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2018年9月29日 (土)

田部京子さんコンチェルト2曲

2018年9月23日 (日)

フルトヴェングラーとマーラー~山下山人さんの貴重な記録本から

フルトヴェングラーのテンポの加速減速を含めた
感情のうねりは、マーラーの気質と似ているという印象を
かねてより抱いていて、
これは多分私以外にも同感とする人もいると想像する。

しかし、ご存知のとおり、少なくとも録音では名盤誉れ高い
フィッシャー=ディースカウとの「さすらう若人の歌」
 ~フィルハーモニア管とのスタジオ録音と、それに先立ち、
 そのきっかけとなったザルツブルグでのウィーン・フィルとの
 ライブの2種~しか残されていない。

それゆえ、フルトヴェングラーはマーラーに関心が無かった
とか、交響曲は1曲も振ったことは無かった、と思っている人も
少なくないかもしれない。

 しかし、それは事実と異なる。

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「フルトヴェングラーのコンサート」(解読・全演奏記録)
と題して、山下山人さんが2015年12月にアルファベータブックス
から出した本は労作で貴重だ。

私は20年くらい前に外人による英文のそれに似た資料本を
入手しているが、山下さんは当然それも踏まえて、
修正加筆等をされている。

これによると、フルトヴェングラーはマーラーの作品を
生涯で合計49回も演奏している。
そのうち、戦後は先述の「さすらう若人の歌」と
「亡き子をしのぶ歌」の2曲だけ計10回で、39回は戦前。
その全49回の内訳はこうなる。

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交響曲第1番=11回
交響曲第2番「復活」=3回
交響曲第3番=7回
交響曲第4番=5回
大地の歌=1回
さすらう若人の歌=12回
亡き子をしのぶ歌=5回
3つの歌=3回
5つの歌=2回。

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初めて振ったのはマーラーが死んだ翌年1912年の11月で
「亡き子をしのぶ歌」。

交響曲では1922年10月の1番が最初で、
最後は1932年1月の4番。
したがって、ナチ政権がユダヤ系作曲家の作品を禁じた
1930年代後半になる以前、特に1920年代は相当頻繁に
振っていたのだ。
むろん、ブルーノ・ワルターほどではないけれど。

なお、この本にはワルターの演奏記録も期間限定範囲
ではあるが紹介されているし、マーラーを含めて
多くの作曲家作品の演奏頻度をカラヤンと比べて
記載されている点も興味深い。

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ちなみに、ニキシュも1番、2番、4番、5番、7番と大地の歌、
等を振っていて、フルトヴェングラーが取り上げた曲と
ほぼ重なるので、ベルリン・フィル常任の先輩(先代)
ニキシュの演奏を聴き、影響を受けたのかもしれない。
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こういう事実を知ると、フルトヴェングラーが戦後、
交響曲を一度も1曲も振らなかった、録音を残して
くれなかった、ということはとても残念なことだ。

「マーラーはワルターに任せた」という発言が
まことしやかに伝わっているが、むしろ
残された人生において、より深く、ベートーヴェンや
ブラームス等、敢えて限定的に絞り込んだ演奏を志向した
と言えるだろう。

それでも先述の「さすらう若人の歌」、とりわけ、
ロンドンでのフィルハーモニア管との
「トリスタンとイゾルデ」の録音の合間を縫って行われた
フィッシャー=ディースカウとの録音は貴重で、
いまだに同曲のベスト1の地位を譲っていないと思う。

フルトヴェングラーはフィッシャー=ディースカウの
マーラーの歌を聴いて、
「君のおかげで、マーラーのことをより深く理解できたように
 思うよ」と言ったと伝えられている。

そう言わしめたフィッシャー=ディースカウはむろん凄いが、
39歳年下の、当時20代半ばの新進気鋭の
 ~後の大歌手の~フィッシャー=ディースカウに
敬意を表したフルトヴェングラーの態度こそ、
尊敬に値すると言える。

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また、確かな証拠(記録)としては残っていないが、
1950年7月に、フルトヴェングラーがオランダの
スヴェーニンゲンという都市で、
アムステルダム・コンセルトヘボウ管に客演した際、
同じく、同地にいた若きバーンスタインがその演奏を
聴いただけでなく、バーンスタインが同地でハーグ・フィルと
「復活」を演奏した際、
その演奏をフルトヴェングラーが聴いた、
とも伝えられている。

