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2018年3月 8日 (木)

日本音楽コンクール「作曲部門本選で実演なし」はナンセンス

日本音楽コンクールでの作曲部門の「本選」では実演が
「当然」あるわけだが、今年から本選での実演がなくなり、
「譜面だけの審査」となるという。呆れる。

作曲した本人も現実に音として響かないと、はたして
完全にイメージどおりか把握できないということがある。
これはその作曲者の能力とかでなく、空間の条件や
奏者との意思疎通様々要素が関係するから
完全に掴めなくて当然だし、それより何より
作曲者なら誰しも、
「現実に音にしてもらい、それを聴きたい、演奏して欲しい」
と思うのが当然だ。
少なくとも本選に残った人なら、それを主張する権利はある。

それに審査員だって譜面の音がどう響くか、
全員が同じイメージで正確に把握などできやしない。
作曲者本人だって今述べたとおり100%は事前には
判らないのだから。

楽譜は記号に過ぎないわけで、音にしない譜面だけの
本選というのは、ただの「作文コンクール」と同じ。
いや、譜面ツラだけを問うという意味では、
作文コンクール以下だ。

下記のURLで記者が書いている文の中に、
「新曲の場合、良くも悪くも演奏がその曲の持っている
 ものの開示を大きく左右するから、本選に残った作品を
 審査する際、作品の違いに加えて、それぞれの曲を
 演奏する演奏者の違いも大きく影響する。この要素は、
 譜面審査のみになれば無くすことができる」
とあるが、本末転倒もはなはだしい。

アマチュア(素人)が演奏するわけではない。
こんなことを気にしていたらコンクール自体の意味は無い。

また、「経費的な要因もある。作曲部門の本選に残った
作品を全曲演奏すると、指揮者、オーケストラや演奏団体
の起用、パート譜の作成等、膨大な費用がかかる」
とあるが、
だったら、作曲部門なんて廃止してしまえばよい。
https://mainichi.jp/articles/20180306/dde/012/040/004000c

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