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2019年11月24日 (日)

ソプラノ 林正子さんをじっくり聴いた

来年6月東京文化会館でのニュルンベルクのマイスタージンガーのプレゼン的な要素も含めて、「今日はオペラの日~トーク&コンサート」という楽しいイベントが、東京駅前の中央郵便局KITTE1階アトリウム イベントスペースで、11月24日午後3時から開催された。昔の中央郵便局の建物を知る者としては、近代的な商業施設を取り込んだ複合的な新しいビル自体に感慨を覚える。

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それはともかく、ソプラノの林正子さんが出演ということで、何がなんでも出向いた。実力第一級の林さんはジュネーブ在住なので、なかなか聴く機会が少ないのが残念だ。

2014年7月、山田和樹さんがスイス・ロマンド管弦楽団の来日公演を指揮してメンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」を演奏した際、当時私は武蔵野合唱団に所属していたので、東京芸術劇場で一員として歌わせていただいたが、そのときのソリスト、テノールの西村悟さんとともに、林さんの歌唱が素晴らしく、圧倒的な印象を抱いた。

その前後にも、オペラ等で数回聴いているが、とにかくソロをまじかにじっくり聴かせていただく機会がこれまで ほとんどなかったので、楽しみにして出かけた次第。

この日も本当に素晴らしく、林さんにはぜひ日本でのリサイタルをもっとたくさんやって欲しいと強く要望したい。

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もう一人のソリストはバリトンの青山貴さんで、青山さんはソロリサイタルやオペラ、そして「イル・デーヴ」を含めたら2桁の回数は聴かせていただいているので、素晴らしいことは言うまでもなく、この日ももちろん素晴らしかった。

なお、来年の「マイスタージンガー」では、林さんはエーファを歌い、青山さんはコートナーの役で出演される。

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清水のりこさんによるエレクトーン演奏についても、これまで楽器の驚異的性能~まるで一人オーケストラだ~を含めて何度も書かせていただいているし、最近では9月に上田で拝聴したばかりでもある。

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司会は朝岡聡さん。トークゲストは元宝塚男役トップスターの大和悠河さんということで、会場には大和さん目当ての人も結構来ていた。

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演奏曲は以下のとおりだが、商業スペースの会場ゆえ、当然、歩く人、買い物等の人などで騒音少なからずの状況ながら、林さんをじっくり聴かせていただいて大いに満足したし、青山さんの迫力ある声と清水さんの素晴らしい演奏も十分に堪能した。宝塚には詳しくないゆえ、大和さんのことは初めて知ったが、オペラ愛あふれる熱く楽しいトークだった。

騒音少なからず、とはいえ、1階だけでなく、吹き抜け空間の2階、3階の両サイドにはたくさんの人が聴いていたことは当然付け加えたい。

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演奏曲

1.ビゼー「カルメン」より「闘牛士の歌」by 青山さん

2.プッチーニ「つばめ」より「ドレッタの夢」by 林さん

3.ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

第一幕への前奏曲(抜粋)by 清水さん

4.グノー「ファウスト」より「宝石の歌」by 林さん

5.プッチーニ「トスカ」より「テ・デウム」by 青山さん

6.レハール「メリー・ウィドウ」より

   「くちびるは語らずとも」by 林さん&青山さん

2019年11月22日 (金)

小林沙羅さんソプラノリサイタル~ピアノ、箏、尺八と紡ぐ歌の調べ~

~中村裕美作曲「智恵子抄」と澤村祐司作曲「たれかおもはむ」に感銘~

11月22日、冷たい雨が降りしきる夜、東京文化会館小ホールでは、ユニークな楽器構成により、小林沙羅さんのリサイタルが開催された。悪天候にもかかわらず、客入りはなかなか良かった。

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このコンサートは第17回本間一夫記念 日本点字図書館チャリティコンサートというもので、よって来場者の中には、目のご不自由なかたも少なからずいらっしゃったし、出演者の一人が、沙羅さんと同じく~私が9月にも伝えた~「VOICE SPACE」のメンバーの一人で、全盲の箏奏者 澤村祐司さんということでも、今回のコンサートの特色が表れていた。