実際、バーンスタインは相当フルトヴェングラーに
強い関心を持っていたと伝えられているから、
この逸話はまんざらでもないかもしれない。

マーラーに関するフルトヴェングラー、
フィッシャー=ディースカウ、バーンスタイン。

興味深い関係性に思い至らせるだけで、
ちょっとワクワクする。
https://ab-books.hondana.jp/book/b214105.html

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88-%E5%8F%A2%E6%9B%B8%E3%83%BB20%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E8%8A%B8%E8%A1%93%E3%81%A8%E6%96%87%E5%AD%A6-%E5%B1%B1%E4%B8%8B-%E5%B1%B1%E4%BA%BA/dp/4865980075

2018年9月19日 (水)

安室奈美恵さんの引退に寄せて~We celebrate you

18日21時からの日テレ「安室奈美恵引退SP!最後の1年、最後の1日独占密着!緊急生放送」を見た。
日テレの近年にない大ヒットだ。
安室さんが全国ツァー最後の6月、東京ドームでのコメントでは、ファンやスタッフへの感謝の後、自分のことではなく、音楽全般、音楽そのものと、各人の人生、生活に関するコメントをされたことに非常に驚き、とても感動した。いわく、

「(私は)イチ音楽ファンとして、皆さんの素晴らしい毎日の中に
 常に素晴らしい音楽が溢れているよう、
 心からそう願っています。
 これからも素敵な音楽にたくさんたくさん出会ってください。
 25年間ありがとうございました。
 最後は笑顔で、みんな元気でねー! バイバーイ!!」

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こういうところが、多くの人から愛された理由なのかもしれない
と思った。
最後くらい自分自身のことだけを語ってもおかしくないのに。

また、正にラストの故郷沖縄での9月15日のコンサートは、
なんと単独ではなく、平井堅、Begin、MONGOL800、
DOUBLE、台湾からジョリン・ツァイ、ヤマピーこと山下智久さん
らとのコラボを選んだのだ。

それこそ最後くらい単独で行うのが普通と想えるのに。
「自分のフェスは6月で終わっているので、最後はコラボと
 いうかたちで、自分も楽しみたかった」と理由を語った。

そこには一種の「照れ」もあったにせよ、最後の最後は
ステージでの「孤独」より、アーティスト同士での盛り上げを
選び、実際、彼ら彼女らとの歌とダンスはカッコ良かった。

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「私は私。言う事を聞かない、生意気」と言いながら、
シャイで、喜びも涙も隠そうとしない正直さがあった。
安室さんは、誤解を恐れずに言うなら、
「普通」の延長線上にあるスタンスゆえ、多くの人から
 親近感を持って愛されたのではないか。

「普通の沖縄の女の子」が東京に出てきたが、
歌もダンスも「キレ」が良い。凄く恰好良かった。

普通の子だけど普通じゃない。
普通に感じるから、ファンは「自分も安室さん(みたい)に
なれる」と感じた。
むろんそれは「錯覚」だけれど、錯覚でないファン心理なんて
あるだろうか?

いや、「安室さんになれる」ではなく、
「安室さんなら、いつも自分といっしょにいてくれるかも
 しれない、いてくれる人に違いない」という「普通さ」。
それこそが、彼女が多くのファンを獲得した最大の要因に想える。

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1997年12月の出産前の「紅白」。
その後、(産休期間に)「忘れられてしまのではないか?」
 (復帰したとき)「受け入れてもらえるのか?」と、
強い不安を感じた。
それゆえの、復帰第一日が1998年12月の「紅白」で、
歌は1年前と同じ「CAN YOU CELEBRATE?」だったが、
嬉しさの涙で何度も歌がとぎれたのは誰もが知っている。
不安と葛藤が解消された瞬間だった。

お子さんの情報に象徴されるように、
彼女はプライヴェートをファンの前にさらさない。
「10代のころはカラオケで自分の歌もガンガン歌ってました」
「焼肉が好きです。フルーツとかはあまり食べず、
 結構ガッツリ派です」
「見逃したTV番組などをVTRで見たり、TVドラマを
 ボリボリお菓子を食べながら見ています」
「今は通販に凝っています」などの、
日常の一端は明かすが、あくまでもその程度で、
お子さんのことは語らない。

