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2018年4月29日 (日)

俊友会管弦楽団 第59回定期演奏会

個人的には昨年11月の札幌第九特別公演に参加させて
いただいたオケの、それ以来の演奏会となる公演を、
29日午後、すみだトリフォニーホールで聴いた。
指揮は2016年第57回定演に登場して以来の
中田延亮(のぶあき)さんで、曲目は

1.R・シュトラウス
 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

2.ラヴェル 管弦楽組曲「マ・メール・ロワ」

3.ストラビンスキー「ペトルーシュカ」(1947年版)

意欲的なプログラムだ。
「ティル」はホルン次第の曲と言ってよいほどホルンのソロに
比重の掛かる曲だが、冒頭はややミスがあり、
残念というところだが、後半に再び出るところではほぼ完璧で
なかなか良かった。

全体的に真面目さと熱さが伝わる力演で、
この真面目さと熱心さはこのオケの特色なのと、
たぶん指揮者の中田さんの特色でもあるのかもしれない。
この指揮者とオケのコンビネーションは良好と見てとれる。

演奏に戻ると、したがって「いたずら」というユーモラスさまでに
至っていない感じがしたのは、なんせ難しい曲ゆえ、
他の多くのアマオケも含めて(共通の事として)完成度を
高めることのみに終始してしまうのはやむを得ないところだろう。

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2曲目は私の大好きなラヴェル。
とりわけ「マ・メール・ロワ」は子供心のような純で素朴で
幼い心を残した曲想を、精緻で美しいオーケストレーションで
描いた愛すべき作品。
ドビュッシーが客観的でクールで、パステル絵画調のような
霧や靄(もや)の描写を想わす繊細な作風に対して、
ラヴェルはもっと純朴で直截的な感情移入のある
カラフルな作風と言えるだろう。

ドビュッシーが「諦念」を感じさせる曲が多いのに対して、
ラヴェルには「優しさ」を強く感じる、そういう作品が多いと
私は感じている。

この作品ではとりわけ子供心を想起させるような
懐かしさと愛らしさを強く感じる。
終曲「妖精の園」の静謐でいて奥に強い感動を秘めた曲想は
比類ないほど美しいものだ。

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休憩後の「ペトルーシュカ」では井上バレエ団との共演
という珍しいステージ公演も今回の特色の1つだ。
演出は石井竜一さん。彼も含めて男性2名、
女性7名による舞い。

よってステージは公演開始の1曲目から既にステージ寄りの
客席からイスが隠され、5メートルほど客席側に食い込む
かたちでステージが拡張されていたのだが、
そのスペースを使っての舞いで、とても楽しめた。

俊友会は2007年以来、毎年1月に日本バレエ協会関東支部
神奈川ブロックの自主公演での出演オケとして、
アマオケでは珍しくバレエに関わってきているオケだが、
今回はそれに相応しい演目だし、
演奏も優秀なトランペット群をはじめ完成度の高い、
とても立派な内容だった。

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以前の俊友会、すなわちコントラバスの名手から指揮者に
転じた堤俊作さんが指導していたころは、
弦の優秀さに特色があったように想えるが、ここ数年は
金管や木管に優れた奏者が増えたように想える。
この日も、3曲とも木管が素晴らしく、
金管もとりわけ「ペトルーシュカ」では素晴らしかった。

2018年4月28日 (土)

東京ユヴェントス・フィル第17回定期演奏会~個性的な指揮者と若く優秀な奏者たちの純度の高い演奏

2008年、慶應義塾創立150年を記念する特別演奏会
のために慶應義塾の高校生と大学生を中心に
「慶應義塾ユースオーケストラ」という名称で結成され、
その後、出身や年齢層に関して幅広く門戸を広げるに
際して2014年、東京ユヴェントス・フィルハーモニーに改称
したオーケストラの第17回定期演奏会を、
28日午後6時開演、パルティノン多摩 大ホール
にて聴いた。

指揮は慶應出身で、このオケの創設者、
音楽監督の坂入健司郎さん。
 曲目は

1.ワーグナー楽劇ニュルンベルクのマイスタジンガー
  第一幕への前奏曲

2.ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104

3.ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」Op.55


パルティノ多摩は久々。
何年前に来たのか覚えていないくらい。
京王多摩センター駅から石畳のなだらかな坂を上がって
いくと、なるほど確かに現代版「パルティノン」神殿の雰囲気
のある、その名に相応しい威容あるシンメトリック建物。
舞台ステージ面積はそれほど広くなく、その分、
ステージ上(内)ではよく響くホール。
特に木管や金管がよく響く感じがする。

個別の感想の前に、全3曲が終わってロビーに出ると、
真っ先にステージから出てきた坂入さんが顔見知りの
来場者と笑顔で応対していた。こういうところが、
今年5月12日に30歳になる彼の良いところでもある
のだろう。
飾らない実直さと熱い心の持ち主であることが見てとれる。

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1曲目のワーグナーは速めのテンポ。
とはいえ、ワーグナー自身が2つ振りした(4拍子で書いて
あっても2拍子として振った)という説もあるので、
この位が妥当なのかもしれない。「喜劇」だし。
元気な演奏ながら、あまりワーグナーという感じはしなかった。
ロッシーニみたいな心象の残る演奏。
坂入さんの4拍子の腕の動きが忙しく「振り過ぎ」の感は
するが、それも個性の1つだし、情熱を常に感じさせる指揮。

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2曲目のドヴォルザークのソロは、スロヴァキア共和国の
首都ブラティスラヴァ出身のルドヴィート・カンタ氏。
プラハの春国際音楽祭コンクール2位などの経歴があり、
1990年よりオーケストラ・アンサンブル金沢の首席奏者
だったり、日本音楽コンクールの審査員や
愛知県立芸術大学で教鞭を執るなど、
日本との関係が深い人。
2003年と2005年のスロヴァキア・フィル来日公演でも
今回と同じく、ドヴォルザークの協奏曲を弾いている。

私はカンタさんは初めて聴いたが、
音は艶やかとようこともなく、むしろ「いぶし銀」だが、
演奏スタイルは知的というより情熱的。弱音場面、
抒情的な場面でのデリカシーも素敵だ。

この曲での坂入さんの指揮は1曲目とはうって変って、
丁寧にソロに合わせるそのサポート感が良かった。
それに応じるオケも見事だし、それでいて、木管ソロなどの
オブリガート的旋律線もくっきりと聴こえてくるのが素敵だった。
特に第2楽章と第3楽章の抒情的な場面が素敵だった。
逆にこの曲でのオケはトゥッティ(全奏)部分のフォルテが
総じて弱すぎたかもしれない。
ソロを意識した演奏が、その点ではやや裏目に出た感はした。

それでもオケの優秀さには感心することが多く、
クラリネットやオーボエの女性奏者の音色が素敵だし、
トランペットの2人の女性奏者の完璧さと明るい音色は
プロはだしと言ってよく、
控えめに言っても音大生のレベルを有する。

弦楽器の各パートは一糸乱れることはなく、
1つのパートが1つの音程としてはっきり届いてくる。
濁りはほとんどない。
若い奏者が多く、個々の技術が相当高いことが見て取れる。

第2楽章でファーストヴァイオリンが32分音符で弱音で
分散和音的に動く部分でも、モヤッとせず、
くっきりはっきり聴こえてきるのだ。
ソロを邪魔しない範囲で。これは見事。相当優秀な弦だ。

