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2017年12月31日 (日)

残念な合唱団は二度と聴かない~ある「冷たさ」への決別

今年も終わろうとしている。素敵な良い出会いもあったが、嫌なヤツや組織集団とのそれもあった。
後者で音楽に関して言うなら、栗友会の2つの合唱団
 ~具体的には 「コーロ・カロス」 と 「響」 ~
が、「50歳以上は入団お断り」を出してきたことが1つ。
団固有の事情やスタンスはあるだろうが、私の音楽に対する考えやスタンスからは全く受け入れられない考え、決定だ。

その2団体とは別の、独立系で歴史のある武蔵野合唱団では、
パートリーダーの好き嫌いにより独断で入団希望者を「排除」する人の存在を知った。

3つの団体には、私は親しい人が何人かいるし、全体としては良い人が多い団体なのに、一部の人のエリート思考や排除思考からの決定(前者)や、好みという感情(後者)により、係る団体全体のイメージが悪くなったのは残念なことだ。

いずれにしても言えることは、こうしたスタンスが内在する団体が、たとえどんなに優れた演奏をしようと、私には興味は無い、関心は無くなった、ということだ。
そうした団体の演奏を私は今後聴こうとは思わない。
二度と聴くことは無い。


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追記
これに関してフェイスブックで掲載(団名は伏せた)したところ、
友人からの応答

Fさん
 「合唱は老若男女の楽しみですよね」

私のレスポ
 「はい、そうですし、60歳前後だって、30代前後の人に
  全然負けずに立派に歌える人だって少なからずいる
  のに、ですよね。そのことは合唱をやっている人なら
  誰でも理解でき、知っているはずなのに、と思うだけに
  残念です」

Kさん
 「許せないですね!!と元晋友会のメンバーは思います」

私のレスポ
 「あ、晋友会で歌われていたんですか。
  小澤さんとのカルミナ・ブラーナや、関屋さん指揮での
  武満の合唱曲CD等いろいろ聴かせていただきました」

Kさん
 「岡谷合唱団で末席を汚していました。カルミナは
  仕事の都合で行けず、ジルベスタ・コンサートやCDで
  悔しい思いをしました。
  おやじ(関屋さん)とはウィーンでの演奏旅行が良い思い出
  です。松原混声よりも湘南市民コールの方が繋がりは
  深かったです」

日本音楽コンクール ピアノ部門~Eテレ放送

30日22時Eテレで、日本音楽コンクールのピアノ部門の
様子が放送された。
ピアノに限らず本選に進むだけでも大変。
コンクールに向かない天才もいるのが音楽の世界だから、
コンクールが全てではないが、しかし、
チャレンジする若者は皆真剣なのは言うまでもない。
本選のコンチェルトは各人ごく一部だけの放送だったが、
興味深く聴いた。

17歳の桐朋学園の高校生、吉見友貴さんが本選のステージに
出る直前、指揮者の梅田氏に 「大丈夫ですか?(僕の)衣装?」
と衣装のことを気にしたのが面白く、演奏終了直後の嬉しそうな
笑顔も印象的だったが、その彼が優勝してしまった。

2位になった鐡百合奈さん(25歳;香川県出身;東京芸大大学院)
は本選出演経験者だけある演奏。
聴衆賞獲得は演奏者にとって嬉しいことは知っている。
昨年ヴァイオリン部門で2位と聴衆賞を得た高校生も語っていたし、
知り合いで声楽部門で1位と同賞を獲得した女性も
1位もさることながら特に聴衆賞が嬉しいと以前語っていた。
それと、鐡さんって誰かに似ている気がするが、思いだせない。

3位の原嶋唯さん(23歳;東京都出身;桐朋学園大大学院)の
繊細さ、4位入選の小井土文哉さん(21歳;岩手県釜石市出身、
桐朋学園大)のラフマニノフはもっと聴きたかった。

TV画面を見ているだけでも、自然と4人を応援したくなり、
熱い感情が湧き起きる。

そういえば、1990年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝
した諏訪内晶子さんが、4年後の同コンクールをルポのかたちで
取材する番組の中で、参加者の熱く真剣な切磋琢磨さと
戦いの「熱」に心を揺さぶられて泣いていた姿を思い出す。

彼女自身が出場したときは、それどころではなかっただろうし、
その場を4年前に過ぎ去り、優勝した後の今そのときだからこそ、
客観的に同コンクール出場者各人の姿と心情に感情移入
できたのだろうことも推察され諏訪内さんの涙も印象的だった
のを思い出した。

ドキュメント72時間~視聴者が選ぶベスト10~最近のTV放送を見て

NHK「ドキュメント72時間」の年内に放送された
「視聴者が選ぶベスト10」が29日深夜30日未明)を見た。

私が特に印象に残っている回は、宮崎市の路上ピアノ、
川崎のゲストハウス、さいたま市大宮区の喫茶店、
根室のコンビニ内ほっこり弁当、京都の静かすぎる図書館、
新宿の手芸店オカダヤ、
さいたま市東浦和のもみほぐしマッサージ店、
静岡の加茂水族館、松山市の大観覧車、
有楽町の靴磨きコーナー、大阪梅田の英会話教室、
成田空港第1ターミナル南ウイング入国審査場、
アメ横のカバン屋さん、三浦市の老人ホームなど。

なお、年間第1位は「都会の小さいお葬式」。
新横浜にある家族葬の施設で、4月のオンエア時は
見ていなかったので、あらためて見たが、なるほど、
これは重たくも意義深い放送だと感心した。
妻に先立たれた老人自身も認知症を患い、長男に連れられて
何度も(毎日)お別れに来る姿が特に印象的だった。
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/210/1199203/index.html
http://www4.nhk.or.jp/72hours/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%8872%E6%99%82%E9%96%93


テーマ曲について
金曜の夜、何気によく見ることの多いこの番組の
終わり近くで流れる松崎ナオさんが歌う「川べりの家」は
どうという曲でもない感じながら何気に聴き入り、
番組に(偶然)登場した一般市民の人々の、
それぞれの人生を想像して、少しジーンと来る。
それに良く合う素朴な曲。

松崎ナオ「川べりの家」~NHKドキュメント72時間テーマ曲
https://www.youtube.com/watch?v=-NQ1T4vvK58
https://www.youtube.com/watch?v=-jYaB-UdV1A
https://www.youtube.com/watch?v=4xzcNOJ6ZHw
https://www.youtube.com/watch?v=tqR_bZJNqcI
https://www.youtube.com/watch?v=yzdWjSRuk2w

私が知っているインターネット広告業界~大みそかに高橋まつりさんに寄せて

2006年の秋に入社したインターネット広告会社の就労状況は
信じ難いほどのものだった。
就業開始時間は午前10時だが、その場合は、たいてい
19時が終業時間となる会社が一般的であり、その会社も
そうだったが、同年4月に入社した新卒の、女性でさえ、
21時前に帰る人はまずいなかった。

23時過ぎまで社内にいるのが普通の雰囲気があり、まるで、
「遅くまでいるのを競っているかのよう」だった。
そう、「遅くまでいること」イコール「頑張っている」イコール
「人生を前向きに生きている」とでも言いたいかのように。

もちろん、その状況に驚き、耐えられず退職する若い社員は
いたが、数(比率)的にはそれほど多くなかった。

当然と言ってよいが、内部告発があったようで、
労働基準監督署の立入りが行われ、それ以降は「徐々に」だが、
改善されていった。

一番驚き、また象徴的な事だと思ったのは、
当時、営業の部長級の30歳くらいの男性が言ったこと言葉だ。

 「新卒が、午前3時になっても帰ろうとしないのを見て、こ
  れは行ける、と思った」

ですと。

「翌朝午前3時まで仕事をしている若いこいつらは凄い。成長する」
と思ったそうだ。

とても正気の沙汰とは思えない。狂気の沙汰の頭だ。
この言葉が全ての状況を象徴していたと思う。

高橋まつりさんを自殺に追いやった電通の状況は、
その10年近く前には、他にも普通に存在していたわけだ。
その後は前述のとおり、労基立入りもあって徐々に改善し、
週に1回は少なくとも20時には帰ろう、と打ち出すまでに
変わったが。

残業が多いことを仕事で頑張っていると勘違い
 (単なる思い込み、自己陶酔)している若者には
次の言葉を紹介したい。
私はたくさんの経営者に接してきたが、
その中の1人の言葉だ。

 「残業する(正規の就業時間内で仕事を終わらせられない
  こと)っていうのはね、能力が無い証拠なんだよ」

一万人の第九~23日のTV放送を見て~大みそかに考える

どうせなら、もっと時間枠を拡げて第4楽章全曲を放送
すればいいのに。あんなにブツブツ切りでは、
曲をあまり知らない人には何のアピールにもならない。

合唱が「カタカナのドイツ語」なのはしかたがないだろうなあ。

沖縄から一人で参加した女子中学生はえらかった。
しかも普段から、引っ込み思案の性格という。
そう、音楽は人生を変えるのだ。

小栗旬さんのお父さんが演出家で、このコンサートも
昔から演出担当者だったとは初めて知った。
今回は旬さんが演奏前に「おお友よ」の序説を日本語で
語りかけた演出。親子初共演

教育の無償化を敢えて批判する~大みそかに考える

政府、私立高も無償化~財源はどうする?
キレイ事はやめよう

教育の無償化、などと言うといかにも聞こえは良いが、
今の政府与党案は実質「後払い」すなわちローンに過ぎない
かたちのものを骨格としているし、国公立はともかく、
私立高校の無償化などできるわけはないし、反対だ。
キレイ事では困る。

財源はどうするのだ?