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プログラムは以下のとおりで、前半が沙羅さんと東京芸大同期の作曲家で「VOICE SPACE」のメンバーの一人でもある中村裕美さんのピアノにより、歌曲とオペラアリアという、いわばオーソドックスな選曲とスタイルによる演奏だったが、後半は、副題のとおり、澤村祐司さんの箏、見澤太基さんの尺八を加えて、曲により奏者の構成を変えての演奏、それも、中村裕美作曲作品と、澤村祐司さん作曲作品を含めての演奏、というユニークで素晴らしい企画の内容だった。

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今回も小林沙羅さんの歌唱を強く印象付けるエスプレッシーヴォという特色が全編に表れたコンサートだったが、4つのオペラアリアは、その内容が異なっても、ほとんどフレーズごとに感じると言ってもよいような感情移入の濃さ、という基本的なアプローチは同じで、どれも良かった。

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歌曲でも、「初恋」に聴く「艶っぽさ」は、彼女が20代のころにはあまり感じなかった点で、そこに感じとれるある種、母性を感じさせる情感は、実際に今、彼女が母親となったことによる変化なのかどうかは私には解らないが、「母性を感じさせる色気」という事を強く感じた。

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後半は、澤村さんの箏と沙羅さんによる「荒城の月」から開始。箏の静謐さにより、ア・カペラ的にも聞こえた音空間は素敵だった。

見澤さんの尺八を加えての3人による「せきれい」も良かったが、とりわけ長大な「秋の調」が素晴らしく、全体を箏がリードしつつ、尺八と歌が、オブリガート的というよりは、散文的に彩る構成がユニークだった。

そして、島崎藤村の詩に澤村さんが作曲した「たれかおもはむ」が、澤村さんの箏を弾きながらの歌が素晴らしく、終演後のサイン会で「澤村さん、歌、上手いですね」と思わず伝えたほどだったし、演奏直後も、もしかしたら、この日一番の大きな拍手かもしれない、と思うほど、長く大きな拍手が続いた。

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続く、中村裕美さん作曲の2作品がこれまた素晴らしかった。

まず、中村さんのピアノと澤村さんの箏を伴奏として歌われた「子守唄よ」が終盤のロングトーンを含めて情緒的で素晴らしかったし、続く、中村さんと沙羅さん2人により「智恵子抄」からの3曲が見事だった。とりわけ最初の「或る夜のこころ」は、ソプラノ一人による音楽劇のそれで、激情とも言うべき劇的な歌唱による内容が沙羅さんによく合っている曲想で圧巻だった。沙羅さん自身が裕美さんに委嘱した作品で、沙羅さんも「とても好きな作品」と述べていたし、その感情移入がストレートに伝わってくる歌唱だった。

この展開をもし、中村裕美さんが続けるなら、優れた創作オペラも完成できるのではないか、そう予感させるもので、「智恵子抄」は裕美さんの傑作の一つと言えると思う。

アンコールは沙羅さん作曲の「えがおの花」を出演者4人全員で演奏され、「故郷」で締めくくられた。

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前半~ピアノ=中村裕美

1.この道   詩=北原白秋、作曲=山田耕筰

2.赤とんぼ  詩=三木露風、作曲=山田耕筰

3.初恋    詩=石川啄木、作曲=越谷達之助

4.小さな空  作詩と作曲=武満徹

5.アヴェ・マリア  作曲=バッハ、グノー

6.アヴェ・マリア  作曲=カッチーニ

7.モーツァルト歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より「ぶってよマゼット」

8.プッチーニ歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」

9.ドヴォルザーク歌劇「ルサルカ」より「月に寄せる歌」

  1. カールマン歌劇「チャールダーシュの女」より

「ハイヤ!山こそ我が故郷」

 (休憩)

ピアノ=中村裕美、箏=澤村祐司、尺八=見澤太基

  1. 荒城の月 詩=土井晩翠、作曲=瀧廉太郎 by 小林、澤村
  2. せきれい 詩=北原白秋、作曲=宮城道雄 by 小林、澤村、見澤
  3. 秋の調  詩=小林愛雄、作曲=宮城道雄 by 小林、澤村、見澤
  4. たれかおもはむ 詩=島崎藤村、作曲=澤村祐司 by 澤村。中村、見澤
  5. 子守唄よ  詩=中原中也、作曲=中村裕美 by 小林、中村、澤村
  6. 「智恵子抄」より「或る夜のこころ」