それは自分の問題であって、ファンが求めるのは
ステージでの自分の歌であり、ダンスであり、
ファッション等であることを知っているからだろう。

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シングルマザーであっても、それ以前と全く変わらない10代
であるかのように見え、行動する。
出産後も、それ以前と同じように「普通に」働くカッコ良さがあった。

ステージ人であることを誰よりも認識しつつ、しかし、
彼女は自分のことを「人とは別世界の人間」などとは
全く思っていないに違いない。
そういう「勘違い」は彼女には無い。
それゆえ「普通」であり続けられたのだろうし、
その普通さゆえ「Hero」「Heroine」になったのだ。

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彼女は言う。
「人生は一度だけだから、いつも自分らしくありたい。
 でも、芸能人は一人では何もできない。
 皆さんの人生のほうが絶対に楽しいですよ」
と笑いながら。

あるいは、
「10代は自由に振る舞った。20代は自由と仕事など。
 30代でバランスが良くなり、40代も楽しみにしている」と。

それでも、これまではファンが自分に求めているものも理解し、
振る舞ってきたに違いない。
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彼女は「永遠の10代」とも言えるし、
ため息が出るほど美しい41歳でもある。
その両面が内在している安室さんは美しい。

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引退公表後の昨年12月の最後の「紅白」では、
数日前から、かつて経験したことのないほどの高ぶり、
緊張があったというし、実際、そのリハでは笑顔が
薄れた。
それは責任感の表れに他ならない。

あの白い衣装での安室さんは驚異的なまでに美しかった。
「白と最後」という点で、山口百恵さんのラストコンサートも
一瞬連想したが、百恵さんには哀愁感と寂しさがあったのに
対して、安室さんにはむしろ「爽やかさ」が溢れていた。

歌い終わって涙が浮かんだが、それでも、
達成感からの喜びが全面に溢れていた。

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引退しても、きっとこれからも安室さんは、
これまでどおり普通に安室さんだろうし、
ファンもずっと変わらず安室さんのことを大事に思って
生活していくことだろう。

安室さんは去ったようで去っていない。
引退は残念なようで残念でない。「みんな、元気でね!」に
ファンは笑顔で応え、彼女の今後の人生を祝福する
ことだろう。
安室さんとファンたちの関係は、これからもずっと変わらない。
https://www.youtube.com/watch?v=YH4RnkpqAJU


2017年紅白
https://www.dailymotion.com/video/x6chmti

2018年9月18日 (火)

武蔵野合唱団の「エリヤ」第一部に関する感想

15日、武蔵野合唱団の「エリヤ」を聴いた。
ただし、「千人」の前日ゲネがあるので、
残念ながら第一部のみの拝聴。

あくまでも第一部のみの感想としては、
女声がほぼ全員に近く暗譜で伸びやかな明るいトーンで歌い、
見事だった。
ただ、1つ難を言えば、そのくったくのなさゆえか、
旋律がさらさらと流れてしまい、言葉の奥にある「鋭さ」、
すなわち、どうしてここでその言葉が必要なのか、
という事が私には聴こえてこなかった。
これはもしかしたら「暗譜の弊害」かもしれない。

男声は、これは、私が歌っている合唱団「鯨」の男声のほうが
やや優位かもしれない。
これは技術の問題ではなく、人数(比)の問題。

以前も書いたが、武蔵野の男声もとても優秀だが、
人数が少ないので、その声量にサントリーホールは
大きすぎると思う。

ソリストは皆さん素敵で、特に青山貴さんのエリヤ(役)は
とても素晴らしかった。
が、与那城敬さんのエリヤも、また違ったエリヤを
きっと聴かせてくれるに違いない。

2018年9月17日 (月)

長谷川陽子さん神奈川フィルと4曲を弾く

2018年9月16日 (日)

東京ユヴェントスの「千人」~32年ぶりに歌った

東京ユヴェントスフィルハーモニーのマーラーの
マーラー 「千人」が終わった。

私にとっては、1986年の山田一雄さん指揮、新交響楽団の
演奏で歌って以来、32年ぶりの「千人」だった。

客席で聴いてみたかった。
曲が曲ゆえ、ほぼ満員のミューザ川崎の会場からは
盛大な拍手と歓声が長く続いた。

合唱は第二部間もなくの男声の完成度はいまいちだと思うが、
全体としては半年を越す練習の成果が出たと思う。
終わった後のみんなの「やりきりか感」が笑顔に出ていて、
参加して本当に良かったと思う。

