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2018年5月 1日 (火)

水星交響楽団のマーラー7番とバーンスタイン

水星交響楽団の第57回定期演奏会を30日午後、
ミューザ川崎で聴いた。

指揮は齊藤栄一さん。
このオケが一橋大学管弦楽団の出身者を中心に
1984年に結成された当初からの常任指揮者。
齊藤さんは京都大学で音楽学を、
国際基督教大学大学院で美術史を学び、
その間に尾高忠明、田中一嘉、円光寺雅彦ら
各氏に師事した人。

演奏曲は
1.バーンスタイン ウェストサイド物語より
   シンフォニック・ダンス

2.マーラー 交響曲第7番

という、プロオケでも決して楽とは言えない演目。
一橋大学のオケとマーラーの曲は密接な関係があることは
知っている。
OBによる毎年の9番の演奏会は有名で、
 「一橋で第九と言えばベートーヴェンではなくマーラー」
ということは私を含め一橋に無縁の人の間でも
知る人ぞ知る、なのだ。

この水星響もこれまで何度もマーラーを取り上げてきていて、
私も3番等複数拝聴している。
プログラムに記載されている水星響のマーラー演奏歴はこうだ。

1987年9月第4番、1989年5月第2番、1990年5月第5番、
1993年5月第3番、1996年8月第6番、1999年10月第7番、
2000年12月第2番(2回目)、
2001年11月および2002年1月第5番(2回目)、
2004年2月第1番+花の章、2007年1月「大地の歌」、
2010年5月第3番(2回目)、2012年10月第6番(2回目)、
2014年5月第2番(3回目)、2014年8月第9番。

そしてこの日が1999年10月以来2回目の演奏となる第7番、
ということだ。見事な演奏歴だ。

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1曲目のバーンスタイン。総じて立派な演奏だが、
ほころびが気になった場面も少なくなかった。
特に「サムウェア」ではヴィオラソロの音程が悪く、
続くホルンのソロも同じ状態。
シンフォニック・ダンスを演奏するなら、
この美しい「サムウェア」を完璧に美しく演奏することは
絶対条件で、
そうでなければ単にハデなパフォーマンスの披露だけで終始
してしまう。

曲冒頭の「プロローグ」でのドラムの小太鼓の音が
ややシャープさが乏しい感じがしたので、
もっと皮を張るなどの工夫があったように想えたほか、
「クール」でも今度はドラムのスネアの音が砂の様な
シャシャとしたボケぎみの音だったので、
もっと粒立ちの良い音が欲しかった。
なお、当然ながら「プロローグ」では指パッチン(スナップ)、
「マンボ」では「マンボ!」の一斉のシャウトは加えられた。

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休憩後のマーラー。
この曲はマーラーの中でも一番晦渋というか不思議な曲で、
第1楽章など精神分裂状態で書いたんじゃないかと
想えるほどの支離滅裂感がある。
同じゴッタ煮でも第6番ではあれほど整然として古典的と
言えるまでのフォルムを造ったマーラーなのに、
この混濁、混乱は何だろうと思うが、それもたぶんマーラーには
計算の上の、確信犯的カオスの創造、としてこの第1楽章を
構成したのだろう。

後述する第5(終)楽章のあっけらかんとした楽観的曲想と
マ逆ゆえ、対を成す第1楽章と第5楽章の対比的設定なのだろう
と想像する。

第2楽章以下はご存じのとおり、各楽章が個性的で
親しみやすいと言える。
第2楽章冒頭のホルンのエコー(強弱の強調を含む)に続く
クラリネット等の展開は個性的だ。

第3楽章のスケルツォは不気味な暗いトーンに支配された
比較的短い曲だが、作曲技巧としてはとても優れていると思う。
ある意味、地味ながら、まとまり感はマーラーの全ての交響曲の
全スケルツォの中で最も優れている曲かもしれない。

第4楽章は愛らしい夜の曲で、とてもチャーミングな曲。
聴衆は、この楽章に来て、やっと「ホッとする」ことだろう。
この日は、ゲストコンサートマスターとして
新日本フィルのコンマスである西江辰郎氏がオケをリード
したのだが、この楽章で良い結果を得られていた。

終楽章である第5楽章は、あっけらかんとした楽天的な要素、
愉悦感あふれる面白い曲で私は大好きな楽章。
アルマ・マーラーはこの楽章を下品として嫌ったそうだが、
これほど素晴らしい愉悦に満ちた曲想を楽しめないとは、
およそグスタフの良き理解者だったとはとても思えない。

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水星響の演奏は、第1楽章ではテノールホルンの音程が完璧では
なかったものの、音量はとてもありインパクトがあった。

第2楽章、第3楽章とも大きな破たんなく安定感をもって進め、
第4楽章が一番チャーミングで成功していたし、
第5楽章も堂々としており、特にエンディングに近づくほど
集中力を感じさせる力演だった。

なお、その終楽章でのティンパニだが、奏者が何種類の
パレットを場面場面で頻繁に使い分けるなど工夫が見られて、
その探究心は称えたいが、同楽章冒頭の音はもう少し硬めの音で
クリアーに響かせたほうが良かったように想う。
皮の張りの問題か、パレットをもう少し硬めのものすれば
よかったか、といったことを感じた。
一番良い音がしたのは、566小節から570小節の叩きで使用
したパレットが一番曲想に合う、良い音がしていたと感じた。

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このように、金管や木管にもやや精度を欠く部分があった
とはいえ、この曲を演奏できること自体、羨ましいことだし、
素晴らしいことであることは言うまでもない。
立派な演奏、お疲れ様でした。

なお、驚いたことに、アンコールがあり、
ウェストサイド物語より「アメリカ」が演奏された。
これは前半の演奏にも増して管のソロも含めて完成度が高く、
愉悦感満載の「のっている」演奏で、
前半にも、このノリの良さと完成度があれば良かったのに、
と思った。
そう思えるほど、「アメリカ」の演奏は秀逸だった。
マーラー7番全曲演奏の後なのに!!

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最後になったが、指揮の齊藤さんはこれまで数回聴かせて
いただいており、真面目だが器用なタイプではないかも、
と以前は想像していたが、この日の「ウェストサイド物語」での
指揮ぶりは~アンコールも含めて~ダンシング的な格好も
交え、難しいリズム、変拍子の流れでも終始器用に
解りやすく振っていて感心した。

要所要所での迫力や鋭さやエレガンスの表現にも欠けず、
オケと曲を完全に掌握して立派に運んでいた。
とても良い指揮、絶賛に値いする指揮と言ってよい。
http://www.suikyo.jp/

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