「あなたはだんだんきれいになる」

「亡き人に」

    詩=高村光太郎、作曲=中村裕美

アンコール

1.えがおの花 作詩作曲=小林沙羅 by 小林、中村、澤村、見澤

2.故郷  詩=高野辰之、作曲=岡野貞一 by 4人

2019年11月16日 (土)

沖澤のどかさん指揮でプーランクの「グローリア」を歌いました

先のブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した沖澤のどかさんが、私の母校の大学学生オケと合唱団を指揮する演奏会が10日午後、東京芸術劇場であり、私はOB合唱賛助としてプーランクの「グローリア」を歌いました。

昨年の東京国際音楽コンクールでの指揮部門での優勝も素晴らしいことですが、ブザンソン優勝という、いわば「勲章」を携えての学習院初客演ということで、3日前の7日に、オーケストラ・アンサンブル金沢を指揮されましたから、沖澤さん帰国後としては2回目の演奏会、東京近郊では初と思われ、それだけに注目されていたようで、一般大学の学生アマチュア演奏会にもかかわらず、1500名近くご来場いただいたという盛況なコンサートでした。

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私と沖澤さんとは、私が武蔵野合唱団に所属していた時代から面識があり、また、今回の学生の混声合唱団の学生指揮者T君が、沖澤さんの高校の後輩ということから、のどかさんとT君いずれもご縁のある私が結果的に橋渡しをする役も果たすかたちで、約1年前に決定した招聘でした。

10月からの沖澤さんとのリハでは、正確な音程の要求はもちろん、楽曲ごと場面ごとで、ガツンと歌うべきところや、繊細に歌うべきところでの、そのニュアンスの伝達、指示がとても素晴らしかったですし、ラテン語に関しても、アクセントや強調すべき単語等を指示され、大いに勉強になりました。

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演奏会前日の東京芸術劇場でのゲネプロでは、沖澤さん自ら、弦や管打楽器奏者らの座る位置を細かにチェックして修正していくなど、細やかな配慮をされていたのが印象的で、沖澤さんは小柄なので、失礼ながら一瞬、学生が配置修正をしているかと見間違うような面白さもありました。

「幻想」のリハも客席で見、聴きました。第3楽章でのオーボエのエコーで受け応えや、終楽章の鐘に関して、いずれも舞台袖~前者が上手、後者が下手~に配した奏者が演奏する音量のバランスや、演奏のダイナミクスを含むニュアンス等に関しても当然、入念に何度も修正、調整を繰り返していました。

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武蔵野合唱団では、練習指揮者(いわゆる下振り)としての沖澤さんの指揮しか経験しておりませんでしたが、やっと、というか、本番での指揮に、私自身も出演して、ごいっしょさせていただいた機会は実に嬉しく、かけがえのないものとなりました。本番での颯爽とした凛々しく的確な指揮は見事で素晴らしかったです。

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「グローリア」でのソプラノソロを歌っていただいた金成佳枝さんは、今年5月、杉並公会堂で、コーロ・ヌオーヴォという合唱団による「マタイ受難曲」を聴いた際に初めて聴いた歌手でしたが、メゾのような深々とした声による感情移入の歌唱が素晴らしく、当日、最も印象的だった歌手でしたので、今回、偶然とはいえ、これまた嬉しい共演となった次第でした。

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学習院輔仁会音楽部第63回定期演奏会

11月10日(日)東京芸術劇場

学習院大学管弦楽団、学習院大学混声合唱団

デュカス 交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」

プーランク グローリア ソプラノ=金成佳枝

ベルリオーズ 幻想交響曲

2019年11月13日 (水)

桜を見る会~税金のムダ使い

廃止せよ。やるなら私費でやれ。公職選挙法違反だけど。

2019年11月 6日 (水)

D

後日記載します。

C

後日記載します。

B

後日記載します。

A

後日記載します。

2019年11月 5日 (火)

映画 マチネの終わりに~恋と音楽は終わらない

男性ギタリストと女性ジャーナリストの恋。石田ゆり子さんはパリが似合う。フランス語のかなり長いセリフも立派だった。最新の週刊朝日のインタビューで「フランス語によるセリフは大変でした」と語っている。