コンマスは技術だけでなく音も良く、
たぶん楽器も相当良いものを使っているのだろう。

なお、演奏後の長い拍手の応えてカンタさんは
バッハの無伴奏チェロ組曲第1番から「サラバンド」を
弾いた。抒情的な演奏で素敵だったし、
こうした現代の大ホールでも、たった1台のチェロだけでも
これだけの存在感、まるで昨日作曲されたかのような
作品の生命力を聴衆に伝えてくるバッハの作品、
バッハの偉大さをあらためて実感した。

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休憩後のベートーヴェンの「英雄」。
総じて速いテンポと、ヴィブラートを控えめにした、
いわゆるピリオド奏法を意識した演奏。
ティンパニも前2曲で使用した大型というか普通サイズの
ものは中央奥に置いたまま、
この曲では小型の古楽器としてのティンパニを
新たに客席から見て右手奥に置いての演奏。
このティンパにの硬い音による効果は
第1楽章では後半から効いてきたし、
第4楽章も効果をあげていた。

第1楽章は凄く速いテンポ。私の嫌いな演奏スタイル。
個人的に嫌いというだけでなく、私が「英雄」で
このスタイルに反対するのは理由がある。
私なりの信念があるからだ。

このスタイルは、ハイドンやベートーヴェンでも
第1交響曲までのスタイルであって、
カール・ベームが第1番から第2番の間には大きな飛躍がある
と言い、そして一般的に多くの人が、第2番から第3番「英雄」の
間には、それまでとは(他の作曲家も含めて)次元の違う、
革命的な一大飛躍を成し遂げたとする歴史的な偉大な作品
だという見地に立つなら、
こうした古楽器を意識したピリオド奏法を踏まえた演奏は、
一見斬新で挑戦的に想えるが、
実はかえって「古臭い演奏」と言えるのだ。
全然新しくなどない。
こういう見識から、私は係る演奏スタイルを嫌う。

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第2楽章は速過ぎるということはなく、
唯一割と控えめなテンポでの丁寧な演奏。
ヴィブラートは極力排されていた。

第3楽章もとても速いテンポで、
それに応えるオケの力量は立派。
ヴィオラが「Es-As-F-B-G-C-As-B」と刻んでいく音が
とても良い音だった。
トリオでのホルンの吹かせ方~最初の2小節(だけ)を
たっぷりと間合いを保って広い空間を作るような演奏~が
面白かった。

アタッカで入った第4楽章も速いテンポ。
合奏力は見事だが、それ以上の魅力を私は感じなかった。
フルートソロのパッセージは上手かった。

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それでも3曲全てに言えるのは、先述のとおり、
演奏技術の高さ、優秀さで、幾つかの優秀なアマオケの
中の1つの地位を占めるオケ、と言えると思う。
弦楽器群の優秀さ、トロンボーンの優秀さ、
いや木管、金管のどのパートにおいても水準以上のレベル
にあると言ってよい。優れたアマオケだ。

今年9月に予定している、私も合唱で出させていただく
予定のマーラーの「千人」が楽しみだ。
http://tokyojuventus.com/

朝鮮半島南北対話~今でしょ信じなければ何も始まらない

朝鮮半島の平和と統一は第一義的には南北両国間の問題である
ことは言うまでもない。
アメリカ、中国、日本などの第三国がとやかく言うのは
本来的にはおこがましいことだ。

この点を踏まえておかないと、第三国による身勝手な言い分に
留まるだけだ。
「(本来は)別れて暮らすことのできない同朋」との
金正恩委員長の言葉は本音だろう。

もちろん金委員長の最終目的はアメリカとの友好的関係成立
であり、それのセーフティネットが中国訪問であり、
大前提が今回の南北対話であるわけだが。

軍事境界線を金正恩委員長がまたいで越えるまでは
シナリオどおりだったが、文在寅大統領が、
「私が北側に行けるのはいつになることでしょうか?」と
アドリブで言うと、金委員長は、
「それでは今、行きましょうか」と応じ、
文大統領が北側に入った。良いシーンだった。

以前、私は、北に融和的な政策を掲げる南の指導者に対して
懐疑的だったが、こうしたシーンを現実に見せられると、
やっぱりこれで良いんだと思う。

歴史は観念ではない。信じる、少なくとも「信じてみよう」
という感情が無い者同士の間では何も進展はしないのだ。

「完全な非核化により、核のない朝鮮半島の実現
 という共通の目標を確認した」とする「板門店宣言」に
両者が署名したが、具体性に欠けるとか、
拉致問題に関して何ら具体的な進展が無いと批判する人も
いるが、物事はそんなに急に一気には進展しない。
一歩一歩でないとムリだし、それで良い。慌てることはない。

もちろん我が国の場合は拉致被害者の親族の高齢化
という緊急を要する状況はあるが、今後の早急な進展を
期待するしかない。

南北にとって、まずは「終戦宣言」こそ第一だろう。
現在は依然として休戦状態にあるのだから。
今回の板門店宣言において終戦を年内に宣言し、
休戦協定を平和協定に転換すると明記しているという。

終戦宣言を基盤に、核問題、統一問題が平和裏に進展していく
ことを隣国としても強い関心と期待をもって注目していきたい。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000099-jijp-int.view-000
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000058-mai-int
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000098-jij-kr

2018年4月26日 (木)

2つの認定~セクハラとパワハラ

1つ。財務省が福田前事務次官のセクハラを認定し、
調査を終える、とした。
要するにサッサとケリを付けて終わらせたいだけで、
そのために「先輩、セクハラですよね。かぶってくださいな」と
「切り捨てた」に過ぎない。
ある意味、福田氏をかばい続ける麻生大臣をも蹴飛ばした決定
と言える。
だが、もちろん、福田氏本人にセクハラを認めさせなければ
本質的な収束とは言えない。

1つ。内閣府が伊調馨さんに対する栄和人氏のパワハラを
認めた。当然のことだが、これも、
「ウチなんぞに、こんな問題持ち込むなよ、
 日本レスリング協会さんよ、しっかりやってくれよ」、と
一種の煙を払う認定のイメージを受ける。
まあ、それで結構だが。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000051-mai-bus_all
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180427-00000050-mai-spo

クラシックと「兼業」脚光~23日日経新聞夕刊より

本23日、日本経済新聞夕刊の文化欄に標記のタイトル、
副題で「会社員・医師・准教授、ある時は音楽家」として
3人が紹介されている。
  更に本文に先立つ「小見出し」にはこうある。
「クラシックの世界でプロとして音楽と別の仕事を両立する
  「兼業音楽家」が存在感を増している。
 時間の制約をプラスに転化する「二刀流」の存在が
 クラシック界に新風を吹き込んでいる」、と。

まず指揮者として知られつつある坂入健司郎さん29歳。
慶大卒業後「ぴあ」に入社。在学中、フェドセーエフの
来日のたびに楽屋を訪ね気に入られ、「弟子」になったという。
東京ユヴェントスフィル他、いろいろ振り始めている。
私も来る9月、彼の指揮で「千人」を歌う予定だ。
先日、決起大会で振る姿に初めて接したが、
パッションが伝わる気鋭と感じた。


もう一人は1980年代後半からピアノ演奏の評判が新聞などで
取り上げられるも当時から「医師になります」と宣言していて、
実際今も医師だが、年に10回から20回リサイタル等演奏活動を
しているという上杉春雄さん。
私も昔、リリースされたCDを購入して拝聴している。
上杉さんは言う。
 「中途半端な兼業はダメ。聴衆は医者の音楽を聴きに
  来るわけではない、と肝に銘じている」。