独身者やお子さんのいない家庭、いても私立に無縁のご家庭
にまで、高額な有名私立学校に通わせることができる家庭の
税負担を強いるのか?あり得ない。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171120-00050000-yom-pol


いろいろな意見があって然るべき重要な問題ではある。
国公立の高校、大学に関しての無償化を目指すことは奇妙に
思わないが、私立という点では非常に疑問で、家庭や学校組織の
いずれにおいても資本投下的側面や税制の面で矛盾すると思う。
大きな問題を有しており、現実的でないと想像する。

また、2つ異なるアングルから言うと、歴代自民党の中で
最も右派的と思える安倍首相が~時代的状況はあるにせよ
 ~総無償化というある意味、社会主義的政策に踏み込もう
としている点は面白いと感じているほか、
私の時代では「塾通いする小中学生は稀」だったが、
今では親や子が「塾、塾」と言ってカネを使いながら、
一方でこのような「無償化」を望む?雰囲気がある、という
現代のカネの流れの矛盾を強く奇妙に感じる次第だ。

社会の歪(いびつ)さを強く感じる。
高等教育の無償化より、むしろ、古市憲寿が提言する
ように保育園を義務教育にして
「保育園落ちた、日本死ね」という状況を「排除」するほうが
先に想える。

2017年12月28日 (木)

貴乃花親方の頑なさが貴ノ岩復帰を遅らせている

日本相撲協会の理事解任は初めてになるとのこと。
貴乃花が好きとか嫌いではなく、組織論からしたら
当然の決定だと思う(まだ理事会段階だが)。

もっとも、来年の初場所後の2月に予定される役員候補選挙への
出馬は可能で、貴乃花親方が出馬すれば当選は確実と言われ、
「降格」の影響は事実上、約1カ月に限定されるとのこと。
むしろ降格より軽い「業務停止」とされないだけ良かったようだ。

「業務停止」は協会の行事にかかわることができないので
長引けば、2月の理事会選挙に出馬できないから。
伊勢ケ浜親方は理事を辞任したが、八角理事長は組織の
長としての責任からの処分(例えば減給など)を自分に
科さないのだろか?
  ~この点は既に科されている、とのこと。

貴乃花親方には「軍師がいない」という一匹狼的状況(性格)
が彼の弱点だと思う。
アドバイスを受けないという頑(かたく)なさ。
少しキツイ言い方をすると、若乃花関という兄を兄と思わないで
生きてきたその自信と傲慢さが、生き様が、
こういうところにも出るのだ、と思う。
本来、最も相談に乗ってあげるにい相応しい位置にいたで
あろう兄との疎遠、その孤高、孤独が、益々自分を悪い方向
に追い込んでいる、ということに気付かないでいるわけだ。


 本来あり得ない展開

貴乃花親方が、解任される前に自らさっさと理事を辞めて、
裸一貫でも貴ノ岩を守るために協会と闘うぞ、という
姿勢(態度)を打ち出していたら、カッコ良かったし、
きっと国民から熱い支持を得て強い応援世論を巻き起こして
いただろうに。そうならなかった理由は明白だ。

それは自分も理事の一員なのに「理事会は信用できない」として
いきなり警察に持ち込んだ、という、自己矛盾を抱えたまま
「だんまり」を決め込んで事態を長引かせているからだ。

日馬富士による暴行という事件が本題なのに、
それすら薄れるほど、貴乃花親方の協会に対する態度の
イメージの悪化が世間に浸透し、日馬富士および現場にいた
白鵬を含む力士陣への批判ではなく、
貴乃花親方に非難の声が行くような事態になってしまった。
事件の本筋から言えば、本来的にはあり得ない展開、事態だ。

何よりも貴ノ岩が心配だ。はたして今の状態で、
土俵に復帰できるのか?
精神的にも肉体的にも、どんどんその可能性から遠ざかって
いるのではないか?
そしてその原因を作りだしている人は誰か?
それを貴乃花親方は理解できているのだろうか?

貴ノ岩が実質引退に追い込まれるのを一番回避したいのは
当然、貴乃花親方のはずだ。しかし、長引かせれば
長引かせるほど愛弟子 貴ノ岩は土俵から遠ざかって行く
ことになるだろう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171228-00000097-jij-spo


 組織~その冷たきもの

日本相撲協会が貴乃花親方の理事解任を評議会に提案する
ことを全会一致で決めたことは、これまでの親方の理事としての
不誠実な対応からして当然の判断だ。

しかしそれは正義的に立派な判断ということでは全くない。
 それはこういうことだ。
当該協会に限らず、組織というものはそうした冷たさ、私なりの
言葉で言うなら「絶対的な冷たさ」を有しているのだ。

自由業できたかたには理解し難いかもしれないが、
人間が集まって組織を作ると、なぜかそこにヒエラルキー(階級)
意識が生じる(人により濃淡は違うが)。不思議な仮想体だ。 
そして、それに抗う人が出ると、組織はその人の排除に動く。
むろん卑劣で醜い嫌な事だ。しかし残念ながら
 ~と敢えて言うが~それが組織というものなのだ。

敢えて言えば「その程度のもの、それが組織」だ。
「一方的で不当で横暴なアンフェアな決定」と批判する人の
気持ちはよく解る。
しかし、しょせん「組織とはその程度のモノ」なのだ。

仮にどんなに融通の利かない(あるいは腐敗した)組織でも
その中に一応の決め事(ルール)はあるから、それによって
ヒエラルキーの上部にいる人間が一定の判断をする。

だから、今回の決議も「組織としては当然の決議」だが、
それは良い決議ということでは全くない。

別途私が書いた中でも「当然の決定」と書いたが、
「良い決定」とか「素晴らしい決定」などとは一言も書いていない。

日本相撲協会がより良い体制を目指すなら、既に多くの人が
言及しているように、元有力力士がほとんど体制を占める組織
ではなく、少なくとも半数は外部の、力士経験者ではない人間が
マネジメントに加わるようになれば、こうしたゴタゴタ時に、
個別の部屋を優遇したり排除したりする発想の無いところでの、
より公正に近い判断や決定がなされていくかもしれない。

企業社会において生じている社外取締役選任義務化の流れと
同じ流れが、日本相撲協会にも必要だろうと想像できる。


 後記
年明けて1月4日の評議委員会で正式に理事解任が決定された。
「不誠実な対応」はまったくそのとおりだったから、組織としてはやむを得ない決定、当然の決定だろう。

2017年12月27日 (水)

山田和樹+仙台フィル×読響(合同)演奏の第九~最高レベルの合唱

山田和樹+仙台フィル×読響(合同)演奏の第九~最高レベルの合唱
~小中高校生のための第九チャリティ・コンサート~
~澤江衣里(Sop)、鳥木弥生(Mezzo)、藤田卓也(Ten)、小森輝彦(Bar)~
~東京混声合唱団+武蔵野音楽大学合唱団~
この時期、特に第九を聴きたいと思うわけではないが、親しくしていただいている澤江衣里さんと鳥木弥生さん、また、最近特に注目している歌手の一人である原田卓也さんがソリストに名を連ね、少年少女(親子等)を主な聴衆として、「3.11」被災者支援を目的としたコンサートとあっては聴かないわけにはいかない。とはいえ、会場の東京オペラシティで、一般の大人単体として設けられた席は3階のみだったので早々にソウルドアウトされ諦めていたところ、先週、偶然にキャンセル席を確保できたので、ギリギリ拝聴できた次第。
 これはソニー音楽財団による企画で、収益の一部と会場募金が「公益財団法人 音楽の力による復興センター・東北」に寄付されるという。オケも「復興支援のためのスペシャル合同オーケストラ」と銘打ち、仙台フィルハーモニー管弦楽団と読売日本交響楽団の合同での演奏。

 山田和樹さん指揮の第九は2015年12月に狛江エコルマホールで聴いている。オケは和樹さん自ら設立した横浜シンフォニエッタだった。
よって、いわゆる解釈=山田氏のこの曲における個性は、そのときとほぼ同じだったと言えるので、以下は、あのときブログに書いたこととほぼ重なる(下記添付のULRご参考)が、全体として溌剌快活な演奏だし、工夫もされ、何より後述のとおり合唱が抜群に素晴らしく、終演後は一部の人のスタンディングも含めて盛大な拍手と歓声が沸いたのだから、今回も1つ1つ特徴を記しておきたい。なお、非常に優秀だった合唱については最後に書く。

