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2018年3月31日 (土)

マタイ受難曲~BCJ~~精緻で誠実な演奏

31日、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハの
「マタイ受難曲」を所沢ミューズのアークホールで聴いた。
マタイは第九のように頻繁に演奏される曲ではないので、
公演があり都合がつけば極力拝聴するようにしている。

マーラーの「千人」もそうしているが、会場に向かう思いは
全く違う感情だ。
「千人」は祝祭行事にワクワクして出向く感興に似ているのに
対して、「マタイ」は内容的にも、休憩を入れて3時間を超える
長大さ的にも、会場に向かう聴き手にある種の「覚悟」にも似た
思いを抱かせる曲だ。

演奏者はもちろんそうだろうが、聴き手においても、
いつにも増してステージで演奏する音楽家に寄り添い、何か特別で
重要な出来事に立ち会う感興を抱かずにはいられない曲とも
言える。

会場から最寄りの航空公園駅に徒歩で帰る中、老夫婦が
「レクイエムのような感じだったね」と会話していたが、
私はさすがに「レクイエム」としては聴かないながらも、
独特の特別な曲として聴く曲ではある。

バッハの優れた器楽曲や他の声楽曲ももちろん素晴らしく偉大
とも言える作品も少なくないが、それでも「メサイア」を聴かずに
ヘンデルは語れないように、「マタイ」を聴かずしてバッハは
語れない。

これまでライブで何回聴いただろう?5回目くらいか。
10回には届いていない。私にはまだまだ難しい曲ではある。
「教会音楽」などと平凡な単語では表現できない、
何かとてつもない曲。

誰でもヨーロッパに行けば、その多くの都市で、いや田舎町
ですら荘厳な教会がいたるところにあり、あらてめて
キリスト教の存在を否が応でも感じるだろう。
音楽ではこの「マタイ」こそ、それを雄弁に語りかけてくる音楽
だろう。
教会という建造物だけでなく、いわば「峻厳として仰ぎ見る
ほどにそびえ立つ山」という存在、貫録に満ちた偉大な曲。

この日の演奏団体であるバッハ・コレギウム・ジャパン
(以下「BCJ」)は古楽器を主体とした室内管弦楽団という
だけでなく、合唱も少数精鋭による演奏。

大合唱による「マタイ」も聴き応えあるし、それを期待して
出向くと一瞬拍子抜けするかもしれないが、
それもつかの間、創設者で指揮者(兼チェンバロ)の
鈴木雅明氏の徹底した研究に基づく深い教養から
生み出される精緻な音楽創りと、それに応える合唱、声楽ソロの
誠実な演奏に魅了される。

情感的ドラマに訴えるというより、客観的で学術的で理性的な
アプローチながら、潤いと気品と温かを常に保って堅実に誠実に
進行してゆく。

鈴木さんの志向する「マタイ」は、パイプオルガンがあるとはいえ
こうした大きなホールでの演奏よりも、欧州の教会で聴くに
相応しい演奏かもしれない。

24人だけの合唱といっても、澤江衣里さん、加耒徹さん、
藤木大地さん等々、声楽に関心のある人なら知らぬ人は
いない歌手からなる合唱だ。
とりわけ「マタイ」で重要なのはエヴァンゲリスト
 (福音史家、テノール)とイエス(バリトンorバス)役の
2人の男性歌手。「マタイ」の成功はこの2人のデキ次第と
言ってもよいほど重要。

エヴァンゲリストの櫻田亮さんはピュアな声ながらも、
第1部では声がいまいち出ていない感じもしたが、
休憩後の第2部は素晴らしかった。

昨年の合唱団「鯨」での畑儀文さんのエヴァンゲリストが
あまりにも素晴らしかったので、どうしてもそれと比較して
しまい、やや聴き劣りはしたものの、十分立派な歌唱と言える。

イエス役のシュテファン・フォックさんは穏やかな声で
品があるが、もう少し訴求力というか、場面によっては
荒々しいほどの鋭さも欲しかった。

この2役の他に、合唱の中から、ソリストとしても6人が
歌ったが、とりわけ印象的だったのはカウンタテナーの1人、
クリント・ファン・デア・リンデさんで、情感と潤いのある
見事な歌唱だった。

もう1人は加耒徹さんの格調ある安定した歌唱も
とても良かった。

澤江衣里さんの気品ある歌唱、
情感と理知のバランスが良かったレイチェル・ニコルズさん等々、
それそれソロを務めた6人も立派な歌唱だった。

生きている間にあと何回「マタイ」を聴けるか判らないが、
今後もこの偉大な曲にできる限り向き合い、
寄り添っていきたい、生きたいものだ。

2018年3月24日 (土)

そだねー商標登録出願に抗議する

帯広市の菓子メーカー「六花亭(ろっかてい)製菓」が
「そだねー」を特許庁に商標登録を出願したという。
出願日はLS北見が銅メダルを獲得した5日後の3月1日。
区分は「菓子及びパン」で、審査には一般的に約7~8カ月
とのこと。

