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2018年6月18日 (月)

映画 羊と鋼の森

「ピアノの音は世界とつながっている」。
山﨑賢人演じる主人公が調律師になりたいと家族に伝える
シーンで言うセリフだ。
「1つの音に世界を聴く」と言ったのは武満徹だった。
映画開始まもなく、2人の姉妹~演じるは本当の姉妹でもある
上白石萌音と上白石萌歌~が、調律師なりたての山﨑に
それそれ違う響きの音を要求する。
早い段階から核心に入り込む、いわばレベルの高い論点に
入る。

昔、小澤征爾さんが武満さんとの対話で、
「ここに1台のピアノがあるとする。これを、ポリーニ、
 高橋悠治、ピーター・ゼルキンの3人が弾いたら、
 3人3様まったく違う音が出る」と言うと、
武満さんは、「その違いたるや、恐ろしいくらい」と応えている。

奏者一人ひとりが求める音、好む音、響きは異なるし、
同じ奏者でも演奏する曲やホール等、様々な要因要素の
中でも異なる。
何よりもまず、演奏者の手や腕や体全体という肉体的状況が
異なるし、感性も嗜好、思考も異なる。

聴衆においても好みは異なるが、鈴木亮平演じる山﨑の
先輩調律師が卵の茹で加減に例えて、
「その好みは、他に色々な味を知っていて、その場では
 その柔らかさ=音を好むということもあれば、
 その柔らかさしか知らないからそれを好むのか
  (など色々考えられる)」
という発言は奥が深く、示唆的だ。

演奏者が聴き手に音を届けるということ。
調律師もそのために全力でそれに尽くすということ。
1つの部屋に家族の物語があり、ホールに来る聴衆一人ひとりも
物語を抱えて音楽を聴く。

調律師は家の部屋であっても、雑音の混じる宴会場
であっても、静寂なホールであっても、
いかなる状況であっても人に届け得る音を作る、
そういう音を生み出すピアノに仕上げる。

劇中、森の木立のざわめき揺れる美しいシーンがたびたび
写される。木々の葉の揺れは人間の揺れ動く感情と重なり、
揺さぶる風は届き行く歌の流れでもある。
歌の木霊に揺れる緑豊かな美しい自然。
それは主人公の静かなしかし力強い思いと呼応した、
ピアノを通して歌い届けられる奏者とその楽器の基を作る
調律師の願いでもある。

思い悩む山﨑に対して先輩鈴木はこうも言う。
「才能というのは、ものすごく好きだ、という気持ちでは
 ないか」と。

宮下奈都原作のこの映画では、原民喜の詩が
三浦友和演じるベテラン調律師によって紹介される。

 「明るく静かに澄んで懐かしい文体、
  少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを
  湛えている文体、
  夢のように美しいが、現実のようにたしかな文体」

作家が自分の文体を練り上げるように、音楽家は
どういう音を目指すか自問しつつ自分の音を磨き上げる。

ピアノを弾いている(いた)人なら、調律師がいかに重要かは
日常的な実際の場で知っているが、
ピアノに縁がなかった人も含めて、ピアノにとって、
演奏者にとって調律師がいかに重要な存在かを
この映画があらためて強く教えてくれる。

ピアノが好きな人やクラシック全般が好きな人はむろん、
ジャズが好きな人にもロックが好きな人にも、
いや音楽自体に特に興味がない人にも、
この映画を観て欲しい。

音楽が好きになるかどうかは判らないが、
羊のハンマーを内在した鋼(はがね)のピアノが、
単なる物体ではなく、人間の五感や体と密接に結びついている
という関係性に興味を持つかもしれない。

仕事や趣味嗜好の違いを超えて、個々の人間の持つ
感性とインスピレーションとが、自然や音楽や日常の中での
他者との関係において結びつき、交錯している様に
思い巡らせ、この作品を楽しむことができると思う。

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