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2017年8月 5日 (土)

練馬区民による第九

「第九」は祝祭イベント曲要素もある曲
 ~練馬区独立70周年記念コンサート
 ~なんと千人を超す区民による合唱
 ~「これも第九」なのだ~

昭和22年(1947年)8月1日に板橋区から分離独立して
70周年ということで、練馬区(民)挙げてのプロジェクトである
練馬区独立70周年記念コンサート「真夏の第九」を
5日午後、練馬文化センターで聴いた。

大ホール席が早々に完売していたが、小ホールで
映像ライブ中継があるというので、そちらで拝聴した。
なぜ早々に大ホールが完売したのか、
ホールでプログラムを手にして直ぐ判った。

なんと、参加合唱団員数がべらぼうに多く、
ステージだけでなく、客席の相当数を占めてのコンサート
だったのだ。
あの墨田区の5千人の第九や、大阪での1万人の第九のように。

その2つほどではないが、驚くべき合唱人数の内訳は、
ソプラノ=346名、アルト=457名、テノール=154名、
バス=155名の、総勢1,212名。

それを見たとき一瞬、
「今日は第九じゃなく、マーラーの「千人」の交響曲か?」
と思ったくらいだ(笑)。

祝賀イベントで第九を演奏するのはむしろ欧米。
逆に欧米では第九はそれほど演奏されず、
毎年12月にプロアマ問わず数百単位の第九の演奏会が
全国各地で演奏される国など、日本以外、
世界のどこにも他に無い。
日本の状況が異様なだけで、そういう意味では、
「祝賀行事としての第九演奏」は決して奇異なものでも
なんでもない。

指揮は曽我大介氏。
ソリストが素晴らしく、ソプラノが佐々木典子さん、
メゾが鳥木弥生さん、テノールが西村悟さん、
バリトンが大西宇宙(たかおき)さん。
佐々木さん、鳥木さん、大西さんが武蔵野音大卒で、
西村さんは日大芸術学部から東京芸大大学院に
進んだということで、4人とも少なくとも学生時代
(最初の大学等が)練馬に所縁(ゆかり)のある
ソリスト選出ということだろうが、声楽の好きな人なら、
それは関係なくとも素晴らしいメンバーだと直ぐ判るだろう。
なお、佐々木さんと大西さんは練馬区演奏家協会会員でもある。

森中慎也氏の司会挨拶後、第1部は日大芸術学部の
学生によるファンファーレ、
次いで練馬児童合唱団による合唱があり、休憩後、
第2部として第九が演奏された。

・・・・・・・・・・・・・・・
第1部
1.「緑の大地」
  ~日本大学藝術学部音楽学科による(共同)作曲
  金管17名、打楽器4名の計21位名により、
  1分ほどのファンファーレが演奏された。

2.練馬児童合唱団(指揮=三輪裕子、ピアノ=八谷惠子)
  (1)Sing~カーペンターズの曲(ラボス作曲)
       日本語歌詞=星加ルミ子、編曲=源田俊一郎
  (2)Ave Maria コダーイ作曲
  (3)Joyful Joyful(「天使にラブソング2」より)
       原曲=ベートーヴェン、編曲=ウォーレン
  (4)Hail Holy Queen(「天使にラブソング2」より)
       作曲=Traditional 編曲=シャイマン

30人の少年少女(内1人は車イスの少女)による歌声は
可愛らしく、児童合唱を聴いてしまうと、もう何モノにも
太刀打ちできないくらいの純真さを感じて「やられて」しまう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 第2部~第九

まず第1楽章から第3楽章までについて
指揮とソリストは先述のとおり。
1,212名の「練馬70th記念第九合唱団」は、
下は6歳から上は80代の四世代に及ぶ。
「練馬70th記念第九オーケストラ」は練馬交響楽団に
武蔵野音大生が加わった合同オケ。

