意味での第一級のシューマン演奏だったと確信する。

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アンコールの1曲目は、シューマンの「交響的練習曲」Op.13変奏4(遺作)。

哀感と幻想性のある、実に魅力的な曲。

この曲が終わって、いったんソデに下がり、再登場したとき、なんと、田部さんがステージで話し始めたので驚いた。

公開レッスンなら、シャベらなければ始まらないし、メゾの林美智子さんとの共演の際は、林さんからトーク(コメント)を振られ、シャベらない訳にはいかなかった、ということはあったが、ソロのリサイタルにおいて、アンコールタイムの中とはいえ、田部さんが、ステージで自ら客席に話しかけるのは、今まで、ほとんど無かったのではないか、と推測する。

田部さんは次のような内容の挨拶をされた。

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「本日はご来場いただき、ありがとうございます。今日は前半に、ブラームスとシューベルトを、後半は、シューマンの若いときの作品である、ソナタ第1番を弾きました。今、アンコールとして弾いた曲は、シューマンの「交響的練習曲」の変奏4、遺作という作品です。もう1曲、シューマンの歌曲をリストが編曲した「献呈」を弾かせていただき、本日の最後とさせていただきたいと思います。本日は、お越しいただき、ありがとうございました」。

そして、「献呈」の演奏。素晴らしい編曲による曲を、ロマン溢れる演奏によって、充実のリサイタルを締めくくられた。

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演奏曲

1.ブラームス:3つの間奏曲 Op.117

2.シューベルト:3つのピアノ曲(即興曲)D.946

3.シューマン:ピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調 Op.11

アンコール

1.シューマン:「交響的練習曲」Op.13 変奏4(遺作)

2.シューマン:リスト編曲「献呈」

 

https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-2950.html

2022年6月 5日 (日)

大塚 茜さん~ニーノ・ロータのフルートソナタを演奏

大塚 茜さん~ニーノ・ロータのフルートソナタを演奏

久しぶりに大塚 茜さんのフルート演奏を聴いた。大塚さんの吹くフルートのトーンは常に温かく、聴く者を幸せな気持ちにしてくれる。

共演はハープの宮本あゆみさん。大塚さんが「そろそろ、ユニット名を付けないと、と思うくらい」共演されているので、ほとんど盟友に近くなっていると言える。

6月4日の午後、会場は雑司ヶ谷の「平光広場」。広場と言っても屋外ではなく、小さな空間(部屋)だが、満員で、目算で60人前後はいたと思う。

2人には既に常連が多数いて、男女を問わないが、若い人以上に、中年以上の年配衆が多そうなのが面白い。

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大塚さんが、1月ころ、体調を崩されたことは全く知らなかったが、この日の演奏では、それを伺わせるような点は皆無で、全く問題なく、素晴らしい演奏をされたので、完全快癒されたに違いない。

ハープの宮本あゆみさんは、これまでに、橋 幸夫さん、中丸三千繪さんとも共演され、最近は、「葉加瀬太郎オーケストラコンサート2022 The Symphonic Sessions」のメンバーとして各地のツアーに同行されるなど、ジャンルを問わず活躍されている。

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演奏曲は(ほぼ)以下のとおりだが、プログラムは配布されなかったし、口頭で順次アナウンスされる曲をメモしていたわけではないので、1~2曲ほど抜け落ちていると思うし、曲順も多少違うと思うが、概要はお示ししたい。

前半は主にポップス系の曲で、休憩後の後半はクラシック色が増す、という構成。

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1.松任谷由実「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」

2.「Woman」~"Wの悲劇"より

とりわけ、素晴らしかった。

3.久石譲.:「風の通り道」

4.ニコライ・カスプーチン作曲の曲

5.宮本あゆみ作曲「アネモネ」

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(休憩)

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6.ショパン:ノクターン~嬰ハ短調 遺作

7.「もののけ姫」より1曲。

大塚さんは、冒頭とエンディングで、尺八に似た音を出す奏法を用いるなど、興味深かった。

8.ニーノ・ロータ:映画「ロミオとジュリエット」~テーマ

名曲の名演。

9.ニーノ・ロータ:フルートとハープのためのソナタ

ニーノ・ロータ(1911年~1979)の27歳のときの作品。

3楽章制、特に第1、第2楽章は、ゆったり感あるロマンティックな曲。

ニーノ・ロータというと、どうしても映画音楽のイメージがあるし、実際、「太陽がいっぱい」、「ロミオとジュリエット」、「ゴッドファーザー」等、有名曲があるが、交響曲は3曲、オペラを1曲、弦楽のための協奏曲、トロンボーン協奏曲、ファゴット協奏曲なども作曲していたことを、今回、帰宅後に調べて、初めて知った次第。

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アンコール

「ネッラ・ファンタジア」(原曲は、映画『ミッション』で使用されたエンニオ・モリコーネ作曲『ガブリエルのオーボエ』)

この大好きな、素敵な曲で締めくくってくれたのも、とても嬉しかった。

 

https://m.facebook.com/pg/akanefl/posts/

 

https://blogtag.ameba.jp/news/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E8%8C%9C

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