そしてソプラノ歌手の武井涼子さん。
小学生のころから合唱をやり、音大に行くか悩んだが、
東大に進学。卒業後は広告代理店等で働いた後、
35歳でMBA(経営学博士号)取得を目的に米国留学。
そのときジュリアード音楽院の先生に声を認められて
レッスンを受け、帰国後、2012年には二期会の試験に合格。
今はグロービス経営大学院の准教授としてマーケティングを
教えながら歌手活動をしている。
「マーケティングの考え方はコンサートでお客様に
 いかに喜んでもらえるかを考えることと共通する。
  (逆に)歌で培った表現力や創造性はビジネスにも
 生きる」、としながらも、
「歌のレベルが落ちた時は辞める時」という覚悟のもと、
歌うことを忘れないという。


音楽評論家の鈴木敦史氏は、
「兼業の音楽家には恐れを知らない自由な発想があり、
 やりたい音楽を追求できる強みがある」と述べている。

なるほど、色々な意味で妥協や選曲を含めて意に沿わない曲を
演奏するということもプロ音楽家よりは少ないだろう。

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係る「兼業」を「プロとアマチュア。この2つの間の存在」として
しまうことは安直過ぎるかもしれない。
ましてや「兼業なんて中途半端で覚悟が足りない、甘い」と
否定することは避けたい。

人によっては様々な事情で、プロに専念専心する道に
行けなかった人だって少なくないだろうから。

3者に絶対的に共通することは「音楽が好き」ということ。
アマの多くは(あるいは何割かは)、
「音楽の世界で生きられたら最高だっただろうけれど、
 そこまでの才能はないし」という認識は程度の差こそあれ
共通するだろうし、あるいは才能があっても
他にもやりたいことがあった、とか、
「プロは必ずしも演奏したい曲ではない曲も演奏することに
 なるから、その道は選択しなかった」等々の理由から、
敢えてプロにならなかったという人もいるかもしれない。

「兼業」の人も、事情や状況で「違うビジネスの場」に進むも、
「どうしても音楽、それもアマ活動ではなく、プロ活動としての
場を希望する」として頑張ってきていると想像する。

「いったんは諦めた道かもしれないが、それでも
 自分の才能や夢を信じ直して兼業に挑む人」を
私は否定したくない。

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プロの道に行くべく音大等で真剣に学び、卒業後も
オーディション等に挑み続けながら道を開いている人は
本当に心から尊敬するし、実際、私は声楽家を中心に
少なくない人を直接知っていて、応援もしている。
実際はとても大変だろうけれど、そういう頑張りはファンには
自ずと伝わる。
それゆえに、人や組織等の状況に極力甘えないかたちで
チャレンジし続ける「プロ」は本当に素晴らしい。

それはそれとして、係る「兼業」も、各人が安易な安直な
中途半端を排して真剣に「両立」「二刀流」で邁進しようと
しているのなら、「あり」だと私は思うし、応援したいと思う。

2018年4月24日 (火)

この半年で観た映画 その24

10月11日に、この半年で観た映画 その23として、
2017年4月~2017年9月に劇場やDVDで観た映画の
感想を書いたのに続き、それ以降の
2017年10月~2017年3月に観た映画の感想を
シリーズの23として感想を記したい。
なお、これまで同様、既に単独でブログに書いたものは
「○月○日のブログに記載のとおり」、とだけにしたい。

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 美女と野獣(実写版) (DVD)

   とても良かった。

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 メッセージ  (DVD)

  武力や戦争ではなく対話、コミュニケーションという
  メッセージは解るが、少し凝り過ぎている。
  ここ何年も米国映画は中国人に媚び過ぎ。
  この映画もそう。中国が全てのカギを握るかのように設定
  している点はもはや陳腐だ。

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 チア☆ダン  (DVD)

  良かった。全米優勝をかけた最後のダンスが素晴らしい!
  ブラヴォーです!

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 本能寺ホテル (DVD)

  面白かった

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 ラナタージュ (劇場)

  「ナラタージュ」は大人な有村架純さんが観れる。
  架純さんは「紅白」紅組司会者に2年連続決定。
  映画ではラスト近く、マツジュン松本潤が役得。しかし、
  架純ファン以外に薦められるかというと微妙。
  それと未だ観てないが広瀬すず主演の
   「先生! 、、、好きになってもいいですか?」」も、
  女子生徒と教師の恋愛モノ。偶然とはいえ、
  似た設定が続くのは興行的にはどうなのだろう?
  これまた微妙かもしれない。
    ナラタージュ
https://www.youtube.com/watch?v=DPTVDDvEBWY

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 ミックス  (劇場)

  面白かった。ガッキーファン、卓球ファンはもちろん、
  特にそうでない人にもお薦め。
  これだけ清々しさに徹した作品は久しぶり。
  石川淳一監督がプログラム(パンフ)で書いているように
  「大爆笑ではなく、ずっとニヤニヤして観ていられる作品」
  だし、広末涼子さんや真木よう子さんら主役をはれる人を
  脇に置いている強みがある。

  特に中国人役の蒼井優さんが傑作。
  また、短いカットながら石川佳純選手、水谷隼選手、
  伊藤美誠選手らも出演しているのが面白い。
    ミックス
https://www.youtube.com/watch?v=tR2GLIq1Ba0

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 探偵はBARにいる3 (劇場)

  とても良かった。北川景子ファン必見。
  そうでない人にもお薦め。
  舞台が札幌であることも先日行ったばかりなので、楽しい。

https://www.youtube.com/watch?v=XNhZRZMukrg
http://www.tantei-bar.com/
インタビュー
https://www.youtube.com/watch?v=4q1nuQhFP6o
https://www.youtube.com/watch?v=TkmD6V207hA
スペシャル
https://www.youtube.com/watch?v=7kAFWhX2O34

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 カノン

  先日レンタルDVDで2016年公開作の映画「カノン」を観た。
  カノン (DVD)
  最初の30分に退屈しても、そのまま見続けることを
  お薦めする。最後は観て良かった、と感じる作品。
  鈴木保奈美はあまり好きではないが、この作品での
  演技は高く評価したい。
  他、3女役の佐々木希が面白い。
   http://kanon-movie.com/

以下は参考ユーチューブURL

原曲 カノン パッフェルベル スタンダード バージョン 2  新録音
https://www.youtube.com/watch?v=dci-n_XFTeE

日本ニューフィルハーモニック管弦楽団 指揮:上野隆史 編曲:上野隆史
https://www.youtube.com/watch?v=Pppexz-KKig

Pachelbel Canon
https://www.youtube.com/watch?v=7VRM1SVNnPc

パッヘルベル:《カノン》ニ長調 パイヤール 1968
https://www.youtube.com/watch?v=2bIh9gEQpCs

指揮:木内哲也 演奏:都立国立高校弦楽合奏部
https://www.youtube.com/watch?v=u64iKzgQmkk

Pachelbel Canon - Boston Pops Orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=dcCnggBzLO4

Pachelbel - Canon (live - 1994). Orchestra "Accademia di Santa Cecilia".
https://www.youtube.com/watch?v=GMnQ_vUb_q8

J Pachelbel Canon Amadeus Chamber Orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=4yZj340_XnQ

Canon in D Major, Johann Pachelbel. Allegro Chamber Orchestra, Brian Norcross, Conductor.
https://www.youtube.com/watch?v=mjfYb0gJDkQ