物語は古典的な展開だが、ギターによる格調高い美しい音楽がたくさん聴けるのも嬉しい。

切ない物語だが、出会った事実と生じた奥底の本心の事実は偽れない。20年来の知人と恋愛感情が生じなくても、出会ったばかりの人と一生の恋愛が続くことは有り得る。

音楽との出会いがその人を大きく変えることが有り得るように、人との出会いにおいても当然に有り得る。それを運命と呼ぼうと呼ぶまいと。

あのマネージャーの行為には言葉もない。絶対やってはいけない行為だが、

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今日1回観ただけだが、今後また観るだろう。将来DVD化されてからもレンタルではなく購入して永く見続けていきたい映画だ。

石田ゆり子さんは私にとって一生の心の恋人だ。

 

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追記 1211

もう一度映画「マチネの終わりに」について

  ~相応しい運命的な異性

映画「マチネの終わりに」を結局3回観た。石田ゆり子さんが「ブラームス」、「バッハ」、はたまた「グレン・グールド」という名前を発すること自体、大きな喜びだし、火災になる前のノートルダム寺院が映るのも感慨深い。ロケ時にはまだ在ったのだ。

福山雅治さん演じる蒔野聡史がパリのレストランで強引なまでの告白をすると、石田ゆり子さん演じる小峰洋子は驚きと戸惑いの中、「私、結婚するの」と言うと、蒔野は「知っている。だから止めに来た」と応じる。洋子は婚約者は学生時代からの20年来の知り合いであることを言うと「僕と洋子さんは会ったのは2回目だけど」、として強い思いを続けて言う。すると洋子は言う。「私と蒔野さんは住む場所も違う、仕事も、これまで(の人生)も~。これから、いっしょに生活して子供を育てる生活が想像できる?」

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この時点では、小峰洋子も自分に相応しいのは20年前から知っている伊勢谷友介さん演じるリチャード新藤だと信じている。だが、物語内の現実としても、結局は離婚、という事に至る。

音楽を愛し、社会正義を胸に仕事するジャーナリスト小峰洋子に相応しいのは、煩悶しながらもギターを奏する音楽家 蒔野が相応しい。カネと出世にしか興味のないリチャードは洋子に相応しくない。これにしばらくして気づく洋子の心境の変化。そこに「予想外なまでの反則」でもって邪魔が入ることによりシリアスな展開となる。

しかし最後は~2人には高いハードルは存在するが~ホッとする素敵なシーンで終わるこの映画はとても素敵だ。

2019年11月 4日 (月)

フィラデルフィア管弦楽団来日公演を聴いて

来日中のフィラデルフィア管弦楽団の公演を4日午後、サントリーホールで聴いた。指揮は2012年から第8代音楽監督を務めるヤニック・ナゼ=セガン。私がアメリカのメジャーオケのライブを聴くのは、2003年にバレンボイムとともに来日したシカゴ交響楽団以来。

指揮者のヤニック・ナゼ=セガンという、ちょっと変わった名前の~「なぜ、セガン(が音楽監督)?」などとシャレを言いたくなる~指揮演奏を聴くのは録音を含めて初めて。なので、指揮者に関しては深入りしないが、今日聴いた限りでは、「情熱的に運ぶと同時に職人的な手堅さを持つ」というイメージ。デフォルメ等により強く個性や思想を出そうとする人ではなさそう。それゆえ、そうした点が後述するマーラーの演奏でも反映されていた。

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プログラムは、来日4公演中~京都1回、東京3回~唯一この日だけのプログラムで、前半は、ジョージア(グルジア)出身でミュンヘンに住み、長らくドイツを拠点としている女性ヴァイオリニストのリサ・バティアシュヴィリによるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(当初はプロコフィエフの2番と公表されていたが変更された)、後半がマーラーの交響曲第5番という聴き応え十分なもの。

オケは米国のオケの中では特に強い関心があり、以前から生で聴きたいと思ってきたオケ。以前はゴージャスというイメージがあったが、今日聴いた印象では、柔軟な良いオケ、というもの。

