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2017年3月31日 (金)

澤江衣里さん&渚 智佳さん ジョイント・リサイタル Vol.2 ~リスト 歌とピアノの競演~

31日夜、ソプラノの澤江衣里さんとピアニストの
渚 智佳(ちか)さんによる2回目のジョイント・リサイタル
をルーテル市ヶ谷ホールで聴いた。
 「リスト 歌とピアノの競演」と題されている。

昨年の9月に開催された2人による初のジョイントでは
 「オール・シューマン」プログラムが組まれたが、
この日は「オール・リスト」プログラム。演目は下記のとおり。

ジョイントなので、澤江さんが歌った曲数は多いわけでないが、
これまで澤ちゃんを聴いてきた中でも秀逸な見事な歌の
連続だった。

前半におけるドイツ語歌詞の発音も一語一語明瞭で美しい。
英国のクイルター研究で博士号を取った澤ちゃんが
英語の歌曲が得意なことは言うまでもないが、
日本歌曲とともにR・シュトラウスやシューマン等の
ドイツ語の歌曲も積極的に取り上げている。

澤江さん歌声にはムダな響きが無い。
ムダな響きが生じないように歌う。

音程や明瞭さを雲らすような過剰はヴィブラートが無いのは
むろん、歌詞(言葉)を曇らすような余計な
「はみ出た響きやカスレた響きが皆無」なのだ。

澄んだ歌声は真っすぐに会場の奥(後)まで届くが、
それは決して強過ぎず、常に柔らかで温かいトーンとして
響き渡る。

そして、情感が強く打ち出されるフレーズや場面でも、
決してフォルムを崩すことはなく、常に安定したコントロールを
基盤として情感を乗せて行く。

特に前半はドイツ語の歌詞なので、
そうした古典的な整然とした佇(たたず)まいを感じさせる
歌唱という印象が強かったが、
後半はフランス語とイタリア語の曲とあって、
少しの変化が見てとれた。

すわなち、前半の曲がフォルムの中での感情の発露なら、
後半は、そのフォルムを飛び越えるほどに情感豊かな
解放感が打ち出されたように感じられ、
一段とスケールの大きな歌唱だった。

また、豊麗な高音域での歌声は圧巻だが、
中音域でのまるで少女のようなムクな、
クラシカルというよりは童謡を歌うが如くの無垢なトーンで
歌われる部分なども、極めて魅力的だった。

そして、むろんそうであっても、フォルムは揺るぎない
ほどに整然とコントロールされ、ダイナミクスと繊細さが
バランスよく持続されて歌い継いでいく。

礼拝堂とホールが融合したような独特の空間という利点
が活かされたコンサートでもあった。

ピアノ独奏では、前半の2曲が特に素晴らしく、
後半の「ため息」ではレガート感が足りない気もしたが、
「ラ・カンパネラ」ではエンディングに向かう盛り上げ感が
魅力的だった。

足元の悪い天候もあって、来場者は多くなかったが、
このようなハイレベルの純度の高いコンサートを聴けた聴衆は
幸せだったはず。


 追伸
この文をフェイスブックにアップしたところ、澤江さんより、

「私が大事に思っていることを演奏の中で感じ取って
 くださって本当に嬉しいです。
 ちょっとは思い描いている理想に近づけているという
 ことかな?
 これからも頑張ります。いつもありがとうございます」

という返信をいただきました。

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 演奏曲~全てフランツ・リスト作曲の作品

1.「喜びでいっぱい、悲しみでいっぱい」(詩=ゲーテ)
2.「ミニョンの歌」(詩=ゲーテ)
3.「君は花のよう」(詩人=ハイネ)
4.「ローレライ」(詩=ハイネ)
5.「おお、愛しうる限り愛せよ」(詩=フライリヒラート)
6.ピアノ独奏~シューマン(リスト編曲)「献呈」
7. 同~ヴェルディ(リスト編曲)「リゴレット・パラフレーズ」

 (休憩)

8.ピアノ独奏~3つの演奏会用練習曲より「ため息」
9. 同~パガニーニによる大練習曲より「ラ・カンパネラ」
10.「おお、私が眠りにつくとき」(詩=ユゴー)
11.ペトラルカの3つのソネットより
 (1)平和を見いだせず
 (2)地上に見た、天使のような姿

アンコール
1.ピアノ独奏 愛の夢 第3番
2.Es muss ein wunderbares sein.

2017年3月27日 (月)

証言

籠池氏、思いの外、冷静で頭の良い回答ですね。
野党冷静に丁寧に質問し、自民党や維新が
感情的に攻撃するという、いつもと逆の国会。

西田議員(自民党)~「資金がないのになぜ建てた」

籠池氏~「それは的外れな質問です」

 ~私「そのとおり」

下地議員(日本維新)
 ~「ハシゴを架けてあげたのは府知事。あなたが勝手に
   ハシゴから落ちただけ」

 ~私「意味の無い、感情的攻撃に過ぎない」

外人記者クラブでの籠池氏のコメント
「総理を侮辱したから私人を証人喚問するって、
 どこにそんな国がありますか?」

 ~私「ごもっとも」

しかも明日の迫田国税庁長官と武内国際局長は
「参考人招致」というウソを言っても罪に問われないかたち。

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「断った」文面とはいえ、昭恵夫人の補佐官夫人から
 役所の対応状況について森友側にFAXで回答
 していること自体、おかしな事。