Pachelbel Canon - St Paul Chamber Orchestra
https://www.youtube.com/watch?v=IiuZD25cUDw

Pachelbel, Cannon and Gigue in D, Berlin Philharmonic, Herbert von Karajan
https://www.youtube.com/watch?v=-eAGt2RVAXI

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 愚行録 (DVD)

  よくできた物語。冒頭から最後まで一瞬たりとも
  厭(あ)きず、一気に見せてくれる。見応え十分の作品。
   http://gukoroku.jp/

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 ちょっと今から仕事やめてくる (DVD)

  タイトルだけだと軽そうなイメージだが、本当は
  重たい内容。とても良い映画。観ている間、
  高橋まつりさんのことをずっと思っていた。
  特に若い人には観て欲しい作品。
  辞表を提出してスキップを開始する場所が
  野村証券本社社屋前なのが何が象徴的だ。
  今は知れないが、かつて「ノルマ証券」という
  ニックネームがあったので。
 http://www.choi-yame.jp/
 https://www.youtube.com/watch?v=GQTrfKdUQro

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 伊藤くんA to E  (劇場)

  木村文乃ファン必見だが、それに留まらない。
  全体的に軽薄な内容(基調)を装いながら、
  結構奥行きの深い内容。不様さと格好付け、
  承認願望との葛藤、真剣に向き合うことと逃げること。
  誰もが自分の弱さにたじろぎ悩むテーマを、
  少しユニークな設定で描いてる。

  伊藤くん(岡田将生)は肉食系を装うが実は草食。
  というより、ふがいなさ軽佻浮薄な軽口で真剣に
  ぶつかることを避けているだけ。
  木村文乃さんの魅力全開だが、AからDに当たる
  佐々木希、志田未来、夏帆、池田エライザも
  皆演技が真面目でうまい。
  役とはいえ、佐々木希を振るとは岡田もいい根性している。
  夏帆がさすがに上手い。池田エライザもとても良い。
  志田未来は小柄で特別美人ではないけれど、
  この人が登場すると物語がキュッと締まる感がある。
  これまでテレビや映画で観たときも、
  そういう印象を覚えた。独特の存在感がある。
  賛否両論ある作品のようだが、私はとても気に入った。
   http://www.ito-kun.jp/
https://www.youtube.com/watch?v=dUueEetXbfE
https://www.youtube.com/watch?v=dxfrWPnI6QY

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 不能犯 (劇場)

  面白かった。松坂桃李クンがハマリ役。
  矢田亜希子さんは久しぶりに見た。芦名星さんは
  これまで演技力がいまいちよく判らなかったが、
  この作品での芦名さんがとても良い。
  松坂とともにもう一人の主役沢尻エリカさんは
  最初セリフにヌルさを感じるが、
  後半は美しい顔立ちが際立つ。
https://www.youtube.com/watch?v=JXWbmokhWik
http://funohan.jp/

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 追憶 (DVD)

  とても良い作品。全てに友情の優しさが溢れている。
  有りそうでなかなか無い作品かもしれない。
  ここ数年の中で最も感動した作品の1つ。
  ぜひお薦めします。

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 君の膵臓をたべたい (DVD)

  とても良かった。ちょっと打ちのめされるくらいに。
  素敵な物語をありがとう。
http://kimisui.jp/
https://www.youtube.com/watch?v=1-L-tS3Erak

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 羊の木  (劇場)

  とても良かった。終わり近くまで特に事件らしい事件は
  起きない。6人の元囚人の多くは、送り込まれた町の人に
  それぞれのかたちで受け入れられる。
  大きな感動を秘めた作品というのではなく、
  所々に人の優しさが表出するシーンが散りばめられ、
  その折々で「いいな」と思う。そういう良さがある作品。
  よく練られた物語、というより、設定。

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 関ヶ原 (DVD)

  「シン・ゴジラ」を意識したのか、セリフ回しが速いので、
  緊迫感はあるが、史実や展開がよく解り難いまま進行
  する点が難点だと思う。
  合戦のシーンは大掛かりだが、それ以外はむしろ
  武将の個々の状況を描くことに力点が置かれている。
  秀吉とおね(ねね)のキャラクター設定もこれまでになく
  敢えて下品にしているので、(真実かどうかは別として)
  リアリティを感じた。

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 三度目の殺人 (DVD)

  なかなかよく練られた内容。

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 北の桜守 (劇場)

  母と息子の親子愛の美しい物語。開始間もなくや
  エンディングを含め映画の中で劇中劇(演劇)が入る。
  一歩間違えると危険な手法だが、成功していると思う。
  吉永さんは何歳になっても美しい。ひたすら美しい。
  この作品で出演120作となる吉永小百合さんの
  これまでの作品でも、歌と密接な繋がりがあるものが
  複数あるが、その意味でも、エンディングに歌を置いた
  この作品は彼女の記念すべき120作目に相応しい。
  とても良かったです。
http://www.kitanosakuramori.jp/
https://www.youtube.com/watch?v=4XOMwnlyQmQ

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 坂道のアポロン  (劇場)

  1960年代後半の九州 佐世保市の高校生3人を中心
  とした青春映画で、クラシックではなく、ジャズが主体
  となる作品だが、音楽の素晴らしさ、ライブセッション
  という今生きている人同士の演奏と聴衆という
  関係性の素晴らしさがよく描かれている。

  ピアノは初心者で楽譜も読めなかったという
  主役Hey!Say!JUMPの知念侑李さんは8カ月の猛特訓の
  結果、全ての演奏を(少なくとも手元は)吹き替え無しで
  やったとのこと。
  その中の1つに唯一のクラシックであるラヴェルの
  「逝ける王女の為のパヴァーヌ」があった。
  また、小松菜奈さん演じるヒロインの家がレコード屋さん
  という設定で、いろいろなLPレコードがならべられ、
  メータやバックハウスの顔ジャケットも映ったし、
  レコード替え針が置いてあるのも懐かしい情景。

  もう1人主役 中川大志さんのドラムも吹き替え無し。
  実際に音楽家活動もしてるディーン・フジオカさんの
  トランペットは難しいパッセージのものが多かったから、
  さすがに音は吹き替えだろうけれど、小松菜奈さんの
  お父さん役の中村梅雀さんはエレキベースのプロでも
  あるとのことで、劇中のウッドベースは貫録の実演との
  こと。

  ラストシーンの九十九島の黒島の天主堂は
  素晴らしい造り、内装で、重要文化財に指定されて
  いる教会とのこと。
  全国にはまだまだ知らない素敵な場所が多い。

  小松菜奈さんは特別美人とは思わないが
   「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」で魅せられたし、
  この作品でも初々しさが素敵。
  体型がどこかセクシーなのは幅が適度にあるというか、
  妙に痩せ過ぎていないためだろう。

  久々に清々しい青春映画で楽しめた。
  若さはそれ自体一つの特権。
  あの時代に戻りたいような、戻りたくないような。
  http://www.apollon-movie.com/

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 去年の冬、きみと別れ (劇場)

  よくできた復讐劇。三代目J Soul Brothersの
  岩田剛典さんがピュアな思い出を封じ込め、
  冷徹な化け物に徹して熱演する。
  岩ちゃんファンはもちろん、サスペンス好き必見の
  映画。とても面白かった。
  http://wwws.warnerbros.co.jp/fuyu-kimi/

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 散歩する侵略者 (DVD)

  発想、設定は面白い。
  確かに固定観念は争いを生みやすい。
  愛こそが世界を救う、というのが、この奇妙な作品の主題だろう。

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 先生!~好きになってもいいですか? (DVD)

