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2017年10月29日 (日)

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2017年10月25日 (水)

クライマックスシリーズはナンセンス

2017年10月23日 (月)

衆議院議員選挙

2017年10月14日 (土)

神奈川フィル~武満徹「系図」とR・シュトラウス「英雄の生涯」

久しぶりに神奈川フィルハーモニー管弦楽団の演奏会を
14日午後、横浜みなとみらいホールで聴いた。第333回定演。
指揮は常任指揮者の川瀬賢太郎さん。
曲が良いので、売出し早々に購入してあった。

前半が武満徹の系図“Family Tree”
 -若い人たちのための音楽詩-。

休憩後の後半は、
リヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。
ヴァイオリン・ソロは同オケ第1コンサートマスターの
﨑谷直人さん。

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武満さんの「系図」は、これまで都内で演奏された演奏のうち、
過去3回ライブで聴いてきている。
晩年の明るく親しみやすい曲想とトーン。
少女による谷川俊太郎さんの詩「はだか」からの6つの詩の
ナレーション。
聴くたびになぜか熱い思いが毎回込み上げて来る。
なぜかという理由は自分でも解らない。

ニューヨーク・フィル創立125周年の委嘱作
「ノヴェンバー・ステップス」から25年、
創立150周年の委嘱作品。テーマは「家族」だった。

きっかけはズービン・メータから、
「子供のための(向けの)音楽を書く気はないか?」と打診
されたことだったという。1992年に作曲され、
12歳から15歳くらいの少女を想定したナレーションにより、
楽曲の中で語られていく、というスタイルをとっている。

世界初演は1995年4月に、スラットキン指揮のもちろん
ニューヨーク・フィル&サラ・ヒックスのナレーション。

日本での放送初演は同年5月、岩城宏之さん指揮のN響、
当時高校生だった遠野凪子さん。
ステージ初演は同年9月、小澤征爾さん指揮の
サイトウキネン&遠野凪子さんにより演奏され、
そのときのものが、レイブ・レコーディングされて発売された。
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美しく明るい調性で透明感と温かさ穏やかさに
満ちているが、オーケストレーションは実は大きい。
弦のハーモニクスの多用はいつもながらだし、
グロッケンシュピールやビブラフォン等の打楽器の多用も
いつものとおりなのだが、決定的に違うのは
トーンの明るさと温かさだ。

基本的には10代の女性を起用する演奏が多いが、
岩城宏之さんは後年、吉行和子さんを起用したりもした。

この日は1997年9月生まれなので20歳になったばかりの
タレントでモデルの唐田えりかさん。

初演した遠野さんの抑揚ある感情を込めたナレーションが
印象的だったが、昨今起用されるナレーターは、控え目で
抑制された単一のトーンで語る傾向がある。
この日の唐田さんもそうだった。

けれど、「おとうさん」における「ずっと生きていて」の部分や、
「おかあさん」における
 「私とも話しをして欲しい。帰って来て欲しい、今すぐ。
  泣いててもいいから。怒っててもいいから」
の部分では感情が出ていて、
彼女自身の両親に対する思いが出ていたのかもしれない
とさえ感じた。

オケは十分美しく、女性の首席ホルン奏者によるソロも
素敵だった。
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なお、 武満徹 系図 フロイデブログ
でグーグル検索していただくと、私がライブで聴いた以下の
3つの演奏会の感想が上位3つ続けて出てくるので、
興味があればご覧ください。

2008年1月18日の沼尻竜典指揮、都響&水谷妃里(ゆり)
2016年1月30日の山田和樹指揮、日本フィル&上白石萌歌
2016年8月27日の浅野亮介指揮、アンサンブル・フリーEAST
                       &浜辺美波
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さて、休憩後の後半は、「英雄の生涯」。
言うまでもなく難易度の高いハデな曲だが、
R・シュトラウスは室内楽的な細やかなオーケストレーションを
たくさん散りばめてもいる。

川瀬さんは冒頭や中間部(434小節から)の4分の3拍子
による行進曲調の部分ではキビキビと速めのテンポで
進めたかとおもうと、
その前後やエンディングの向かう部分でのゆったりとした
曲想の部分では遅めのテンポと言ってようほど穏やかな
表現に徹するなど、「メリハリの良い演奏」だった。
好演である。

コンマス﨑谷さんによるソロは、物語での妻=女性という
設定を踏まえての繊細でエレガントな演奏を基本としていた。
むろん低弦でのスフォルッツァンド等での迫力も十分で
見事な演奏だった。

私事になるが、私が活動しているオケの指導に昨年数回、
﨑谷先生に来ていただいた。
全く偶然だが、明日15日午前の練習にも久しぶりに来場して
指導していただけるとのことで、楽しみだ。

ご参考
デュトワ指揮N響1997年6月
https://www.youtube.com/watch?v=Tz2KIhHXrQ4

スラットキン指揮N響2016年4月
https://www.youtube.com/watch?v=sZ7N9QKNnuw

2017年10月13日 (金)

田中彩子さん ソプラノリサイタル2107紀尾井

田中彩子さんソプラノリサイタル~ガラスの繊細さと無垢な羽

田中彩子さんは不思議な魅力を持った人だ。
声質が細く軽いので、1つのリサイタルで歌う曲数は少なめで、
声量が特別あるわけではないので劇的で長大なアリア等も
まず歌わない。
それでも着実に道を開きつつあり(それもウィーンで!)、
日本における3回目となるツァーでも人気上昇中なのは、
ある種典型的な稀なほどの美人ということだけではないと想う。