 昭恵氏自身は確かに「そのままなら」
 まぎれもない「私人」。
 しかし、政府職員が付き人として行動している以上、
 控えめに言っても「準公人」だ。

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籠池氏の復讐?~怒りから野党と「共闘」か?
証人喚問を決めた野党との会談。何が面白かというと
「絵的」に面白い。
あれほど共産党が嫌いな、野党が嫌いな「愛国者」である
籠池泰典理事長が、あろうことか?共産党の
小池晃書記局長や社民党副党首の福島みずほさんを
含む野党を自宅に招き入れ、膝つき合わせて
ご対談したという。

いくら小池さん単独ではなく、
参院予算委員会の視察団の野党メンバーというかたち
でも、塚本幼稚園の「宣誓」「教育勅語」や、
この親にしてこの息子という感じの長男同席の会見で
共産党や朝日新聞をナジった人物とおよそ同一人物とは
想えないほどの「天才的切り替えの速さ」に驚く。

小学校建設がダメになったことで、
よほど自民党や役所役人に腹が立ったのだろう。
意外な野党との連合、「野党共闘」が週開け、
国会で繰り広げられたわけだ。

それも当初言われていた参考人に対する「国会招致」
ではなく、内容によっては偽証罪が問える「証人喚問」
という重いかたちでのやりとりがなされた。
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-15926.html
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170316-00000057-asahi-soci

2017年3月26日 (日)

音楽大学フェスティバルオーケストラ~マーラー6番~圧巻の終楽章

第6回音楽大学フェスティバルオーケストラの演奏会を
26日午後、東京芸術劇場で聴いた。

指揮 高関 健

曲 1 ドビュッシー「海」

  2 マーラー交響曲 第6番 イ短調

音楽大学フェスティバルは2つの演奏会形態があり、
1つは2009年に第1回が開催されて今日に至る
 「音楽大学オーケストラ・フェスティバル」で、昨年11月から
12月にかけて、その第7回が開催委された。
それは1つの演奏会で2つ、ないし3つの音大のオーケストラ
による演奏会で、それが1ヶ月から2カ月内において
ミューザ川崎と東京芸術劇場を使い、以下の9つの音大オケが
演奏するという興味深いシリーズ。

参加大学は(五十音順で)上野学園大学、国立音楽大学、
昭和音楽大学、洗足学園音楽大学、東京音楽大学、
東京芸術大学、東邦音楽大学、桐朋学園大学音楽学部、
武蔵野音楽大学。

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そしてそれ以外にも個別ではなく、選抜合同オケのかたちで
 「音楽大学フェスティバルオーケストラ」として演奏会が
開かれており、今回聴いたのはそれで、この第6回公演も
これまで同様、ミューザ川崎(25日)と東京芸術劇場を使う
2回公演としている。
合同オケでの演奏会を私が聴くのは確か2回目だと思う。

個別でももちろん各音楽大学オケの演奏を知る楽しみがあるが、
こうした合同イベントももちろん賑やかで楽しい。
そして今回は特に9大学に加えて、昨年の熊本地震で
被災した九州の2つの大学=平成音楽大学と
大分県立芸術文化短期大学の学生も数名加わり、
復興支援と交流を図るかたちで編成されたとのこと。

プログラムを見ると、平成音大からはファゴットとトロンボーン
に1名ずつ、大分からはヴァイオリンとクラリネットに1名ずつ
確認できる。
その他、運営委員としても別に2名参加されている。

合同オケだから編成は大きい。
第1ヴァイオリンが18名。第2ヴァイオリンが16名、
ヴィオラが14名、チェロが12名、コントラバスは圧巻の10名だ。

そして管楽器と打楽器の各パートとハープはそれぞれ、
前半のドビュッシーと後半のマーラーで総入れ替えなので、
本当に大勢の人が参加している。

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前置きが長くなったが、感想を少し書いておきたい。
オケの配置は、私は好きではないが最近なぜか流行りの
対抗配置。
「海」は楽器の扱いとしては第2曲「波の戯れ」が面白く書かれて
いるし、第3曲の「海の風の対話」はよくできていると思うが、
第1曲の「海の夜明けから真昼まで」のオーケストレーションは
やや退屈だ。
終わりに出る有名で壮大な部分も唐突に登場するのが疑問で、
これがマーラーなら、そこに至る入念な仕掛けを綿密に書いた
だろうな、と想像する。
演奏も特に第3曲は良かったが、終わるやいなや3階からか、
気違いじみた絶叫的ブラヴォーが出たのには興ざめで閉口
した。
海外有名オケの演奏会でもあれほど異様な歓声はあがらない。

なお、トランペートの1番を吹いた女性は、以前聴いた合同オケ
でも吹いていて素敵な演奏をしたのを覚えている。

覚えているといえば、若い頃少しだけつきあった音大作曲科卒
の女性がこの曲がとても好きだった、
というショーモナイことを少し懐かしく思い出した。

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休憩後はマーラーの6番。

第1楽章の冒頭のコントラバスは10人のわりには音が弱い。
こういうところが私が「対抗配置」を疑問に思い、
気に入らないところで、そうした「弱さ」がモロに出るのだ。
弦全体も管打に比べて弱いのはヴァイオリンが指揮者を
はさんで左右に分離されていることと無関係ではないと想う。

76小節のいわゆる「アルマのテーマ」は決然とせず、
モヤと出てメリハリが無い。展開部に入り158小節からの
印象的な部分での行進曲のリズムを刻む打楽器の音がヌルイ。
確かに打楽器はメゾフォルテだが、もっと鋭く強いくらいが良い
と思う。
要するに「アク」というデフォルメがないので、
マーラーの毒気を感じないのだ。

