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2016年9月 4日 (日)

ユジャ・ワンが弾くハンマークラヴィーア     ピアノ・リサイタル~神奈川県立音楽堂

ユジャ・ワンが弾くハンマークラヴィーア~アンコールは5曲~握手もしました

世界中のどこのホールでも満杯にできるピアニストはある程度限られているが、1987年に北京で生まれたユジャ・ワンはその1人だ。

4日、神奈川県立音楽堂でリサイタルを聴いた。
会場では「本日の公演は、出演者の強い意向により、曲目が一部変更になる場合がございます。予めご了承くださいますようお願い申し上げます」という紙が用意されていて、彼女の個性、演奏会での特性は既に周知されている。

そして実際、演奏会前のホールからの諸注意事項のアナウンスに続き、前半に予定されていた曲が全て変更される旨のアナウンスがあり、場内はザワついたが、その「ザワつき」は、やっぱシューマンだよね、と変更された曲を喜ぶ人や、予定されていたスクリャービン、ショパン、グラナドスを聴きたかった人たちの軽い失望とが混じったものだったかもしれないが、いずれにしても、「やっぱ変更(があった)か。ユジャらしいね」、と主に好意的な感情が強いものだったと想像する。

青澤隆明氏がプログラムに、
「何を弾くかだけでなく、どう弾くか、作品と演奏の一体となった成果がコンサートの醍醐味だから、本当はピアニストがそのとき弾きたい作品を届けてくれればよいのだと思う。特にユジャ・ワンの場合は、たった今、舞台に立つその時点で一番彼女の情熱が向かう作品であるほうがいい」
と書いているが、全面的に同意賛同する。

そして黒系統でいつもの軽量でファッショナブルな衣装と高いハイヒールで登場したユジャ・ワンが前半に弾いた曲は、シューマンの「クライスレリアーナ」全曲と、カプースチンという人の変奏曲op.41だった。

ユジャのタッチは鋭いものというイメージがあるが、「クラスレリアーナ」の第1曲の数小節間などは、例えばホロビッツのような鋭利さではなく、とても柔らかで滑らかなもので、良い意味で意表を突かれた感がある。リズミックな曲での躍動感、抒情的な曲での冷静な運びなど、常に愉悦感があって素敵だが、特別 煌(きら)びやかなトーンがあるというのではなく、案外オーソドックスな音色と運びだ。

休憩後、銀色系統の衣装に着替えたユジャが演奏した曲は、ベートーヴェンの画期的で巨大で偉大な曲、第29番「ハンマークラヴィーア」だ。

第1楽章など、フレーズごとを確かめながら慎重に弾いていく様な感じがして、ユジャでも緊張しているのか、とても丁寧に弾いた。

第2楽章の諧謔的に揺れ動くリズムや即興風な曲想は彼女にぴったりで、水を得た魚の如く素敵だった。

長大な第3楽章は、深遠な哲学性とか、ベートーヴェンにしては赤裸々なほどの感傷的旋律とか、第32番の第2楽章に通じるような静けさと祈り、などの様々な要素が含まれていて、技術というより、そうした場面ごとの弾き分けがとても大変な曲だと思うが、ユジャはじっくりと作品の中に入り込むような、それでいて場面での曲想の異なる性格をキチンと描き出していて見事だった。

第4楽章は特にアレグロのフーガでの果敢な推進力に、彼女の個性が漲(みなぎ)っていて聴き応え十分の力演だった。

アンコールが聴きもの
ユジャ・ワンのリサイタルに行く人の中では、本演奏もさることながら、アンコールで何をどういう風に弾くかが楽しみで足を運ぶ人も多いかと想像する。
1曲目はプロコフィエフのソナタ第7番から第3楽章。
2曲目はラフマニノフの「悲歌」op.3-1。
3曲目はカプースチンの「トッカティーナ」。
4曲目はなんとショパンのバラード第1番。
 アンコールの4曲目に9分前後を要する曲を弾くなんて
 ユジャ以外にいないだろう。
 サービス精神が強いというだけでなく、弾いていて
 自身どんどん乗ってきて、次々と弾いてみたくなるかの様
 でもあった。

そして最後は、ユーチューブでも見れるモーツァルトのトルコマーチをヴィドスとファジル・サイがアレンジした版で弾き、大喝采によりコンサートを終えた。
その5曲目を弾いてソデに下がるとき、アイパッドを持って下がることで、これで終わりです、というのが判るから、聴衆から笑いが起き、ユジャ自身もニコやかにさがった。

なお、前後するが、前半の2曲目とアンコールの1から3はアイパッド楽譜をピアノの上に置き、しかしほとんど見ないで弾いていたので、置く意味はあまり無い様にも見えたが、彼女は律義に左手で瞬時にスイッチを押す(ページをめくる)ことをしながら弾いた。

演奏会開始前や休憩時間では、ロビーで販売されているCDに関して、「サイン会は行うかどうか未定です」としていたのだが、終演後、実施することになり、目算だが、300人くらいの人がならんだと思う。
私もサインしていただき、握手を求めると、ニコッとして応じてくれた。

アンコールでのポップで即興的な演奏を聴いていると、まるで「クラシックも弾くジャズ風即興エンタテナー」とか「古典も弾くポップな現代奏者」とか表現したくなる瞬間がある。むろんこれは批判ではなく、絶賛として言っている。こんにちにおいて、いや、古今東西、これまでいなかった全く個性的な奏者であると感じる。

ユジャ・ワンの演奏会のように満員の聴衆が「今、ここで生まれた演奏を楽しんでいる」とい共生感をこれほど感じさせてくれるピアニストは稀有だ。彼女を聴く事は、たんにその場での思い出では終わらない、圧倒的なまでの満足感を覚えさせてくれる。これからが益々楽しみなピアニストだ。

ランランとユジャ・ワン
2人とも特別大きな有名なコンクールなどには出ていない。
そんなものに興味を持つ以前に、現場である世界中のステージで弾き出し、多くの賛辞とファンを獲得してきた。こんにち最も個性的なピアニストである2人が、文化大革命で西洋音楽吸収は相当遅れたはずの中国から生まれてきたことはとても興味深い。恵まれたエリート環境からも天才は生まれてくるが、特別伝統的な土壌とか背景とかがなくとも突然変異の様に登場してくる天才もいる。2人は正にそうだと思う。

なお、当初予定されていた前半のプログラムを一応書いておく。
1.スクリャービン ピアノソナタ第4番 嬰へ長調 op.30
2.ショパン 即興曲第3番 嬰へ長調 op.36
3.ショパン 即興曲第4番 変ト長調 op.51
4.グラナドス「ゴイェスカス」op.11から
 (1)燈火(ともしび)のファンタンゴ
 (2)わら人形
1から3は嬰へ=変トで統一されているのが面白い。

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