TBS「情熱大陸」が取り上げたことが
 ~ピアニスト反田恭平さんがそうだったように~
人気を大きく後押ししたことは確かだろうけれど。

12日夜、今年の国内ツァーの東京公演をこれまでと同じく
紀尾井ホールで聴いた。
今回は2枚目のCDリリースにもちなんでの
「美しきウィーンとコロラトゥーラ」と題したリサイタル。

前半は新CDのお披露目という内容だったが、
今回は特にそれとは無縁な後半の選曲が、
彼女の特性が良く出た個性的なプログラムで、
2年前の初回からピアノと進行役を務める作曲家の
加藤昌則(まさのり)さんによる編曲もステキで、
過去2回にも増して印象的なコンサートだった。

・・・・・・・・・・・
私は初回から紀尾井で聴いていて今回3年連続なので、
彼女の「トークの状況」はむろん承知済みが、
初めてライブを聴かれた方は、あのシャベリにさぞ驚くだろう。
了解済みのファンからすると、
「今初めて来場されたかたは、どう思っているのだろう?」
と心配になるほどの「不得手」さ。

加藤昌則さんによるフォローが無いと、進行自体が
危ぶまれるかもしれないスリル感?

内心、加藤さんに「あまりトークを交えないほうが良いのでは?」
と言いたくなる気持ちもある中、以前にも増して、
加藤さんは敢えてトークを増やしている感があり、それにより
田中さんも以前よりよく話すようになっている。

「危険なまでの?ギャップ」だが、今回は
最後の「春の声」が終わったときの大きな拍手と歓声、
アンコール後のカーテンコールでのそれ、そして
終演後のサイン会の行列を見て安心した。
老若男女、特に女性が多いのが良かった。
過去最多の行列。ファンを確実に増加させている。 

彼女のタドタドしい不得手なシャベリにさえ、聴衆には、
「都会の喧騒や汚れに染まっていない無垢さ」を見て取る
のかもしれないし、そうしたことさえ、結果として
聴衆に興味を持たせてしまう、不思議な魅力が彼女には有る。
正に「田中彩子ワールド全開のコンサート」。

男女を問わず「守ってあげたい系」と思わせてしまう、
ガラスのように繊細な声の歌姫。

それにトークが不得手と言っても、短い言葉ながら、
「ウィーンでは街路で演奏する人は多いが、全体として静か。
 日本のお店(例として某大手家電店の名を出してしまったが)
 のような音楽をかけたままの(うるさい)店は無い」、

「ウィーンの3拍子が均等でないのは踊る際の、
 ステップによる体重移動による(力点の移動による)
 3拍子だから」など、
本質を突いた発言はされていた。

・・・・・・・
ガラスの工芸品の様な繊細さ。
あるいは絹織物の様な佇(たたず)まい。
あるいは、フワフワと飛翔する羽毛のような自在さ、軽やかさ。

コロラトゥーラという技巧を凝らした歌と歌い回しで勝負している
のに、実は無垢なまでに自由で天衣無縫に歌うスタイル。

それでも今の時点の彼女の歌唱力(技術)を
「優秀な同業者」が聴いたら、
たぶん感想は「いろいろ」と想像できるが、
少なくとも彼女は、今抱えているであろう弱点も含めて、
それも自身の個性として自分を信じて歌っている、
ということが伝わってくる歌唱と言える。

敢えて体操競技に例えるなら、
彼女は「個人総合」の優勝を目指す歌手ではなく、
あくまでも「種目別」で勝負する歌手だと思う。
よって、個人総合的観点からの意見や批評は
彼女にはあまり当てはまらないだろう。

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とはいえ、誰にでもあるだろう課題に今後向き合っていく場合、
ずっと今のスタイルで彼女が押し通して良いのか、
押し通して行けるのか、という問題は存在するだろう。
例えば(一般論)だけれども、中音域が多い曲をどう歌うか、
とか、声量を求められる曲をどう歌うか、等々、
今後、彼女が直面し、克服し、修得していくかもしれない
幾つかの点に関して、どう変わっていくか、
あるいは変わらない(部分を残したまま)で行くか、
想像すると興味は一層強まる。

加藤さんが明かした、新アルバムのレコーディングの際の
エピソードでの
「同じ曲でも繰り返しリハをすると、良い意味で
 毎回違うように歌う」として、
ピアニストに合わせることよりも、むしろその時々の
情感に任せて歌うスタンスが1つのヒントになるかも
しれないが、その点に関する変化の有無も含めて、
今後が楽しみだ。
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終演後のサイン会は先述のとおり、過去2回以上の
多くの人がならんだ。
私は幸い田中さんとFBで友人になっていただいているので、
前回のとき、田中さんから「あっ」と気づいていただいたし、
今回も私を見るや「いつもどうも」という感じで挨拶を交わした。

1年に1回しかお会いしていないのに、
まるで月1回くらい会っているように接することができるのは
フェイスブックのおかげでもある。
FB恐るべし、FBありがたし、というところ。

なお、加藤さんには「漫才のようで面白かったです」と伝えた。
前後するが、前半で加藤さんがソロを演奏した
グアスタヴィーノのソナチネ第1楽章は、「枯葉」のような
哀愁感のあるカンツォーネ風のステキな曲だった。

