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2018年7月14日 (土)

西日本の豪雨災害と東日本の呑気さ

以下は、1つの想像(推測)にすぎないが、
広島、岡山を中心とした西日本広域の豪雨被害が凄まじい
のに、関東圏は比較的穏やかなためか、まるで
「他人事のような呑気さ」が気になる。

自然災害の広域度合い(範囲)からすれば「3.11」以降
最大なものなのに、あの時と違って東京には地震や大雨が無く、
原発問題が今のところは生じていないこと。

あるいはもしやと追加してみるなら、
「山間の集落で暮らしている人々」、および、
川の増水と堤防等の決壊による大量の人家への浸水という
「川周辺に住んでいる人々」という点で、いわば
「そういう所に住んでいる人々の不運」として認識するに留まり、
深刻には自分に置き換える、すなわち、
日本国全体の問題として考えるまでに、
私を含む関東(以東)の人だけでなく政治家さえ、至っていない
からではないか?と勝手に推測する。

倉敷音楽祭は3月に終わっているが、
これがもし今月以降なら、関係者を含めて、
国内にもっと違う認識が広がっているように想像する。

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