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和樹さんは、私が嫌いなベーレンライター版など用いず、ブライトコプフ版を使用。私が嫌いな流行りの対抗配置などもせず、通常配置(チェロが内側に入るカラヤン時代のベルリン・フィル形態)での演奏。いわば表面的な流行りなど追わず、伝統あるいはオーソドックスを下地として、自分なりの新しさや個性を打ち出すスタイルを取る。

 第1楽章
テンポは速からず遅からず。木管などが収まるフレーズでリタルダンド(以下「リット」)をはっきり取り、柔らかに奏させるが、全体としては部分デフォルメにより重たくなることは避け、快活に運んだ。ただし、これは先日の過去の演奏(ブログに記載)のとおり、コーダ最初の513小節に入る直前に大きな間を置く。フルトヴェングラーさえここまでは溜めない。512小節と513小節の間にゲネラルパウゼと言ってもよいほどの「大きな沈黙」を置いた後にコーダに入っていく。この解釈を私は支持する。ここを「何もしないで直ぐに通過していく普通の演奏」の何と多いことか。
・・・・・・・・・・・・・・
 第2楽章
オーソドックスなテンポ。トリオはやや速め。ホ短調に転じ、大きく3つに振る部分(Ritmo di tre battute)に入り、ヘ長調コードに転じてティンパニが4つフォルテで叩き、休みをもう1小節増してディミヌエンドとして(実際はメゾピアノ位で)叩く5つめの打音はフォルテのまま奏した(以前もそう)。この部分はあまり賛成しない。旧来の(スコアどおりの)奏法でよいと思う。
この楽章のエンディグの特に最後の2小節をメゾフォルテ位の柔らかな響きで収めた(以前に同じ)。
・・・・・・・・・・・・
 第3楽章
昨今速いテンポが流行る中、冒頭の2小節間はとてもたっぷり、ゆったりと開始。もっとも第1主題が出る3小節目からは遅からず速からずに戻した。12小節4拍目(13小節アウフタクト)からはハッとするほどの最弱音(PPP位)で奏するのだが、それ自体は素敵だし支持するが、やや唐突感もあり「アザとさ」も感じてしまうので、ならば、その少しその「予感、予兆としての何らかの仕掛け」を設けておいてからのほうがよいと想える。
 以降、8分の12に入ってからも速めに流れていくのだが、トランペットとホルンによる警告的ファンファーレの後、練習記号「B」である133小節目から135小小節における、セカンド・ヴァイオリンで「タタ・ター」と何度も奏されるリズムを(楽譜どおりの)「PP」ではなく、ほとんどフォルテと言ってよい音で奏させたことは100%支持賛成する。私が指揮者でもそうする。フルトヴェングラーの演奏(記憶)によるインパクト(影響)が強いのかもしれないが。
 147小節で、ファースト・ヴァイオリンがフォルテからディミヌエンドで分散和音を上り、148小節で降りてくるその3拍目~4拍目はスコアでは「P」(のまま)とあるが、特に4拍目からテヌートクレッシェンドをたっぷりとかけて149小節から150小節への盛り上がりへの序奏として奏させたことも100&賛成。私が指揮者でもそうする。そうすると149小節のクレッシェンドの意味が増すからだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 第4楽章
第3楽章からアタッカでの入りに賛成(むろん短い間は置いたが)。低弦のレスタティーヴォでは、特に各フレーズの最後~第2楽章のテーマが出る直前や、同じく第3楽章のテーマが出る直前等~の2小節間(or3小節間)では、大きなリットをして丁寧に収めたのは印象的。
歓喜のテーマが低弦で開始される92小節に入る直前も大きな間を置いた。フルトヴェングラーと同じくらいの長さの間。賛成、支持する。
 合唱が起立したのは、一般的なやりかたである、バリトン・ソロの出る直前の208小節のPresto時ではなく、練習記号「B」(164小節)からの歓喜のテーマの全奏の途中からだったのは珍しいやりかた。
 バリトン・ソロの「nicht diese Töne」の「Töne」をG→Fと歌わせたことは反対。F→Fがよい。このことはかつてもブログやフェイスブックで何度も書いたので、ここでは詳細な根拠は省略する。
 テナーのソロ(alla Marcia)の前、合唱全員での「vor Gott」のフェルマータ(330小節)では、ティンパニはディミヌエンドさせず、「FF」のまま叩かせた。ここは昔から議論のある部分で、かつて日本人指揮者でフォルテのままを強く主張したのは故・岩城宏之さんだった。この部分はいずれのやりかたも良さがある。スコアどおり、合唱はフォルテのままでティンパニがディミヌエンドすると空間が大きく広がる感がして素敵だし、ティンパニもフォルテのままでも、それそれで迫力が持続されて壮大だ。ここは「どちらかでなければダメとはしない」としておきたい。
 弦の難所である「K」431小節からのフーガでは、480小節前後だったか、一瞬、弱音に落とすなどの工夫があったが、あれはどうだろう?特に支持もせず不支持もせず、というところ。
 525小節から540小節にかけてのホルンのAの音での伸ばしリズムは、昔の聴きなれたリズムでない書き方をブライトコプフすらし出した。ベーレンライターにすり寄る(媚を売る)かのような堕落的書き換えだと思う。支持しないどころか批判したい。かつての旧ブライトコプフ版でのリズムこそ正しいと信じる。

・・・・・・・・・・・
 ソリストに関して
贔屓目抜きに、澤江さんの声が美しかった。むろんソプラノだから目立つ=よく聴こえるわけだが、凛として清々しい声は、ソロリサイタルでの温かな声とともに澤ちゃんの近年の特徴だと思うし、おれがこの第九という歌いにくい歌であろうソロパートでも、しっかりと出ていたと思う。
 なお、最後の四重唱が終わって最後の合唱部分に入ると、ほとんどの第九の演奏会では、4人のソリストは座って「聴いているだけ」の状態が一般的だが、和樹さんはそんな野暮なことはしない。4人のソリストも立ったまま855小節から最後まで合唱団といっしょに最後まで歌う、というかたちを採る。これこそ「正解」だ。
「お祭り」なんだから、エンディグ時、4人だけ座って歌わないで「ボーッ?」としているなんて、ベートーヴェンの理念的にも相応しくない。「ソリストも合唱団といっしょに歌って終わる、それが第九だ」と思う。

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 合唱について
この日、最大の収穫。まず配置だが、男女で左右に半分から分かれるのでもなく、真中に男声2パートを置いて女声パートではさむのでもなく(いずれでもないのは珍しい)、左右上限段に、ソプラノ、アルト、テナー、バスの各人がバラけて混ざりあっての合唱、という形態をとった。現代曲ではたまに見かけるが、第九では珍しい。狙いは解る。それにより、各特質の声がまちまちの角度から発せられることで独特の拡散的響きを生む、ということだろう。
ただしこれを「普通のレベルの合唱団」がやるとしたら、大きなリスクがあるだろうと想像できる。アンサンブルを欠いたまま雑然としただけで終わることが容易に想像できるからだ。しかし、今回はそうならなかった。
 さずが、東混。さすが音大コーラス。均一で厚みもある、技術だけでなく温かさもある合唱。全国各地の市民による第九の合唱や「5千人」「1万人」による第九も、それはそれで「良さ」はあり、演奏としても~特にベートーヴェンの理念的にも~「あり」だとは思うが、しかし、こうした少数精鋭による見事な申し分ない合唱を聴く喜びはまた格別なもの、かけがえのないものだ。
 プロアマのオケを含め、国内で12月だけでもたぶん数百単位で演奏されているだろう第九の中でも、間違いなく「最高水準、最高レベルの第九の合唱」に違いない。これだけの合唱を聴ける機会は少ない。「これ以上の第九の合唱は想像し難い」、間違いなくそう言える、見事としか言いようのないレベルの演奏だった。

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なお、ロビーには仙台フィルと思うが、「3.11」直後の4月10日、仙台での広場での弦と管によるアンサンブルや、4月14日、石巻の小学校(体育館)避難所における木管五重奏の演奏時の写真などが展示されていた。あのときの状況、それでもそうした演奏が被災者に対してなされたことのいずれも、我々は忘れてはならない。
http://yomikyo.or.jp/concert/2017/07/sony-music-foundation.php

2015年の山田和樹指揮第九演奏の感想ブログ
http://susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-d5dd.html

2017年12月26日 (火)

小田和正さん~恒例の「クリスマスの約束」

「言葉にできない」から開始。 素晴らしい。しかも、
序奏をヴァイオリンのソロ。小田さんの弾き歌いの中、
弦楽四重奏によるアンサンブルが彩る。

収録は11月16日(木)に、初めての会場となる
千葉ポートアリーナで行われたとのこと。

2001年の放送開始以来、17回目を迎える今年の
「クリスマスの約束」 は、古希(70歳)を迎えた小田さんを
盛大にお祝いしようと、会場に巨大なセットを組み、
4万通を超える延べ10万人の中から選ばれた3,000人の
観客がライブを楽しんだ。