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曲目
1.モーツァルト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」
2.J・シュトラウス2世「美しき青きドナウ」
3.フリース(伝モーツァルト)「子守歌」
4.モーツァルト「アレルヤ」(エクスルターテ・ユピラーテより)
5.ピアノ独奏 グアスタヴィーノ「ソナチネ」より第1楽章
5.シューベルト「アヴェ。マリア」
6.ロジャース「サウンド・オブ・ミュージック」
7.J・シュトラウス2世「ウィーンの森の物語」

(休憩)

8.ベートーヴェン「豊穣の夢~エリーゼのためにより~」
9.アリャビエフ「夜鳴うぐいす」
10.モシュコフスキ「愛しの小さな夜鳴うぐいす」
11.パガニーニ「カプリース第24番」
12.パガニーニ「愛しき人よ」(ヴァイオリン協奏曲第24番第2楽章より)
13.J・シュトラウス2世「春の声」
アンコール「エーデルワイス」(日本語)
http://j-two.co.jp/ayakotanaka/archives/708
http://j-two.co.jp/ayakotanaka/

世論(感情)~小池氏と前原氏の誤算。なぜ希望の党が伸びないか

選挙戦前半の各メディア世論調査によると、
自民党は議席を少し減らす程度で与党安定確保とのこと。

私は以前次のような主旨をフェイスブックに書いた。
「都知事選挙は、それまでの歴代テイタラク知事と
 自民のドン内田らがのさばる都議会(議員)への批判、
 およびそれを改革してくれるだろう初の女性都知事への
 期待、という要素からの小池氏圧勝であって、
 小池氏自身の魅力ではない。少なくとも彼女の人気は
 全国区ではない。
 それなのに、前原氏はこの点を完全に読み間違えて
 小池人気にすがり、民進党を分裂させた」

日本人がメンタリティとして嫌う要素がいみじくも
民進党と小池氏に出てしまった。
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 【民進党から希望の党へ移った議員の軽さ】

まず、民進党から希望の党に移った議員で、特に
安保法反対を声高に叫んでいたのもかかわらず、
人気にあやかるためなら、そんなことは忘れて移るという
軽薄で安易な転身。世論はこの点をよく見ている。
日本人は特にこうした「転向」を嫌う。

  【小池氏の誤算】

舛添要一氏は「小池氏は今回、国政に出馬しなければ
政治生命を失う」と10月1日の「サンデージャポン」
で述べたが、私の意見はマ逆で。こうだ。
「都知事職を投げ捨てて衆院選に出馬したら
 政治生命を失う」。
先述のとおり、都知事選圧勝は都政改革を期待してのもので、
まだ何もしていない段階で知事職を投げ捨てたら、
議員として以前に、「人間としてどうよ」となる。
人気どころか、一気に批判の対象となる。
この点も以前フェイスブックに書いた。
小池氏もそこまでバカじゃなかった。

しかし皮肉なことに、この知事としての判断の正しさが、
国政における党首としてのこの選挙戦では全て裏目に
出ている。
知事を辞してこの選挙に出ないだけでなく、
自民党に勝った場合の首班指名=総理候補対象者を
未だに決めていないこと。
これでは有権者が希望の党に投票などするはずがない。

加えて、「排除する」という上から目線に世論は
敏感に拒否反応を示した。
この20年、日本では、会社、学校、趣味団体さえも含む
様々な組織において「気に入らない人を排除する」状況が
強まったが、さすがに露骨に言葉に出されると
人は嫌悪感を抱く。
しかもそれを口にしたのが女性だったという点が、
まだまだ男社会のこの国においては、
人々の不快感を更に増幅した。

この彼女の「都知事職をまっとうする」と、
「考えの違う人は入党させない」という、
それだけをとれば至極 当然なことなのだが、
今回の衆院選においてはそれが
「小ざかしい計算と権力者の驕り」と映り、
「潔さがないだけでなく、情が薄い人、冷たい女性」
として国民に印象を与えてしまった。

結果論に言えば、「策士、策に溺れる」というところだ。
現状、希望の党が人気薄なのはごく自然なことだ。

2017年10月11日 (水)

この半年で観た映画その23

2017年10月 9日 (月)

ミサ・ソレムニス~明治学院バッハ・アカデミー

バッハ研究で有名な樋口隆一さんが2000年に
バッハ没後250年を記念して設立された
明治学院バッハ・アカデミー合唱団と同合奏団による
ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」を9日夜、
サントリーホールで聴いた。

直接的には樋口先生と最近フェイスブックで知り合えたことと、
ソプラノソロで鷲尾麻衣さんが出演されるということは
あったが、なんと言っても偉大な曲だし、
CDでも最近は聴いておらず、ライブに至っては何年ぶりか
思い出せない位だから楽しみにしていた。
指揮は樋口隆一さんご自身。

曲はこの1曲だけで、「キリエ」と「グローリア」を演奏後、
休憩に入り、その後、「クレド」以下を演奏するというスタイル。

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冒頭からゆったりと一歩一歩落ち着いて堂々と歩む演奏だが、
オケは古楽器主体の室内管弦楽団だし、
合唱団もソプラノ20名、アルト13名、テノール9名、
バス18名の合計60名の合唱団だから、
演奏規模自体においても室内楽的な要素が主体となる演奏
になるが、それは単に人数的(規模的)な要因だけでなく、
樋口先生が丁寧で温かな質感をもってじっくりと創って
いった結果とも言えるだろう。

