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2018年11月11日 (日)

日生オペラ コジ・ファン・トゥッテ~歌を邪魔する幼稚で最低の演出~演出家は主役ではない~メゾの高野百合絵さんは「発見」の逸材

有名な「風よ、穏やかに」の三重唱はとても素晴らしかった
にもかわらず拍手が起きなかったのは、
聴衆がそのタイミングをうかがい損ねたというより、
それまでの奇抜過ぎる設定、演出に戸惑った状態が続いて
いたからだと私は感じ、想像した。
凍りついていたから、とまでは言わないが。

舞台で使われたアイテム、グッズの一部は
「宇宙服」、「ロボットキャラ」、「洗面所とトイレ」、「卓球台」、
「日本の祭りのハッピ」等々。
来場されていない人がこれらを見て「コジだ」を言い当てる人が
はたしているだろうか?

歌手の皆さんは後述のとおり全体的にとても素晴らしかった。

オペラは第一に歌手が主役で聴衆を楽しませるものだ。
そしてオケと合唱がそれを支え、指揮者が全体を束ねる。
にもかかわらず、
もし、演出家が「自分が主役だ」と勘違いするとどうなるか?
この「コジ」はその典型、象徴のような公演だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日生劇場開場55周年記念公演モーツァルトシリーズの
「コジ・ファン・トゥッテ」を10日、同劇場で観た。
主催・企画・制作=ニッセイ文化振興財団(日生劇場)。
台本はロレンツォ・ダ・ポンテ。

演奏会形式で聴きたかった。
もっと音響の良いホールで聴きたかった。
演出は想像以上にヒドかった。
ただし、素敵な演出も一部あったので、
これに関しては公平に後述する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私のようなプロ評論家でもないイチ音楽ファンが、
オペラの感想を、演出の批判から書かざるを得ないのは、
それ自体オペラにとって不幸なことだし、
せっかく素晴らしい歌を聴かせてくれた歌手の皆さんに
対しても、申し訳ないと思うが、
感想は常に正直に書きたいので、やむを得ない。
お世辞や遠慮で書いても意味は無いので。

歌手の皆さんは歌だけでなく、
各場面の長いレスタティーボもイタリア語で見事に演じられる
レベルに対して、演出のテイタラクさはどうだろう。

「歌手のレベルアップに演出家は全く追いついていない」
という私の確信が一層強まった。

今回の演出は、フィオルディリージとドラベッラを人工知能を
持つアンドロイドとし、男たちが自分たちで作ったそのAI女子の
心の変化を試すという設定、とのことだが、それ自体理解に苦しむ。

冒頭に記載した舞台衣装やグッズ等に加え、雑多な部屋と
階段と柱程度の殺風景なセットの入れ替え、
ゲーム的な映像等々、何でもかんでも入れ込んだ、
ゴッタ煮過ぎる舞台。統一感の無さ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このオペラは男女の移ろいやすい感情の機微、
駆け引き等を軸に置いたものだが、今挙げた材料を
必要とするだろうか?
男女というより、人間(と見做す者)の心、ロボットが心を
持ったとき、それを信じられるか、というテーマ設定というが、
それゆえ、肝心な生身の男女の心の機微が出てこない。

実際、ほとんどただのドタバタ劇の様相を呈して進行して
行った。

敢えて失礼な例えを演技に限定して言うと、
「お笑い芸人が舞台で笑わせているのに、
 観客は誰一人笑わない」
という空気がホール一杯に漂う舞台。

ゆえに関心はひたすら歌にしか行かない。
いや、その歌さえも幼稚な演出が邪魔をする。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ベートーヴェンが「軽薄すぎる」と言い、
ハンスリックが「知性を欠く」と評した物語は、
逆説的に言うなら、プログラムに岡田暁生氏が書いている
とおり、
「この恋人交換物語こそ、モーツァルトのオペラの中でも
 最も深く哲学的で、人の心の底知れぬ闇に切り込むものだ
 と確信」という言及に賛同した場合、