合奏としては立派でも全体とて「まとまり感」しか感じない
面白みの無い演奏。この楽章は気に入らなかった。

以前も書いたが、第2楽章は私はスケルツォをもってきたほうが
良いと思う。第1楽章の熱感をそのまま継続して次の楽章に
入ったほうが好ましいと思うからだが、
高関さんはアンダンテを第2楽章に置き、
第3楽章をスケルツォとした。

演奏自体はいずれも良かったが、ただ、ただアンダンテは
誠実に歌いながらもテンポの揺れが無いので、
退屈感も少し覚えた。
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第4楽章の凄まじいオーケストレーションを今回の大編成の
オケは如何なく実力を発揮した熱演だった。
これこそサスガ音大のオケだと思う。一般大学はもちろん、
優秀な社会人オケでもここまでできるかどうか疑問と想える
ハイレベルな演奏と集中力。
いつもは、その効果に疑問を感じていた「ハンマー叩き」も
奏者が優秀なのか、ハンマーとその台がよくてきているのか、
とても効果的に響き、プロアマ問わず、ライブや録音も含めて、
これまで聴いた中で一番「よい叩き」だったと感じたし、
この終楽章全体も文句なく素晴らしかった。

後半が始まる前に場内アナンスで
 「演奏後の余韻を楽しんでいただきたく、拍手は指揮者が
  動いてからでお願いします」という、最近はやりの、
ある意味情けないアナウンスが功を奏してか、
直後の絶叫は無くで良かった。

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マーラーの中でも、この6番のオーケストレーションの凄さは
抜きん出ている。
R・シュトラウスも遠く及ばないほどの圧倒的な楽想、楽章。
特に地獄の連続のような終楽章は凄まじい。

それでも疑問に想う点は少なくとも3つほど有る。
1つは第1楽章と終楽章で使われるカウベルの使い方だ。

いずれも出て来るのが唐突すぎるし、
消え去るのも唐突の感があり、ストーリーテラーたるマーラー
の力量を感じさせてくれない。

なお、今回の演奏では、客席右手舞台ソデの扉を開けて、
演奏したが、第1楽章では扉とステージのギリギリなところでの
演奏と、奥での(客席からは見えない位置での)演奏とに
使い分けていたのは面白かった。

2点目は終楽章のハンマーで、有名な「ネタ」の割りには
響きのインパクトでその効果に疑問を持っていたが、
先述のとおり、今日の演奏はとても素晴らしく、
 「初めて効果的であることを知った」と褒めたい。

3点目は終楽章の最後の最後の部分。
ケタタマシイ強奏の連続で来たのに、急に静かになるのだが
 (練習番号165=790小節目)、いささか急過ぎ、
もっと静けさに至る仕掛けが欲しい気がしてならない。
もちろんこの唐突感がマーラーの狙いでもあるのだろうけれど、
もっとたっぷりとした平原のような静けさを創って
もらいたかったと感じる。

なお、この日の演奏では終わりから3小節前の「ff」の一撃は、
特にパーカッションが完璧に揃い見事だった。
さすが音大オケだ。
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なお余談だが、アンケート用紙の中で「その他」のところに
次のように書いておいた。

 「コンマスが後から独立して入場する必要なし。
  お客に拍手を2回もさせるな。拍手は指揮者にだけでよい。
  コンマスのイスも他の団員と同じでよい。
  黒イスにする必要がありますか?
  海外の有名一流オケほど、こうした2点はしないですよ。
  国内の三流オケこそしたがる。
  音大オケこそ、率先して係る悪習を断ち切ってください」

2017年3月19日 (日)

魔笛~セリフカットのナレーション進行という演出に強い不満と憤りを覚える

神奈川県民ホール オペラシリーズ2017の「魔笛」公演を
19日同ホールで聴いた。
今までオペラを観てきて、これほど強い失望感を感じたことはない。
大きな不満(失敗と言ってもよい)の原因は歌手ではない。
全て演出にある。

演出に不満を感じるオペラは数限りなく有るが、セリフをカットして
女性ダンサーがナレーションを兼ねて進行した今回の演出は
論外極まりない。
ドイツ語によるレスタティーヴォはイタリア語のそれに比べて、
日本人歌手には難易度が上がるのかもしれないが、ならば
セリフ(語り)は日本語でいいので、やはり歌手によるやりとりで
進行して欲しかった。

弁者とタミーノとの場面を唯一の例外として、他の全ての部分で
セリフをカットしての演奏は、クレンペラーが録音した名演名盤
とは全く意味が異なる。
録音ではなく実際の上演でセリフをカットし、学芸会みたいに
ナレーションでやるとどういうことが生じたか?
いや「生じなかったか?」と言うほうが正確だが、こうだ。

例えば、タミーノとパパゲーノが沈黙を強いられる中、
パパゲーノはそれに耐えきれず、いろいろタミーノにけしかける
のだが、そういう愉快なやりとりが飛んで(消えて)しまう。
それをナレーションで、
 「パパゲーノは悪態をついていました」
などと説明したところで、何の面白みもない。

また、肝心なタミーノとパミーナの再会シーンに至る流れ
でのドラマ性が全く無くなり、平坦平凡な再会となってしまう。
この点こそ致命的だ。

あるいは、パパゲーナが老女ではなく、
本当は若い女性ですよ、とする場面でも、
セリフによるやりとりが無くナレーションだけだと、
何のインパクトも生じないことになる。