今回、番組初登場となるシンガーソングライターの
熊木杏里さんは、「なぜ私はここに呼ばれたんでしょう?」。
問われた小田さんは、「とってもいい歌を書かれているから、
ぜひそれをみなさんに聞いていただきたいと思って」、
2006年当時、資生堂CM曲に使用された熊木の楽曲を聴き、
「どんな人が、どんな風に歌っているんだろう、と
 気になっていた。とっても印象に残っている曲。
 とってもかわいい歌です」と応え、紹介した。

恒例の委員会バンド(※)は、今年3月に逝去した
ムッシュかまやつを偲び、「あの時君は若かった」、
「我が良き友よ」、「どうにかなるさ」などをメドレー。

「Yes-No」は観客もコーラスで応じた。

JUJU、松たか子、和田唱氏らは、小田さんと共にカーペンターズ
の名曲を披露したほか、それぞれ思い入れのある楽曲を
小田さんと共に披露。
このほか和田氏は、小田さんと選んだという映画音楽メドレーを
観客とのコーラスと共に披露した。

画面にはときおり熱心に聴き入る~人によっては一緒に
口ずさむ人の顔がアップにされるし、
毎回、美人も多いことに気付く。

過去のものも見、聴きたいから、私に限らず多くの人が
DVD化を希望していながらも、小田さんではない別の関係者が
許可しないことから実現されていないという。
 (以下の「参考」のとおり)

 愚かで残念なことだ。

(参考)
2001年から3年間の放送分につき、未公開映像を含めた
完全版DVD-BOXが2004年11月に発売予定と一旦発表
されたが、一部の楽曲に使用許可が下りなかったことから
中止となった。
その後もDVD化を希望する声は絶えないが、
ファンクラブ会員限定販売DVD『LIFE-SIZE KAZUMASA ODA』
にその年のダイジェスト版が収録されている。
 (番組が始まった2001年から[97])
なお、2004年放送の 『風のようにうたが流れていた』は
楽曲使用許可をクリアしているため、
4枚組DVD-BOXとして2005年5月25日に発売されている。

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 今回の演奏曲

1.言葉にできない
2.遥かなる影(Close to you)(カーペンターズ)
   by松たか子、JUJU、小田和正
3.ムッシュかまやつメドレー by委員会バンド
4.「Yes-No」 by委員会バンド
5.君の友だち(You've got a Friend)
  (キャロル・キング/ジェームス・テイラー)by委員会バンド
6.新しい私になって(熊木杏里)by熊木杏里、小田和正
7.映画・ミュージカル音楽メドレー by和田唱、小田和正
8.FEVER(TRICERATOPS)by和田唱、小田和正
9.あなたがくれたもの by JUJU
10.手紙にかえて(財津和夫) by小田和正
11.歌を捧げて by
12.ダニー・ボーイ(Danny Boy) by全員
13.the flag  by小田和正

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【出演者】  小田和正
<ゲスト>※50音順
熊木杏里、JUJU、スキマスイッチ(大橋卓弥、常田真太郎)
根本要(STARDUST REVUE)、松 たか子
水野良樹(いきものがかり)、 和田 唱(TRICERATOPS)
 <バンドメンバー>
木村万作(ドラム&パーカッション)、 栗尾直樹(キーボード)
稲葉政裕(ギター)、 有賀啓雄(ベース)
 <ストリングス>
金原千恵子(ファースト・バイオリン)
吉田翔平(セカンド・バイオリン)
徳高真奈美(ヴィオラ)
堀沢真己(チェロ)

※委員会バンド
「アーティスト同士がお互いを認め、愛し、尊敬する」という
共通の思いで、小田と共に番組を支え続ける仲間たち、
通称“小委員会”
小田さんが命名。メンバーは、小田さんの他
スキマスイッチ、根本要、水野良樹

2017年12月21日 (木)

おんな城主 直虎」が終わった~良いドラマでした

17日、大河ドラマ「おんな城主 直虎」が終わった。
視聴率に関係なく、良い大河ドラマだった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171218-00000082-spnannex-ent


大仰でなく、さりげなく終わるエンディングの妙
森下佳子氏の脚本の良さが際立った大河ドラマだった。

柴咲コウさんがいかに上手い役者かが判ったし、
彼女の代表作の1つになった。

脇役に~これまであまり知られていなかった俳優も
含めて~良い俳優を配したのも成功の要因。

直虎だけでなく、これまでほとんど取り上げられなかった
家康の正室 瀬名や今川氏真をクローズアップした点でも
印象的な大河ドラマだった。

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/12/17/kiji/20171216s00041000433000c.html
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/12/17/kiji/20171217s00041000310000c.html

2017年12月19日 (火)

小林沙羅さんが「B→C」に登場

B→Cに小林沙羅さん登場
新宿オペラシティ文化財団主題の「B→C」~バッハからコンテンポラリーへ~は文字通りバッハ(の時代)の作品から現代作品までを演目に入れたプログラムでリサイタルを行うという画期的で魅力的な企画コンサートだが、19日夜、その第197回にソプラノの小林沙羅さんが出演された。
私自身はこのところ沙羅さんが出演されるコンサートやオペラの日に都合が悪い日が続いたので、久々に拝聴したし、企画の趣旨からして必然的に誰の回でも意欲的で挑戦的なプログラムになり、それこそがこのシリーズの魅力でもあるのだが、普段から現代オペラや武満作品等、現代作品を多く取り上げてきている沙羅さんだけに、正に今回のコンサートも意欲的なチャレンジングな内容だった。

 まずは演目を列記し、その後で~全曲ではないが~個別の感想と全体の感想を書いてみたい。
 なお、ピアノは鈴木優人さんが務めたほか(ア・カペラ作品を除く全て)、賛助としてヴァイオリンの川久保賜紀さんが出演して前半後半各1曲ずつとアンコール曲で共演され、そのことも、このコンサートを魅力的な内容とした大きな要因となった。

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 曲目
1.藤倉大 「きいて」 詩=小林沙羅
  小林沙羅委嘱作品 世界初演
2.バッハ カンタータ第36番「喜びのうちに舞い上がれ」BWV36から
      「押し殺された、か細い声でも」
3.モーツァルト 「すみれ」 詩=ゲーテ
4.プフィッツナー
 (1)7つの歌op.2から「だから春の空はこれほど青いのか」
        詩=リヒャルト・レアンダー
 (2)5つの歌op.11から「母なるウェヌス」
        詩=リヒャルト・デーメル
5.山田耕作 「風に寄せてうたへる春のうた」詩=三木露風
6.シェーンベルク「8つの歌曲」op.6から「誘惑」
         詩=クルト・アラム
7.ライター 「私は歌」(2011年作品)詩=ガブリエレ・ブリアン
 (休憩)
8.中村裕美 「りんごへの固執」(2006年作品)詩=谷川俊太郎
9.シュテルツ&バッハ「御身がともにあるならば」BWV508
10.ベートーヴェン 「うずらの鳴き声」
11.ヨーゼフ・マルクス
 (1)マリアの歌 詩=ノヴァーリス
 (2)森の幸せ  詩=リヒャルト・デーメル
 (3)ノクターン 詩=オットー・エーリヒ・ハルトレーベン
12.池辺晋一郎 「歌」 詩=谷川俊太郎
13.藤倉 大 「ラブ エキサーブト」 詩=ハリー・ロス
14.藤倉 大 「夜明けのパッサカリア」詩=ハリー・ロス
    小林沙羅委嘱作品 世界初演
アンコール
1.バッハ カンタータ第120番「神よ、我らは静かにあなたを讃え」から
       「救いと祝福が」
2.小林沙羅 「えがおの花」

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 個別の感想~全曲ではないが以下感じたことを
今回の企画に際して、沙羅さんはイギリス在住の作曲家 藤倉大さん(1977年生)に2曲委嘱し、プログラムの最初と最後に置いて初演された。その最初の「きいて」は沙羅さんの詩によるものだが、主に冒頭の「聴いて」という言葉をメインとした「ア・カペラ」での歌は、3連音符のエチュードのような音階で囁きのように開始される曲で、歌というより、ややエキセントリックな独白の趣きがあり、次々と様々な発音発声~強弱、アクセント、音の高低、囁き、ひっかく様な声等々、喉の使い分け~を巧みに使った面白いモノだったが、技巧的および沙羅さんの技術のプレゼンとしては面白いものの、曲としては私は疑問で、何が不満だったかと言えば、沙羅さんがせっかく一定量の詩を提示しているのだから、それを「使いきる」作曲をして欲しかったと思う。
 なるほどプログラムには注意書きとして「原詩をすべて記載しているが、実際に使う歌詞は前半のみ」とあるし、いわば、提供された詩にインスピレーションを得て、結果、詩そのものの尊重より、詩が作曲者に与えたイメーイとしてユニークな曲としたのだが、やはり私には「詩全体を生かしていない」ことへの大きな疑問が残る曲だった。
 2曲目のバッハは川久保さんのヴァイオリンが入る演奏。川久保さんは後半のバッハも含めて、ノンヴィブラートでの繊細なオブリガート演奏に終始した。沙羅さんの声はバッハには明るすぎる感もあるが、それだけにユニークだし、トリルの発声が見事だった。
 ハンス・プフィッツナー(1869~1949)は初めてステージで歌われたとのこと。こうしたあまり取り上げられない曲の紹介は貴重だ。
 山田耕筰(1886~1965)の有名な歌は美しい歌唱だったが、全体的にフレーズが短い中で細かい表現の動きをするので、やや疑問に感じたことがあり、これは後述の全体の印象のところで書いてみたい。
 シェーンベルク(1874~1951)は語り的要素の面白い曲。ゲルハルト・シュトルッツェが歌ったらどうだっただろう?などと想像した。
 前半最後のヘルヴィック・ライター(1941~)の作品は、難しそうな曲だったが、沙羅さんの美質に合っている感があり、前半ではこの歌唱が私には一番ステキに感じられた曲だった。