ソリストの皆さん、素晴らしかった。

児童合唱も、1週間前と比べて格段のデキで素晴らしかった。
子供たちが歌うだけで涙腺がゆるみがち。
1つだけ言うなら、
「Leben」の「Le」がまるっきりカタカナの「レ」だったので、
「もう少し「イ」に近いエ」にして歌って欲しかったけれど。

オケも素晴らしかったが、トランペットの完成度が
 ~ステージとバンダのいずれも~私にはやや不満だった。

それでも素敵な機会を与えてくれた
東京ユヴェントス・フィルハーモニーに心から感謝したい。


なお、マーラー「千人」で第2ソプラノ(懺悔する女)を歌われた
中江早希さんとは、昨年11月の俊友会管弦楽団の
札幌第九特別公演でも共演させていただいた
 (キタラホール。そのときは私は合唱ではなく、
  第2Violinで同オケにエキストラ出演させていただいた)。

中江さんは最近は、鈴木秀美さん率いる
オーケストラ・リベラ・クラシカと共演されたライブCDも
リリースされるなど、活躍が著しい。
北海道がご出身なので、先日の地震のことをうかがうと、
ご実家は特に被害はなかったとのこと。
今後益々活躍が期待される歌手。

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 聴いてくれた人の感想

  HSi様
感動しました。引き込まれるように、ものすごく集中して聴いてしまったため、終わった後の脱力感が大変でしたが、家に帰るまでずっと、曲が頭の中で鳴り響いていました。
合唱共々高水準の熱い演奏で、ほぼ満員の会場も緊張感に包まれ、深い感動で、胸がいっぱいになりました。これからも、東京ユヴェントス・フィルを応援したいと思います。
マーラーの千人の交響曲は、やはり生で聴くに限りますね。

 HK様
「アマチュアにしては」という枕詞が不要な熱演でした。指揮の坂入さんは(たぶん)リハと異なるテンポや指示を出し、その場の勢いを大切にする解釈だったのでしょう。ライブならではの魅力満載でした。

 HF様
初演時は、タイトルの如く千人の演奏者にて演奏されてますが、今宵の演奏は、其の半分程の演奏者でも、十二分に、意図が伝わる事が出来る事を、確信する事が出来ています。

2018年9月11日 (火)

大坂なおみ選手とバインコーチ

サーシャ・バイン~大坂なおみ選手のイケメン・コーチの言葉
かつてのメンタル不安のあった頃の大坂選手に試合インターバル時、「なにをイラついているんだい」大坂「すべてに」サーシャ「君はよくやっていると思うよ。君ならできるよ」
彼によると、指導は「上意下達ではない」とのこと。体操の宮川選手のコーチに教えてあげたい言葉。

表彰式で、地元選手であるセリーナを応援する観客から、大坂なおみ選手にブーイングが起きたって、どうよ。勝者に敬意を表しないファンはスポーツファンとはいえない。単なるセリーナ信者に過ぎない。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180909-00000110-dal-spo
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180909-00000087-dal-ent

セリーナが主審に「泥棒」と暴言を吐く、ってどうよ
「私のポイントを奪った泥棒!」「謝りなさい!」と、ラモス主審に暴言。それじゃ、勝てません。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180909-00036207-theanswer-spo
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180910-00036280-theanswer-spo
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180909-00000001-wordleafs-spo


全てはコーチ次第
日本女子団体パシュート。オランダ人コーチのヨハン・デビット氏がそうだった。
選手時代の実績に特別なものはなかったが、指導者としての評判は高かった。

バイン氏もマスメディアにより、サーシャ・バイン、バジン、ベイジン等、
セルビア系ドイツ人。本名はアレクサンダー・バイン(Aleksandar Bajin)
生年月日:1984年10月4日
年齢:33歳(2018年3月現在)
出身:ドイツ・ミュンヘン
彼は6歳の頃からテニスをはじめ、1990年代後半はジュニアのテニスプレイヤーとして活躍していたが、15歳の時にコーチでもあった父親が交通事故で亡くなり、モチベーションを失ったという。
その後、アメリカへ移住し、プロとしても何度か試合をそたが、シングルスの最高ランキングは1165位。
それからプロでの活躍は望まず、コーチの道へ進んだ。23歳の時まではドイツでコーチ。
この時にセリーナ・ウィリアムズのヒットパートナーとして呼びかけを受け、務めてきたという。