等々、とにかく「物語」の「進行にならない」のだ。
「進行の中でドラマが生じない」のだ。

今回オペラを初めて観る人々を集めての入門講座的上演
ならともかく、一般公演でこういうことが行われるのは
多くの聴衆にとって大きな失望を禁じ得なかっただろう。
実際、終演後のカーテンコールで、
演出の勅使河原三郎氏が登場したときは
数人からブーイングが出たし、
ロビーに出ると初老のご夫婦が
「ナレーションはないよねえ~」
と不満げに会話していた。

今回の内容は、演出の勅使河原三郎氏が彼と縁が深い
ダンサー佐東利穂子氏のために行ったような内容だ。
東京バレエ団とのコラボは良かったが、メインダンサーに
慣れないナレーターとしての役を負わせ、
終始小さな暗い声で進行したのは、
「魔笛」の公演としては明らかに失敗だった。

オペラは演出家の自己満足のためにあるのではない。
これはここ20年位、海外も含めて広がったところの
「演出がオペラにとって最も重要」などという
「演出家の勘違い」の最たるものが
今回ステージで行われてしまった。

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指揮とオケの演奏について~「古典的」演奏がモーツァルトか?

序曲から筋肉質の演奏。小さなホールはともかく、
このアプローチではどうだろう?と最初に感じた疑問点は
最後まで払拭できなかった。

例えば「夜の女王」の最初のアリア(第1幕)で、
中間部のゆったりした部分が終り、一転してEs durのアレグロ
に移る場面で、オケはごく平凡な「古典的な」和音の演奏に
留まる。
次の新しい場面へ「勢いをつけて」夜の女王にバトンを
投げないといけないのに、そういう和音の音がしていない。

これでは、オペラの伴奏として合格とは言えない。
こうした点は色々な場面で感じた。
要するに「つなぎ」にエネルギーが感じられないのだ。

これを「古典的アプローチの結果」というなら、
私はもっと「ロマン的アプローチが欲しい」と思ってしまう。

神奈川フィル自体は、ここでのオペラシリーズ常連とあって
立派な演奏。フルートソロが部分的にかすれた点はあった。
ティンパニの音を敢えて硬めにしていたが、
バロック感が出過ぎで、もう少し柔らかい音でもよかったと
想う。あと、有名なコミカルな合唱での
グロッケンシューピーゲルの音が電子楽器のような音が
していたのは気になった。
担当コンマスは﨑谷直人さん。

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 歌手の皆さんについて

パミーナを演じた幸田浩子さんが何と言っても素敵だった。
声の伸びやかさは群を抜いていて、広いホールに
可憐な声が行き届いていた。
有名なト短調のアリアやパパゲーノとのデュオ、
タミーノとのデュオ等全てにおいて贔屓目抜きに、
ベテランの実力を如何なく発揮されていた。

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タミーノを演じた金山京介さんは、序曲直後のアリアでは
声が出ておらず心配したが、第1幕後半の3人の童子との重唱
からは伸びやかになり、「パミーナを救うのが私の使命」と
歌うシーン以降すべて清らかな声で美しく歌った。

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「夜の女王」は最近活躍が著しい高橋維さん。
第2幕の「復讐」のアリアでは、オケより先に行きがちになる
(というこの曲にありがちな難しさ)部分もあったが、
正確でキリッとした迫力のある歌唱で立派だった。
もっとも、これが20年前なら、スター誕生的に大絶賛される
だろうけれど、今の時代、若い優秀なコロラトゥーラは
たくさんいるので、このくらい歌えるのは「普通」の時代
になっているのかもしれないが。

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「魔笛」では3人の侍女が重要な役所。
北原瑠美さん、磯地美樹さん、石井藍さんは、
最初のタミーノを「いい男ね」とやる場面では
アンサンブルを意識し過ぎてコジンマリとした感があった。
この場面はむしろ1人1人の個性が出てよいはずで、
いわば「ハジケテ欲しい場面」だが、それは無かった。
ただし、第2幕での「夜の女王が近くまで来てますよ」
とする三重唱は正にアンサンブル歌唱としてとても良かった。

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パパゲーノ役の宮本益光さんは、
ユーモラスに演じれば演じるほど、なぜかかえって
真面目な教師のように感じがしてしまったが、終わり近く
「自殺しちゃうよ」の場面での3回目の笛のロングトーンが
愉快だった。

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ザラストロは清水那由太さんで、威厳は無かったが、
優しそうなザラストロという感じで歌われた。
低音域での声量がもっとあるといいなと感じた。

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弁者の小森輝彦さんは立派。

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モノスタトスの青栁素晴さんは真面目過ぎで、
パミーナに対する下心(欲望)が感じられない。

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出番という点では3人の侍女に負けないくらい重要なのが
3人の童子。
安齋里江さん、宮下あずみさん、櫻井日菜子さんらは
とても端正に歌っていて良かった。
新人歌手にとって、パミーナはともかく、まずこの役で抜擢
されることが、将来の自信につながるのではないか?
と想像する。

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終わり近くで出る武士役の渡邉公威さんと加藤宏隆さんも良く、
特に渡邉さんのピュアな声が会場によく通っていた。

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パパゲーナ役は醍醐園佳さん。今回は演出が演出なので、
いたって出番が少ないのに更に存在感が薄れてしまい
可哀そうなくらいだったが、最後近くの有名な二重唱は
可愛らしく流麗に歌われた。

