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2015年9月 9日 (水)

「差」と「違い」について~日本語は難しい

「差」と「違い」について~日本語の意味を正確に知る難しさ

TBSの「この差って何ですか?」という番組を見ている間、
終始違和感を覚えた。

あの番組内で司会者を含めた全出演者が使っていた「差」だが、
それは「違い」のことを言っているのではないか?
という疑問であり、違和感だった。

番組に対する安直な批判で言うのではない。
私自身も含めて、日本語の単語の概念を正確に知ることが
いかに難しいかをあらためて思ったのだ。

 「差」と「違い」の「違い」は、辞書を引いても
必ずしも完全に納得できるものとは言えないように感じる。
辞書よりも、少なくとも心象で言うなら、

AとBを比べたときの、ある種の「劣後感」、「優越性」を
伴う言葉、すなわち場合によっては一方的な価値観かも
しれないところの「評価」にポイントを置いたものが「差」である
と言える。

番組で取り上げていた物の幾つかは、
必ずしもそうした評価や勝者と敗者の様な評価、
価値観とは別の、単に純粋に「違う」ものを選出していた
のだった。


ところで、この「差と違い」をネットで検索すると、
なでしこの宮間選手のインタビューでの発言が出てくる。

 いわく、

「米国チームとの「差」はフィジカルにあるかもしれないが、
 この「差」を意識するならそれに近づこう、とする訓練に
 なるが、フィジカルは重要だが勝利の決定的要素では無い
 と考えた場合、「差」にこだわるのでのはなく、
  「違い」に注目し、日本人チームなでしこが持っている
 米国チームとの「違い」に力点を置いた練習、試合で
 向かっていくことのほうが大事だと思う」、と、
そういう主旨の発言だった。

思った事をしっかり表現できるという点を含めて凄い見識
だと思う。さすが宮間だ。

この宮間の言及を考えると、「違い」とは、また、
場合によっては「差」とは別の次元において
 (場合によっては)「差」を乗り越えられるもの、
克服できるもの、というような意味合いを持つこともできる言葉
とも言える。

あるいは、画一的な価値観に基づく優劣を争うものが「差」なら、
「違い」は、「個性」とも密接に関係した言葉、
ということも言えるかもしれない。
いすれにしても、日本語は習得するにまだまだ難しい言語
と言えるのだろう。

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