六花亭製菓は「マルセイバターサンド」などで知られ、
「めんこい」「なんもなんも(気にしないで)」といった北海道弁を
商品名にした菓子を販売していることから、「そだねー」の
商標登録と商品化という発想に至ったのだろうし、
同社の佐藤哲也社長によると、道外の業者などによる
商標登録を避ける狙いもあり、商標を独占するつもりはなく、
使いたいという人がいれば自由に使ってもらえるようにしたい、
とも語っているというが、嫌な感じだ。

同じ北海道とはいえ、帯広ではなく、北見市内の会社で、
LS北見了承済みというのならともかく、いち企業が
彼女たちのチームコミュニケーションで交わされる言葉に、
企業利益に絡むことで飛びつく、その発想がエゲツなく思う。
嫌な発想、嫌な出願だ。


 追記
北見工業大生活協同組合(同)が同大職員の名義で、
北海道帯広市の菓子メーカー「六花亭(ろっかてい)製菓」よりも
2日早い2月27日に商標登録を特許庁に届け出ていたことが
わかったとのこと(現在、出願者を同生協へ変更中)。

同生協は取材に「登録が認められれば、利益の全額を
カーリングの振興に充てる。第三者の使用も利益の一部を
カーリングに役立てるとの条件で許可したい」としている。
六花亭の意図よりは「まとも」と言えるかもしれない。
基本的に「先願主義」なので、北見工業大生協が商標登録者
となるのだろう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180326-00050117-yom-soci


 他の人の参考意見です
日常会話でよく使う言葉が、商標として認められている例は、
たくさんある。たとえば、アントニオ猪木さんの権利管理会社
コーラルゼットは「元気ですか」を商標登録している。
小林製薬株式会社や株式会社そごう・西武など複数の会社が
「お元気ですか」を商標登録しています。
三陸地方の方言で流行語にもなった「じぇじぇじぇ」を
岩手県久慈市の老舗菓子店が商標登録している例があるし、
今回の出願しただけの段階であるにもかかわらず、
出願者の六花亭がすでにネットで炎上している状況を考えると、
流行語を商標として出願すること自体、ブランド戦略的には
マイナスに働く可能性もあることに留意する必要がある
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180323-00010003-huffpost-bus_all

2018年3月23日 (金)

つぶてソングとミサソレムニス

内閣人事局が悪の根源

内閣人事局という官僚への縛り
2014年の第186回国会で可決・成立した「国家公務員法等の一部を改正する法律」で、同年5月30日に内閣人事局が設置された。

国家公務員の人事は、最終的には、すべて内閣の権限と責任の元で行われるが(憲法73条4号)すべての国家公務員の具体的な人事を内閣が行うのは現実的でなく、実際は(従来は)内閣総理大臣や国務大臣などの政治家が実際に差配できる人事は、同じく政治家を登用することが多い副大臣や大臣政務官、内閣官房副長官や内閣総理大臣補佐官などに限られ、各省の事務次官を頂点とする一般職国家公務員の人事は、事務方の自律性と無党派性(非政治性)にも配慮して、政治家が介入することは控えられてきた。

ところが、「各省の人事を全て事務方に牛耳られては、政治家は官僚の傀儡となりかねず、縦割り行政の弊害も大きくなってしまう」との一部政治家の意見により、各省の幹部人事について、内閣総理大臣を中心とする内閣が一括して行い、政治主導の行政運営を実現することが構想され、結果、2014年に設置された。

内閣人事局は、「国家公務員の人事管理に関する戦略的中枢機能を担う組織」と位置付けられ、(1)幹部職員人事の一元管理、(2)全政府的観点に立った国家公務員の人事行政を推進するための事務、(3)行政機関の機構・定員管理や級別定数等に関する事務などを担当する。

これ以前には、官僚には政治家と一線を画す気概があったが、この仕組み以後、官僚は政府の顔色を見て仕事をするようになったのは明らか。
今回の事態も、もし「内閣人事局」制度などなかったら起きなかっただろう。

文科省問題言語道断

情報セキュリティの常識を知らない日本年金機構と業者

2018年3月19日 (月)

国会

内閣支持率~世論調査
17日から18日(週末)の調査では、NNN=30.3%、朝日新聞=31%、毎日新聞=33%、共同通信=38.7%。
内閣存続の第一条件は麻生財務相の解任だと思う。もっとも、それでも保てるかどうかは不明。


橋下徹「これが財務省書き換え問題の真相」
長い文で述べられており、たぶん彼の推論の内容は相当の確率で真実に近いと想像する。ただ、1つ違うと思うのは、私は今回の発端となった朝日新聞のネタ元はやはり財務官僚からのリークによるものだったのだろうと想像している。でないと、朝日新聞が~一歩間違えれば社運が傾きかねない~あれだけのスクープを、自信をもって公表するわけないので。実際、あの記事に対して、複数のコメンテーターが「朝日は根拠を支援すべき」とか、ネットでは保守系人間から「朝日のデタラメ記事」など、凄い反響があった。朝日が正しかったわけだが。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180314-00024631-president-pol