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休憩を挟んでの最初の「りんごへの固執」~沙羅さんの東京芸大時代からの友人の作曲家、中村裕美さんの作曲~は、初めて聴く人には斬新だろうが(私もそうだった)、もう何度も聴いた私にとって、この作品はもはや「古典」で、ごく普通に楽しめた。もちろんこれは賛辞の意。なお、初演ではフルートのソロでオブリガートがなされたが、今回は川久保さんのヴァイオリンがそれを務めた。
 ヨーゼフ・マルクス(1882~1964)の3曲中、「森の幸せ」のみ今回初めて歌われたとのこと。この3曲は穏やかで叙情的(ノクターンは流麗でもあるが)で、後半の曲の中では私は沙羅さんの美質によく合っていると感じて、とても魅了された。ステキだった。
 今年3月に初演された池辺晋一郎さん(1943~)の曲も沙羅さんからの委嘱作品。わりとコミカルな要素も感じさせる曲。
 藤倉さんの「ラブ エキサーブト」はソプラノ歌手 ジェーン・マニングさんから彼女の70歳記念として彼女から委嘱された作品とのことで、ピアノの連打音や和音の中で、歌は散文詩的な語りを綴っていくような曲想。プログラムを読んで、孫の世代の日本人作曲を認め、愛するマニングさんの感性に感心した。
 最後の「夜明けのパッサカルア」はもう1つの委嘱作品の初演。ア・カペラによるこの作品も1曲目と語法が似ていたし、ハリー・ロスによる詩はなかなかロマンティックで素敵なのだが、一定量の詩の分量のほどに、それを生かし切れていない感じがした。いずれにしても、1曲目とともに、あと何度か聴いてみないと掘り下げた感想は言いにくい。とはいえ何度も聴きたいかと問われれば積極的に肯定し難いのだけれど。

・・・・・・・
 アンコールとして、まず川久保さんが再度登場して、3人でバッハを演奏。
そして最後は、同じく3人により、沙羅さん作詩作曲の「えがおの花」で締めくくった。この「えがおの花」はピアノパートが中村裕美による編曲で、今回はそれを元に鈴木優人さんが3人で演奏できるように少し編曲したとのこと。この編曲がステキで、この曲で初めて川久保さんはヴィブラートをたっぷりと使い、また部分的にはピッツィカート、重音(ダブル)、そして最後はハーモニクス(フラジオレット)を用いた美しい編曲だった。
これまで「えがおの花」を聴いた中で最も強く感動を覚えたのは、この素敵な編曲によるところが大きかったかもしれない。

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 全体的な感想として
上記のとおり、前半ではライターの「私は歌」、後半ではマルクスの3曲の歌唱が私には特に印象的で、それは良い意味で背伸びすることなく自然なまでにフレージングを歌いこむという美質がよく出ていたように感じたからなのだと思う。
そして最も心を揺さぶられたのは、もう何度も聴いてきたはずの「えがおの花」だった。
もちろん、委嘱作を含めた現代曲の見事なまでの歌い込みは、さすが現代作品を得意とする沙羅さんならではと感心したのも事実だ。
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 沙羅さんの美質と今後の展望あるいは期待等
以下は、やや抽象的な感想になることを承知で、期待を込めて思うところを述べてみたい。
藤倉大さんはプログラムに「優等生な感じの人にグロテスクな感じのある変な曲を歌ってもらったら面白い」~としての新作だったわけだが~の「優等生」(タイプ)を藤倉さんがどういう意味、感触で用いたのかは解らないが、私の沙羅さんの印象は以下のとおりだ。
小林沙羅さんの特質は、絶対的なまでの楽天性があり、(敢えて幼稚な言葉で言うなら)少女のような無垢でピュアな「信じて疑わない心」から発する天真爛漫なまでの明るさを常に有するトーンで歌われることにある、というように強く感じる。もう一度子供っぽい表現で言うなら「元気さ」こそ根底にある魅力かもしれない。
 具体的には長い歌でも、比較的短いセンテンスやフレージングの中で、クレッシェンドなどのダイナミズムが短い波動で揺れ動く。だから櫃線的に情感豊かな歌として響きわたるのだが、これが全て長所として生きるだけとは、もしかしたら言えないかもしれない。かかる豊かな「眩い歌声」は、トーンとして単色に近いという指摘もできるかもしれないからだ。
 とはいえ、この問題は微妙で難しい。ピアノのベネデッティ・ミケランジェリについて、誰かがモノートンと評したかと思えば、吉田秀和さんは「七色に輝く」と評したあの論争?を思い出す。だから深入りはしないし、そもそも係る難しいことを言えるほどの見識は私には無い。
 しかし、例えば山田耕筰の曲で「君がため」や「真昼となれば」の部分など、直截的に押し出すより、「溜め」のような落ち着きが欲しいと感じたりしたのは事実で、同方向へのベクトルの強さ(は素晴らしいが)だけでなく、長いフレーズなどでは「揺れ動かない=表情を敢えて抑えた」表現が加わると、更に素敵な、幅の広い、単一な(似た)表現方法でない、真の意味での振り幅の広い歌唱になるのではないか?などと勝手に想像しながら聴いていたのは事実だ。
 長いフレーズを長いクレッシェンド等で彩っていく、ちょっと一歩落ち着いた歩み。それが(良い悪いでなく)沙羅さんには少ないように感じることが多い。

・・・・・・・・・・・・・・
 今後これに関して、沙羅さんに関する想像としては2つ考えられる。すなわち、いや、今の晴れやかな表情で豊かに揺れ動く明るい歌声を維持して、このままで行ってよい、「元気な沙羅さん、それこそが沙羅さんだ」とする意見(感想)と、もう1つが、先述のような、もっと抑えた、落ち着いた(敢えて言えば暗い)トーンを加えて、どんどん変化する、違ったトーンの引出しをたくさん持つ沙羅さんを聴きたい、とする希望だ。
これは多分「どちらも真」が存在するかもしれないし、2者択一という問題でもないだろうし、いわんや、どちらかを目指す(べき)とするような事でもないだろう。今後、沙羅さんが益々「進化」していくとしたら(当然期待する)、必然的に後者も前者も獲得して継続されているだろうし、私が拙い言葉で述べた概念などはるかに超えた歌声、表現で魅了してくれることだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・
 最後にこれは述べておかないといけない。
小林沙羅さんの最大の特徴は、「聴いている人を幸せにしてくれる歌声だ」ということだ。もちろん、ほとんどの歌手の皆さんはそうした美質を有しているが、沙羅さんの場合は、とりわけそれを強く感じさせてくれる。この美質こそ、今後も長く聴衆を喜ばせてくれるであろう特質に他ならない。

2017年12月14日 (木)

米国奴隷化するネトウヨ~校庭に落下を捏造呼ばわり

沖縄県宜野湾市にある普天間第二小学校のグラウンドに、
1メートル四方の窓枠が落下。
落下時は児童約60人が体育の授業を受けていたところで、
落下の衝撃ではねた小石が男児の手の甲に当たり、
けがを負った。

在沖縄米海兵隊は、この落下物が米軍海兵隊の
大型輸送ヘリCH53Eのコックピットの窓枠であると認めた。

にもかかわらず、百田尚樹はTVで、ネトウヨらはネットで
「これは捏造だ」と騒いでいるという。
子供が死んだとしても、そう言えるのか?