あるいは、このバカげた喜劇こそ、人間の心の難しさを
描いた傑作と考えた場合、

そして、作曲家史上、ほとんど唯一この作品を評価した
R・シュトラウスが
「レスタティーボが素晴らしく丁寧な作品。感情の虚実の
 表現が素晴らしい」、と絶賛したことに賛同する場合、

今回の「男女というより、人間(と見做す者)の心、
ロボットが心を持ったとき、それを信じられるか」
という軸足では、肝心の「男女の心の綾」が薄れてしまう。

そう、この演出の最大の欠点は
 「セクシーさの欠如」だ。

デスピーナに第二幕でセクシーな恰好をさせようと、
それで全体がセクシーな質感になるわけではない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

演出で唯一気に入ったのは、
フェルランドが第一幕と第二幕で歌うそれぞれにおいて、
フィオルディリージとドラベッラが映画スクリーンのように
映し出されるもの。

第一幕では、海岸に2人がいて、
ドラベッラの高野百合絵さんがニコやかに小踊りするような
スローモーション映像。
フィオルディリージの嘉目真木子さんは
正面はほとんど直視せず、憂いのある表情で
どこかを見ている、というもので、なかなか良かった。

第二幕は、1人ずつの顔のアップがスローモーションで
映し出された。
まず高野さん。屈託のない明るい笑顔で、本当に素敵。
次いで、嘉目さんは今度はカメラ目線でこちらを見つめるから
誰しも 「美人だなあ」、とあらためて思わざるを得ない、
魅力的な映像だった。

この2つの映画的演出は素敵で、この映像だけで
演出的には満足だった。
「あとは要らない」というところだが、加えるなら、
先述の「風よ、穏やかに」の三重唱ほか、
第二幕の幾つかのソロの場面でも落ち着いた雰囲気の
場面を作っていた。
あの路線で行けば良かったのに、と残念に思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 歌手の皆さんについて

まずは、ドラベッラを歌った高野百合絵さんから。
今回初めて聴いたが、「発見」と言うべき逸材だと感じた。
まだ東京音大の大学院生だが、声量があり、
歌い回しもベテランのような余裕を感じさせて見事だった。

当惑した演出の続く第一幕にあって、
その雰囲気を払うかのような大きな拍手を最初に受けた
のが彼女が歌うNo.11のアリアだった。
第二幕も素晴らしく、No.28曲ではブラヴォーも出た。

嘉目さんとのデュオ曲No.4やNo.20も素敵だった。
今後益々活躍が期待できる。きっと売れっ子になるだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィオルディリージを歌った嘉目真木子さんは
成長の著しさを示した。
ご縁あって、こんなに有名になる以前から存じているだけに
嬉しい。
一時期、トーンの彩りが少ない感じたこともあったが、
技術だけでなく堂々とした舞台度胸は頼もしい。

第一幕のNo.14曲では大きな拍手が起き、とりわけ、
第二幕のNo.25のアリアではブラヴォーも出た。

この役の複数のアリアは高音だけでなく、
メゾ範囲だろうと思うような低い音も出さなければならず、
しかも、その高低を瞬時に移行する場面もあるため至難の役
なのだが、しっかりとした歌唱で聴衆を魅了した。
堂々たるフィオルディリージだったと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フェルランドを市川浩平も明るく伸びやかなトーンで
とても良かった。
先述した女性2人のスクリーン画像が映し出される中の、
No.17とNo.27のいずれも美しいトーンで、良かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

デスピーナを歌った高橋薫子はさすがの巧さ。
声も上品だからトゲトゲしさがない。
特にNo019の歌唱は素晴らしく、大きな拍手を受けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

グリエルモを歌った加耒徹さんは第一幕のNo.15曲も
良かったが、特に第二幕が素晴らしく、
No.26曲では盛大で長い拍手とブラヴォーを受けた。
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ドン・アルフォンソを歌った与那城敬さんはソロよりもむしろ、
デスピーナとのデュオであるNo.22など、各場面での
重唱において要所をしっかり固め、締めていて、
アンサンブルの要としての役割を立派に果たしていた
と思う。
この役にしてはスタイリッシュ過ぎると感じた人もいたかも
しれないが、逆に言うなら、
それだけ与那城さんの個性がこの役に新鮮さを
持ち込んだ、とも言えると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

