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2015年12月 7日 (月)

オペラ金閣寺公演記念~三島由紀夫をめぐって~エピローグその1 小澤征爾、武満徹、バーンスタイン& 三島による感動的な小澤評 「真の達人となる日を祈っている」

「オペラ金閣寺公演記念~三島由紀夫をめぐって」は
3回シリーズで、と当初しましたが、
エピローグとしてあと2回書かせていただきます。


オペラ金閣寺公演記念~三島由紀夫をめぐって~エピローグその1

小澤征爾、武満徹、バーンスタイン& 三島による感動的な小澤評


 「真の達人となる日を祈っている」

小澤征爾さんは三島と親しかった。きっかけは例の「N響事件」
だろう。
小澤さんを応援すべく、井上靖さんら作家や音楽家らが企画
した「小澤征爾の音楽を聴く会」の発起人の1名として、
三島も名を連ねている。

そして市ヶ谷での事件の2か月前、
バーンスタインとニューヨーク・フィルが来日しており、
そのとき、こういう逸話が生じている。

 小澤さんは帝国ホテルにバーンスタインに会いに行くと、
 部屋から三島が出てきて、小澤さんが、「オッス」と声を
 かけたのに、怒った顔で無視して過ぎ去ったという。
 小澤さんは「どうしたんだろう?」と驚き、
 三島宅に電話をしたが、奥さんが出ただけで
 拉致があかないままとなった。

なお、この来日時と想われるが、バーンスタインは
東宝の試写室で三島主演の映画「憂国」を観ている。

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その2ヶ月後の11月21日に、小澤さんの父 開作さんが
亡くなり、その葬儀が正に11月25日にフジテレビの講堂で
行われているとき、三島さんは事件を起こした。

葬儀に行こうとタクシーに乗っていた武満徹さんは
市ヶ谷付近で渋滞に遭ったが、タクシーのラジオで
事件を知った。
武満さんは一度だけだが三島と会ったことがあった。

後に、小澤さんは、武満さんに、

「バーンスタインは三島の死の意味をよく理解していた
 みたいだよ」

と伝えると、武満さんは、「不思議な話しだね」と応えている。

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 三島による小澤評~1963年1月16日付の朝日新聞より

三島さんは、「N響事件」後の「小澤征爾の音楽を聴く会」の
状況を、1963年1月16日付の朝日新聞に寄稿している。

以下抜粋だが紹介したい。
特に後段は感動的なので、後半はほぼ全文掲載します。

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 「最近、外来演奏家にもなれっこになり、
  ぜいたくになった聴衆が、こんなにも熱狂し、
  こんなにも興奮と感激のあらしをまきおこした音楽会は
  なかった。
  ステージに登場した小澤さんの目が既に涙で光っていた。

  これで音楽が悪かったらどうにもならないが、
  ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」と、
  シューベルトの「未完成」、チャイコフスキーの交響曲第5番
  のいずれも素晴らしく、こんなに新鮮で丹念な「未完成」は
  聴いたことがなく、わけてもチャイコフスキーは圧倒的
  であった。

  当夜の喝采は、大袈裟に言うと、国民的喝采であった。
   (中略)
  昨年の日本で、日本の良さも悪さも底の底まで
  味わいつくした青年が2人いる。ヨットの堀江青年と、
  小澤氏である。

  日本には奇妙は悪習慣がある。
  「何を青二才が」という青年蔑視と
  「若さが最高無上の価値だ」というアンチテーゼだ。

  私はどちらにも与しない。
  小澤征爾は何も若いから偉いのではなく、
  良い音楽家だから偉いのだ。
  もちろん彼も成熟しなくてはならない。

  今度の(N響)事件で、彼は論理を武器に戦った
  のだが、正しい戦いであっても、
  日本の良さも悪さも無論理の特徴があり、
  論理は孤独に陥るのが日本人の運命である。

  その孤独の底で、彼が日本人としての本質を自覚
  してくれれば、日本人は亡命者的な「国際的芸術家」
  としての寂しい立場へ彼を追いやることは
  決してないだろう。
  今夜の喝采で、彼はしみじみそれを感じたはずだ。

   (中略)

  私は彼を放逐したNHK楽団員一人一人の胸にも、
  純粋な音楽への夢と理想が巣食っているだろうことを
  信じる。
  人間はこじゅうとと根性だけでは生きられぬ。
  日本的しがらみに中で生きつつ、西洋音楽へ夢を
  寄せてきた人々の、その夢が多少まちがっていても、
  小澤氏もまた、彼らの夢に雅量を持ち、
  この音楽という世界共通の言語にたずさわりながら、
  人の心という最も通じにくいものにも精通する、
  真の達人となる日を、私は祈っている」
 
  (エピローグその1は以上です)

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