第1楽章開始すぐ判ったが、私が嫌いなベーレンライター版
による演奏。なぜ直ぐ判るかは省略する。
第1楽章から第3楽章まで、私か嫌いな速いテンポ。
熱量は感じるから無機質とは言わないが、
部分部分のフレーズに特にニュアンスは置かずに
グイグイ進めて行くだけの演奏をするのか理解できない。
これは昨今とても多く聴かれる「ごく普通の演奏」だった。

工夫を感じたのは第1楽章と第2楽章の一番最後の
Dの音をフォルテで叩くというより、メゾフォルテくらいで
柔らかく置くように閉じたことと、
第3楽章の中で3拍子に変わり、セカンド・ヴァイオリンと
ヴィオラで歌う旋律を、ロマンティックというより
「元気ハツラツ」という感じで演奏したのが目立ったくらい。

その第3楽章は特に速いテンポでシラケルほどウンザリした。
トスカニーニより速いくらいで、12分台くらいで終わったのでは
ないか?

ちなみにオーソドックスにやると第3楽章は15分前後で、
大好きな遅いテンポでの演奏のフルトヴェングラーや
ショルティは19分以上かけて演奏している。
この第3楽章の意味不明なまでの速いテンポには特に閉口し、
興ざめした。

ベーレンライターで嫌いな部分はたくさんあるが、
例えば第2楽章でホ短調コードに転じて大きな3拍子で
執れるところに入ってイ短調コードに転じた直後、
ティンパニがFの音をオクターブ連打が4打続き、
1小節多く休みを置いてもう1回叩くところは、
ブライトコプフでは5回目はディミヌエンドの記載があり、
実際はそれは難しいので、4回のフォルテに対してその5回目は
メゾフォルテくらいで演奏するのが一般的だが、
ベーレンライターは5回ともフォルテで叩く。
これは私はやはり正しくないと感じる。
 (詳細はここでは書かない)

オケのデキは悪くはないが、ホルンや木管などの
第2楽章トリオや終楽章では幾分つんのめったり、
遅れがちだったり等、不完全なアンサンブルは散見された。
・・・・・・・・・・・・・・・・

第4楽章
さて、前後するが、小ホールでの映像は、テレビ放送の
ように各奏者のアップが映し出されるので、
面白さはあるが、やはり音はどうしても機械を通した音、
というTVやDVDと同じ様になってしまうのはしかたがない。
しかしそれでも、ステージにはたぶん100人前後、
客席に陣取った残る1,000人余の全体の合唱の
臨場感を味わうには、やはり、この終楽章だけでも
大ホールで、すなわち直接の空気感の中で聴きたかった。

大ホールで直接聴いたら、臨場感と、圧倒的な人数による
第九の歌声自体に、もっと大きく感動しただろうに。
その点は非常に残念だ。

この第4楽章だけは曽我氏は比較的オーソドックスな
テンポ設定を採った。そりゃ、これだけの人数のコーラスで
歌うことになるのだから、速いテンポは危険だろう。

シカゴ・リリック・オペラに所属するバリトンの大西さん
だけは私は初めて聴いたが、意欲的表現と充実した声で、
とても良かった。
他の3人が素晴らしいことは、聴いたことがある人なら
想像つくだろうし、実際とても素敵だった。

合唱だが、通常からすると常識外の人数でやるわけだから、
ドイツ語の発音や、いわゆる「縦線」の多少の不揃い等、
言おうとしたら色々あるのは当然だが、映し出される
みなさんの楽しそうな、嬉しそうな、幸せそうな顔で、
精一杯歌う姿を見たら、そして区を、区民を挙げての
こうした特別な祝賀イベントの第九の合唱で、
細々としたことを指摘するのはとても野暮に想える。
他の楽章はともかく、終楽章だけは純粋に楽しめた。
別途書いたように、「こういう第九合唱もまた第九の合唱なのだ」。

お疲れ様でした。素晴らしかったですよ、と心から祝いたい。
なお、最後に、ソリストも含めて会場全員で「故郷」を歌い、
このイベントは終了した。

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