前川喜平さんの推論
官僚が独断で改ざんはしないだろうが、かといって、さすがに総理自身が指示などしないだろう。では誰か?「総理に近いところにいる人、あるいは大臣経験者等それなりに力のある政治家」と推測できる。
元文科省事務次官の前川喜平さんは「総理秘書官の今井尚哉氏ではないか」と実名を挙げている。こういう言動の関係で、先日の文科省による前川氏が講演した学校への調査という、あるまじき行為が起きたかどうかは不明だが。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180318-00000021-sasahi-pol

2018年3月16日 (金)

仲道郁代さん率いるピアノ・フェスティヴァル

第1部 《2台のピアノの祭典》
モーツァルト:きらきら星変奏曲~エルガー:愛の挨拶(編:轟千尋)
金子三勇士、仲道郁代、小林綾華(9歳、スペシャル・ゲスト)

ドビュッシー:小組曲
上原彩子、金子三勇士

ラヴェル:ラ・ヴァルス
萩原麻未、仲道郁代

ラフマニノフ:2台のピアノのための組曲第2番より「ロマンス」、「タランテラ」
小川典子、中野翔太

第2部 《5台ピアノの響演》
シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
上原彩子、萩原麻未、仲道郁代、金子三勇士、小川典子

リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行
仲道郁代、金子三勇士、萩原麻未、中野翔太、上原彩子

サン=サーンス:死の舞踏
太田糸音、小川典子、金子三勇士、上原彩子、實川風

バラキレフ:イスラメイ
小川典子、實川風、上原彩子、仲道郁代、太田糸音

ホルスト:組曲「惑星」より"木星"
萩原麻未、仲道郁代、中野翔太、小川典子、金子三勇士

至学館大学の谷岡郁子学長って何様だ「伊調馨さんは選手なんですか?」だと。ふざけるな

至学館大学の谷岡郁子学長ってのは
「五輪四連覇なんて誰でもできる」位の認識
なんでしょうね。何様なんでしょうね。

女子レスリングのパワハラ問題を受け、会見を行った
至学館大学の谷岡郁子学長が、会見内で
「そもそも伊調馨さんは選手なんですか?」と発言。
続けて「彼女は東京五輪をめざしているのですか?
五輪をめざすはずがない人」と決め付けてますので、
では、伊調さんに「目指してもらいましょう」。

薬丸さん~「本当に失礼。伊調さんに対して謝れって思う。
        国民栄誉賞(受賞した人)ですよ」

仁支川峰子さん~「(東京五輪で)5回目の金メダルが
  かかってる代表的な選手に対して、あの冷たい言い方」

坂上忍さん~「ああいう言い方がパワハラに感じちゃう」

真矢ミキさん~「すごい威圧というか…」

国分太一さん~「違和感ありました」

テリー伊藤さん~「栄監督のことを、あの程度の人間って、
    いくらなんでも、栄監督は功績ある方じゃないですか」

尾木直樹さん(尾木ママ)~
 「大学の学長っていう感じがしなくて、感情的でしかも
  客観性とか調査を経ないで言うところがすごい。
  栄監督にしたらあの学長怖いだろうなと。
  パワハラを感じましたね」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180315-00000063-dal-ent
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180316-00000083-sph-spo
https://www.j-cast.com/2018/03/15323773.html


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原田隆之氏(筑波大教授)による谷岡郁子至学館大学学長評

その前にTV情報で、伊調さんは選手ですか?発言に関して、
サッカーの前園真聖(まさきよ)さん~
 「伊調さんは引退宣言などしていない」

ダルビッシュ有さん~「選手であるとかないとかは関係ない。
     不当な扱いがあるかどうかが問題なわけでしょ。
     言動に伊調さんに対するリスペクトが全く感じられない」


さて、添付の原田隆之さんの見解を要約すると以下。

組織を守りたいというあからさまな姿勢が前面に出て、
弱い立場にある個人への思いやりや敬意が微塵も
感じられない。甚だしい人権意識の希薄さ。
アスリートへの敬意のかけらもない。
この発言自体が、ハラスメントであると言っても
過言ではない。

現段階ではハラスメントの告発があったというだけであり、
関係者のヒアリングが進んではいるが、黒白がはっきり
ついたわけではない段階で、
「ハラスメントなどあるはずがない」と決め受け、
一方的な態度に終始する姿は、中立性を欠いている
だけでなく、異様。

「栄氏はその程度のパワーしかない人間なのであり、
パワーのない人間によるパワハラとは一体どういう
ものなのか私にはわかりません」と述べていたが、
上下関係がある以上、そこにある現実的なパワーの
大小は、パワハラとは関係がない。

練習場に対する権限がなくても、彼はレスリング協会の
強化部長という「強い立場」にあることは厳然たる事実だ。
そして、伊調選手がどれだけ偉大な大選手であっても、
一選手という立場であることも厳然たる事実だ。

谷岡氏は大学の学長、日本レスリング協会副会長という
地位にある者なのに、パワハラに対してこの程度の認識
しかないとは本当に情けない。
「私にはわかりません」というならば、わかるように
なるまで、きちんと人権やハラスメントについて
勉強してほしい。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54900?utm_source=yahoonews&utm_medium=related&utm_campaign=link&utm_content=related

2018年3月13日 (火)

