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2021年8月29日 (日)

二期会~ベルク「ルル」~ヴォツェック以上の大衆性を持つ傑作

東京二期会公演、アルバン・ベルクの「ルル」を、8月28日、29日と、ダブルキャストそれぞれの組を、新宿文化センター大ホールで鑑賞し、楽しませていただいた。2幕版。もちろん、ドイツ語による公演。

指揮は現代音楽を中心に活躍しているフランス人の長身、イケメンのマキシム・パスカル氏。たぶん30代。凄い才能だと思う。

オケは東京フィルハーモニー交響楽団で、本当に素晴らしかった。オペラ公演で揺るぎない豊富な経験が生きた、「さすが、オペラの東フィル」と言うべき面目躍如たる演奏で、いくら絶賛しても足りないほど。これぞ「プロの仕事」だ。

演出は、欧州で経験豊富なカロリーネ・グルーバー氏。後述するが、印象的な舞台だった。

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「ルル」は私にとって不案内な作品で、少なくとも「ヴォツェック」ほどは 聴いて来なかったが、昨年から楽しみにしていた。そう、これは本来、昨年の7月に行われる公演だったが、昨今の事情で1年(以上)延びた公演。

「ヴォツェック」と同じく完全無調。拍子も無いかの様な、各楽器群が、ある種、自由に、奔放に演奏しているようでして、当然ながら、揺るぎない秩序の中で進行し、展開して行く。

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同じ無調と言っても、「ヴォツェック」は、断片的で鋭い音句を多用して、乾いた無機質なトーンが主体なのに対して、「ルル」は、もっと湿り気がある、温もりのある音楽と感じる。多くの楽器が(ある意味、勝手に)朗々と奏している場面が多いので(もちろん計算されているわけだが)、必然的に雄弁にして、多彩なトーンが生じてくるのだが、それが、決して不快なほど鋭くならず、ほとんど常に温かさと明るさがあるのだ。

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第1幕は、ほとんど音が途切れることなく進行するのだが、それでも、アルト・サクソフォンの効果的な使用も含めて、トーンは明るい。

「ヴォツェック」が男性を主人公としているのに対し、「ルル」は女性であることも関係しているかもしれない。そして、プログラムに寄稿している沼野雄司さんが書いているように、同じ、不安や狂気を根底に置いていても、「ルル」はそれに止まらず、男女間の愛や嫉妬など、より人間のドラマとしての、血の温もりとしてのリアリティが存在している。

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沼野さんいわく(無調なのに)「不協和音が少ない」。

もちろん、音が複雑に多重に重なるので、実際は、不協和音だらけかもしれないが、その多くが、決して不快ではなく、場面によっては「美しい」とさえ思えるほど、実に心地良いのだ。これは「ヴォツェック」とは決定的に違う点だ。

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第1幕第3場で、ルルが、「私があなたの部屋に初めて入ったときのことを憶えている?」と歌う場面は、調性に近くて、一瞬驚く。第1幕のエンディングも相当キレイな音構成で終わる。

第2幕の冒頭は美しいと言えるほど聴き易く、一瞬、リヒャルト・シュトラウスかと思ったほど。

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第2幕の最後、ルルとアルヴァによる圧巻のやりとり。特にアルヴァが聴かせ所で、歌唱の重要度という点では、少なくとも第2幕では、ルルに次いで、父、シェーン博士以上に重要な役がアルヴァだ。

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その第2幕が終わり、未完の第3幕に代わっての第2幕の最後、慣例ということでの、「ルル組曲」の後半2曲の変奏曲(第3幕第1場と2場の間の間奏曲)と、アダージョ(第3幕第2場)が声楽抜きで演奏されたが、その特に最初の部分なども、ショスタコーヴィチを感じさせる要素や、明らかに調性の音楽も混じるなど、とても聴き易かった。これなども、「ヴォツェック」とは全く違う点だ。

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ところで、ルルは本当に「自堕落で、魔性の女」なのだろうか?

