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2016年4月 6日 (水)

サザンオールスターズの「TSUNAMI」について~東京新聞より~女川さいがいFM

3日の東京新聞は、3月で閉局した女川町のラジオ
「女川さいがいFM」が最後に流した曲は
サザンオールスターズの「TSUNAMI」で、放送に対して
「ずっと聴きたかった」「胸のつかえが取れた」等、
静かな反響が起きていることを伝えている。

きっかけは1年前、親を津波で亡くした南三陸町出身で
今は埼玉県に住む男性が、友人がこの曲を歌おうして
自分に配慮して止めたことに苦しい思いをし、同局にリクェスト
してきたこと。

小六の次女を津波で亡くしたパーソナリティがこのリクェスト
を読み上げると、スタジオが静まりかえり、結局、
その時は放送しなかった、という。
そしてこの3月の閉局に先立ち局員で相談し、
「TSUNAMI」で締めくくることを決めたという。

ちなみに、私がこの曲を歌ったのは2009年か2010年に、
大学合唱団の同期や後輩ら20人ほどが四谷で懇親会を
開いたときだ。
会の後半はいつものように自然とカラオケタイムとなり、
私も2曲か3曲歌ったが、その1曲がこの曲だったが、
「3.11」以降はもちろん歌っていない。

この曲は、運命的な出会いと感じながらも恋する不安な心情を
歌う、そういう揺れる心を歌った内容だから当然直接的には
津波とは関係ないのだが、とはいえ、
「津波のような侘(わび)しさに~I Know 怯えてる~Woo」
という歌詞があるのは事実だし、
いかんせんタイトルがタイトルだ。

女川のラジオ放送に話を戻すと、放送後、
抗議や非難の声は1つも無く、
「いっしょに口ずさみ、涙が出ました。
 この歌をまた聞ける日がきて良かったです」等の
多数のメールが寄せられたという。

当日生出演した町長の須田善明さんは、
「何かを思い起こさせるどころか、心を優しく包み込んで
 くれる」とブログに感想を書いたという。

こう書いた男性もいた。
「聞くことができないでいたのは、やはりあの日に縛られて
 いたからだと思う。新しい町ができて、だからといって
 復興したわけではありませんが、この歌を普通に聞いて
 歌っていいと思えるくらいには自分の心も復興したような
 気がしました」


「TSUNAMI」は2000年に発表され、CDシングル200万枚
以上を売り上げたサザン最大のヒット曲だが、
2004年のスマトラ沖地震の大津波以降、日本でもしだいに
演奏や放送がされなくなり、もちろん「3.11」が決定的
となった。

作詞作曲をした桑田佳祐さんも「3.11」以降は一度も
歌っていないが、以前ラジオで、
「いつか悲しみの記憶が薄れ、この曲を歌ってくれという声
 があれば、復興の象徴として歌える日が来たらいいと思う」
と語ったという。

私は、「清(さや)か水よ」という歌詞が好きなのだが、
言うまでもなく「3.11」で被災地を襲ったのは「清や水」ではなく、
圧倒的で凶暴な泥水だった。

しかし、ほどなくして、例えば松島の海などは、
まるで何も無かったかのような青い海が広がっていた。

そうした理不尽を、被災地の人々の、真にその生活が、
心が、青い海を取り戻すまで、
同朋として少なくとも忘れないでいたい。
歌う歌わないではなく、とにかく、そうありたい。

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