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2016年10月17日 (月)

ボブ・ディランさんのノーベル文学賞受賞に疑問を持つ人への1つの参考回答

ボブ・ディランの受賞について
 ~違和感を抱く人への1つの参考回答
 ~文学賞=小説賞ではない~

ボブ・ディランさんのノーベル文学賞授与決定の知らせに
驚いたり、疑問を抱いたり、違和感を覚えたりする人は、
たぶんこういうイメージがあるからだろう。いわく、
 「彼はミュージシャンだろう?なぜ文学賞なのだ?」
と。

その人達は、「文学賞」を「ノーベル小説賞」と勘違いしている
から、そう感じるのだ。

14日22時放送のTBS「ニュースキャスター」で、
三雲孝江さんが
 「普段から小説書いている人は釈然としないのでは?」
と発言したのには笑ってしまったが、
彼女のあの発言が、今回「違和感」を覚えた人の
感想をよく言い表していたと想う。

そうした人達には、

「詩は文学じゃないの?
 文学というカテゴリーに入れていいよね?」

と問うなら、納得するだろう。

今回、スウェーデン・アカデミーが高く評価したのは、
ディランさんの「新たな詩的表現」であり、音楽活動
そのもの(それだけ)ということではないのだ。

これは「音楽については軽い意味、ということではない」。
彼にとっては、まず詩があり、それの更なる表現方法
として作曲して自ら歌う、という手段をとった、
ということだ。

ディランは「そういう歌手」だった、ということだ。

今のところ、
当のディランさんとはスウェーデン・アカデミーは連絡が取れず、
ディランさんも、ノーコメトを貫いている。人によっては、
「反体制で来たディランさんだから、
 賞は辞退したほうがいい。そのほうがカッツコイイ」
と言う人もいるが、それはあまり当を得ていない。

特定の国家が授与するのならそれも言えるが、
スウェーデン・アカデミーは国家ではない。というより、
もっと言えば、ディランが受賞を拒否しようが実はどうでもよい。

世俗的ではあれ「歴史と権威ある第三者」である
スウェーデン・アカデミーがディランの「詩」を認めたこと、
それが重要なのであって、仮にディランさんが
ノーコメントのままでも全く構わない。

それで彼の名誉が無くなるわけではないからだ。
泉谷しげるさんが「この違和感こそ最高!」と言ったが、
 逆説的な意味で、けだし核心を突いているとも言える。


なお、デビューはほぼ同時期だったビートルズも
2人ではなく4人が存命中だったら有力候補だと想える。

ただ、ビートルズはディランが社会的なメッセージを
既に発した1963年のころは、もっぱら男女の恋を歌い、
いわば「受ける」ことを前提とした作曲をし、
実際、ある意味ディラン以上の、特に女性に
大衆的熱狂をもって迎えられたのだが、
後年のおそらくディランの影響を受けたと想える
「ELEANOR RIGBY」、あるいは解散直前のリリース
となった「LET IT BE」や、
「THE LONG AND WINDING ROAD」が、もしその3曲が、
ディランの「風に吹かれて」と同じ時期に出ていたら、
そして4人が存命なら、
ビートルズが先に受賞してもおかしくはなかったと思う。

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