全豪2勝のビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)をサポートし、昨年は大舞台に弱かった「無冠の女王」こと、キャロライン・ウォズニアッキ(デンマーク)のもとで彼女を支えた。ウォズニアッキは今年1月の全豪で悲願の四大大会初制覇を果たして世界1位に復帰し、汚名を返上。サーシャの力なくして、この復活はなかった。

人見知りの大坂が陽気なサーシャと打ち解けるのに多くの時間は必要としなかった。
相性の良さは普段の練習風景からも伝わる。練習前のアップでは笑いながら併走し、トレーニングも一緒に付き合って同じ量の汗を流す。コートの中はとにかく明るく、笑顔が絶えない。練習は罰ゲーム付きのサーブ練習やダッシュで締めくくり、負けたサーシャがスクワットをしている様子を大坂がにやにやしながらスマートフォンで撮影すると、笑いの輪は練習を見学しているファンにも広がる。

 3月から「チームナオミ」の専属トレーナーになった茂木奈津子さんも「コーチの雰囲気づくりが上手。チームとしてやりやすい」と言い、日本テニス協会で大坂を担当する吉川真司コーチも「教え方の引き出しが豊富」と人心掌握の巧みさにうなる。

 「なおみとも常に話し合っている」

単に明るい熱血漢というだけではなく、緻密さも備えているやり手。
世界5位のカロリナ・プリスコバ(チェコ)との準々決勝前日には、相手のフラットな速い球筋に対し、「倍返し」のカウンターを狙う練習をやりこんだ。対照的に世界1位のシモナ・ハレプ(ルーマニア)との準決勝前日にはスピン系の球を想定。守備とカウンターが強い相手に、崩した後に「決めきる」スイングボレーなどの練習に時間を割いた。

戦略家、ダリア・カサキナ(ロシア)との決勝前日には相手の得意なスライスやドロップショットを球際で拾う練習も行ない、相手の動揺を誘うプレーに「ぶれない」ための予防線を張った。

短い練習の中に必要なことを簡潔に落とし込む要領は、セリーナらトップ選手のもとで培ったノウハウか。
優勝を決めた後に、サーシャは言った。

 「すべては練習からなんだ。試合で安定したプレーを生み出すための心構えが大事で、なおみとも常に話し合っている」

女の勝負の世界を熟知し、勝つすべを知っている男の言葉だけに説得力があった。
https://number.bunshun.jp/articles/-/830242
https://wolf-log.com/archives/10197


 参考

大坂なおみ帰国会見、テニスに無関係の質問にSNS上で批判噴出

帰国した今日13日、横浜市内で記者会見が行われたが、会見では、「インスタグラムにどんな写真を載せたいか」「大事にしている日本語」「日本語をどう学んでいるのか」「海外の報道で古い日本人像を考え直すきっかけになっているとあるんですが、ご自身のアイデンティティを含めてどのように受け止めているか」などと、テニスと関係のない質問が多々あったという。

これに対してSNS上では、
「大坂なおみさんの記者会見でテニスと無関係の質問をする記者が多いなあ。将棋の藤井さんに対してもそうだけど、日本のマスコミのダメさを一番ハッキリと痛感するのが記者会見だよ。なんでこういう知識のない人間を記者として送り込むのか。メディア各社の意識が低過ぎる」。

「大坂なおみの会見、マスコミの質問の質があまりにも低すぎて、いたたまれない気持ちになる」。

「大坂なおみ選手のインタビュー見ているが、ここまでの日本のマスコミの質問のレベルの低さに恥ずかしくなり、大坂選手に申し訳ない気持ちで一杯になった。セリーナとの歴史的な試合に誰もひと言も触れない。情けない。ワイドショーばかりで専門誌のライターなどはいなかった?大坂選手に失礼」。