最後に広上さんの指揮とオケは、第二幕が強弱の
メリハリがあって良かった。
全体として速めのテンポをとり、キビキビはしていたが、
では心底、愉悦感をオケから感じられたか、というと、
それほどの魅力は感じなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

指揮  広上淳一

管弦楽 読売日本交響楽団

合唱  C.ヴィレッジシンガーズ

演出  菅尾 友

ソリスト           10日     11日

フィオルディリージ  嘉目真木子  髙橋絵理
ドラベッラ        高野百合絵  杉山由紀
フェルランド      市川浩平    村上公太
グリエルモ       加耒 徹    岡 昭宏
デスピーナ       高橋薫子    腰越満美
ドン・アルフォンソ   与那城 敬   大沼 徹

2018年11月 8日 (木)

コジ・ファン・トゥッテは傑作~ベーム1962年盤

今月の日生劇場でモーツァルトの「コジ・ファン・トゥッテ」に
備えて、久しく聴いていなかったCDをスコアを見ながら、
あらためて勉強じゃないけど、聴き直している。

物語のバカバカしさに反比例して、なんという素晴らしい音楽
の連続、圧巻の音楽だろうか。
これはオペラ史上においても、アンサンブルオペラという特徴を
最高度に生かした傑作と言える。

第一幕第4場やエンディングに向かう第二幕第4番のいずれも、
旋律、拍子、調性、リズムがめくるめく変化しながら推進して
いく迫力に圧倒される。
声部もオケも一体となった交響曲。
シンフォニックな点では「フィガロ」以上の充実とも言える。

「フィガロ」はソロ主体の名曲オンパレードという要素が強いが、
コジは重唱、アンサンブルに特化したとも言えるオペラ。

もちろん「フィガロ」も管弦楽と重唱の1つのピークは第2幕の
エンドに向かう七重唱にあるし、第4幕では、第1幕と第2幕の
ドタバタ要素だけでなく、力感あるドラマと音楽による展開には、
いわば形而上学的なまでの内的な説得力を有するものとして
提示される、というシンフォニックな要素はたくさんあるけれど、
「コジ」の声のアンサンブル、声とオケのアンサンブルの
愉悦と迫力は「フィガロ」を上回る。

「コジ」は喜劇なのに堂々とした作風というのは、
ハ長調を基調としていることも関係しているかもしれない。
そう、ちょうど「マイスタジンガー」がそうであるように。

このオペラのついて書いている2つのブログを発見した。
2人の文にとても共感する。

 1人はこう書いている。
「6人の歌手が名旋律にのせて織りなすアンサンブルの美しさ、
 精妙さ、劇的なハーモニーをたっぷり堪能することができる。
 モーツァルトのオペラの中で、これほどまでに重唱の粋が
 味わえる作品はほかにない。
 6人それぞれが重要なパートを担っている。
 この劇に脇役は存在しないといってもいい」
 (音楽・映画・文化評論サイト「花の絵」)

もう1人の東賢太郎氏はこう書いている。
「あの息もつけない第1幕のフィナーレをきいて感きわまって
 しまい、どういうわけか悲しい曲でもないのに涙が止まらなく
 なった。今でもそこは冷静でいられない。
 音楽の奇跡を示すものをあげよといわれれば、
 僕はまずあそこをお示しすることになるだろう。
 僕が認知症で何もわからなくなっても、このオペラを、
 それもあそこを聴かせてもらえばきっと喜ぶはずだ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

録音では、ベーム指揮の3種のうち、1962年盤だけが
ウィーン・フィルではなく、フィルハーモニア管弦楽団なので、
そのことから「ウィーン情緒が足りない」という人もいるが、
もともとウィーン情緒がどうという作品ではなく、
男女の心の奥底を~ベートーヴェン的には許しがたい内容
ながら~描いた、ある意味シビアな皮肉な作品でもあるから、
この作品に思い入れがあったというベームの堂々とした演奏は
作品に相応しく、1962年盤もとても立派な演奏だ。

