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2022年2月 6日 (日)

新作オペラ「禅」~ZEN~

叙情的メロディーメーカーの渡辺俊幸さん作曲による新作オペラの初演なので、大いに期待し、今回初めて行く会場の高崎芸術劇場に、2月6日午後、出かけた。

結果は、残念ながら期待に応えてくれる内容ではなかった。理由は後述する。

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2会場での初演公演作品で、1月23日の金沢に続く高崎公演の主催者は高崎財団。なお、金沢公演の主催者は、金沢芸術創造財団と石川県音楽文化振興事業団。

管弦楽は、両公演とも、オーケストラ・アンサンブル金沢で、高崎での合唱は、高崎オペラ合唱団。

指揮は、当初予定されていたヘンリク・シェーファー氏が、昨今の事情で来日できなくなったため、副指揮者を務めていた鈴木恵里奈さんが指揮をした。鈴木さんにとってはラッキーなチャンスで、良かったと思う。

演出は、三浦安浩さん。

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作品の内容やいきさつとしては、2020年が、仏教学者の鈴木大拙(1870~1966)と、哲学者の西田幾多郎(1870~1945)の生誕150周年記念だったことから、オーケストラ・アンサンブル金沢の元ゼネラルマネージャーで、今作の総合プロデューサーである山田正幸さんが、この2人を主人公とした物語の台本を、金沢で教員生活を送り、台本を書き、鈴木大拙館の館長も努めた松田章一さんに依頼し、渡辺俊幸さんが作曲を担当しての新作オペラ。

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よって、時代設定が1900年前後から1945年に及び、鈴木大拙がアメリカ人女性と結婚していたことから、舞台設定も金沢、ニューヨークの他、乃木希典が学習院院長だった時期に、鈴木と西田も同校の教員だったことから、学習院も加え、更に、終戦直後に来日したマッカーサーも登場させる~これは、松田氏の意向ではなく、山田プロデューサーの意向とのこと~など、設定自体に、相当無理があるとも言える。

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劇の主題としては、当時では珍しかった国際結婚の鈴木夫妻の物語と、マッカーサーが禅や仏教を含めた西洋と東洋の架け橋に関心を寄せて(という設定)の、希望的願望的な博愛主義を謳うなど、相当ご都合主義とも言える内容でもある。

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よって、歌も日本語の英語による歌が入り混じるが、これは良いとしても、また、抒情的で親しみ易い曲を創ることで知られる渡辺俊幸さんは、その点においては、良くも悪くも期待を裏切らなかったのだが、あまりにも全編ミュージカル仕立てによる、明るく平易な曲のオンパレードとなれば、さすがに辟易してしまう。

前半の第1、2幕より、後半の第3幕は、求心力と統一感が増した感はあったが、全体としては、平明過ぎる冗長さを強く感じた作品だった。

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冒頭の合唱(マスク着用)が、日本音階(和声)から西洋音階(和音)に移って展開された部分は美しく、魅力的ではあったが、直後からの男声ソリストによる場面で、私はもう退屈してしまった。

「これなら、純然たるミュージカルを観たいな」と思っていたら、いきなり舞台が(先述のとおり)ニューヨークに変わり、正にミュージカルの様相を呈する場面となった。

これはこれで楽しいが、展開が支離滅裂な上に、平易な曲が続くので、私にはほとんど耐え難い内容だった。

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思うに、ここ10年~20年くらいにおける、日本人作曲家によるオペラ作品の特徴(傾向)は、大きく2つに分かれている感がある。

1つは、妙に深刻ぶった難解な物語設定の中に、自分の作曲技巧を自己満足的に、独善的に提示したいがために、オケパートも歌パートにも、無調性の中にムリヤリ日本語を押し込め難所を散りばめるだけで、結局何を表したいのか理解できない難解な新作オペラ。