「記者たちの質問が酷すぎる…国籍とかアイデンティティだとか日本語勉強法だとかそんなことよりテニスのこと聞けよ…失礼すぎるわ…」。

「大坂なおみ選手に「日本語で大切にしている、好きな言葉は?」という質問必要?」
など疑問の声があがったとのこと。
SNS諸氏のほうが、記者よりよほど、しっかりしてますね。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180913-00000074-sph-spo

ミューザ川崎でのマーラー「千人」リハーサル

9月16日のマーラー「千人」本番一週間前の全体リハが、
本公演会場と同じミューザ川崎のホールで行われた。
一週間前のリハを本公演会場、それも市民会館とかでなく、
国内屈指の音響とパイプオルガンを含む設備を誇る
ミューザ川崎で行えるとは驚いた。
指揮者の坂入健司郎さんのコネクションなのか、
東京ユヴェントス・フィルは慶応のOBを母体としているので、
資金力があるのか、そのへんのことは知らないが、
プロオケでも一週間前のリハで本公演会場を使うことは
あまりないと思う。

それはともかく、ソリストも全員ではないが数名ご参加
いただき、100人を超えるNHK東京児童合唱団を含めた
全体リハは楽しかった。

大活躍中のソプラノ森谷真理さん(第一)、
中江早紀さん(第二)という輝かしい高音を要して
重ねてくる歌唱は聴きもの。
テナーの宮里直樹さんはまだ完全にテンポの揺れを
掴みきれておらず、ズレが生じた所もあったが、
本番は大丈夫だろう。

第2アルトの中島郁子さんは都合悪くその代演として
杣友惠子さんが来場されたのは思いがけずの喜びだった。
この日だけでも、杣友さんと同じステージに立てたのは
嬉しかった。

オケは優秀。申し分ない。
国内トップレベルの幾つかのアマオケの1つに
間違いなく入る実力。

コンミスの(ゲストかも)青木尚佳さんは
2014年ロン=ティボー国際コンクール2位、
2009年日本音楽コンクール1位、
N響ほか多くのプロオケとの共演歴もあるプロ奏者。

大勢の児童合唱は喜ばしいが、
この日はさすがに戸惑いもみられた。
第二部での3回目に出るところの後半は良かったが、
第二部のそれまでの部分は声量と出だしのタイミングの
精度が足りていない。
最初はこんもんだろう。ムリもない。
児童コーラスの出だしはどの部分も難しい。

そういえば、私が故・山田一雄さん指揮、
新交響楽団の演奏で初めて「千人」を歌った1986年の
全体リハ初回でも混乱はあった。
なかなかタイミングよく出られない児童合唱に対して、
ヤマカズさんは「どうしたらいいか、わかんないよ」と
怒り出してしまったのだ。
私は内心「子供に怒ってもしょうがないのになあ」と
思いながらも、天才気質を垣間見た思いがしたものだ。
私にとってはあれから32年ぶりの「千人」のステージ。
とても楽しみだ。
https://www.facebook.com/events/140612956585494/
http://tokyojuventus.com/
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1811601

2018年9月 8日 (土)

プッチーニ 三部作~東京二期会、日本オペラ振興会、新国立劇場による三団体共催公演

東京二期会主催のプッチーニの三部作、すなわち
「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」が、
藤原歌劇団と日本オペラ協会を統括する日本オペラ振興会、
そして新国立劇場による初めての試みとしての
三団体共催公演として新国立劇場で上演された。

東京二期会による「三部作」は1995年2月以来とのこと。
ダブルキャスト公演のうち、私が観たのは8日(土)のもの
だが、活動するオケの練習の関係で「ジャンニ・スキッキ」は
観れなかったが、前2作だけでも十分堪能した。

オケは東京フィルハーモニー交響楽団。
指揮はフランス人のベルトラン・ド・ビリー。
演出はイタリア人のダミアーノ・ミキエレット。
合唱は二期会合唱団、新国立劇場合唱団、
藤原歌劇団合唱部(指揮=冨平恭平)、
NHK東京児童合唱団。

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「外套」の冒頭。
最初の1~2小節の木管のトーンを聴いただけで
 「ああ、プッチーニだ」と思う。
こういう和音進行はヴェルディは書かなかったと思う。
モーツァルトでもヴェルディでもドビュッシーでも
武満でもない、プッチーニだけの独特のトーン。