ただ、私にはシュワルツコップのフィオルディリージは、
この役の私のイメージからすると立派過ぎる、
重たすぎる感じがする。でも、さすがの歌唱ではある。

むしろ、デスピーナを歌うハンニー・シュテフェックの声が、
ベームの指示だろうけれど、少女のような声なのが面白い。

ドラベルラ役にクリスタ・ルードヴィッヒ、
フェルランドがアルフレード・クラウス、
グリエルモがジュゼッペ・タッディ、
ドン・アルファンソがワルター・ベリーという贅沢な配役。
声のアンサンブルオペラに相応しい重厚な配役だ。

岩崎恭子さんの離婚報道~他人である社会に謝る必要はない

夫とは別居状態だったこと、(報道された)
「男性と恋愛関係にあったことは概ね相違ありません」と
 認めただけでなく、
「離婚協議中であったとはいえ、一人の見識のある大人として、
 一児の母として、大変軽率で恥ずべき行動を取ってしまったこと、
 またお相手のご家族にも多大なるご迷惑をおかけしたこと、
 そして何より、日頃より応援してくださっているファンの皆さまや
 スポンサーの皆さまなど、多くの皆様の信頼を裏切ってしまった
 ことを心よりお詫び申し上げます」
としてブログで謝罪したというが、

 「軽率」とか「謝罪」って何だろう?と思う。

夫とうまくいってない時期に、他の男性に恋愛感情が生じる
ことが罪なのか?恥ずかしいことなのか?と。

恭子さんの浮気?が先にあっての別居、離婚なのかという
「順番がどうなのか」は知らないが、結局、
最初のダンナとうまくいかなかったことは事実で、
「2番目」と出会うことが罪なら、
この世から小説も芝居もオペラも、いや、新しい人生そのものも
含めて何も生まないだろうし、

少なくとも恋愛や結婚に関する「一度目の失敗」を
他人に~公表というかたちで関係ない人々に~対して
謝罪する必要はないだろう。
それを求める社会だとしたら、それこそおかしい。

むしろ私は、アイドル的なまでの元スーパースイマーにして
40歳の人妻の心を射止めたその50代男性に興味がある。
さぞかし素敵な男性なのだろうと。

2018年11月 5日 (月)

チャレンジする人を応援する~沖澤のどかさんの場合

10月14日、東京国際音楽コンクールの指揮部門で
1位と齋藤秀雄賞を得た沖澤のどかさんとは、
武蔵野合唱団在籍中に面識を得、指導も受けた。
私が退団後も、彼女の指揮するコンサートは何度も聴きに
行っている。
今年もオペラ「ヘンゼルとグレーテル」と、
やっとかめ室内管弦楽団のコンサートを聴いた。

武蔵野合唱団在籍時の4年くらい前だったか、
練習の帰りがたまたま一緒になり、吉祥寺から都心に
向かう中央線内で~たぶんそのまま継続して山手線内でも
 ~私は沖澤さんとずっと話しながら、語り合いながら帰った。

いろいろ話したと思うが、1つだけ鮮明に覚えているのは、
沖澤さんが指揮者という仕事について、

「一生をかけて取り組むに値する仕事だと思っています」

と言い切ったことだ。
車中だから淡々と控えめな口調だったとは思うが、
その力強く迷いの無い言葉が、とても爽やかで
逞(たくま)しい意志表明として、今も私の記憶の中に
強く在る。

チャレンジし続けないアーティストはいないだろうが、
それでも諸事情で断念せざるを得なかったり、
教職や家庭に比重を置く選択をせざるを得ない人も
いるだろうし、それはそれで各人の人生だと思う。

ただ、ファン心理としては、やはりオーディション等、日々、
地道にチャレンジしている人を、より強く応援したい、
と思うのは自然な感情で、人情だ。

それは、アーティストに限らず、どんな職業の人にも
様々な問題に日々直面し、濃淡はあっても、迷い、
乗り切ろうとする頑張りはしているものだから、
単にアーティストその人(および、その仕事自体)への
憧れだけでなく、生き様への共感と応援を含めて、
チャレンジしている人の姿や状況は、関心を抱いて
さえいれば、情報も含めて感じ取れるからだ。

