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2017年7月21日 (金)

尋常ならざるテンポ~フルトヴェングラーによるモーツァルトの交響曲第40番

フェイスブックでFさんがフルトヴェングラー指揮の
モーツァルトの交響曲第40番とハイドン94番の録音について
アップされているので、その話題に便乗させていただく。

フルトヴェングラーの録音の中では比較的少ない作曲家の
2人だ。
前者では有名な最晩年の「ドン・ジョヴァンニ」全曲の他、
「魔笛」「フィガロ」、グランパルティータ、ピアノ協奏曲20番
くらいしかないかもしれない。
後者ではシューマンの4番という永遠の名演とカップリング
された88番も立派な演奏だが、それくらいかもしれない。

それはともかく、ウィーン・フィルとのモーツァルトの
交響曲第40番(1948年録音)、特に第1楽章の速さは
尋常ではない。
あの演奏を聴いたのは高校生のとき、LPレコードによってだが、
録音状況的には決して満足できない状態にもかかわらず、
あの「デモーニッシュ感」に満ちた尋常ならざる演奏に
強い印象を受けた。

フルトヴェングラーファンなら皆知っているが、
彼は概してゆったりとしたテンポをとる。
アダージョはむろんアレグロやスケルツォ楽章でさえ
それほど速くない演奏が多い。

その悠然たる歩みと有機的な展開こそが素晴らしいのだが、
その一方で曲の中で猛烈なアッチェランドをかけることも
少なくない。
典型は「第九」のエンディングだが、あれほど極端でなくとも
ブラームスの4番のラストに向かう様とか、
挙げたら少なからず存在するはずだ。

しかし、この40番はその「どれとも違う意味合いの速さ」
に想える。
ワルターの優雅さやコープマンの洒脱さやベームの実直さ
などとは全く異なる緊迫感。
戦後間もない時期の緊迫感もあるかもしれないが、
そうした社会状況というより、やはりこれはフルトヴェングラーの
感性がこの曲(楽章)に呼応する確信と表現なのだろう。

それがモーツァルトを語った際に小林秀雄が言った
「疾走する悲しみ」と同じ情感なのかどうかは解らないが、
その言葉を連想させる演奏ではある。

モーツァルトだって、もちろんゆったりとした優雅な曲想を
たくさん書き求めたことは多かったが、
「フィガロ」初演に際しての自身の指揮での有名な逸話、
「序曲はだいぶ速く演奏できるようになって良かった。
 では、明日はもっと速いテンポでやろうね」
という逸話も、小林秀雄の言葉とともに、私はいつもあの40番の
演奏を聴くたびに思い出す。

いずれにしても、ユニークな、いやもしかしたら
最も「正当な」40番のテンポ設定なのかもしれない。
少なくともそう想像しながら聴くのも一興だ。

全曲
Wilhelm Furtwängler - Mozart - Symphony No.40
Vienna Philharmonic Orchestra 1948
https://www.youtube.com/watch?v=TI8dbqmZqMg

こちらの第1楽章だけのURLのほうが音量が大きくて聴き易いです
Furtwangler: Mozart Symphony no. 40 (1948) 1/4
https://www.youtube.com/watch?v=1doyoSzYqKw

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