「外套」は、男女の三角関係、しかも妻が若い男に気持ちが
行き、悲劇のエンディングという暗い内容で、
典型的なヴェリズモ作品ゆえ、物語としては
私は楽しめないが、何より、ルイージ役の樋口達哉さんの
美声がいつもながら素晴らしく、哀愁感漂う上江さんの
ミケーレ、個性的な労働者衆など、出演者により
作品が格調高く仕上がった。
「おやすみなさい、親方」「おやすみ」という部分での
オーケストレーションは印象的だった。

北原留美さんは、「外套」でのジョルジェッタでは
やや声量に物足りなさを感じたが、「修道女アンジェリカ」
でのアンジェリカは素晴らしく、タイトルロールという
こともあるだろうけれど、哀しい女性役への成りきり感と、
後半から終わりにかけての長いソロである独白的歌唱の
集中力が見事だった。

作品としても「修道女アンジェリカ」が女性だけの出演者構成
という設定や、演奏される音楽も極めてユニーク。
「あれから1年が経ちましたね」という部分での弦の音色や、
アンジェリカのソロに入る前の木管や弦の音色が印象的。
プッチーニ作品の中でも異色の佳作と言えると思う。

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2作における演出のことは、作品や他の公演演出を
よく知らないので、控えたいが、
「外套」はシンプルで良かったように想えたが、
「修道女アンジェリカ」はいわゆる読み替え(現代的アレンジ)、
特に衣装に関しては、もう少し「修道院らしく」して
欲しかった気はした。

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なお、「外套」は、
プッチーニがパリで観たディディエ・ゴールド作の
芝居を観て、オペラ化を思い立ち、
ジュゼッペ・アダーニに台本を頼み、1916年11月に完成。

「修道女アンジェリカ」は「ジャンニ・スキッキ」とともに
企画を提案したジョヴァッキーノ・フォルツァーノによる
オリジナル台本を基に作曲して1917年9月に完成。
「ジャンニ・スキッキ」は1918年4月に完成し、
三部作の初演は1918年12月にメトロポリタン歌劇場で
行われている。

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  『外套』
           6日、8日   7日、9日
ミケーレ      上江隼人    今井俊輔
ジョルジェッタ  北原瑠美    文屋小百合
ルイージ     樋口達哉    芹澤佳通
フルーゴラ    塩崎めぐみ   小林紗季子
タルパ       清水那由太   北川辰彦
ティンカ      児玉和弘    新津耕平
恋人たち     新垣有希子   舟橋千尋
           新海康仁     前川健生
流しの唄うたい 高田正人    西岡慎介
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  『修道女アンジェリカ』

アンジェリカ   北原瑠美    文屋小百合
公爵夫人    中島郁子    与田朝子
修道院長    塩崎めぐみ   小林紗季子
修道女長    西館 望    石井 藍
修練女長    谷口睦美    郷家暁子
ジェノヴィエッファ新垣有希子 舟橋千尋
看護係修道女  池端 歩    福間章子
修練女オスミーナ全 詠玉    髙品綾野
労働修道女Iドル チーナ栄千賀 高橋希絵
托鉢係修道女I  小松崎 綾   鈴木麻里子
托鉢係修道女II  梶田真未    小出理恵
労働修道女II    成田伊美    中川香里

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  『ジャンニ・スキッキ』

ジャンニ・スキッキ 上江隼人 今井俊輔
ラウレッタ     新垣有希子  舟橋千尋
ツィータ      中島郁子   与田朝子
リヌッチョ      新海康仁   前川健生
ゲラルド      児玉和弘   新津耕平
ネッラ        小松崎 綾   鈴木麻里子
ベット        大川 博    原田 圭
シモーネ      清水那由太  北川辰彦
マルコ        小林大祐   小林啓倫
チェスカ       塩崎めぐみ  小林紗季子
スピネロッチョ 倉本晋児   後藤春馬
公証人アマンティオ香月 健  岩田健志
ピネッリーノ     湯澤直幹   髙田智士
グッチョ       寺西一真   岸本 大
http://www.nikikai.net/lineup/il_trittico2018/index.html

2018年9月 1日 (土)