頭の悪さもここまで来ると恐れ入る。
昔の骨のある右翼は「対米従属批判」(反米)色を鮮明に
打ち出し、その点では左翼以上だった時期もあるのに、
いつのころからか、エセ右翼が米国ベタベタ、
米国人1人1人の靴でも磨き出すんじゃないかというほどの
親米化、いや米国奴隷化しているので笑える。

新しい松屋さん~デザイン力の勝利

近所の松屋が大きく変わった。
改装期間が1ヶ月以上あっただけのことはある。
以前は他の地域の店舗と同じく、U字型のテーブルに
15席くらいの空間、厨房に1人の調理担当と客対応として
2人くらいという感じだったが、
今度は全く別の店の様に改装。

木目調のシックな店内は、横長の大きな厨房を設置。
客席は1人用が1つのテーブルに10席(5人ずつ向かい合うが、
顔は見えないかたち)、2人用(向かい合い)が7セットと
6セットの分かれ計26席。
他ソファスタイルで3人ずつ向き合う6人用が2セット計12人。
よって、席数も大幅増加の最大48人可能。
それでいて、通路が狭い感じはしない。

食券を自販機で買うと指令が厨房に行き、客は食券を
提示せずに着席すればよく、注文品が用意できると、
大学病院の会計や大型の処方箋薬局のようにパネルで
食券に明記された番号が表示されるとともに、
音声アナウンスで準備完了(受取りOK)が流れる。

よって、店員がいちいち食券受取り対応しない分、
調理や洗い場に専念できるから効率的なスピード対応できる、
という見事さ。

水やお茶も紙コップ提供機と自動注水機で対応、ということで、
この部分も店員はいちいち出さない(せいぜい不足分を
足していくことに留意するだけだろう)。

この機能性と席数増加により、店員も(オープン間もない
こともあるだろうけど)7人もいて(5人位でも大丈夫だろう
けれど)、それでも集客も良さそうだから、たぶん
採算は十分取れると想像できる。

以前と同じ大きさ(平米、立体空間)なのに、
内装の変更案次第でここまで変わるのか?と
あらためて驚き感心した。
「新松屋の誕生」と呼んでも大袈裟ではない感じがする。

2017年12月 6日 (水)

「奥様は、取り扱い注意」~最終回終わる

面白かった。綾瀬はるかさんが凄いのは、天然系だけでなく、
そのマ逆のアクションシーンができるからだ。
「精霊の守り人」も然り。
2008年公開の映画「ICHI」での殺陣(たて)も然り。
http://www.ntv.co.jp/okusama/

映画「ICHI」
https://www.youtube.com/watch?v=liDqO_aaxQ4

TVドラマ不振の時代にあって比較的高視聴率
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171207-00000088-spnannex-ent
https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/12/05/gazo/20171204s00041000423000p.html

はしだのりひこさん

J-POP考~追悼はしだのりひこさん「悲しくてやりきれない」
 By ザ・フォーク・クルセダーズ

近々、フェイスブックで 「風」を取り上げようと考えていた矢先の
2日、はしだのりひ(端田宣彦)さんの訃報に接した。

はしださんは同志社大学在学中にフォーク活動を開始したが、
故・加藤和彦さんに声をかけられ、北山修さんと3人で結成した
「ザ・フォーク・クルセダーズ」の人気でメジャーになった
と言える。

大柄な2人の中で、はしださんは小柄で特別美男子でも
なかったが、彼は後のシューベルツ他、多くのユニット活動により、
フォーク歌謡界で忘れてはならない存在になったと思っている。

ここでは、サロウハチローによるやや虚無的ながら
せつなくどこか希求も感じられる詩に加藤和彦さん作曲した
「悲しくてやりきれない」をアップしよう。
https://www.youtube.com/watch?v=kP4oluZmjzA


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J-POP考~追悼はしだのりひこさん「風」
 ~フォーク史上の名作の1つ

別途書いたように、「風」を近々取り上げようと思っていた矢先に
はしだ(端田)さんの訃報を知るとは。
はしださんのメジャー的活動は「ザ・フォーク・クルセダーズ」で
スタートしたが、フォークル解散後、杉田二郎、井上博、
越智友嗣各氏と「はしだのりひことシューベルツ」を結成した。
名前は「シューベルトとShoe Belts(靴のひも)を
ひっかけたもの」という。

最大のヒットで、私も大好きな歌が「風」。
フォークル時代の盟友 北山修さん作の歌詞に、
はしださんが作曲。

「人は誰も人生につまずいて 人は誰も夢破れ振りかえる」
「プラタナスの枯れ葉舞う冬の道で プラタナスの散る音に
 振りかえる 帰っておいでよと振りかえっても
 そこにはただ風が吹いているだけ」
「人は誰も恋した切なさに 人は誰も耐えきれず振りかえる」
など、当時小学生の私は彼らから未だよく解らない恋や
人生の難しさを~むろん、なんとなくだが~教えてもらったような
気もした。
https://www.youtube.com/watch?v=LDMgRlP-hc0
https://www.youtube.com/watch?v=ugtGClQLUdQ

永世7冠

偉業にも、その羽生さんでさえも勝ちを決める一手を
打つ際には手が震える、ということにも、感動する。

宮沢りえさんがインスタを閉鎖~古今東西あるファン心理の難しさ

V6の森田剛さんとの「熱愛」を報じられた宮沢りえさん
に対し、森田さんのファンが反発して彼女のインスタに
攻撃文をたくさん投じていたという。

宮沢さんは、「不快な思いをさせてしまった方達、ごめんなさい」
としてインスタを削除したというが、
本来、謝罪すべきは投じた側だろう。

もちろんこれに対して、他のファンから
「宮沢りえさんのインスタに誹謗中傷のコメントを書き込んだ
 V6ファンがいるようですが、同じファンとしてとても悲しい」
という声も出ているとのこと。

ファン心理は厄介だ。反発心と嫉妬心は理解できる。
むろんSNS攻撃は卑劣だし、控え目に言っても
「健全」とは言えないが。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171205-00000005-jct-ent

2017年12月 5日 (火)

第2回オペラ歌手 紅白対抗歌合戦~NHKニューイヤーオペラコンサートを越えた企画と充実度

以下、詳しくは下記に書くが、まずは前振りとして。
後述する(来賓の)三枝成彰さんのコメントを増幅する気は
無いが、敢えてそれに乗じるなら、やっと(とうとう)
NHKニューイヤーオペラコンサートを企画的にも充実度に
おいても超えるエンタ性満点のオペラ歌手による歌合戦が
誕生した。

4日夜、第2回オペラ歌手 紅白対抗歌合戦をサントリーホール
で聴いた(ガーデングループPresent’s)。

大がかりな演出は皆無の、ソロと重唱だけによる紅組(女性)
と白組(男性)による歌合戦。
指揮者もそれぞれに1名という複数体制。
司会の本田聖嗣さん(ピアニスト)による各人への
インタビューを交えながら2時間30分の充実した内容だった。

二期会会員歌手と藤原歌劇団員の部分的個人的な
ジョイントはNHKニューイヤーオペラほか幾つかあり、
決して皆無ではないが、普段は二期会の歌手は
藤原歌劇団公演には出られないし、藤原歌劇団員は
二期会主催公演のオペラやコンサートには出られない
 (かと拝察する)。
しかし、この公演はそうした「垣根」が無いことが、
大盛会、大成功の原因ではないかと推測する。

藤原歌劇団の公演には当然固有の個性があって良いし、
尊重されるべきだが、根本的なことで言えば、
ファンは二期会会員とか藤原歌劇団団員とかいうことで
色分けして歌手を聴いているわけではない。
ファンからしたらそういうことは関係ない。
AさんBさんという個人固有名詞の歌手(存在)として、
それぞれの歌声を聴かせていただいている、
ということが全てと言ってよい。

このコンサートは普段、二期会、藤原歌劇団、海外の
オペラハウス等で活躍されている歌手が「垣根なく」
一堂に会しての素晴らしい祝祭的コンサートだったが、
今後もできれば都度なるべくメンバーを変えて継続して
いったほうがいいと思う。

いみじくも三枝氏が大胆にもステージ上で言ってしまった
「NHKニューイヤーオペラ (タイトルはズバリ言わなかった
  が誰でもそうと判る表現)では
 歌手の人選がNHK選考者の好き嫌いでやっている」

というコメントが事実かどうかは別として、少なくとも
数人の特定の人が毎年のように出ている(それにより、
必然的に初出場者の枠=機会が減っている)状況は批判されても
やむを得ない。

企画的にも「NHK」は大上段に派手なテーマを投げてくるが、
演出的にはさほどのことなない。むしろ平凡な回が多い。

この「紅白」はああいうマンネリズムに陥らないで、今後も毎回、
楽しませて欲しいと思う。
それに値する、それが期待できる素敵な企画コンサートの誕生を
祝したい。
http://operaconcert.net/


第2回オペラ歌手紅白歌合戦

出演者
司会 … 本田 聖嗣(ピアニスト)
管弦楽 … 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

紅組
 指揮…田中祐子
 歌手(アイオエオ順)
 (ソプラノ)
 大倉由紀、腰越満美、佐藤美枝子、砂川涼子、半田美和子、
 緑川まり、森谷真理、嘉目真木子、鷲尾麻衣
 (メゾソプラノ)
 小林由佳、桜井万祐子、谷口睦美、鳥木弥生

白組
 指揮…村上寿昭
 歌手(アイオエオ順)
 (テノール)
 小原啓楼、藤田卓也、笛田博昭、村上敏明、望月哲也
 (バリトン)
 キュウ・ウォン・ハン、須藤慎吾、成田博之、ヴィタリ・ユシュマノフ
 (バス)
 ジョン ハオ、妻屋秀和
 (ソプラニスタ)…岡本知高
 (カウンターテナー)…彌勒忠史

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曲目…以下は歌った順番で記載する(敬称略)