  良かったです。

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 ちはやふる-結び- (劇場)

  上の句、下の句に続く三部作の完結編。
  高校生、競技部活というイメージしやすい内容には
  違いないが、決定的に特殊な要素が、小倉百人一首を
  用いた競技カルタという点。
  ラストに近いクライマックスのシーンでも、
  千年前に行われた歌会で詠まれた歌とが
  オーバーラップする。
  面白いだけでなく、競技カルタ自体に関して
  勉強にもなる作品。
   https://www.youtube.com/watch?v=_RNBBfU9_Eg
http://chihayafuru-movie.com/#/boards/musubi
TBS
https://www.youtube.com/watch?v=_iZdZhCk_Lo

 以上です。

2018年4月23日 (月)

新交響楽団のシューベルト「グレイト」

新交響楽団の「グレイト」~シューベルトと転調
本当になんという素晴らしい曲だろう。
もし、シューマンがこの作品を発見していなかったら、
交響作品の音楽史は随分と寂しいことになっていたかも
しれない、と「グレイト」を聴くたびにそう思う。

22日午後、東京芸術劇場にて新交響楽団の
第241回定期演奏会を聴いた。
指揮は大阪交響楽団常任の寺岡清高氏。

シューベルトが転調に特色があること、転調の名手だった
ことは皆知っている。

第1楽章冒頭で2本のホルンで開始されることも斬新だが、
17小節から26小節の間でのイ短調コードで
ヴィオラとチェロが織りなす交差は魅惑的だし、
それが急にホ短調コードでいったん終始するのも驚く。

主調のハ長調に戻って直ぐに変イ長調の和音を交えながら、
ハ長調で進んでいきアレグロの主部に入る。
このアレグロまでの78小節の序奏だけでも実に魅力的な
和声展開で、シューベルトの作曲技術の面目躍如
というところだ。

寺岡氏のとったテンポはオーソドックスでもあるが、
序奏では急がず余裕を持ち、アレグロでは快活さを
押しだした演奏。

第2楽章こそこの曲の白眉。
ここでの歌に満ちた抒情性は「未完成」の第2楽章、
劇的構成は同じく「未完成」の第1楽章とともに
かけがえのない比類のない内容と言える。

この日の演奏では、最初のオーボエのソロが
とても素晴らしく、終演後も大きな拍手を得ていたが、
ただ、それ以降、第3楽章も含めて音量が
なぜか落ちた感があり、楽器に不具合が生じたような
印象を受けた。
終楽章の目立つ旋律である410小節からの変イ長調
でのオーボエデュオでは持ち直していたが。

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この日の演奏で唯一問題を感じたのは第3楽章のスケルツォだ。
やや速めのテンポとはいえ、新響ではどうということもない
はずなのに、弦の8分音符の「粒立ち」が弱いのだ。
なんとなく、「ザザザザザザ・ザン、ザン、ザン」、と
モヤモヤ感のまま進むので、
「ダダダダダダ・ダン、ダン、ダン」としてシャープに
聴こえてこない。
これでは平凡な演奏の範疇にあると言える。
中間部のトリオも推進力だけを感じさせ、
曲想である「たおやかさ」が出てこない。

シューベルトは部分部分でアクセントなどの仕掛けを幾つか
設定しているのに、そこの強調が弱いから平凡な流れのまま
となる。
デフォルメせよとは言わないが、仕掛けを強調しないと、
音楽は生きない。

これはもちろん指揮者の問題だが、新響もこの曲は3回目
とはいえ、1992年以来の演奏というから、
こうした古典派とロマン派の橋渡しをする位置にある曲の
練度が久々だったと想像もできる。

以前、近現代曲を得意とする早稲田大学交響楽団の演奏する
ラヴェルに感動しながらも、その後のブラームスの第3交響曲の
平凡さに驚いたものだが、
今回の新響のスケルツォ演奏は曲想を完全に描き切れて
いない、練り上げ度が弱いという点であれに似た印象を
受けた。
いや、あのときほどの不満はない。

N響がそうであるように、この新響も30年前から聴いてきた
私が見たらメンバーは随分若返ってはいるけれど、
相変わらず抜群に上手く洗練されたオケ、
アマオケ最高峰の1つであることに何ら変わりはない。

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第4楽章。
長くワンパーン的なフレーズや音型が続く終楽章は鬼門だ。
私自身、東京外語大のOBを主体に設立されたオケで弾かせて
いただいた経験があるが、「グレイト」大好きな私でも、
第4楽章の演奏はシンドイ。
それでも、今回、この終楽章の幾多の場面で細やかに転調が
なされ、それの進行の中でコーダに向かって展開されていく
構成力にあらためて感心した。

ハ長調を主体にしながらも、コントラバスなどの低音部が、
ト長調や変イ長調、ホ長調などのコード、あるいは
イ音や変ロ音を踏みしめて土台を作り、
ヴァイオリンやヴィオラが3連符の連続でせわしなく刻んで
いく。
その流れが知らず知らずにコーダを用意していく様は圧巻で、
やはり偉大な曲だとつくづく実感する。

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この他、プログラムは前半にフランツ・シュミットの
歌劇「ノートルダム」より間奏曲と謝肉祭の音楽、
エーリッヒ・コルンゴルトの劇的序曲という、
それぞれ15分位の曲が演奏された。
いずれも明るいトーンの祝祭的な曲だった。

最後になったが、寺岡氏は早大と桐朋学園大、
ウィーン国立音楽大学やイタリアのフィエーゾレ音楽院で
学んだ人。
ハンス・ロットや、この日の1曲目の演目でもある
フランツ・シュミットなど、近代ウィーンの作曲家を
よく取り上げているとのこと。

最後に、新響の団長の土田恭四郎さんがプログラムで
「グレイト」の解説文の冒頭に書いている文を紹介して
終えたい。

「新交響楽団創立指揮者の故芥川也寸志は、生涯にわたり
  「アマチュアであることへの誇りとこだわり」を発信されて
 いた。
 代償を求めず、ひたすら音楽を愛し没入していく心の大切さが
 新交響楽団の活動の原点となっている」

 http://www.shinkyo.com/

2018年4月19日 (木)

諏訪内晶子さんの現代作品演奏

EテレでN響のサントリーホールでの2月公演が放送された。
明るいホールに、武満の独特の暗い色調のトーンが流れる。
「ああ、タケミツだ」と思う。

誰も書かなかった謎の色調を帯びた詩的でもあり、
また種哲学的とも言える不思議な弦楽アンサンブルのトーン。
「ノスタルジア」と「遠い呼び声の彼方へ」のソロは
諏訪内晶子さん。

諏訪内さんはバッハもロマン派も上手いが、
特にドビュッシーやハチャトリアンなどの近代曲も実に上手いし、
特に武満やシュニトケなどのいわゆる現代曲が抜群に巧い。
指回りが巧いだけでなく、音感が良いのだろう。

今回の2曲は武満にしてはやや明るいトーンに思えたが、
それでもまるで古典の曲のように自然体で進めていく演奏の
様はサスガの感があった。
ヴァイオリニストに限らず、あるいは器楽奏者に限らず、
現代の演奏家はもっと現代作品を演奏して欲しい。

自信のなさが表れる言葉

柳瀬元総理秘書官は「記憶の限りでは、会っていない」と
言った。なぜ「会っていない」と言い切らないのか?