もう1つは、それとは全く逆に、明るくあっけらかんとした調性西洋音階の中、甘ったるい童謡のような歌が連続するだけの、ひどく幼稚な新作オペラ。

今回の「禅」~ZEN~は後者だった。

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この2つの落とし穴(誘惑)を巧みにすり抜けて、見事な作品としたものが、コロナ禍に入る直前、2000年1月に初演された寺嶋民哉さん作曲の「紅天女」だった。

「紅天女」は、和楽器と特殊楽器を含む西洋楽器たるオーケストラによる日本音階と西洋音階。歌舞伎的要素や、オペラとしての楷書的なアリア、ミュージカル的な解放感等々、「ごった煮」の作品ではあったのだけれども、無分別ではなく、有機的な構成と工夫による説得力のある展開がしっかりと有り、純度の高い音楽による格調高い作品として成功していたのだが、「禅」~ZEN~には、残念ながら、それが無い。

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敢えてキツイ表現をするなら、「キレイな音楽によるキレイ事の羅列」に思えてしまったのだった。

それは、先述の、ご都合主義的物語という内容と、確かに一致はしていたが、聴衆に媚びを売るスタンスを否定し得ない作品に思えてしまった、というのが、私の結論。

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作品に関する感想と、出演者の皆さんの充実度は、もちろん別問題だ。

まず、合唱が充実していたし、歌手の皆さんも、とても良かった。

特に乃木希典役の原田勇雅さんが、声量も含めて素晴らしかった。

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昨年「嬉しい発見」をさせていただいた鈴木大拙役の伊藤達人さんも伸びやかでピュアな声が素敵だったが、本来、声量もある人だが、会場と役柄との間で、幾分控え目な歌唱だったように思う。「際立つアリア」があるわけでもない作品なので、やむを得ないとは思う。活躍されていること自体を喜びたい。

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以前から、一度、直に聴いてみたかったコロンえりかさんが、鈴木の妻、ビアトリス役という活躍する役として、相当量、歌われ、聴かせていただけたのが嬉しかった。

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西田幾多郎役の今井俊輔さん、エマ(ビアトリスの母)役の鳥木弥生さんも、いつもながらの充実した歌声を聴かせてくれた。

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三浦安浩さんによる演出は、舞台を効率的に用いた、色彩の美しい舞台で、好感が持てた。

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作品の名誉のために付記しておくと、終演後のカーテンコールでは、多くお客さんが楽しんだことを確認できるシーンが見れたので、ホッとした。あまり楽しめなかったのは、私を含めて多分少数派だったのだろう。それはそれで、もちろん「よし」とすべきことだ。

この作品は、シリアスさよりも、まずエンタ性を中心に置いた作品と言えるのだろう。

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キャスト等

台本:松田章一

作曲:渡辺俊幸

指揮:鈴木恵里奈

管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢

演出:三浦安浩

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鈴木大拙:伊藤達人(テノール)

西田幾多郎:今井俊輔(バリトン)

ビアトリス(鈴木の妻):コロンえりか(ソプラノ)

エマ(ビアトリスの母):鳥木弥生(メゾソプラノ)

釈宗演:高橋洋介(バリトン)

乃木希典:原田勇雅(バリトン)

マッカーサー:森雅史(バス)

女中くみ:鈴木麻里子(ソプラノ)~高崎公演のみ

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(曲の構成)

前奏曲

第1幕第1場:加賀の国~鎌倉円覚寺

同~第2場:アメリカ・ニューヨーク

第2幕第1場:学習院

同~第2場:学習院内の大拙の宿舎

(休憩)

間奏曲

第3幕第1場:ビアトリスの死

同~第2場:幾多郎との別れ

同~第3場:戦後の鎌倉

同~第4場:ニルヴァーナ(鎮魂歌)

 

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OEK

https://www.oek.jp/event/2583-2

 

高崎芸術劇場

http://takasaki-foundation.or.jp/theatre/upload/concert/566/16354660157b789bd7e1ad72855855e.pdf

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