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2019年11月 4日 (月)

フィラデルフィア管弦楽団来日公演を聴いて

来日中のフィラデルフィア管弦楽団の公演を4日午後、サントリーホールで聴いた。指揮は2012年から第8代音楽監督を務めるヤニック・ナゼ=セガン。私がアメリカのメジャーオケのライブを聴くのは、2003年にバレンボイムとともに来日したシカゴ交響楽団以来。

指揮者のヤニック・ナゼ=セガンという、ちょっと変わった名前の~「なぜ、セガン(が音楽監督)?」などとシャレを言いたくなる~指揮演奏を聴くのは録音を含めて初めて。なので、指揮者に関しては深入りしないが、今日聴いた限りでは、「情熱的に運ぶと同時に職人的な手堅さを持つ」というイメージ。デフォルメ等により強く個性や思想を出そうとする人ではなさそう。それゆえ、そうした点が後述するマーラーの演奏でも反映されていた。

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プログラムは、来日4公演中~京都1回、東京3回~唯一この日だけのプログラムで、前半は、ジョージア(グルジア)出身でミュンヘンに住み、長らくドイツを拠点としている女性ヴァイオリニストのリサ・バティアシュヴィリによるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(当初はプロコフィエフの2番と公表されていたが変更された)、後半がマーラーの交響曲第5番という聴き応え十分なもの。

オケは米国のオケの中では特に強い関心があり、以前から生で聴きたいと思ってきたオケ。以前はゴージャスというイメージがあったが、今日聴いた印象では、柔軟な良いオケ、というもの。

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会場に行くと、写真のとおり、既に団員たちがステージ上で「さらっている」のが面白い。これはシカゴ交響楽団もそうだったから、アメリカのオケで多く見られるシーンなのかもしれない。当然ながら演奏直前にさらう必要などないオケだから、一種のファンサービスとしてのパフォーマンスなのだろうと想像する。

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1曲目のリサ・バティアシュヴィリによるチャイコフスキー。聴き飽きるほど聴いてきた曲だが、とても良かった。ソロ冒頭は奏者も聴衆もやや緊張を覚える部分だが、リサはそういう感情を聴衆に起こさせない演奏をする。完璧な技巧ながら、昨今ありがちなバリバリ弾く、あるいはクールに弾く、のいずれでもなく、徹底的にエレガントさを追求する。ポルタメントや第2楽章での磨き抜かれた弱音の連続などがその一例だ。それでいて盛り上げる要素も心得ていて、余裕ある音楽を聴かせてくれる。聴衆を終始、和やかな雰囲気で包む力がある。たいしたものだ。見事。大いに気に入った。長身スリムな美人ということはむろん関係なく。聴衆も大きな歓声と拍手で称えていた。

なお、アンコールとして、リサは、マチャヴァリアニ作曲ジョージアの民謡よりDoluriという曲を弾いた。

アンコール後の1回のカーテンコール後、オケがさっさとソデに引き下がっていったのは、いかにもアメリカのオケらしい感じがした。日本人オケだと、もっと状況を「忖度」するだろうから。

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休憩後のマーラーの5番。フィラデルフィア管の5番といえば、レヴァイン指揮による名演、名盤がある。今回の演奏が、あの演奏を超えるものだったか?と問われたら、残念ながら私は「No」と応える。

ナゼ=セガンは第1楽章冒頭は指揮せず、トランペッターにソロ開始(のタイミンブ)を一任したが、賛成だ。それが良い。アレグロに入ってからの嵐のような弦の進行の中、トランペットによるオブリガート的パッセージはややズレがあったようにも感じたが、これは曲想自体がカオスゆえの会場の響の問題かもしれない。

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アタッカで直ぐ開始された第2楽章がメリハリがあって一番良かった。ただし、ティンパニのみが弱音のトレモロで響く中、チェロパートによるソロの神秘的な歌の場面(188~213小節)では、もっと心からの深淵な歌が欲しい。

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第3楽章冒頭のホルンが珍しく音程を損ねた。いかにホルンという楽器が難しい楽器かが解る。でも一流プロオケとは言えない完成度だったが。それと一番問題だったのが、ナゼ=セガンがテンポをやや速めにとったからか、せっかくの3拍子という踊りのリズムとしての要素があまり聴こえてこなかった。マーラーはそれを恐れてか、第3楽章の冒頭に「速すぎないように」とわざわざ書いているのだが、いみじくも、そのことの意味が逆説的に理解できた気がした。

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有名な第4楽章のアダージェットは、耽美的ではないのは別によいとしても、私には終始「人工的な歌」に聴こえて、あまり楽しめなかった。さすがにこの楽章は自然な息遣いと同時に、もっと陶酔する要素が欲しい。

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終楽章である第5楽章は、対位法を駆使しながらも愉悦感のある楽しい曲で、大好きだし、この日の演奏もとても良かった。が、と敢えて言うと、世界的なオケがこのくらい演奏できるのは当たり前である。今や、日本の多くのアマオケでさえ頻繁に5番を演奏している。かくいう私も、2つのオケで計3回の演奏経験がある。

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全体的に、有名な外国プロオケとしての演奏としては「想像内」に留まるもので、例えば「一生忘れられない演奏などでは全くなかった」。せっかくの有名外来オケなのだから、「想像を超えた凄さ」をどうしても期待してしまう。そういう点では私には「普通の、想像の範囲内のマーラー5番の演奏」だった。

聴衆は大喜びで大きな歓声と拍手を続けたし、それはそれで、もちろん結構なことだが、私はそこまで強くは心を動かされなかった。

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なお、終演後は、ナゼ=セガンとバティアシュヴィリのサイン会が行われた。昔なら、まず無かったことだが、昨今は、アンドリス・ネルソンス、ユジャ・ワン、エレーヌ・グリモー、ヒラリー・ハーンらもサイン会をこまめに行う時代となっている。

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