公文書偽造と共謀罪

公文書の書換って共謀罪(テロ等準備罪)の対象犯罪277のうちの1つなんですけど。その線からも追求してくれるんでしょうね?
有印公文書偽造等(刑法155条)、有印虚偽公文書作成等(同156条)~共謀罪(テロ等準備罪)「その他資金源犯罪101項目」より
もちろん、直接は関係があろうはずはない。
しかし、共謀罪の構成要件(対象犯罪)に含まれることを財務省がやった、ということだ。
論外である。

石破茂 自民党元幹事長「官僚だけでは判断できないはず」
「森友(学園)の問題は、どうしてあの土地は8億円も安くなったのかが核心だ。国が民間にモノを売る時、普通は瑕疵(かし)担保責任を負うが、(森友との売買契約は)特別というか、瑕疵担保責任を負わないとする契約になっている。普通、国はそんな契約をしない。なんでそのような責任を国は放棄したのか。現場の官僚にそんな権限があるとは思えない。何億円という税金について左右できるような権限があるとは思えない。安倍総理が「森友のあの土地は値引いてやれよ」などと言うはずがないが、では一体誰が、どんな権限でやったのかを明らかにしないと、自民党の信頼がゆらぐ」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180311-00000035-asahi-pol
政府内「判断間違えれば政権ごと吹っ飛ぶ」
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20180311-00000038-jnn-pol

「特定団体に8億を200万円でいい」~国民から今後「俺の税金も減額しろ」と言われたらどうするのか?
購入決定からわずか1ヶ月後に、財務局や土地の所有者である大阪航空局が撤去費用を「8億1900万円」と算定し、土地代から撤去費用を控除した結果出された土地の見積もり額は「1億3400万円」。しかも購入方法は原則一括払いとされている国有地では異例の「10年間分割払い」。さらに国は、土地の貸し付け前から見つかっていた「表層部のごみ」の処理費などとして、森友学園に「1億3200万円」を支払っている。差引き、森友学園が負担した差額は200万円。8億1700万円のお得。
かたや、税務署の税務申告で、内容に誤りがあれば書き換えではなく修正申告をさせる。今後、納税者から「書き換えを認めろ」と言われたら、現場は何と答えるのか?
他の霞が関~問題となった国有地を管理していた国土交通省~のある幹部「最終決裁した文書の書き換えをしたことはないし、するはずがない。信じられない行為だ」。醍醐聡・東大名誉教授「公文書が改ざんされると国家を監視できず、情報公開制度の根幹が揺らぐ。近代国家とは思えない、信じられない行為だ」。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180312-00000040-mai-soci

麻生氏の辞任に関する世論
辞任するべきだ、と、即刻辞任するべきだ、は、あわせて7割以上。安倍内閣支持者でも即刻辞任すべきだと、と、書き換えが事実だった場合は辞任すべきだ、は、あわせて半数以上。
即刻辞任6.9%、事実なら辞任46.0%
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20180312-00000959-fnn-pol

佐川さん
大臣がTVであれほど「佐川が、佐川が」と連呼すると、佐川さんのご家族の心中を察する。正直、佐川さんが少し心配。変な気を起こさない前に、大阪地検は逮捕する気なら、早くそうしたほうがいい。
官僚の皆さん、たかが期間限定就業者である政治家のために不正したり死なないでください。プライドをもって国益のために従事し、場合によっては政治家を切ってください。

2018年3月11日 (日)

東日本大震災チャリティコンサート HAKUJU

チャリティという点を仮に除いても、とても良いコンサート
だった。エンタ性満載のすこぶる充実したプログラムと演奏。
奏者が弦、サックス、ピアノ、メゾソプラノといった多彩な分野
ということと、後述するサックス四重奏団のリーダー
平野公崇(まさたか)氏の編曲の良さなど、成功が約束されて
いたと言えるほどの内容だった。

HAKUJUにおけるこのチャリティコンサートは今回第7回目
なので、「3.11」以降毎年開催されてきた。
私は毎年あいにく他のチャリティ演奏会と重なってきたため
今回が初めての拝聴となる。1曲目が終わった後、
HAKUJU副社長から、少なくとも仮設(プレハブ)がゼロに
なるまでは続ける旨の挨拶があり、個別の支援として、
私立ゆえ公的な援助が得られてこれなかった福島県の
「みどり幼稚園」のことを伝え、その経営者である
永井清美理事長から挨拶があった。

さて、演奏に感想の前に、開演が15時だから、
演奏に先立って聴衆と奏者全員での黙とうがあってもよかった
と思うがそれは行われなかった。

以下、出演者の記載の後、演奏曲と演奏について書いてみたい。

出演者(プリグラム記載どおり五十音順)

大萩康司(ギター)、川本嘉子(ヴィオラ)、
小林美恵(ヴァイオリン)、長谷川陽子(チェロ)、
林美智子(メゾ・ソプラノ)、三船優子(ピアノ)、
ブルーオーロラサクスフォン・カルテット
 (平野公崇Sop、田中拓也Alt、西本淳Ten、本堂誠Bar)