醍醐さんは、私が所属するオケがヴェルディの「レクイエム」
をやった際、ソロを歌っていただいたので縁があるが、
2015年12月の「金閣寺」を観にこのホールに来た折りも、
日本大通り駅でバッタリお会いしたので、
県民ホールまでいっしょに歩いたのだが、
その醍醐さんが今度はステージに出演されたという
個人的な感慨はあるし、今後も活躍を期待したい。

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二期会合唱団はとても良かった。充実のデキ。
ナレーション以外の演出は、シンプルを基盤としたもの。
3人の童子の、ゆるキャラのような白くダボダボの着ぐるみが
愉快で可愛いらしかった。
先述のとおり、武士の役の存在感を浮かび上がらせていた点も
印象的で好ましく想えた。
http://www.kanagawa-kenminhall.com/mateki/cast

キャスト

指揮  川瀬賢太郎

管弦楽 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

合唱  二期会合唱団(指導=大島義彰)

演出  勅使河原三郎

舞台監督 八木清市

バレエ  東京バレエ団

          3月18日      3月19日
ザラストロ   大塚博章    清水那由太

夜の女王   安井陽子     高橋 維

タミーノ     鈴木 准      金山京介

パミーナ    嘉目真木子    幸田浩子

   (以下は、両日とも)

パパゲーノ   宮本益光

パパゲーナ   醍醐園佳

侍女Ⅰ     北原瑠美
侍女Ⅱ     磯地美樹
侍女Ⅲ     石井 藍

弁者&神官   小森輝彦
モノスタトス  青栁素晴
神官Ⅱ     升島唯博

武士Ⅰ     渡邉公威
武士Ⅱ     加藤宏隆

童子Ⅰ     安齋里江
童子Ⅱ     宮下あずみ
童子Ⅲ     櫻井日菜子

ダンス&ナレーション 佐東利穂子

2017年3月18日 (土)

原発が会社を、地域を、国を滅ぼす

東芝と東電~原発が企業を潰す。地域を国を潰す。

東芝が決算発表をまたも延期した。
自社の損益が把握できないという異常。

東証は東芝を「監理銘柄」に指定した。
いよいよ上場廃止が現実味を帯びてきた。それどころではない。
東芝は既にもはや「死に体」だ。東電といい、東芝といい、
結果論として原発経営が2社を実質破綻させた。

核燃料再生エネルギーなど夢物語。
廃炉、放射能汚染物質の廃棄すらままならない事態。
人間が手がつけられないのが原子力なのだ。

原子力開発は科学技術としても不可能で既に破綻している
だけでなく、企業経営においても手に負えない
会社を潰すだけの怪獣だったことは、
2社が全てを物語っている。
理屈ではない。事実こそ全てである。

2017年3月15日 (水)

園児の宣誓は教育基本法違反~教育勅語を教育現場で教えるのも違法行為

森友学園 塚本幼稚園(森友学園)の園児たちの宣誓

「尖閣列島、竹島、北方領土を守り、日本を悪者として
 扱っている中国、韓国が心を改め、歴史教科書で
 うそを教えないようにお願いします。
 安倍首相がんばれ、安倍首相がんばれ。
 安保法制国会通過よかったです。
 日本がんばれ。エイエイオー」

って、ヒットラーユーゲントじゃあるまいし。

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教育基本法第14条第2項
「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又は
 これに反対するための政治教育その他政治的活動を
 してはならない」

学校内のゴミ撤去に8億円はかからないだろうことは
小学生でも推測できる。
しかも「なぜか」委託された国土交通省の「大阪航空局」は
「過去にゴミの撤去費を算定したことはない」と
トウシロ発言。
受託収賄という「不正」が絡んでいると思う。

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11日放送のフジTV週間バイキングで、
 籠池泰典理事長について、

高木美保さんいわく、
「全部 人のせいにして言い訳する。そういう人が、
 子どもに教育勅語で“正直でありなさい”と教えて
 何が悪いと言われても、
 首を洗って出直してらっしゃい!という感じ」
とコメント。

渡辺えりさんは、「虚言癖がある人なのでは」


サンデージャポンでは、稲田防衛大臣について
デープ・スペクターさんいわく、
 「自分も防衛できないのに、国を防衛できるわけけない」

先述のバイキングで、松本人志さんいわく、
 「アキラ100%のほうが防衛力あるよ」

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ジャーナリスト鈴木哲夫は
「籠池氏に注目が集まっているが、実は大事なのは、
 簡単に国有地が払い下げられる仕組み。
 参考人招致に籠池氏をという話もあるが、
 当時関わった役人などを呼んできちっとやらなければ
 いけない問題」と指摘。

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1946年(昭和21年)には、「勅語及び詔書等の取扱いについて」
 (昭和21年10月8日文部事務次官通牒)と題する通達により、
教育勅語を教育の根本規範とみなすことをやめ、
国民学校令施行規則も改正して、
四大節の儀式で教育勅語を読み上げることも廃止された
 (昭和21年10月9日文部省令第31号)。

翌1947年(昭和22年)には教育基本法(旧教育基本法)が
公布・施行されて教育の基本に据えられ、
学校教育から教育勅語は排除された。

さらに、1948年(昭和23年)6月19日には、
衆議院で 「教育勅語等排除に関する決議」、
参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」が、
それぞれ決議されて、教育勅語は学校教育から排除・失効
されたことが確認された。