そもそも「記憶の限りでは」というのは日本語になっていない。
中学生だって「そんな日本語はない」と理解できる。
少なくとも東大法学部、通産省(当時)というコースを
たどる人間が使う言葉ではない。

福田事務次官は「事実とは異なるものと考えている」と
言った。なぜ「事実とは異なる」と言い切らないのか?
2人の自信の無さ=ウソが言葉の中に見事に表れている。

自衛隊員の暴言

国会近くの路上で防衛省統合幕僚監部の3等空佐が
民進党の小西洋之参院議員に、
「お前は国民の敵だ」、と繰り返し罵倒、とのこと。

当該自衛官に言いたい。
「国民」の中に勝手に私を入れるな!、と。

財務省事務次官の「さわっていい?」等セクハラ発言問題

音声テープを聞いて思った。
「この人、病気だな」と。
セクハラ、パワハラ、犯罪以前に「病気」。
心療内科に通院したほうがいいと思う。マジで。

新橋だか、帰宅途中の男性サラリーマンにインタビュー
する映像がテレビで放送されていて、
ヘッドホンで音声を聞かされたその男性いわく、
「俺はキャバクラでもこんなことは言わない」と
言っていた。それはそれでウソッぽいけど。

それにしても、官僚の中でも最高峰と言われる地位の人が
 「病気」というのは、
この国はどうなっているんだろう?と思う。


 福田財務省事務次官
100人が100人思うこと。
 「潔白なら辞めなくていいでしょうに」
次官いわく、「あんな発言をしたことはありません」
なんでしょ。

 財務省事務次官と新潟県知事
40年くら前だったか、テレビCMで男性が小指を立てて
「私はコレで会社を辞めました」というのがあった。
今だったら、あのCM自体が女性に対する侮辱だと問題になる
だろう。
それはさておいても、エリート街道を歩んだ人や
上に立てば立つ人ほど身を律しないといけないのに、
と嘆かわしい。

2人が違う点は、
知事は事実を認め、次官は認めていないこと。
小癪(こしゃく)で小賢(こざか)しいプライドが最後まである人は
余計にみっともない。

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財務省(大蔵省)次官の在任中の辞任は1998年の当時の
大蔵省接待汚職事件以来20年ぶり。
斎藤美奈子さんも18日の東京新聞に書いているが、
あの事件は、風俗系飲食店いわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ」店を
利用していたことでも衝撃だった。
「エリート官僚ってこんな程度か」と。

あのころから女性蔑視土壌は変わっていないのかもしれない。
それにしても、あの事件は自殺者が3人~大蔵省1名、
日銀1名、第一勧銀(当時)1名~も出てしまうというヒドイ事件、
最悪なスキャンダルだった。

ロッシーニ「音楽の夜会」

ちょうど7日の日本経済新聞朝刊文化欄に
 「ロッシーニ再評価進む」として、
没後150年のロッシーニに関して取り上げられている。

これについては後述するとして、
3月16日(金)から4月15日(日)にかけて、
毎年恒例の「東京・春・音楽祭」が開催されている。

これはワーグナーの楽劇演奏会式公演も含むが、ほとんどは
室内楽を中心とした演奏会が都内各地で開催されるものだ。

その一環の「桜の街の音楽会」として、千代田線湯島駅近くの
旧岩崎邸洋館で開催されたロッシーニ「音楽の夜会」を聴いた。

4人の歌手とピアニストにより、ロッシーニの歌曲12曲
からなる「音楽の夜会」を13時からと15時30分からの
2回において、それぞれ6曲ずつ演奏する、というもの。

もっとも私は後半が都合悪かったので、
13時からの回のみの拝聴だった。
出演者と演奏曲目は以下のとおり。

東中千佳(Sop)、長谷川忍(Mezzo)、
土崎讓(Ten)、堤智洋(Bar)、赤星裕子(Piano)

1.いざない~堤智洋

2.饗宴~長谷川忍

3.別れ~堤智洋

4.山のチロル
  (プログラム表記は「アルプスの羊飼いの娘」)~東中千佳

5.ヴェネツィアの競艇~東中千佳&長谷川忍

6.セレナータ~土崎讓&長谷川忍

全体的に8分の6拍子のようなリズムが抑揚のある快活な曲が
多くて楽しめたし、長調と短調の交差(入りくり、行き交い)が
さりげなく進行するなど、ロッシーニの作曲技術の巧みさを
あらためて感じた次第。

長谷川忍さん以外はたぶん初めて聴かせていただく歌手。
特に東中さんの軽やかな声が個性的で印象に強く残った。
ピアノの赤星さんは演奏も外見もいつもチャーミングで素敵。
大好きなピアニストの一人。

なお、拝聴できなかった15時30分からの曲と歌手は、
「約束」~東中さん、「とがめ」~長谷川さん、
「ゴンドラの舟遊び」~堤さん、「踊り」~土崎さん、
「魚釣り」~東中さん&長谷川さん、
「水夫」~土崎さん&堤さん。

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ところで、先述の日経の記事だが、
「歌手育ち演奏の機会増える」との副題の中、
「東京・春・音楽祭」の今年の目玉企画の1つが
ロッシーニと紹介する他、生存中はイタリア中心に
絶大な人気を博しながらも、
後にワーグナーやヴェルディの重厚なオペラが全盛となる中、
軽んじられる傾向にあったが、没後100年の1968年前後から
イタリアでも見直しが始まり、ロッシーニのオペラは
細かく声を震わせるように歌う「アジリタ」を駆使する
など難しいことが特徴であることから、
アルベルト・ゼッダが歌手育成に尽力したこと。
日本でも優秀な歌手が増えたことから演奏機会が増したこと。
特に藤原家劇団は200年代からロッシーニを注力してきたこと、
などが紹介されている。

2018年4月 6日 (金)

伊調馨選手へのパワハラを認定

許せないですね。
栄氏は「そんなつもりじゃなかった」と弁明したそうですが、
では、どういうつもりで「よく俺のところでレスリングできるな?」
と言ったのでしょうか?

男の嫉妬ですね。一番タチが悪いものです。

日本レスリング協会は協会として伊調さんにキチンと謝罪すべき。
そして、栄氏のレスリングに関する全ての指導的ポジションを
解任すること。
今後いっさいレスリングの指導に関する役職、地位にには
就かせないこと。

土俵の女人禁制は「伝統」ではない。ただの「ええかっこしい」だ

女性看護師が心臓マッサージ。男性らはアタフタ。
女性数名が加勢。
すると若い行事が「女性は土俵から降りてください」。

おいおい、そんな状況じゃないでしょ。
危うく死に至るところだったんですよ。
こういうのは断じて「伝統」とは言いません。
単なる男どもの「ええかっこしい」です。

いきさつ
京都府舞鶴市で4日に行われた大相撲春巡業の土俵上で
挨拶していた多々見良三市長(67)が膜下出血で倒れた。
看護資格のある女性が土俵に上がり救命処置。
行司が「女性は土俵から下りて」とアナウンス。
八角理事長が行司の不適切なアナウンスを以下の言葉で
謝罪した。

 「本日、京都府舞鶴市で行われた巡業中、
  多々見良三・舞鶴市長が倒れられました。
  市長のご無事を心よりお祈り申し上げます。
  とっさの応急措置をしてくださった女性の方々に
  深く感謝申し上げます。
  応急措置のさなか、場内アナウンスを担当していた
  行司が『女性は土俵から降りてください』と複数回
  アナウンスを行いました。
  行司が動転して呼びかけたものでしたが、
  人命にかかわる状況には不適切な対応でした。
  深くお詫び申し上げます」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180405-00000027-mbsnewsv-l26
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180404-00000331-sph-spo
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180405-00000047-mai-spo
https://mainichi.jp/articles/20180405/k00/00e/040/266000c?inb=ys