とはいえ、もちろんこの人数で、この曲を演奏するのは
相当な「冒険」でもある。
実際、前半の2曲、特にニ長調の壮大な「グローリア」では
合唱の声がオケに埋もれてしまう場面が散見された。

これは、合唱団の配置が通常の縦割りのパート配置ではなく、
前列にソプラノ、次いでアルト、テノール、最後列にバス
というように横一列の配置にしたことも関係はしたように想える。

樋口さんは音の広がり意識されたのかもしれないが、その分、
声の厚みは薄れた感じはした。
縦配置のほうが良かったとは言わないが、少なくとも
縦配置での演奏「も」聴いてみたかったと思うのが
正直な気持ち。
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それでも、長大な「クレド」の一部や、ヴァイオリン・ソロと
掛け合う「ベネディクトゥス」(サンクトゥス)~桐山さんの
ソロはとても良かった~最後の「アニュス・デイ」の多くの場面
では曲想自体に室内楽を志向する様な要素があるので、
そうした場面での合唱はとても美しく柔らかく響いていた。

ただ、全体としてはバスが(18人と人数比率が高いもかかわらず)
あまり聴こえてこなかったのは残念だったし、
ソプラノの発声も(横ならびの関係からか)個々の声の
立ち上がりの遅れが聴こえたり、
女声2部で「pacem」と降りて来るところ(「アニュス・デイ」の
135~138小節、同245~248小節)などは柔らかくて美しい
のだが、もう少し「芯」のある(良い意味での緊張感のある)声
のほうが望ましいと想えるなど、
発声において改善、向上の余地は多々あると感じた。

壮麗な威厳ある演奏を期待した人には違う色合いだった
だろうが、合唱において「室内楽的なミサ・ソレムニス」という
独特の良さが出た演奏だったと思う。
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ソロは皆さん良かったが、特にソプラノの鷲尾さんは
贔屓目抜きに、伸び伸びと輝かしいまでの声で
素晴らしかったし、大ベテランの寺谷さんの余裕ある声、
端正なエルウィスさん、風格ある河野さんなど、
個性がそのまま出た歌唱だった。

オケを対抗配置としたことのマイナス面は特に感じないだけでなく、
とても優秀なオケだと感心した。申し分ない演奏。
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それにしても何と言う曲だろう!
壮大さだけでなく、オケと合唱の兼ね合いにおける室内楽的要素、
木管における室内楽的要素、ティンパニの斬新な扱い、
金管も効果的に使うなど、ベートーヴェンは色々な場面で
「仕掛け」を作っている。
ある意味現代的とも言えるし、交響曲の書法というより、
晩年の弦楽四重奏の書法に似ているとも想える。

なんと言っても合唱の難しさは、当然ながら第九の合唱の
比ではなく、長大さだけでなく難易度においても
第九の百倍、いや500倍は難しいだろう。

第九とともに偉大な曲、というより、
第九とは別次元の偉大な曲、と言うべきかと思う。
いわば、別の山脈にある、それぞれの最高峰と言うべきか。

第九をたくさん振ったフルトヴェングラーでさえ、
「ミサ・ソレムニス」は極力避けていたと言われているが、
解る気がする。

この点からも、少人数での未だ歴史の浅い室内合唱団が
この曲に挑んだ意味は大きいし、何よりも団員自身が
多くの収穫、課題を得た演奏だったに違いないと想像する。
お疲れ様でした!

なお、終演後、楽屋におじゃまし、樋口先生にご挨拶し、
鷲尾さんとも挨拶して、ツーショット写真を撮らせていただいた
ほか、寺谷さんは、私が活動するオケが2006年に
第九を演奏した際、ソリストとして歌っていただいたので、
寺谷先生にその旨お伝えし、ご挨拶した次第。

あと、余談ですが、池辺晋一郎さんも来場されていた。
翌日、樋口さんから、「学生時代からの友人」と聞かされた。

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ソプラノ 鷲尾麻衣
メゾ・ソプラノ 寺谷千枝子
テノール ジョン・エルウィス
バリトン 河野克典
コンサートマスター 桐山建志

世界体操~白井健三選手と村上茉愛選手の大活躍を讃え、喜ぶ

体操世界選手権女子個人総合~村上茉愛選手、惜しい

村上茉愛(まい)選手が最後の床演技でほぼ完ぺきの
一人だけ14点台(他の選手は13点台)で追い上げたが、
わずか0.1の差で4位。メダルを逃した。

スポーツにタラレバは意味無いが、平均台で落下がなければ
銅どころか金メダルを獲れたかもしれない。
惜しかったが、種目別の床で期待しよう。

2年位前にNHKの「アスリート魂」が彼女を取り上げたころは
スランプで、当人も「体操やめたい感情」の中にさえいた状態
だったが、今や世界大会でメダル争いに加わるようになる
までの復調は見事。
やはり「継続は力」だ。
あそこで引退していたら、この活躍は無かったのだから。
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6256623


体操世界選手権~種目別~女子の復活を喜ぶ
女子種目別床で村上茉愛選手が金。
個人総合での雪辱を晴らしただけでなく、日本人女子選手の
世界大会での金メダルは1954年ローマ大会で平均台を
制した田中(現姓池田)敬子さん以来2人目。
床運動の優勝は史上初の快挙。

男子種目別でも白井健三選手が床に続き跳馬でも
金(個人総合でも銅)と快挙が続いた。
特に女子体操の復権は大きな話題。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171009-00010003-theanswer-spo.view-000
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171008-00000147-spnannex-spo

