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« 横田めぐみさん 拉致から38年 | トップページ | テロ~イスラムに対する差別的政策の撤廃を~テロに屈しないという掛け声だけでは意味がない及びトリコロール現象への疑問 »

2015年11月15日 (日)

ドイツレクイエム

学習院の学生オケと合唱団による恒例の秋の合同演奏会

15日 すみだトリフォニーホール

指揮 船橋洋介

管弦楽 学習院輔仁会音楽部管弦楽団

合唱  学習院輔仁会混声合唱団&同OB合唱団

ソプラノ  市原 愛
バリトン  大井哲也
ハープ   山内悠里佳
オルガン 石川優歌

1.ショスタコーヴィチ 祝典序曲

2.チャイコフスキー スラブ行進曲

 (休憩)

3.ブラームス ドイツ


開場30分前に、すみだトリフォニーの前に数百人が行列を
作っていた。
現役学生による輔仁会の演奏会でかつてない入りかもしれない。

1曲目は、ショスタコーヴィチにしては平凡な「祝典序曲」を
オケは立派に演奏した。
弦も金管もとても優秀。

2曲目は、チャイコフスキーにしては内声の書き方が甘い(弱い)
「スラヴ行進曲」が丁寧に演奏され、休憩に入る。

後半は 「ドイツレクイエム」

ここ数年、輔仁会音楽部の演奏会での合唱は、事実上、
学生とOBの混合チームとしてのステージで、
昨年の「カルミナ・ブラーナ」は私も出ていたとかは関係なく、
実に充実していたし、その前の年のベルディのレクイエムも
 ~私は聴いていないが~好評だったようだ。

この日の合唱も学生が53人、OBを含む賛助が84人と、
「大人」のほうが多かった。
男女のバランスも男声がやや少ない程度で、
ほぼ半数ずつに近かった。

また、逆にOB合唱団の演奏会では、昨年も今年も、
それぞれ混声合唱団学生指揮者を含む数人が賛助出演
してくれた、という「学生とOBの交流、絆」が
ここ数年益々強くなってきている、ということがある。


さて、演奏だが、アマチュアの、特に学生合唱団にありがち
だが、この日も~大人が多いにもかかわらず~
特に曲の前半は、音程だけでなく
「言葉=ドイツ語の発音をしっかりやろう」
ということがとても「よく聞こえてき過ぎて」しまっていた。

すなわち、
「ちゃんと歌おう。ドイツ語をキレイに発音して立派に
 合唱しよう」
ということが、客席にもよく伝わるほど、子音なども
はっきりとキレイに発声されてはいたが、
そうした技術的なことをキチンとやろうとして、
肝心の「祈り」が聞こえてこない。

「この曲は祈りが必要なのだが」という思いを払拭できない。

それでも第3曲の後半からその後の第7曲までは、
特にエスプレッシーヴォで歌う、歌わざるを得ない曲想の
ところでは、かえって今述べた「キチンと」が
「良い意味で忘れられていて」、内面からの本来の歌への
率直で熱い思いが出てきていて、
「表面的なキレイさを強調し求める合唱」よりも
はるかに「本物の合唱」として歌われていた。

それゆえ、1曲目と2曲目に、もっと「祈り」が
感じられる内容だったら、さらに良かった。


長い全曲が終わると、アマチュアの演奏会としては
異例かもしれないほどの長い沈黙があったのが
とても良かった。

こういう曲で間髪入れず「ブラヴォー」が来たら最悪だ。

この曲のエンディングを知らない人が多かったかもしれない
という要素(理由)は皆無ではないだろうが、それでも、
曲想からの、あるいは出演者全員の立派な演奏に対しての
熱い感情も含めて、充実した長い沈黙だった、
と言えるだろう。

プロの演奏会では聴衆の成熟があって、
そうした欧州では普通の「余韻を楽しむ」状況が
日本でも生じていると想われるが、
アマチュアの演奏会でそれを体験させていただき、
とても嬉しく思う。


なお、今回、合唱には武蔵野合唱団からも5名参加
していただいた。その内の3名は学習院のOBOGでは
あるものの、武蔵野での活動を主体にされている方々なので、
武蔵野合唱団からの賛助としてよいだろう。
参加いただいた皆さんに心から感謝したい。


指揮の船橋洋介さん

見た目以上に「熱い」人なのはよく知っているが、
「ドイツレクイエム」での部分的には相当情熱的に
振っていた。この曲がそういう曲なのかどうかは別だが。

ソリストについて

バリトンの大井哲也さん
気品ある声だが、終始穏やかに丁寧に歌っていた。
指揮者の指示か自分の考えかは判らないが。
ただやや穏やか過ぎると思う。
3曲目などは、多少荒れようと深く踏み込んだ表現が欲しい。

ソプラノの市原愛さん
以前のライブや、2週間ほど前のリハでも声量を含めて
やや物足りなく、これまであまり感心したことは無かった
のだが、今日はとても良かった。
無垢な清らかな声の歌には正に「祈り」が終始感じられたのだ。
合唱に欲しかったのは正にこの「祈り」だった。

パリのことを思っていたかどうかは知る由もないが、
この曲の曲想と彼女の声がとても合っているように想えた。


 余談

ドイツレクイエムと言えば、フィッシャー=ディースカウが
面白いことを伝えている。
ブルーノ・ワルターの指揮で「ドイツレクイエム」のリハーサル
をしているとき、客席に来場していたフルトヴェングラーが、
「テンポが速過ぎる」と、
「明らかにステージに聞こえるくらいの声で」隣席の夫人に
言ったので、ステージ上に一気に緊張が走ったそうだ。

そのテンポに対する違和感は、フルトヴェングラーだけの
ものではなく、当のフィッシャー=ディースカウも
同意できないテンポだったことを述べている。

どの部分のどういうテンポだっかは分からないが、
その判断や妥当性云々より、そうしたシーン、すなわち、
「ドイツレクイエム」を介して、

指揮台にはブルーノ・ワルターがいて、
客席には見学にきたフルトヴェングラーがいて、
ステージ上のワルターの近くにはワルターのテンポに
 違和感を覚えながらソリストとして参加していた
 フィッシャー=ディースカウがいる、

という、その構図が「凄い」。
想像するだけでワクワクするようなシーンだ。
ぜひその場にいたかったものだ。

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