土俵の女性禁制の根源は女性の嫉妬だそうです。バカバカしい。
土俵の神聖化は五穀豊穣による祈りを起源とするそうですが、
その神は女神なので、女性が土俵に上がることで、
女神が嫉妬せぬよう、女人禁制になったとのこと。

要するに、大元は女性の嫉妬というわけです。
女神?女性でしょ。誤魔化しちゃダメです。
「男社会の伝統」と気取っているだけで、実態は女性の嫉妬に
振り回されているだけです。
それを「伝統」とかいうカッコイイ言葉で誤魔化しているだけ
のこと。ナンセンスの極み。

ウィーン・フィルもベルリン・フィルも一昔前までは
「女性奏者は要らない」と言って「女人禁制オケ」だった
けれど、今は普通にそれぞれに複数います。
ルールは時代に応じて変化する、変化させる。
それが大人社会の常識です。


土俵で救命措置の女性は、感謝状を固辞したとのこと。
 「当然のことした」
こういう女性の心こそ良き伝統と呼びたい。
男どものショーモナイ決め事よりも。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180406-00000005-asahi-soci


清めの塩への疑問
多々見良三市長が土俵から運び去られた直後、
塩が土俵に撒かれたそうです。不測の事態、
不慮の事故を清めるというころなんでしょうけど、
なんか嫌な感じ。
多々見良三市長は回復されたようですが、亡くなっていたら
「あの塩」は更に嫌な感じがします。

土俵への塩撒きは「邪気をはらい土俵を清める意」とのこと
ですが、倒れた人は邪気なんだ。ふーん、です。

女性が上がったことに対する「清め」説もあるそうです。
これがもし事実なら、女性が怒らないのはおかしいです。
女性こそ激怒すべきこと。
「女性が土俵に上がったことを清めることが伝統」ってヘン
でしょ。

葬儀から帰る際、受け取る品に付いて来る塩。
私はあれに昔から不快感というか、素朴な疑問、違和感を
抱いていて、実際、自宅に入る前に自分に振りかけたり、
周辺に撒いたことは一度もありません。
その理由は以下の感情からですが、
あくまでも私見、私感です。
皆さんが行うことを否定する気はありません。

 「清める、って、亡くなられたかたに失礼だろう」


(注)清めの塩とは、もともとは神道の考え方からきたもので、
死を穢れたものとして清めるという考え方からきたもの。
死を穢れとは考えない他の宗教では不要とされるものでもあり、
仏式の葬儀で清め塩を使わないとする宗派(浄土真宗など)
もある。
https://www.j-cast.com/2018/04/05325517.html?p=all
https://en-park.net/words/7581

恋女房に先立たれた男性の心情~女性は強く、男性は弱い

私は独身なので正直よく解らないのだが、田原総一朗さんによると
西部邁さんの自殺は、4年前に亡くなった奥さんのことが
大きかったという。
実際、西部さんは、「長年の連れ合いに先立たれて、
自分の人生は実質的に終わったのだと強く感じている。
自分の半分以上をもっていかれた感覚」、と述べていた。

1999年に自殺した江藤淳さんも、前年の奥さんの病死後、
抜け殻のように暮らす中での自殺と言われている。

吉田秀和さんは自殺ではなかったが、ドイツ人の奥さんの
他界後、しばらくの間、音楽評論をする気にならなかったことは
友人の間で語られていた。

また、以前、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で、鶴瓶さんが
訪ねた先の70代だかの男性も、その少し前に奥さんを亡くして
いて、しきりに「寂しい、寂しい」と口にしていた。

 翻って女性はどうだろう?

私はご主人を亡くしてから、かえって以前より元気になられた
女性を複数知ってるし、私が嫌いな曽野綾子氏など、
夫 三浦朱門氏の死後、夫との思い出を本にして
出版する(稼ぐ)元気さだ。

 「男性はロマンティストで、女性はリアリスト」
という表現が適切か否かは別として、
基本的に「男性は弱く、女性は強い」と言われることは
概ね正しいかも。

2018年4月 4日 (水)

「春なのに」 in 東京~ウィーンから故郷を想う

「3.11」に先立ってご紹介した菅野祥子さん作詞作曲の
「春なのに」。レコーディングメンバーの1人でもある
ウィーン在住のチェロ奏者 平野玲音さんは定期的に
トッパンホールで室内楽等を演奏してきているが、同じく
ウィーン在住の菅野祥子さんを迎え、ピアノの矢﨑さくらさん
とともに4日、同ホールでコンサートが開かれた。

今回に先立ち、1日、菅野さんの故郷である陸前高田市にて
「春なのに」in陸前高田を終えての演奏会でもある。

既に何度もブログやフェイスブックで書いたが、私が菅野さんの
「春なのに」を最初に知ったのは幸田浩子さんのCD。
この日、菅野さんと東京芸大の同期でもある幸田さんも来場されて
いたので、幸田さんに挨拶し、
「幸田さんのCDで知ったことが、この日に繋がっているのです」
と伝えると、「そう言ってくださるかたが多く、私も嬉しいです」と
語っていた。

平野さん同様、ウィーン在住の菅野さん自身よる国内での
披露公演は、2014年4月19日にこの日と同じくトッパンホールで
行われ、同年8月3日には軽井沢の大賀ホールで、
幸田さんとのデュオ公演が開催された。
私はいずれも会場で聴いている。

今回の演目は次のとおり。その後、感想を少し書いてみたい。

 <演奏曲>
1.菅野祥子さん&矢﨑さくらさんにより、
 (1)中田喜直「むこうむこう」
 (2)猪本 隆 「さざんか」
 (3)高田三郎「くちなし」

2.平野玲音さん&矢﨑さくらさんにより
  クライスラー作曲
 (1)美しきロスマリン
 (2)愛の悲しみ
 (3)愛の喜び

3.菅野祥子さん&矢﨑さくらさんにより
   ブラームス作曲
 (1)セレナーデ
 (2)日曜日
  平野さんが加わりトリオで
 (3)2つの歌曲「鎮められた憧れ」、「聖なる子守歌」

(休憩)

4.3人による演奏で、モンサルヴァージュ作曲
  「民謡 鳥の歌の主題によるマドリガル」

5.菅野祥子さん&矢﨑さくらさんにより
 (1)ロドリーゴ「何を使って洗いましょう?」
 (2)ホアキン・ニン「エル・ヴィド」

6.平野玲音さん&矢﨑さくらさんにより
  サン=サーンス作曲
 (1)白鳥
 (2)アレグロ・アパッショナート 作品43

7.3人による演奏で、菅野祥子さん作詩作曲
 (1)春なのに (編曲=呉睿然)
 (2)波雫(なみだ)(編曲=ペーター・バルツァバ)
 (3)朝陽 (編曲=呉睿然)

アンコール
シュトルツ:ウィーンの森に出かけて
そして、会場と全員で、「故郷」1番歌詞を合唱

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 感想

菅野さんの声はメゾといっても決して太い声ではない。
凛として伸びやかで、とても良い声。
プログラム最初に叙情的な3曲を置いた。

プログラムに菅野さん自身が短くコメントを載せているので
転記する。

 「むこうむこう」~「海に向かい空を仰ぐ時、果てしない
   「むこう」を想って凛とする」。
 「さざんか」~「初めてこの曲を聴いた時、うっすらと
   初雪に覆われた故郷の朝を思い出した」。
 「くちなし」~「くちなしの花は香り、実を固く結ぶ。
   「ひたすらに焦がれ生きよ」父の言葉に
   私の心も熱くなる」。