よって、閣僚の発言の
「親孝行だとか友達を大切にするとか、そういう核の部分は
 大切なもの」とか、
 「今日でも通用する普遍的な内容も含まれている」
そんなことは関係ないのだ。
教育勅語は過去の厳然として否定されたモノなのだ。

2017年3月12日 (日)

蝶々夫人~ヨコスカ・ベイサイド・ポケット

2017年3月11日 (土)

菅野祥子さんの「春なのに」~何度でも紹介します

「3.11」が近づく中、菅野祥子作詞作曲「春なのに」を
何度でも紹介します。

多くの歌手の皆様に歌って欲しい曲です。
これまで下記、作者の菅野祥子さんと幸田浩子さんの他、
菊池美奈さんが歌われていますし(ライブ録音CD有り、
アマゾン添付のとおり)、
下記添付映像のとおり岡本知高さんも歌われてCDを
リリースされています。
どうぞよろしくお願いします。

「春なのに」と言っても、柏原芳恵が歌った曲ではありません。
メゾソプラノ菅野祥子さんは、現在ウィーン少年合唱団の
ヴォイス・トレーナーとしても活動している人。
「3.11」のときもウィーンにいて、故郷 陸前高田市を含む
東北各地の悲劇に愕然と、数日の沈黙の後に、
故郷の人々の心の痛みと故郷への想いを綴ったのが、
ご紹介する曲です。

私がこの曲を知ったのは、2013年4月にリリースされた
幸田浩子さんのCD「ふるさと~日本のうた」で、
菅野さんと東京芸大で同期だった幸田さんが、
菅野さんに先立ってリリースしたもの。

哀愁を帯びたピアノの繊細な序奏から3拍子で歌いだされ、
それが4(or2)拍子の、いわゆるサビの部分になると、
じわーんと思わず涙腺が熱くなりました。
作品誕生のいきさつ(事情)を知らずに聴いても、
この曲には尋常ならざる強い思いが込められ入ることに
誰もが気づくはず。

歌詞の2番フレーズの
 「犬のポチがワンと鳴く変わらない風景」 は、
菅野さんが住んでいたころの、いや、「3.11」直前までは
確実に存在していた日常の風景だったはず。

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ソプラノの幸田浩子さんは原曲より二度上げてロ短調で
歌ったが、後に録リリースした菅野祥子さん自身による原調は
イ短調。
哀切満ちた旋律による3番までの歌唱が終えると、
「う~う~」というスキャット風のオブリガートに転じて
静かに終わる。それも~原曲の場合は~
完全終始音のイ(A)ではなく、
2度上のロ(H)音で(解決しない掛留音)。

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CDの「リリース」は先述のとおり親友の幸田さんが先んじたが、
菅野さん自身による在住地ウィーンでの録音自体は、
「3.11」から間もない(作品完成直後の)2011年4月に
なされている。
演奏者は菅野さんの他、ピアノの呉 睿然さんと
チェロの平野玲音(れいね)さん。

チェロの平野さんは音大でななく、東大で美学芸術学を専攻し、
2002年にウィーンに渡り、チェロをウィーン・フィルの奏者に
師事している奏者。
ピアノの呉 睿然(ウー ルェイラン)さんは、台湾人作曲家。
同地の大学で心理学を専攻後、ウィーンに渡り、
ウィーン国立音楽大学作曲科を卒業している。
彼による合奏編曲の素晴らしさは、
どう誉め讃えればわからないほど見事だ。
この編曲の素晴らしさが、この録音、演奏の格調の高さ、
純度の高い演奏として成功している点に大きく貢献している。

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余談ですが、このCDで私は平野さんを初めて知り、
今では一時帰国時でのコンサートを聴かせていただいている他、
ファンとの懇親会にも出席させていただいている。

演奏は流れるピアノにのって、まず、平野さんによるチェロが
歌い出すのだが、これが悲しみと憂いのこもった音色で
実に素晴らしい。こんなに素敵な、心打たれるチェロの音色、
チェロの演奏に接したのは久しぶりに思う。
 「しびれるチェロの音色」だ。

このトリオの素晴らしさは、個々の技術の素晴らしさに加え、
かかる特別な事情と状況下における心の絆、
心のアンサンブルがそのまま完成度の高さに直結している
と言えるだろう。

なお、録音に際しては、他にも現地の関係者の強い協力が
あったという。

熱く深い感動に満ちた曲と演奏。ぜひ聴いて欲しい曲。
知って欲しい曲だ。
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 「春なのに」 作詞作曲;菅野祥子  編曲;呉 睿然

  桜咲くこの季節がまた訪れるこの年
  僕は一人たたずみ波の音を聴く
  空青く果てしなく 山の青 海の青
  一つに交わって僕は凛とする
  春なのに 春なのに 何かがこぼれていくよ
  春なのに 春だから 僕はさよならを言うよ

  駄菓子屋の曲がり角 いつも匂いは一緒で
  犬のポチがワンと鳴く変わらない風景
  朝市の匂いも人のざわめきもまだ
  僕の中に生きている 変わらない風景
  春なのに 春なのに 何かがこぼれていくよ
  春なのに 春だから 僕は前だけを見るよ

  お前が奪っていった大切なものはみな
  夜になれば空が映し出すだろう
  手をつないで歩いたお寺のわきの細道
  一本松はきっと何も忘れない
  いつの日か 僕もまた 一つなれると信じて
  春なのに 春だから 僕は前を向いていくよ
  春なのに 春だから きらめく海も風の音も
  春なのに 春だから 僕は前を向いていくよ