若い沖澤さんにも、今後様々な局面が待ち受けて
いるだろうが、指揮者という仕事を
「一生を賭けて取り組むに値する仕事」
と覚悟を決めている彼女なら、きっと喜ばしい道を
歩んでいけるに違いないと思うし、
これからも応援していきたいと思う。
https://www.facebook.com/pg/ConductingCompetition/photos/?tab=album&album_id=571050499982371&__xts__%5B0%5D=68.ARDo-OW5BOyOe-Hg0ze83_uU6cdw1L3zSulKOYjpux2MNyxd5hLH6TP3g-L8xqFxCQBFgXf3EzOD8ak1iK9o8d5K_fuw6StpvBDo_Nt9xpiI1gXqPLUzWP0RG-q9WPdt80UaLi9R3ku7jBDZPXJ18iduv4NGpHBLUjZuhZxbVbeqfBuePUM6JrnWU9wVSEnvIEqsOSvebnPbym0TN2BLlWc&__tn__=-UC-R

2018年11月 3日 (土)

合唱団のソプラノの「ミ」の音程の悪さについて~合唱の不思議

私は先日の「千人」のような臨時編成の団も含めれば、
これまで7つか8つの合唱団で歌ってきた経験があるのだが、
そのほとんどの団で同じシーンを見ている。

それは、ソプラノパートが、五線紙の中の一番上のミ
 (2点ホ)の音で「低い」と指揮者につかまるシーンだ。
本当に、これまでほとんど全ての団でそういうシーンを見て
きたから、これは特定の団に限った現象ではないと思う。

実際、指揮者が指摘する前に、バスのパートにいる私は
 (私だけでなく、たぶん他のパートの多くの人も)、
その瞬間、ソプラノに対して「低いよ」と内心思うわけ。
「ミに上がりきっていない」のだ。
そのくせ、それより高い音、例えばそこから4度上の
ラ(A)とかだど、なぜか、あまりつかまらないから不思議だ。

なぜ、合唱団のソプラノの人たちは、
ミ(あるいはファも含めて)の音程が悪いのだろう?
ファに近づくのを意識して、それを避ける潜在意識から、
ミを低めにとろうとする意識が働くのだろうか?
「中途半端な高さゆえ、正確にとりにくい難しい音域、高さ」
なのかもしれない、と想像する次第。
つかまるたびに、
「まただよ、またかよ」と、いつも不思議に思う次第。

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これに関してフェイスブックでいただいたコメント

RHさん
毎回それを言い続けていますよ。
そこを直すとパーンと響くようになるのです。

FKさん
ソプラノの喉に起因します。ミとファの間あたりがちょうど
ヴォイスチェンジの場所になるため、最も不安定になり、
神経的にも辛いのです。
これをしっかり支えるにはやはり呼吸と腹筋ですね

MSさん
ミの法則はテノールにもかなり当てはまります。
とくに、ミの高さでエの発言は下がる確率が高くなり、かつ、
楽譜をめくった最初の小節にミの音でエの発音の言葉が出て
くるとたいがい下がります。
めくった最初の小節は要注意とM合唱団のテノールの
リーダーの時に言い続けました.。

RHさん
ソプラノとテノールは大変なんですよね。
でも調律するように直して、きちんとした意識を持って
もらえばだいじょうぶですよ。
僕はいつも 「重力の法則に負けないように支えて」
と励ましています。

日本の合唱団で少し残念に思うこと

合唱団にはそれぞれのコンセプト、設立時の理念や
文化等がありますから、以下は批判でなく、
一般論的な素朴な独り言ですので、合唱関係者の
皆様におかれましては誤解無きようお願いします。

日本の合唱団では、西洋の曲のみ(特にオケと)を演奏
する団と、逆に、日本人作品をメインで演奏する団の、
完全に2つに分かれる傾向があり、
私はその状況を少し残念に感じている。

私は両方好きだし、いずれも歌ってみたいと思う人間
なので。

少なくとも、西洋曲主体の団は練習においてでもいいから、
邦人曲もたまには取り組めばいいのにと思うし、逆に、
邦人曲主体の団は、練習の中でもいいから、
たまにはミサ曲等、西洋作品にも取り組めばいいのに、
と思う。