第2幕第1場で、ルルがシェーン博士を射殺する前、「誰かが私のために自殺しても、それは私の価値を下げることにはならないわ」と歌う。

そういう女性は、実は日本の芸能界にいたし、いる。一般の世の中にも、言わないだけで、そういう価値観を持った女性は多分一定数はいる気がする。だとしたら、ルルは決して「別世界の、昔の時代の価値観の中にいる、例外的で不道徳な女性」、とは断定できないだろう。

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歌手の皆さんに関して

これだけの難曲を歌われた両日の歌手の皆さんは、それぞれ本当に力演で、素晴らしかったので、これを比較してどう、などという、おこがましくて僭越なことはとてもできないし、する気もない。

よって、特に印象的だった点を少し書かせていただく。

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ルルは、その多くの部分を、高音域での、いわいる「シュプレヒゲザング」、「シュプレヒシュティメンテ」(語り歌い)の連続で、声の負担は、私達、聴き手の想像を絶するに違いない。

ルル役を演じた森谷真理さんは、やや太めの声と、圧巻の声量で聴衆を魅了した。

もう一組の冨平安希子さんは、繊細な歌唱。

森谷さんが、「実は強い部分も、ルルにはあるのよ」という点を感じさせたのに対し、冨平さんは、「実は、ルルは、とてもピュアな女なのよ」を強く感じさせて心に染み入った。

妙な例えをするなら、森谷さんが、ビルギット・ニルソンのイゾルデなら、冨平さんは、マーガレット・プライスのイゾルデ、という質感の違いを感じて、大いに楽しめた。

ダブルキャストの良さは、優劣ではなく、それぞれの個性の違いが楽しめることだ。それを今回も、とても強く感じた。

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シェーン博士役の加耒 徹さんは、当初予定されていた宮本益光さんの体調不良による、急な代演だったが、およそ代演とは思えぬ素晴らしい歌唱で感服した。

無調のオペラの代演ということ自体、信じられないくらいの偉業だと思うし、実際、見事だった。役にしては、もしや「若過ぎて異色」なのかもしれないが、その分、というか、それが利点に転じ、明瞭な発音と、威厳とさえいえる強さ(あるいは、怖さ)を感じさせて秀逸だった。

もう一組の小森輝彦さんは、大人の余裕というか、シェーン博士の良い意味での狡(ズル)さ、結局はエゴイストに過ぎないのだ、という点がよく出ていてサスガだったが、ちょっと言葉が不鮮明に感じられる場面が多かったように思えた。

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画家役の2人も、いずれも素晴しかったが、とりわけ 大川信之さんの伸びやかさが印象的だった。

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アルヴァ役も然りだが、第2幕最後の、ルルとのやりとりにおける高音のロングトーンに関しては、とりわけ 前川健生さんの透き通る声が印象的だった。

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オケについては、冒頭に記載したとおり、大絶賛の演奏。これぞ「プロの仕事」だ。

演出は、効率の良い幕間での設定(工夫)も含めて、どの場面も印象的だった。もちろん、この作品には、私は批判するほどの見識が無いということはあるのだけれど。

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「ヴォツェック」は、西洋音楽が行き着いた先の、究極的で、エポックメーキングな傑作だ。

しかし、「ルル」は、そこに更に、調性に近い色彩と多様性を投じ込み~それは、聴衆に媚びるという意味では断じてない~広く普遍性を獲得し得る要素に満ちた、極めて魅力的な作品に思える。

ちょうど、20世紀の12音技法によるゲンダイ音楽が頓挫し、21世紀には再び調性に回帰しているような状況を、ベルクは生涯の最後に、いみじくも自身の中でそれを予言し、実現したのかもしれない。

50歳と10か月で逝去したベルクが、せめてもう10年、いや、5年長生きしていたら、この作品は第3幕物として完成し、更に、素敵な作品が生まれていたのでは、と想像すると残念でならない。

現状、「ルル」は、2幕オリジナルと3幕補完版での、試行錯誤的な公演が世界で行われているが、歌手もオケも最難関レベルの作品ゆえに、公演回数が少ない。しかし、今後も、もっと演奏して欲しいし、それに値する、素晴らしい作品だと、今回つくづく実感した。

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配役8月28日(土)、31日(火)         29日(日)

ルル      森谷真理     冨平安希子

シェーン博士  加耒 徹     小森輝彦

画家      高野二郎     大川信之

アルヴァ    前川健生     山本耕平

ゲシュヴィッツ伯爵令嬢

                 増田弥生     川合ひとみ

シゴルヒ    山下浩司     狩野賢一

猛獣使い、力業師

       北川辰彦      小林啓倫

劇場の衣裳係、ギムナジウムの学生

       郷家暁子      杉山由紀

公爵、従僕  高田正人      高柳 圭

劇場支配人  畠山 茂      倉本晋児

医事顧問      加賀清孝(全日)

ソロダンサー    中村 蓉(全日)

 

http://www.nikikai.net/lineup/lulu2020/index.html

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