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2018年10月26日 (金)

安易で陳腐な自己責任論を排す

案の定、安田純平さんに対して「自己責任だろ」という声が
出ているそうだ。陳腐過ぎて反論する気もしないが、
一応少し書こう。

最初に係る反応が生じたのは2004年、イラクで、
ボランティアの女性やフリーカメラマなど、3人の日本人が
拘束された後に開放された事件だ。

ネット連中だけならともかく、あろうことか、その急先鋒の
一人に、当時、日本テレビアナでキャスターの辛坊治郎がいた。
彼による3人への「自己責任」に基づく批判は、
「誘拐された邦人を政府が税金を使って救助する必要はない」等
容赦なかった。

ところが、その辛坊氏は、2013年6月、全盲のヨットマンだった
岩本光弘をサポートする形で、ヨットで福島県いわき市から
米国カリフォルニア州サンディエゴでゴールをする予定で
出港したが、同月21日、クジラと思われる生物と衝突して、
ヨットが浸水。約10時間近く救難艇で漂流したのち、
海上自衛隊の救難飛行艇で救助される、という事故が起きた。
このとき、4000万円の税金が使われたと言われている。

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これについて、文春記者が辛坊氏に、
「4,000万円を自己負担する考えがあるか」と質問すると、
「払います、と言えば、助けてくれた自衛隊員が喜ぶと
 思いますか?命をかけて助けてもらって、
 それが金かよって思われないか」
などと、バカげた言い訳をし、一切、自分のした行動と結果
について「自己責任」とは言わなかった。

他人、それも紛争地域における活動をしていた人には
「自己責任だろ」と攻撃するのに、
自分の行動、それもヨット遭難、などという呑気な天下泰平の
遊びが招いた結果のことに税金が使われた事に対しては、
自己責任の「自」字も言わない。ジャーナリストとして失格だ。

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大前提だが、国、政府は国民を守る「義務」がある。
それはいかなる場所にいようと、いかなる職業でも同じだ。
そもそも「自己責任」と言うなら、それは
「成人には全員例外無く自己責任はある」。
なぜなら、各人、「その職業を選んだのは勝手」であり、
各人が「勝手に人生を生きている」のだから。

ゆえに当然、「成人の誰もに自己責任はある」のだから、
係る状況におかれた特定の人のみに対して
「自己責任を持ち出して批判すること自体おかしいし、
バカげている」と言わざるを得ない。

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青木理氏によると、アメリカではジャーナリストの紛争地
での安全性をどう守るかと真剣に議論をしており、
ケリー国務長官いわく、
「危険性をゼロにするのは非常に難しいが、
 一つだけ方法があって、それは沈黙することだ
  (危険な場所にいかないことだ)。
 しかしそれは、目と耳をふさぐことになり、
 ジャーナリズムの降伏、放棄を意味する」
という発言を紹介している。

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下記添付にアップされていた記事にあるが、
北海道大学名誉教授の吉崎祥司氏は、

「自己責任論は、「社会的責任」と「個人的責任」とを
 意図的に混同し、支配層にとっての不都合なこと
 すべてを個人の「自己責任」に解消することで、
 社会的・公共的責任を放棄し、あるいは
 隠蔽しようとするもの」
と明確に整理している。正論だと思う。

また、政治学者で音楽評論家でもある片山杜秀氏は、
「税金や徴兵など国民に犠牲を強いるかわりに
 後々までちゃんと面倒みるよ、というのが国民国家
 ですが、安倍政権の国家観はすでにそこからズレている。
 現政権が国防軍、日の丸、君が代といったナショナルな
 シンボルをやたらと強調するのは
 『もう国は国民の面倒はみない。それぞれ勝手に
   生きてくれ』
 という、政権の新自由主義的なスタンスと表裏の関係」
と指摘している。

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中東から遠いという印象の中で日本人の多くは
この島国で育った。要するに、
「多くの日本人にとって、日本が平和で、自分が平和な
 暮らしができればそれでいい」のであり、
中東の、いわんや、なんで戦争しているのか解らない
イスラム圏での取材や拘束など「余計なこと」なのだろう。

しかし、そうした日本人では、欧州旅行中にテロに
巻き込まれる可能性、すなわち、日本は日本だけで
平和を保ち、日本人だけが安全に暮らせる世の中ではない
ことに気づいていない。

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なるほど、危険地域に取材に行くことは
「勝手な個人行動」かもしれないが、少なくとも
「ヨットで遭難して税金で助けてもらうこと」とは
全く意味が異なることだけは確かだ。

「ヒトゴト」からの安易で軽薄で陳腐な自己責任という
 言葉を用いての「勝手で無責任な批判」は慎みたい。

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参考;日本人はなぜ自己責任論にはまるのか?
https://lite-ra.com/2015/02/post-843.html?fbclid=IwAR0GyjeL_8JZCXtEw2bzDzDhtbZNHoFP5s_LHcwDIBPvhen7UgRNg5Wbm9w

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