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2016年3月11日 (金)

東日本大震災から5年

被災地における建設要員と資材の不足~東京五輪決定の明らかな弊害

5日、アンサンブルの練習後、オケ同期3人を含む数人と昼食を共にした際、「3.11」に近いことや、同期ヴァイオリンのYさんはT合唱団で歌い、毎年、その合唱団が行っているチャリティコンサートでの収益を基に被災地にピアノ等を贈り届ける活動もしていることもあり、必然的に被災地の話になった。

意見が一致したのは、「東京五輪決定後、建設の現場力~人も機械、設備も~が、東北から関東に集中し始めて久しい。当初予想された懸念は現実のこととなっている。五輪で浮かれている場合か。順序順番が違うだろう」、という点だ。

特にその中の同期の1人は、結婚後もずっとTという誰でも知っている大手建設会社に勤務しているので、その辺の情報に精通している。要するに「資源(人的+物的)が被災地でなく、東京五輪に向かっている」というのは想像ではなく、実態の情報として話し合えたのだ。
日本よ、「東京五輪の前に被災地復旧」だ。

http://www.asahi.com/articles/ASJ3355NQJ33UNHB00P.html


 「3.11」に想う幾つかの断章

①5年は「節目」でなはく、通過点に過ぎない
被災者の方々が「1つの区切り、節目」と考えるのは誰も異論をはさむことはできないが、被災地にいなかった者がそれを言うのは慎みたい。依然として 17万4千人以上の国民が避難生活を余儀なくされている状態だ。「解決」は未だ遠い。

②本当の黙とう時間は2時46分ではない
家族の元に戻ってこない方々の個々の亡くなった時間、行方不明となられた時間が、そのときの時間こそが本当の黙とう時間であることを忘れないことを前提とした2時46分であるべきなのだろう。

③リソースは東京五輪より被災地に向かうべき
東京五輪決定の際に懸念された「復興に必要な人的+設備資材的資源が被災地から東京五輪のための現場に向かってしまうのでは?」ということが現実問題となっている。業者にとっては報酬的にも、「夢のある建設?」的にも東京五輪のほうが「楽しい仕事」なのかもしれないが、それで良いのか?という点を再度、国民として考えたいものだ。

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5年前の「3.11」~①金曜日

大きな喜び事や悲しい事が起きた日は、「あのときは○○にいて」と誰もが記憶し、語れる。
私は日比谷公会堂に近い住友系のビル内で某セミナーを受講していた。
講師を含めて何度もテーブル(机)の下に身をかがめ、結局セミナーは途中で閉会した。
事務局の女性が「震源地は東北です」と伝えた。
「東京がこの揺れで、東北はいったいどうなっちゃうんだ?」と誰もが内心衝撃を受けた。
電話特にケイタイが つながらないから、本社総務が外出者全員の安否確認するも、結局、ビル内の固定電話がつながったのを待って私から会社に無事を伝えた。
100人ほどいた聴 講人の半分は徒歩等でビルを去って帰ったが、私を含む約50人には、住友ビル関係者が毛布と乾パンと水を提供してくれた。 さすが住友だ。

状況を伝えるTV放送も当初は「津波が来ているようですね~」とか、「あそこに人がいますね」などと、のんびりしたものだったが、その数時間後には、火の手が上がる夜の気仙沼市が映し出され、暗澹たる思いで50人はそのビルで一夜を明かした。

翌土曜の朝6時頃、「メトロが動き出しました」との報があったので、奇しくも東電本社前を通過して有楽町まで歩き、帰宅した。
ドアを開けると、棚に あった本やCDが床に散乱し、足の踏み場も無かったが、自宅にいたほうがパニックだっただろうなと思いながら、しかしこれは「被災地に比べたらきっと大した ことではないのだろうな」ということはそのとき既に想像はついたので、数人の友人の安否を確信した後、少しずつ片付けを開始した。

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5年前の「3.11」~②偶然だが、朝日新聞に掲載された私の投稿文

全くの偶然だが、2011年3月11日の朝日新聞「声」欄に私の投書が掲載された。
過去にも朝日に3回、東京に6回、毎日に1回掲載させていただいているが、この日は前日の「3.10」の東京大空襲に関する文だった。
それについては、あらためて、昨年の「3.11」にブログに書いているが、概要は以下のとおりです。

東京大空襲の作戦の最高責任者、カーチス・ルメイに対し、戦後の1964年、ときの自民党政権は、ルメイが「戦後の自衛隊の発展に貢献した」として、あろうことか勲章を授けているのだ。
しばしば左翼批判で使われる「自虐思想」という言葉があるが、これが自虐行為でなくて何だろう?
サヨクもびっくりの政権与党による「一大自虐行為」だ。真の右翼なら批判すべき行為だが、日本のウヨクはアメリカを批判する知力も度胸も情報収集力も無いから無言のままだった。

想うに人間社会には「3.10」すなわち戦争という人為上の戦禍と、「3.11」すなわち自然界の力がもたらす災害が在る。
後者に対しては、様々な研究にもかかわらず、なかなか完全な事前防衛対策が難しいが、前者においては、英知をもった取り組みがあれば、回避はできるはずだ。
そのとき重要となるのは「想像力」だと想う。

例えば「1つの法案がいかなる将来を国民にもたらすか」という点に関しては、個々の国民が過去から学ぶ不断の勉強と情報収集力と想像力により考えが定まって行くと想うし、そうした思考が1人1人に課せられる。

自然災害対策が難しいこんにち、せめて戦争回避に関する人間の思考力と英知は日ごろ育んで行きたいものだ。


 以下は、2011年3月11日に朝日新聞に掲載された全文

「毎年3月10日が来ると、東京大空襲を指揮した米軍人カーチス・ルメイ少将(当時)の名を思い起こす。
精密爆撃用に開発されたB29を焼夷弾で非戦闘員を狙う無差別のじゅうたん爆撃に使って東京を含む日本の各地を焦土にし、広島、長崎への原爆投下を実行した司令官だ。
後にベトナム戦争で米空軍参謀総長として北爆を推進した人物でもある。

その彼にあろうことか64年、日本政府は「航空自衛隊の育成に協力した」として勲一等旭日大綬章を贈った。
市民への無差別爆撃で貴い命を落とした犠牲者たちがこんな事実を知ったらどう思うだろうか。
勲章授与に際しては反対論もあった。
ルメイ参謀総長は昭和天皇との面会も宮中参内もせず、当時の佐藤栄作首相にも会わずに異例の形で授与された。小泉純也防衛庁長官(小泉純一郎元首相の父)や自民党の源田実参院議員ら一部勢力が推薦し、推し進めたと伝えられる。

その背景には諸説があり、事の真相は明らかにされていない。
90年に物故しているルメイ氏に勲章の取り消し・返還を求めるのは現実的でないにしても、少なくともかかる事実がいかなる背景でなされたのか、きちんと追究調査され広く国民に知らされるべきではないかと思う」
http://susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/70-1d9e.html

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 3.11周辺のコンサート

来る3月11日、あるいはその前後周辺の日時には多くのチャリティコンサート、ないし、その色彩を帯びたコンサートが予定されている。
むろん、クラシック、ポップス、フォークソング等、ジャンルを問わず多々ある。
どれも聴きたいけど全てに行けるはずもない。同じ日時に重なるものも少なくない。
それぞれが、それぞれの思いと都合と諸々から選択して聴きに行けばよいと思う。

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