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2020年1月13日 (月)

歌劇「紅天女」が投げかけるもの~ごった煮のエンタ性の成功作品

1月13日午後、オーチャードホールで日本オペラ協会公演の歌劇「紅天女」を観た。スーパーオペラ~ガラスの仮面より~とするこの新作オペラは、漫画家の美内すずえさん原作のコミック「ガラスの仮面」の作中劇「紅天女」をオペラ化したもので、主催する日本オペラ協会の役員でもある歌手の郡愛子さんが、美内さんにオペラ化の企画を持ち掛け、了承を得て自らが総監督として臨んだ作品で、寺嶋民哉さんが作曲した。

11日から15日までの下記のダブルキャストによる5日連続公演。全三幕合計3時間を要する作品だが、この日のホールはほぼ満席で、関心の強さが見てとれた。指揮は園田隆一郎さん。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。

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石笛や二十五絃箏といった和楽器が色々な場面で効果的に使われるが、ハープ、グロッケンシュピール等の特殊楽器やコールアングレを含む西洋楽器たるオーケストラでも、金管の咆哮も含めて存分に演奏される曲。日本音階と西洋音階。歌舞伎的要素もあるかと思えば、オペラとしての楷書的なアリアもしっかりあるが、それだけでなく、場面によってはミュージカル的な解放感ある歌い回しの曲が印象的に歌われる。要するに「ごった煮」の徹底だけれども、では「失敗しているか?」と問われるなら、「成功している」。結果的に、これはこれまでの日本作曲家による多くの新作オペラへのアンチテーゼと言えるかもしれない。作曲した寺嶋さんはそんなことは思っていないだろうけれど。

これまで、日本オペラ協会は、能・歌舞伎などの古典芸能や近現代文学をモティーフとした50以上のオペラを創出してきたといい、私はその全部を知っているわけではないけれど、この「紅天女」は観る者、聴く者の心を確実につかむ作品だと確信する。

物語の展開(進行)は時代的要素と、時空を超えた要素が交差する難しさもあるので、進行自体は洗練されていないかもしれない。しかし、歌とオケの力がそれをカヴァーする。この作品の成功は出演者の全ての力演の賜物である。2人の主演者については後述する。

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日本人作曲家によるオペラの潮流(傾向)には2つに分かれている感がある。1つは、妙に深刻ぶった難解な物語設定をし、自分の作曲技巧を自己満足的に、独善的に提示したいがために、オケパートも歌パートにも、無調性の中にムリヤリ日本語を押し込め難所を散りばめるだけで、結局何を表したいのか理解できない新作オペラ。

もう1つは、それとは全く逆に、あっけらかんとした調性西洋音階の中、甘ったるい童謡のような歌が連続するだけの、ひどく幼稚な新作オペラ。その2つに。

また、いずれも場合の共通した難しさとしては、西洋音階にしても、日本音階にしても、その中に日本語を当てはめていく際の不自然さを、如何にクリアさせるか、より自然な口語に近い発音として成立されるか、という点がある。

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しかし、今回、この「紅天女」は、和洋折衷ではありながらも、これらについて、1つの解答を提示したように思う。楽器も調性も、気取って難解を装うことなどせず、ボヤかすことなく、堂々と場面ごとにいずれかの要素を出す。アリアにしても、先述のとおり、いわゆるオペラ的なアリアに加え、場面によっては、ほとんどミュージカルナンバーを想わせるような解放感ある曲想を用いることで、これまでの和製オペラの難点であった日本語による歌物語を自然な音楽として提示することに成功したのだ。

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過去の多くの和製オペラに無かった、あるいは多分それを敢えて否定してきた「エンタ性」がこの作品にはあり、それこそが、この作品の大衆性とそれによる成功を決定付けている。

聴衆に媚びを売る、というのではない、その必要もない。しかし、聴衆を置き去りにしていく作品では後世に残るはずはない。これまでの多くの和製オペラは「聴衆を遠ざけるほどに置き去りにしてきた」そういう作品が多いように思う。実際、ここ20年内に作曲された創作オペラで、再演された作品がいくつあるのか?ごく少数に限定されているはずだ。