西洋の曲にも、邦人曲にも、それぞれ違った難しさと魅力
があるので、両方に取り組んだほうが、
その団にとっても技量の幅が広がるように想える。
そう感じている人は私だけだろうか?
そうは想えないのだが。

武蔵野合唱団は西洋曲がメインだが邦人作品もたまに
演奏する。もっとも、その邦人曲はやや限定的に思えるが、
その姿勢には好感が持てる。

栗友会に所属する各団は基本的に邦人作品をメインと
するが、プロオケとの共演(要請)の際は、その集合体
としての「栗友会合唱団」として西洋作品を演奏している
から、その点ではバランスは良いのかもしれない。

もっとも、栗友会は所属する各団全体での総人数は
とても多いから、必ずしも各団の全員が、
栗友会として毎回オケと共演できるとは限らないらしい。
その点で不満を持っている人が栗友会系の各団の中に
いることは、当該友人からの情報として直接知っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記

邦人曲主体の合唱団でも、コンサートプログラムの中に、
ミサ等、西洋曲も入れてコンサートを行う団体も
もちろんあって、比率は判らないけど、
割とあるかもしれませんし、
各団のレベル(成長の段階、どの段階にいるか)で、
今後は混ぜるが、まだ邦人のみでいく、とか、
事情はマチマチかもしれないですね。

それと、当然、西洋曲主体の団があっていいわけで、
東京アカデミーや、
樋口隆一先生率いる明治学院バッハ・アカデミー、他、
東京J.S.バッハ合唱団、あるいは学習院の名は付くけど
特殊事情があるブラームス合唱団等は、
バッハやモツレク、ドイツレクイエムなどのオケとの
西洋作品を演奏することを主体に設立されてるから、
それはそれで明確な理念、設立目的が明確で、
私は当然そうした意志、理念は尊重する立場です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 高齢化問題

二期会や新国、東京混声合唱団というプロは問題ないが、
数で圧倒するアマ合唱団における男声の少なさと、
男女問わない高年齢化は東京近郊のほとんどの団でも
共通の、深刻な問題です。
 (どのくらい危機意識を団として持っているかで、
  その団の将来が決まると思っています)。

東京合唱団や「鯨」は男女バランスは割と良いほう
ですが、多くは7:3とかの男声が少ない団が多いですし、
その中では比率の割には男声の声が良く出ている
武蔵野等もありますが、それでも男声比率の悪さは
過酷なまでに容赦なくその団には不利だと思います。
客席で聴いていて同情するくらいです。

高年齢化は更に深刻で、これはもう、団の目標として
若い団員確保をどのくらい真剣に取り組むか、
にかかっています。

武蔵野もがんばっているようですが、現実として
増えていません。
4月に私が入団した「鯨」は先輩衆が過去経験した中で
一番親切で居心地よい団で気に入っていますが、
それでも私より若い男性はたぶん3人か4人くらいしか
いない感じで、深刻という意味では「鯨」も同じです。

このように、東京周辺のほとんどの合唱団でも、
若い団員の確保と、特に男性の入団促進は、
直面する緊急で深刻な問題です。


プロオケが合唱を伴う難しい曲や大曲をやる場合、
あらかじめ男女をバランス良く募集、あるいは既存の
複数の団体から確保して対応するしかないと思います。

たぶん、昔、小澤征爾さんが(関屋晋さんが率いた
複数団体の集合体である)晋友会を使ったり、
最近では、プロオケから栗友会がひっぱりダコなのは、
集合体ゆえ、バランスよく集められる、レベルも高い、
ということからだと思います。

来年1月の「千人」も各パート何人、と設定して募集して
いました。
なので、特に女性では、歌いたかったのに入れなかった、
という人は多いようです。
レベルとバランスを考えて、そうした計画性を持った要請を
プロオケは合唱団体に当然していいと思います。

2018年11月 1日 (木)

ポール・マッカートニー来日公演を体験~東京ドーム11月1日

予想はしていたが、ポールが歌い出すと、いや、
登場したときから、場内総立ち。
私はこれが嫌いで、一人頑なに座り続けた。
数万人対一人の完全アウェー状態。
たぶん左右や後ろの人たちは内心
「この人、足か腰が悪いんだろうな」
と思っていたことだろう。

