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2018年12月27日 (木)

大推薦の映画「私は、マリア・カラス」~感動に浸る記録映像

劇場だけでなく、プライヴェートな映像や写真等がふんだんに
紹介されるドキュメンタリーの総括的映画。劇中、映像を伴い、
あるいは声だけを含み聴くことができる数々のアリアに、
ただただ、ため息をつき驚嘆しながら、こう思った。

「カラスはアリアを歌っているというより、アリアを演じている
 のだ。彼女はアリアを上手く歌おうなどとは思っていない。
 その歌が描く曲想、内面、世界を掴み、表現して聴衆に
 届けること。それには「こういう声、こういう表現が必要」
 として歌っている。
 その意味では、彼女の声や旋律でさえ、そのための
 材料と手段に過ぎないのだ。
 歌手というより、なんという偉大な表現者だろうか」と。

実際、彼女自身こう言っている。
「演技力の無いオペラ歌手は問題外ね」。

没後41年も経っているのに、いまだに日本を含む世界中の
多くのファンから愛され尊敬されている歌手マリア・カラス。

雑誌「ハンナ」でも時折掲載される日本人歌手が好きな歌手、
あるいは尊敬する歌手の中でもカラスの名を挙げる人は多い。
その点では、フルトヴェングラーやカザルス等々と同じく、
演奏家史上においても絶対に外すことのできない、
稀な音楽家の一人と言えるだろう。

後述するように、彼女に対する罵倒や攻撃といった
マイナス的ニュースも含めて、オペラ歌手として、
世界に話題をまいた点においても、例外的な「大スター」
だった。

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映画は、1970年のアメリカのTVインタビュー(白黒映像)と
カラスのフランス語でのインタビュー等の録音、そして、
自叙伝の他、これまで封印されてきた多くの手紙や手記を、
ファニー・アルダンという女性がフランス語で読むかたち、
などの構成で進行する。

有名になるにつれ、毀誉褒貶のギャップが彼女を困惑させ
悩ませる。
「私は叩かれ続けてきた。でも冷静さと忍耐力を保った。
 それでも非難されば傷つくわ。
 失敗しやしないかと不安になる」等々、
大スターの正直な赤裸々な気持ちが語られる。

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最初のピンチは1958年ローマ歌劇場での「ノルマ」公演に際して
直前に気管支炎になり、第一幕を歌った段階で降板。
チケットは完売、大統領も臨席。会場は大ブーイングとなり、
翌日の新聞等マスメディアは「わがまま」「傲慢」等々、
一斉に攻撃に転じる。

生身の体、声帯が命の歌手という職業ゆえ、不調なら
やむを得ないはずなのに、有名ゆえ世間は許さない。
なんとも痛ましい。
それでも、後年、別の公演で「心身衰弱のため中止」
となったときは、拍手が起きる変化も生じるようになったが。

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メトロポリタン歌劇場では、「同じ歌手たちばかりでなく、
若手を起用して、新しい演目をやりたい」とカラスが提言
すると、「生意気だ」として支配人から契約解除される。
彼女いわく
「支配人からは、扱いにくい女、と言われたわ。
 扱いにくい歌手はたくさんいるのに」。

「生意気なのは支配人、お前だろ。誰のおかげで食べさせて
 もらってんだ」、と、今の時代のファンからしたら、
そう思うわけだが。
このとき、カラスの「反論」も当時の生インタビューのかたちで
紹介されるが、断然、彼女が「正論」を言っている、と
贔屓目無しに思えるシーン。
「契約解除されるべきは支配人、あなただ」、と
誰もが感じるシーンだ。

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それでも、それから7年後の1965年、メトでの公演に出演
した際は、徹夜での行列と大歓声という、大歓迎を受け、
カラスも過去の嫌な記憶から解放される。
このシーンは、歓迎、感激したあの場にいた聴衆らと
心を一つにできる素敵なシーン。

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夫バティスタ・メネギーニとの離婚問題の長期化と、
アリストテレス・オナシスとの出会い。
私はオナシスには興味ない。
カラスに申し訳ないが、オナシスにしたら金持ち道楽の中での
出会いだったろうし、意味不明なジャクリーン・ケネディとの結婚
により、カラスを失望させ、それでも最終的にはカラスの元に
戻った、という成り行きは、私には陳腐な物語。
カラスが彼を本気で愛したのは解ったが。

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1973年の復帰公演でのハンブルグ、ロンドン、ベルリン、
アムステルダム、そして1974年東京での、
それぞれの熱烈歓迎映像も印象的。
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とにかく、劇中で見、聴ける歌唱が素晴らしい。
曲目は以下のとおりだが、まず、カラー映像で、
何かのガラコンサートと思われる歌劇場で歌う「ノルマ」の
「清らかな女神よ」に魅了される。

そして特に素晴らしいのが、これもカラー演奏で残されている
「カルメン」の「「ハバネラ」と、 
「トスカ」の「歌に生き、恋に生き」が絶品。
これ以上考えられないような声と技量と表情を含めた表現力に
ただただ感動する。

白黒映像だが、ベッリーニ「夢遊病者の娘」からのアリアも
素晴らしい。

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この映画は、オペラファンはもちろん、器楽は聴くけど、
オペラはあまり聴かないできた、という人にも
ぜひ観て欲しいし、クラシックやオペラに関心なくても、
ポップス等、音楽が好きな若い人にもぜひ観て欲しい
記録映画だ。

歌を「表面的に上手く歌える人が上手い人」と想像して
いる人には、「歌はそんなものではない。いわば、
命を削って表現するものが歌なのだ」ということを、
ジャンルに関係なしに、マリア・カラスという希代の大歌手が
教えてくれるからだ。

いずれにしても、1回観ただけでは、
とても全体を把握できないので、少なくとも、
もう一度観に行こうと思う。

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 劇中紹介される歌唱

1.プッチーニ「蝶々夫人より「なんて美しい空!」
2.ヴェルディ「シチリアの晩鐘」より「ありがとう、愛する友よ」
3.ベッリーニ「ノルマ」より「清らかな女神よ」
4.ヴェルディ「椿姫」より「さようなら、過ぎ去った日々よ」
5.ヴェルディ「マクベス」より「早く来て、明かりを」
6.ビゼー「カルメン」より「恋は野の鳥(ハバネラ)」
7.マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」より
  「ママも知るとおり」
8.プッチーニ「トスカより「歌に生き、恋に生き」
9.ベッリーニ「夢遊病者の娘」より
  「おお花よ、お前がこんなに早く萎んでしまうとは」
10.ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」より「母が死に」
11.プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父さん」

https://gaga.ne.jp/maria-callas/
https://www.youtube.com/watch?v=iZ4Jjzs54SM

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