演奏曲と感想
1.ブルーオーロラサクスフォン・カルテットの演奏
   プログラムにはシュミットのサックス四重奏曲op.102より
   第1、3~4楽章、と記載されていたが、変更がなされ、
(1)ヘンデルの「涙の流るるままに」(私を泣かせてください)と
 (2)ボロディンのノクターンが演奏された。
 柔らかく明るく温かいトーンが素晴らしい。以前、目白でも
  サクスフォーン四重奏を聴いて、とても素敵に思ったものだが、
 今日も冒頭から気持ちが温かくなる思いがした。
・・・・・・・・・・・
2.長谷川陽子さんと三船優子さんで、
 (1)吉松隆作曲「遠くからの3つの歌」より「ふるさと」
 (2)ショパン「序奏と華麗なるポロネーズハ長調
  吉松さんの作品は穏やかなピアノソロに始まるのだが、
  途中から明瞭に「故郷」の旋律がチェロで歌いだされる、
  いろいろな変化を見せるのだが、そのいわば「編曲」が素敵だ。
  とても良い作品。
  L.ローズ編曲によるショパンは既に録音等で何度も陽子さんが
  弾いている曲で、この日もヴィルトージティの効いた演奏。
・・・・・・・・・・・・・
3.小林美恵さん、川本嘉子さん、長谷川陽子さんで、
  モーツァルト「ディベルティメント」変ホ長調K.563より第4楽章
  名人同士の素晴らしいアンサンブル。
   弦楽三重奏ではヴィオラの重要性がよく解る。
・・・・・・・・・・・・・・
4.林美智子さんと大萩康司さんで、
 (1)武満徹「三月のうた」(詞=谷川俊太郎)
 (2)武満徹「MI・YO・TA」(詞=谷川俊太郎)
  悲しく寂しい分かれを歌う「三月のうた」。いかにも武満らしい
   陰鬱で魅力的なトーン。
  そして哀愁感ある素晴らしい曲「MI・YO・TA」は、この「3.11」
  という日に、その歌詞をあらためて、噛み締めたくなる詩だ。
  濃厚な林さんの声でこの曲が聴けて嬉しかった。

  「木もれ陽のきらめき 浴びて近づく
   人影のかなたに青い空がある

   思い出がほほえみ 時を消しても
   あの日々の歓び もう帰らない

   残されたメロディ ひとり歌えば よみがえる語らい
   今もあたたかい

   忘れられないから どんなことでも
   いつまでも新しい今日の陽のように」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
5.三船優子さんのソロで
  ピアソラ作曲ピアノのための組曲op.2
  初めて聴いた曲だが、3つに分かれた中間部はバラード風で
  素敵だし、前後も流麗さや色彩が個性的で興味深く聴いた。

(休憩後)

6.林美智子さん、小林美恵さん、三船優子さんで、
  R・シュトラウス
   「四つの最後の歌」より第3曲「眠りにつくとき」
  ソプラノと違い、メゾによるこの歌もなかなか味わいが
   ある。また、歌が終わってからのヴァイオリンソロが
   特に良かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7.川本嘉子さん、大萩康司さん、平野公崇さんで、
 (1)ウィリアムズ「シンドラーのリスト」のテーマ
  (2)ガーシィン「ボギーとベス」より
「サマータイム」~「レッツ・コール・ザ・ホール・シング・オフ」
 ヴィオラ奏者として名を知らぬものはいない名手、
  川本さんの魅力全開。
 シンドラーのリストのテーマが特に低音での歌い回しが、
  音色はむろん
 微妙がアゴーキグを含めて魅力的だったし、ガーシィンでの
 独特のアンニュイ感も素敵だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
8.出演者全員でドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
                (編曲=平野公崇)
 冒頭のフルートの旋律とエンディング近くに再登場してのメゾの
  歌声を交えての平野さんの編曲が良い。弦は3部優秀な3人が
  揃っているし、ピアノでハープの効果が出せるし、
  サクスフォーンの重奏での和音を保ち移行できる。
  素敵な演奏だった。
  録音して欲しいくらいだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9.林さんを除く全員でラヴェル「ボレロ」(編曲=平野公崇)
  圧巻だった。
   出だしはギターの板の部分を叩いてのリズムと低弦の
   ピッツィカートに乗って、ヴァイオリンが旋律を弾き、
  旋律がヴィオラ、チェロと移りゆく中、ピアノが低音を支え、
  サックスも1本、また1本とリズムの刻みに参加してくる。
  また、サックスは旋律でもバトンタッチするなど、
   多様な活躍をする。
  終盤に近づくと、ギターも板叩きから弦はじきによるリズムに
   替わり、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロも旋律を弾いたり、
   ピッツでなく、アルコでリズムを刻んだりと様々な変化交替で
   進行していき、音量をマックスまでもっていき、
  見事なエンディングを創って終わった。
  この日最大の拍手と歓声を得たのは当然。録音を希望する。
・・・・・・・・・・・・・・・
アンコール 出演者全員で「花は咲く」たぶん編曲は
   平野公崇さん。
  林さんが歌う出す前のヴァイオリンソロや、歌い終わって
   からのチェロのオブリガートも含めて良いアレンジだった。
・・・・・・・・・・・・・・
終演後は出演者全員がロビーに出て、各自募金箱を持って
来場者に応じた。私は長谷川陽子さんと吉松さんの曲のこと
などを話した。
贔屓目無しに今回感じたことの1つは、低弦の名手が1人いれば
アンサンブルは大丈夫だ、ということだ。
チェロが登場するどの曲においても、常に充実した低音で
アンサンブルの土台を支えていてそれだけでも感動した。