演歌について~「北の宿から」の歌詞を批判した淡谷のり子さん~それとは関係なく、「昭和枯れすゝき」は名曲

 「北の宿から」に関する淡谷のり子さんの批判

昔、演歌は嫌いだった。
今ではカラオケのレパートリーの5分の1近くを占めるまでに
至っているかもしれないが。

嫌いだった理由は浪花節的な点というより、
「耐える女のイメージ」に代表されるような、
女心をいかにも男が知り尽くしているかのように書く男の
勝手な歌詞の傲慢さが気に入らなかったことも、
その1つだと思っている。

当時私が感じていたことを同じ様に感じられてそれを端的に
批判的に語ったのが故・淡谷のり子さんで、淡谷さんは生前、
都はるみさんが歌った「北の宿から」の一節(作詞=阿久悠)
についてこう言ったことがあった。

 「着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます、って、
  バカじゃないの」

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昭和枯れすゝき~8日テレ東「歌謡史に輝く100曲」を見て

さて、それはそれとして、さくらと一郎(初代)の2人が歌った
「昭和枯れすゝき」は、曲も歌い回し等の全てにおいて
インパクトがあった。

名曲だと思うし、あらためてじっくり聴くと
2人が数小節(フレーズ)単位で上のパートと下のパートを
入れ替えて歌っているのが興味深い。

フォークソングを含め、デュオの場合の多くは大抵、
上か下かの役割は固定して歌うことが多い。
しかし、この2人は固定せず、上下のパートを交替しながら歌う
という、そうした点の特徴を出すことにも配慮して歌っていた
ことに改めて感心する。
https://www.youtube.com/watch?v=Sh_9Eu4lR9A

2017年10月 7日 (土)

マタイ受難曲~合唱団「鯨」創立50周年記念第69回定期演奏会

1967年12月に故・芥川也寸志さんによって設立、命名
された合唱団「鯨」による「マタイ受難曲」を7日午後、
東京芸術劇場大ホールで拝聴した。

「鯨」を拝聴したのは初めて。また、CDも含めて
「マタイ」を聴いたのも久しぶりだが、夜のOBオケの練習と
それに先立つ、来年以降の選曲や指揮者等の検討をメイン
としたパートリーダー会議の関係で、全曲は聴けず、
第1部全曲と休憩後の第2部が始まって数曲までしか
聴けなかったが、それでも満足度は大きい。

今更ながらにあらためて偉大な曲だと深く感じ入った。
死ぬまでに一度は歌いたい曲、とさえ思った。
長大さにたじろいでいる場合ではない。人生は短いのだから。

演奏でまず言及しなければならないのが
福音史家(エヴァンゲリスト)の畑 儀文(よしふみ)さん。
私的にはこの役の理想的な最高の声。
これ以上考えられないくらいエヴァンゲリストに相応しい
素晴らしい美声。

イエス役の多田羅迪夫さんもさすがと言うべき魅力的な声。
アルトの栗林朋子さんもこれぞバッハのアルトと思えるほどの
印象的な声と歌唱。
テノールの望月哲也さん、ソプラノの松原有奈さん、
バスの宇野徹哉さんもそれぞれの端正に歌われ、
立派だった。

今回初めて拝聴した昔から有名な「鯨」の今回の出演人数は、
ソプラノ45名、アルト41名、テノール19名、バス27名の、
合計132名。
テノールが少ないのは多くの日本の合唱団で見られる現象だが、
それにもかかわらず、この団のテナーパートは
とりわけ美しかった。

第27曲b「稲妻も雷鳴も」のフーガの迫力は見事。
ただ、第1曲合唱の最後の和音が
dur(長調)なのだかmoll(短調)なのだかはっきりしない、
ぼやけた和音になったのは気になった。
第1テナーか第2アルト(または両パート)のGisの音が
低すぎたのだろう。

2群に分かれるオケの、1993年に発足した
クライネス・コンツェルトハウス管弦楽団は「鯨」との共演は
8年連続8回目とのこと。
質感の美しい優秀なオケ。
プログラムのヴィオラに長谷川弥生さんの名がある。
チェロの長谷川陽子さんのお姉さん。

指揮は1980年からこの合唱団の常任指揮者を務めている
黒岩英臣さん。「鯨とのマタイ」は今回で4回目とのこと。
冒頭から劇場的なドラマとしての熱い演奏で開始。
今年75歳の黒岩さんは敬虔なクリスチャンで、
外見は気品を感じさせる紳士的な指揮者だが、
結構「熱い演奏」をされることは実は昔から知っていた。

私事になるが、1980年、大学3年次、大学混声合唱団の
学生指揮者をやらせていただいたとき、
オケとの合同曲を振っていただいた(ヴェルディ「聖歌四篇」)。
あのころの黒岩さんは修道院生活から現世に復帰
(1976年)してまだ4年しか経っていないころだった。
あれ以来、お話はしていないが、
機会があればご挨拶しに行きたい。

なお、プログラムの終わり近くに、参加団員全員の
一言コメントが掲載されていて面白い。幾つか挙げると、

ソプラノAさん「鯨入団初演がマタイ、今回が最後のマタイです」
Oさん「二度目のマタイ。今回は暗譜に挑戦しようと思う」
Hさん「7歳で始めた合唱、たくさんの思いを込めて歌います」
Fさん「マタイを聴いて入団を決意、夢のマタイに挑戦」
Yさん「マタイを聴いて入団。さて雷鳴は、終曲の安らぎは…」