しかし、私の席はポールまでは50メートルはあったと思うが、
当然、巨大スクリーンに終始映し出されているので、
座っていても、ポールの表情はよく見えるわけ。
そして、座っているからといって、
君たちより私は聴いていないか、熱していないか、というと、
そうじゃないぜ、と言いたいところだ。

もっとも、ビートルズナンバーが思いのほか少なかったのは
やや不満というか残念だった。もっとも来場者の多くは、
私と違って、ビートルズ解散後のポールの単独作品も
よく知っている人が多いようだった。

それも来場者は、ポールと同世代、同時代を生きてきた
男女はもちろん、20代、30代(以上)といった若い男女も
とても多く、正に老若男女。彼ら彼女らの多くが、
ビートルズナンバーではないポール単独の曲でも口ずさむ人
が多かった。
さすが、世代と国を超えたスーパースターだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ポールは76歳なのに、なんと2時間のコンサート中、
ほとんど歌いっぱなしには驚いた。

後記のとおり、「A Hard Day’s Night」に始まり、
アンコールも含めたら実に37曲。
エレキギター、ピアノ、アコースティックギターなどに
替えながら終始力感溢れるステージで、
そのスタミナ、パワー、プロ精神に圧倒された。

もちろん、短いトーク~ときおり日本語も入れて
 ~頻繁に置きながら、ではあるが、舞台のソデ(奥)に
  下がることは正規プログラム中では(アンコールで
  戻るまでは)一度も無かった。

英語のトークでは、ジョージ・ハリスンやジョン・レノンに触れる
トークもあった。

また、名曲「エリナー・リグビー」を歌い出すとき、
声がうまく出なかったので、唯一の「ワンモアタイム」ということで、
会場は爆笑と拍手。

1時間を経過するころには、私以外にも座って観賞する人も
チラホラ出てきたが、圧倒的少数派には変わりなし。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それでも、とうとう私が立たずにはいられない瞬間が来た。
そう、「レット・イット・ビー」を歌い出した瞬間だ。
これは、いわば、「ハレルヤ」コーラスみたいなもので、
立たずにはいられない。
 (もちろん、今どき「メサイヤ」のコンサートで「ハレルヤ」
  になったときでも、私を含めて実際は誰も立たない
  だろうが)。

そして、正規プログラムのラスト「ヘイ・ジュード」を
ポールが歌い出したときは思わず涙が出た。
最後のリフレイン「ラーーーラーラー、ラッララッ・ラー」は
20回以上は繰り返したのではないか。

ポールのリードもあり(なくても、だが)、
もちろん会場全員によるコーラスだ。
ポールは途中、「女性だけで」と日本語でいい、
女性だけが「ラー~」と歌う場面も含めて、20回、
いや30回を超えたかもしれない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これで終わりかと思ったし、これで終わって欲しかった
とも思うが、鳴り止まない数万人の拍手に応えて
1分程度のインターバル後、再びバンド全員とで登場。
ポールが日本語で「もっと聴きたい?」と言い、
なんと6曲も歌った。

その3曲目が終わったくらいだっただろうか、
ポールが「何か言いたがっている人が来ている」と言い、
会場は「なんだろう?」状態になったのだが、それは、
若い日本人カップルがステージ上でプロポースする、
という企画だった。

これはもちろんポールの企画というより、
主催サイドの企画だろうけれど、
これは不要だったなあ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほとんどが、地面を通して心臓にズドン、ドカンと届く
ロックサウンドの曲だが、もちろんしっとりした曲もあった。

私が好きな「And I Love Her」や「Yesterday」は
演奏されなかったが (後記参考のとおり、
 前日のアンコールでは「Yesterday」を歌った)、
バラード調の素敵な曲、確か「Love Me Do」の後
だったから「Blackbird」と「Here Today」だと思うが、
アコースティックギターによる素朴で素敵な歌で、
このときばかりは、数万人の観衆はほとんどシーンと
静まりかえり聴いていた。
他の曲もこのように静かに聴いて欲しいのになあ。