冒頭に書いたとおり、チャリティということを除いて考えても、
素晴らしいコンサートで、これほど楽しいコンサートは
あまり記憶に無いほどだ。
このチャリティコンサートは今後もぜひ継続して欲しい。

2018年3月 9日 (金)

田部京子さんブラームスのピアノ協奏曲第1番を弾く

12月のファン懇親会の折、 「以前から一度弾いてみたかった曲」
と語っていた田部京子さんが9日、公では初めて
ブラームスの第1コンチェルトを演奏された。
広上淳一さん指揮 日本フィル。大宮ソニックシティ。

曲自体、私は高校生から大学生にかけては2番よりも
CDいや当時はLPレコードでよく聴いていたが、
全曲を通して聴くのは久しぶり。

冒頭からオケはオーソドックスなテンポ。これを聴いているうちに
私は、「田部さんは絶対にこのテンポでは開始しないだろうな」
と想像した。いや確信していた。実際そうだった。

すなわち、たっぷりとした間合いで、テヌートとアゴーギクを
用いて開始したのだ。もちろん、弾き出して10小節も行くころ
にはオケとテンポ感のうえでも同化していたのは当然だが。

田部さんのこの冒頭のアプローチはもちろん指揮者や
オケを無視したものということではない。
あくまでもピアノのソロ開始としての表情付けという、いわば
2段構えのアプローチであり、当然、指揮者と合意のものだろう。

交響曲と違う協奏曲の面白さは、こうした協奏とともに
共闘、対決的な要素が含まれることだ。

オケは後半の第4交響曲ではコントラバスは7人だったのに
対して、コンチェルトでは4人、ということが象徴している
とおり、全体的に室内楽的な志向を感じた。
若書きの粗さを否めないオーケストレーションだが、
晩年の諦観と異なる、まだまだ熱い感情がほとばしる
青年ブラームスの情熱的な曲。

特にピアノパートは音域の広さ(高低の行き来)を伴う
相当な難度を有する曲。

田部さんのこの曲、あるいはブラームスのソロ曲をふくめての
演奏の特徴の1つは、フレーズにたっぷりとテヌートアクセント
を効かせる点にある。

先述のソロ開始冒頭の他にも例えば、第1楽章の中間部、
弦と木管とで静かに移行して、それが止んだ直後、
226小節の「C→F、C→F」(タターン、タターン)の部分。
田部さんはここを「タッ・ターン、タッ・ターン」とたっぷりと
間合いをとって決然と提示した。象徴的な部分と言える。

第2楽章は繊細さが見事だったが、それだけでなく
例えば80小節から8小節の低音に軸を置いた
アルページョの、その低音の充実感が見事だった。

第3楽章はノリに乗っての熱い演奏。
全く申し分ない見事な演奏。
ほぼ満員の客席から大きな拍手と歓声を得たのは
言うまでもない。

ブラームスの持つ、古典とロマンのぞれぞれにおいて
佇(たたず)む情感、古典とロマンのそれぞれで漂い
行き交う構成感と情感のいずれをも、
田部さんは見事に弾き分けていた。

女性的という表現は適切ではないにしても、田部さんは
テヌート、アゴーギク、ルパートを多用しながら、
アプローチとしてはフレーズに重みを付けても、
田部さん本来の上品で繊細な美観が常に保たれる。

どっしりと構えても重たい音でなく、繊細さと緻密さが
常にあり、堅固さも同時に存在するのだ。
独特の個性的なブラームス演奏と言えるかもしれない。


想うに、田部さんはブラームスこそ(弾く時が)
一番「自由に」演奏できるのかもしれない。
これはある意味意外だ。
堅牢な構成感のあるブラームスの音楽を、
テヌートとアゴーギクを多用してたっぷりドッシリ
構えながらも、実は自由に伸び伸び思うがままに
しなやかに演奏する。
それが田部さんのブラームスのように想える。

使用したピアノはヤマハ。終演後、田部さんにうかがうと、
ホール内のスタインウィの状態がイマイチということも
あり選んだという。
よく響いてはいたが、何せ、ホールがバカでかい
大宮ソニックシティという点で、
2階席ではどう聴こえていたのだろう?という懸念点は
ある。これはご本人も述べていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

休憩後の交響曲第4番。
冒頭から平凡に普通に開始された第1楽章。
丁寧だが、終始アンサンブル志向の演奏で、
ドラマが生じることは無い。
過去のマエストロたちのアプローチはここには皆無だ。
この第1楽章の演奏は私の好みではない。

室内楽的なアンサンブル志向という点で、曲想的に
第2楽章は向いているが、それでも前半は物足りない。
例えば30小節からのヴァイオリンの歌はもっと瑞々しさが
欲しい。
楽譜の曲弱指定は「P」であっても、清らかなというより
艶やかなまでの美観が欲しい。
それでもこの楽章の後半では熱さを帯びてきて、
良い盛り上がりを見せた。

