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2018年6月 9日 (土)

やっとかめ室内管弦楽団 第5回演奏会

9日午後に聴いた、やっとかめ室内管弦楽団という面白い団名オケの演奏を聴くのは2回目。
指揮は私が以前聴いた第3回のときと同じ沖澤のどかさん。
3日に神奈川県民ホールで「ヘンゼルとグレーテル」を振ったばかりだ。
会場は第3回のときと同じ武蔵小金井駅前の小金井宮路楽器ホール。

第3回のときの感想で書いたとおり、「やっとかめ」というのは名古屋弁で「久しぶり」という意味とのことで、名古屋で学生オケを経験し、今は東京周辺に在住する老若男女が集まって結成され、毎年1回の演奏会を開催して今回が5回目。

曲はウェーバーの「魔弾の射手」序曲、
ドヴォルザークのチェロ協奏曲と交響曲第6番の3曲。

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以前も書いたが、とても優秀なオケで、特に弦が素晴らしい。
チェロパートなど、ピッツィカートも含めて音量もアンサンブルの精度としての音程も申し分ない。なかなか聴けないレベル。
ヴァイオリン群も一糸乱れず鋭角的に響くが決して硬いわけではなく、いわば凛としたシャープさとでも言おうか。
沖澤のどかさんは一曲目をロマンティックな曲想というより、シャープで古典的な造形に力点を置いた演奏と感じた。
特に見事だったのが、終わり近く、ハ短調での静かな余韻でのチェロとコントラバスによる2つのGのピッツィカートのあと、ハ長調コードの強奏で初めてエンドに向かうコーダの流れ。合奏力の高さを示した。

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2曲目が名曲中の名曲であるドヴォルザークチェロ協奏曲。
ソリストの山本裕康さんは神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席チェロ奏者で、2年ほど前からは私が活動する学習院OB管弦楽団のトレーナーの一人として、いつもとても有意義な指導をしていただいてる。

先生のソロ演奏を聴かせていただいたのは初めてで、そうした個人的な関係抜きにして、とても抒情的な、懐の深い演奏に感動した。全楽章とも総じてゆったりと余裕のあるテンポ。決して力まず、あくまでも各場面でのフレージングの深い意味合いを元に演奏していくことで、美しい音楽的展開がなされていく、という、いわば大人の表現。
もちろんアッチェランドを含めて、たたみ込むところを有機的に織り込みながら進めてく。
オケはそれに立派に応えていたのは沖澤さんの指導力とバトン力によるものだが、こうした協奏曲ならではの難しい部分を、ソリスト、指揮者、オケの3者が入念に確認とリハが積まれたであろうことは容易に見てとれた。
それだけの完成度があった。

第3楽章のソロ冒頭は思いのほか淡々と、ある意味ロココ調に弾き始めたのが意外で、これこそ最も望ましい意味での「脱力」の最たる演奏。
終演後、楽屋付近で沖澤さんと話したときも、彼女も「あの曲をあそこまで力まずに弾いていくことに驚き。とても勉強になりました」と語っていたが、あの部分など最たるものだろう。
もちろん、粘るところは大きく粘り保たれる。曲のソロとしての最後のHの音に上がっていく手前のFisの音の長い長い伸ばしと、上がったHでの何度もボーイングを返してのエスプレッシーヴォの音の弾き切る等々、とにかく見事な演奏だった。

アンコールではバッハの無伴奏チェロ組曲第1番から「サラバンド」を思索的で瞑想的に弾かれ、会場一杯にバッハの深淵な世界が広がった。

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休憩後のドヴォルザークの6番。私は今までほとんど聴かないで来たし、8番と9番の完成度にはほど遠く、7番の個性的構成という点でも、まだまだ「若い作品」と言えるだろう。ニ長調という調性もあり、総じて明るく祝典的な曲想。
それでも第3楽章のスケルツォは魅力的な楽章だし、第4楽章の決然とした運びも爽快、豪快で、コーダに入っていく部分ではベートーヴァンの序曲レオノーレ3番のコーダの入り、あの弦が次第に増して行き、強和音に入る運びを連想するなど、興味深い作品だった。
この終楽章は面白い。
演奏も特にその第3楽章と第4楽章が集中力が一層あって見事だったと思う。

大きな拍手と歓声の応えてのアンコールは有名なホ短調のスラブ舞曲作品72-2。抒情的で、各楽器のバランスもよくとれた素敵な演奏だった。

なお、沖澤のどかさんとは、私が武蔵野合唱団で一時期歌わせていただいたときに面識を得、それ以来のご縁。私が応援している指揮者の1人。

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