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2015年9月 9日 (水)

太宰治が熱望した芥川賞~人間の面白さと弱さについて あるいは受賞の有無とその人の価値について

太宰治~人間の面白さと弱さについて

太宰治が~人により好き嫌いはあっても~優れた感性による
優れた小説を多く書いたという事に異論を持つ人は
ほとんどいないだろう。
彼が芥川賞を受賞などしていようがいまいがそんなことは
関係なく。

後年に芥川賞を受賞した多くの作家の何割かは1発屋に
ほとんど近い人だって少なくないように想える。

その太宰治が生前、敬愛する芥川龍之介の名を冠した
「芥川賞」を欲しがっていた話は昔からよく知られている。
選考委員だった佐藤春夫宛てに何度も手紙を書いている
ことは有名な話だ。

8日の新聞数紙に、また新たに(これまでのものより
以前に書かれた)佐藤春夫宛ての「芥川賞懇願の手紙」
が見つかったという。

これまでは、1936年2月5日付けでの
 「芥川賞をもらえば、私は人の情けに泣くでしょう」
が知られてきたが、賞に関して以外を含め、
佐藤春夫宛ての手紙はこれまで合計34通見つかっている。

今回の発見は1935年6月5日、1936年1月28日付
などの3通という。

1936年1月28日の中の文面には、

 「芥川賞はこの1年、私を引きずり廻し、
  私の生活のおほとんどを奪ってしまいました。
  私は佳い作家になれます。
  今度の芥川賞も私の前を素通りするようでございましたら、
  私は再び五里霧中にさまよわなければなりません。
  私を助けてください。佐藤さん、私を忘れないでください。
  私を見殺しにしないでください」

とまであり、凄まじい。

もちろん、誰もがこんにち知るように、結局、
太宰が芥川賞を受賞することは無かったのだが、
冒頭に記載したとおり、
私たちが太宰を共感や反発や批判や感嘆等をもって
読むのは、別に「何かの賞を受賞しているから」ではない。
そんなことは関係ないのに、
当人の当時の切実な思いを知ると、
何か切ないまでの哀れみというか痛々しさというか、
あれほど才能のあった人が、そんな「名誉」を欲しがった
ことに何とも不思議な感慨を覚える。


翻って考えると、現代の音楽家でも
ショパン・コンクールやチャイコスフキー・コンクール、
日本音楽コンクール等で優勝や入賞して活躍のきっかけを
得る人は当然たくさんいる一方、
パールマンとか ラン・ランとかの天才はそのような
「名誉」など必要なく第一線で活躍できる真の天才だし、
指揮者も戦後「ブザンソン」とか幾つか賞ができたものの、
19世紀終わりか20世紀初頭は当然そんなものはなく、
トスカニーニもフルトヴェングラーもカラヤンも皆、
現場でたたき上げて才能を伸ばしてきた人達ばかりだ。

話を戻すと、日本の作家でも受賞とは無縁でも
良い作品を書いている人は少なくないし、
とりたててコンクールに入賞などしていなくても
活躍している器楽奏者や歌手や指揮者はたくさんいる。

コンクールに向いていないタイプの天才という人も
いつの時代にも必ずいる。

結局、その人の価値など、最終的には
「そんな受賞歴云々など全く関係ない」
ことなのだ、というのは事実であり真実なのだ、
と言えるだろう。

もちろん、太宰も心の奥底ではそれは理解して
いただろうけれども。

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