グリンカ「ルスランとリュドミラ」序曲
 田中祐子指揮

1.鷲尾麻衣&小林由佳(二重唱)
  モーツァルト『コズィ ファン トゥッテ』より「見てよ妹よ」

2.妻屋秀和
  ロッシーニ:『セヴィリアの理髪師』より
   「噂はそよ風のように」

3.桜井万祐子
  マスカーニ:『カヴァレリア・ルスティカーナ』より
   「ママも知る通り」

4.緑川まり&谷口睦美
  チレーア:『アドリアーナ・ルクブルール』より
   「さあ!返事がないわ」

5.藤田卓也
  マスカーニ:『カヴァレリア・ルスティカーナ』より
   「母さん、あの酒は強いね」

6.ジョン ハオ&ヴィタリ・ユシュマノフ&望月哲也
  モーツァルト:『コズィ ファン トゥッテ』より「一幕1,2,3場」

7.須藤慎吾
  ヴェルディ:『リゴレット』より「悪魔め、鬼め」

8.半田美和子
  プーランク:『ティレジアスの乳房』より「いいえ、旦那さま」

  (休憩)

9.岡本知高&彌勒忠史
  ヴィヴァルディ:『グローリア』より「我らは主をたたえ」

10.大倉由紀枝
  チレーア:『アドリアーナ・ルクブルール』より
  「私は卑しい召し使いです」

11.キュウ・ウォン・ハン
  ビゼー:『カルメン』より「闘牛士の歌」

12.笛田博昭
  プッチーニ :『トスカ』より「星は光りぬ」

13.砂川涼子
  プッチーニ:『トゥーランドット』より「氷のような姫君の心も」

14.腰越満美
  プッチーニ :『トスカ』より「歌に生き 恋に生き」

15.森谷真理&嘉目真木子&鳥木弥生
  R・シュトラウス:『薔薇の騎士』より三重唱

16.成田博之&小原啓楼
  ビゼー:『真珠とり』より「聖なる神殿の奥深く」

17.佐藤美枝子
  ドニゼッティ:『ランメルモールのルチア』より
   「あたりは静けさに包まれ」

18.村上敏明
  ヴェルディ:『イル・トロヴァトーレ』より
   「見よ、あの恐ろしい炎を」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

感想

プログラムに記載は無かったが、冒頭、田中祐子さんの指揮
により、グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲で開始された。
キビキビとポイントを押さえた指揮姿はカッコイイ。

1~鷲尾さんと小林由佳さんのデュオは伸びやかな歌声が
会場に拡がり、開幕を飾るに相応しかった。

2~妻屋さんの貫禄のロッシーニに続き、
3の桜井万祐子さんは、私にとってこの日最大の「発見」で、
とても魅力的なメゾ。藤原歌劇団員だが、現在ミラノ在住で、
欧州で活動されているとのことなので、私を含めて初めて
聴いた人は多かっただろうが、とても素晴らしい。
今後、日本でもどんどん歌って欲しい。

4~見た目ハデで余裕のステージマナーの緑川さんと
落ち着いた感じの谷口さんによるデュオは、
曲自体がとても劇的な曲想で印象的だった。

5~藤原歌劇団のCDを聴いてファンになった藤田さんは
この日も好調で、美しく伸びやかな声を会場一杯に拡げた。

6のハオさん、ユシュマノフさん、望月さんによるコジは、
3人によるレスタティーヴォが聴かせどころだった。楽しかった。

7の須藤さんは久々に聴かせていただいたが、
いつもながらの堂々たる声で見事。

8~前半最後は現代曲を得意とする半田さんで、
プーランクのユーモラスな曲を、演技と「2つの風船」を用いながら歌って聴衆を楽しませた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
9~休憩後のトップバッターは、岡本さんと彌勒さんによる
初共演自体が貴重だし、ロングヘア写真のイメージのある
彌勒さんが短髪だったのも一瞬「誰?」と感じさせながら、
2人による端正で美しいデュオを聴かせてくれた。
青色系のハデなドレスで登場した岡本さんは、
インタビュー時も含めて終始舞台慣れした余裕で
積極的なステージマナーが印象的でもあった。
なお、この曲だけ、弦のみのオケはファースト・ヴァイオリンが4人、
セカンドが2人、ヴィオラとチェロがそれぞれ3人ずつ、
コントラバスが1人、という編成で演奏された。

10の大倉さんには、私は個人的な思い出がある。
1986年、故・山田一雄さん指揮、新交響楽団による
「千人の交響曲」に私が合唱で参加した際のソリストの
1人だったので、今、相当ご高齢のはずだが、
国立音大教授という指導的立場だけでなく、
今でもこうして第一線の歌手としてステージで歌われる姿は
それだけでも感動するし、叙情的な曲をしっとりと
聴かせてくれて素敵だった。
こうした大ベテランの歌声を聴くのは格別な喜びがある。

11~初めて聴いた韓国の歌手ハンさんによる
「闘牛士の歌」はロングトーンが良かった。

12~今をときめくテナーの1人と言ってよい笛田さんは
有名なアリアを余裕で歌い、大きな拍手と歓声を得ていた。

13~4月のリサイタルでもとても感動した砂川さんは
この日も素晴らしく、切々と歌うアリアには哀愁感と
エスプレッシーヴォが満ちている。
声自体に魅了があるだけでなく、技術的な高さにも感心する。
あらためてトップクラスの歌手ということを確信した。

14~砂川さんとともに感動したのが腰越さんの
「歌に生き 恋に生き」。赤いドレスで登場した腰越さんは
外見的には大柄で華やかな感じがするが、その歌は
劇のヒロインの内面に深く入り込んだ繊細で
豊かな情感から出てくる歌声だ。最も魅力的な歌手の1人
と言ってよいと思う。

15~「待ってました」の三重唱。
この日の組み合わせは森谷さんの元帥夫人、
嘉目さんのゾフィー、鳥木さんのオクタヴィアンで、
オケの人数も関係するが、ゴージャスというより、
室内楽的なアンサンブルで聴かせ、
ラストは嘉目さんと鳥木さんのキスシーン終わったのも
面白かった。

16~男性から見てもカッコイイ成田さんと誠実感のある
小原さんによるデュオは、ハープのアルベジオを多用した
曲自体が美しくて魅力的だったし、
2人はときに情感たっぷりと、ときに迫力をもって歌い
素晴らしかった。

17~紅組トリは佐藤さんによる長大なアリア。
細い声だが、あらためて力量に感心した。

18~大トリは村上さんによる迫力あるヴェルディ。
最後のロングトーンも含めて迫力ある声を聴かせ、
聴衆の大きな拍手と歓声を得た。これで締めくくると、
NHK紅白がスマップで締めくくることで毎年のように白組が
勝利したような効果がもたらされてしまう感があったし、
実際「真剣勝負」なこのイベントは、第1回が
紅組勝利だったのに対し、第2回のこの回は、
聴衆がプログラムの赤いページか白いページを示し、
それを数名の麻布大学野鳥研究部員が目算して集計
した結果、992対922で白組が勝利した。
まあ、私は勝負には関心ないけど。

・・・・・・・・・・

指揮者について
偶然、テナーの村上さんと字違いの
「ダブルむらかみとしあき」となった村上寿昭さんの
指揮には初めて接したが、落ち着いた過不足ない指揮で、
なかなか良かった。

田中祐子さんは、タクトさばきが格好良く、表情も豊かで
見ていて楽しいし、総じて申し分ない指揮だったが、
「歌に生き、愛に生き」で、腰越さんが(たぶんリハ時よりも)
たっぷりとした間合いで歌おうとしている中、
割と四角四面的にテキパキと4つ振りしてオケを運んで
いこうとしていたので、若干不揃い感が生じて惜しかった
のと、
「ばらの騎士」でも室内楽的ハーモニーは良かった
ものの、やはり曲想的にはもう少し大きなクレッシェンド
などのダイナムズムが欲しいと思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なお、推薦人として、下記の人が名を連ね、渡欧中の
沼尻氏を除いて来場されており、終演後、各氏が散会前に
ステージに上がり、代表としてコメントした三枝さんが、
上記の「問題発言?」というより「愉快な発言」をされた次第。
でも、この推薦人のステージ登場は不要だと思う。
次回からは止めて欲しい。

以上です。

推薦人…大島幾雄、折江忠道、高 丈二、三枝成彰、沼尻 聖典
http://operaconcert.net/


なお、会場にいた友人によると、
「招待客らしき人々」が「おしゃべり、スマホ画面キラキラ、
 コンパクト取り出してパタパタ」という衆がいたそうだ。
 論外ですね。そういう連中は招待客から外してもらえねば。


参考
NHKニューイヤーオペラコンサート考
私は年々NHKニューイヤーオペラコンサートに対する関心が
薄れていく。
以前は7年連続NHKホールで聴いた。
2年前からそれは止め、TV鑑賞に変えた。
最近でこそようやく若手、あるいは初出場が増える傾向に
あるが、それでも足りないと思う。