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菅野祥子(ヴォーカル)、平野玲音(チェロ)、呉睿然(ピアノ)
https://www.youtube.com/watch?v=NcPCjIY7YLA

岡本知高さんが歌う「春なのに」
https://www.youtube.com/watch?v=Q_TFCTCAjkA

菊地美奈さんのCD
https://www.amazon.co.jp/%E8%8F%8A%E5%9C%B0%E7%BE%8E%E5%A5%88-%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%8F%E3%81%9A%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%9F/dp/B00ZYVW67K

全曲の合唱演奏~コール・エトセトラ
25周年記念/風のささやきコンサートの録音をアップロード
2014年6月1日 北上市 さくらホール
https://www.youtube.com/watch?v=mocpeEsX5TU

幸田浩子さんのCDから「春なのに」
http://recochoku.jp/song/S21784336/

幸田浩子さんのCD
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8-~%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%9F-%E5%B9%B8%E7%94%B0%E6%B5%A9%E5%AD%90/dp/B00BCXKG0I

第6回 東日本大震災追悼チャリティコンサート~鎮魂と復興への祈り

「3.11」から6年がたつ11日、
第6回 東日本大震災追悼チャリティコンサート
 ~鎮魂と復興への祈り を
北とぴあ さくらホールで聴いた。

第5回に続く今回の曲は、ヴェルディ「レクイエム」1曲。

指揮=前田幸康

東日本大震災メモリアル合唱団  東日本大震災メモリアル管弦楽団

ソプラノ=中江早希 メゾソプラノ=寺谷千枝子

テノール=宮里直樹 バリトン=原田 圭

・・・・・・・・・・・・
チェリストで指揮者の前田幸康先生の発案で「3.11」から
ちょうど1年後の、2012年3月11日に
第1回追悼チャリティコンサートを開催された。

前田先生は、第1回を計画する段階で、
「今回の大震災の支援演奏会は1回だけで終わらしては
 ダメだ。少なくとも5年(5回)はやらないといけない」
と断言されていた。

それは有言実行され、昨年5回目を毎年の会場、
上野学園石橋メモリアルホールで行われた。
そして、5回では留まらず、今回
第6回目の演奏会が開催される。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

曲は年によりモーツァルト、ブラームス、フォーレ等の
レクイエムをメインに置き、オケは第1回から当時、
前田先生が教授職にあった上野学園大学の教職員に
呼びかけ、他のオケ等で活躍するプロ奏者も含めて
結成された臨時編成のもの。

同じく臨時編成の合唱団は、東京合唱団、
台東区合唱連盟加盟合唱団、北区合唱連盟加盟合唱団、
上野学園大学・同短期大学部学生・職員、学習院OB合唱団、
東京大学音楽部OB合唱団アカデミカコール等の有志
および多数の一般の応募者から成る。

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これまで各回の純益金と会場での義援金全額により
 「再生ピアノ」を宮古市、釜石市、仙台市、名取市、
大槌町、岩泉町、田野畑村の老人ホームや託児施設等に
寄付され、「電子ピアノ」が石巻市の保育園等へ寄付されて
きた。

贈るだけでなく、贈呈に際しては合唱団有志により現地で
合唱をするなど、直接的に被災者との交流も実施されて
きている。
http://tokyochor.jp/doc/2017tsuito_pro.pdf

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の拝聴の感想

冒頭のチェロからして素晴らしい。
さすがプロメンバーによるオケ。
チェロパートで言えば、難しい「Offertorio」の冒頭も
美しく完璧な演奏だった。

舞台ソデ(奥)で吹いた「怒りの日」での金管バンダも
良かった。

歌手ではまず、メゾの寺谷さんがカゼとのころで、急きょ
寺谷門下生でもある谷地畝晶子(やちうね しょうこ)さんが
代演した。
とても良く、当然ながらこの曲を相当歌いこんでいることは
直ぐに判った。
聴かせどころの「Lacrymosa」もとても良かった。

ソプラノの中江早希は初めて聴いたが、品の良い美しい声で、
音程的にもかすれる(当て損なう)ような部分は皆無と
言ってよく見事だった。素晴らしい歌手だと思う。

テノールの宮里直樹は既に2回ライブで聴いている。
最初やや力みのようなものも感じたが、どんどん良くなり、
本来の抒情的にして迫力もある素敵な声を聴かせて
くれた。聴かせどころの「Hostias」も良かった。

バリトンの原田 圭さんの声は重くなく明るめのトーンで、
丁寧な歌唱だった。

合唱の人数バランスは6(男)4(女)くらいなので、
それほど悪くないが、その割には男声があまり聴こえて
こない。特にテナー。それとそのテナーは地声が気になる
場面も多々あった。
全体としてはなかなか良く、特に女声陣は熱演だった。

・・・・・・・・・・・・・・

演奏会のご案内
http://tokyochor.jp/concert.html
これまでの活動実績
http://tokyochor.jp/revival/index.html
ぴあ
http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=1654891
前回の演奏会について私が書いたブログ
http://susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/5-b9da.html

東日本大震災から6年~音楽によって

プロだけでなく、アマでも、何らかの音楽活動に関わる人間なら、
「3.11」以降、音楽で何らかのアプローチができないかと
考えて来ている人は少なからずいるだろう。

私も何人かと話したことはある。例えば15人ほどの合唱団
があって、そのうち4人が東北出身者なので、
「いつか押しかけ公演したいね」と話したが、皆さん忙しく、
かく言う私もサラリーマンなので動きにくい。
むろん言いわけであることは承知している。
頭の中の考えだけでは何の意味もないことは実感する。

