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2018年12月19日 (水)

田部京子さん~CDデビュー25周年記念リサイタル~一生の思い出になる名演

「田部さんはシューベルトの作品を見事に描き提示した、
 というよりも、シューベルトに寄り添い、シューベルトを
 慈しみ、慰め、守るような、いわば母性を感じさせるかの
 ような演奏をした」。

大曲第21番のソナタが終わったとき、そんなことを思った。

「演奏」の凄さを感じさせる演奏や、私たち聴き手も、
とかく「演奏の見事さ」に一義的に関心が向かいがちだが、
では、「ひたすら作曲家だけのことを想い巡らせる演奏」
ということを想うと、案外そうした演奏は稀なのかもしれない。

この19日の浜離宮朝日ホールでの田部さんのシューベルトは、
正しくその「稀な演奏」だった。
私はいつのまにか田部さんの演奏の見事さを超えて、
シューベルトがこの曲をどういう思いから書いたのだろう、
ということのみを考え感じるようになっていた。
このことは、私が今、田部さんに言い得る最大の賛辞と
敬意の表現だ。

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終演後、多くの人から出た言葉は
「今日の演奏、ライブ録音して欲しかったなあ」だった。

あるいは複数の人は
「これまでの田部さんと演奏スタイルに変化が生じたように
 想う。ディティールの磨き上げや感情移入への軸から、
 もっと全体を見据えたところからの、ある種達観的な見地に
 軸を置いた演奏」。

もちろん、ディティールの彫琢も素晴らしかったが、
私も演奏全体から感じられる温かさとぬくもり、慈しみと
いった心象を強く抱いた3曲の、いや、アンコールも含めて
6曲の演奏だった。

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1曲目のショパンの前奏曲の格調の高さ、伸びやかに自在に
歌いながらも、端然とした凛とした美しさに、ただただ魅了され
心洗われる思いがした。

2曲目はシューマンの大曲にして充実の名曲である交響的練習曲。
以前私は田部さんのシューマン演奏について、
「シューマンにおけるヴィルトゥジティと同時に熱いロマンと
 パッションがほとばしる演奏に圧倒され、深い感銘を受ける。
 田部さんの情感が直接的に音のドラマとして立体的に
 歌われるシューマンは素晴らしい」
と書いたし、今回も基本的に同じ印象ながら、
構成される各曲の性質の特徴、個性の違いをより鮮明に
打ち出しながらも、全体としては温かなぬくもりを感じさせる
演奏で、「ああ、やっぱり、田部さんのシューマンは良いなあ」
とつくづく実感した。

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休憩後は、シューベルトの大曲にして、田部さん得意の
21番のソナタ。
シューベルトの「未完成」や「グレイト」は大好きだし、
交響曲史上絶対に外せない偉大な名曲だと思うが、
ピアノ・ソナタについては私は詳しくない。

この21番はソナタというよりポエムを感じる点で、
交響詩のような印象を抱く。
第1楽章と第2楽章が特に素晴らしく、今回は特に第2楽章に
魅了された。この楽章に在る内省的な感情の移ろいを
田部さんは丁寧に描き出した。第3楽章と第4楽章の、
それまでと打って変わった曲想への切り替えも見事。

田部さんのシューベルトについても以前私は、
「瑞々しさ清々しさを増加することで、古典的フォルムの
 堅持よりもロマン派の息吹を節度を保ちながらも
 喜々として歌うことに踏み込む」
と書いたことがあるが、冒頭に書いたとおり、
この日の田部さんの演奏した21番は、いつにも増して淡々とした
開始からずっと、技術の見事さを超えた慈愛の境地を示したと
感じたことにおいて、これまでの田部さん体験、いや、
全ての音楽家により音楽体験の中でも、
一生忘れることのできない稀な音楽体験をした、
させていただいた、と強く感じ、心から感謝したい気持ちで
一杯になった、そういう演奏、演奏会だった。

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45分に及ぶ大曲の後、驚いたことに、田部さんは3曲も
アンコールを弾いた。終演後、いっしょに写真を撮らせて
いただく際、「大曲の後にアンコール3曲ですか」と言うと、
田部さんは「アハハハ」と笑った。

その1曲目はこれまで田部さんに数曲贈呈してきた
吉松隆さん作曲の、あまりに美しい「真夜中のノエル」を
来場されていた~ほぼ毎回来場されている~作曲家本人の
前で弾き、演奏後は、吉松さんを促し、
吉松さんは立ち上がって田部さんと聴衆に会釈された。

これで終わりだろうと想ったら、次いで、これまた
田部さん得意のグリーグ「君を愛す」。しっとりと熱い演奏が
深い余韻と精緻で静謐な演奏に感動した。

そして最後は吉松隆さんの編曲が素晴らしいシューベルトの
「アヴェ・マリア」。
終わってみれば、
絶妙な見事な選曲と言える3曲の美しい演奏だった。

あらためて、田部京子さんと同時代に生きていて良かった、
と心からそう思えた素晴らしいコンサートだった。

 田部さん、ありがとうございました。

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 演奏曲

1.ショパン 前奏曲 嬰ハ短調 op.45

2.シューマン 交響的練習曲 op.13(遺作変奏曲付き)

 (休憩)

3.シューベルト ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960

アンコール
1.吉松隆「プレイアデス舞曲集」より「真夜中のノエル」
2.グリーグ「君を愛す」
3.シューベルト「アヴェ・マリア」(吉松隆編曲)

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