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とはいえ、生まれて初めて、もしかしたら、
最初で最後の~ポールは「See You Again」とは最後に
 言ったが~ポールを聴いた日、いや、
ポール・マッカートニーという伝説的にして、
今なお76歳の現役ミュージシャンの衰え知らぬ歌声とパワーを
体験した、と言うべき日だった。

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 11月1日に歌った曲

1. A Hard Day’s Night
2. Junior’s Farm
3. Can’t Buy Me Love
4. Letting Go
5. Who Cares
6. Got to Get You into My Life
7. Come On to Me
8. Let Me Roll It
9. I’ve Got a Feeling
10. Let ‘Em In
11. My Valentine
12. 1985
13. Maybe I’m Amazed
14. We Can Work It Out
15. In Spite of All the Danger
16. From Me to You
17. Love Me Do
18. Blackbird
19. Here Today
20. Queenie Eye
21. Lady Madonna
22. Eleanor Rigby
23. Fuh You
24. Being for the Benefit of Mr. Kite!
25. Something
26. Ob-La-Di, Ob-La-Da
27. Band on the Run
28. Back in the U.S.S.R.
29. Let It Be
30. Live and Let Die
31. Hey Jude
Encore:
32. I Saw Her Standing There
33. Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (Reprise)
34. Helter Skelter
35. Golden Slumbers
36. Carry That Weight
37. The End
以上、全37曲
11月1日
https://lyfe8.com/paulmc1101/

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 参考

10月31日の公演で歌った曲

1. ア・ハード・デイズ・ナイト(ザ・ビートルズ)
2. ハイ・ハイ・ハイ(ウイングス)
3. オール・マイ・ラヴィング (ザ・ビートルズ)
4. ワインカラーの少女 (ウイングス)
5. フー・ケアズ (ポール・マッカートニー / 最新アルバム『エジプト・ステーション』収録)
6. カム・オン・トゥ・ミー(ポール・マッカートニー / 最新アルバム『エジプト・ステーション』収録)
7. レット・ミー・ロール・イット (ウイングス)
8. アイヴ・ガッタ・フィーリング (ザ・ビートルズ)
9. 幸せのノック (ウイングス)
10. マイ・ヴァレンタイン (ポール・マッカートニー)
11. 1985年 (ウイングス)
12. メイビー・アイム・アメイズド (ポール・マッカートニー)
13. 夢の人 (ザ・ビートルズ)
14. イン・スパイト・オブ・オール・ザ・デンジャー (ザ・クオリーメン)
15. フロム・ミー・トゥ・ユー (ザ・ビートルズ)
16. ラヴ・ミー・ドゥ (ザ・ビートルズ)
17. ブラックバード (ザ・ビートルズ)
18. ヒア・トゥデイ (ポール・マッカートニー)
19. クイーニー・アイ (ポール・マッカートニー)
20. レディ・マドンナ (ザ・ビートルズ)
21. エリナー・リグビー(ザ・ビートルズ)
22. ファー・ユー (ポール・マッカートニー / 最新アルバム『エジプト・ステーション』収録)
23. ビーイング・フォー・ザ・ベネフィット・オブ・ミスター・カイト(ビートルズ)
24. サムシング (ザ・ビートルズ)
25. オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ(ザ・ビートルズ)
26. バンド・オン・ザ・ラン(ウイングス)
27. バック・イン・ザ・U.S.S.R.(ザ・ビートルズ)
28. レット・イット・ビー (ザ・ビートルズ)
29. 007死ぬのは奴らだ(ウイングス)
30. ヘイ・ジュード(ザ・ビートルズ)
(アンコール)
31. イエスタデイ(ザ・ビートルズ)
32. サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプライズ) (ザ・ビートルズ)
33. ヘルター・スケルター (ザ・ビートルズ)
34. ゴールデン・スランバー (ザ・ビートルズ)
35. キャリー・ザット・ウェイト (ザ・ビートルズ)
36. ジ・エンド (ザ・ビートルズ)
10月31日の公演で歌った曲
https://okmusic.jp/news/302124
http://rollingstonejapan.com/articles/detail/29325

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