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会場に行くと、写真のとおり、既に団員たちがステージ上で「さらっている」のが面白い。これはシカゴ交響楽団もそうだったから、アメリカのオケで多く見られるシーンなのかもしれない。当然ながら演奏直前にさらう必要などないオケだから、一種のファンサービスとしてのパフォーマンスなのだろうと想像する。

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1曲目のリサ・バティアシュヴィリによるチャイコフスキー。聴き飽きるほど聴いてきた曲だが、とても良かった。ソロ冒頭は奏者も聴衆もやや緊張を覚える部分だが、リサはそういう感情を聴衆に起こさせない演奏をする。完璧な技巧ながら、昨今ありがちなバリバリ弾く、あるいはクールに弾く、のいずれでもなく、徹底的にエレガントさを追求する。ポルタメントや第2楽章での磨き抜かれた弱音の連続などがその一例だ。それでいて盛り上げる要素も心得ていて、余裕ある音楽を聴かせてくれる。聴衆を終始、和やかな雰囲気で包む力がある。たいしたものだ。見事。大いに気に入った。長身スリムな美人ということはむろん関係なく。聴衆も大きな歓声と拍手で称えていた。

なお、アンコールとして、リサは、マチャヴァリアニ作曲ジョージアの民謡よりDoluriという曲を弾いた。

アンコール後の1回のカーテンコール後、オケがさっさとソデに引き下がっていったのは、いかにもアメリカのオケらしい感じがした。日本人オケだと、もっと状況を「忖度」するだろうから。

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休憩後のマーラーの5番。フィラデルフィア管の5番といえば、レヴァイン指揮による名演、名盤がある。今回の演奏が、あの演奏を超えるものだったか?と問われたら、残念ながら私は「No」と応える。

ナゼ=セガンは第1楽章冒頭は指揮せず、トランペッターにソロ開始(のタイミンブ)を一任したが、賛成だ。それが良い。アレグロに入ってからの嵐のような弦の進行の中、トランペットによるオブリガート的パッセージはややズレがあったようにも感じたが、これは曲想自体がカオスゆえの会場の響の問題かもしれない。

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アタッカで直ぐ開始された第2楽章がメリハリがあって一番良かった。ただし、ティンパニのみが弱音のトレモロで響く中、チェロパートによるソロの神秘的な歌の場面(188~213小節)では、もっと心からの深淵な歌が欲しい。

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第3楽章冒頭のホルンが珍しく音程を損ねた。いかにホルンという楽器が難しい楽器かが解る。でも一流プロオケとは言えない完成度だったが。それと一番問題だったのが、ナゼ=セガンがテンポをやや速めにとったからか、せっかくの3拍子という踊りのリズムとしての要素があまり聴こえてこなかった。マーラーはそれを恐れてか、第3楽章の冒頭に「速すぎないように」とわざわざ書いているのだが、いみじくも、そのことの意味が逆説的に理解できた気がした。

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有名な第4楽章のアダージェットは、耽美的ではないのは別によいとしても、私には終始「人工的な歌」に聴こえて、あまり楽しめなかった。さすがにこの楽章は自然な息遣いと同時に、もっと陶酔する要素が欲しい。

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終楽章である第5楽章は、対位法を駆使しながらも愉悦感のある楽しい曲で、大好きだし、この日の演奏もとても良かった。が、と敢えて言うと、世界的なオケがこのくらい演奏できるのは当たり前である。今や、日本の多くのアマオケでさえ頻繁に5番を演奏している。かくいう私も、2つのオケで計3回の演奏経験がある。

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全体的に、有名な外国プロオケとしての演奏としては「想像内」に留まるもので、例えば「一生忘れられない演奏などでは全くなかった」。せっかくの有名外来オケなのだから、「想像を超えた凄さ」をどうしても期待してしまう。そういう点では私には「普通の、想像の範囲内のマーラー5番の演奏」だった。

聴衆は大喜びで大きな歓声と拍手を続けたし、それはそれで、もちろん結構なことだが、私はそこまで強くは心を動かされなかった。

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なお、終演後は、ナゼ=セガンとバティアシュヴィリのサイン会が行われた。昔なら、まず無かったことだが、昨今は、アンドリス・ネルソンス、ユジャ・ワン、エレーヌ・グリモー、ヒラリー・ハーンらもサイン会をこまめに行う時代となっている。

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