熱さという点で第3楽章が一番良かった。

室内楽的アンサンブルが生きた楽章が最終楽章。
第4楽章の後半では前半とは違うアプローチも見せた。
広上氏が大きく体と腕で132小節の3拍目
(133小節アウフタクト)からのヴァイオリンとヴィオラ
による「ff」を求めたし、ほとんど初めて大きくテンポを
動かしたのは、253小節からで、確かに楽譜には
「ピュウ アレグロ」とある。
広上さんは完全1つ振りで進め、273小節からや281小節
からはそれぞれの音型に従い微妙に戻しながら進め、
最後は一気にたたみ込んで終えた。
アンコールは定番のハンガリア舞曲第1番。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記
ブラームス ピアノ協奏曲第1番のピアノソロ開始の
表情づけについて
他の奏者の演奏をいくつか確認してみた。

普段わりと「こってり弾く人」でも、この曲の開始では、
ほとんどの人がインテンポで弾いているのが判った。
グールト(バーンスタイン)、ツィメルマン(バーンスタイン)、
バレンボイム(チェリビダッケ)、グリモー(ギーレンおよび
ネルソンスのいずれも)など。ポリーニは言うまでもない。

なるほど、ルービンシュタインが田部さんに近い。
しかしそれでも開始冒頭(91小節)から4小節間は
田部さんのほうがもっとたくさんテンポを動かしていたと思う。

5小節(95小節)から104小節くらいまでは似ている(いた)
とは思うが。
ということは、田部さんはこの曲開始においては
最強の表情付け開始者ということになる。

田部さんは外見は地味にクールに見えるかもしれないが、
実は誰よりも「熱い演奏」をする人なのだ。

K&T

2018年3月 8日 (木)

音楽チャンプ~琴音さんと丸山純奈さんについて

高校1年の無口で静かな性格の琴音さんの歌が良い
のは、ハスキーな声と歌唱力だけでなく、
歌詞の歌の良さを伝える力を感じさせてくれることだ。
歌唱力なら、このくらいの人は少なからずいるかも
しれないが、彼女は自分の巧さではなく、
曲の良さを伝えてくれる。

デビューが決まった中学2年の丸山純奈さんが正統派なら、
琴音さんは異色派かもしれないが、2人に共通するのは、
「自分の上手さ以上に、歌詞の良さ、歌の良さを
 伝えてくれること、その力があること」
だと思う。

他局のカラオケバトルでは、多くの人がとかく歌よりも
自分の巧さを強調してくる感があるのと対照的だし、
何より、2人には歌に対する誠実さを感じる。
歌っているのは自分だが、常に歌が前に在る。


審査員や司会者の琴音票~「今夜、誕生!音楽チャンプ」

黒木瞳さん
 「あなたが歌い出すと空気が変わる。
  フワッとした世界が始まる」
森公美子さん
 「あなたが歌い出すと、何かが降りてくる」
菅井秀憲さん
 「普段は無口でも、歌があなたにとってコミュニケーション
  になっているのだろう。人とつながりたいという祈りが、
  あなたにとっての歌なのだと想う」

日本音楽コンクール「作曲部門本選で実演なし」はナンセンス

日本音楽コンクールでの作曲部門の「本選」では実演が
「当然」あるわけだが、今年から本選での実演がなくなり、
「譜面だけの審査」となるという。呆れる。

作曲した本人も現実に音として響かないと、はたして
完全にイメージどおりか把握できないということがある。
これはその作曲者の能力とかでなく、空間の条件や
奏者との意思疎通様々要素が関係するから
完全に掴めなくて当然だし、それより何より
作曲者なら誰しも、
「現実に音にしてもらい、それを聴きたい、演奏して欲しい」
と思うのが当然だ。
少なくとも本選に残った人なら、それを主張する権利はある。

それに審査員だって譜面の音がどう響くか、
全員が同じイメージで正確に把握などできやしない。
作曲者本人だって今述べたとおり100%は事前には
判らないのだから。

楽譜は記号に過ぎないわけで、音にしない譜面だけの
本選というのは、ただの「作文コンクール」と同じ。
いや、譜面ツラだけを問うという意味では、
作文コンクール以下だ。

下記のURLで記者が書いている文の中に、
「新曲の場合、良くも悪くも演奏がその曲の持っている
 ものの開示を大きく左右するから、本選に残った作品を
 審査する際、作品の違いに加えて、それぞれの曲を
 演奏する演奏者の違いも大きく影響する。この要素は、
 譜面審査のみになれば無くすことができる」
とあるが、本末転倒もはなはだしい。

アマチュア(素人)が演奏するわけではない。
こんなことを気にしていたらコンクール自体の意味は無い。

また、「経費的な要因もある。作曲部門の本選に残った
作品を全曲演奏すると、指揮者、オーケストラや演奏団体
の起用、パート譜の作成等、膨大な費用がかかる」
とあるが、
だったら、作曲部門なんて廃止してしまえばよい。
https://mainichi.jp/articles/20180306/dde/012/040/004000c