アルトKさん「数十曲歌ってきた中でマタイが一番(受)難曲です」
Sさん「深い安息のうちに眠る亡き母に捧げるマタイの調べ」
Tさん「マタイを歌って退団でき鯨に感謝、末永く栄光あれ!」
Hさん「悲しい出来事の多い昨今、心に響くマタイを」

テノールUさん「終曲の美しさに涙、この感動を皆に届けたい」

バスOさん「2000年のマタイで入団、二度目の至福」
Kさん「早逝した永遠の旅人、息子に祈りを込めて…」
Sさん「今は亡き友と歌う受難曲、バッハのマタイ」
Tさん「今年失った2人の友にこの歌を届けたい」
Fさん「56年ぶりのマタイ。ボーイソプラノはバスに」等々。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出演者
指揮 黒岩英臣
畑 儀文   テノール(福音史家)
多田羅迪夫  バス(イエス)
松原有奈   ソプラノ(アリア、女中Ⅰ、ピラトの妻)
栗林朋子   アルト(アリア、女中Ⅱ、証人Ⅰ)
望月哲也   テノール(アリア、証人Ⅱ、祭司長Ⅰ)
宇野徹哉   バス(アリア、ユダ、ペテロ、ピラト、
            大祭司、祭司長Ⅱ)
クライネス・コンツェルトハウス管弦楽団
ゆりがおか児童合唱団 合唱指揮(指導)藤井大輔
合唱団 鯨 合唱指揮(指導)松村 努
http://kujira.org/

2017年10月 6日 (金)

ICANにノーベル平和賞

ノーベル平和賞に「ICAN」~久しぶりの喜ばしいこと、
ノルウェーのノーベル委員会は6日、2017年の
ノーベル平和賞を、核兵器の非合法化と廃絶を目指す
国際NGOで、今年の核兵器禁止条約成立に貢献した
「核兵器廃絶国際キャンペーン」
(ICAN=international campaign to abolish nuclear weapons)
に授与すると発表した。

広島と長崎の被爆者、その後の第五福竜丸を含む、
世界で行われた原水爆実験での犠牲者に対する授与でも
あるだろう。
しかし、核兵器禁止条約を批准しなかった日本政府。
唯一の被爆国が会議に参加さえしなかった。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171006-00000082-asahi-soci

都民ファーストとは何か?~都民ファーストの保守化、小池支持母体集団化という欺瞞性

都議の音喜多駿さんと上田令子さんの離党会見内容は、
都民ファーストがブラック体質化している点を露わにした点で
重大なものだ。ポイントは3つ。

1.二元代表制は有権者によって知事と議員を選ぶものだから、
本来、与党も野党も無いのだが、「与党」として
「議員個々の勝手な発言や調査を禁じている」という
個人の自主性への圧力。

2.新代表選出は、小池氏含む幹部3人のみで密室で
荒木千陽氏と決定され、55人の所属都議には議員総会での
「事後報告」だった、という情報公開の不徹底、密室性という
「ブラックボックス」体質。

3.所属都議から毎月、政務活動費15万が徴収されている。
55人で1千万に近い政務活動費は税金が原資であり、
個々の議員に給付されて使用する権利のあるお金なのに、
党(会派)の資金として提出を命じられている、という
「カネの強制拠出を命じる団体化」。

この点について、伊藤惇夫氏は
「犯罪行為に近いのではないか。政治資金の不正流用
 みたいな印象」と述べた。

他にも党費として6万円が徴収され、2万円のパーティー券が
相当数のノルマとして求められることもある、という。
上田氏は、「私の選挙区は庶民の多い地域。
とてもじゃないが2万円のパーティー券など支援者に
売れない」と述べた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この1と2に関して音喜多氏は、
「都民ファーストの都議も基本方針や誓約書などにサイン
 させられた。党の方針に従うように、などと書いてあるが、
 では党の方針や規約は何かというと、ない、
 見せられない、でもサインしなさいという。
  「希望の党」でも党の公約に逆らわない、
 遵守するようにとされ、しかしその公約がないのに
 今サインしないと公認は出さないとしている。
 これは『白紙委任状』を出すことになるが、
 この点でも都民ファーストの会と似ている」
と述べた他、
「都民ファーストの会に残れば『姉妹政党』として無条件に
 希望の党を応援することになる。私の政治家としての
 許容範囲を超えている」
とも明言。
また、会見ではなく他の番組においてだが、
「議員によってレベル差はあったと思うが、少なくとも私は
 メディア出演が厳しく規制されていて、事実上出られない
 状態だ」、
「新人議員と食事に行こうとしたら、『分派活動、派閥づくり
 の行動』だということで呼び出され、党役員から
 厳しく叱責を受けた」とのエピソードも話した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

このように、個々の都議の決定権なし、選択権なし、
発言権なし、党の決定は全てブラックボックスで
言論統制してメディア出演禁止。
党の姿勢を問題視したら裏に呼び出して脅す。
存在するのは毎月21万円の支払いとノルマ付きの
高額な政治資金パーティー券の販売など、
こうした点が事実なら、「都民ファースト」は、
都民のための都政都議会改革のための団体というより、
小池氏が将来再び国政に出た際の支持団体を目的
として結成された集まりではないか?
と疑われてもしかたがないと思う。

NHK女性記者も過労死~なぜ報道しないのか?