オペラは芸術であると言う以前に、エンターテインメントである、という大前提を忘れた現代オペラが多すぎる感がある。

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聴衆を甘く見てはいけない。媚びとは無縁の、真に製作者と演奏者の誠実さから生み出されるエンタ性、大衆性を、聴衆は「本物」として感じとり、受け入れることはできるのだ。

この「紅天女」は正に真の意味での大衆性、エンタ性を有した秀作である。久しぶりの「これからも何度も観たい聴きたい和製オペラ」に出会えた、そういう喜びと感慨を覚える作品である。

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作曲した寺嶋民哉さんは初めて知った人だが、石笛の効果的に用いた点や、弦を薄い音で、まるで笙のように和風に響かせたかと思うと、金管と打楽器をふんだんに奏させもするし、コールアングレやファゴットで印象的な旋律を歌わせるなど、大した力量で驚いた。こんなに力量ある作曲家がいたとは知らなかった。今後も楽しみにしたい。

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仏師・一真を歌われた山本康寛さんは、偶然最近面識を得る機会があったが、歌声は初めての拝聴だと思う。明るいトーンで、声量と情感豊かに歌う正統派テナー、という感じがして素晴らしかった。これからも何度も聴きたいテナーだと、魅了された。

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主役である紅天女と阿古夜を歌い演じた小林沙羅さんは、これまで多くの新作日本歌曲やオペラを歌ってきた。中村裕美さんの歌曲。千住明さんや三枝成彰さん、二宮玲子さんのオペラ等々。それだけに、今回の役は正に適役だし、現時点での、これまで出演された和製オペラの集大成的な完成度で聴かせてくれた。どう褒めても褒め足りない。

紅天女と阿古夜では、それぞれにおいてトーンを変えていたし、それぞれに複数ある長大なアリアも、「完全に自分の歌」として堂々と歌い演じ終えた。その力量にあらためて感服する。

沙羅さんと親しくさせていただいていることを、この日ほど誇らしく思えた事はない。日本のクラシック界におけるスター街道を走っている感は既にあるが、私にとっても沙羅さんは大スターだ。

なお、会場では指揮者の井上道義さんと沙羅さんのお父様を見かけた。これはいつものこと。

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他の出演者も本当に総じて良かったが、主役以外のアリアで心に残ったのは、第三幕で伊賀の局=この日はメゾの丹呉由利子さんが「行かないで、あなた」と歌うアリア。

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指揮者の園田さんと東京フィルに大きな拍手を送りたい。

馬場紀雄さんの演出も、オペラとしては狭いステージを効率的に、色彩の妙を巧みに使って素敵な演出をされていた。さとうさぶろうさんによる衣装は特に紅天女における数種の衣装が美しかった。

とにかく、今後も何度も観たい聴きたい新作オペラだ。

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原作・脚本・監修:美内すずえ

作曲:寺嶋民哉

総監督:郡 愛子

演出:馬場紀雄

特別演出振付:梅若実玄祥

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出演

指揮:園田隆一郎

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

合唱:日本オペラ協会

石笛:横澤 和也

二十五弦筝:中井 智弥

ソリスト

       1月11日、13日15日/ 12日、14日

阿古夜×紅天女 : 小林 沙羅  /  笠松 はる

仏師・一真   : 山本 康寛  /  海道 弘昭

帝        : 杉尾 真吾  /  山田 大智

伊賀の局    : 丹呉由利子  /  長島 由佳

楠木正義    : 岡  昭宏  /  金沢  平

藤原照房    : 渡辺  康  /  前川 健生

長老       : 三浦 克次  /  中村  靖

お豊       : 松原 広美  /  きのしたひろこ

楠木正勝    : 斎木 智弥  /  曽我 雄一

こだま     : 飯嶋 幸子  /  栗林瑛利子

しじま     : 古澤真紀子  /  杉山 由紀

お頭      : 普久原武学  /  龍 進一郎

お滝      : 鈴木美也子  /  佐藤 恵利

久蔵(旅芸人)  : 馬場 大輝  /  望月 一平

権左(旅芸人)  : 嶋田 言一  /  脇坂  和

クズマ     : 照屋 篤紀  /  清水  実

https://www.jof.or.jp/performance/nrml/2001_kurenai.html

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