憲法改正に対する国民の微妙な感情

「憲法9条を変える必要はない」が38%(NHK)と
特別高いわけでもないにもかかわらず、
「9条第2項を維持したまま、あるいは2項を削除して、
 自衛隊(の存在根拠や目的等)について明記する」
も30%台前半に留まっている(毎日、読売、NHK)のは、
国民の微妙な不安心理を表しているようで興味深い。

この国民心理を推測してみると、
「本当は明記したほうがスッキリして解り易いのだろうが、
 今の内閣で改正すると、もっと先も(違うことも)
 盛り込みそうなので恐い。
 違う内閣や政権党に変わったときは前向きに考えても
 よいけれど、今の政権では嫌だね」、
というところではないか。

https://mainichi.jp/articles/20180124/ddm/005/010/034000c

自己責任と税金に関する名言

「自己責任で生きろ、というスタンスの国に、
 どうして税金を納めないといけないのか?!」
と言った人がいるそうですが、
けだし名言だと思います(笑)。

2018年3月 7日 (水)

私のマーラー演奏歴~メモ的まとめ

アマオケや合唱で私よりたくさんマーラーの曲を演奏している人は
都内だけでもゴマンといますから、以下は自慢ではなく、
ちょっと過去をまとめてみたくなったのでメモしてみました。

6番と9番が無いのは口惜しく、いつかどこかのオケで
弾かせてもらえたら、と思っています。

以下パート不記載はヴァイオリンで演奏。
合唱の場合は(カッコ)で表記。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1981年 交響曲第1番~学習院大学管弦楽団 堤俊作 指揮

1986年 交響曲第8番「千人」~(第2コーラス) 新交響楽団
                             山田一雄 指揮

1990年 交響曲第1番~学習院OB管弦楽団 上垣聡指揮

1997年 交響曲第5番~学習院OB管弦楽団 三石精一 指揮

2007年 交響曲第2番「復活」~(合唱)学習院大学管弦楽団
                             末廣誠 指揮

同年  交響曲第2番「復活」~学習院OB管弦楽団
                             三石精一 指揮

2014年 交響曲第3番~みなとみらい21交響楽団
                             児玉章裕 指揮

同年  交響曲第5番~みなとみらい21交響楽団
                             児玉章裕 指揮

同年  交響曲第2番「復活」~(合唱)オーケストラエレティール
                             新田ユリ 指揮

2015年 交響曲第5番~学習院OB管弦楽団 船橋洋介 指揮

2018年の予定とえいて、交響曲第8番「千人」 第1コーラスで
    東京ユヴェントス・フィルハーモニー 坂入健司郎 指揮

2018年3月 5日 (月)

高木美帆選手が「ミスということではない」と訂正をしたのは良かった

帰国後、フジTVに出演中、進行側が「佐藤選手のミス」という
表現を用いたことに対して、高木美帆さんは、
 「1つ言いたかったのですが」として、
ミスということではない、と、生じた状況を、控えめながら
キチンと冷静な言葉使いで修正解説したのはとても良かった。

安藤キャスターも直ぐに「ごめんなさい」と謝ったのも、
良かった。

普段、姉菜那さんのガムシャラ感に対して、
飄々とか淡々などと性格について言われる美帆さんだが、
熱い思いがある人であることが判るシーンで、
益々、彼女が好きになった。

 「ミスではない。佐藤は頑張った」
「グッディ」出演
https://www.youtube.com/watch?v=qt8F2MFIzYU
https://www.youtube.com/watch?v=4znnAb6D9Ts

「ミュアヘッド先輩」~礼儀を基本とするカーリングの本質を象徴した言葉

LS北見が帰国して「報道ステーション」に出演したとき、
幾つかの発言に注目した。

1つは、銅が決まった直後、「ヤッターッ」とか「キャー」とか
ハシャグことをしなかった点を問われた藤澤五月選手の
「信じられないという思いもありましたが、カーリングは
 相手のミスを喜ばない、というマナーを基本とする競技
 ですので」
との回答は納得できるものだったし、

もう1つ、
イギリスチームの最後の1投~同点狙いではなく、一気に2点
獲得して逆転勝利を狙った1投~の、難易度(成功する確率)
を問われた吉田夕梨花選手はこう答えた。

「(普段の)ミュアヘッド先輩なら、7割か8割くらいで
 成功させる」 (自分たちは負けただろう)。

この、ミュアヘッド「先輩」と、相手チームのスキップに
「先輩」を付けたことがとても印象的だった。

イブ・ミュアヘッドは27歳だから彼女たちとそれほど違わないが
 (マリリンより歳下)、カーリング一家に生まれ、
過去2回五輪に出場、前回大会は銅。
ワールトカップは過去8回出場して金も獲得、という戦歴を持つ、
カーリング界では知らぬ人はいない有名な相手チームの選手を
敬う精神が、「先輩」という言葉に表れたのだと想像でき、
カーリングのマナーを基本とした競技の本質を見る思いがした。

報道ステーション出演
https://www.youtube.com/watch?v=b3nlf6v23pc

ニュースZERO出演
https://www.youtube.com/watch?v=NLjV-zMxWbE

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