電通判決を伝えてもNHKは自社女性記者の過労死を報じず。

NHKの31歳女性記者 佐戸未和さんが2013年7月に
過労死していたのに4年後の公表。
「当初は遺族側から公表を望まないとの意向を示されて
 いたので、公表を控えていた。
 佐戸さんの死をきっかけにした働き方改革を進める上で、
 外部への公表が必要だと判断した」
とのことだが、本当だろうか?

いずれにしても、
「どのツラ下げて、電通問題を報じてきたのだろう?」
と思うし、ちょうど今日6日、電通の違法残業事件で、
労働基準法違反(長時間労働)に問われた同社に対し、
東京簡裁は求刑通り罰金50万円の判決を言い渡した。
奇妙な金額だし、高橋まつりさんが生き返るわけでは
ないが、司法判断としての重みはある。

しかし、NHKの上田良一会長は5日の定例会見で
佐戸未和さんの過労死に関してコメントし、
今日6日午前、佐戸さんの両親宅を訪問し、謝罪したと
いうが、それにもかかわらずNHKの夜のニュースでは、
電通判決は報道したが、自社の件には全く触れなかった。
電通の件の放送直後にこそ、自社の件も伝えるべきだろう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171006-00000048-asahi-soci
http://www.asahi.com/articles/ASKB46CRVKB4ULFA02G.html

2017年10月 4日 (水)

短気で器の小さな九州男児と団塊の世代

以下に該当しない立派な九州男児も当然たくさんいらっしゃる
でしょうから、その人には先に謝っておきます。

私のフェイスブック友人には色々異なる政治的立場
(意見、支持政党の違い)の人がいて、全然考えが違う人の
アップも含めて、私はそれぞれのアップを面白がって眺めて
いますが、数日前、九州の男性Aさんから
「政治的意見が違い過ぎる」と絶縁のメッセをいただきました。

また、1年くらい前には、ある芸能人の事件での意見相違で、
突然私にブロックをかけてきた男性Bさんがいて、
その人も九州男児でした。

2人ともクラシック音楽が好きなことからFB友人になり、
後者Bさんとは東京のサロンコンサートでお会いしたこともある
ので残念に思っています。
九州男児って、案外、「短気で、器が小さい」ですね?

とまあ、書いたところ、Cさんという九州生まれのかたから
「血液型で言うのと似ている」との意見をいただき、
なるほどと思い、この文自体はFBから削除したのですが、
Cさんの他に、
もう1人、Dさんという70歳台のかたで、声楽のコンサートで
よく会う、ご自身も合唱とソロ歌唱の勉強をされっているかたから
「自分も多少、九州人の血が入っているから、器が小さい
 とは聞き捨てならない。異議を感じたらいろいろ言うのが
 九州男児。そもそもFBで政治話しすること自体おかしい」
と書いてきました。

それに対して、私は
「FBで政治ネタを書くのは別に悪いこととは思わない。
 音楽に興味の無い人には音楽ネタはスルー対象のはず。
 それと同じ。食事食材ネタも家族ネタも同様。
 興味ない人には興味ない。
 例えば、ご家族の写真をアップされる人は割りと多いが、
 私はそれについて、こういう世の中なのでセキュリティの
 観点から好ましくは思わないが、アップは投稿者の自由。
 他者がとやかく言うことではない。
 関心のある事をアップする自由はある。
 スルーする自由、良いと思う自由、良くないと思う自由」
という主旨のことをアップしました。

これについて、Dさんより、
「今後も政治ネタを書くとのこと。伊藤さんの音楽投稿は
 興味があったが、政治ネタは不要なので、
 FB友人は解消したい。今までありがとう」
と丁寧なメッセをいただいた。

私からは
「同じ事を考えていました。ありがとうございました。
 今後もコンサート会場でお会いしたときは
 よろしくお願いします」と返信しようとしたら、
既にブロック状態だったので、返礼はできなかったが、
そのうちコンサート会場で会うことはあるだろうから、
その際、キチンと挨拶したいと思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このほか、音楽ネタだけで関わっていたほうが良い関係
もある、という政治ネタの難しさのもう1例をご紹介すると、

以前「クラシックを聴こう!」サイトで知り合ったTさんは、
音楽に関して楽譜をアップしながら学術的な見解を披露する人
で、私とも頻繁にやりとりし、互いに注目していた中、
FB友人にもなっていただいたが、私の政治ネタに対しては、
Tさんは保守的立場からとても同じ人とは想えない様な
辛辣なコメントが再三投じられ、
私も倍返しの様に辛辣に言い返すことがあったので、
「これではいけない」と思い、Tさんにメッセし、
「政治関係では互いに気まずくなるだけなので友人を解消し、
 クラキコ内で音楽のやりとりだけしませんか?」と提案し、
Tさんも「そうですね。そうしましょうか」と落ち着いた。
先の「クラキコ主宰者の暴挙」に際しても早々Tさんに
メッセし、「こういうことがあり、今後クラキコでTさんの投稿は
拝読できなくなりましたが、Tさんのタイムラインを
たまにのぞきに行きますので、よろしくお願いします」
と伝え、Tさんも「そうでしたか。今後もよろしく」として
良い関係は続いている。
音楽面における互いの尊敬は変わっていない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このTさんも先述のDさん同様、私より10歳くらい年上の
かたなので、いわゆる全共闘世代=団塊の世代。