「3.11」直後から、特に原発問題の発生が国内外の音楽家
にも大きな影響を及ぼした。
クラシック、ポップス等を問わず音楽家も苦闘した。

佐渡裕さんや友人でもある さだまさしさんも「音楽は無力だ」と
感じ困惑した。
東北大学でも学んだ小田和正さんも「なかなか歌いに行こうとは
思えなかった」と後年語った。
それでもしばらくして、さださんや長淵剛さんや八神純子さん、
仲道郁代さんや小山実稚恵さんら多くの音楽家が
しだいに被災地、被災者の皆さんに音楽を届けに行き始めた。

イタリア政府の帰国命令により、メータと来日中だった
フィレンツェ歌劇場は帰国したが、メータはほどなく単身再来日
してN響とチャリティ演奏会を開いた。
第九のソリストの一人、藤村実穂子さんは
「何かしたいと思っていたが、1人では歌えないのでは
 と悩んでいたところ、ズービンが声をかけてくれたので
 嬉しかった」と語った。

偶然翌12日に関西でフォーレのレクイエムのソロを
歌った小林沙羅さんは異様な雰囲気の中、
祈りを込めて歌い、東京の自宅に戻ったとき、
それまで抑えていた感情が高まって思わず大泣きした。

来日を控えていたムターはドイツ政府の許可が下りず
来日を諦め、ジャパンアーツのホームページに
 「自分は行きたいが、許可が下りず行けなくて
  申し訳ない」
という見舞いとお詫び文が掲載された。

来日を控えていたドミンゴは周囲の猛反対を押し切って来日。
私もNHKホールで聴いたが、最後に3階まで満員の聴衆全員が
起立していっしょに歌った「故郷」は忘れられない。

ロンドン在住のピアニスト小川典子さんは直後から
英国内のTV出演等で支援を呼び掛け、
チャリティ演奏会を開始。

ベルリン在住の樫本大進さんや日下紗矢香さんも
ベルリン・フィルを含む多くの音楽家とともに
チャリティ演奏会を開いた。

ウィーン・フィルは今でも来日のたびに、時間を割いて
メンバーが被災地に赴き、楽器指導を含む被災者との
交流を継続している。

後年、アッバードも被災地訪問プロジェクトを立ち上げたが、
自身は来日直前に逝去され、残念だった。

いまだ行方不明者2,553名。
仮設住居者3万4千人以上を含め、他の都道府県への
避難者数も12万人を超えたままでいる。
被災者の皆さんはむろん、想いを寄せる音楽家も含め、
様々な感慨が続く6年目の「3.11」が来る。

2017年3月 2日 (木)

アーク紀尾井町サロンホール主催シリーズ 木曜コンサート 春に寄せて 2017

アーク紀尾井サロンホール主催シリーズ 木曜コンサートの
 「春に寄せて2017」を聴いた。
ここ数カ月、いろいろな場面で拝聴してきた長谷川忍さん、
加耒 徹さん、木村裕平さんの出演。

企画後世と進行 平井秀明
メゾソプラノ  長谷川 忍
バリトン    加耒 徹
ピアノ     木村裕平

前半
◆ドイツ&フランス歌曲への誘い~
 1.シューベルト 春の信仰 加耒 徹
 2.シューベルト 魔王   加耒 徹
 3.ベルリオーズ ヴィネラル(夏の歌No.1) 長谷川 忍
 4.サティ ジュ・トゥ・ヴ 長谷川 忍

◆愛を謳う季節に~ 二重唱
 1.プーランク 愛の小径
 2.モーツァルト 歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より
        「あなたに私の心を捧げます」

後半
◆平井秀明 自作声楽作品の世界~
 1.オペラ「かぐや姫」より
 (1)帝の寵愛 加耒
 (2)嫗の悩み 長谷川
 (3)別れのアリア 長谷川
 2.オペラ「小町百年の恋」より
 (1)いまはとて 加耒
 (2)花の色は  長谷川
 3.「4つの愛の歌」より“A Drinking Song”(詩イェーツ)加耒
 4.「アヴェ・マリア」 二重唱

◆春を愛でるひととき~
 ~皆で歌おう~「花」(瀧 廉太郎)
 ~平井康三郎こどものうた愛唱曲選~
 「ひなまつり」「どこかに春が」「夜中」(加耒)「九官鳥」(二重唱)

全員で「スキー」 時雨音羽作詞 平井康三郎作曲

まずなんといっても、加耒さんの「魔王」が聴きものだった。
各登場人物の声も使い分けも見事。
久しぶりに「魔王」の生歌を聴かせていただいた。

長谷川さんによる得意のフランス語の歌に続くデュオも魅力的だった。

後半は祖父=平井庸三郎(作曲家)、父=平井丈一朗に続く
平井家3代目の秀明さんによる歌曲は魅力的で、
昨年11月に豊洲で聴いたオペラ「白狐」があまりにも歌謡的
でいささか閉口したのに比べ、基本路線は同じながら、
1曲ごとの歌曲なので、より綿密に丁寧に、
そして素朴なメロディ主体の歌なので、楽しめた。

トークの中で、音楽家になることを反対されて育ち、
それでも渡米中に音楽をやるんだと決意された経緯を聴き、
音大作曲科とは無縁の良い意味で
 「ゲンダイオンガクに毒されていない」がゆえの
解り易い曲を創る人なのだな、ということが解った。

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