次いで、平野さんがクライスラーのヴァイオリン曲を
3曲チェロで鮮やかに、同時にハデではなく、
いぶし銀のように弾いた。

ブラームスの3曲は、3曲目の「2つの歌曲」が面白く、
オリジナルでは、アルト、ヴィオラとピアノによるもので、
しばしばチェロにとって替わられるとのこと。
いずれも叙情的で良い曲だった。

休憩後の後半。カザルスの演奏で有名な「鳥の歌」を、
モンサルヴァージュという人(1912~2002年)が歌を
加えたもの。興味深く初めて聴いた。

平野さんによるサン=サーンスは、白鳥はやや速めの
テンポでフォルムはスッキリとした演奏ながら、
とても繊細にして叙情的な優れた演奏。
「アレグロ・アパッショナート」では万全な技術を示した。

そして最後は、この日のクライマックである菅野さんの自作自演。
「春なのに」はとにかく呉睿然さんによる編曲も素晴らしく、
それを120%活かしてエスプレッシーヴォで弾く平野さんの
チェロによる序奏や間奏などのオブリガートだけでも
十分に聴衆を泣かせる。
そしてもちろん、あの尋常ならざる詩と旋律を菅野さんが
歌い紡いでいく。
本当にいつ聴いても、何度聴いても感涙を禁じえない名曲だ。

「波雫(なみだ)」は2011年12月の作品だが、タイトルの
イメージと違って、もう少し明るい曲なので、
ここで少しホッとすることになる。

そして2011年7月作品の「朝陽」がまた素晴らしい曲で、
長大な中の中間部には陸前高田での祭りであろうシーンが歌われ、
その場面では菅野さんは四角く小さな鉢のような升を叩きながら
歌われたのも印象的だった。
未来を歌った歌、と言えるこの曲も、
呉睿然さんの編曲が素晴らしい。

全プログラムが終わり、平野さんが1日に陸前高田で行った際の、
「まだまだ未整備の土地が多く、震災はとても過去のものとは
 言えないと実感した。今後も音楽を通して支援していきたい」
と語り、アンコールとして3人によりドイツ語の歌曲、
シュトルツの「ウィーンの森に出かけて」が演奏され歌われた後、

菅野さんが聴衆に
「私を(子供のころから)育ててくれた故郷、陸前高田に
 これからも恩返しをしていきたい」と語り、
「故郷の1番(歌詞)を皆さんでいっしょに歌いたい、
 歌って欲しい」として、
全員で合唱してこのコンサートが終わった。

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追記
サイン会の列にならんだ幸田浩子さん
 ~アーティスト同士の礼儀に感動
前述のとおり、菅野祥子さんと東京芸大の同期生の
ソプラノ幸田浩子さんと菊地美奈さんも来場されていた。

美奈さんによると同期生は他にバリトンの宮本益光さん、
ソプラノの鈴木慶江(のりえ)さんというから、
私は美奈さんに「豊作の年だったんですね」と
とっさに言った。

終演後、ピアノを務めた矢﨑さくらさんを含めた3人が
サイン会で聴衆に応じる中、幸田浩子さんは友人らと
ロビーで談笑されていたので、私も幸田さんに挨拶し、
「幸田さんのCDで「春なのに」を知りました」
ということや、本プログラム最後の「朝陽」も素晴らしい曲
と感想が一致したり、
幸田さんがJ-POPに挑戦した最新CDである「優歌」にも
感動した旨を伝えたりした。

幸田さんはサイン会に配慮して、終演後、
楽屋に行かなかったことは想像がついたが、
もう1つ驚いたことがあった。

サイン会にならぶお客さんもようやく残すところ数人に
なったころ、幸田さんが菅野さんに近づいていったので、
サインが終わるのを待って話しかけるのだなと想ったら、
なんと列の中にちゃんとならばれたのだ。

友人なんだからその必要はないと想うのだが、
その姿を見てこう想像した。
幸田さんは友人然として当然の如くふるまうのではなく、
イチ聴衆として、あるいは友人以前にアーティスト同士として
敬意を表して、来場した他の聴衆と同じく列にならんだのだ、と。

実際、幸田さんは順番が来たとき、会話だけでなく、
菅野さんのCDを差出し、菅野さんや平野さんに
ちゃんとサインをもらっていたのだ。

なんという謙虚さ、なんという律儀さ、
なんというマナーの素晴らしさだろう。

今や少なくとも国内では彼女の名を知らぬ人はいない
日本を代表するソプラノ歌手。
いつもは自分がたくさんのファンにサインをする側として
ロビーに座る人にもかかわらず、しかも菅野さんとは
学生時代からの友人にもかかわらず、
この日はきちんと聴衆のワンオブとして振る舞ったのだ。

こういうところが幸田さんの素晴らしいとことでもある。
抜群の歌唱力、美声、美人にしてこの謙虚さ、人柄の立派さ。
益々幸田さんが好きになった。

幸田さんがロビーから外に出るとき、
私の近くを通られたので、
「幸田さん、ならばれたのですね」と言うと、
「あ、ハイ」とニッコリされ、会場を後にされた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、私に負けないくらい、「春なのに」を気に入っている人
のブログを発見したので、記しておきたい。
「真美のブログ」~「春なのにが生で聴けます」
https://ameblo.jp/mamiamiboki0101/entry-12348411536.html

2018年4月 3日 (火)

ヴィオラ~オーケストラの合奏力の要、隠し味

日経新聞夕刊の文化欄で、このところ定期的に特定の楽器を
取り上げている。4月2日はヴィオラ。冒頭、トップ奏者の1人、
川本嘉子さんの言葉を紹介している。

「私がヴァイオリンからヴィオラに転向した20数年前、
 親は悲しくて泣いていた」。

一時代前の、あくまでも一部の人のイメージではあるが、
「ヴィオラはヴァイオリンで落ちこぼれ人が、しかたなく転じた楽器」
というイメージはあったのかもしれない。
もちろん、その後、バシュメットや今井信子さんといった
イメージを一新するスターの登場で状況は変わったが。

記事では川本さんの他に、その今井さん、N響首席の
佐々木亮さん、東京フィルの須田祥子さん、
読響首席の鈴木康浩さんと柳瀬省太さんを紹介している。
皆、ヴィオラの音色に導かれてヴァイオリンではなく
自らヴィオラを選んだことは言うまでもない。

私が初めてオーケストラを指揮させていただいたとき、
とりわけ感動したのがヴィオラの音だ。
「おお、これがヴィオラの音か」と思った。
数年前に「田園」の第1楽章を指揮させていただいたときも
同様に感じたのだった。

主旋律を受け持つファーストヴァイオリンと
土台を造るコントラバス、それに豊かな旋律を加えるチェロは
もちろん重要だが、内声部を彩るヴィオラとセカンドヴァイオリン
が上手いオケほど素晴らしい音色と合奏力を生む。

そういえば、皇太子殿下の元侍従で自身もヴィオラを弾いた
Aさん(故人)はこう語っていた。
「ヴィオラはオーケストラの隠し味です」。
https://www.youtube.com/watch?v=rSjeHGysdpM
https://www.youtube.com/watch?v=S0YLqYI6x1A

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