政治には複雑な思いを持っている世代ということは
理解できるが、DさんもTさんも
「政府に批判的な投稿を極端に嫌う人」だったわけで、
Tさんは学生運動盛んな時期に「ノンポリ(政治に関心なし)
だった」と自ら述べていたことがあったので、
やりとりの中で、私は
「Tさんはよほどノンポリであったことの後ろめたさから、
 (当時の学生運動を思い出すような)政府に批判的見解を
 忌み嫌うのではないですか?」とまで失礼なことを
書いたこともあった。

Tさんはとても「できた人」なので、
それについては何も応えなかったし、私もそうした彼の
人間性を信頼していたので、そこまで言ったのかもしれない。

一方、Dさんは残念ながら、そういう自由を許容できない
性格だったようで、良くも悪くも自分の価値観でのみ
他者の投稿の好き嫌いを判断する人だったと思う。
Dさんには「スルーする力」で対応して欲しかった、と
残念に思う。

前後し、更にDさんについて付け加えるが、Dさんの様な、
「自分の意見が正当だ。解らんのか?」という性格の人が
団塊の世代には多い気がする。

数年前、Dさんが、
「女優の吉高由里子は映画で裸になったから
 朝ドラの主役にふさわしくない」と書いたので、
私は呆れて反論したら、
Dさんから、「説教は不要。不愉快」とはっきり言われた。
要するに「年下の分際で年上に意見するな」というスタンス。
そういう人とは議論は不可能ですね。
入口の段階でシャットアウトですから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結局のところやはり「個人の器の問題」、という気がする。
Dさんも「九州の血が少し入っている」とされ、
「器が小さいとはけしからん」とコメントして来ましたが、
結果的に、いみじくも、Dさんの「器の小ささ」を感じた次第。

2017年10月 3日 (火)

衆議院の解散と民進党の変化のいずれも批判する

10月1日にフェイスブックにこう書いた。

 解散と民進党について
1.解散について~政府が「諸問題を審議するために
召集する」とした国会にもかかわらず、首相の所信表明も、
先の国連報告も行わず、冒頭に解散したことは、
総理権限というより職務放棄である。
北朝鮮問題が切迫している時期に政治空白を作ることは、
理解不能の諸問題放り投げ解散だ。
自民党の中でもこの解散に反対、不可解とする議員は
いるはずだが、これまでに作られた何も言えない一強という
空気が今回はそうした良識ある自民党員にはウラ目に出だ
と言える。
しかし、野党はむしろ千載一遇のチャンスとして挑むべし。

2.勢力が落ちたとはいえ、いわば大企業である
野党第一党の民進党が、できたばかりの実力未知の
ベンチャー企業に安易に身売りし、女性党首の人気に
ゴマすり、あやかりたいとする様は、情けないという
一言に尽きる。
良識ある民進党議員にしたら「屈辱的吸収合併」であり、
飲み込む側の党首が偉そうに「選別し排除するのは当然」
としているのに、それでも「入党させてください」として
平身低頭している姿は哀れでさえある。

あれほど安保法案に反対をした柚木道義氏は、
早々に希望の党入党を決めて地元で支持者に理解を
求めている。
身代わりの速さ、保身力の強さとアンデンティティの無さ。

民進党はつい先日、代表が蓮舫氏から前原氏に替わり
「今一度立て直そう」と息巻いていたはずだ。
これでは解党のために党首交代だったということになる。
当選に有利と想われるだけのなりふり構わず数合わせに
走った滑稽さを国民は見ている。
国民は自民党の解散だけでなく、
民進党の「みじめな身入り」も評価していない。
納得していない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.小池人気というが、先の都議会議員選挙で
都民ファーストが大勝したのは、石原、猪瀬、舛添という
無責任で個人権益だけを優先したヒドイ運営と、
それを支えた多数派の自民党都議たちの横暴さ、
傲慢さに対して都民が「ノー」を叩きつけ、
都庁都議会改革を強く熱望したための大勝であり、
加えて女性リーダーという日本ではまだまだ少数派の
存在に対しての属性を含めての期待からの大勝であって、
いわば、都内限定の時流的現象だったのであって、
小池百合子氏自身は全国的には人気者でも
何でもない。
他の道府県民においては、「小池さん?興味無いね」
とする人は少なからずいるのに、民進党は
この部分を完全に読み誤っている。
「小池人気は全国区ではない」。

そして、無いとは思うが、万一、小池氏が都知事を辞して
衆院選に出ようものなら、
「そういう人だったのか。無責任過ぎる」として
人気者どころか、一気に評判を落とし、都内を含めて
全国的に小池批判のボルテージは爆発的に最大化する
だろう。当然、政権交代どころではなくなる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4.枝野幸男さん、辻元清美さん、阿部知子さん、
管直人さん、野田佳彦さん、逢坂誠二さんらは
民進党に残り、あるいは新たな党を立ち上げて
希望の党と対決すべきだ。
そこに山尾志桜里氏も入るとよい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5.なお、深夜(今朝未明)の「朝まで生テレビ」でも
パネリストの多くと視聴者アンケートのいずれにおいても、
総理による解散と民進党の安直な身売りにい対して
厳しい意見が多数を占めた。当然である。
解散も民進党の対応も、世論の支持を得ていない
ことを知るべし。

希望の党が勝利することはない。
自民党+公明党が勝つ。問題は、自民党がどのくらい
議席を減らすかで、安倍内閣の退陣があるか無いかが
決まる、ということ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以上を書いた翌日の2日、
枝野さんが立憲民主党を立ち上げた。筋が通っている。

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