私は、毎回、出演者全員を初出場者だけに限定してもよい
くらいだと思う。そうしたとしても追いつかないほど、
30代~40歳前後の優秀で魅力的な歌手がたくさんいることは、
私が言うまでもなく、オペラファンなら誰でも皆知っている。

2017年12月 3日 (日)

鳥取県警「支障はありません」~貴乃花親方の拒否の根拠は消えた

11月30日の日本相撲協会の理事会での様子が更に
明かされてきた。
会議でも協会が貴ノ岩から聴取することについて
貴乃花親方に再三の協力要請をしたにもかかわらず親方は
「警察が調べている。貴ノ岩もそういう状況にない」と拒否。
では鳥取県警に電話して確認してみようということになり、
その場でQ&Aが行われた。

協会事務局長
 ~「協会が貴ノ岩を聴取すると、捜査に支障がありますか?」

鳥取県警
 ~「いえ、こちらでは終わっており、結論もほぼ固まっている
   ので、支障はありません。貴乃花親方しだいでしょう。
   そちらにお任せします」

それを聞いた貴乃花親方
 ~「お任せする、というのだから、私は協力しない」

その後、捜査が完全に終結(書類送検等)後に協力する、
とまでの言質を得るまでには至ったとはいえ、
この頑なさは異様だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
メモ1
30日の理事会終了後の日本相撲協会の会見
白鵬が
スマホ「彼女からです」に注意したら、貴ノ岩がにらんだ。
これを見た日馬富士が激怒して平手で10数回と
カラオケのリモコンでの殴打。
「10数回とリモコン」は論外的にヒドイ。
しかし、「スマホ」と「にらみ返す」は
 (本当だとしたら、それも)どうか?

日馬富士の引退会見は謝罪よりも、まだ貴ノ岩のマナーへの
言及があったことに違和感を覚える人も多かったが、
この協会の会見で明らかにされた内容が真実なら、
これは日馬富士より、むしろ貴ノ岩への心象が悪くなる内容。

これが本当かどうかという点の検証の意味からも、
貴ノ岩本人の証言が必要なのに、貴乃花親方が
それを拒んでいるのだから、どうしょうもない。

これでは本来最も同情を受けるはずの貴ノ岩は、
「横綱日馬富士から暴力を受けた力士」以上に、「横綱日馬富士を引退に追い込んだ力士」というレッテルを今後ずっと背負っていくことになってしまう。そっちの心象のほうが強く残ってしまう結果となる。

メモ2
歩きスマホだけでなく、酒の場スマホの危険性?
北野たけし氏いわく
「若い連中との飲み会の最中、彼らは(それまで普通に
 やっていた)スマホを見始めることを、
 最近全くしなくなった」

メモ3
以下の貴乃花親方の言及には共感する。
「現役のときに違う部屋の力士が酒席などをともにするのは
 どうなのか。親睦というなら土俵の上で力いっぱい
 正々堂々と相撲を取ることが親睦ではないのか」

ただ、それでも、異国の地で闘っているモンゴル人の
力士たちに、日本人と同じ考えを求めるのは
厳しすぎるかもしれないけれど。しかし、
「日本の国技的(注)な競技」を選んだのだから、とも言えるし。
(注)日本には法定の国技というものは無い。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171130-00000048-spnannex-spo

メモ4
横審委員長、「貴乃花親方がぶち壊す動きをしている」と異例の苦言
http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20171128-OHT1T50030.html
貴乃花親方も相撲界の権威失墜を防ぐために協力すべき
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171130-00000019-sph-spo


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところで、
協力を拒否する貴乃花親方と協会の対立を見て2つのことを
考えた。

1つは力士あがりの人が協会理事のほとんどを占める
ことは、健全なガバナンスマネジメントは難しい、ということ。

もう1つは、部屋(チーム)第一主義、身内第一主義は、
結局、世界では負ける、と。水泳が良い例で、
ロンドン五輪惨敗後、それまでのチーム主義、
監督コーチの交流なし状態を見直し、水泳界全体が
協力し合って有望な選手を集めて訓練し、
監督コーチ陣も交流し合ってノウハウや経験が共有
されていき、ここ数年のメダルラッシュを迎えている。

相撲は五輪や世界選手権があるスポーツとは違うから、
同列としては比較できないが、貴乃花親方の
自分の部屋の力士可愛がりが方向性を間違え、
相撲界全体にマイナス影響を与えていることは
否定しようもない。
相撲界全体から良いイメージそのものを奪う取る行為
に走ってしまっている。

ところで水泳の例は、マラソンにも受け継がれる必要が
あるだろうと想像する。マラソンもまだチーム主義のまま。
今では男子だけでなく女子も国際大会のメダルに
ほど遠い。
第2のQちゃんや野口みずきさんは出て来ない。
チーム主義が敗北しかかっているのではないか?
国際強化プロジェクトに移行しない限り、
マラソン国際大会でのメダルは取れないだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・

本来一番同情されるべきなのは貴ノ岩なのに、
貴乃花親方が彼を(真相を)閉じ込めている
(警察に委ね過ぎている)がゆえに、
事態を混乱させている。

相撲の世界の閉鎖性を批判し、改革を目指している
貴乃花親方が、今は結果として、
その閉鎖性を助長してしまっている。


私は貴乃花親方の「入口」自体が間違っていたと思う。
まず、貴乃花親方は事実を知った段階で
①協会に対して報告し、「相応しい対応を協議して欲しい。
 納得できない内容なら警察に通知するしかない」、とすべき
 だった。ある意味「協会への脅し」だが、それでいい。
 それをしないでいきなり通報したのは落ち度。

②もう1つマズイのが、協会への協力姿勢が見えないこと。
 これだと、理事会で理事を解任されても文句は言えないし、
 常識的には「解任に相応しい内容」。
 解任されたら、ますます協会の思う壺。
 理事という立場で今後「改革」自体もできなくなる、
 そういう「損」がある態度対応だ。
 協会を上手く手なずけながら(追求しながら)
 自分の方向にリードすべきだったと思う。
 「最初から警察ありき、はミスリードだった」。
 一般社会のコンプライアンス対応ではそれが常識だ。


真相を明らかにする義務は第一義的には協会にある。
警察ではない。そうでないと協会の存在意味は無い。
そして、常識的には「理事会で話し合おうとしない理事は
理事会には要らない」、そう判断されて然るべき状況だ。

義務は当然ある。日本相撲協会の定款第42条(決議)
第3項(2)で、「年寄、力士、行司、若者頭、世話人、
呼出、床山の懲戒」とあるので、事案事件が生じたときは
当然にして調査して状況に応じて「懲戒」処分を
しなければならない。それを怠れば、「定款違反」となり、
理事自身および公益社団法人としての責任を追及される。
よって理事会によって当事者からヒアリングをするのは
当然で、いわんや理事は全員率先して問題の解決に
努めなければならない。
それが組織というものだ。

要するに公益社団法人で事件が生じた場合
「相撲の世界で起きた事」では「済まなくなる」わけ。
公益社団法人の所轄大元は内閣府。
当然場合によっては法により理事への処分や法人認可の
取消しもありえる。
http://www.sumo.or.jp/pdf/kyokai/zaimu/teikan281020.pdf

鈴木邦男さんの言葉に共感する

鈴木邦男さんの次の言葉に共感する。
彼は言う。

「人は(私を)右翼というけれど、中国人朝鮮人を
 やっつけろというのが右翼なら、
 日本人が一番エライというのが右翼なら、
 核武装せよというのが右翼なら、
 そして愛国を強制するのが右翼なら、
 私は右翼ではありません」

こうも述べている。

「日本国民に同胞感が無くなってきた。
 イラクでの日本人人質が無事解放されても
  「自己責任だ」と非難され、
 ヘイトスピーチがまかり通る。

 以前は、保守の中にも「日韓友好が大事。そのために
 竹島が邪魔なら爆破して沈めてしまえ」という人は
 いた。
 今、そんなこと言おうものなら非国民扱いされるだろうし、
 韓国の人だけでなく多くの日本人も日韓友好より
 竹島が大事、と思っているだろう。
 そういう偏狭な時代、寛容を許さない日本、時代に
 なってしまった」と。

とても共感する。

やがて新しい元号の時代が来る。
日本が以前あったに違いない「人思い」の空気を
「取り戻す」ことを切に願う。

2017年12月 1日 (金)

皇室会議

平成が31年の4月30日で終わることが決まった。

追記
3日NHKスペシャル「平成から次の時代へ」
大災害被災地被災者への慰問。膝まづいて
 (これを右翼は権威失墜と批判)

最近では、多くの国民が生前譲位を支持し、皇室を愛している。

知的障害者などの弱者、ハンセン病で差別された人々、
障害者(スポーツも含め)などの虐げられた人々への
思いやりと、
沖縄、サイパン島を忘れない気持ち、信念、お覚悟。

大元帥陛下だった昭和天皇と玉音放送、人間宣言から、

現代における 明人陛下の即位と平成流「象徴天皇」の
取り組み。
正に尊敬に値する陛下だ。

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