オーケストラ ハモン~マーラー交響曲第6番

1日午後、東京芸術劇場で、オーケストラ ハモンの
第39回定期演奏会を聴いた。指揮は冨平恭平さんで、
曲は、ウェーベルン「夏風の中で」とマーラーの交響曲第6番。

同オケを聴くのは、「3.11」直前2011年2月のミューザ川崎での
マーラー3番以来。そのときの指揮者も冨平恭平さんで、
あのときは今や大活躍のメゾ清水華澄を私が「発見」した日
でもあった。
また、冨平さん指揮によるマーラーを聴くのは、2016年11月の
ルスコアール管弦楽団による今回と同じ6番以来。
冨平さん自身、2年前の経験が今回役だった旨、フェイスブックで
述べられている。

オーケストラ ハモンは1997年に結成され、翌98年に
第1回演奏会をマーラーの5番によりスタートしているオケ。
後述のとおり、マーラーだけ見てもその演奏の歴史を重ねている
とおり、優秀なアマオケだ。
特に管が全体的に巧いオケだと思う。今回の配置は対抗配置。

1曲目のウェーベルンの作品は好きな曲でスコアも持っている。
マーラー6番が書かれた同じ1904年、ウェーベルンが
ウィーン大学在学中の21歳のときの作品。
タイトルどおり爽やかでロマンティックな小品。
特に出だしとエンディングが美しい。中間部は、影響を受けた
であろうマーラーの幾つかのシーンと比べると、若書きの
稚拙さもあるが、それも含めて率直な心が見て取れる佳作
だと思う。演奏も良かった。

休憩後のマーラー。
マーラー自身が悩んだというスケルツォとアンダンテの順番、
すなわち第2楽章と第3楽章にそれぞれどちらを先に置くか
という順番については、
私は第2楽章にスケルツォ、第3楽章にアンダンテのほうが良い
と思っている。
理由は、第1楽章のパワーをそのまま第2楽章のスケルツォで
受け継ぎ(その分オケは大変だが)、アンダンテで落ち着いた後、
あの地獄のような終楽章に入っていったほうが効果的に想える
から。

冨平さんが選択したのは第2楽章にアンダンテ、第3楽章に
スケルツォという順番。もちろんそれはそれで、
曲自体が偉大ゆえ不満は無い。

第1楽章からドッシリしたテンポで私の嗜好と一致。
複数録音等を知っている人には、テンシュテット&ロンドン・フィル
と同じくらいの遅めのテンポ、と言えば想像が付くだろう。
トランペットの随所の高音のソロはとても立派。
ティンパニの強音での叩きはもっとあってもよいのでは、
と思った場面が幾つかあった。
終楽章での強打が立派だっただけに、部分的に、
あれと同じ様な叩きが欲しいと思った。

第2楽章で丁寧にしなやかに歌われたのち、スケルツォでは
スケルツォというよりメヌエット的なゆったりとしたテンポ設定は
ユニークで、レントラー風のアプローチ。
それにより威圧よりも丁寧さが出てくるので、
オーケストレーションの「あや」の面白さが見て取れて
面白かった。この楽章の演奏はとても印象的だった。

終楽章も、威圧感よりあくまでも造形のバランスを保って
進んでいくアプローチなので、まとまりが良く、複雑な音の
重なりも心地よい響きとして会場に広がっていた。
ハンマーの音は、演奏によってはあまり特殊な効果が出ない
こともあるが、この演奏では他の「楽器との違い」は
よく出て叩かれた。

優秀なアマチュアのオケと、整然とした確固たるアプローチ
による演奏を聴いていると、複雑にして演奏技術においても
最も難しいと思われる管弦楽曲の1つの極致のようなこの曲も、
もはや「古典」という域に入ったように想える。
もっとハチャチャ的な破滅的な6番もあってよいが、
係る丁寧で誠実さに満ちた6番があってももちろん良いと思う。
お疲れ様でした。

・・・・・・・・・・・
(参考)同オケの過去の定演におけるマーラー演奏歴(カッコ内は指揮者)
1998年第1回定演=5番(佐藤俊太郎)
1999年第2回=6番(佐藤俊太郎)
2000年第3回=9番(田部井剛)
2002年第7回=7番(田中良和)
2003年第10回=1番(冨平恭平)
2005年第14回=4番(長田雅人)
2008年第18回(創立10周年記念)=2番(長田雅人)
2001年第24回=3番(冨平恭平)
2014年第30回=5番(冨平恭平)
2015年第33回=7番(冨平恭平)

http://www.hamon.tv/

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